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エリィ・ゴールデン ~ブスでデブでもイケメンエリート~ 作者:四葉夕卜/よだ

第四章 グレイフナーに舞い降りし女神

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第12話 オシャレ戦争・その6

大変……大変お待たせ致しました。
本当にごめんなさいm(_ _)m

最新話です!
 ヒーホーぬいもの専門店は首都グレイフナーの八番街に居を構えている。
 名前のまぬけさからは想像できない、大きな敷地を所有しており、身長ほどの高さがある石垣が道の奥まで続いていた。工房は相当広いようだ。

 俺、アリアナ、クラリス、エイミー、完全武装のアメリアは、開けっ放しになっている門をくぐり、敷地内へと足を運ぶ。
 工房の建物と石垣の間に伸びている樹木から、ヒーホー鳥が有閑を楽しむ声が響いていた。

 整備された石畳を歩き、受付はこちらです、という看板の文字に従い建物内に入ると、エプロン姿のきゃわいい姉ちゃんがテーブルの前に座り、何やら忙しそうに書類とにらめっこしていた。

「お仕事中ごめんなさい。こちらを」

 持っていた割符を渡すと姉ちゃんが驚いた顔になり、しげしげと俺達を見つめ、エイミーを見て「雑誌のモデルさん?!」と小声でつぶやき、次に完全武装している母アメリアを見てすぐに営業スマイルに変わった。

「ミラーズの総合デザイナー様とそのお連れの方ですね」
「ええ。案内してもらえるかしら」
「……あなた様が、ミラーズ総合デザイナーのエリィ・ゴールデン様でございますか?」
「そうよ」

 仮面をつけるアメリアがデザイナーだと勘違いしたのか、姉ちゃんが目を見開いた。まあ、普通はこんなに若くて可愛い女の子が総合デザイナーだって思わないよな。

「失礼をいたしました。こちらで大旦那様がお待ちです」

 姉ちゃんは営業スマイルを崩さず、礼儀正しく一礼し、踵を返した。
 俺達は彼女のあとへついていく。

 途中、工房の中が見えた。
 体育館ほどある広さの室内で、数百人が布を各テーブルで縫っている。その奥では、大きな布を天井から吊るして、魔法で裁断していた。
 どうやら“ウインドカッター”で断裁し、“ウインド”で所定の位置へ布を移動させ、さらにそれを必要なサイズにカットしているようだ。あっちこっちから大きな声が上がっていて活気がある。ひと目見て、いい会社だと思わせた。

 そんな工房を横目に通り過ぎ、大きな扉を姉ちゃんが開けた。

「ミラーズ総合デザイナー、エリィ・ゴールデン様がお見えです」

 室内は大きなソファが四つとテーブルの置かれた簡素な作りだった。

 ソファに、豚の耳と鼻をつけた大柄な男が座っており、俺達が入ってくると笑みとも無表情ともとれない表情を作った。

 アリアナのように人間の身体に耳と尻尾が生えているのが獣人、鼻や身体の一部が獣化している場合は半獣人と呼ぶらしい。若干の差別的な意味を含むので、部族名で差すことが礼儀だ。
 彼の場合は“豚人族”と呼ぶのが妥当だろう。

 クラリスの情報通り、豚人の店主は一重まぶたでパッと見は凡人に見えるが、実際よく観察すると抜け目がなさそうな顔つきをしている。年齢は四十代後半、といったところだ。

 彼は、俺が室内の奥まで入る姿を見ると、失礼のないようのっそりと立ち上がって紳士の礼を取った。

「お初にお目にかかります。私がヒーホーぬいもの専門店の店主、ジョッパー・ブタペコンドです。まさかミラーズの総合デザイナーがあなたのような見目麗しいお嬢様だとは……!!?」

 見た目に似合わず丁寧な物腰のジョッパー・ブタペコンドはエリィの美しさに目を見張り、そして最後に入ってきたエリィマザーを見て完全に動きを止めた。

 右手を胸に当て、エリィマザーを凝視し、石像のように固まるジョッパー・ブタペコンド。
 彼は一気に顔色を悪くさせ、鼻の穴を大きく三回、開いて閉じた。それから右手を胸元から離すと、自分の動揺をかき消すためか、ブヒンブヒンと咳払いをした。

「……まさかとは思いますが」
「そのまさかよ。ジョッパー」

 仮面ごしの、くぐもった母アメリアの声が室内に響く。
 ジョッパー・ブタペコンドはびくりと身体を震わせた。

「爆炎のアメリア様、誠にお久しぶりでございます。……今日は……どのようなご用件で?」
「そちらのお嬢様の護衛よ」
「あなた様ほどのお方が護衛ですと?」

 信じられない、と店主は豚鼻を鳴らした。
 どうやら爆炎のアメリア、という名前は有名らしいが、ゴールデン家に嫁入りしたことはあまり知られていないらしい。もし知っていたら、店主はエリィ・ゴールデンの名前でアメリアが来ると予想したはずだ。

「ええ。ちなみにその子、わたくしの大事な娘ですからね。手を出したらタダじゃおかないわよ」

 仮面ごしにも関わらず、威圧感のある声色で母が言う。
 ジョッパー・ブタペコンドは紳士の礼で曲げていた腰をようやく戻し、視線を俺とアメリアの間で何度も往復させた。

「手を出すなんて滅相もない」
「どの口が言うのかしら」
「さすがに取引先の方にそのような……」
「あなたが女好きなのは知っております」
「ブゴッ」

 アメリアにぴしゃりと否定され、店主は悲痛げに豚鼻を鳴らした。

「今日はただの護衛です。余計なことは言わないから安心してちょうだい」

 アメリアがそう言ったものの、ジョッパーは大きな身体を内側へ折り曲げ、所在なさげにソファへ腰を下ろした。思い当たる節があるのか、お茶を入れてテーブルに置いた受付の姉ちゃんが、何か言いたげに店主を一瞥する。

「エリィ、大事な商談なのでしょう? お話をはじめなさい」
「分かりましたわ」

 相手が萎縮したナイスタイミングだったので、受付の姉ちゃんが勧める通りにソファへ腰を掛けた。
 俺の左にエイミー、右にアリアナが座る。
 背後にはクラリスとエリィマザーだ。

「ジョッパー・ブタペコンド様、ごきげんよう。わたくし、ゴールデン家四女、コバシガワ商会会長、ミラーズ総合デザイナーのエリィ・ゴールデンと申します。本日は貴重なお時間をいただき誠にありがとうございます」

 そう言ってエリィスマイルを店主に向け、立ち上がってレディの礼をし、すぐに席に座った。
 ジョッパーは俺の顔を驚いたように見つめ「こちらこそ貴重なお時間を」と言いながら挨拶を返す。エリィマザーの出現で混乱しているのか、あまり焦点が合っておらず口が半開きだ。

「ジョッパー様、まずはこちらを御覧ください」

 相手に構えを取らせず、早速話をし始める。
 クラリスが背後から出した資料をテーブルへ広げた。

「こちらがミラーズの売上げグラフになっております」

 グラフを差すと、エリィの美しい指先に誘われるように店主が資料へ目を落とした。

「去年の四月から今現在の売上げを月ごとに表記いたしました。この並んでいる縦棒が売上げの推移で、下の数字が売上げ高ですわ」
「おお」
「見て分かる通り、六月から急激に売上げが伸びております。ご存知とは思いますが、六月に『Eimy』が初めて発売されました。そこからミラーズの新デザインは爆発的なヒットをしましたわ」

 四月の売上げが、90万ロン。
 五月の売上げが、86万ロン。
 六月の売上げが、1103万ロン。

 売上げ12倍。見ると笑みがこぼれる成長率だ。

「新デザインのおかげで、ミラーズはわずか一ヶ月というスパンで12倍の売上げを叩き出しました。雑誌が発売されてからミラーズには連日長蛇の列ができ、途切れることはございませんでしたわ。縫製技師が足りず、在庫切れで少くない売り逃しも発生したほどです」
「12倍……」
「翌月の七月が3500万ロン。八月は二号店をオープンさせたので、売上げが伸び、さらに十月は『Eimy〜秋の増刊号〜』でチェック柄を戦術的視点から展開しました。その結果、チェック柄がグレイフナーでは類を見ない流行を生み、売上げ高は十月が1億2300万ロン、十一月が2億5000万ロンです」

 チェック柄と雑誌第二弾は爆発的な人気になった。
 十一月に三号店をオープンさせ、さらなる火付けになっている。

「御社……ヒーホーぬいもの専門店様で縫製いただいた服も、街中でかなり見かけることができますわ」

 そこまで言うと、アリアナが無言で立ち上がり、ジョッパー・ブタペコンドから全身が見えるようにテーブルから少し離れた場所へ移動し、薄手のローブを脱いだ。

「ん…」

 長い睫毛を伏せつつローブを脱ぐアリアナがちょっとエロい……じゃなくって、彼女にはこの説明のために、チェック柄のコクーンスカートを着てもらっている。ローブを着ていたのは相手に服装を見せないためだ。
 ちなみにコクーンスカートってのは、腰のあたりに折り目を入れ、膨らみをもたせ、ウエストラインを綺麗に見せてくれる女性らしい服だ。タイトなので戦闘には不向きだな。

 トップスは灰色のセーター。インナーに白ブラウス。頭には最近、アリアナが気に入っている獣人用の穴が開いたベレー帽。靴はくるぶし上まである編み込みの黒ブーツ。

 はっきり言おう。
 ゲロ可愛い。

 アリアナは上着をクラリスに渡して、片手を腰に当て、ジョッパー・ブタペコンドを穴が開くほど見つめた。

「今までの常識をくつがえすデザインになっております。どうです? 防御力あるなしより、女性の魅力が引き立つと思いませんか?」

 店主はポーズを取るアリアナに見つめられて頬を赤くし、思わず目を逸らした。しかし、引力に引かれるようにアリアナへと視線を戻した。
 受付の姉ちゃんも目を輝かせてアリアナの服を見ている。

「おお……これはまた何というか……可愛らしいお嬢さんに見える。できあがったときはこんなタイトなスカートでは動きづらいとばかり思っていたが……」
「新しいデザインは人々を魅了しております」
「それには同意しよう。うちの若い連中もね、いつも楽しそうに服を作っている」
「いいことですわ」
「ミラーズから依頼がきたときは半信半疑だった。おかしな生地、変わった縫製、完成品は防御力がゼロ。従業員達も疑問に思ったのか、これで大丈夫なのかと何度も私に確認をしにきたぞ」
「人間は未知の物に興味を示します。誰しもが見たことのない物、行ったことのない場所へと思いを馳せるものです。たまたま見つけた未知なる物が間違いなく本物で、宣伝もしっかり打ち出しており、いい商材であれば、売れるのは当たり前だと思いますわ」
「……なるほどな。君が総合デザイナーというのはどうやら本当らしい」
「あら、疑っていたのかしら」
「これでも大店を預かる身だ。簡単に人を信用したりはしない」

 そう言いつつ、ジョッパー・ブタペコンドはアリアナの服装を見つめ、彼女の可愛い顔へと視線が吸い寄せられる。

「改めて思うが、服とはすごいものだ。目が離せない」
「女好きの方には特にそうでしょう」
「フゴッ! エリィ嬢、あなたまで手厳しいことを」
「うふふ、まあいいではありませんか。彼女の服はいかがです? 可愛くて心臓が止まりそうではございません?」
「ああ、まったくその通りだ」

 熱に浮かされたように店主はアリアナを見つめる。

 見られているアリアナは何を思ったのか、ゆっくりと両手を顎の下に持ってくると、小さい手で拳を作り、ぷくっと頬を膨らませた。

「“トキメキ”」


――――なっ!!!!??


「う゛っ!」「う゛っ!」「う゛っ!」「う゛っ!」「う゛っ!」「う゛っ!」

 ぎゃああああああっ!
 心臓痛ああああいっ!

 打ち合わせにない不意打ちオリジナル魔法“トキメキ”が炸裂。
 可愛らしいポーズに、卑怯な上目遣い。ベレー帽から出ている狐耳が昆虫を誘う食虫花のようにぴくぴくと動いて見る者を釘付けにする。

 瞬間最大トキメキ風速四億三千万トキメートル(社外秘)を記録っ。

 瞬間的な恋に落ちた心は心臓の鼓動を止めた。
 アリアナの周囲に、小さなピンク色のハートがふよふよと浮かんでいる錯覚が眼前でチラつく。

 俺とエイミーはテーブルに手をついて心臓をもう片方の手で押さえ、クラリスは片膝をつき、母アメリアは両手で胸を押さえてのけぞり、受付の姉ちゃんは「ひぅ!」と両目と口を広げ、一番近くにいたジョッパー・ブタペコンドは「ぶびぃ」と情けない声を上げてソファから転げ落ちた。

 アリアナさん急にトキメいちゃうのやめてくれます?!

「んん…」

 しまった、みたいな顔をして無表情に戻るアリアナが可愛い。
 後で少しばかり怒ろうかと思ったが……お咎めナッシング!
 お兄さんすぐ許しちゃうぜよ。

「あ……あらあら、皆さんそんなにチェック柄が素敵でしたか?」

 どうにか復活して、余裕ぶった言葉を吐いておく。
 こうしたアクシデントもプレゼンの醍醐味だ。

 エイミーが「びっくりしたぁ」と小声で言い、クラリス、アメリアも何とか気をつけの姿勢に戻り、受付の姉ちゃんがおっかなびっくり心臓から手を離して安堵のため息をついた。

 店主のジョッパー・ブタペコンドは心臓の痛みが引いたのか、顔をがばと上げて回りを見回すと、自分だけがソファから落ちたのが恥ずかしいのか、いそいそと立ち上がってソファに戻った。

 アリアナがちょこんとスカートの裾をつまんでお辞儀をし、何食わぬ顔をしてソファへ座る。
 こちらも平静を装い、お淑やかに両手をテーブルへついた。

「このように、新しいデザインは女性の可能性を広げてくれますわ」

 どのようにだよ、と心の中でツッコミを入れつつ話す。
 大事なのはそれっぽく言うこと。堂々と腹から声を出して話すことだ。

「ミラーズの売上げが爆発的に伸びたのも、こうした画期的で可愛らしデザインがひと目を引いたからです。また、グレイフナー国民が柄物にまだ免疫がない、慣れていない、という理由から、手始めにこのチェック柄を流行らせようと試みております」
「それで、『Eimy〜秋の増刊号〜』はチェック柄が多かったのか」

 正気になった店主が、丸い顎をさする。

「そうです。先ほどお伝えした、戦術的視点から、チェック柄を意図的にピックアップしました。柄の入った商品を流行らせれば、他の柄への抵抗感がなくなります。我々は服を売る他に、グレイフナー国民の洋服に対する知識教育をしているのです」
「そんな意味があったとはな……」
「新しい服。新しい生地。新しいデザイン。ミラーズの成長は止まりません。この新しい波は、グレイフナーにとどまらず、他国にも受け入れられるでしょう。これは世界規模のビジネスなのですよ?」
「ずいぶんと話が大きくなる」
「考えてみてください。ミラーズが更なる成長を遂げた場合、ヒーホーぬいもの専門店様では捌ききれない量の洋服が注文されます。当然、我々は別の店へと発注します。それをヒーホーぬいもの専門店様が事業拡大して引き受けてくだされば、両社ともさらなる躍進が可能ですわ。今までにない手法の縫製技術の開発や、新しい素材への挑戦など、夢は広がりますわよ」

 店主へ事業拡大のチャンスをほのめかす。
 ジョッパー・ブタペコンドは周囲の従業員に、もっと店をでかくしたいな、と言って回っていると情報が入っている。野心家なのだろう。

「ほう……」

 案の定、話に乗ってきた。
 今までは母アメリアの威光でビビっていたので話がスムーズだったが、ここからは違う。彼の顔つきが先ほどと違い、真剣味を帯びていた。
 おそらく彼の脳内では、猛烈な金勘定と、ミラーズの先見性と成長率、それに伴って起こる自社拡大の予想図が計算されているはずだ。

 ここから、さらなるデータを出して話を展開していく。
 短期的戦略から、中期、長期的未来展望を話し、最終的にミラーズがどうなるかの絵図を彼の前で広げる。今回のプレゼンは結末を先行させる直球な言い方よりも、ストーリー仕立ての構成で話を展開した。結末が最後にくるパターンだ。

 場の空気で流れを変えれる柔軟性が、俺の持ち味だ。
 やべ、超楽しい。日本を思い出すこれーっ。

 言葉に熱がこもり、エリィの美しい声が部屋を侵食して焼けるような熱気を帯びる。洋服による未来のパノラマが描かれ、花火のように消えてはまた現れる。

 プレゼンの途中で現れた『ゴールデン鉱石』と『ゴールディッシュ・ヘア』には、部屋にいた全員が息を飲んだ。アリアナとエイミー、クラリスは聞き慣れているはずなのに、話の展開があまりに面白いものだったのか、演技なしの感嘆を上げる。

 エイミーは打ち合わせをすっかり忘れて俺の話に聞き入っていた。

「エリィはすごいね!」
「姉様、出番出番」
「あ、そうだった〜。では、失礼しますね」

 エイミーがソファから立ち上がり、全身を隠していたローブを脱いだ。

 彼女が着ているのは、ゴールディッシュ・ヘアで編まれた七分丈のブラウス。金色の繊維を脱色して甘い雰囲気のホワイトカラーにし、花柄の刺繍を入れてガーリーな仕上がりにしている。エイミーの胸に押し上げられて花柄の形が変わっているのが何とも言えず、ついそこに目がいってしまう。

 アンダーはデニムスカートだ。
 クチビールにもらった少ない生地で縫製し、前ボタン付きにした。
 靴は黒のヒールに黒い靴下。

 ちなみにスカートの丈は、エイミーに「もうちょっと! もうちょっとだけ!」とお願いしていつもの膝上よりも気持ち丈が短い。彼女はかなり恥ずかしがっていたが、破壊力は抜群だ。
 少しだけ見える太ももが、白くてもちっとしててやばい。
 エイミーのためにミニスカート計画を進行していると言っても過言ではないぞ。

「Eimy専属モデル、ゴールデン家三女、エイミー・ゴールデンでございます」

 エイミーがよそゆきの挨拶をすると、真剣だった場の空気が、甘くて爽やかなものに入れ替わった。彼女のカリスマ性と場を飲み込むほわっとしたオーラは、場所を選ばず遺憾なく発揮される。
 受付の姉ちゃんなんかは破顔して両手を一生懸命叩き、「わぁっ」と言って拍手を送っていた。完全に仕事中だって忘れてるな。

「エイミー姉様が着ている服こそが、ミラーズのまごうことなき最新作ですわ。まずスカートは“デニム”という生地を加工しております。これはとある場所に生息する魔獣の革でできており、耐久性に優れ、様々な服と合わせることができるオールマイティーな素材です」

 デニム生地の切れ端をテーブルに置くと、ジョッパー・ブタペコンドが興味津々で手に取り、引っ張ったり丸めたり、匂いを嗅いだりして素材の確認をする。

「デニム生地はスカート、ズボン、アウター、ほぼすべてに使用できます。この着やすさと、コーディネートの自由度によって、いずれ世界中に親しまれるアイテムになるでしょう」
「不思議な色合いだな。硬さがあり、手触りが独特だ」
「素材の入手はコバシガワ商会で一手に引き受けるつもりです。縫製が簡単ではないので、腕利きのお店にお願いする予定ですわ」
「ほう、そうか」

 ジョッパー・ブタペコンドが反応を示す。
 デザイン性を認めていることは、エイミーに向ける目を見れば明らかだ。だが、初めて見る生地だけあって、別商品のイメージが想像できず、この素材が流行るビジョンがうまく浮かんでいないようだ。

「驚くのはまだ早いですわよ」

 そう言ってジョッパーの思考を断ち切り、不敵な笑みを彼に向けた。
 まだ何かあるのか、とジョッパーは探るような視線を、俺とエイミーの洋服に投げる。

「今回、ご紹介したい素材はこちらです。全世界の価値観を破壊するものになるでしょう」

 なんの変哲もない、明るい黄土色をした『ゴールディッシュ・ヘア』の繊維をジョッパーに差し出した。一本だけ繊維を受け取った店主は疑問を顔に浮かべ、また引っ張ったり豚鼻で嗅いで匂いをチェックする。

「エリィ嬢、これは?」
「エイミー姉様が着ているシャツの素材ですわ。こちらはゴールデン家で発見された新素材を加工して繊維にしたもので、全世界でもここにしかない、新素材をです。驚くべきはこの繊維の性能ですのよ」
「性能?」

 おもむろにソファから立ち上がり、エイミーにテーブルから離れてもらって、人差し指を彼女へ向けた。

「姉様、いくね」
「いいよ。いつでもきて」
「エリィ嬢いったい何を……」

 ジョッパー・ブタペコンドが不穏な空気を察したのか、焦りの入った声を上げる。
 それを無視し、軽く魔力を練って魔法を唱えた。

「“ウインドカッター”!」
「エリィ嬢!」
「きゃあ!」

 ジョッパー・ブタペコンドと受付の姉ちゃんが悲鳴を上げた。

 不可視の風の刃は魔力をまとい、エイミーの腹部から太ももにかけて鋭利な傷跡を残そうとする。風が舞い、エイミーの美しい黄金の髪がふわりと後方へなびいた。

「なんてことを! “ウインドカッター”は下位中級といえど、当たりどころが悪ければ――」

 ジョッパー・ブタペコンドが部下を叱るように俺に向かってまくし立て、次にエイミーを見ると、言葉を飲み込んだ。
 喉の奥に指を突っ込まれたような衝撃を受けたらしく、あんぐり口を開け、彼はたまらずソファから立ち上がった。

「破れて……いないだと?」

 夢遊病にかかった患者みたいに、ふらふらとエイミーに近づき、白ブラウスを食い入るようにのぞきこむ。

「こんな薄い生地の……シャツが……“ウインドカッター”を弾き返したと? そ……そういうことなのか……?」

 エイミーは中腰になって自分のシャツを見る店主に、すごいでしょう、という視線を向けた。

「その耐久性こそが、新素材ゴールディッシュ・ヘアの効果です!」
「おお……おお、おお! これはすごい! どういう製法なんだろうか!?」
「企業秘密ですわ」
「シャツに繊維を織り込んでいるようだ。すべてがゴールディッシュ・ヘアで作られているわけではないらしい」
「企業秘密ですわ」
「流通すれば世界が震撼するぞ! 今まで使っていた分厚い魔獣革や、燻されてにおいのきつい硬化塗料を塗ったりする必要がなくなる! 従来の防具に縫い付けるだけでも相当の防御力増加が見込める!」
「そのとおりですわ!」
「“ウインドカッター”で破壊できないということは、少なくとも下位中級魔法に耐えうる性能があるということだ!」
「“ファイアボール”にも数発耐えれますわ!」
「なんと! 布製品の弱点もないのか!」
「しかもローコストですのよ!」

 すかさずデータの記載された用紙をクラリスがテーブルへと差し出した。

「なあああああっ?! ミスリルの一万分の一だと?!」
「ええ、そうなのです。すごいでしょう?」
「すごいも何も大発見じゃないか!」

 魔石炭は一キロ百ロン。
 ミスリルは一キロ百万ロン。

 加工に上位魔法である炎魔法使いを雇っても、ミスリルとのコスト差は一万分の一になる。コストの差は歴然。ミスリルはゴールディッシュ・ヘアが流通した時点で、価値競争に巻き込まれる。

 その後、エイミーに着席してもらい、ゴールディッシュ・ヘアの性能を簡単にプレゼンして、国王にも見せた“ファイアボール”に耐える実演を行った。
 この新素材の開発にはグレイフナー王国が一枚噛んでいると話したら、ジョッパー・ブタペコンドはかなり驚いていた。

 予想よりも話が盛り上がり、約束していた会合終了の時間を三十分ほどオーバーしてしまった。
 熱気のあるうちにと、こちらからの最終通告をすることにした。

「ミラーズと再契約を結んでいただけませんか。内容は、『発注した商品はいかなる理由があろうとも納期に間に合わせる』『三年間、ミラーズの発注する商品を最低でも百アイテム受注する』この二点です」
「ふしゅぅ……」

 ジョッパー・ブタペコンドは鼻から熱い吐息を漏らし、こちらを射るような目で見つめてくる。

 この契約をすれば、ヒーホーぬいもの専門店は、サウザンド家からの申し出をキャンセルすることになる。
 諜報部によれば、店はサウザンド家へ大量の寝間着や大衆向けの服を縫製する仕事を受注しているそうで、ミラーズと縁を切らなければ、それをすべてなくす、と言われている。
 分かりやすく言うと、お得意様が、もうあんたんとこの商品買わないよ、って言い出したのと同じだ。しかも、サウザンド家ともなれば他より発注数が桁違いのため、損失はかなり大きい。

 サウザンド家との安定した利益を選ぶか。
 ミラーズとともに未来への投資を選ぶか。

 こちらの言い方から、断れば二度とこの話に関わることができないとジョッパー・ブタペコンドは察しただろう。現に、ここでサウザンド家に加担したら、ミラーズは二度とヒーホーぬいもの専門店と取引をしない覚悟だ。

 彼の頭の中で、最終的な計算がなされている。
 受付の姉ちゃんが不安げに息をのみ、目だけを光らせて部屋の気配をうかがう。

 視線を逸らさずに穏やかな気持ちで彼の言葉を待った。
 エリィの優しげな瞳が、ジョッパー・ブタペコンドをとらえている。

 たまに鏡で見て、吸い込まれそうになるサファイア色の瞳に、どれほど抗えるというのか。もし自分がエリィに見つめられたら……きっと何でも許してしまうんだろうな。

 ジョッパー・ブタペコンドはぶごっ、と一度鼻を鳴らして大きくうなずくと、手をパシンと叩き、両手をテーブルへついて深々と頭を下げた。

「ミラーズとの再契約を、お願い申し上げます」

 ヒーホーぬいもの専門店、大旦那であるジョッパー・ブタペコンドの声が大きく室内に響き渡った。

 俺とエリィ率いるプレゼンチームが勝利した瞬間だった。


    ◯


 ヒーホーぬいもの専門店と再契約を交わした俺達は、店を出てコバシガワ商会へ戻り、商会にいた従業員から盛大な拍手をもらった。勝利宣言に商会内は沸き立つと、好き勝手に叫んだり号泣したりと感情表現が忙しい。

 今日はもう一戦ある。あまり喜んでもいられないぞ。

 バリーが作ってくれた昼食が商会に運び込まれていた。手軽に食べれるようにとサンドイッチだったが、具に相当凝っているらしく、めっちゃ美味い。さすがバリーだな。

 空腹を満たしてようやく肩の力が抜けた。

 第一会議室に集まり、俺とアリアナ、エイミー、クラリス、エリィマザーは食後のお茶を楽しむ。

「私がいなくても大丈夫だったみたいね」

 エリィマザーが武装を解いて、ミラーズのゆったりしたスカートをはいた格好で紅茶を飲みつつ満足気に言った。

「いえ、お母様が相手の気勢を削いでくださったので、話が簡単に進みましたわ。ありがとうございます」
「まあ。エリィは前から相手を褒めるのがうまいわね」
「そうでしょうか」
「そうよ。誰に似たのかしらね」
「お父様だと思いますわ」
「あの人も褒めるのがうまいからね」

 エリィはどうやら俺が乗り移る前でも人を褒めていたらしい。根が優しいからな。人のいいところを見つけるのが上手かったのだろう。

「あの、お母様。先ほどから気になっていたのですが、ジョッパー・ブタペコンド様とはどういったご関係なのです?」
「そのことね。若い頃にちょっと色々あったのよ」

 アメリアがシールドに在籍していた頃、店を継ぐ気のないドラ息子だったジョッパーが、村娘を手練手管を使って籠絡しようとしていたところを見つけ、男なら正々堂々やりなさい、と喝を入れたそうだ。
 その後、何度か縁あって助けてやったこともあり、ジョッパーは完全にアメリアに頭が上がらないとのこと。母アメリアは「私があのダメ男を更生したのよ」と笑いながら言った。母、強し。

 ハワードの話じゃ、若い頃のアメリアは相当荒れていたらしいから、ジョッパーはこっぴどくやられたんだろうなぁ。マザー怒るとまじ怖いからなぁ。

「アリアナとエイミー姉様もありがとう」
「ん…」
「楽しかったね! エリィのお話が上手くって聞き入っちゃった!」

 アリアナが褒めてくれと尻尾をふりふりしてきたので狐耳を撫で、エイミーには親指を立てるポーズを送った。

「びしっ!」

 効果音付きでポーズを返すエイミー。
 教えるとすぐ憶えてくれるから、つい色々と彼女に仕込んでしまう。

 ファッション計画はエイミーがいたからこそ思いついた作戦だ。
 そして、計画はサウザンド家との戦いが終われば半分は達成されたことになる。

 そもそも計画の根幹は、ファッションの流行を作り、エリィをいじめて自殺にまで追い込んだスカーレットをぎゃふんと言わせ、彼女には絶対服を買わせない。ダイエットして美人になり、服で儲けた金で大金持ちになり、経済的観点からもスカーレットに勝つ。
 散々、エリィをバカにしてきたボブも見返してコテンパンにし、仕返しを完了したら、日本へ帰る方法と、男に戻る方法を探す。

 ダイエット、復讐、金儲け。帰還方法の探索。
 長期計画なので、ハートの粘り強さと、超ポジティブ思考、現実的な考えがないとできない。いや、そもそも異世界飛ばされて女の子になって、割りと平気な俺ってアイアンハートの持ち主だと思うわ。
 ポジ男にしかできないやつ〜。ポジ男って誰よ? おれぇ〜。

 いい。いいぞ。
 自分の思い描いた通りのシナリオになってきたぜ。
 このまま突っ走ってやるよ。


    ◯


 しばらく休憩した俺達は、本日の二店舗目になる『バグロック縫製』へと向かい、三時間のプレゼンと交渉の末、再契約をもぎ取った。

 従業員の万歳三唱ならぬ万歳百唱を受け、あとはジョー、ミサ、ウサックス、パンジー、父ハワードが向かった『グレン・マイスター』攻略班の帰りを待つだけだが……ずいぶんと遅い。

 俺達がヒーホーぬいもの専門店に行った同時刻に彼らも出発している。
 かれこれ九時間は帰ってきていない計算になるな。

 雑誌の打ち合わせをしながら待つこともう一時間、あわただしく商会のドアが開き、メインフロアから従業員の歓声が爆発したような音が聞こえ、俺とアリアナはすぐに第一会議室の席を立った。
ちょっとみづらいよ〜とのご指摘があったので記号を変えてみました!

―――――――――――――――――――――――――
◯離反確実
(✖)『ウォーカー商会』
(✖)『サナガーラ』
  (30%の商品が損失)

◯離反あやふや重要大型店
(◎)『ヒーホーぬいもの専門店』
(◎)『バグロック縫製』
(−)『グレン・マイスター』

◯サウザンド家によって離反の可能性
 中型縫製・十店舗
(−)『シャーリー縫製』
(◎)『六芒星縫製』
(◎)『エブリデイホリデイ』
(✖)『ビッグダンディ』
(◎)『愛妻縫製』
(−)『シューベーン』
(−)『靴下工房』
(✖)『アイズワイズ』
(◎)『テラパラダイス』
(◎)『魔物び〜とる』

◯サークレット家によって離反の可能性
 その他・七店舗
(−)『ビビアンプライス(鞄)』
(◎)『天使の息吹ジュエリー
(−)『ソネェット(ジュエリー)
(−)『KITSUNENE(帽子)』
(◎)『麦ワラ編み物(帽子)』
(◎)『レッグノーズ(靴)』
(−)『オフトジェリコ(靴)』

 契約継続→(◎) 離反→(✖) 未確定→(−)
―――――――――――――――――――――――――
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