菊池くんの恋愛事情-19
「奏?」
いつの間にか俺の横に、奏が立っていた。
顔でも洗っていたのか、タオルを肩にかけて。
俺達がいるから、風呂には入れなかったのだろう。
奏は一瞬黒田の方を見ると、右の人差し指を自分の口に当てる。
俺は、慌てて口を両手で塞いだ。
そんな俺を見ながら、その右手を伸ばしてペンダントを拾い上げる。
左の掌に乗せて、右の指でゆっくりとなぞる。
「これは、私にとって大事なものなんだ。すまんな……」
「いや、ごめん……」
口を塞いでいた手を外し、小さく頭を下げる。
奏は微かに笑うと、頭を横に振った。
「……?」
奏の表情があまりにも悲しそうで、ついじっと見つめる。
俯いたその視線の先には、青いガラスが仄かに光る。
しばらく黙ったまま、彼女を見下ろしていたけれど、少し寒そうに肩を竦めたのを見てやっと声が出た。
「あ……と、その……。――黒田連れて、部屋に戻るよ……」
「……そうか」
「そうだな」
いきなり違う声が会話に乱入してきて、二人で一斉に後ろを振り向く。
そこには、和室の襖と鴨居に手を置いてこちらを覗く黒田の姿。
「いつの間に起きたんだよっ」
あー、びっくりしたっ。
バクバクいう心臓を手で押さえながら、歩き出す。
「奏ちゃん、ごっそーさん。じゃ、お休み~」
黒田は、何も感じていないかのように奏に言うと、欠伸をしながら電気をつけた。
薄暗かった部屋がいきなり明るくなって、思わず目を瞑る。
「遅くまでわりーなー」
同じように歩き出した奏の頭を、黒田はその長い腕を伸ばして軽く叩いた。
それに呼応するかのように、なんでもない、いつもの奏の声が黒田に向う。
「ビールの缶は持ち帰れ」
「分かってるよ」
いつの間にか、こたつの横には缶を詰めた袋が置いてあった。
拾い上げて、ドアに向う。
黒田が先に出て、その後に続いて外に出た。
開けたドアを閉めようと、手を伸ばした奏を振り返る。
「迷惑かけちゃったね。俺、明日の朝早くに出るから、多分会えないと思うんだ」
「――そうか」
ドアノブを掴んだその体勢のまま、俺の方を見た。
「……」
何か言いかけたけれど、そのまま口を閉じる。
俺の後ろでは、黒田が既に自分の部屋に入ったらしく、ドアの閉まる音が聞こえる。
「奏?」
奏に声をかけると、首を横に振ってなんでもないと呟いて、ドアノブを持つ手に力を入れた。
「元気で」
そう呟いて。
「かな……で……?」
俺の声に顔を上げることもなく俯いたまま、ドアは閉まった。
ガチリ、と鍵の閉まる音が小さく響く。
「……」
俯いた奏のその表情が、どうしても脳裏から離れなかった。
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