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エリィ・ゴールデン ~ブスでデブでもイケメンエリート~ 作者:四葉夕卜/よだ

第二章 異世界ダイエット

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第3話 服屋とイケメンエリート

 パジャマ姿に戻ってやっと平静を取り戻した。

 俺としたことが怒りで周りが見えなくなってしまった。

 あれが俺の着ている服だということが許せなかったのだ。そう。俺はスーパーイケメンエリート営業。服には人一倍のこだわりがある。妥協は許されない。あんなコーディネートを自分が着ていることは、他人の体に転生してしまったとしても、異世界にワープさせられたのだとしても許せない。

 別にエリィの服装の趣味をバカにしているわけではない。
 人それぞれ好きな服やジャンルの好みがあり、好きに買って組み合わせるのは本人達の自由であり、楽しみでもある。それに、他人がどんな服を着ていようと興味はない。他人に服がダサいと指摘されるのは本人のプライドを著しく傷つける可能性がある。人は誰でも自分の服が、格好いい、可愛い、と思っているものだ。

 たとえそれが『大いなる間違い』であったとしても、だ。

 横を見ると、なぜかクラリスとバリーが土下座をしていた。

「ええっ!? ちょ、二人とも顔を上げて!」

 俺は急いで二人を立ち上がらせようとした。
 しかしどれだけ引っ張っても頑なに動こうとしない。

「お嬢様のお怒りはごもっともでございます!」
「我々夫婦の不徳の致すところ! どうぞ煮るなり焼くなり黒こげにするなり好きにしてくだされ!」

 話が大事になっている。おいおい、どこでどうなったよ?

「話がまったくわからないから顔を上げて、二人とも」

 クラリス、バリーはおそるおそる顔を上げた。

「別にあなた達に怒ったわけじゃないわよ」
「え?」
「私が怒ったのは着ている服があまりにもダサかったから、自分自身に怒りを憶えたの」
「で、では、我々夫婦の粗相が原因ではないと?」
「あたりまえじゃない。あなた達の一体どこに失敗があったの?」

「パジャマのズボンをズリ下ろしてしまったことです」とクラリス。
「パジャマのズボンに鼻水をつけてしまったことです」とバリー。

 思いっきり失敗があった。

「それは感動のあまりやったことでしょう、気にしてないわ」

 二人は安堵から正座していた力を抜いて、お互いに寄りかかった。

「それよりクラリス、この辺でいい服屋はある?」
「ありますともお嬢様!」

 もう復活したのか、各駅停車駅を通過する特急ばりの風圧を巻き起こしてクラリスがこちらに近づいた。

「顔が近いわクラリス。じゃあ家に帰る前に店に行きましょう」
「かしこまりました」

 静かにしていたバリーが手綱を操り馬車を移動させ、特訓場に乗り入れる。
いきなり噴出した温泉は、家に帰ったら別の使用人にまかせることにし、俺はパジャマ姿で馬車に乗り込んだ。

 揺られること三十分、町に戻ってきた。夕日が消えて街灯が灯る。
 時刻で言うと午後六時頃だろうか。

 馬車が乗り入れられるほど広いメインストリートは人が激しく往来しており、石畳の道路に面した店はバーや居酒屋、レストラン、定食屋、カフェ、服屋、武器屋、防具屋、ひっきりなしに人が出入りしている。馬車に轢かれそうになる酔っ払いなんかもいるが日常茶飯事なのか怒号が飛び交い、警邏隊らしきハンチング帽を被って大きな剣を背負った連中にしょっぴかれている。

 俺は海外旅行に行ったときの何倍もの感動を覚えた。
 こんな異文化があるんだろうか。

 人間じゃない人間がいるのだ。

 変な言い方だが、人間にまじって、虎の顔をして鎧を着込んでいる戦士風の男、とかげ頭でターバンを巻いた性別が謎の奴、うさぎの耳をした女、猫耳の子ども、腕だけ猿の大道芸人、中でも驚いたのは下半身が馬で上半身が人間というケンタウロスみたいな輩、そんな生き物が普通に行き交っているのだ。

 人種問わず肩を組んでわいわい飲んでいたり、真剣な顔で値段交渉したり、愛を語らっていちゃいちゃしたり、この世の動物全部をボールに入れてかき混ぜたような光景だった。

 自然と目がそちらへ動いてしまうのは、やはり魔法関連の店だ。
 杖専門店、魔法専門店、魔工具専門店、魔道具専門店、魔法とは違う愛玩獣専門店なんて店もある。

「いつ来てもグレイフナー通りは混んでおりますねえ」

 クラリスは軽いため息をついた。

「毎日これぐらい人がいるの?」
「そうでございます。お嬢様はこのお時間あまり外出されませんものね。人攫いにでもあったら大変でございますから」

 この巨体を連れ去る輩がいるとは思えねえ。
 百十キロだぞ。

「それで服屋はどこ」
「あちらが若い女性物で人気の店です」

 何を隠そう、俺は一抹の不安を覚えていた。

「クラリス。ここは国の首都なのよね?」
「もちろんでございます」彼女は胸を張った。「グレイフナー王国首都グレイフナーでございます」
「そうよねえ」

 やっぱり。

「どうして今更そのようなことを?」
「うーんちょっとした確認ね」

 そうなのだ…。

 ごった返す町の人々の服装が全体的にダサいのだ…。

 いや、むさ苦しいと言ったほうがいい。とりあえず困ったら飾りをつけておけ、という大ざっぱな服、でかいのが正義と言わんばかりのアクセサリー類、おまけに服装にあまり色がなかった。

 よく使われているのは、白、茶色、黒、たまに緑色、紺色。パステルカラーは稀に見る程度だ。

 年頃の若い女は、ほとんど白いシャツに茶色の皮ドレス、丈は膝下、靴はぼってりとしている。もしくは無地のチュニック。意味不明なペイズリー柄のチュニックを着ている女もちらほらいて、それはもーとてつもなくダサい。形がダサい。生地が微妙。変なフリルがいらない。異世界クオリティなのか皆スタイルがいいので、なんとか見れる、という状態だ。せっかくのスタイルが台無しだ。

 髪型はトレンドなのか小さい三つ編みを耳の上に通してうしろでしばる、というもの。ファンタジー映画でよく出てくる村娘のイメージだな。

 男は大体だぼっとだらしないズボンを履き、上から被るシャツのようなものを身につけている。胸のところに紐が通してあって、そこで締めたり緩めたりするらしい。いかんせん形がひどい。なんでもいいから動きやすければいいんだよ、といった風情だ。オシャレのつもりかハットをかぶっている連中がおり、そいつらは服装と帽子のミスマッチで、俺にはかえってダサく見えた。時折、おっと思う服装をしている貴族風の男も、よく見ると生地がいいだけで、全体的な形やフォルムはよろしくない。

「全部消し飛ばしたいな…」

 俺は完璧主義の癖で、ついぼそっと呟いた。
 クラリスが隣で合掌して「それだけはおやめ下さいお嬢様」と懇願してくる。

「聞こえてた? てへ」

 自分で言ってから、おデブの「てへ」に殺意が湧いたのはここだけの話にしておこう。

 そして馬車が向かっている店の看板を見て、俺は御者をしているバリーの肩を叩いた。



『愛のキューピッド』



「引き返そう」

 嫌な予感しかしねえよ?
 いやまじで。
「ねえねえこの服どこで買ったの?」「愛のキューピッドよ」「まあ! あそこのお店ね」「私いつも服は愛のキューピッド略して愛キューって決めてるの」「うらやましいなあ」「あなたも愛キューに買いにいけばいいじゃない!」「でも……お高いんでしょう?」

 どこの漫才だッ。

「あのーお嬢様」
「なに?」
「通過してよろしいんですか?」
「一刻も早く他の店に行ってちょうだい、一刻も早くッ」
「いつもお嬢様はあの店の服をご所望でしたのに…」
「いいったらいいのよ! それより他のお店はないの?」
「どのような店がよろしいでしょうか?」

 御者のバリーが窓に顔を張り付けて尋ねてくる。
 こええよ。ホラーかよ。

 そうこうしているうちに『愛のキューピッド』の前まで馬車がさしかかった。馬車は急には回れない。

 外観は、それはもうピンクな雰囲気だった。

 窓にもドアにもあまーい配色でフリルのついたカーテンがついており、壁も窓枠も屋根もすべて白。店の入り口に飾ってある鉢植えにはハート型の葉をした謎の植物がお出迎え。入り口の上には、丸字に赤で『愛のキューピッド』と刻印がされた看板がランプに照らされている。日本なら絶対に入りたくない店だ。

 げんなりした顔で窓から店を見ていると、入り口のドアが開いて、まるまる太った厚化粧の女が出てきた。

「エリィ様、メイド長クラリス様、ご機嫌麗しゅう」

 新型の特殊装甲かと疑いを抱くほどワンピースにフリルをつけたそのご婦人は、黄金の髪にきついパーマをあて、唇には真っ赤なルージュを引き、目元はブルーのアイシャドウを入れていた。

 これはあれだな、夜中、枕元に出てきたら絶叫するレベルの化け物だな。

「新作ができましたので、是非ともエリィお嬢様にご試着をと思いまして」
「お嬢様、どうされますか?」
「断って」
「かしこまりました」

 クラリスは『愛のキューピッド』の店長らしきご婦人に向き直った。

「本日お嬢様はお疲れでございます。またの機会に是非」
「まあそれはいけませんわね。では新作は取り置きをしておきますので、どうぞご気分の良い日にお越し下さいませ」

 とんでもない見てくれだが、店長ご婦人の礼儀作法は美しかった。
 なるほど、こんなメインストリートの一等地で変な店を流行らせているだけの手腕があるんだ。おそらくエリィのような貴族や金持ち向けの服をデザインしているのだろう。単価も高いし、若い女子の服なら回転率もいいはずだ。店の様子や店長ご婦人の着ている服からしても、結構儲かっているのだろう。

「どうされましたお嬢様?」
「なんでもないわ」
「では別の店へ」

 バリーは馬車を巡らせ、服屋というか雑貨屋のような日本の古着屋を連想させる店に入った。
 店の中にはところせましと服が置いてあり、新品が手前、古着が奥に陳列され、使用済みの皮の盾やステッキや銅っぽい剣なんかも置いてある。いやーこれはファンタジーだな。

 俺はリングを捨てに行く小人族がいないか見回した。

 ――!!

 いない。いるわけがない。あの映画好きなんだよ。マイプレシャス。

 お目当ての女性物洋服類は流行であろう白シャツにやぼったい茶色の皮のドレスが中心で、ワンピース、チュニック、カーディガンのような羽織る服なんかもあり、値札と一緒になぜが防御力の説明書きがある。

「クラリス、なんで値札に説明書きがあるの」
「冒険者がよく来るのでそういう書き方のほうがウケるのですよ」

 そう言って俺は値札に目を落とした。

『皮のドレス。4000ロン。
流行の皮ドレス、スライムなんてへっちゃら!
一角ウサギの突進ぐらいなら大丈夫、かも!?』

 なんだよ「かも!?」って。

『ペイズリーチュニック。3000ロン
かわいらしいペイズリー柄。スライムぐらいならきっと平気。
ゴブリンはちょっと危ないかも!?』

 だからなんだよ「かも!?」って。
 しかもデザインが下手でペイズリーじゃなくてゾウリムシに見えるぞ。

 しばらく店内を物色して、服を広げては閉じ、を繰り返す。服を取って広げてくれるのはクラリスだ。彼女はこちらの心を読んでいるかのような素早い動きで先回りしてくれる。

 茶色い麻のシャツ、薄茶色の麻のシャツ、どれもボタンはない。胸のあたりでひもを通して結ぶようだ。綿や皮は値段がちょっぴり高い。綿があるなら文明的に色々なデザインで加工できるはずだ、という俺の考察は店内をよく観察するにつれて、なぜこのグレイフナー王国ではお洒落デザインがないのかという解答に近づいた、気がする。

 そして俺はとある柄がないことに愕然とした。

「チェック柄が、ない……だと?」

 あれほど有用で組み合わせに便利な柄が販売されていないことに戦慄を覚えた。この国のファッションは一体どうなっているんだ。

 デブが店内でがっくり膝をついているのは邪魔で仕方ない。俺は気を取り直してバリーに言って次の店へいく。

 『秘密の道具屋』という店だ。
 どこに秘密めいたものはない。ふつーの道具と服を扱う店だ。エリィに似合う大き目のサイズはない。チェック柄の商品も当然ない。

 馬車に乗り込み、さらに違う店へと向かう。
 『ザ服屋』
 安易すぎるネーミングに古着屋と大して変わらない品ぞろえ。
 次、行こうか。

「洋服の専門店はないの? ブランド物みたいな」
「ブランド、とはお酒のことですか?」
「それブランデーのことでしょ」
「そうでございます」
「そうじゃなくて個人が広めたデザインの洋服を扱う店よ」
「そういった店はありませんね。服屋は服屋です」
「さっきの『愛のキューピッド』みたいな店よ」
「あの店が特別でございますよお嬢様」

 大体把握できてきた。
 ブランド物、という思考はない。たぶん『愛のキューピッド』がその走りのようなもので、これから時代の流れと共にブランド名がついた商品が流行っていくのだろう。
 ふふふ、なるほどね。

「お嬢様、どうされました?」
「いいえ、なんでもなのよクラリス」

 次の店『タンバリン21』という店もごく普通の品ぞろえと、流行を押さえた服しか置いてない。防御力の説明書きはあった。大した感動もなく店を出る。

「お嬢様」
「ひっ!」

 御者の窓に顔面を密着させてバリーが突然声を出した。

「バリー、心臓に悪いからそれはやめてちょうだい」
「申し訳ございません。私も会話に入りたくてつい。少し年齢層は上ですが『ミラーズ』はどうでしょうか」

 バリーが手綱を操りながら聞いてくる。

「じゃあその店にして」
「かしこまりました」

 一番大きいグレイフナー通りへ戻り、次の交差点を曲がると『ミラーズ』があった。

 なかなか洒落た外観であった。俺が知っているシャレオツな日本の店とはまた趣が違って感心する。

 白亜の木製ドアに大きな鉄製ドアノブがついており、店の壁には新作らしき洋服がハンガーにかけられ、その周辺を光の玉が三つふよふよと浮遊している。たぶん魔法だろう。看板の文字も『Mirrors』と控えめの刻印がされていた。文字は英語なのかわからないが、俺の目には英語表記に見える。脳内で変換されているらしい。

 精悍な顔立ちのドアボーイが待ち構えていた。着ている服装はやはりだぼっとしていまいちであったものの、背にしょっている剣がいかにも異世界でかっこよく、鍛えぬかれているのか姿勢が良くて見栄えが良い。

 やっぱ男だし憧れるよなー剣とか鎧とかこういうの。まあ俺はデブでブスの女の子だけどな。

 店に入ると、店員が俺の服装を見て困惑し、お辞儀だけして去っていった。
 パジャマじゃしょうがねえ。

 クラリスが影のごとく静かについてくる。店内の服を取ろうとすると、さっとこちらに広げてくれる。

 うん、まあまあだな。

「ここは十代後半から二十代前半の女性向けのお店ですね」

 わりと上質なチュニックとシャツがある。カーディガンや、ワンピースもある。やはり、日本だったらあっていいはずのズボンやジーンズはない。

「ズボンはないの?」
「まあお嬢様。ズボンは殿方の履くものでございますよ。冒険者でもない限りレディの着るものではございません」
「昔からそうなの?」
「はて、いつからかわかりませんがわたくしが子どもの頃から女はスカート、男はズボン、と決まっておりました」
「キュロットはないの?」
「キュロ…なんでございますか?」
「最近、日本……おっほん、最近思いついたんだけどね、こういう形をしたズボンがあってもいいと思うのよ。スカートっぽいけど、足を広げてもパンツを覗かれることはないわ」
「ほほう、それはなかなかよろしゅうございますね」

 クラリスは俺が手を動かしてみせた形を確認してうなずいた。

「あとこういうフリルはいまいちよ」

 俺は店に飾ってあった、皮のスカートを広げる。腰のあたりからスカートの裾まで斜めに伸びているフリルを指さす。発想は悪くないと思うが、茶色の厚みがあるスカートにフリルをくっつけているのは、ぼてっと見た目が重たくなるのでいただけない。

「どうせならもっと生地を薄くしてなめらかさを出すべきね。それから靴ね」
「靴でございますか」
「ヒールとかパンプスとかはないの?」
「回復魔法と、かぼちゃですか?」
「ちがうわ、そういう靴よ。ちょっとかかとがついて高くなっている靴」
「いえ、存じ上げません」
「ないの!? なんてこと…」
「お嬢様?」
「あれがあればデブなんかは多少細く見せることができるのよ。もちろんわたしぐらいのデブだとワンピースしか着れないし履いても意味ないけどね」

 ぽっちゃり系ならまだしもエリィは太すぎる。関取とあだ名をつけられてもおかしくない。ああ、そういえば小学校の頃「よこづなどすこい」とあだ名を付けられた女の子いたな。あのときは申し訳ないことをした。なんたって付けたの俺だもんなー。ああいうのって本当に傷つくよな。大人になってから女性にはそんなこと一切言わなくなったけどさ、子どもって残酷だなほんと。登下校で遭遇すると「どすこい!」って腹に張り手してた。偶然再会したら「よこづなごめん!」って謝りてえなあ。

「ご来店ありがとうございます。店主のミサと申します」

 茶色のボブカットをしたスレンダー美人が華麗にお辞儀をした。
 店主と言う割にはずいぶん若い。二十歳前後に見える。

「当店の商品に何か問題がございますか?」

 さっきの会話が聞こえていたみたいだな。
 怒っては、ないようだ。好奇心が勝っている、といったほうがよさそうだ。

「ゴールデン家四女エリィ・ゴールデンです。パジャマ姿で失礼致します」

 自分で言って笑いそうになるが堪えてパジャマの裾を上げた。

 こういう女っぽい動きはなぜかオートマチックでできる。あと言葉遣いも口に出すとある程度修正が入るから不思議だ。ひょっとしたらエリィの意志がまだどこかに残っているのかもしれない。これはじっくり研究すべきだろう。

「本日はどうされたのですか?」
「ええ、普段着があまりにもダサくて着れないのよ」
「なるほど。だからパジャマ姿なのですね。では当店で見繕ってさしあげましょう」
「それでもいいんだけどねえ…」

 俺は意味ありげに店内を見回した。
 店主ミサの眉毛がぴくっとつり上がるのを見逃しはしない。

「じゃあ私の体に合う服を選んで」
「かしこまりました」

 ミサが持ってきたのは白のワンピースと、グレイフナー王国で流行の白シャツにもっさりした皮ドレスだ。

「ありがとう」

 まあ白シャツに皮ドレスの合わせはエリィには無理だな。飛び出る腹に、うなる二の腕。下っ腹が皮ドレスを押しだし、ぱつんぱつんのシャツに二の腕の太さがくっきりと出るだろう。「頑張って流行の服を着てます感」しか出ねえ。

 白ワンピースの生地は綿だ。膝下まで裾が広がり、袖は切りっぱなしで、ボタンやしぼりはない。日本でいうところのオーガニック系だな。家庭菜園とか無農薬とかが好きな主婦が着てそうな、ゆるい自然っぽいファッションだ。

 黒地のものが欲しかったが、わりとまともな部類に入るので、クラリスに言ってワンピースの料金を準備させる。金はエリィが貯めているものがあるし、なくなれば家の誰かがくれるから問題ないそうだ。いやエリィは貯金に勉強にほんと偉い子だな。俺は金、持ってるだけ使うからな。

「ワンピースをもらうわ」
「ありがとうございます」

 店主ミサ自ら会計をしてくれ、クラリスが支払いを済ませた。

「あの、お嬢様。先ほどお話しされていたことなんですけれど、よければ詳しくお聞かせ願いませんか?」
「あら何の話?」

 俺はとぼけて聞き返す。

「フリルがいらないことや、靴の話です。非常に興味がわきまして御迷惑でなければなのですが」
「クラリス、時間はある?」
「そろそろお夕食のお時間です。本日はお嬢様の退院祝いですので早めの帰宅を」
「あらそう」
「そうですか、残念でございます」
「また時間ができたらくるわ」
「ええ、是非ともそうしてください!」

 俺が思った通り、このミサという店主はかなりセンスがあるとみた。
 その内、オーダーで服を作ってもらう予定だし、懇意にしておくべきだろう。


  ○


 今日服屋を回ってほぼ確信したこと。ずばりこの国の人は、洋服にそこまで興味がない。ほとんどは防御力重視だな。行き交うおっさんや、若い女性でさえ、どれだけ頑丈かを気にしている節があった。
 革命的なデザインの服が出ていないことも原因のひとつだ。

「お嬢様が洋服にあれだけの情熱をお持ちだとは知りませんでした」

 クラリスは馬車のドアを開けて下りるよう促す。

「実は前からずっと気になっていたのよ」
「お嬢様のご立派なお考えを店の者が認め、私は鼻が高いです」
「やめてクラリス。そんなにすごいことじゃないわ」
「いいえお嬢様。わたくしは今日からお嬢様付きのメイドになることを心に決めました。あなた、いいわよね?」
「もちろんだ」

 バリーは馬車をゴールデン家の使用人に任せ、クラリスの後に続く。

「大丈夫なの?」

 俺には専用のメイドがどういう立ち位置になるのか分からない。

「ええ、旦那様には常々言っていたことにございますから」
「でもメイド長なのでしょう?」

 『愛のキューピッド』のご婦人がクラリスをメイド長と言っていた。

「そんなものは誰かにうっちゃればいいのです。わたくしは心優しくも努力家のエリィお嬢様が好きなのです」
「クラリス…」
「私も料理長でなければお嬢様の護衛としておそばにいるのですが」
「あんたは駄目よ。バミアン家の当主なんだから」

 クラリスの言葉に、悔しそうにバリーは拳を振った。
 愛されてるなーエリィ。

 ゴールデン家の屋敷はそりゃでかかった。
 武家らしくがっしりした門に、いかつい門番が立ち、ちょっとしたパーティーができそうな庭を通って、玄関に到着する。庭は屋敷の奥に続いており、おそらく向こうにエリィが入水した池があるのだろう。

 玄関を開けると、ばたばたと走る音がして、伝説級美女が飛びついてきた。女性特有の柔らかい匂いが鼻いっぱいに広がる。

「エリィ! 退院おめでとう!」

 一日ぶりに見る伝説級美女エイミーはやはり美しかった。

「ありがとうお姉様!」
「おなかすいたでしょ」
「うん」
「遅かったけどどうしたの」
「ちょっと町に」
「病院は退屈だものね」

 そう言いつつもぺたぺたと俺の顔や体をさわってくる。

「ちょっと痩せた?」
「そうかな?」
「そうよ。よかったやっと敬語が元に戻った」

 うふふ、と笑うエイミー。可愛いな、おい。

「エリィおかえりなさい」

 続いてやってきたのはエイミーの垂れ目とは対称的な釣り目の、気が強そうな美女だ。 輪郭や鼻、口元はエイミーにそっくりで、目だけが逆になったかのようだ。これだけでだいぶ印象って変わるもんだな。

「ただいま戻りました」
「なぜパジャマ姿なの?」
「自分の服が許せなくて」
「あら、あの店の服は悪くないと思うけど?」
「そう、ですか?」
「あなた…」

 釣り目で気が強そうな美女は俺に近づいて顔を覗き込んだ。彼女の身長は百七十センチぐらいだろう。

「ちょっと変わったわね」
「エリザベス姉様、そんなにエリィを睨まないで。病み上がりなのよ」
「そうだったわ。それにしても…本当にあなたって子はいつもみんなに心配ばかり掛けて…」

 エイミーの進言でエリザベス姉様と言われた人物は身を引いた。
 たしか日記にも出てきた次女のエリザベスか。あまり仲良くない、と日記には書いてあったが、ただ心配されてただけなんじゃないか?

「あなた達、そんなところでしゃべってないで食堂にいらっしゃい」

 最後に現れたのは細身で柔和な笑みを称える大人の女性だった。

「ごめんなさいエドウィーナ姉様。エリィ、いきましょ!」

 エイミーが保護欲をかきたてる顔。三女。
 エリザベスが気の強い美女系。次女。
 エドウィーナ姉様。長女。

 エドウィーナ姉様はなんというか、大人の女だった。色気が周囲に充満するかのような、優しさと、そう、エロス。エロスを感じる。ウイスキー、お好きでしょ、って感じでCMに出てそうだ。いつもの俺なら確実にむらむらきているはずなのに、体がエリィのせいなのか、そっち方向の気分には一切ならない。

 ばばーん。
 そして俺ことエリィである。デブでブスでニキビ面で中身がスーパー天才イケメンエリート営業。四女。

 これはきつい。

 こんな美人三姉妹と並んで歩いたら、そりゃ笑われるし言い見世物だしどうすりゃいいかわからない。エリィが不良にならず十四歳まで成長したのは奇跡といえる。さすがだエリィ。おまえは強い子だよほんと。

 食堂には、きれいに口ひげを整えた垂れ目のくせにダンディな親父と、ちょっときつそうな顔つきだが美人の母が待っていた。

 エリィの退院を祝ってから、食事がスタートし、途中でエリィの誕生日を祝うバースデイケーキが出される。入院中に十四歳になったから誕生日祝いはやっていなかったのか。父親は一度優しそうな笑顔をすると、あとはむっつりと黙り込んだ。口数は少ない。

 代わりに母親が色々と俺にお小言を言ってくる。

 やれ危機管理がなってない、勉強が足りない、みんなに心配をかける、などなど。恐縮するふりをし、俺は食べ過ぎないように好きな食事を取り分ける。いつものことなのか、俺を除く三姉妹は世間話をしながら楽しそうに食事を摂っている。父親は仲睦まじい娘達を見て、垂れ目をもっと下げ、ワインを飲んでいた。

 母親に心配されてるんだ、ということがわかって安心した。別にみんなエリィが嫌いというわけではないようだ。ただ一人だけちょっと太ってて出来の悪い末っ子、と思っているみたいだな。

 いつもより食べない俺を心配するエイミーには食欲がないといい、父親に明日明後日、始業式まで秘密特訓場を使う許可を取った。ついでに温泉が出た、と言ったら、白い歯をきらりとさせてエリィは冗談が上手いなあと笑った。いや、まじで出たぞ、温泉。

 食事が終わると、両親と長女は食堂に残って食後のお茶に興じた。俺はこっそりクラリスを呼んで、場所が分からないエリィの部屋をうまいこと聞きだし、そのまま中へ入る。なぜかエイミーもついてきて、そのままベッドに座った。

「エリィ、少し変わったよね」

 エイミーはそう切り出した。表情はいつも通り優しさに溢れている。

「そうかな?」

 俺は女の子女の子しているエリィの部屋の内装を変えないといかん、と頭の端で考えつつ首をかしげてみせた。

「ご飯をちょっとしか食べないし、病院で変な寝言言ってるし、心配してるんだからね」
「姉様のおかげでもうこの通り元気だよ」

 普段の俺だったら上腕二頭筋をこれでもかと見せつけるのだが、いかんせん贅肉を披露しても誰も喜ばない。
 そんなしおらしくしている俺を見て、エイミーは言いづらそうにもじもじと自分のスカートの裾を握った。

「あのねエリィ……」

 あまりの可愛さに抱きしめたくなる衝動を抑え、言葉を待った。

「学校…大丈夫なの?」
「学校?」
「そうよ。その……クラスにあまりいいお友達がいないんでしょう?」
「大丈夫だよ」
「うそ! いつも学校ですれ違うと居心地の悪そうな顔しているじゃない」

 本来の俺なら「返り討ちだ」と言ってこれ見よがしにバキバキに割れた腹筋のシックスパックを見せつけるのだが、いかんせんそういう訳にもいかない。

「平気よ姉様。ちゃんと学校には行くから」

 登校拒否なんてしたらリッキー家のボブに復讐できねえし。

「そう…」

 俺の言葉を聞いて、エイミーはなんて健気な子なんだろうと心配と感動が入り交じった顔で、ゆっくり抱きしめてくれる。しばらくその温かさを感じ、俺はボブがどんな奴なのかをあれこれ想像していた。まず自分の目で現状を確認する。そして然るべき判定を下し、どのようにするか決める。何事も自分の目で見て決めることが、ミスを防ぐものだ。

 しばらくエイミーと雑談し、体重計に乗ってベッドにもぐりこんだ。
 一キロ痩せていた。
 百キロ台は変わらないので感動は一ミリもない。

 始業式まで、専属メイドになることを許されたクラリスとバリーと三人で、秘密特訓場に行き、トレーニングをして、グレイフナー通りを回って情報収集をし、家に帰る。というサイクルを二日送った。なかなかに充実した時間だ。

 そして始業式当日。
 ちょっとわくわくした気持ちと、リッキー家のボブがどんな奴なのか抜かりなく調べること、目的を忘れずに実行すること、色々な思いを胸に、窮屈な学校指定の制服に袖を通した。

エリィ 身長160㎝・体重107㎏(-2kg)
+注意+
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