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黒翼 〜精霊の物語〜 作者:神月きのこ
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11話 壊す風

 家族と別れリオンが兵舎に戻った時、既に日は天高く上りツタの絡みついた建物を照らし出していた。
 二階の角にある自室に帰ったりオンは、机の上の書類を確認する。
「外泊届け、か。今日は随分多いな」
 常ならば1日に出される外泊届けなど片手で数えても指が余るほどだというのに、昨晩から今までで既に10枚以上の届けが出されている。
 確認する限りは皆、昨日から休日の者ばかりで、仕事上の問題は何もない。
「何かイベントごとでもあるのか?」
 ぞんざいに頭を掻く手が動くたびに長い金髪が波打つ。
 疑問を抱きながらも、机の引き出しから確認用の印を取り出した。皆が帰ってきてから聞けばいいだけのことだ。
 印に朱肉をつけ、書類に押そうとしたその時。
「シャマイン殿、いらっしゃいますか?」
 扉を叩く乾いた音、そして優雅なテノールがそれに続く。
 聞き覚えのあるその声に、リオンは慌てて部屋の扉を開け、客人を招き入れた。
「ハーデス様! ご用でしたらこちらから伺いますのに……」
 歩を進めるたびに揺れる銀の髪、腰に差した長剣に添える手さえも優美で、古びた宿舎が急に華やぐ。
 冷たい印象を与える相貌を柔らかく細め、皇帝の側近アルト・ハーデスは儀礼的に一礼した。
「公にしたくないお話ですので」
 リオンが椅子を勧めるのを手を挙げるだけで辞退する。その肩には彼の精霊である赤い鳥が澄ましてとまっている。
 側近は躊躇うように俯き、リオンを目で伺う。
 暫くそれを繰り返した後、彼は重々しく口を開いた。

「カーク・ザフィケルが、ウォルト・ラヴェールに殺されました」

「っ!?」
 リオンは机の上に置かれた書類に目をやる。そこには間違いなく、当のザフィケルによる外泊届けが置かれている。
「……何を馬鹿な。ウォルトは昨日の朝、任務で旅立ったはず。それが何故、ザフィケルを殺せるのです?」
 届けが出されたのは、昨晩リオンが仕事を終え宿舎を出てからだ。
「ウォルト・ラヴェールが謀反を企てているという情報が入りましてね」
 否定するリオンに対し、落ち着いた様子でハーデスは続ける。
「真偽の程を確かめようと、ザフィケル殿をお借りしたのです。転移装置を使えばすぐですから。そこで、ザフィケル殿が殺された……これが何を意味するか、お分かりですね?」
「全く分かりませんね」
 きっぱりと否定する。ザフィケルの外泊届けを机に戻し、ハーデスに向かい合うリオンは憮然として腰に片手を当てた。
 リオンの返答にハーデスは微かに眉をひそめたが、すぐに穏やかな笑みを取り繕う。
「おや、シャマイン殿は賢い女性だと思っていたのですが」
「貴方が私にどのような回答を求めているのかは承知しております。ですが、それに合わせなければならない理由もありますまい」
 上品な口調に含まれる明らかな侮蔑も気に留めず、リオンは笑って見せる。鋭く細められた瞳は挑戦的で、主張を曲げない強かさを全身から発していた。
「これが、見も知らない他人であれば、貴方の求める答えと同じものを私も出していたでしょう。ですが、対象がウォルトならば話は別です」
 師としての弟子への信頼感、ウォルト・ラヴェールという一個人を誰よりも知るからこその確信、そして
「奴には私を敵に回すような度胸はありませんからね」
 彼が自分に対して抱く畏怖への自信。
 言い切るリオンに、ハーデスは声をあげて笑い始めた。
「ハハハ。私に言わせれば、貴女のその発言は、貴女が謀反人に付くという意味に聞こえますけれど」
「そのようなつもりはございません」
 お互いに合わせた視線は油断なく、それでも表面上は皇帝側近と剣士隊長の体裁を保っている。
 先に目元を和らげたのはハーデスだった。
 肩にとまる鳥のくちばしを撫で、クスリと微笑む。
「貴女が彼を信じるというのでしたら、それでも構いませんよ」
 鳥に対してハーデスは親愛の表情を向けている。リオンに軽く視線を向けるその目は、己が優位に立っていることを分かっていてのものだろう。
「ただ、疑いは晴らされなければなりません」
 そういうことか、とばかりにリオンは鼻を鳴らす。
「それで、私にどうしろと仰るのでしょうか?」
「アナト帝国13代皇帝、アザゼル7世皇の勅旨をお伝えします。ウォルト・ラヴェールを確保し、セラフィムへ連行せよ」
 命ぜられた内容にリオンは口元を歪めた。予想していた内容に違いはない。だが、勅旨の形式を取っているとは予想し得なかったことだった。
「ラヴェール家のご長男が類稀なる豪傑であることは周知の事実。並大抵のものでは歯が立ちません。ですが、貴女であれば……彼も大人しく従うでしょう」
「抵抗された場合は?」
「その場で斬り捨てて結構です」
「どちらにせよ処刑するだけだから、ですか?」
 油断なく探りを入れる目つき、それははっきりと、苦々しげに口元をゆがめるハーデスを見つけた。
 不意に訪れる奇妙な沈黙。流れるのは気まずさではなく、探りあいで張り詰めた緊張。
 ふぅ、と溜息が漏れる。苛立たしげに前髪をかき上げるリオンの眉がきつく寄せられた。
「その命令を受ければ、私はイライアス様に恩を仇で返すことになります」
 沈黙の末に出した結論は、穏やかな声音でありながら重く室内に落ちる。
 冷たく細められたハーデスの目を見てリオンは喉の奥で笑った。
「私には、私なりの優先順位がありますゆえ」
 リオン・シャマインは時に自己中心的と評されることがある。
 常に己の信じるものの為に突き進む。
 その中に負い目や躊躇など欠片もなく、その堂々とした姿こそが剣士たちの憧憬の対象となる。
 事実上の離反を口にしたそのときですら、彼女は窓から差し込む光の中に力強く立っていた。
 忌々しいとばかりにハーデスは口元を歪めた。
「ならば……」
 ハーデスの鳥が翼を広げて人の形を成すのと、リオンが机に立てかけた剣を手に取るのは同時。
「消えてもらわなければなりません」
 赤い風が破壊音を奏でた。

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