若干の男女関係の描写があります。
15歳以下の方、苦手な方は回避願います。
第39話 好きの行方
首筋に触れていた唇が、そのまま鎖骨をなぞる。
「・・・なんで、異動の事・・・言ってくれなかった?」
力の入らない手をなんとか動かして彼の胸を押すと、左手で両腕を床に押さえつけられた。
唇を離して、私を見ずに彼は呟く。
「黒田が・・・一緒だから?」
「・・・そ・・・じゃない・・・。」
そうじゃなくて・・・
「俺の事なんて、別に気にするほどのものでもなかった?」
そうじゃ・・・ない・・・
「ただ、しつこいだけの男になってんのか。俺。」
自嘲気味のその声に、喉の奥が苦しくなる。
「・・・佳苗さん・・、俺、限界。」
ドクンッ
心臓が、苦しいくらい鼓動を早める。
私を押さえる梶くんが、震えてる。
喉の奥が詰まって、目頭が熱くなる。
後から後から、涙が零れていく。
私の首筋に触れたままの彼の頬にも、零れ落ちているだろう。
何か・・・伝えなきゃ・・・
口を開いて、声を振り絞る。
「・・・遠距離・・が・・・怖い。」
やっと出た言葉は、それだった。
動かなかった梶くんが、少し身体を浮かして私を見る。
涙でぼやけた視界に、彼の顔が映る。
「また・・・壊れてしまうかと思うと、怖い。」
梶くんの手の力が緩む。
「佳苗さん?」
怪訝そうな声。
指先で私の涙を拭う。
「それって、どういうこと?」
どういうことって・・・
なんだかまだ頭がついていってない。
怒っていた梶くんが、怖くて。
「・・・佳苗さん。東京に異動する話、いつ聞いたの?」
声はまだ掠れているけれど、いつもの口調に戻っている事に、少し緊張が解れる。
「社長が、来た時。」
じゃあ一週間前か、と、呟く彼。
「その時どう思ったの?」
その時?どう?
「寂しいと思った。」
「何が?」
何が・・・て・・・
「ここから離れるのが。パートさんたちと離れるのが。」
「それだけ?」
少し、口を噤む。
本当は・・・
「梶くんの姿を見れないことが、一番寂しかった。」
社長が帰った後バックヤードから見た、すりガラス越しの梶くんの姿。
もう見られなくなるかと思うと、凄く哀しかった。
「俺、佳苗さんが好きだよ。佳苗さんは?」
「・・・。」
答えたくても答えられない。
違う。・・・答えたくないだけなのかもしれない。
肯定してしまえば、遠距離恋愛がまってる。
否定してしまえば、ここで関係は終わる。
どっちが、いいのか、分からない。
梶くんは頭がパニック状態なのを察してくれたのか、優しく微笑むと頬にキスをする。
「ね、佳苗さん。何にも考えないで・・・、俺の事、好き?」
優しい、梶くん。
私の事を考えてくれて、私の事を想ってくれて。
「すき。」
一言だけ。
伝えるならば、この一言だけ。
彼は嬉しそうに微笑むと、私の身体の上からどいてくるっと自分の上に私を抱き上げる。
「大丈夫だよ、佳苗さん。」
さっきと体勢が逆転してしまった状況についていけず、恥ずかしさにただ彼の胸に顔を押し付ける。
「なにが、だいじょうぶなの・・・?」
大きな手のひらが、私の背中を強く押さえてる。
「俺、もうすぐ東京行くもの。院の受験って、秋にもあるの知ってた?」
脳内思考停止。
「・・・え!?」
がばっ・・・と彼の胸の上で、頭を上げる。
梶くんは、少し意地の悪い笑みを浮かべながら微笑む。
「受かっても入学は春になるんだけどね。それでも早めに生活の基盤作りたいし。まぁ、確かにすぐに行くわけじゃないから、少しは遠距離になってしまうかもだけど。」
て、いうかさ。
少し口を歪めて、笑う。
「前、言ったよ俺。お金もうすぐたまるって。」
首をかしげて、記憶を手繰る。
そういえば大分に行く前一緒にご飯を食べた時、そんな事言ってたかも・・。
大分からこっち、なんだかいろんなことがありすぎて忘れてた。
「それで俺、怒られたんじゃない。いる間だけ付き合うって話しなわけってさ。」
顔に、血が上る。
きっと真っ赤。
梶くんは嬉しそうに笑ってる。
「もう一回、言って。ね?」
顔が、熱い。
彼の声が、体中に響いてる。
顔を下に向けたまま、目線だけ梶くんに向ける。
「・・・好き。」
私の額に落ちる、彼の唇。
「ありがと。ははっ、口説き落とすのに半年掛かったよ。」
さっぱりした笑顔で叫ぶから、ついつられて微笑む。
「俺の人生で、こんなに我慢したのはじめてかも。」
「・・・すみません。」
つい謝ると、背中にまわした手に力が入る。
「じゃ、続けてもいい?」
「・・・何を・・・?」
言っている意味が分からずに、怪訝そうに彼を見る。
梶くんは視線を下にずらして、意地悪く笑う。
「さっきの続き。今、すごく我慢を強いられてますけど。」
梶くんの視線を追って、下を向く。
下着しか身につけていない、自分の上半身。
「!」
梶くんの顔を手のひらで押して、身体から降りる。
「いてっ。」
私の勢いで後頭部をぶつけたのか、寝転んだまま頭を押さえてる梶くんの横で、素早く着替えのTシャツをかぶった。
「かわいいな〜、佳苗さん。」
「わっ。」
いつの間にか起こした上半身で、後ろから私の身体に腕をまわす。
「ちょっ・・・ちょっと!」
身を捩って逃れようとしても、彼の手はびくともしない。
私の身体を抱きしめる彼の腕をはがそうと、躍起になって掴んでも駄目。
諦めて、溜息をつく。
「店長命令で〜す。離してください。」
「俺のが年上で〜す。目上の者の言葉は聞くべきです。」
ぷっ・・
2人して、思わず噴出す。
ぽんぽん、と、彼の腕を軽く叩くと、ゆっくりと腕が外れた。
「じゃ、そろそろ行こうか。パートさんたち待ってるよ。」
梶くんに続いてカーテンを開けて外に出ると、なぜか彼の動きが止まった。
不思議に思って、横から顔を出してみると・・・
「きっききき・・・!」
その光景に、一瞬言葉を失う。
「あら・・・あらら。」
まさに休憩室を出ようとしていたその人は、私の声に顔だけ後ろに向けた。
「北さん!!!?」
梶くんは、止まったまま。
「いっ・・・いつからそこに・・・!」
恥ずかしさと驚きに、頭が沸騰しそう・・・!
「え・・・と、1時間経ってもこないから様子を見てこよう〜って。・・いつからって・・・ねぇ・・・?」
少し口ごもりながら、右手の人差し指を顎に当てる。
「・・・やめてやらない・・・からかな?」
梶くんが、うわぁぁっ・・といきなり叫び出した。
「やめてくれーっ!北さん、忘れてっ!!!」
北さんの肩を掴んで揺さぶる。
「うわわわわ。」
がくがくと揺さぶられる北さん。
「お願いだから、忘れてっ!」
梶くんの手から逃れた北さんは、ドアに掴まりながらそれでも微笑む。
「よかったじゃない、翔太君。店長に、やっと好きになってもらえたんでしょ?」
顔を真っ赤にした梶くんは、テーブルに両手をついて何やら耐えているようだ。
「それに店長!」
「はい!」
いきなりこっちに話を振られて、びくっ・・・と北さんを見る。
「異動の話、何で話してくださらなかったんですか!」
少し、怒ってる。
「う・・、ごめんなさい。」
私の横に来て、こつん・・・と軽く頭を小突く。
「言いにくかった店長の気持ちも分かりますけどね。どこに行っても、店長は私たちの店長ですから。とりあえず・・・。」
ぺこっと頭を下げる。
「うちの翔太君、よろしくお願いしますね。本当に、店長の事を好きなんですもん。」
お母さんみたい。
そんなことを思った。
本当の両親のいない、梶くんを。
きっと北さんは、お母さんのような気持ちで見てきたんだろう。
心が温かくなる。
微笑みながら頷くと、北さんは満面の笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。」
「北さん・・・。」
梶くんが少し顔を上げて、北さんを見る。
「ほら、2人の追い出し会も一緒にやるわよ。行きましょう、店長、翔太君。」
梶くんを見上げていた北さんが、にやり・・と笑う。
「やめてやらない。」
とたん、少しおさまった梶くんの顔が真っ赤に戻る。
「北さん!!!」
梶くんが叫ぶと、休憩室から逃げていく北さん。
そのまま先に行きます〜と、店の裏口から出て行った。
「いや〜、なんかやられたね。」
頭に手をやりながら梶くんを見ると、もう、これ以上はないというほど真っ赤な顔で。
いつもにこにことしているイメージがあるから、ある意味新鮮。
「もう俺駄目だ・・・。ここで働いていくの、恥ずかしすぎる。」
右手で顔半分を隠して、恥ずかしさに耐える梶くんの姿が面白い。
「いいじゃない、そんな梶くんを皆に見せたって。」
「よくない!」
がっ・・・と肩を掴まれる。
「あんな俺、佳苗さんにしか見せない!」
真っ赤になりながらも真剣に言うから。
つい・・・
「やめてやらない?」
呟くと。
「うわぁぁぁぁっ!」
彼は鞄をつかむと、叫び声をあげながら外に飛び出していった。
少しびっくりしながらそれを見送る。
そんな梶くんが、面白くて。
笑いがとめられないまま店の鍵を閉めて、みんなの待つ店に向った。
おはようございます、蒼井です。
次回投稿予定は、7月28日 火曜日になります。
よろしくお願いします。
よろしくお願いします!
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