ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
キール1939
 


 キールに入港した龍嬢には、陸軍の97式戦闘機と、海軍の96式戦闘機が積まれていた。これらの機体は組み立ての後龍嬢から発艦し、近郊の飛行場に着陸した。この2機種の輸送は独逸への進呈と、現地で独逸の戦闘機との模擬空戦を行う事が目的であった。ちなみに、この2機種はその後のBf109との空戦で、その格闘性能をもってBf109を翻弄し、独逸側の技術者を大いに驚かせた。また、96式戦闘機の1200kmという航続距離も驚かせた。ちなみに、日中戦争では、それでも不足であったが。しかし、このころBf109の航続距離は1000kmにも届いていないし、またヨーロッパの戦闘機で1000km飛べる機体は稀であったから、最もな話であった。
 一方、龍嬢と護衛駆逐艦にはその他の物資が積まれていた。酸素魚雷、落下増槽の設計図等であった。これらの供与という大判振る舞いには、当初反対の声が大きかったが、「独逸を見返すにはこれ以外なし。」という意見が押し切った。この時代、独逸ではヒトラーの我が闘争の中の、日本人は2等民族という意見が蔓延していた。それに冷や水を指す。その意味も大きかった。
 キール入港3日後、沖合いで龍嬢は総統ヨット座乗のヒトラーの謁見を受けた。彼が遥々キールにやってきたのは航空機の離着艦を見るためである。
 日本側の96艦戦、99艦爆、97艦攻は見事な離着艦を披露した。加えて、99艦爆の筏を標的にしての急降下爆撃や、97艦攻の総統ヨットを模擬目標にしての高度5m模擬雷撃等は、ヒトラー総統に「余は日本人への考えを改めねばならぬかもしれない」と言わしめた。これは後に、ヒトラー総統が続我が闘争の中で語っている。
 一方、この日龍嬢ではドイツ側が建造中のグラーフ・ツェッぺリンように開発された機体の離着艦も行われた。この時の機体は戦闘機がBf109とHe112、He100で、爆撃機がBf87であったが、Bf109は大見事に着艦に失敗した。そのため、ヒトラー総統はとなりにいた開発者のメッサーシュミット博士に「これはどういうことかな?」とにらめつけたという。また、その他の機体も急ごしらえであったため、艦上機としては適正を欠いていた。
 とにかく、この時の経験から、のちに独逸では艦載用戦闘機の開発を行う事となる。
 
実際、陸上機改良であったBf109は艦載機に向かなかったとされています。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。