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第四十九話


「それでは止むをえませんわね」





ニヤリ





そこにはつい先ほどまでの清純さをどこかに置き忘れてしまったシェラの姿があった。





「もちろん私もいっしょだよね!」



瞬時にして追随するプリムもなかなかどうしてあなどれない。

幼くとも女性は女性ということか。



「まあ、プリム殿を担がれては後が厄介ゆえ仕方あるまいのう………」





「「「異議あり!!!」」」





それを聞いて平静でいられなかったのはルーシアをはじめとする女性陣である。

そもそも真人の意思がない以上断じて婚約を認めるわけにはいかないのだった。





「何も婚約に限ることはないんじゃないのかしら?王家で保護してもらって様子を見るとか………」

「そうですわ!この状況下では門閥貴族もそう迂闊な真似をするわけは………」





「しないと言えると思うか?」





「「「ううっ……………」」」





そう言われてしまうと二の句が継げない。

マンシュタイン公爵家にはメイファン王国の残党をかくまってきた実績があるし、オズヴァルド伯爵がこのまま黙って手をこまねいているとも思えなかった。

妥当な選択肢としてマンシュタイン公爵の後ろ盾でシェラと結婚し、メイファン王国を牛耳ろうと謀るのは理の当然といえるだろう。

仮にオズヴァルドが役者として足りぬのであれば、門閥貴族の誰かを選抜してでもシェラとプリムを抑える価値はある。

どれだけ権勢があっても王権には届かない貴族たちにとって、メイファン最後の王族という地位はそれ自体が至高の果実であるのであった。





「あくまで仮のことだ。全てはこの戦争に勝ち残ってからのことであるし…………それにこの話はお主らにとってもまんざら利のない話ではあるまい?なんとなれば国王ともなれば何人側室を抱えようとも文句などないであろうからの」





ギラリ





飢えた女豹の前に特大のえさがぶら下げられた瞬間であった。







メイファン国王が相手ならば、たとえ側室であろうともその権威は小国の正妃を大きく上回る。

基本的に男系の王位継承権が優先で、庶子であっても女系より上位の継承権が得られることがその権威を保障していた。

メイファン王国といえば、五大国に次ぐ伝統と権威ある大国であり、その側妃ともなればたとえシェレンベルグ侯爵家のような権門であっても嫁ぎ先としては申し分ないものであった。





「考慮する余地はありますわね」

「他によい知恵がなければ、暫定的にということでいいんじゃない?」

「次善の策だが悪くはないね」





真人に呆気にとられたまま事態の推移を見守るほかはなかった。



………自分の勘違いなのだろうか?確か自分との結婚について話あっていたはずなのだけれど………



まるでデートの順番でも決めるがごとき気安さで語られる現状がひどく現実感を損なっているように感じられるのだが………真人がいくら現実逃避しようと真実はいつもひとつなのであった。





「では婚約の件は了承ということでよいな?」





「「「「「はい!」」」」」





真人に答えを求めないあたり、王女も真人の人間関係を心得ているようだ。

しかし、流石の真人もこの件だけはやすやすと容認はできなかった。





「………考え直してくれ。必要ならばオレが命を賭して君たちを守る。あらゆる敵という敵を屠り、害なす全てを殲滅し、君たちを守護する盾となる。しかしオレは狂気とともに修羅を生きるもの………君たちの相手には相応しくない。オレは戦うことに特化された神を殺す刃……狂気の果てに生み出された罪の忌み子なのだから」





この世界に来てから真人はいかに自分がまともと言える人間でないかをつくづくと感じていた。

家族というものは絆で結ばれ無償の愛を与え合うものだということ。

両親こそは子供の守護者であり導き手であるということ。

時として人は他人のなかにも家族同然の絆を結べるのだということ。

なによりそこには戦いをとおす必要がないのだということであった。

戦うことでしか外部とのかかわりをもてなかった自分。

神を殺すこと以外のなにものも求められなかった自分がいかに異常であるかということは、日を追うごとに真人の心を苛んでいたのであった。



…………この世界のなかで自分だけが決定的に異常な存在なのだ







「真人様は戦うことしかできないなんてことありません!」





常にない意志をこめた声で叫んだのはシェラだった。



「真人様は私の命を救ってくれたばかりか不治と思われた足まで直してくださいました…………」



「プリムの声が生きわかれた妹の声に似ていたからだ………他意はない」



真砂の声に似た姉妹が為すすべなく朽ち果てるのを見過ごすことができなかった……ただそれゆえの自己満足なのだと真人は信じていた。
あるいは信じる以外に法がなかったというべきか。



「それはうそです」



明快に、容赦のない声でシェラはそれを否定した。



「ルーシアさんもアナスタシアさんも真人様に救われているのをどう説明するのですか?私とプリムに家族だと言ってくれたあの言葉にどれだけ私たちが救われたか………それのどこに戦いが関係しているというのです?真人様がおっしゃっていることは無茶苦茶です。いったい何をそんなにおそれているというのですか?」





…………恐れている?恐れているのか?オレは…………?





恐れていた。

確かに真人は恐れていた。

それはかつて味わったことのない愛情に満ちた生活を失うことへの恐れでもあり、

戦いを宿命とする自分の業こそがその平穏を破壊してしまうのではないかという恐れであった。

そして何より、真人は人に愛されるということに慣れなすぎた。

人と鬼のハイブリッドとして、神を殺す道具として生きることを強いられた真人にとって、愛し愛され、まして子を産み育てるなどということは考えたことすらない事態であったのだ。



「戦うことにしか価値のないオレが人を幸せにできるはずが………」



「いいかげんにして下さい!」



シェラの平手がパチンと真人の頬を打った。

もちろん真人になんらの打撃を与えるものではないが、シェラが手をあげたという事実に真人は驚きを隠せなかった。



「私が真人様に出会えて幸せだと思う気持ちは………真人様にだって否定はさせません……プリムもルーシアさんもアナスタシアさんもディアナさんも真人様に出会えて心から幸せだと言えます。勝手に私たちの気持ちまで貶めないでください!」





諭すように口を開いたのはアリエノールだった。



「のう、マヒト卿。人の幸せはあくまでも本人にしかわからぬものよ。たとえ死しても愛する者と滅びることを幸せとするものもいれば、日々の平穏な生活に不幸を感じる者もいる。
彼女らの幸せを決める権利は卿にはない………では改めて問うが、卿はどうなのだ?真実彼女らを愛おしいと思ったことはないか?彼女らに幸福の充足を得たことは?彼女らに心をときめかせた事が本当にないと言えるのか?彼女らが幸せであるという以上、問題は卿が幸せであるかどうか、それだけなのだ。心して答えるがよい」



そんなことは聞かれるまでもなかった。

この世界で初めて会ったルーシアが、自分のような人間に寄せてくれた信頼はどんなにかうれしかっただろう。

ディアナという、生まれて初めて得た戦友がどれだけ心強く感じられたことか。

押しの強いアナスタシアのあけすけな好意も、真人にとっては初めて受ける異性からの好意であった。

そしてこの世界で与えられたシェラとプリムというかけがえのない新たな家族……………。

どれも幸福に満ち溢れたかけがえのない宝石たちだった。







……………完敗だ







決して敗北を許されなかった真人が生まれて初めて負けを認めた瞬間であった。

シェラたちを受け入れるということは、真人の生き方を曲げる、ということだ。

戦いに勝つことではなく、守護者として守り抜くことでもなく、幸せをお互いに共有していくという過程こそが重要だった。



それでも、もはやこのかけがえのない仲間たちなしの人生は考えられない。

それがどういった類の愛情であるか、経験のない真人には判然としなかったが、彼女たちを愛していることは真実だ。

ならばあとは覚悟するだけであった。

彼女たちを幸せにするために今までの自分を捨てる覚悟を。





…………どうか自分の幸せを考えて下さい





唐突に思い出したのは真砂が最後にかけてくれた言葉だった。

あの時の自分には無理だった。

倒すべき神がおり、自分が倒せなければ真砂が犠牲になることは確実だったからだ。

だが今は…………





真砂…………オレは………幸せになってもいのかな?





人にして人にあらざるもの

神殺しの禁忌を背負った真人のトラウマは深い。





………お兄様が幸せになってくれることだけが真砂の望みです。





遠い空の彼方で真砂がそういっている気がした。



…………そうそう、それほど多くの女性に手をつけた以上、お仕置きは覚悟してくださいね♪



どうしてだろう?どす黒い瘴気に身も心も凍てついたような気がしたのだが。





「………こんなオレでよければみんなもオレと人生を共にしてくれないか?」





「「「「「はい!!!!!」」」」」















「よくぞ言ったぞ少年!全ては私の計算どおり!フハハハハハハハ!」



世界の片隅で美女たちと祝杯を挙げるカムナビの姿があったようだが、本当に彼の計算が正しいかどうかは今はまだわからない。というより、ほぼ間違いなく間違っているだろう、というのが彼と宴席を共にする美女たちの見解であったという…………。





高見梁川の心象世界


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