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菊池くんの恋愛事情-48
「お嬢様、お呼びですか?」
小笠原が本家に着くと、奏が呼んでいたと使用人から伝えられた。
珍しいこともあるものだと、早々に奏の部屋に足を運ぶ。

奏さまは、こちらが用がある時や外出する時以外、私を呼ばない。
今日は一日在宅のはずだから、呼ばれる理由がないのだけれど。

ドアの外から声をかけると、待っていたのだろうかすぐに内側から開く。
「小笠原、忙しいのにごめん。少し、いいだろうか」
「はい、もちろん」
にっこりと笑って、奏さまの後について部屋に入る。

必要最低限しかない、広い洋室。
和風の建物ではあるが、それぞれの居室は洋室も和室もある。
ここは、以前奏さまのお母様が使われていた部屋。
奏さまにもその事は伝えたけれど、必要最低限の調度品以外は全て隣の使っていない部屋に移してしまった。
テーブルと椅子二脚、ローチェストとドアは閉まっているけれど続きの部屋にベッドが一つ。
それだけが、奏さまの持ち物。
ローチェストの上に、お母様……楓様から贈られたペンダントが置いてある。

部屋の中ほどでこちらを振り返った奏さまは、何も言わずに頭を下げた。
「奏さま?」
よく分からずに首をかしげると、奏さまは頭を上げてありがとうともう一度頭を下げる。
「菊池の事、黙っていてくれてありがとう。あいつに迷惑をかけることだけは、したくなかったんだ」
ようやく合点がいき、いいえと首を振る。
「昨日は、申し訳ないことをしてしまいましたね」
「――いや、あれでよかったんだ」
そう言って、再び顔を上げる。

「礼を言うことができた、それだけでもういい。菊池と会う事はない。頼む、あいつの事は忘れてくれないか?」
目の前の奏さまは、意志の強い視線を私に向ける。
「私は、もう迷惑をかけたくないんだ」
「――大丈夫ですよ、お嬢様。私から本家には、何も言いません」
私から……は、ね。
最後の言葉は、口に出さずに飲み込む。
奏さまはホッとしたように小さく息を吐くと、ぎこちなく、それでも奏さまにしてみれば精一杯の笑顔を浮かべる。
「ありがとう」
「――菊池様は、優しい方なのですね」
こんなに奏さまが気にする方なのであれば……。
奏さまは少し考え込んで口を開く。

「いや。あいつは、バカだな」
「――はい?」
端的な答えに、呆気に取られて目を見開く。
奏さまは、腕組をしながら視線を下げる。
「周りに気を使いながら、周りに使われているような奴だ」
「それは…………」
「いや、そうだな。優しいというか、バカがつくほどのお人よし」
奏さま……その言い方は……
あの畳の部屋にいるだろう菊池を思い出して、内心苦笑い。
「その上、不器用だ。他人事なのに優しさだけで首を突っ込もうとする。う……ん、不器用というかおせっかいとでも言うのだろうか」
――少し、気の毒になってきますね。
「そんな菊池様だから、お嬢様は好意をお持ちなのですね」
「こっ……?!」
慌てて顔を上げる奏さまは、真っ赤な顔で何か言おうとしたけれど再び口を噤む。
しばらくして、顔を上げて私を見た。
「だから。もう、あいつに面倒をかけたくない。あいつはあいつの世界で生きるべきなんだ」
その表情は、寂しそうだけれどそれでも力強い。
いつか、違う状況で見たことのある表情。

あれは、楓様がここを出て行った時の……


蒼井です、おはようございます。
御覧下さりありがとうございます。
次回投稿は、来週月曜日の予定になります。
どうぞよろしくお願いします。
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