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第29話 黒田くんの過去と決断
なぜこの人は、こっちが赤面する言葉をさらっと言うかな。

「佐々田はさ、俺の事、別にどうも思っちゃいないだろ」
「どうもって……、素直にかっこいいとは思うけど。だって、あまり一緒に仕事したことないし、和弘の友達という認識が一番大きく……」
尻切れトンボのように、語尾が小さくなっていく。

足をたてて膝に腕を置き私を見る彼の目が、寂しそうに見えたから。
あんまり言わない方がいいのかなーて。

「お前さ、新人合宿の時、俺と同じ班だったの覚えてるか?」
新人合宿?

唐突な言葉に、懐かしさと苦い思い出が蘇る。

うちの会社は、入社式直後から1週間新入社員のみで合宿をするのだ。
内容としては、体力作りに始まってビジネスマナーやテーブルマナー、商品の勉強などなど。
最後にはテストがあって合格点にいかない人が一番多い班が、皆が帰った後合宿所の清掃をする。

まんまとその班にあたったのよね……

「そういえば、同じ班だったような。えらい大きい人がいるな〜て思った記憶がある」
「その程度だし」
「あはは……」

しょうがないじゃん、覚えることいっぱいで同期のことなんて近い人2.3人くらいしか覚えてない。

「俺らの班、清掃にまわされただろ?俺もお前もテスト受かってたけど、8人中5人駄目だった、あれ」
「うん、覚えてる。可哀相だったよね・・・、不合格の子達。あぁいうテストってなくならないのかしら。」

今もずっと続いているけれど、あれは不条理だわ。

「1週間も拘束されて気も抜けなくて、いきなりテストで駄目なら連帯責任って。合格して掃除に付き合う方はいいけど、不合格の子、泣いて謝ってたもの。」

「お前、同じこと言ったな。あの時も。」

「え?」

そうだっけ?
でも、本当に可哀相だった。

気にしないでっていっても、泣きながら謝るし。
さっさと終わらしてご飯食べに行こう!て、励ました気がする。
そして、アイスをおごってもらった気がする。

まぁ大体8人中5人じゃ、誰のせいってものもないけどね。

「あの後さ、アイスおごってもらっただろ?あれで、あいつら気が楽になったって。そうじゃなきゃ申し訳なくて辛かったって言ってた。」

「いや〜、こっちはアイスもうけただけなんだけどねぇ。」

黒田くんはペットボトルの水を、一口飲んだ。
「そん時な、お前の事いいなって思ったんだよ。」
「またさらっと・・。」

そんな所にきっかけが。

「でもな、和弘とすぐに仲良くなって、けっこう初めの方に佐々田と付き合ってること聞いたんだ。そう言われてみれば、和弘と佐々田、仲良かったし。俺の恋は1ヶ月も持たなかったな〜。」

「え・・・と、そうでございますか。」

とくとくと、何を語られてるんだろう。

「諦めようとして、ずっと和弘と友達続けてきて。3年たったらこの状態。そりゃ、必死こくでしょ。」

でしょって言われても・・。

「佐々田さ、俺と付き合う気ない?」
「えっ?」

びっくりして黒田くんを見る。
いや、今の流れから行けばびっくりすることないんだけど、あまりにも直球だったから。

「俺、お前の事が好きだ」

もう一度、私の目を見て告げる彼は、本当に格好いい。
視線もはずせずに、黒田くんを見つめてしまう。

「佐々田?」

しばらくして、黒田くんが私の名前を呼んだ。
その声で、現実に戻る。
涼しくなった室内。
肌寒いほどなのに、私の額にはじとっと汗をかいていそう。

「あっ・・と・・・。その・・・気持ちは嬉しいんだけど、その・・・ごめんなさい」
黒田くんの目を見れなくて、自分の膝を見つめる。

「俺が嫌い?」
「いやっ、嫌いとかじゃなくて」

慌てて両手を振る。
「じゃあ、なぜ?」
幾分トーンの低い、彼の声。

「まだ和弘と別れたばかりだし、恋愛はしばらく・・・いいかな・・・って。その・・・、黒田くんは友達だし……」

「お前、梶が好きなのか?」

多分、顔が赤らんだと思う。
「いや、好きって言うかその・・・・っ」
慌てて否定しようとした両腕を、黒田くんにつかまれる。
「えっ・・・。」
そのまま仰向けに、床に倒れこんだ。

「帰ったら、梶に取られるなんて嫌だね。ずっとお前の事好きだったんだ。そんな理由で簡単に諦められるかって」

覆いかぶさるように私を見る黒田くんは、少し苦しそうな表情をしている。
「ちょっと、離して・・・っ」
手に力を入れて振りほどこうとしても、少しもびくともしない。

「佐々田、好きだ」
「・・・。」

至近距離から見つめられて、そんなことを言われたら誰だって真っ赤になると思う。

私は何も口に出せず、ただ黒田くんを見ていた。

「せめて友達から脱出したいと思うわけで。」
「・・・え?」
両手で押さえていた私の腕を、頭の上に持っていき片手で押さえる。
「何・・・。」

「実際、部屋に無理やり連れてこられても、俺に抱きしめられてもそこまで暴れたりしないのって、俺が友達だからだろ。」
「いや、暴れてる・・・し・・・。」

すんなり連れてこられているような言い方を・・・。

言い返そうとすると、黒田くんの自由になった右手が私の頬に触れた。

「友達だから、何にもしないし一線を越えないと思うから。・・・だろ?」

少しびくついた目で彼を見上げる。

その・・言い方は・・・
あの、この体勢でその言い方は・・・

ひんやりとした空気が流れているはずなのに、凄く熱い。
私の手首に触れている彼の手も、汗ばんでる。

「俺これでも、すげぇ我慢してるんだけど。」
「ちょっ・・と・・・。」
口を開いたけれど、喉がからからで上手く言葉が出てこない。

「昨日から理性に忍耐力、限界越えてんのにさ。佐々田はあっさりと友達って言うんだ。」

悔しいな・・・

黒田くんの呟く声。
切なそうな、苦しそうな表情が、私を縛る。

ただ目を見開いて動かない私の頬を、黒田くんの手のひらがゆっくりと触れている。

「頼むから・・・、すぐに俺の気持ちを切らないでくれ。」

ふっ・・・と、梶くんの言葉を思い出す。


・・・・・辛いって言うか、今この場で忘れてって言われるよりいいかな。好きな人がいてくれるだけで、結構幸せ・・・・・


そっと頬を押さえて、顔が近づいてくる。
「黒田く・・・。」
名前を呼ぼうとした瞬間、唇が重なった。

「ん・・・っ。」

顔を反らそうとしても、押さえられているからそれもできず。
腕に力を入れようにも、手首は掴まれたままで身動きが取れない。

唇を重ねるだけの、長いキス。

どうしていいかわからずに目をつぶっていると、しばらくして唇が離れた。
ゆっくりと目を開けてみると、ほんの近くに黒田くんの顔。

私と目が合うと、少し照れたような困ったような、複雑な表情を向ける。

「・・・。」
何か言おうと思うけれど、言葉が探せない。

そのまま私の身体の上からどいた。
私は上半身を起こすと、自分の手首を触る。

押さえつけられていた手首は、じんじんと痺れていて。
それ以上に、頭の中が痺れてる。

「大丈夫?」
「大丈夫なわけ・・・っ」
黒田くんの言葉に、思わず叫ぶ。
そんな私を見て、面白そうに笑う。
「とりあえず、俺の気持ちは伝わったみたいだな。」

気持ちどころの話じゃないっ

「こっ・・ここまでする・・・?」

涼しげな視線を向ける彼は、そう?と呟く。
「鈍感な佐々田には、これくらいしないと。俺としては、やっとの事で止めてるんだけど。」
「そのえろえろ発言どうにかしてーーーっ」

耳を塞いで頭を振る。
黒田くんのイメージがっ
もう、崩れ去ったよ・・・

「いいじゃん。俺、佐々田にしかこんなこと言わないよ」
「・・・っ」
少し冷めてきた顔が、また赤くなる。

「さらっとそういうこと・・・、もう帰るっ!帰る!!」

もうだめ、限界。

こんな感情、ずっと忘れてた。
和弘と、のんびりと恋愛してきた私には、刺激が強すぎるっ!

鞄を持って立ち上がると、ドアまで突進する。
黒田くんは面白そうに笑いながら、後からついてきた。
「1人で帰れる!タクシーで行くっ、もう嫌っ」
「わかったわかった。」
黒田くんは人の話を少しも聞かず、後ろから長い腕を私のお腹あたりにまわす。

「離してってば!」
「はいはい。」
そのまま、私を小脇に抱えるともう一度部屋に戻ってクーラーを消した。
そして自分の鞄をもつと、部屋を出る。

「もう何もしないよ。苛め過ぎたな、悪かった悪かった」
部屋の鍵を掛け、そのまま駐車場に降りていく。
「降ろしてって、ねぇっ」
足をばたつかせると、黒田くんは私を地面に降ろした。
「はい、乗って。」
目の前には、黒田くんの車。

「本当に、何もしない?」
疑うように彼を見ると、両手を挙げて頷いた。
それでも助手席に座って、目一杯窓際に身体を寄せる。

「さてさて、空港に向けて出発するか」
そんな私を見て、口端をあげて笑う黒田くん。
クーラーを最大にして、暑い大分を空港へと向った。


____________________________________


{黒田?}
佐々田を空港に送って数時間後。
自分の部屋で寝転がっていた俺に、和弘から電話が来た。

{あぁ、和弘。二日酔い、大丈夫か?}
少し億劫な声が出てしまったかも知れない。

昨日今日と、和弘の態度は最悪だった。
だったら、佐々田がこっちに来るのを断ればいいんだ。

{あぁ。佳苗送って行ってくれて、ありがとな}
・・・
仰向けのまま、外を見る。
まだ暑いだろう風景は、陽炎のようにかすかに揺れる。

{別に、お前に礼を言われることじゃない。俺が、佐々田を送っていきたかっただけだ}
その言葉に、和弘が黙る。

{俺は、ずっと佐々田が好きだった。お前は、山下を選んだんだろ?}
{黒田・・・}

意外そうな声を出して、和弘が黙り込む。

{まだ、山下いるのか?}
少し間が空いて、あぁ、と声が返ってくる。

{自分が俺達を終わらせたんだって、部屋で泣いてる。}
{菊池は?}
{少し前に帰った。}

反省してても和弘と離れてないあたり、本当にあいつは我侭というかなんと言うか。
悪い意味で、女ってことか。

{和弘、佐々田に戻るなよ? 中途半端なことしたら、今度は俺、許さないからな}
{黒田・・・}
{じゃな}

イライラしてきて、一方的に電話を切る。
溜息をついて、携帯を放り投げた。

空には、柔らかそうな雲が幾つか浮かんでいて。
この空と続くどこかに佐々田の乗った飛行機が、北海道を目指してる。

「くそ・・・っ」

佐々田の携帯から漏れ聞えた、梶の声。
あんなに普通に、佐々田を佳苗さんと呼ぶ。
あんなに普通に、佐々田に好きと言う。

付き合ってる人がいることを承知で。
今はいなくても。

凄く、悔しかった。

手に入らないと思っていた佐々田を、もしかしたら捕まえることができるかもしれない。
なのに。

唇を、指でなぞる。
佐々田の唇に触れる事ができて、俺は内心凄く緊張していた。
緊張していたし、それ以上に嬉しくてドキドキして。

「俺って、こんな奴だったっけ・・・」

呟く言葉は、誰もいない部屋にただ響いて消えていった。
おはようございます、蒼井です。
御覧くださりありがとうございます。
次回投稿は、明日 7月9日 木曜日になります。
よろしくお願いします。

やっと佳苗さん、北海道へ帰途につきました。
書いてる自分がホッとしてたりして。
苦しい恋愛は、書くのも息が詰まりますね。
よろしくお願いします!
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