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エリィ・ゴールデン ~ブスでデブでもイケメンエリート~ 作者:四葉夕卜/よだ

第四章 グレイフナーに舞い降りし女神

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第23話 イケメン再び学校へゆく④〜サークレット姉妹でございますわ〜

     ☆


 サークレット家次女、スカーレット・サークレットは言いようのない不快感に包まれ、家に帰ってからもずっとイライラしていた。談話室の豪奢なソファに座ってせわしなく縦巻きロールをいじり、メイドを呼び出した。

「お呼びでしょうか、お嬢様」
「遅いわよ。呼んだらすぐに来なさい」
「大変申し訳ございません」

 若いメイドは癇癪持ちのスカーレットが激昂するのを恐れ、肩をすぼめて所在なげに頭を下げる。

「紅茶」
「はい? 紅茶でございますか?」
「わたくしがここに座ってメイドを呼ぶ。紅茶を持ってくるのが当然でしょう。なぜあなたは紅茶の準備をしていないの?」
「も、申し訳ございません! すぐにお持ち致します!」

 メイドは自分の失態に気づいてあわてて頭を下げ、部屋を出ようとした。
 が、スカーレットがすぐに呼び止めた。

「あなた、新人よね」
「は、はい……」

 その言葉にメイドが身を固くする。

 スカーレットは絶対に逆らわない相手に言い知れぬ優越感を得て、少しだけ気分が良くなった。その気分をさらに良くするため、彼女は嗜虐的な笑みを口元に浮かべ、ソファに深く座り直して足を組んだ。ピンピンと縦巻きロールを指で弾き、強張るメイドの顔を一瞥する。

「確かあなた、両親が借金をして学校に行けなくなったとか?」
「はい………あの、何かそれに問題が……?」
「ここをクビになったら困るわよねぇ」
「こ、困ります!」
「あなたみたいな器量の悪い女はせいぜい宿屋の女中か娼婦にでもなるしかないわね」
「あああっ……それだけは! スカーレットお嬢様!」

 メイドが顔を蒼白にし、すがるようにしてスカーレットの前にひざまずいた。
 スカーレットは震えているメイドの頭を見て満足気に笑い、優しいレディを気取ってメイドの肩に手を置いた。

 びくり、とメイドが震える。

「お姉様はもっと厳しいわよ。いいわね」

 メイドが恐る恐る顔を上げ、何度も首を上下に振った。

「分かったなら紅茶を持ってきなさい。それから雑誌がどうなっているかも聞いてきて」
「はい!」
「五分以内ね」
「は、はい!」

 弾かれたようにメイドが立ち上がり、一礼して足早に部屋から出ていく。

 談話室の豪奢なソファに座ったスカーレットはいいことをしたと本気で思っていた。優越感を満たすだけの自己満足に目を向けず、弱い者を手玉に取って喜んでいる。彼女は幼少の頃からこうであった。

 やがて扉が開くと、メイドではなく、彼女の姉が現れた。
 スカーレットの倍はある長い縦巻きロールヘアーをゆっさゆっさと揺らし、挨拶も程々にソファへ腰を下ろした。

「スカーレット。適性試験はどうだったのかしら」
「光適性ですわ、お姉様」
「それは何よりね」

 そこに先ほどの新人メイドが入室してきて、新しい紅茶を淹れた。

 新人メイドはスカーレットの他に姉までいることにぎょっとしていたが、失敗したとき用に予備のティーカップセットを銀盆に乗せていたので、姉の分の紅茶がない、という最大の失態を犯さずに済んだ。

 どうにかこぼさずに紅茶を淹れ、新人メイドは逃げるようにして談話室から出ていった。

 その様子を不満げに姉は見つめ、スカーレットへ視線を戻した。

「あなた、魔法の練習をサボっているでしょう。サークレット家で唯一の光適性者ですのよ? 自分の立場を分かっていて?」
「……分かっておりますわ」
「ではどうして練習していないのかしら」
「それは……」
「あなたはサークレット家の次女なのよ」

 スカーレットの姉でサークレット家長女、ヴァイオレット・サークレットは美しくも冷たさを感じる目を妹へ向けた。その瞳は目上の人間であっても決して怯まず、常に鋭い。異様な迫力に満ちた両目こそが彼女最大の特徴であり、彼女の内包する苛烈さを物語っている。

 そんな厳しい姉の目に妹が耐えられるはずもなく、スカーレットは新人メイドのように身を固くし、背を丸めた。

「一番街にある『バイマル服飾』の……様子を見に行くためですわ……」

 サークレット家がやり始めた新しい服飾事業。
 それをスカーレットは言い訳にする。

「まあ。あなた経営者ではないわよね。それがどうして視察に行くのかしら」
「経営者でなくともサークレット家の一員として気になるのですわ」
「魔法の練習をサボってまでする必要があるのかしらねぇ」
「……お姉様はゴールデン家に負けてもよろしいのですか?」
「……どういうことかしら?」

 ゴールデン家。
 そのフレーズを聞いてヴァイオレットの声色が一段階低くなった。
 スカーレットは姉の嫌っている名前を出して、自分への意識を散らそうと懸命に説明する。

「4月20日に雑誌が発売されますわ。その進み具合がわたくしどうしても気になりますの。今日、始業式でゴールデン家の四女にも会いましたし……」

 スカーレットはエリィの可愛らしい顔と抜群のスタイルを思い出して苦い気分になった。

「ゴールデン家の四女、戻ってきたのね。まったく……あの家はどうしてこうもわたくしの邪魔ばかりするのかしらね」

 一方、ヴァイオレットも過去の出来事を思い出して、胸の中が酸っぱくなるような不愉快さに襲われた。

 ヴァイオレットは病的なほど負けず嫌いだった。
 ゴールデン家を意識し始めたのは毎年開催される『グレイフナー魔法学校文化祭・ミスコンテスト』。

 彼女は背が173センチと高く、顔はキレイ系でかなりの美人だ。胸は平均的だが、魔法や戦闘訓練をしっかりこなしているためスタイルは良く、キツすぎる性格を除けばどこに出しても恥ずかしくないお嬢様である。

 ヴァイオレットはミスコンに三年生から六年生までの四回出場した。

 一回目はゴールデン家長女エドウィーナが1位。
 二回目はゴールデン家次女エリザベスが1位。
 三回目は同じくゴールデン家次女エリザベスが1位。
 四回目はゴールデン家三女エイミーが1位。

 ゴールデン家三姉妹に四年連続優勝を独占され敗北。すべて2位。
 苦々しい気分になるのも無理はない。気づけば、自然とゴールデン家を目の敵にするようになった。

 しかも本人たちは頼み込まれて仕方なく出場したらしく、それが余計にヴァイオレットの自尊心を刺激した。

 さらに、就職先でも惜敗している。
 エドウィーナ、エリザベス、エイミーの三人はグレイフナー王国最高研究機関、魔導研究所に合格。一方、ヴァイオレットも魔導研究所に就職できたものの、配属先が所内では不人気の『杖研究部署』であった。魔導研究所に入れたので自尊心は少しばかり落ち着いたが、負けず嫌いの彼女はいまいち納得できていない。三女のエイミーがどの部署に配属になるかも気になっている。

 そして何より一番の問題は洋服だ。
 最近ではゴールデン家主導の新しい洋服のブームが起こっており、ヴァイオレットも流行の洋服が欲しくなった。これは負けではないと自分に言い聞かし、湧き出る苛立ちを自制心で抑えてミラーズという店に出向いた。

 そこで突きつけられたのが、販売拒否だ。

 何を言っても売ってくれない。
 値段を三倍だすと言っても取り合わない。

 あまりの怒りに魔法で店を潰そうかと思ったが、さすがにそんなことは犯罪なのでできない。
 嫌いな家の洋服を買おうと思った矢先の出来事だったので、ヴァイオレットは激怒して父と母にすべてを話した。

 どうやらゴールデン家主導の洋服店ミラーズはサークレット家に与する人間の洋服購入を拒否しているらしい。メイドや執事の顔情報まで漏れており、何の恨みがあるのか不気味なほどに徹底している。
 他の貴族に買いに行かせることも考えたが、それだと完全に負けた気分になるためできなかった。

 ちなみに加えておくと、彼女らはエリィが裏で糸を引いていることは知らず、エリィが総合デザイナーということも知らない。

「スカーレット。ゴールデン家四女のブスに魔法で負けたら許さないわよ」

 ヴァイオレットは妹に自分の怒りの尻拭いをさせようと、厳しい言葉を投げる。

「も、もちろんですわ!」

 スカーレットは親よりも怖い姉の気迫に気圧されてバカみたいに大きな声で返事をした。
 そして、自分が光魔法中級しか使えず、エリィが光魔法上級を習得していたことを思い出し、姉にそれがバレたら何を言われるか分からないと肝を冷やした。

「バイマル服飾には私が行くわ。あなたは中庭で魔法の練習をなさい」
「でもわたくしも気になって——」
「いいわね」

 ピシャリと言われてスカーレットは押し黙った。

「目を離すとすぐにサボるんですから。まったく誰に似たのかしらね」

 ねちねちと姉に責められるスカーレットは眉をハの字にし、親指の爪を噛もうとしてあわてて引っ込めた。そんな姿を姉に見せたらいよいよもって説教が始まる。

「あなたにも雑誌の進捗具合は教えてあげるわよ。安心なさい」
「……はい」
「わたくしだってね、職場にいるジャクソン家とテイラー家の二人に嫌味ったらしく最新のエリィモデルを持っていないことをチクチク言われているのよ。あの二人、見せびらかすようにして洋服を着ているわ。しかもそのせいで殿方に食事に誘われているし……ああ、憎たらしいったらありませんわ!」
「憎たらしいと思っているのはわたくしも同じですわ、お姉様」
「似た服を作っても“ロゴ”というマークが付いてないとすぐに偽物だってバレますのよ! しかも縫い方が特殊で全く同じ物がすぐに作れない。作ったときには最新じゃなくなっている。ああもうミラーズとかいうあの不貞な洋服屋、潰れてくれないかしらねっ!」

 忌々しげにヴァイオレットがテーブルを叩いた。
 ガチャッ、とカップとソーサーが動き、紅茶がこぼれ、メイド二人が音に反応して談話室に入ってくる。

 この光景を小橋川が見ていたら、ドヤ顔で「ざまぁ」と言い、大笑いしながらツイストを踊りつつ「どんな気分かしら?」と姉妹に尋ねたはずだ。

 これこそが彼の考えていた報復劇の一つであった。

 女性は男性よりも流行に敏感であり、女性同士で一番を争う。
 そういった女性心理を知り尽くした彼ならではの戦術であり、ヴァイオレットもスカーレットも最新モデルを買えずに劣等感を味わい、漏れなく小橋川の術中にハマっていた。

 こぼれた紅茶を片付けるメイドには目もくれず、ヴァイオレットは立ち上がった。

「とにかく練習なさい。いいわねスカーレット」
「分かりましたわ……」

 そこに、老齢のメイドが入室してきた。
 メイド長である彼女は老齢にもかかわらず背筋が伸びている。

「ご歓談中に恐れ入ります、ヴァイオレットお嬢様、スカーレットお嬢様」
「何かしら」
「スカーレットお嬢様の魔法練習でございますが、本日は中止でございます」
「……なぜ?」

 ヴァイオレットが鋭い目でメイド長を睨みつける。
 メイド長はその視線を受けても動揺一つせず、恭しく一礼した。

「サウザンド家の白魔法師が家庭教師の契約を破棄いたしました」
「すぐに別の人間を雇えばいいでしょう」
「それができないのです。サウザンド家はサークレット家に関わる白魔法師、すべての契約を打ち切りました」
「どういうこと?」
「分かりかねます。今後サークレット家とは一切の取引をしないと。その一点張りでございまして……」
「何なのそれは! 意味が分からないわ!」
「言葉の通りでございます。白魔法師協会に新しい家庭教師を依頼したところ、あちらもどうやらサウザンド家の指示が下りているようでして……スカーレットお嬢様の家庭教師は受けられない……と」
「サウザンド家にも白魔法師協会にも家庭教師を頼めない。そういうこと?!」
「誠に遺憾ながら……そのようでございます」
「そのようでございますではございませんわ! お父様とお母様はなんと仰っているの!」
「それが……理由が分からずに現在調査を行ってございます」
「なんてこと! あの温厚なサウザンド家が名指しで拒否するなんてよっぽどよ!」

 そう言いながら、さもあなたのせいよと言わんばかりにヴァイオレットはスカーレットを見下ろした。スカーレットは訳が分からず怒りと不安で唇を噛み締める。

「あなたサウザンド家に何かしたの」
「サウザンド家に知り合いはおりませんわ」
「練習をサボるから家庭教師が呆れたんじゃないのかしら?」
「家庭教師がいるときぐらいちゃんと練習しております!」
「じゃあどうしてこんな事態になっているの?!」
「し、知りませんわお姉様! わたくしが聞きたいぐらいでございます!」
「とにかく! あなたは中庭で光魔法の練習をなさい! ばあや! スカーレットがサボっていないかちゃんと見張りなさい。いいわね!」
「かしこまりました」

 ばあやと呼ばれたメイド長が丁寧に一礼する。

「わたくしはバイマル商会に行くわ! お母様があそこにいらっしゃるでしょう?! 話を聞かないと納得できないわ!」

 ヴァイオレットは叩きつけるように言ってメイドに馬車を用意させ、そのまま談話室から出て行った。

 スカーレットは身の回りで何が起きているのか分からず、姉がいなくなるのを見届けてから親指の爪を噛む。メイド長のばあやはそれをすぐにやめさせ、半ば引きずるようにしてスカーレットを中庭へと連れていった。



     ☆



 サウザンド家邸宅、執務室。
 グレンフィディックとジャックは机を挟んで向かい合っていた。

「サークレット家の様子はどうだ」
「当主のオーキッド・サークレットが直々に抗議文を出してまいりました。王国にも報告するそうです」
「予定通りだな」
「さようでございますね」

 グレンフィディックはジャックと不敵な笑みを交換した。

「サークレット家へ白魔法師を派遣しない理由についての資料はすでに提出済み。戦は先手を取ることが重要。そうだろうジャック?」
「仰る通りでございます」
「クラリス殿とウサックス殿に、ミラーズがなぜサークレット家とリッキー家に商品を売らないのか……その理由を聞いたときは驚いたがな」
「怒りで身体が震えました」
「わしもだ」

 コバシガワ商会から大量の仕事を投げられているグレンフィディックは、ミラーズを何度か訪れて販売拒否を知り、理由を尋ねた。

 エリィはかつて、クラスメイトのサークレット家次女とリッキー家長男に過度ないじめを受けており、心身ともにぼろぼろにされた。ある出来事をきっかけに立ち直り、頑張って自分を磨いて二人を見返してやろうと前向きになった。

 そのような事情をグレンフィディックとジャックはクラリスから事細かに聞き、エリィの健気さと強さを知ってさらに彼女に傾倒した。

 孫を過剰にいじめたサークレット家の次女。
 グレンフィディックにとって親の敵にも等しい。

 しかもエリィが正面からサークレット家を倒そうとしていることに、いたく感心した。
 普通なら、もっと卑屈になって別の手段を取っている。

 やはりエリィは素晴らしい女だ、とじじいは勝手に得心していた。

 実はエリィの過去をクラリスが話したのは、エリィの指示。つまりは小橋川の指示だった。
 小橋川としてはエリィの辛い過去を他人にペラペラしゃべるつもりは毛頭ないが、グレンフィディックに伝えれば独自に動いてくれる、という計算のもと、こういった流れになった。目的達成のため、使えるものはなんでも使う彼のやり方がここで発揮されている。

 小橋川はこれでも抑えているほうであった。他にも様々な手練手管を考えたものの、エリィが嫌がりそうなことはどうにも実行に移せていない。

 そんな実情はつゆ知らず、グレンフィディックはサウザンドの親類家臣を説得し、サークレット家、リッキー家への徹底抗戦の陣容を作ろうとしていた。白魔法師の派遣拒否はその橋頭堡だ。

 サークレット家はゴールデン家と洋服関連で対立中。
 『バイマル服飾』対『ミラーズ』
 『新雑誌』対『Eimy』
 『ミスリル、ミスリル繊維』対『ゴールディッシュ・ヘア』

 ゴールディッシュ・ヘアについてはコバシガワ商会の営業陣がすでに有力貴族へ営業をかけているようだ。彼らの動きの早さには感心する。
 これらすべてに協力することでサウザンド家も大きな利益を得られる可能性が高い。

 リッキー家は犯罪集団と繋がっている疑いがあり、グレイフナー王国の忠臣として名高いサウザンド家が敵対する十分な動機付けになる。

「愛する孫を二年半もいじめた報いは一族郎党が受けるべきだ」
「その通りでございます」
「ミラーズとバイマル服飾は争っている。別方向から揺さぶりをかけるのは悪くないやり方だろう」
「ええ」
「あとはエリィ達が出す雑誌の売れ行き次第で、両社の優劣が決するだろう」
「さようでございますね」
「正直なところ……わしには若い女子らのファッションは全然分からん」
「私もです」
「だが、エリィは間違いなく天才なのだろうな。あの発想力には目を見張るものがある。デニムという服をパンジーに見せてもらったが、あれは冒険者達に人気が出そうだ。“後追い”のバイマル服飾に勝ち目はない」

 グレンフィディックが孫自慢をして嬉しげに笑みをこぼす。
 ジャックはそこまで聞いて、手紙を広げた。

「旦那様、エリィお嬢様からのお手紙がございます。読み上げてよろしいですか?」
「おお、エリィから!? 頼む!」
「かしこまりました」

 ジャックが一礼して手紙を読み上げる。

「グレンフィディック様へ。この度の白魔法師の件、誠にありがとうございます。サウザンド家がわたくしのために動いてくれると聞いて、温かい気持ちになりました。少し意見を申し上げるならば、やりすぎないように、ということです。サークレット家はゴールディッシュ・ヘアが新素材として認知されれば、ミスリルの価値が下がりいずれ凋落するでしょう。サークレット家の件はもちろんありがたいのですが、できればリッキー家の動向を本格的に探ってはいただけないでしょうか。あの家はグレイフナー王国にとっても害悪である可能性が高く、大義名分は十分に立ちます。また、お話しは変わりますが、残念なことにグレンフィディック様には当分会えそうもありません。お母様の許可がいつ出るのか私にも見当がつきませんので……。いつの日かお許しが出ることを願っております。それではごきげんよう。エリィ・ゴールデン」

 グレンフィディックは魂の抜けた顔でジャックの持っている手紙を見つめた。エリィに会えない事実が衝撃だったらしい。

「なるほど。私は“いつでも”エリィお嬢様に会えますけどね」

 手紙から顔を上げ、ジャックが自慢げに笑う。
 執事から秘書へとジョブチェンジした彼は最近こうやってグレンフィディックを軽くいじっている。

 立場が変わると人が変わる。
 彼は彼らしい振る舞いになっていた。

「羨ましい! わしもエリィに会いたい! パンジーも最近忙しいみたいで会話が少ない!」

 感じた絶望を怒りと羨望に切り替え、グレンフィディックが叫んだ。

「自業自得ですよ、旦那様」
「……ジャック、給料を下げるぞ」
「その際はコバシガワ商会に雇ってもらいます」
「ぐっ……ぐうっ……!」

 グレンフィディックは悔しそうに自分の太ももへ拳を叩きつける。ぺちんぺちんと情けない音が執務室に響いた。

「まぁまぁ旦那様、そうお怒りにならずに。わたくしがエリィお嬢様のお姿をしっかりとこの目に焼き付けておきますから」
「それが羨ましいと言っているんだ」
「おや、コバシガワ商会からの依頼がまだこんなに残ってございますね。領地への挨拶回りの準備もまだではございませんか。優先順位別に分けますので、早く終わらせましょう」
「お前に辞められたらわしは過労で死ぬ」
「死ぬのも一興」
「ジャック、それはあんまりな言い方だぞ!」
「冗談でございます。パンジーお嬢様、エリィお嬢様がご結婚するまで我々は死ねませんよ」
「……そうだな。二人の花嫁姿を見るまでは老体に鞭打つとしよう」
「さようでございます。ということで、働きましょう旦那様。残業代は請求いたしますが、その分手は抜きませんので。それにしてもお疲れでございますね、ホットワインでもお入れしましょうか?」
「頼む……」
「新しいグリューワインが入ったのでそちらを使って作らせましょう」

 ジャックは恭しく一礼して部屋から出ていった。

 グレンフィディックは家督相続、コバシガワ商会とのやり取り、サークレット家とリッキー家への対応、ミラーズの関連店との綿の流通経路確保などで忙殺されており、疲労困憊のヘロヘロ状態だった。完全に小橋川&エリィに踊らされている。

「エリィに会うまでは……死ねぬ。エリィ、わしをおじい様と呼んでくれ!」

 じじいの叫びが執務室にこだました。

 グレンフィディックはエリィの甘いソプラノボイスを脳内で再生し、山積みの書類との格闘を再開する。

 その夜、サウザンド邸宅執務室、“ライト”の照明が消えることはなかった。
+注意+
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