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エリィ・ゴールデン ~ブスでデブでもイケメンエリート~ 作者:四葉夕卜/よだ

第四章 グレイフナーに舞い降りし女神

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第21話 イケメン再び学校へゆく②〜すべての戦いは頭頂部からはじまる〜

 校門付近で複数の視線を感じた。

 悪意は感じなかったのでアリアナと話して放置しておくことにする。
 落雷魔法が使えるエリィを狙っている輩もいるし、常に最低限の警戒はしておくつもりだが……まぁ学校内はそこら辺の路上より安全だろう。

 昇降口に置いてある“土落としの絨毯”で靴の汚れを落とし、校舎内に入った。

 グレイフナー魔法学校は日本の中学や高校と違って靴のまま建物に入る。そのためこの絨毯で汚れを落とすルールになっており、体重をかけると付与された木魔法が自動で発動する仕組みだ。

 ちなみにこの絨毯、付与魔法の魔法陣と魔力結晶を埋め込んでいるため、厚みが十センチもある。そして値段が高い。

 次々に生徒が登校してきて、話しながら絨毯に乗る。
 絨毯からは淡い緑色の光が輝いた。

 俺達は昇降口を進み、廊下が二股に分かれたところで立ち止まった。

「エリィ、大丈夫…?」
「問題ないわ。私の顔、そんなに緊張しているかしら」
「ちょっぴり…ね」
「あら。アリアナには隠し事できないわね」
「いじめられたら言って。すぐ殺りに行くから」

 アリアナは少しだけ笑顔を作り、鞭を右手でトンと叩いた。
 すでに臨戦態勢なのか尻尾が逆立っている。

 可愛い顔で怖いこと言わないでアリアナさん。
 目が全然笑ってないから。

「エリィさ〜ん! アリアナさ〜ん!」

 絨毯の向こうから桃色の髪の毛をなびかせ、パンジーが走ってきた。
 くりくりした灰色の瞳は喜びに満ちている。

 前髪を切ったから以前とは別人に見えるな。クラスメイトはかなり驚くんじゃないか?

 パンジーが「ごきげんよう」と言ってレディの礼を取ったので、俺とアリアナも返した。

「早めに来てお話ししようと思っていたの。でも二人とも進級試験だよね?」
「ええそうよ」
「忘れてたよ〜。エリィさんとアリアナさんが受からないわけがないから、すっかり記憶から抜け落ちてた」
「魔法を唱えて、簡単な筆記で終了よ」
「上位魔法が使えるんだもの。しかも二人とも上位中級! 一発合格だよ!」
「そうね」

 パンジーが自分のことのように嬉しげに言うので、俺とアリアナはくすりと笑った。

「頑張ってください!」
「まかせてちょうだい」
「パンジーもがんばれ…」

 アリアナがパンジーの手を取り、じっと見つめる。
 きっとクラスに馴染めないことを心配しているのだろう。

「だだ、だいじょうぶです! 前の私とは違いますから!」
「寂しくなったら私の教室に来て…」
「アリアナさぁん、ありがとう〜」

 パンジーがぐりぐりとアリアナの胸に顔をうずめる。

 その後、パンジーと軽く雑談をした。

 グレンフィディックのじいさんはクラリスとウサックスに相当量の仕事を投げられ、げっそりしているらしい。
 しかも息子のグレイハウンドに怒られ、息子の嫁にチクチクと文句を言われ、挙げ句の果てには家督相続の手続きが山のようにあるため、しばらくサウザンド邸宅、ミラーズ、王宮、領地を行ったり来たりするハメになっている。

 対するジャックは執事から秘書へと雇用形態が変わったため、時間外労働はせずに自由に行動しているそうだ。毎日楽しそうにやっているとパンジーが嬉しそうに言う。

 うむ。それでいい。
 因果応報。自業自得。
 じじいよ、キリキリ働いて俺とエリィの肥やしになってくれ。

 それはいいとして……さっきからやけにここを通る生徒達の視線を感じるな。
 立ち話をしている生徒のグループはけっこういるんだが、俺達のところにだけ妙に視線が集まっている気がする。

 あれか。エリィ、アリアナ、パンジーという系統の違う美少女が揃って井戸端会議しているからか。なるほど、おちおち落ち着いて廊下でおしゃべりもできないってことか。美少女つれぇ〜。

「それじゃあ試験頑張ってください!」
「ありがとう」
「余裕…」

 パンジーは明るく手を振って二股に分かれた廊下を右へと向かった。
 俺とアリアナは彼女の後ろ姿を見届け、職員室へと行き、扉を開けた。

 グレイフナー魔法学校の職員室は日本と全然違う。

 まず、薬草の匂いがする。
 壁には大小様々な武器が掛けられており、その脇に鍵の保管棚がある。
 そこにファンタジーチックな鍵類が百個ほどぶら下がっており、棚の下には『許可なく触れると呪われます』とご丁寧に血文字で書いてあった。アホか。

 教師は割り振られたスペースを好きに使っていいようだ。

 大体一人に八畳ぐらい。
 ゴザのようなものを引いて寝ている教師、豪奢なソファとカーペットを敷いてお茶する女教師、天井を突き抜けてまで書類を積み上げる老教師、杖コレクターなのか剣山のごとく杖を床に千本ほど刺している教師など、まさに十人十色だ。
 てかアクが強すぎる。さすが魔法学校の教師と言わざるを得ない。

 俺達はその中でも一番まともで、質素なスペースに顔を出した。

「ごきげんよう、ハルシューゲ先生」
「ごきげんよう…」

 書類とにらめっこしていたハルシューゲ先生が、額を照明でキラリと光らせ顔を上げた。

「なんだい?」
「進級試験を受けにまいりましたわ」
「お願い…」

 俺とアリアナはハルシューゲ先生にまとめて進級試験を見てもらう段取りになっていた。アリアナは闇クラスで先生の専門は光だ。それでいいのか、と疑問に思ったが、魔法の発動スピードや種類がしっかり見分けられれば問題ないらしい。

 ハゲ神であるハルシューゲ先生は俺とアリアナの顔を交互に見ると、はて、と首をかしげた。

「君達が進級試験を?」
「ええ」
「そう…」
「おかしいな。出席日数が足りずに試験を受ける生徒は二人だけのはずだが……」
「ですので、その生徒が私達ですわ、先生」
「そう…」
「いやいや、それは間違いだよ。今日試験を受けるのは光クラス三年生のエリィ・ゴールデン君と、闇クラス三年生のアリアナ・グランティーノ君の二人だ」
「はい。よろしくお願いいたしますわ、先生」
「よろしく…」
「……ん? んん?」

 ハルシューゲ先生は訝しげな表情で俺に顔を寄せると、目を細めてじっと見つめてくる。

 やがて何かに気づいたのが、ガタンッ、と音を立てて椅子からずり落ちそうになった。

「きき君ぃ?! エリィ君かい?!」
「はい先生。ご心配をおかけして申し訳ございません」
「エリィ君?! エリィ・ゴールデン君かい?!」
「そうですよ」
「そ、そうか」
「ええ、そうですわ」
「いやぁ〜、まぁ〜、はぁ〜、そうかぁ〜」

 ずり落ちそうになった身体を元に戻しつつ、ため息とも感嘆ともつかない何ともいえない息を吐いて、ハルシューゲ先生は俺の姿をしげしげと眺めた。

「だいぶ、変わったね」
「ちょっと痩せたんです」
「全然ちょっとじゃないと思うが……瞳の力強さは以前と同じだ」
「ありがとうございます。先生にそう言ってもらえるとすごく嬉しいです」
「そうか。そうかそうか。……頑張ったね、エリィ君!」
「はい!」
「こちらのレディはアリアナ君かい?!」
「ん…」
「ずいぶんと大人になったねぇ」
「ん…」
「いやぁ、まさかこんな美人になって現れるとは契りの神ディアゴイスでも思わなかっただろう。しかもアリアナ君までこんな素敵なレディになっているなんてね。なんだか自分のことのように嬉しいよ」

 先生に褒められてちょっぴり頬が熱くなる。
 出た出た、エリィの褒められ耐性のなさ。

 アリアナは「ん…」と言って狐耳をぴくぴく動かしている。

「そういえば先生。スルメとガルガイン、あと亜麻ク……ドビュッシー君も試験を受けていると思うんですけど、彼らはどこにいるんでしょうか?」
「三人はずいぶん早くに来ていたから、今頃マダムボリスが見ているはずだよ。君の捜索に行くまでは授業を一度も休んでいないし成績もいいから何も問題ないだろう。エリィ君のお母様の口添えもあるしね」
「まあ! よかったです!」

 スルメ、ガルガイン、亜麻クソ。ああ見えて優等生なんだな。
 学校の成績はスーパーイケメンエリート営業マンとして何としても負けられない。

 てかね、ついにエリィが亜麻クソという単語を口にするのを嫌がり始めた。
 なぜだ。なぜなんだ。エリィの深層意識がより表面に出てきているのか?

「では我々も行こう」

 ハルシューゲ先生はいくつか書類を手に持つと笑顔で立ち上がり、「来なさい」と俺達を誘導する。

「おはようございますベルベべ先生。奥から十五番目の書類が崩れそうですよ。これはオールディントン先生、いつもお美しい。魔力が綺麗に回っておりますな。おはようデイモンズ先生。魔草の資料なら二番目の引き出しに入れておいたよ。大丈夫、自信を持って授業すれば生徒はついてきてくれます」

 ハルシューゲ先生は目が合った先生方に丁寧に話しかけている。中々の人気者らしい。これはいい営業になれそうだな。

 先生は鍵がずらりと並んだ保管棚の前に立つと、かなり素早い動きで、右のネジを外し、左下の留め金を跳ね上げ、中央のレバーを引き、『許可なく触れると呪われます』と書かれた看板の下にある押しボタンを五回押した。

 棚から『ぢぐじょぉぉお〜』という不気味な声が響くと、ガチャリと音が鳴って棚のガラス扉が開いた。

「ふぅ。失敗すると呪われるからね。いつも冷や冷やものだよ」

 ハルシューゲ先生が爽やかな笑顔で真鍮しんちゅうの鍵を手に取った。

 呪われるのホントだったのかい!
 さっきの声といい、これは開けたくないぞ。

 と思ったらアリアナが狐耳をせわしなく動かしていた。どうやら挑戦してみたいらしい。
 やめておきなさい。いい子だから。
 とりあえず狐耳をもふもふしてと。

「では行こう。あと五分で定刻だ」

 ハルシューゲ先生に連れられ廊下を歩き、階段を最上階まで上がり、特別試験室と書かれた部屋に入った。

 室内は教卓が一つ、椅子と机が五組置いてあり、だだっ広い。
 縦横二十メートルほどの床には薄っすらと魔法陣が描かれている。
 窓や壁にも複雑な文様が描かれていた。

「座りなさい」

 俺とアリアナは席についた。

「ではこれから光クラス三年生、エリィ・ゴールデン君と、闇クラス三年生、アリアナ・グランティーノ君の進級試験を始める」
「よろしくお願いいたします」
「よろしく…」
「この部屋は防音・防魔壁になっている。上位中級以上の魔法で攻撃しない限り壊れない。精緻な造りになっているため、壁に描かれた魔法陣にはむやみに触らないように」

 俺とアリアナはうなずいた。

 上位中級を防御するってすごいぞ。
 見た感じ、この部屋全体で防音・防魔壁の意味を成しているみたいだ。盾などへの運用は大きすぎて無理っぽい。この仕組みを利用して洋服へ防魔付与は……できないだろうな。

「試験は二つ。君達が使用できる最高難易度の魔法を使用すること。もう一つが約三十分の筆記試験だ。基礎的な問題なのでさほど難しくない。よって、この試験の点数の配当は、魔法技術九割、筆記一割となっている」

 確かによく考えれば出席日数が足りていないのだ。
 魔法に才能のない生徒はここでクビを切られても仕方ない。

「まずはアリアナ君からいこう。部屋の中心に立ちなさい」
「ん…」

 トコトコとアリアナは魔法陣の中心まで歩き、リラックスした状態で立ってこちらを向いた。きゃわいい。

「アリアナ君……まさか杖を忘れたんじゃあないだろうね」
「杖はいらない」
「杖なしだって?」

 こくりとアリアナはうなずく。
 ハルシューゲ先生は自信ありげな彼女の姿を見ると顎に手を当てて逡巡し、重々しく首肯した。

「よろしい。では、魔法を詠唱しなさい」
「ん…」

 アリアナはゆるゆると循環させていた魔力を急激に回す。
 ハルシューゲ先生がそれを見て少し驚いた顔をし、彼女の詠唱する呪文を聞いて表情が驚愕へと変わった。

「深紅の涙は汝を漆黒へといざない…神聖なる戦いを弄び…」
「こ、これは黒魔法中級、派生魔法……!」

 ハルシューゲ先生が驚愕する間にもアリアナの魔力は膨れ上がり、詠唱が進む。

「赤く染まる…“血塗れの重力(ブラッディグラビティ)十字架クルーシファイ”」

 アリアナは詠唱を完成させると狐耳をぴくりと動かし、教室の床を指差した。

 奇妙な重低音が響き、多角重力干渉、黒魔法中級派生“血塗れの重力(ブラッディグラビティ)十字架クルーシファイ“が発動した。十字架の形をした赤黒いドロドロした重量場が現れ、床の上で生き物のように蠢いた。

「な、なんだと……!!?」
「まぁ」

 かなり気合いを入れて魔法を行使したのか、強力な重力場が展開されている。俺の座っている椅子がガタガタ音を立てて引っ張られていき、他四組の椅子と机が次々にひっくり返って釣り糸のリールで巻かれる巨大魚のように十字架へと移動していく。

 アリアナは机と椅子が重力場に巻き込まれる前に魔法を解除した。
 あれに捕まったら椅子や机などはぐしゃぐしゃになってしまう。

 床には薄っすらと十字架の痕が残った。

 静けさが戻り、ハルシューゲ先生はぽかんと口を開け、“血塗れの重力(ブラッディグラビティ)十字架クルーシファイ”の発動した場所とアリアナを交互に見やる。十秒ほどしてようやく意識が回復したのか、パシンと自分の手を叩いた。

「すごい! 三年生の時点で黒魔法中級だって!? 君が生徒達に指導してもいいレベルだよ!」

 先生はすごい勢いでアリアナの手を取ると、ぶんぶんと上下に振った。

「頑張った! よくやった! 君はグレイフナー魔法学校の誇りだ! 素晴らしい! 素晴らしいぞぉ!」

 褒めまくるハルシューゲ先生。
 アリアナは恥ずかしいのか空いている左手で頬をかいている。

 しばらくアリアナがどうやって黒魔法中級まで習得したのか質問ラッシュがあり、落ち着いたところでようやく俺の番になった。

「アリアナ君の話が確かならば、エリィ君も上位中級まで使用できるということだね?」
「そうですわ」
「しかも、白魔法の中級……。そうだね?」
「はい」
「は……ははは……」

 先生はがっくりと肩を落とし、何かをブツブツとつぶやいた。
 ハルシューゲ先生が行使できる最上ランクの魔法は白魔法下級“再生の光”だ。光適性の教師として、生徒に先を越されるのは心中穏やかではないだろう。この衝撃で毛が抜けなければいいが。

 自己完結したのかハルシューゲ先生が復活した。
 毛が抜けた様子はない。

「失礼! しかしそれが本当ならすごいことだよエリィ君。治癒魔法は習得が全魔法で一番難しいんだ。それを“下位”光魔法上級ではなく、“上位”白魔法中級まで唱えられるとは……。もう君の将来は安泰だ。白魔法だけで首都グレイフナーに屋敷が買えるよ」
「私もそう聞きました。でも私は困っている人の助けになりたいです」
「うむ、うむ。これはとんだ俗っぽい考えだったね。申し訳ない。おほん……では本当に使えるかどうか、やってもらおう。エリィ君、魔法陣へ」
「はい」

 優雅にレディの礼をし、魔法陣の真ん中に立った。
 アリアナが悪戯っぽい視線を投げてくる。ニコッと笑って先生を見た。

「いきますわ」
「よろしい……とその前に杖はどうしたんだい」
「先生。私も杖なしです」
「……砂漠で何があったのかもうこれ以上考えるのはやめよう。さあ、やりたまえ!」

 ヘソの下にある魔力を練る場所、『魔力炉』に意識を集中させ、魔力を全身へと循環させていく。そして唱え慣れた呪文を声に出した。

「黒き道を白き道標に変え、汝ついにかの安住の地を見つけたり……」

 詠唱の途中で異変に気づいたのか、ハルシューゲ先生が教卓をガタタッと鳴らして前のめりになった。
 アリアナはゆらりと狐の尻尾を揺らす。

「愛しき我が子に聖なる祝福と脈尽く命の熱き鼓動を与えたまえ……“純潔なる聖光(ピュアリーホーリー)”!」

 特大の“純潔なる聖光(ピュアリーホーリー)”が発動した。
 ド派手な魔法陣が地面に広がり、青白く輝いてアリアナとハルシューゲ先生の下まで伸びていく。

「あ……あっ……!?」

 声にならない声を上げるハルシューゲ先生。

 銀色の星屑が俺の全身から溢れ出し、キラキラと輝いてアリアナとハゲ神に降り注いだ。

 ある程度唱えたところで魔法を切った。
 ド派手な魔法陣が消え、教室が静かになった。

「………」

 ハルシューゲ先生はビデオの一時停止みたいに完全にフリーズし、教卓を両手で握りしめたまま固まっている。

 それもそのはず。
 光魔法の上位である白魔法だけでも行使が相当に難しい。
 卒業までに使用可能になる生徒はクラスで一名か二名と言われている。
 四十人のクラスで二名ということは、確率にすると5%。

 しかも、魔法の才能を集結させたグレイフナー魔法学校でこの確率ということを考えれば希少さはかなりのもの。使えるハルシューゲ先生もそれに漏れず尊敬を集める素晴らしい魔法使いってことだ。

 それをだ。もうすぐ四年生のエリィが白魔法中級まで使用できると言い、さらにその上をいく超高難易度の浄化魔法を唱えてしまった。

 浄化魔法はグレイフナー王国でも使用者が非常に少ない。
 白魔法師に詳しいジャックの話では、白魔法師の中で浄化魔法が使えるようになる者は2%と言われているらしい。ちなみに中級“純潔なる聖光(ピュアリーホーリー)”を使えるのは0.1%。グレイフナー王国には三名いるそうだ。俺で四人目ね。

「夢か……これは夢……なのか……? 私の担当する生徒が浄化魔法……しかも中級………中級ッッ?!」

 先生は自分で言った“中級”の言葉にびっくりして飛び上がった。
 さすがグレイフナー王国民。いいリアクションするぜ。


「ちゅうきゅうぅぅっ?!?!」


 いかん。先生が若干壊れてきたぞ。



     ◯



 先生の背中をさすり、気分が落ち着くまで待つことにした。

 数分でどうにか復活したハルシューゲ先生はいくぶん疲れた様子で俺を見て、魂が抜け出るような深い溜息をついた。

「なんだかね……君にはいつも驚かされている気がするよ」
「そうですか?」
「まったくどうして誰が浄化魔法を使えるなんて思うんだい! ああ! すごいことだよこれは! エリィ君、是非私にコツを教えてくれないかな? ああ、もちろん君のプライベートに差し支えない範囲でいいからね」
「喜んで」

 先生にはかなりお世話になっている。
 合宿でボーンリザードが出てきたときは先生がいなければ間違いなく全滅していた。

「おお、そうかい! ありがとう!」

 喜ぶ先生を見て、俺は本題を切り出すことにした。
 ずっと試してみたいと思っていたことだ。
 だが、これを言ったら仏のような先生でも怒ってしまうかもしれない。

 どうする?
 提案するかしないか。
 君子危うきに近寄らず。虎穴に入らずんば虎児を得ず。
 どちらを取る!

 この提案は先生の利益になる可能性を十分に秘めている。
 どうする。どうする?!

 ええい、ままよ!
 このスーパー営業マン小橋川!
 どんな取引先の重圧にだって負けず、はっきりしっかりこちらの意思を伝えてきた。ここで逃げるなんてあり得ない!

「先生。私から一つご提案があるのですが……」
「合格! 二人とも文句なく合格だよ! 筆記なんてする必要がないっ! おっとすまない、少し興奮しすぎたようだ。なんだいエリィ君?」
「私から先生にご提案がございますの」
「提案?」
「はい。その……先生のデリケートな部分に関わることですので……とても言いづらのですが……」

 言葉を切り、先生の頭部へ視線をちらりとズラした。
 その目にすぐ気づいた先生は自分のハゲ頭をぺたりと触って、少し怒った顔をした。

「なんだいエリィ君? 君まで私のことをハゲだというのかい?」
「いいえ先生。あの……以前先生が私にお説教をしたとき、お亡くなりになったお毛毛の根っこを復活させるため色々な方法を試した、と仰っていましたよね?」
「……そうだね」
「浄化魔法は試されましたか?」
「……ああっ! していない! していないぞ!」

 超重要機密を思い出したかのような真剣な顔で、先生が素っ頓狂な声を上げる。

「エリィ君!」
「はい!」
「エリィ君!」
「は、はい!」
「その………試して………くれるのかい………?」
「はい………先生………」

 何ともいえない真剣な空気が俺とハルシューゲ先生の間に流れる。
 アリアナは鞄からおにぎりを取り出してもぐもぐ食べる。

「浄化魔法で……私の毛根を……綺麗に浄化してくれるの………かい?」
「はい………先生………」
「貴重な魔法を……ハゲ頭に……行使して………くれるのかい?」
「はい………先生………!」

 必死な形相で先生がこちらに詰め寄ってくる。
 俺も必死にうなずく。
 アリアナは具がシャケで嬉しいのか尻尾をぱたぱた揺らす。

「いいのかい? 貴重な魔法の無駄撃ちになってしまう……かもしれないよ?」
「大丈夫です………世の中に………無駄なことなんてきっとないですから……」
「ハゲの無駄撃ちになっても………君は………いいと?」
「ええ………ですので、やります先生!」
「分かった! 来たまえ! エリィ君! 来たまえ!」

 先生は教卓の端っこを両手で握り、ぐいとハゲ頭をこちらへ向けた。
 頭部は見事にハゲあがり、耳の上にほんの少し残存兵がいるだけだ。

 全身に魔力を巡らせ、呪文を唱えていく。

「黒き道を白き道標に変え………」
「うおおおおおお………!」

 ハゲ頭をこちらに突き出し、なぜか叫ぶ先生。

「汝ついにかの安住の地を見つけたり………」
「おおおおおおおおおおおおおおおお………!」

 さらに叫ぶハルシューゲ先生。
 おにぎりを食べるアリアナ。
 キラリと光る、頭頂部。

「愛しき我が子に聖なる祝福と………」
「お、お、お、お、お、お、お………!」

 防音の効いた教室に先生の心の叫びがこだまする。

「脈尽く命の熱き鼓動を与えたまえ………」
「ああああああああああああああああっ!」


 ハゲを治したい先生による魂の絶叫。


 目の前にはどんな雑草でも逃げ出す何もないハゲの荒野。
 無数の光を反射させる人間球体万華鏡、H・A・G・E。


 詠唱が完了し、込められる限界の魔力を注いで魔法を発動させた。
 いっけえええええええええええええええええ!


「“純潔なる聖光(ピュアリーホーリー)”!!!!!」
「生えろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」

 超特大のド派手な魔法陣が先生の頭頂部を中心に展開された。

 ハゲの中心で愛を叫びながら魔法陣が青白く輝き、大量の星屑が流線型を描いて頭頂部から火山の爆発のごとく噴射される。銀色の星屑は先生の切なる希望を乗せ、空中を舞い、荒野が雨水を吸収するかのようにハゲへと吸い込まれていく。

「お願い! お願いいいいいいいいいいいいっ!!!!!」

 俺とエリィは渾身の魔力をつぎ込む。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 先生は思い切り教卓を握りしめて叫ぶ。
 頭頂部に魔法陣が展開されてビッカビカに光っているため、先生のハゲ頭で何が起きているか全くもって視認できない。

 魔力総量の八割ほどを失ったところで、俺とエリィは“純潔なる聖光(ピュアリーホーリー)”の行使をストップさせた。

 みるみるうちに光が弱くなり、銀色の星屑が光の残滓となって空中とハゲへと消えていった。


 教室は静寂に包まれた。




        ◯




 ダメだった。


 先生の毛根は浄化魔法では生き返らなかった。


 これっぽっちも効果はなく、つるっつるのピッカピカのままだった。


 悔しい。これは悔しい。


「ありがとう、エリィ君………」
「いいえ……先生……」
「エリィ君、アリアナ君、二人とも試験は合格だよ。副担任がホームルーム中だと思うが……そのまま教室に入っていいからね……」
「はい……先生……」
「ん…」
「私は試験結果を校長に提出してくるよ……」
「ありがとうございます」
「では、教室を出なさい」

 意気消沈したハルシューゲ先生に促され、俺とアリアナは教室を出る。
 先生は鍵を締め、扉がしっかり閉じられているか確認した。

「あの、先生!」
「なんだいエリィ君?」
「まだ……まだ試したことのない魔法を教えてください!」

 俺の言葉ですべてを理解したのか、ハルシューゲ先生が両目を見開いた。
 そして考える間もなく、即答した。

「白魔法上級“万能の光”。白魔法超級“神秘の光”。それから上級、超級の浄化魔法だ」
「私……私……習得したら必ず先生のもとへ馳せ参じます!」
「エ……エリィ君………」
「お世話になった先生に恩返しがしたいんです。卒業までにどれか一つは絶対に習得してみせます!」
「君は………本当に優しいね」

 ハルシューゲ先生は瞳にキラリと涙を光らせ、ついでに照明をピカリと頭部で反射させ、大きくうなずいた。

「分かった! 待っている! 君こそが私の希望! 希望の女神だ!」

 ハルシューゲ先生に上級以上の白魔法を行使すると誓い、アリアナと廊下の途中で別れ、光クラス四年生の教室へと足を向けた。



      ☆



 一方その頃。
 女教師マダムボリスが試験官をする教室では実技試験の真っ最中だった。
 こちらはどうやら先に筆記試験を行ったらしい。


「みたまへ諸君ッ! 身体強化ぁ!」


 亜麻クソは全身に身体強化をかけた。
 なぜか尻だけに身体強化がかかり、スルメとガルガインは必死に笑いをこらえながら声を張り上げた。


「いくぜ先生! “ファイアボール”!」


 亜麻クソが本当に身体強化できているかどうかの確認のため、スルメが火魔法中級“ファイアボール”を唱えた。
 彼は気を利かせ、ズビシィとポーズを取る亜麻クソの尻に魔法を放つ。

 炎の球が飛んでいき、亜麻クソの尻にクリーンヒットした。


「みたまへ先生! ぶぉくの身体強化を!」


 炎が消え、焼け焦げたズボンから傷一つない尻が現れた。
 完全に天狗になっている亜麻クソ。
 ズボンが破けていることも忘れ、尻が無傷である事実をこれでもかとアピールする。


「ぷぅぅっ。まだ気づいてねぇよ……!」
「ヒィーッ、ヒィーッ、し、尻だけにしか身体強化できないって……笑い死ぬ……!」


 スルメとガルガインは大笑いをギリギリのところで耐えていた。
 ちなみに二人は合格している。


 未婚の女教師、マダムボリスは頬をちょっぴり赤らめ、こう告げた。


「合格です」


 こうして亜麻クソは“尻だけ身体強化”で進級を果たした。
 彼はポーズを三分間やめなかった。
+注意+
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