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黒田くんのその後の話・6
「佳苗さん、ただいま」
「おかえり、あなた」
梶んちの玄関。

ドアを開けた途端嬉しそうに声をかけた梶の前に、でんっ……と俺。
「……佳苗さん、なんかでかい置物があるけど、これ何? 」
俺の横から顔を出して玄関の奥に問いかける、梶。

佐々田が向こうから顔だけ出して、梶に謝る。
「ごめんね、梶くん。今日は黒田くんにお世話になりっぱなしだったから、お礼にご飯を……って……」

その言葉に、梶が溜息をついて俺を見た。
「お前がそう言ったんだろ、黒田」
声を潜めた奴は、いつもより低い声色で俺を見上げる。

俺のほうが身長ある上に、たたきに立つ梶を見下ろしてるもんだから、余計に奴は気に食わないらしい。
「まぁね。しっかし佐々田に対してと、ホントに態度ちげぇな」
「佳苗さんとじゃなくて、お前だから。普通、俺んちまで来るか? しかも、何度目だよ」

玄関先で話していたら、後ろから佐々田が歩いてきた。
「どうかしたの? 」
俺の横からひょっこり梶を見る。
梶は、俺から視線を移してにっこりと笑いかけた。

「少し話していただけだよ。黒田さん、俺、中に入りたいからどいてくれます? 」
途中から俺に向けた奴の視線の、悔しそうなこと。

内心大笑いしながら、部屋に戻っていく。

梶んちは、東京だというのに3LDKもある大きめなアパート。
というより、マンションだろこれ。
父親が書庫代わりに使っているアパートを、半分の家賃で借りているらしい。
だから、1部屋はがっつりと本が詰め込まれてる。

梶はもう一部屋のほうで着替えを済ますと、リビングダイニングの椅子に座った。
「もうすぐできるから、ちょっと待ってて 」
佐々田はテーブルに俺と梶の麦茶のグラスを置くと、キッチンに戻っていった。

梶はそんな佐々田の姿がドアの向こうに消えると、テーブルにひじを突きながらじろりと俺を見る。

俺は面白そうに見返すと、今思い出したようにぽんと手を打った。

「梶、俺お前に渡すもんがあってさ」
そういいながら、鞄を引き寄せて封筒を取り出す。
梶は胡散臭そうに俺を見ていたが、封筒の表書きを見て顔色が変わる。

表書きには、「わが息子へ」。

俺は、見たとき笑ったけど。

「え……? これ……」
手を伸ばして封筒を受け取ると、中を広げてみる。

俺はそんな梶を横目で見ながら、背もたれに寄りかかる。

「お前ってさ、どこの院に行ってるのかと思ってたけどさ。まさか俺の通ってた大学の院だったとはなぁ」

梶の怪訝そうな顔。

「いや、苗字違うからまさかと思ったけどさ。先週大学ん時のゼミの飲み会があってさぁ」

梶がじれるように、のんびりと話を進める。

「ゼミの教授と話してたらさ、俺のいってる会社の店舗で息子が働いてたんだって言われてさぁ」

「教授の名前って……」

梶が呟くその言葉に、俺には珍しい満面の笑みを返す。

「鷹野教授」


口をあけて絶句している奴の顔が面白い。
封筒の中身は奴は見せてくれないだろうけど、実は知ってる。
予備校の臨時講師募集の紙。

俺の知り合いって言ったら、渡すよう頼まれたのだ。

「俺、鷹野教授と結構仲良くてさ。来週も行くんだよなぁ。資料整理に」

はっはっは。
言葉もあるまい。

「邪険にしていいのかな? 」

その言葉に、がっくりと梶の肩が落ちる。

話を聞くと、親を亡くした梶を鷹野教授が引き取って育てたらしく、自分と同じ分野に進んでくれて嬉しいと教授が言っていた。

それだけ聞けば、分かるよな。
こいつ、教授に頭が上がらないはず。

「黒田も歴史やってたのか? 」
諦めた様子の梶は、封筒を脇のサイドボードに置くと、溜息をついて俺を見る。

「あぁ、大学ん時にな。お前と違って世界史の方専門で」
確かこいつは、日本古代史が専門だったはず。
そんなことを教授が言ってた。

「でも、個人的には好きだぜ?古代から平安末期までは」
それ以上になると、侍の名前がややこしくて。
そう言うと、梶は噴出す。
「俺から見たら、世界史の人物名のほうがややこしいよ。もう、時代名なのか人名なのか、わけ分からない。同じ名前がいっぱい出てくるし」

「あぁ、後ろに何世ってつければ、どんどん続いていくからな」
そう言うと、2人で笑い会う。

「奈良の飛鳥とか、行くとはまるよなぁ」
高校の時の修学旅行で、自転車で駆け抜けた飛鳥の地。
坂も多くて大変だったけれど、自然の残るあの場所は本当に素晴らしい。

そんなことを2人で話していたら、ドアが思いっきり開いた。

「遅くなってごめんね」

トレーを持って中に入ってきた佐々田は、テーブルに食器を並べながら俺達を見て笑う。
「楽しそうだったね。何話してたの? 」
梶は、そう? と俺を見る。
「歴史の話だよ。俺、大学の時、西洋史専門だったから」

その言葉に、少し嬉しそうに微笑んだ。
「歴史好きだったんだ。・・ほら、やっぱり梶くんと気が合うって」

昼間の事を思い出したのか、佐々田は嬉しそうに微笑む。

気が合う……?

視線を梶に移すと、梶も俺を見ている。

「昼にね、梶くんちが癒しの空間って黒田くんが言ってたんだよ」
そこまで言った時、キッチンから鍋の吹く音が聞えてきた。
佐々田は、慌てたように走っていく。

俺達は、ふっ・・・と口端をあげて笑う。

「俺んち・・・じゃなくて、佳苗さんのいるうち、じゃなくて? 」
「分かってんじゃねぇかよ」

そう言って、椅子から立ち上がる。

「さ、手伝いでもしてこようかな? 」
その俺の肩を立ち上がりざまに、梶が掴む。

「俺が行く」

ぐるるるる……と犬の唸り声が、幻聴で聞えそうな梶の顔。
つい、噴出して大笑い。
そこに佐々田が帰ってきて、何事かと俺達を見る。
首をかしげながらドアに近い俺の横を通って、テーブルにトレーを置く。
おかずの盛り付けられた食器を下ろしながら手早く夕食の用意を終えると、また俺の横を通るから。

つい、後ろから抱きしめる。

「だって、こいつ面白いんだよ」
「うわぁっ」
俺の思っても見ない行動に、佐々田が素っ頓狂な声を出してびくつく。
「くーろーだーっ」
梶ががばっ・・と、俺の腕から佐々田を取り上げる。
佐々田はふらつきながら、梶の腕の中に納まる。

「これは俺の」
「かっ梶くん?! 」

2人を見ながら、笑いが止まらなくなる。


確かに佐々田は、梶のもの。
でも、俺。
こんな瞬間をまだ楽しいと思えるから。

今は、これでいいや。

まだ、こいつを好きでいいや。

どんなに不毛でも。
それが今の、俺の本当の想い。
これで黒田くんのその後の話は終わりです。
佳苗さんへの片思い、いったい彼はいつまで続けるのやら。
この話の中で、一番、黒田が一途な気がします(笑

この後こちらは少しお休みをいただいて、明日からは、新しい話を始めようと思ってます。

よろしくお願いします。
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