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エリィ・ゴールデン ~ブスでデブでもイケメンエリート~ 作者:四葉夕卜/よだ

第四章 グレイフナーに舞い降りし女神

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第11話 オシャレ戦争・その5

    ◯


 会議室に集合した営業選抜メンバー十名と、俺、アリアナ、エイミー、パンジー、クラリス、そしておっさんの顔にウサ耳がついているウサックスは、あらかじめ用意してあった席へついた。
 円形の木製テーブルには資料が置かれ、試作品である布生地が五枚並べてある。その横には魔石炭を加工したこぶし大の金色の新素材と、同じく金色の繊維が一巻き置いてあった。

 国王に営業をかけたとき同様、今回のプレゼンもこの新素材を中心とした展開にする。王宮での実演は時間が限られていたため簡易的なものだったが、各店舗に見せるものは本格的な実演にするつもりだ。

「まず、私からお話をばさせていただきます」

 ウサックスがごほん、と喉を鳴らして立ち上がった。

「新素材はシンプルな名前を、というアメリア奥様の強い要望で『ゴールデン鉱石』と名付けられました。それを改良し、繊維状にしたものを『ゴールディッシュ・ヘア』と呼ぶこととします。これはゴールデン家の美しい髪の色からなぞらえておりますぞ。命名に問題はございますかな?」
「分かりやすくていいと思うわ」
「ありがたきお言葉でございますな! こちらの素材でございますが縫製が非常に難しく、繊維の完成度もまだまだ低いです。しかし、いずれは魔法の付与も可能になると思われる力を秘めておりますぞ。お嬢様、こちらの布をお取り下さい」

 そう言ってウサックスがハンカチサイズの水色の布を渡してくる。受け取ると、しっとりした手触りが伝わってきた。

「そちらに魔力を込めてくだされ」
「オッケー」

 右手に乗せた布に軽く魔力を流すと、水色の布がさわさわと揺れた。
 これはあれだ。布から風が出てるな。間違いない。

「お気づきになられましたかな? その一枚だけ風魔法下級“ウインド”の付与に成功致しました! 原理の解析をコバシガワ商会、ミラーズ、ゴールデン家共同で進行中ですぞ!」
「こ……これはすごいわね!」

 ただの布に魔法が付与できるとするなら、有用性が半端じゃない。便利過ぎる。
 光魔法が付与できれば魔力を通すだけで下級“ライト”が使えるし、“治癒ヒール”を付与すれば魔法を習得していない人でも治癒魔法が行使できる。今現在、グレイフナー王国で魔力付与がされた魔道具は値段がめちゃめちゃ高い。治癒魔法付与の魔道具などは一部の貴族しか持っておらず、“治癒ヒール”が使える物は一つ三億五千万ロンだ。
 三億五千万円だよ? たけえよ。誰が買うんだよ。

 しかも、魔法付与がされた魔道具は魔力結晶と魔法陣を連動させるため仕掛けが大きくなり、面積や体積が大きい物に採用されている場合が多い。

 それがこのゴールディッシュ・ヘアはどうだ。
 安い、軽い、防御力が高いの三点セット。
 さらに魔力付与できたら……絶対に売れるな。これはプレゼンの奥の手として用意しておこう。有用すぎるため、見せすぎるのもよくない。

 開発に成功した場合は現行で販売されている魔道具への価格破壊が起こるため、倒産する店も出てくるだろう。技術進歩により商品が淘汰されるのは世の常だが、それによって職を失う人間がどういう手段に出るか分からない。ましてやここは異世界で、魔法なんて物騒なものが横行する世界観だ。殺傷沙汰になる可能性がある。エリィが危険になるリスクはなるべく回避したいところだ。

「私はこれを重要店舗の『ヒーホーぬいもの専門店』『バグロック縫製』『グレン・マイスター』、三店舗のプレゼン資料として提示することを考えております。いかがですかな?」

 ウサックスが片眉を上げ、したり顔で尋ねてくる。
 重要な店舗には本気の交渉が必要だ。扱う商品も、『ヒーホーぬいもの専門店』が縫製、『バグロック縫製』が縫製、『グレン・マイスター』が布、と魔道具と被らないため、試作品の強盗や、危機感を抱いて自爆テロのような物騒な行動は起きないと予想できる。むしろ、この三店舗に魔力付与されたゴールディッシュ・ヘア製品を見せない手はない。

「そうね……そうしましょう」

 いい判断だと思い、ウサックスへうなずいてみせた。

「では、重要店舗三つを担当する私はこの布を中心にしたプレゼンを展開するわ。ミサが懇意にしている布屋『グレン・マイスター』は彼女が中心になってプレゼンをすればいいわね。他の営業組は『ゴールディッシュ・ヘア』の魔法強度を中心としたプレゼン内容にしましょう」
「御意ですぞ!」
「あまり時間がないわよ。サウザンド家の動きが思ったより早いわ。ある程度流れをまとめて練習したら、順次、営業に出てもらうからね」
「交渉下手な店と、ゴールデン家との繋がりがある五店舗をピックアップしております。練習後、営業部隊を昼前に出発させるのがよろしいかと」

 今度はクラリスが一礼し、こちらへ手帳を開く。おお、どれどれ。
『エブリデイホリデイ』『愛妻縫製』『テラパラダイス』『魔物び〜とる』『麦ワラ編み物』の五店舗か。
 集めた営業部隊は十名なので、二人一組でちょうど五店舗を担当できる。さすがクラリスだな。

「分かったわ。その作戦でいきましょう」
「かしこまりました」
「みんなもいいわね!」
『はいっ!!!』

 選抜された営業部隊の十名が元気よく返事を返す。

「この数週間でコバシガワ商会の行く末が決まるわよ。気合入れなさい!」

 両手を腰に当て、前かがみになって営業部隊を睨みつける。
 彼らは頬を赤く染めたりどきまぎしたりといいリアクションを見せたあと、「はい!」「応ッ!」「よっしゃ!」「えいえいおー!」など各自で好き勝手に気合いを入れた。

 まあね、可愛いエリィが軽く睨んだってご褒美にしかならないんだよな。それも計算に入れての行動だ。最近、ようやく自分の見た目と、相手からの評価がどれほどなのか分かってきた気がする。
 しかし前かがみになると胸が重いな。巨乳つれぇ〜。

 要点のみを押さえたプレゼンと営業トークをあっという間に作り、十名が次々に覚えていく。俺とクラリスで指導をし、ウサックスが洋服の数字やアイテムに関して間違いがないか監修し、アリアナ、エイミー、パンジーが見守っている。

 時間はあっという間に過ぎ、営業部隊が気合いを入れて商会から出て行った。別のメンバーがエールを送るところが、グレイフナーっぽくてテンションが高く、見ていて飽きない。


      ◯


 うーん。どう頑張っても重要店舗用のプレゼン準備は今日一日で終わらないな。あまり根を詰めるのも良くない。
 気持ちを切り替えるため、ここはしっかり昼休憩を取っておくか。

 営業部隊を見送り、一番街まで歩いて首都グレイフナーのオシャレなカフェ『イタレリア』で昼食を食べることにした。この店は雑誌の撮影でも使われていることから、女性と若者に絶大な人気を誇っている。

 俺とアリアナ、エイミー、パンジー、クラリスは列に並んで順番待ちをしていた。ここのランチがうまい、という情報をコバシガワ商会の新入社員から聞いたのだ。美食大魔王の俺としては、うまいと言われて試さずにはいられない。

「なんかこういうの、いいね…」

 薄手の白いロングスカートに、白黒ギンガムチェックのシャツ。手に可愛らしい茶色のハンドバッグを持ったアリアナが、口角をちょっぴり上げるいつも通りの微笑みを見せた。アリアナはシンプルな色合いのコーディネートでも、狐耳と狐尻尾のおかげで全体の色のバランスが良くなる。あー可愛いなちくしょう。
 ちなみにアリアナが持っているハンドバッグにはおにぎりしか入っていない。

「私も思ってたの〜!」

 爽やかなブルーのワンピース姿のエイミーが、アリアナを後ろからハグして彼女の顔を覗き込む。

「こうやってみんなで並ぶのって初めて?」
「うん…」

 アリアナがちらりとエイミーを見て顔を伏せた。どうやら恥ずかしいらしい。
 身長が二十センチほど高いエイミーがアリアナをハグしているので、アリアナの頭がエイミーの胸に埋まっている。

「姉様、顔が近くてアリアナが恥ずかしがってるわよ」
「えーいいじゃない。そんなことないよね?」
「ちょっと恥ずかしい…」
「あわわわ……総合デザイナーのエリィさんと、モデルのエイミーさんと昼食にこれるなんて夢みたいです! しかも『Eimy特別創刊号』に載っていたカフェイタレリアなんてっ!」

 パンジーが興奮でふんふんと鼻息を荒くしている。長い前髪から、遠慮がちに俺達を見つめてくる。だいぶ打ち解けてきたよな。会ったときはもっと固かったぞ。

「わたくしはお嬢様方を並ばせるなど……」

 クラリスが一番後ろから不服そうに声をかけてくる。

「まあまあクラリス。これも食事の醍醐味よ。待ったほうが美味しく感じるでしょう?」
「エリィお嬢様がそう仰るなら、よろしいのですが」

 クラリスは隙のないメイド姿で姿勢を正し、了解の意味を込めた一礼をした。

「順番まだかなっ」
「あと四組ぐらいね」
「エリィは何のパスタにする?」
「トマトマ味かな」
「トマトマかぁ〜。じゃあ私もそうしよっかな」

 エイミーが嬉しそうにアリアナを抱きしめながら言う。
 このやり取り、めっちゃ女子っぽいな。

 昼食時ということもあり、休憩中らしい人々が食事処を求めてさまよっている。
 グレイフナー通りは馬車がひっきりなしに行き交い、警邏隊が笛を吹いて交通整理をしていた。丁稚らしき小僧がその脇を走りぬけたり、移動販売をしている弁当屋が歌いながら手押し車を押して練り歩いたり、どこかの店の若い男女が簡単に食べれるクレープのようなものを店頭で売り出したり、空席の呼びこみをする店があったりと、かなり騒がしい。

 その中で行列ができる『イタレリア』はひと目につきやすく、時間がある者は最後尾へ並ぶ。
 オープンテラスで食事をする見目麗しい女子達も、この店の宣伝に一役買っていた。客は皆オシャレで、華やかだ。しかもほとんどがミラーズの服を着ており、その社会現象っぷりがはっきり見て取れる。防御力ゼロの服が浸透しているな。いいねぇ。


      ◯


 エイミーがファンに囲まれてひと騒ぎあったものの、無事に席に付き、ランチを食べた。メニューはシンプルなスープとパスタで、味が濃厚で麺に独特の歯ごたえがあり、美味かった。オープンテラスからは外の風景が見え、店員の愛想も良く、木製の床がぴかぴかに磨かれている。何とも居心地のいい店だ。

 クラリスが頑なに同席しようとしなかったことだけが残念だった。「メイド魂、天を突き、地をかける」という謎のフレーズを言ったきり、彼女は俺の後ろでじっと待機した。

 紅茶を飲みながら和やかにプレゼン内容について話し合っていると、入り口付近が騒がしくなり、走り回っていたらしい汗だくの執事服の男が俺達のテーブルまでやってきた。

「お客様、こちらのお嬢様方とご同席でございますか?」

 イタレリアの男性店員が執事の男に向かって問いかける。
 エイミーがちょっとした有名人なので、気を使ってくれているようだ。席も観葉植物で他から見えづらくなっている場所だ。

「いえ、私はこちらのお嬢様の執事でございます」

 男はそう店員へ伝えると、パンジーに向かって深々と一礼した。
 店員は俺達が否定しないので問題ないと思い、優雅な動作で持ち場へ戻っていった。

「パンジーお嬢様、ようやく見つけました……。ご家族の皆さまが心配されております、お家へ帰りましょう」
「ジャック、どうしたのこんなところで」

 パンジーは家の人間が迎えに来るだろうと予想していたのか、大して驚きもせずに紅茶を飲んでいる。

「どうしたのではございません! お嬢様が書いた家出をするという置き手紙のせいで、お家は大騒動になっております! ベッドにおやすみになった痕跡がなかったことから昨晩お嬢様がいなくなったことに気づいて、心臓が止まりそうになりました!」
「ジャック、そんなに大きな声を出さないで。まずは汗を拭かないと」

 パンジーはポケットからハンカチを取り出して、ジャックの額を拭いた。
 彼女の余裕のある行動にジャックは気が抜けたのか、一瞬だけがくっと肩を落とし、すぐさま執事の顔に戻った。

 彼はグレンフィディックの部屋にいた執事だ。あのじいさんと同い年かそれに近い年齢らしく、オールバックにした茶髪にはいくぶんか白髪が混じっている。頬骨が張った冷静そうな顔をしており、目尻には皺が刻まれ、情に厚そうな雰囲気を発していた。

「お嬢様……まさか家出をするとは……」
「家に戻るつもりはありません。おじい様にそう言っておいてね」
「やはり、エリィお嬢様にお味方しないことが原因ですか?」

 ジャックは悲しげな表情で疑問を漏らした。
 彼には、パンジーがそんな大胆な行動をするとは思えなかったのではないだろうか。見たところ彼女は引っ込み思案な部分があるし、あまり人付き合いも得意ではなさそうだ。

「私の大好きな服を作っているお店の方に協力をせず、お家の事情があるならまだしもそれもなく、しかも、その方の気持ちも考えずに養子にしようとしている。これで怒らない孫がいるの?」
「……旦那様にもお考えがあるのです」
「ジャック。あなたは事情を知って、それでもおじい様を止めなかった。どうしてなの?」
「事情? 事情とは……」

 そこまで言い、ジャックは俺達ゴールデン姉妹の顔を見てハッとした表情になった。

「エリィさんとエイミーさんは、私の従姉妹なのでしょう?」
「………仰るとおりでございます」
「私にはおじい様の考えていることが分からない。あんなに優しいおじい様が昔にアメリアさんのお母様を捨てて、アメリアさんに一度も会わずにいるなんて……信じたくないよ」
「お嬢様……そこまでご存知なのですね」
「昨日の夜聞いたの。それで私は、おじい様が直接エリィさんと私に謝りに来るまでは家に帰らないと決めたの。だから帰らない。もうこのままゴールデン家の養子になってもいいかもね」
「お、お嬢様っ!」
「ジャックとおじい様の絆は分かっているつもり。でも、今回ばかりはなぜジャックがおじい様に協力するのか分からない。おじい様は……何を考えているの? ねえ、教えてよ」
「…………パンジーお嬢様」

 ジャックは苦しげに頬を上げ、口をへの字に曲げた。葛藤しているときの彼の癖なのかもしれない。六十手前の男が苦悶の表情をする姿は、見ていて痛々しい気分になる。

「私は……旦那様が若い頃どのようにして、かの女性と恋をしたのか近くで見ておりました。おそらく、あの方はエリィお嬢様の美しい姿を見て昔を思い出し、自責の念にかられたのでしょう。それが素直になれない気持ちと相まって、今回のような行動に出てしまったのではないかと……」

 ジャックの言葉にパンジーをはじめ、俺、アリアナ、エイミー、クラリスは微妙な表情を作った。素直になれないって、じいさん思春期の中学生かよ。

「ジャック。私が言うことじゃないけどね、アメリア様は深く傷ついたの。おじい様がいつかお家に来てくれると信じていたのに、来なかったのよ。おじい様にはサウザンド家の当主としての責任はあっただろうけど、一人の女性を傷つけたことは事実なの。どんな言い訳をしても、その過去は消えないんだからね」
「……返す言葉もございません」
「おじい様に伝えてちょうだい。直接謝りに来るまでは帰らないって」

 パンジーの決意は固いのか、椅子に座ったまま、立っているジャックを見上げて強い視線を送った。サウザンド家特有の灰色の瞳がジャックを貫く。パンジーのものとは思えない眼力だ。

 ジャックはパンジーの決意が分かったのか、命令を徹底する冷徹な執事の顔に豹変した。

「お嬢様をこのままにしておくわけには参りません。帰りましょう」

 そして、パンジーの腕に手を伸ばした。ジャックの腕には軽い身体強化が施されている。

「やめ……」

 強引な手段に出ると思っていなかったパンジーは、抗えないと思ったのか身を硬くした。

 すぐさま俺はジャックの腕を掴んだ。
 エリィの美しい指が、防御力の高そうなごわごわした執事服に食い込んだ。

 気付けばアリアナが指先をジャックへ向けていつでも重力魔法を唱えられる状態にしており、エイミーが頬を膨らませて杖を向けている。クラリスはどこから出したのか、青龍刀に似た剣を大上段に振りかぶって顔面を引き攣らせていた。うん、こええよ。

 腕を取ったことに驚き、俺とジャックの視線が交わった。

「おやめなさい。可愛い女性を無理矢理連れて行くなんて紳士の風上にも置けないわ。少しは男らしく口説いたらどうなの?」

 俺の言葉にジャックはさらに身体強化をかけるが、それよりも一段階上の強化を俺が右手にかける。
 ジャックは“下の上”。こちらは“上の下”の身体強化だ。

 全力の魔力循環をさせて勝てないと悟ったのか、ジャックが眉を寄せて俺を見つめた。

「エリィ……お嬢様」

 あまりの困惑にジャックは右腕を突き出したまま、冷や汗を流す。
 おしおきの意味を込めて、軽く“電打エレキトリック”でジャックの腕へ電流を流した。

「アグゥッ!」

 バチッ、という音とともにジャックがたまらず腕を引っ込めた。
 未知の痛みに目を白黒させる。

 その姿を見て、アリアナ、エイミー、クラリスが臨戦態勢を解いた。クラリスの青龍刀は……背中に入れてたのね。全然気づかなかったよ。パンジーは何が起きたのか分からないのか、下唇を付き出して眉をひそめ、きょろきょろと成り行きを見ている。

 驚きと困惑を隠せないジャックを見つめ、エリィの可愛らしい声で高らかに宣言する。

「グレンフィディック・サウザンドに伝えなさい。謝罪にくるならあなたの言い訳を聞いてあげるわ。誠心誠意謝って、その想いが私たち四姉妹とパンジーに伝わったなら、お母様にその言葉を伝えてあげなくもないわよ。もちろん、お母様は許さないと思うけど」
「……」
「あと、私達は負けないわ。必ずいい服を作って新しい雑誌を刊行するからね。女の子のオシャレに対するパワーを甘く見ないことよ!」
「っ………か、かしこまりました」

 ジャックは電流の通った右手を何度か握り、驚いた表情のままゆっくりと一礼した。

「上司が道を踏み外しそうになったら、それを止めるのは部下の役目よ。逆も同じ。どんな人間でも間違いはあるんだから」
「……仰るとおりでございます」
「あなたも損な役回りを引き受けざるを得なくて、気の毒ね」

 孫ほど歳の離れた美しいエリィに説教され思う所があったのか、ジャックは返事の代わりに深々と一礼した。

 顔を上げると、最初に出会ったときにサウザンド邸宅で見た、主人思いの執事の表情に戻っていた。

「お食事中、大変失礼致しました。それではこれで」

 それだけ言って、ジャックは踵を返し、店員に簡単な謝罪とチップの銀貨を渡して店から出て行った。

 俺達はジャックの背中を目で追い、その姿が見えなくなると、ぬるくなった紅茶を啜った。
 パンジーは寂しげな顔で執事の名前をつぶやいた。

 あとは彼が心動かされ、こちらに有利な動きをしてくれることを祈るのみだ。

 それにしてもさ、グレンフィディックのじいさんが執事を困らせるほど、“何か”をこじらせていることに軽いため息が漏れる。六大貴族の当主なら当主らしい行動をしてくれよ、と内心で毒づいても、エリィマザーの過去は消えない。

 消えないならどうするか。
 答えは一つ。
 最善である未来を目指すことだ。

 自分に関わる全員がハッピーな未来を想像し、それが気に入ったら、実現するように行動するのみ。今日の自分は良かったか悪かったか。明日の自分はどうなのか。一ヶ月後は、一年後は、想像して、目標を設定し、できることからやっていく。

 スタンスは人それぞれ、自分の特性に合ったやり方がいい。
 自分はとにかく前向きに、事案の対策を模索していくことが得意だ。多少のマイナスなら、どうにかすれば挽回できる。できないと思っていたら、何をやってもできないのは当たり前のことだ。

「エリィがやる気になってる…」

 アリアナが店員に紅茶のおかわりを頼んで、楽しげに言った。

「さすがアリアナ、よく分かったわね! さらなるやる気が漲ってきたわ!」
「エリィさんのやる気ポイントがどこなのか分かりません! 尊敬しますっ!」
「パンジー決めたわ! あなたモデルになりなさい! 次の雑誌の小物コーナーの支配人役よ! いいわね!」
「え……………ふえええええええええええっ?!」

 パンジーがどこからそんな声出した、とツッコミたくなる変な叫びを上げた。

「どこをどうすればそういうお話になるのぉ?!」
「あれをああすればそういうお話になるのよ!」
「無理です無理です! モデルなんて無理です〜!」

 首が取れんばかりにパンジーがぶんぶんと否定する。

「私はいいと思うなぁ」

 エイミーが嬉しそうに微笑んだ。

「私も…」

 アリアナが隣にいるパンジーの手を握る。

「エリィお嬢様のご指名です。断るなど笑止千万」

 クラリスは肯定の方向性が違う。

「皆さんまでそんなぁ!」
「可愛いパンジーの姿を見せつけて、サウザンド家の度肝を抜いてやりましょう!」
「ちょっと考えさせてくださいっ」
「ええもちろん。とりあえずみんなと一緒に、試しに撮影してみましょうよ。ねっ」
「結局それって撮影するんだよね!?」
「そうよ。よく気づいたわね」
「気付くよぉ!」
「いいじゃない、ね? ちょっとだけ! 一枚だけ!」

 秘技、一枚だけ作戦。

「ええ〜っ。い、一枚だけ? 本当に一枚だけ?」
「ええ、本当よ」

 満面の笑みでパンジーにうなずく。
 とりあえず一日、一枚だけ撮影する。あとは翌日から許可をもらって二枚、三枚と増やしていけばいい。一枚だけってのは嘘じゃない。嘘は言ってないぞ。

「う、うーん……。それなら、ちょっと、やってみようかな」
「まあ本当に?! 嬉しいわ!」

 大げさな身振りで礼をいい、パンジーの手を取って上下に振った。
 ここで逃してはならない。相手からイエスが出たならすぐに捕獲するのは営業マンの常識だ。

 パンジーが前髪を切ってちゃんとした髪型にすればかなり可愛くなると思う。サウザンド家のネームバリューもあるし、モデルとして人気が出るとみた。あとは彼女のやる気次第だ。ふふっ、うまくやる気にさせるのもこちらの役目だ。抜かりはない。

「がんばろうねっ!」
「お、お、恐れ多いですぅっ」

 エイミーの言葉にパンジーは恐縮して肩をすぼめる。

「私も初心者だから…」
「アリアナさんも?! うわぁ! それはすごくいいと思うなぁ! 私、次の雑誌も三冊買いますよっ」
「三冊も買ったらお金もったいないよ…」
「確かにそうだ……これからはおじい様に頼らず生きていかないと」
「それならモデルでバイト料が出るよ…」
「ええっ。本当ですか?!」

 おお、アリアナのおかげでパンジーがやる気になってる。これは楽ちんだ。
 あと完全にサウザンドのじいさんの地位がパンジーの中で最低レベルになってるな。

「もちろんタダなんて言わないわよ! モデルは才能がないとできない職業だからね。今後、雑誌が増えればモデル業も盛んになると思うわ。それこそエイミー姉様はモデル業だけで手一杯になるかもしれないわね」
「あ、そうなんだ。それいいかも〜」

 エイミーが俺の言葉を聞いて目を輝かせた。

「どうパンジー。気になってきたでしょう?」
「は、はいっ! 私なんかにできるか分からないけど……!」

 パンジーは不安そうにしつつも、元気よくうなずいてみせた。


     ◯


 昼食後はコバシガワ商会へ戻り、プレゼンの完成を目指す。
 休憩したおかげで集中でき、テーブルに資料を広げてストーリーの構成を組んでいく。ある程度、納得のいく骨組みができると、すでに夕日は沈んでおり、六時を過ぎていた。

 何度か模擬プレゼンをしてクラリスの指摘を盛り込み、流れの悪いところをカットして足りない資料を追加し、完成度を上げていく。

 七時になったところでエイミーが時計を気にし始めたので夕食の時間だと気付き、作業を切り上げることにした。ゴールデン家は夕食を全員でするのがしきたりだ。
 第一会議室から出ると、コバシガワ商会の従業員達はまだまだパワフルに活動をしている。

 ウサックスが、俺達が部屋から出てきたことに気づくと、ウサ耳をひょこひょこ動かしながら走ってきた。

「お嬢様! 『エブリデイホリデイ』『愛妻縫製』『魔物び〜とる』『麦ワラ編み物』の四店舗の再契約に成功しましたぞ! 『テラパラダイス』は交渉中ということですが、押せ押せでやっておりますので陥落は近いと。クラリス殿の読み通りですな!」
「まあ! それはすごいわね!」

 うおおっ!
 一気に四店舗の取り込みはでかい。
 幸先のいいスタートだ。

「サウザンド家の動向はどうかしら?」
「ええ。きゃつらはミラーズに関わりのありそうな店との取引を、片っ端から断っているようですな」
「やっぱりね」
「大手『サナガーラ』もあっけなくサウザンド家になびきましたぞ。『ヒーホーぬいもの専門店』と『バグロック縫製』にもサウザンド家の使用人が出入りしたと、諜報部から連絡がございました。プレゼン準備の進捗具合はいかがですかな? 早期に決着をつけないとまずいことになりますぞ」
「もう少し時間をちょうだい。時間稼ぎのために、その二店舗に行ってアポイントを取ってほしいのよ」
「かしこまりました。ミサさんが直接行くのが最善かと思いますので、その旨を伝えておきます。会合の予定日はいつにされますかな?」
「準備を考えると三日後が理想ね。『ヒーホーぬいもの専門店』が午前中、『バグロック縫製』が午後三時頃、という流れがいいわ」
「なるほど……ではそのように打診致します」
「向こうには総合デザイナーが行くと伝えてちょうだいね。どんな人物なのか、興味があるでしょう?」
「ですな。ジョー殿の他にデザイナーがいる、というのは取引先では有名な話です。ミサさんが、心美しき少女です、と説明しても誰も信じておりませなんだ。どんな人物なのか憶測が飛び交っております」

 ミサはデブだった俺をそうやって取引先に紹介していたのか。
 デブでも美人でも、エリィの心はずっと綺麗だからな。

「それはいいわね。ちょっと過激な服で挑発しようかしら」
「お嬢様、それはどうかと思います」

 クラリスがとんでもないという表情を作り、スリングショットから発射されたパチンコ玉みたいな勢いで顔を寄せてきた。

「近いっ。顔が近いわクラリス」
「変な虫がお嬢様についたら駆除が大変でございます」
「駆除って」
「先日ご自宅で着られていたミニスカートも、あまりに刺激が強すぎます。わたくしですら頭がくらくらいたしました。あれを着て街中を歩いたら、男どもが鼻血を吹き出して白魔法師協会が貧血患者で溢れてしまいます」

 それ、オアシス・ジェラでやってるんだよな……。
 治療院が血まみれの大惨事になったのは記憶に新しい。

「冗談よ。当日はそれに見合った服でいくわ」
「それならいいのです。安心いたしました」

 ミニスカートが流行るまでの道のりは長く険しい。

「では、今日のところはこれでよろしいですかな?」
「そうね。みんなもキリのいいところで切り上げてちょうだい」
「かしこまりましたぞ!」

 ウサックスが一度飛び跳ねて了承の意を表明すると、デスクへと小走りに戻っていった。


    ◯


 三日後、プレゼン準備を万端にした俺達は『ヒーホーぬいもの専門店』の門前で佇んでいた。

 あれから『テラパラダイス』との再契約に営業部隊が成功し、さらに『六芒星縫製』『天使の息吹 (ジュエリー)』との再契約も交わした。

 だがサウザンド家の動きも素早く『アイズワイズ』『ビッグダンディ』の二店舗がミラーズとの離別を表明し、納品を四月中行わない意思表示をしてきた。ミラーズと店側の契約書は、納期が明記されておらず、期限が遅れたところで契約違反にはならない。
 信用と信頼で成り立っているグレイフナー流の痛いところが露呈した瞬間だ。

 過ぎたことを言っていても仕方がない。
 契約の穴を突くのは常套手段だ。
 向こうが悪いのではなく、ミラーズの詰めが甘かったと己を律し、次への糧にしよう。うん、この思考こそ小橋川流だな。
 ま、一番悪いのはサウザンドのじじいだけどな。一発殴らせろ。

 『ヒーホーぬいもの専門店』に集合したメンバーは、俺、アリアナ、エイミー、クラリスの四名。
 クラリス以外はミラーズの最新商品で身を包んでいる。

 ミサとジョー、パンジー、ウサックスの四名はグレイフナーでも老舗の布屋『グレン・マイスター』に向かった。今頃、みっちり練習したプレゼンテーションをミサが繰り広げているだろう。
 立会人として、ゴールデン家当主であるハワードが同席しているので、威圧感と重厚感はしっかり演出できているはずだ。おまけにサウザンド家のパンジーもいるため説得力は増す。

「お嬢様、お時間でございます」
「ありがとうクラリス。では、行きましょう」

 そう言って『ヒーホーぬいもの専門店』に足を踏み出そうとすると、後ろから声を掛けられた。その声が聞き慣れた声であるとともに、この場にいるはずのない人物の声色だったため、全員が足を止めて振り返った。

「お待ちなさい。私も同席します」

 エリィマザーこと母アメリアが、異形の仮面を付けてこちらを見ていた。

「お、お……お母様っ?!」

 エイミーが驚いてお上品に口元に手を当てて驚く。

 その驚きは当然だ。
 エリィマザーは目だけが出る仮面を付けており、鳥の嘴を模しているのか鼻の辺りが前へ突き出ていた。口元には呼吸穴が付いているが、仮面が顔すべてを覆ってしまっているためマザーがどんな表情をしているのか伺えない。
 服装はえんじ色のマント、黒い膝下ブーツ、灰色のパンツ、黒シャツに黒革のチョッキ。さらに肩から斜めがけで革ベルトを装着し、ベルトに付けられた収納具に投げナイフが十本差してある。闘杖術に使えるがっしりした鋼鉄製の杖が腰のベルトで黒光りしていた。両手は黒い革手袋がはめられ、しきりに閉じたり開いたりしているので見る者の不安を煽る。

 はっきり言おう。まじでチビるわこれ。
 ガチで戦争する気だ。

「エリィ、そんな怖がらなくても大丈夫よ。この服装は爆炎と呼ばれていた頃の戦闘服よ」

 それ怖がらない理由になってないよ?!

「ここの店主とは顔見知りなのよ。私が後ろにいたほうが、交渉がスムーズにいくでしょう」
「お言葉ですけどお母様。相手が怖がったりしませんか? これは大事な交渉ですから下手に相手を刺激しないほうがいいと思うのですが……」
「そうねぇ……恐怖を感じるかどうかは……まあ、行けば分かるでしょう」

 ふっふっふ、と仮面の中でエリィマザーが不気味に笑った。
 いや怖いよ?! 絶対相手怖がるだろ!
 エリィ勝手に後ずさりしてるし!

 エイミーとクラリスは必死に笑顔を作ろうと顔の筋肉を痙攣させている。
「かっこいい…」とつぶやいて尻尾を振っているアリアナは感性が違う。

「大丈夫よエリィ。私がゴールデン家の不利益になるようなことをすると思うの?」
「いいえ、お母様」
「少しはお母さんにも手伝わせてちょうだい」

 エリィマザーは仮面からのぞく瞳をこちらに向ける。

 爆炎のアメリアと呼ばれていたエリィマザーのことだから、顔が広いのだろう。完全武装で交渉相手の店に行くのは疑問だが、領地経営で以前よりも収益を上げるデキる系の母が失策をするとは思えない。ここは全面的に信頼するのが吉か。

「分かりましたわ」

 そう言ってエリィマザーに向かってレディの礼を取った。

「ありがとう。突然押しかけてごめんなさいね。エリィ達だけで説得できると信じているけど、少しでも確率を上げたほうがいいと思ったのよ。ハイジに無理を言って仕事を終わらせてきたわ」
「まあ」
「あとはね、お母さんも格好をつけたかったの。この前は取り乱してしまったからね」

 そう言うと、エリィマザーは仮面越しにくすりと笑った。
 自分の気持ちをあけすけに伝えるところはエイミーそっくりだ。こういった正直で真っ直ぐなアメリアに、ハワードは惚れたんじゃないかな。

「では、参りましょう」

 エリィマザーが宣言すると場の空気が引き締まった。
 準備は万端。何も臆するものはない。

 俺達は視線を交わし、敵地へと足を踏み出した。
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◯離反確実
(☓)『ウォーカー商会』
(☓)『サナガーラ』
  (30%の商品が損失)

◯離反あやふや重要大型店
( )『ヒーホーぬいもの専門店』
( )『バグロック縫製』
( )『グレン・マイスター』

◯サウザンド家によって離反の可能性
 中型縫製・十店舗
( )『シャーリー縫製』
(☆)『六芒星縫製』
(☆)『エブリデイホリデイ』
(☓)『ビッグダンディ』
(☆)『愛妻縫製』
( )『シューベーン』
( )『靴下工房』
(☓)『アイズワイズ』
(☆)『テラパラダイス』
(☆)『魔物び〜とる』

◯サークレット家によって離反の可能性
 その他・七店舗
( )『ビビアンプライス(鞄)』
(☆)『天使の息吹 (ジュエリー)』
( )『ソネェット(ジュエリー)
( )『KITSUNENE(帽子)』
(☆)『麦ワラ編み物(帽子)』
(☆)『レッグノーズ(靴)』
( )『オフトジェリコ(靴)』

 離反→(☓) 契約継続→(☆)
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