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エリィ・ゴールデン ~ブスでデブでもイケメンエリート~ 作者:四葉夕卜/よだ

第四章 グレイフナーに舞い降りし女神

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第10話 オシャレ戦争・その4

「あ、あの、ごきげんよう。グレイハウンド・サウザンドの娘、パンジー・サウザンドでございます」

 エリィマザーの視線を浴び、あわてて立ち上がってレディの礼を取るパンジー。

「エリィさんと、本日お食事をさせていただきました。そこで私のおじい様……祖父のグレンフィディック・サウザンドがエリィさんを養子にすると言って。それで、あの、エリィさん達が帰ったあと、おじい様にミラーズへ協力するようお願いしたのですが全く聞く耳を持ってもらえず……」
「それで家を飛び出してきたのね?」

 俺がそう尋ねると、パンジーは破壊されたドアと抱きしめ合うゴールデン夫婦を見て目を白黒させながら、こくりとうなずいた。

「エリィさんごめんなさい……あのあと何度もお願いしたんだけど、おじい様の考えは変わらなかったの……」
「いいのよパンジー、ありがとう。それより家出なんてして大丈夫なの?」
「……だめ……かも。でも、しばらくおじい様の顔を見たくない」
「まあ、そんなに困った顔して。こっちに来なさい」

 俺がパンジーの手でも握ってやるかと思っていたら、それより先にエリィが勝手に動いて彼女を抱きしめた。エリィより少し背の低いパンジーは俺の肩に顔をうずめる。左手がパンジーの細い腰を優しく抱き、右手がゆったりとした動作でパンジーの後頭部を往復した。そのあと、後ろから来たアリアナがパンジーの背中を撫でた。

「あなた達、随分と仲がいいみたいね?」

 ハワードに助けられながら立ち上がり、エリィマザーが俺とパンジーを見てくる。

「そうなの」
「そう見えるならすごく嬉しいです」

 俺とパンジーが同時に言った。
 今の言葉「そうなの」は八割方エリィが言ったな。おそらく、エリィはパンジーのことを気に入っているのだろう。恥ずかしがりなところとか、意外と芯が強そうなところとか、この二人、結構似てるよな。

 母アメリアは困惑とも感心とも取れるため息をついて、少し肩をすくめてみせた。

「……いいでしょう。パンジー嬢、中にお入りなさい。ハイジ、玄関とダイニングルームのドアを修繕してちょうだい」
「かしこまりました」

 クラリスの娘ハイジが恭しく一礼すると、もうすでに準備を始めていたのか使用人が工具を持って集まってきた。

 アメリアは全員を談話室へ誘導し、眉毛をハの字にして流麗な所作で一礼すると、謝罪した。

「お集まりの皆さま。取り乱してしまい、申し訳ございません。わたくしのことは気にせず、どうかエリィにお力をお貸し下さい」

 彼女の悲しげで憂いを帯びた微笑は、見た者の心に何か特別な憐憫を感じさせた。あれほど人間が怒る姿はこの世界といえど、滅多に見るものではないようだ。ミラーズ、コバシガワ商会の面々は、気にしていない、という気持ちを言葉にしてはっきりとアメリアに伝える。

 その後、一気に場が慌ただしくなった。

 ミラーズとコバシガワ商会から目利きができるセンスのいい従業員を選抜して隣国のメソッドへ買い付けの先行をさせ、ウサックスと商会のメンバーは今後の対策を立てるべく商会へ戻った。
 説得対象の店と知り合いがいる従業員が急いで話をしにゴールデン家を飛び出し、ミサとジョーは『ウォーカー商会』『サナガーラ』の離反を引き延ばせないかの検討と、30%の入荷漏れへの対策と商材の方向性を決めるべく、一度ミラーズへ戻った。

 母の怒りについては気を使って誰も触れてこない。特殊な事情があると察したのだろう。あれだけの怒りを見せられ、従業員達は各々感じるところがあったのか、なにくそサウザンド家、という顔つきになっていた。

 クラリスの先導で大きなソファが置かれた談話室へと足を運んだ。メンバーは、父、母、ゴールデン家四姉妹、クラリス、バリー、ハイジ、ゴールデン家の主要な使用人、アリアナとパンジーだ。アリアナは遠慮していたが、もはや彼女とは一心同体だということを伝えたら、嬉しそうにしてついてきてくれた。どうやらパンジーにも関係した話のようで、アメリアが彼女の同席を求めた。

 俺達はソファに座り、使用人がドアの前に並んだ。どこからともなくクラリスとハイジがハーブティーを持ってきて、一息ついたところでアメリアが口を開いた。

「これから話すことは私の出生についてです。エドウィーナ、エリザベス、エイミー、エリィには、私の両親はすでに他界していると話しましたね?」

 なるべく感情を込めないようにしているのか、母が微笑をこちらに向けてくる。四人がけソファに一列に座った俺達はお互いに顔を見合わせて、うなずいた。
 エドウィーナは長女らしく落ち着いた表情、エリザベスはいくぶんか顔をこわばらせ、エイミーは真面目な顔で、そしてエリィは母アメリアに微笑を返す。

 娘達の反応に満足したのか、母は一度深く瞬きをした。

「私の母は、良くも悪くも、女でした。一人の男に恋をして、そしてその男に捨てられたにも関わらず、いつまでもその男のことを愛していました……」

 アメリアは悲しさが込み上げてくるのか、ごまかすようにハーブティーを左手に取って口元へ運ぶと、飲まずに香りだけ嗅いだ。ハワードが優しくアメリアの右手を自分の手で包み込むと、彼女は安心したのか、ゆっくりとカップをソーサーへ戻した。

「私の母親は、マースレイン出身のごく普通の農家の生まれです。名前は……あなたと同じ、エリザベス、と言います」

 母アメリアはエリザベスを見つめた。

「あなたが生まれたとき、私とお母様に似た目をしていたので、同じ名前にしました。随分悩んだのだけどね、ハワードがそうしなさいって言ってくれたんですよ」
「まあ……」

 エリザベスが驚いて母を見つめ、優しげな眼差しを向ける父ハワードへ顔を向けた。

「私は、お母様が大好きで、大嫌いでした。忘れようとも思ったけど、ハワードがそれは駄目だと諭してくれてね……だからあなたを見ると、いつも母を思い出していたのよ。もちろんあなたのことは大好きです、エリザベス」
「私もですわ、お母様」
「ありがとう。嬉しいわ」

 似た瞳を持つアメリアとエリザベスはお互いに微笑みを交わした。

「……私のお母様、つまりあなた達のお祖母様であるエリザベスは、私を産むと同時に、独り身になったわ。母は恋をしてはいけない人物と恋に落ちてしまったのよ。その男が……サウザンド。グレンフィディック・サウザンドよ」

 息を飲む音が談話室に響いた。

 全員、驚きで声が出ない。

 つまり、母アメリアの父親はグレンフィディック・サウザンドで、エリィの祖父にあたるってことだよな。

 ちょっと待てよ……じゃあパンジーとエリィは、従姉妹になるのか?
 おいおいまじかよ……。
 てかさ、サウザンドのじじいはそれを知っていてエリィを養子に取ろうとしているんだよな。どんな神経してるんだよ。意味分からんし、根性を疑うわ。ないな。まじでないぞあのじじい。

 パンジーの座るソファへ視線を滑らすと、彼女とばっちり目が合った。パンジーは信じられないという顔をし、隣に座っているアリアナは驚きで俺達を交互に見ながら狐耳をぴくぴくさせている。

 パンジーはエドウィーナ、エリザベス、エイミーとも視線が合い、どう反応していいか分からず、目を伏せて長い前髪で顔を隠した。

 ドア付近にいるクラリス、バリー、ハイジ、使用人達は驚きとともに、強烈な怒りをグレンフィディック・サウザンドに感じたのか、姿勢を正したまま無表情を取り繕って顔面をひくつかせている。

「私の父親は、グレンフィディック・サウザンドです。つまり、あなた達はあの男の血縁者、ということになるわね。ただこれは公表していない事実であり、サウザンド家としても認められないでしょう。それは、私が火魔法の適性者だからです」
「あっ……おじいさまの子どもだったら、必ず光魔法適性になるはず……」

 パンジーが理由を思い付いてつぶやいた。自分でもその発言をするつもりはなかったのか、すぐに彼女は顔を伏せた。

「そうよ。サウザンド家は男が女を孕ませた場合、その子どもは必ず光魔法適性になる特別な家系だわ。でも、私は適性を持たなかった。あの男は、農家の娘と子どもを作ったことを公表せず、認知する勇気もなく、母にお金だけを渡して、二度と母の前に姿を見せなかったわ」

 アメリアは眉を寄せ、つらそうに唇を噛んだ。

「お母様はあの男が来てくれると信じて、いつも身綺麗にしていたわ。戦場へ行った夫の帰りを待つみたいに……初めて恋をした生娘みたいに……いつもいつも、夜になると窓の外を見ていたの。私は毎晩聞いたのよ。お母様はどうして外を見ているの、って。そしたらお母様は笑ってこういうのよ。『いつかお父さんがアメリアに会いに来るのよ』って。私は、信じていた……ずっとあの男が来てくれることを信じていた……」

 アメリアが込み上げてくる悲しい思い出に耐え切れなくなると、瞳に溢れていた涙がはらりと崩れ、糸を引くように二筋の光が頬を伝った。落ちた涙は、彼女のスカートに吸い込まれ、鈍いしみを作った。

「私は小さい頃、自分の父親がどんな人なのか想像して楽しんでいたわ。でも時が経つにつれ、もう父親は自分に会いに来ないんじゃないかと疑うようになって……その不安をお母様に質問することでごまかしたわ。お母様は、私がいい子にしていれば、きっと父が会いに来てくれると何度も言ってくれた。でも、今になって思えば、あの言葉はお母様が自分自身に言い聞かせていたことだったのよ。私は毎晩窓の外を見るお母様を喜ばせるために、頑張って勉強をして、グレイフナー魔法学校の試験に合格したわ……」

 アメリアはポケットからハンカチを出して、涙を拭いた。

 グレイフナー魔法学校の入学試験は、筆記テストと複雑な魔法適性検査だ。魔法適性が低くとも筆記テストで上位に食い込めば入学ができる。グレイフナー王国は数多くの研究職を抱えているため、魔法の才能がある生徒の他に、勉強のできる生徒も確保したいんだろう。

 アメリアは懸命に勉学に励んだ幼少期を思い出したのか、涙が次から次へと溢れ出ていた。ハンカチで拭いても嗚咽が止まらず、しばらく談話室に母の泣き声が響いた。

 なんとか悲しみを押しとどめ、アメリアは再び声を発した。
 その声は震えていた。

「私が十二歳のとき……お母様は死んだの。入学式のすぐあとね……。お母様は、ずっと病気のことを私に隠していたのよ。私はそれに気づかなかった……そして、あの男が……白魔法師のあの男が来ていれば……お母様は死ななかった。死ななかった……」
「アメリア……」

 ハワードがアメリアの手を強く握り、彼女はそれを握り返す。

「お母様は死ぬ間際にこう言ったわ……あなたの父親はサウザンド家当主、グレンフィディック・サウザンドよ。ああ、最期に会いたかったな、って……。お母様は、最期まであの男のことを悪く言わなかったわ。……私は、許せなかった。たった一度でも会いに来てくれれば、どんなにお母様が喜んだか、あの男はちっとも理解していかなった。ああっ……今こうしているうちも、窓の外を眺めていたお母様の横顔ばかりが浮かぶのよ……」

 アメリアはそこまで言い、ハワードの肩に顔をうずめて声を上げて泣いた。何年も溜め込んでいた涙は止めどなく溢れてくるのか、泣き声が談話室に響く。
 ハワードは優しくアメリアの頭を撫でてやり、自身も涙を流していた。

 気づいたら、俺は隣にいるエイミーと手を取り合っていた。目の前がぼんやりすると思ったら、視界が水浸しになっていた。ハンカチを出して目元を拭うと、エイミーがおんおんと泣きじゃくっている。エドウィーナとエリザベスも目を真っ赤にして抱き合っていた。

 パンジーは洟をすすりながら泣き、アリアナに頭を撫でてもらっている。そのアリアナもぽろぽろと涙を流していた。

 ドア付近にいる使用人達はひどい有様だった。
 クラリスは顔面をしわくちゃにさせて「おぐざま……」と言いながら号泣し、バリーは立っていられないのか中腰になって顔中から水分をほとばしらせており、ハイジは美人の面影などなく、声を抑えつつうわんうわんと大口を開けて泣いている。

「私は……とてもじゃないけど、あの男を許すことなんてできない。エリィがあの男と会うことすら不快に思うわ。でもね……エリィとパンジー嬢を見て、少しだけ胸のつかえが取れたような気がしたのよ。あなた達が惹かれ合っている姿を見て、二人が従姉妹としてお付き合いをすることには、何も問題はない。血の繋がりは捨てられないと……」
「お母様……」
「パンジー嬢がゴールデン家にしばらくいたいなら、是非そうしてちょうだい。あなた達が仲良さそうにしている姿は、見ていて何だか心が温まるわ」

 母アメリアが寂しげな笑顔でパンジーに笑いかける。それを受けたパンジーはレディの仕草も忘れてごしごしと涙を袖で拭うと、しっかりと正面を見据えた。家に来てから、うつむきがちだったパンジーが、ゴールデン家に来て初めてしっかりと顔を上げた瞬間だった。

「私、おじい様が嫌いになりました……」

 やるせなさと申し訳なさをない混ぜにしてソファから立ち上がると、パンジーが深々と頭を下げた。

「アメリア様、祖父が……申し訳ございませんでした……。どんな理由があったとしても、自分の子どもに会いに行かず、深い悲しみを女性に与えた祖父が……孫として……サウザンド家の一族として恥ずかしいです……ご……ごめんなさい……」

 頭を下げながらパンジーがしゃくり上げ、桃髪が揺れると涙が談話室の絨毯へ吸い込まれていく。ひっくひっくと喉を鳴らすパンジーを見ていたら、またしても涙が込み上げてきた。

 でも五秒ぐらいしたら、孫に謝罪をさせるグレンフィディック・サウザンドのじじいの顔が浮かんできて、本気で“落雷サンダーボルト”したくなってきたよね。あのじいさん、どんな神経してんだよ。ただの無責任な最低男か、娘に会いに行けなかった究極のヘタレかのどっちかだな。パンジーのほうがよっぽど男らしいぞ。

 アメリアは頭を垂れるパンジーに駆け寄ると、絨毯に両膝をついて彼女の頬を手で優しく覆って持ち上げた。

「あなたが謝る必要はないわ。他人のために泣いて謝って……いい子ね」

 そう言って母アメリアが子どもをあやすようにパンジーを抱きしめ、肩を叩いた。

「もう泣くのはおよしなさい。可愛い目が真っ赤じゃない」
「わだじ……ごめんなざい……」
「まあ。仕方ない子ね……」
「ごめんなざい……悔しくって……悲しくって……涙が……止まりばぜん……」
「あらあら」

 アメリアはハンカチを出してパンジーの瞳に当て、洟水を綺麗に拭き取った。少し落ち着いたパンジーは恥ずかしそうにしながらも何とか涙を堪えた。

「もう泣かないでちょうだい」

 アメリアが談話室を見回す。

「全員よ。特にクラリスとバリー、私のためにそんな顔をしないでちょうだい。いいわね!」

 パンジーを抱いたまま、母アメリアが気丈に言い放った。
 使用人達はすぐさま背筋を伸ばし、顔面に涙を残したまま仕事モードへと切り替える。クラリスとバリーはハンカチで顔を拭い、キリリとした表情へ変えた。この辺はさすが長年使用人をやっているだけあるな、と思わせるが、すぐに「おぐざま……」「おぐざばぁ!」と言って泣き出したので、やっぱいつものクラリスとバリーだなと思った。


    ◯


 クラリスとハイジが淹れたハーブティーでお茶をし、バリーがさっぱりする柑橘系の果物を持ってきて、ようやく全員が落ち着いた。その後、全員談話室に残り、父ハワードがアメリアとの出逢いを語り、大いに場が盛り上がった。ハワードの話は面白く、ちょいちょいアメリアがツッコミを入れるため聞き手の笑いを誘う。

「母さんはな、俺が出逢った頃はそりゃあもう荒れていたんだ。人と目が合うと誰かれ構わず睨みつけて、誰も寄せ付けなかったんだぞ。怒ったパリオポテスみたいでみんな怖がっていたなぁ」
「ハワード、私はそこまでひどくなかったわよ」

 アメリアが睨むと、「お父様ったら!」と言いつつエドウィーナ、エリザベス、エイミーがころころと笑い、パンジーとアリアナが笑顔になり、エリィも口元を隠してお上品に笑う。今日のエリィはよく動くな。

「でもな、母さんは本当に美人だったよ。男達は誰も話しかけることができず、横目で母さんの顔を見てため息を漏らしていた。俺は友人と誰が声を掛けるかで勝負していたんだ。……もちろん、今も綺麗だよアメリア」
「またそうやって……」

 そう言ってハワードは悪気なく最愛の妻に笑いかけ、抱き寄せる。するとアメリアはすぐにご機嫌な顔になった。さすがアメリアを嫁にするだけあり、女性の扱いがうまい。あと四人子どもがいるのにこの熱々ぶりね。羨ましいが、わりとごちそうさまって気分だ。まあ、エリィの両親が幸せなのは嬉しいね。

 二人の出逢いは、四年に一度開催される“大モミジ狩り”という魔物狩りらしい。当時ひよっこだったハワードと、グレイフナー魔法学校を卒業してシールドに入団したアメリアは、偶然同じグループになって行動したそうだ。グループは、貴族、冒険者、シールド、近衛兵などの混合チームで、意見の食い違いで喧嘩になり、事の成り行きでハワードとアメリアが決闘することになって、ハワードはコテンパンにのされた、とのこと。うん……その光景が目に浮かぶな。

「ゴホッゴホッ……。すまない、少ししゃべりすぎたみたいだ。ということで、話はここまでとしておこうか。明日からミラーズ関係で皆忙しくなるだろう? ハイジ、パンジー嬢を浴室へ案内してくれ」

 ハワードは少しばかり苦しそうに胸をおさえ、呼吸を整える。
 アメリアが心配そうに背中をさすり、ハイジが笑顔で一礼してパンジーを風呂へ連れて行った。パンジーは家出なんて慣れないことをして疲れたらしく、後半はかなり眠そうだった。

 あ、そういや今日、十二元素拳の稽古をしてない。ポカじい、おそらく気を利かせてくれているんだろうな。あのじいさんは肝心なところで師匠っぽいことしてくれるから尊敬できる。スケベだけど。

「お父様、失礼します」

 俺は立ち上がり、白魔法中級“加護の光”を唱えた。
 美しい魔法陣が足下に広がり、エリィの身体とハワードの身体から輝く円柱の光が天井まで立ち上る。弾けるような光の粒子がハワードの中へと染みこんでいき、呼吸が安定した。

「エリィ……。実の娘に白魔法を唱えてもらうのがこんなに気持ちいいとはな」
「うふふ、よかったですわ」
「行っている白魔法師協会の“加護の光”よりも気持ちがいいよ。最近、身体の調子がいいんだ」
「娘の愛よ、お父様」

 俺としては「気持ちがこもっているからな」と言ったつもりが、出てきた言葉はこれだ。

「世界一幸せな父だな、私は」

 エリィの父ハワードは子どもの頃から肺が悪く、白魔法上級“万能の光”や木魔法上級の自己治癒力を高める魔法でも治っていない。今度ポカじいに空魔法上級“空診の名医師ラ・グランデ・シダクション”で診察してもらう予定だが、グレイフナー白魔法師協会は口を揃えて『白魔法超級でなければ完治できない先天的なもの』と診断を下しているため、診察結果にはあまり期待していない。

 何はともあれ、こうして白魔法中級“加護の光”を唱えることによって、体調を整えられる。そのためハワードは週一回、必ず白魔法師協会へと足を運んでいた。

 砂漠からグレイフナーに帰ってきてからは、俺が毎日白魔法をハワードに行使している。
 ハワードの病気を治すために白魔法を極めてみるのも悪くない。父親のためならエリィも頑張るだろうし、俺も気合いが入るってもんだ。問題なのは、仮に超級魔法を習得したとしても、確実に治癒できるわけではないってところだ。試したことがないから結果が分かるはずないよな。

 ポカじいですら使えない白魔法超級か。

 確かサウザンドのクソジジイが、過去にサウザンド家から使用者が二人出たとか言ってたな。あのじいさんに物を尋ねるのは癪だから、ポカじいに習得の方法と期間を聞いてみるか。パンジーに尋ねてみるのも悪くないかもな。
 ま、とりあえず優先順位としては高いが、長期的な計画の一つだ。普段通り訓練するのが近道なんだろうよ。


    ◯


 翌日、いつも通りの朝食風景にパンジーとアリアナが加わった。
 パンジーは本気でサウザンド家に帰らないつもりだ。
 アリアナはパンジーが心配なのでゴールデン家にお泊りしていった。弟妹はフランクが見てくれるから一日ぐらいは問題ないとのこと。

 朝食が済んでから、エドウィーナとエリザベスが出勤し、父もグレイフナー城へと向かった。
 エリィマザーはすっきりした表情で家族を送り出し、領地経営の書類を片付けるべくハイジと書斎へ向かう。残った俺とアリアナ、パンジー、エイミーの四人で首都グレイフナーの二番街にあるコバシガワ商会へ向かった。

 朝の活気の中、すれ違う人々の喧騒を横目に、レンガ造りの建物へ入った。

「速報! ウォーカー商会がエリィお嬢様の予想通り離反! サウザンド家の動きが早い模様!」
「やはり離反か!」
「レッグノーズとの再契約に成功しました!」
「おお! よくやった!」
「ウォーカー商会と提携している店舗の資料できました!」
「うむ! 一店舗でも多く切り崩す! 第二会議室へ持っていけ!」
「エリィちゃんハロー! 美容室へのインタビューと撮影行ってきます!」
「エリィ嬢、エイミー嬢、今日も妖精のように美しい! アリアナ嬢、いつにもまして可愛らしい! おお、こちらのお嬢様も甘い香りが匂い立つような桃色の素敵な髪だっ! エェェクセレン! またのちほど!」
「おい、バグロック縫製の経営記録どこにやった!」
「ウサックスさん、化粧品の売り込みと広告依頼が来てます!」
「クラリスさん! 広告料の設定が終わりましたので確認を!」
「下手くそ! お前それでもグレイフナー魔法学校卒業生か?! 俺か? 俺はワイルド家だろぅ?」
「アリアナさんのために……!」
「筆記職人が来ているので作業場使いますっ!」

 商会内は外より騒がしかった。
 午前九時だというのに全員エネルギッシュに立ち回っている。資料を運んだり、カメラを抱えたテンメイとコピーライターのボインちゃんが入れ違いで出て行ったり、初期メンバーで優秀な男が怒声を飛ばす。さらにはウサックスが執務机に山積みされた資料を恐ろしい速さで処理しつつ全員にスケジュールを伝え、いつの間にか出勤しているクラリスが細かい指示を従業員に出したりしている。

「エリィ、みんな頑張ってるね」
「そうね!」

 エイミーが楽しげな様子で話しかけてきたので、笑顔で答えた。

「皆さん、忙しそう」
「ん…」

 パンジーがこの状況に驚き、オアシス・ジェラでこういった状況に慣れているアリアナは特に表情を変えず長いまつげを瞬かせた。

「ああっ! エリィお嬢様!」

 俺がいることに気づいた新人らしき若い男が叫ぶと、皆が一斉に作業の手を止めて入り口付近に視線を投げ、背筋を伸ばした。

『お待ちしておりましたエリィお嬢様!』

 見事なまでにそろった唱和に背筋がくすぐったくなる。

「ハロー。私に気にせず作業を続けてちょうだい」

 茶化すつもりで軽く挨拶を返すと、やけに嬉しそうな顔で全員が作業に戻っていく。大げさすぎるほどにやる気をみなぎらせ、中には本当に叫んでいる輩もいた。ご近所迷惑じゃないか不安になる雄叫びだ。

 こんもりと資料と書類が山積みになったウサックスの執務机へ向かうと、ウサックスが不敵な笑みで顔を上げた。

「営業部隊メンバーは選抜しておりますぞ」
「まあ、さすがウサックスね。仕事が早いわ」
「お嬢様のためとあらば」
「プレゼンの資料は見たわね?」

 昨日、ミラーズで作っていたプレゼン資料はクラリス経由でウサックスに渡してある。彼はうなずき、ウサ耳を左右同時に曲げた。

「第一会議室に参りましょう!」
「オーケー。行くわよ!」
―――――――――――――――――――――――――
◯離反確実
(☓)『ウォーカー商会』
(☓)『サナガーラ』
  (30%の商品が損失)

◯離反あやふや重要大型店
( )『ヒーホーぬいもの専門店』
( )『バグロック縫製』
( )『グレン・マイスター』

◯サウザンド家によって離反の可能性
 中型縫製・十店舗
( )『シャーリー縫製』
( )『六芒星縫製』
( )『エブリデイホリデイ』
( )『ビッグダンディ』
( )『愛妻縫製』
( )『シューベーン』
( )『靴下工房』
( )『アイズワイズ』
( )『テラパラダイス』
( )『魔物び〜とる』

◯サークレット家によって離反の可能性
 その他・七店舗
( )『ビビアンプライス(鞄)』
( )『天使の息吹ジュエリー
( )『ソネェット(ジュエリー)
( )『KITSUNENE(帽子)』
( )『麦ワラ編み物(帽子)』
(☆)『レッグノーズ(靴)』
( )『オフトジェリコ(靴)』

 離反→(☓) 契約継続→(☆)
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読者様にまたまた挿絵をいただきました!
制服姿の完全体エリィちゃんです。
作者ページの活動報告にURLを張り付けておきましたので、よければ見てください〜♪
+注意+
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