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エリィ・ゴールデン ~ブスでデブでもイケメンエリート~ 作者:四葉夕卜/よだ

第四章 グレイフナーに舞い降りし女神

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第9話 オシャレ戦争・その3

 クラリスは恭しくサウザンド家のメイドに一礼し、邸宅から出て馬車に乗り込むなり、顔面のパーツ全部を般若みたいに釣り上げて絶叫した。

「あのクソジジイィィィぃぃぃッッ!!!!」

 家に帰るまで堪え切れなかったらしい。

「エリィおじょうすぁむぁを! 養子にぃぃ?! 愛するエリィおじょうすぁわまをおおおおおおっ、養子にするですってえええ!!? 偽りの神ワシャシールに舌ぁ引っこ抜かれて死んでおしまいッッ!!!」
「クラリース。どうどう、どうどう」
「お嬢様! なぜそんな冷静でいられるのです?!」
「なんだ?! どうしたっ!」

 バリーがたまらず御者席から馬車内へ首を突っ込んでくる。

「サウザンド家のじいさんがミラーズの援助をする条件として、エリィお嬢様を養子にしたいと言っているのよ」
「よう……し?」

 バリーは単語の意味が分からなかったのか強面の眉間にしわを寄せ、三秒後に“ようし”が“養子”だと理解したらしく、大きく息を飲んだかと思うと顔中を赤くし、怒りで奥歯を噛み締めた。

「養子だとおぉぉぉっ!? 舐めとんかサウザンドォッ!!」


———パァン!!!


 あまりの怒りにバリーは握っていた手綱を振り下ろした。
 急に鞭打たれた馬が驚いていななき、馬車が急発進する。俺とアリアナは、座席から落ちそうになってお互いを支えあった。クラリスは低い天井の馬車内で仁王立ちをし、どういう原理なのか微動だにしない。

「おい。サウザンドは本気なのか? なぜ養子などという戯れ言を?」

 馬車を御すため、いくぶん冷静になったバリーがクラリスにぶっきらぼうな言葉を投げる。まずは怒りより事情を把握だ、と自分に言い聞かせているらしい。

 今にも殴りこみに行きそうな顔をしているバリーに、クラリスはサウザンド邸宅で起きた一連の流れを簡単に説明し、俺達が置かれている状況と背景を話した。

「あの男の言い方、脅しよ。エリィお嬢様の美しさに抗えなかったのでしょうよ。ふんっ」
「お嬢様を脅すなど不届き千万。打ち首にしてくれるッ!」
「賛成っ!」

 ゴールデン家のメイドとコックの夫婦が即座に出した結論はこれだった。

「どうやってヤる?」
「相手は天下の六大貴族サウザンド家当主。私達のような木っ端な使用人が束になっても敵わないわ。ここは奥様にご相談するのが吉でしょう」
「おお、そうだな!」
「領地から腕に覚えのある若者を呼びましょう。……ふふふっ、メイドが本気出したらどうなるか見せてやろうじゃあないの。覚悟しなさいサウザンドォ!」
「討ち入りだ! 不肖バリー、お嬢様のために身命を賭す!」

 なぜ討ち入りする方向で話がまとまってるんだよ。
 それ一番やっちゃいかんことだからな。

「おだまりっ!」

 俺が一喝すると、エリィの可愛らしい声がビリビリと馬車の窓を揺らした。
 軽く黙ってもらうつもりが、自分でも思ったより声が出てびっくりしたわ。エリィは怒ると声色と言い方がエリィマザーに似るな。結構な迫力だ。

「イエスマム!」
「イエスマム!」

 クラリス、バリーはすぐに真顔で敬礼した。
 息ぴったりすぎだろ。
 あとバリーは前を見なさい。

 場の空気を戻すために一つ咳払いをして、話を進める。

「討ち入りはダメ。一騎打ちもダメ。とにかく冷静に対策を考えましょう。どんな事柄にも突破口は存在するわ。ひとまず、お母様とお父様に相談は必要ね。というより、ゴールデン家、ミラーズ、コバシガワ商会、全員に事の経緯を話す必要がありそうだわ」
「……お嬢様はどこまでも前向きでございますねぇ」
「私は起こったことをどうこう言うより、これからどうするかを考えるほうが得意なのよ。まあ、あのじいさんに怒りを感じないか、と質問されたら、もちろん答えはノーだけどね」
「じいさん嫌い…。パンジー可愛い…」

 アリアナが長い睫毛をぱちぱちと瞬かせる。

「出会って二日目の私を養子にしようとする理由が知りたいのよね。私は怒るよりも不可解でもやもやした気分になったわ。ちょっと変だと思わない?」
「そうだね…」
「その辺の調査をしながら、サウザンド家の後方支援がないやり方で『Eimy』の創刊を目指しましょう。まだ負けが決まったわけじゃないわよ」
「かしこまりました。サウザンドのクソジジイに新しい雑誌を見せつけて洋服の在庫をたんまり用意し、ぎゃふんと言わせたあとに打ち首でございますね!」

 クラリスが晴々しい笑顔で言う。

「さっきから何度も怖いこと言わないでちょうだい! ここは江戸?! 江戸なの?!」

 思わず叫んだ。
 クラリスが赤い旗を振られた猛牛のごとく急接近してくる。

「お嬢様、えど、とは?!」
「こっちの話よ! あと顔が近いわ! それより打ち首なんて二度と提案しないでちょうだい!」
「ええ〜っ?! 打ち首はなしでございますか?!」
「なんでさも私が了承したかのごとく打ち首で話が進んでるのよ」
「そのような不貞な輩は打ち首か爆死、もしくは“ウインドソード”で細切れがスジかと……」

 バリーが御者席から車内に首を突っ込んで神妙な面持ちで言う。
 いやいや、あんたらいつも物騒だからほんと。どんなスジだよ。そんなスジやだよ。

「とにかく! 筋肉と魔法でどうこうする話はナシ! いいわね?!」
「そんなぁ……」

 バリーが力なく手綱を引っ張る。

「ぶーぶー、でございます」

 俺がこっそりエイミーに教えていたブーイングのやり方を真似るクラリス。いつの間に習得したんだよ。

「ダメよ。とにかくダメ。サウザンド家って強いんでしょう? 討ち入りしたら返り討ちに合うだけよ」
「言われてみれば……グレンフィディック・サウザンドは定期試験922点のツワモノでございます。次期当主のグレイハウンド・サウザンドが893点。その長男のエリクス・サウザンドが876点。サウザンド家の血縁者ほとんどが光魔法適性を持ちますので、手傷を負わせても回復されてしまいます。かなり厄介と見て間違いございません」
「でしょう? 討ち入りは現実的じゃないわ」
「戦力の拡充を図れば無理ではございませんが――」
「図らないでちょうだい」

 たしなめるように睨みを入れ、ついでに人差し指に“電打エレキトリック”をまとわせる。電流の鳴る音が響くと、クラリスは背筋を伸ばした。

「かしこまりましてございます!」
「よろしい。クラリスはコバシガワ商会のメンバーとミラーズの従業員をゴールデン家に招集してちょうだい。営業終了後に集合する形でいいわね」
「承知いたしました」
「その間に、私はアリアナとミラーズに行って各店舗用のプレゼン資料を作るわ」
「プレゼン、でございますね」

 プレゼンの意味はクラリスに伝えてある。ピンときたようだ。

「どのみち有力な店の離反を防ぐためにプレゼンはするつもりだったからね。準備は早いほうがいいわ」
「さすがお嬢様」
「バリー、先にミラーズに行ってちょうだい。本店のほうよ」
「かしこまりました。オラァ、もっと脇ぃ寄せろやボケェ!」

 会話に加わりたくてうずうずしていたバリーは急に話を振られて嬉しかったらしく、やけに張り切って返事をした。うん。バリーはもっと対向車に優しくなろうね。

「アリアナ、時間は大丈夫?」
「大丈夫。途中でアルバイトがあるから抜けるけど…」
「たしか『狐嬉亭』っていう酒場よね?」
「ん…」
「ごめんなさいね。モデルの仕事が始まったらしっかりお給金を出すわ」
「気にしないで。弟妹を見てもらっていた恩があるから…」
「ありがとう。落ち着いたらアリアナがバイトしてる姿を見に行きましょうかね」
「それはダメ」
「あら、なんでかしら?」
「恥ずかしい…」

 アリアナは窓の外へとそっぽを向いた。狐耳がぺたりと下がっている。きゃわいい。
 狐耳を両手でつまんで立ち上がらせ、優しくもふもふしておく。

「コバシガワ商会、ミラーズ、ゴールデン家、すべての今後の進退に関わってくるわ。間違いなく全従業員を呼んでちょうだい、いいわねクラリス」
「おまかせください」
「まずは対策。それからグレンフィディックがなぜそんな行動に出たのかを調査ね」
「徹底的にやりましょう。格下貴族だと思ってやがるあのジジイにメイドの鉄槌を」
「クラリス、言葉が少々キツくなっているわよ。ゴールデン家のメイドとしての優雅さも忘れないようにね」
「これは大変失礼いたしました。お嬢様のこととなると、つい」
「クラリスとバリーの気持ちは嬉しいけどね」

 エリィはみんなに愛されてるからなぁ。

 てかちょっと待てよ……。
 この話、家族に話したら怒り狂うかもしれん。というより絶対に激昂するだろ。前に俺がスカーレットに襲われたときだって、父母、使用人達が完全武装したからな。今回の話はアレよりレベルが断然上だ。

 ふっ。このポジ男の俺ですら、ちょっとばかし不安になってきたぜ……。特にエリィマザー。あの人が本気で怒ったらまじでやばい。上位上級の爆裂魔法をサウザンド家にぶちこむ可能性がある。

 もうこればっかりは、家族と使用人達が怒らずに話を聞いてくれることを祈るしかないな。
 眠れる獅子よ、起きるなかれ。


    ◯


 ミラーズへ着いた俺とアリアナは、クラリス、バリーと別れ、店内へと入った。

 俺を見つけた店員が黄色い声を上げ、客がその様子を見て色めき立った。前回の騒ぎで人気者になっちまったぜ。まあ、エリィと俺のカリスマ性を考えたら当然のことだ。
 適度に愛想を振りまきつつ、工房へ入り仕事をしていたジョーに事情を説明して、遅れてやってきたミサにも状況を説明する。

 二人はサウザンドの婉曲的な脅しに憤慨し、打倒バイマル商会の闘志を胸に燃え上がらせた。

「で、どうするつもりなんだ?」

 ジョーがハンチングをかぶり直し、天然パーマで丸まっている前髪を無造作に帽子の中へしまい込んだ。
 彼は実際的な精神の持ち主だ。自分の能力が営業や経営に向いていないと分かっているため、変にそっちの話に首を突っ込まず、素直に今後の流れを確認してくる。

「お父様とお母様に事情を説明するわ。貴族の情報は二人のほうが持っているでしょう」
「サウザンド家の意図を探るってことだな」
「ええ。私だけで済む話ではないからね」

 一人でどうこうできるとは、さすがの俺も思わない。むしろここは王国の貴族事情に詳しいであろう父と母に助言を求めるべき場面だ。

「一先ず、計画通りに動きましょう」
「取引先の店舗に営業をかけるんだっけ?」
「そうよ。私達にできることをやりましょう」
「そうですね。離反を引き止めるのが命題です。縫製技師、布屋、卸問屋が向こうになびかずミラーズ側につけば我々の勝ち。離反すれば負けです」

 ミサがキリッとした表情でうなずく。
 俺が砂漠に行っているうちに、彼女は四店舗の店を持つ経営者だ。随分と頼もしくなったな。

「分かりやすくていいわ。ということで、プレゼンの準備をこれからしましょう」


    ◯


 その後、四時間をかけてプレゼンの準備を行い、途中でアリアナがバイトで抜け、入れ替わりでクラリスがやってきた。彼女はサウザンド家が取引している店の一覧を調べてきており、資料を見せてくる。プレゼン準備は止め、サウザンドの動き予想と対策案を考え相関図にしてまとめると、あっという間に一時間が経過した。

 時計を見ると午後七時になっている。
 閉店する呼び声と準備の音が店から聞こえてきて、しばらくすると風魔法“計数カウント”が付与されたレジスターを、店員の二人が工房へ運んできた。

 へえ、わざわざレジごと裏に運んで保管するんだな。
 レジの形が地球と同じ形状で笑える。やっぱ便利を追求すると同じような形になるらしい。

 先日、俺が来店した時に叫んでいたポピーとマグリットが手早く売上げの計算を終わらせる。手際の良さに感心していると、ミラーズ各店舗の店員が売上げを次々に持ってきて、それをミサが確認していった。

 気付けば部屋には十数人が集まっていた。
 話し声が別の場所から聞こえるので、どうやら部屋の外にも人が集まっているようだ。ゴールデン家に招集されたため、まずは店に集まってきたのだろう。

「お嬢様、お待たせ致しました」

 作業を終わらせたミサが、申し訳無さそうな顔で一礼した。

「もう大丈夫なの?」
「はい、本日の業務は終了です。あなた達、こっちにいらっしゃい!」

 工房のドアを開けて、店内にいる従業員をミサが招き入れた。
 ぞろぞろと入ってきた従業員達は全員若々しい女性で、精一杯のオシャレをしている。ざっと獣人が三割、人族が七割といった割合だ。皆、恐縮しているのか壁際に並び、好奇心の強い視線を室内へ滑らせている。これで工房内は三十人ほどの人で埋まった。

「みんないいかしら! こちらのお嬢様が、ミラーズ総合デザイナーのエリィお嬢様よ! 粗相のないようにね!」

 ミサが誇らしげに胸を張って宣言する。
 いやまあ、さっきから椅子に座ってる俺をみんなチラチラと見てたんだけどな。

 周囲から「まあ!」とか「お美しい!」とか「先日、賊を退治したのよ」など、女子特有の黄色い声が上がる。女が部屋に集まると、甘い匂いと、明るくてちょっと騒がしい独特の空気になるよな。もう慣れちまったよ。喜ぶべきなのか悲しむべきなのか、とりあえず男だったらウハウハの状況だ。みんな見た目を意識しているから可愛いしな。

 神にチェンジを要請する!
 女から男へのチェンジィッ!
 神様信じてねえけどっ!


 うん……知ってる。心でどれだけ叫ぼうが現実は変わらないってことぐらいな。このやり場のない気持ち。せめて叫ばせてくれ。


「お嬢様、両手を広げてどうされました?」
「いえ、なんでもないわ」

 ミサが不思議そうな顔でこちらを見てきたので、華麗なる一回転で神への懇願ポーズを解いた。

「皆さんごきげんよう。私がゴールデン家四女、ミラーズ総合デザイナー、コバシガワ商会会長、エリィ・ゴールデンですわ」

 レディの礼を取って簡単に挨拶をすると、なぜか「わっ!」と拍手が巻き起こった。

 ポピーとマグリットが嬉しそうに「ね、ね、だから本当だって言ったでしょう?! 金髪で、垂れ目で、ツインテールで、物凄くスタイルがよくて、足が長くて、顔が小さくて、優雅で可憐でお淑やかなのにどことなく行動力がありそうな、女神みたいな女の子が総合デザイナー様だって!」と早口にまくし立てて自分の手柄のようにはしゃいでいる。

 ミサが二度手を叩くと、従業員はぴたりと静かになった。おっ、教育が行き届いてるね。いいぞ。

「本来ならばエリィお嬢様のお話をたまわるところだけど時間がないわ。これから全員でゴールデン家へ向かいます。話は聞いているわね」

 皆、神妙な面持ちでうなずく。

「貴族様の家におじゃまできるチャンスだからといってはしゃぎすぎないように。いいわね!」

「はいっ!」という景気のいい返事とともに、従業員は一糸乱れぬ一礼をした。両手を腹の上に乗せ、優雅に一礼する三十人はなかなかに爽快な眺めだ。


     ◯


 クラリスの手配よろしく、馬車が六台やってきて全員が乗り込み、ゴールデン家へ到着した。
 門前で待ち構えていたメイド達が中へと案内していく。
 俺を先頭にしてミサ、ジョー、ミラーズ従業員がゴールデン家のだだっ広いダイニングルームへと入室した。

 室内は人数を考えて立食形式になっており、女性に気を使った一口サイズの美味そうな料理が並んでいる。
 部屋の奥にある椅子に、エリィマザーと父ハワードが座っており、二人の前にはテーブルが置かれている。当主らしく、夫婦は立食には参加しないようだ。

 すでに食事は始まっており、エイミー、エリザベス、エドウィーナが三人並んで会話に花を咲かせ、ゴールデン家使用人がてきぱきと働き、コバシガワ商会の従業員が和やかに談笑している。
 ウサ耳のウサックス、スルメの弟の黒ブライアン、スルメの家臣のおすぎ、アリアナの弟フランク、写真家のテンメイ、コピーライターのボインちゃん、新入社員など、商会のメンバーが勢揃いだ。

 まずは奥まで行き、父と母に声をかけた。

「ただいま戻りました」
「おかえりなさいエリィ」
「おかえり。皆さんも、今日はエリィのためにわざわざ足を運んでくれてありがとう」

 エリィマザーがにこりと笑い、イケメンな父が、ミサ、ジョー、若い女性人に微笑を向ける。
 二人ともワインを飲んで上機嫌だ。
 美人なエリィマザーとイケメンのハワード・ゴールデンを見て、従業員の女子達が甘いため息を漏らしている。

 今日はどうやら入室した人から好きに食べていい自由な夕食のようだ。普段は必ず全員で同じ時間に夕食をするゴールデン家にとって、これはめずらしい。

「エリィおかえり〜。あら皆さん、ごきげんよう」

 エイミーが嬉しそうな笑顔で近づいてきて俺の腕を取り、洗練された優雅な所作で全員にレディの礼を取る。これまた、みんなからため息が漏れた。しかも、「ホンモノッ! 雑誌の表紙の!」なんて小さな叫び声が聞こえてくる。エイミーも気づいたら有名人だな。

「エリィ、遅かったじゃない。先に食べているわよ」

 エリザベスが笑顔で言う。こっちに戻ってきてからあまり話せていないから、今度エリザベスとはゆっくり話したいもんだ。彼女を見た従業員の数名が「あの方のファンなの!」とひそひそ話を繰り広げた。なるほど、エリザベスも人気があるらしいな。

「新しい洋服、いいわね」

 エドウィーナが妖艶な笑みを浮かべてワイングラスを口元へ運ぶ。どうやらエドウィーナはレース系のワンピースがお好みのようだ。スタイルの良さを存分に活かした着こなしをしている。てか全体的にスケスケでエロい。これはまだグレイフナー国民には早いデザインだろう。

 挨拶もそこそこに、メイドと執事らが手早く全員分の飲み物を配っていく。
 すべての参加者にグラスが行き渡ると、父ハワードがワイングラス片手にゆっくりと立ち上がった。
 参加者がそちらに注目する。

「私がゴールデン家当主、ハワード・ゴールデンだ。今日はエリィのために集まってくれ、感謝する。ミラーズとコバシガワ商会に関わる重要な話があるとのことだが、まずは腹ごしらえといこう。料理はたっぷりと用意してあるので気兼ねなく食べてくれ。腹が減っては魔物は倒せぬ、と言うしな」

 ハッハッハ、とハワードが垂れ目を下げて軽快に笑うと、周囲からも笑い声が漏れる。

「それでは、素晴らしき出逢いに、乾杯!」

 ハワードの音頭とともに、そこかしこでグラスを合わせる音が響き、場が和やかな空気になった。

 皆、大いに食べ、闊達にしゃべる。

 グレイフナーという国は、国民がエネルギッシュだ。
 最近思うんだけど、俺ってこの国と相性いいんじゃないか?
 考え方がシンプルで生き方が力強く、明るくて情に厚い。

 日本に帰りたいって気持ちはある。でも、ここで知り合った人達との関係が終わりになるのは辛いものがあるよなぁ。まあ……その辺も含めて考えていかないとな。つーかまだ俺、エリィだし。俺という存在は全員と関わりがないわけで、それはそれで俺が元の姿に戻ったらどうなんの、って話もある。
 いや、元に戻れるの前提になってるが、手がかりは六芒星魔法ぐらいしかないんだよな。って色々考えていても仕方ない。心構えだけはしておくか、色々と。

 物事はどうにかなるし、自分でどうにかするって気持ちが大事だ。
 前向きにいこうぜ。

 料理を食べつつウサックス、クラリス、ジョー、ミサ、エイミー、エリザベスと話していると、バイトを終わらせたアリアナがやってきた。食事は弟妹と済ませてきたらしい。

 ある程度時間が経ったところで食後のデザートとお茶が配られ、ハワードが立ち上がった。

「では、落ち着いたところでそろそろ本題に入ろう。エリィ、前に来て皆さんに何があったのか話しなさい」
「はい、お父様」

 前に出て、スカートの裾をつまんで礼をし、並んでいる全員の顔を見た。
 美人な姉三人にゴールデン家使用人、ミラーズの面々、コバシガワ商会のメンバー。全員、真剣な表情になっている。改めて、これだけのメンツを巻き込んでビジネスをしていることに興奮を覚えた。いいね。たまらなく楽しいぜ。

「まず、なぜ私が皆さんに集まってもらったかを伝えたいと思うわ。結論から言うと、ミラーズが敵対しているバイマル商会の牽制をお願いにサウザンド家に出向いたところ、サウザンド家当主、グレンフィディック・サウザンドがこちらに敵対する動きを見せたわ。その報告と今後の動きについて、私の考えを話したいと思うの」

 ガタン、とかなりの勢いで椅子の倒れる音が背後から響いた。

 振り返ると、ずっと機嫌が良さそうにワインを飲んでいたエリィマザーが立ち上がっていた。母の顔は、天地がひっくり返って地面が空にめり込んだ、といわんばかりの驚きに満ちていた。秀麗な吊り目は見開かれ、テーブルに両手をついて前のめりに俺を見つめている。

「……エリィ、今なんて言ったの?」
「お、お母様?」

 あまりの鬼気迫る様子に、エリィの声がうわずる。

「サウザンド? グレンフィディック・サウザンドと言ったわね?」
「はい。六大貴族のサウザンド、ですわ……」
「しかも何ですって? サウザンドはエリィに会っておきながら、妨害するですって?」
「はいお母様……あの……落ち着いて聞いて下さい……。お怒りになるのは分かりますが、最後まで話を聞いてほしいです」

 誰が見てもエリィマザーは怒っていた。両手でテーブルクロスを握りしめ、呼吸は荒くなり、あまりの怒りで吊り目が限界までつり上がっている。気の弱いメイドが「ほわぁ」と情けない声を上げて卒倒し、白目を向いて先輩メイドに抱きかかえられていた。ゴールデン家の使用人達はサウザンドに怒りを覚えるより、エリィマザーに恐怖を感じているのか、全員冷や汗を流している。

「……いいでしょう」

 しばらくの沈黙のあと、メイドがあわてて椅子を定位置に戻すと、エリィマザーは言葉を絞り出して椅子に座った。
 いいでしょうって言いつつマザーめっちゃ怒ってるし! 寿命縮むわーこれ。

 その憤怒が伝播したらしく、ミラーズ、コバシガワ商会の面々も怒りの表情になっていた。彼らはエリィマザーにビビるよりも、サウザンドの妨害が入ることに憤りを感じたみたいだ。これなら話しやすいぞ。

「オホン。ということで、サウザンドの動向を予想したわ。クラリス」
「かしこまりました」

 あらかじめ用意しておいた相関図をクラリスが全員に掲げて見せる。横二メートルある厚紙に、ミラーズを取り巻く六十八店舗の取引先とバイマル商会、サウザンド家の関係が図式で書いてあった。

「サウザンド家の流れを組むウォーカー家の『ウォーカー商会』は離反すると考えていいわ」

 クラリスからペンを受け取り、図式の一番上にある丸印でくくられた『ウォーカー商会』へバツ印をつけた。

 周囲が一気にざわついた。
 この商会は小さな縫製技師を束ねており、離反するだけで二割の生産力が失われ、現在大量発注している春夏物のタータンチェックスカート数種類の入荷があやしくなる。

「この商会をこちらに引き込み返すのは難しいわね。発注している新作はないものとして考えるべきだわ。組もうとしていた特集は、別の題材に切り替えましょう」

 その言葉に、コバシガワ商会『Eimy』担当の面々が声をひそめて相談を始める。

「次に、サウザンドは昔から取引をしている『ヒーホーぬいもの専門店』と『バグロック縫製』に圧力を掛けるでしょう。ここは私達コバシガワ商会がどうにか説得して離反を食い止めるわ。布店の『グレン・マイスター』はミサが懇意になっているからミサに任せるわよ」
「かしこまりました!」
「布製品の大量発注元『サナガーラ』も離反する可能性が高いわ。あの店は顧客との繋がりよりも、長いものには巻かれろの精神でここまで大きくなった店だからね。バイマル商会のミスリル圧力でぐらぐらきていたところにサウザンド家まで加わったら、ぽっきりいってしまうでしょう。注文していた“妖精柄”、“ヒマワリ柄”、“青地ストライプ”、“スミレ柄”、“シンプルボーダー”、などの特殊柄は期間内に入荷できないと予想するわ」
「それはまずいぞエリィ。次の目玉商品じゃないか!」

 ジョーが数時間前に店で説明していたにも関わらず、素っ頓狂な声を上げる。断定的口調で俺が話しているので事の重大さが分かってきたようだ。

「数時間前、パンタ国とサンディが和睦交渉をしているとの情報が入ったわ。これを踏まえ、対策として他国に商材を発注することを考えたの。戦争が終われば、赤い街道の流通も活発になるでしょう。似た商品があればそれを輸入して、なければ少々高くても作ってもらうわ。関税を入れても利益は充分に出るわね」
「それならば隣国である『メソッド』がいいだろう」

 静かに話を聞いていた父のハワードが低い声で発言した。

「ちょうど明日、国境の湖に面しているヤナギハラ家の宰相と会う予定だ。エリィとエイミーはサツキ嬢と仲がいいそうじゃないか。向こうの商会に渡りがつけられないか、私が聞いてみよう」
「まあお父様、本当ですか?」
「ああ。ミラーズとコバシガワ商会はゴールデン家にとって重要だ。新開発の素材にこちらでも投資をしている。今、ミラーズが潰れてしまっては損失が大きい」
「お父様ありがとう!」

 勝手にエリィスマイルが飛び出した。エリィも喜んでいるな。
 父ハワードはエリィの笑顔を見て顔を綻ばせた。

 エリィファザー、いい働きをしてくれる。
 しかも隣国のメソッドとヤナギハラ家に繋がりがあるとはな。これはいい情報だ。

 メソッドには旅の帰り道で目をつけていたんだ。
 着物みたいな服装に、不可思議な商売の文化。服のデザインや生地はきらびやかな物が多く存在していた。探せばストライプや花柄に似た服の生地があるかもしれない。もしくはそれ以上の物も見つかるかもな。向こうの文化がグレイフナーに流入してこなかったのが不思議なぐらいだ。

「その他、中型店が、サウザンド家のせいで十店舗ほど離反する可能性が出てくるわ。そこを食い止めるのも今後の課題ね」

 相関図の中央より下、名前の書いてある店十個をペンで丸印をつけた。

「離反が確実な『ウォーカー商会』と布店『サナガーラ』の損失分は、輸入によってまかないましょう。重要店舗の『ヒーホーぬいもの専門店』と『バグロック縫製』には私が中心になってプレゼンを行うわ。その他の店舗については、コバシガワ商会で特別営業隊を組むからそのつもりでいてちょうだい。クラリス」
「はい、お嬢様」

 クラリスは厚紙をひっくり返し、相関図の結果箇条書きを見せた。

―――――――――――――――――――――――――
◯離反確実
(☓)『ウォーカー商会』
(☓)『サナガーラ』
  (30%の商品が損失)

◯離反あやふや重要大型店
( )『ヒーホーぬいもの専門店』
( )『バグロック縫製』
( )『グレン・マイスター』

◯サウザンド家によって離反の可能性
 中型縫製・十店舗
( )『シャーリー縫製』
( )『六芒星縫製』
( )『エブリデイホリデイ』
( )『ビッグダンディ』
( )『愛妻縫製』
( )『シューベーン』
( )『靴下工房』
( )『アイズワイズ』
( )『テラパラダイス』
( )『魔物び〜とる』

◯サークレット家によって離反の可能性
 その他・七店舗
( )『ビビアンプライス(鞄)』
( )『天使の息吹 (ジュエリー)』
( )『ソネェット(ジュエリー)
( )『KITSUNENE(帽子)』
( )『麦ワラ編み物(帽子)』
( )『レッグノーズ(靴)』
( )『オフトジェリコ(靴)』

 離反→(☓) 契約継続→(☆)
―――――――――――――――――――――――――

 こう見ると、サウザンドのじいさんはまじで余計なことをしてくれたな。向こうが動くなら、こっちは先読みして動くまでだ。やられてたまるかよ。

 サウザンド家もお国の目があるから大っぴらな攻撃はできない。せいぜい、自分が取引している店舗での購入をやめることや、各店舗の綿の値段を上げたりとか、国の法律に抵触するギリギリのところを攻めてくるはず。
 綿の取引を中止するとか、金輪際取引しないなどの強行手段に出れないところが唯一の救いだな。


 まとめると、30%の商品は失われるわけだから、輸入なりで補填する。
 離反しそうな店は食い止める。
 食い止めたらどんどん服を作って雑誌に使う商品を選別する。
 やることはこれだけだ。


「いい? これは戦争よ! 服を介したオシャレ戦争なのよ!」

 俺は食い入るように箇条書き一覧を見ている面々に向かって、声を張り上げた。

「私達がどう動くかですべてが決まるわ! 頭と、お金と、コネと、使えるものを全部使って勝つのよ! 店に知り合いがいるとか、いい縫製技師を知っているなどの情報はどんどんちょうだい! グレイフナー国民の女性のオシャレは私達の双肩にかかっているわ!」

 そこまで言い切ると、部屋が歓声で湧いた。
 エイミーが前に出てきて珍しく大きな声を出す。

「みんな、がんばろう! えい、えい、おー!」

 約五十名がエイミーに続けと、えいえいおーを大合唱する。
 エイミー、使い方あってるぜ!

 コバシガワ商会の頭脳であるクラリスとウサックスは、早くも手帳を出して何やら全員のスケジュールを組み始めていた。ミラーズの従業員達も事態が飲み込めたのか、一同目を輝かせてお互いにできることについて話し合いを始める。
 エリザベスとエドウィーナ、父ハワードとエリィマザーも一覧表を見ながらツテがないか情報交換をしていた。よかった、エリィマザーの怒りが沈静化してくれたぞ。
 そういやポカじいがいないな。まあどっかで酒でも飲んでるんだろう。

 弟の近くにいたアリアナは俺の隣に来ると、狐耳をしょぼーんと下げて悲しげに謝ってきた。

「エリィ…知り合いがいなくてごめん」
「何言ってるの。アリアナはそばにいてくれるだけでいいのよ。いつもありがとうね」
「プレゼンは私も手伝うから…」
「そうしてくれると嬉しいわ。獣人の経営しているお店もあるし、美人なアリアナがいるとそれだけで空気が良くなるもの」
「もう…」

 よーしよしよし。もーふもふもふもふ。
 近くにアリアナがいないと駄目な身体になってるわ。
 あー癒される〜。
 この精神安定狐耳の威力!

 あ、そうだ。最後に伝えなきゃいけないことがあった。
 名残惜しいがアリアナの狐耳から手を放した。

「みんな、聞いて欲しいことがあるの。あまり怒らないでほしいんだけど、サウザンド家当主のグレンフィディック・サウザンドは私が養子になるなら味方になってやる、って言ってきたのよ。私は絶対に養子になるつもりはないし、この戦いに負けるつもりもないわ。だからみんなの力を貸してちょうだいね!」

 最後に、煽りを入れて士気を高めておく作戦を発動した。

「お父様、お母様。意見をあとでもらえないでしょうか? なぜサウザンドが私を養子にしたいと思っているのか、その意図が分からないんです」

 周囲から様々な反応がかえってくる。

「お嬢様を養子?!」「うそでしょ!」「エリィちゃんが可愛いからって!」「な、なんて常識知らずな」「冗談ではなくって?」「サウザンドォ……」「私が養子に欲しいぐらいなのに」「エリィちゃん妹になってほしい」「エリィは私の妹ですっ。ぷんぷん丸!」「あのじじぃいつかコロス……」「ゆ、許せんッ!」「なんという卑劣漢」「美しさは時に罪ですわね……」「NOエェェクセレン」


―――ビリビリビリビリィィィッ


 突然、何かが破れる音がダイニングルームに響き渡り、その音があまりにも大きかったので全員の視線が一斉に音の方向へと集まった。視線の先にはテーブルクロスを豪快に引きちぎり、うつむいたまま震えているエリィマザーがいた。その背後からは何やらドス黒いオーラが靄のごとく立ち上っているように見える。

 エリィマザーは引きちぎったテーブルクロスを両手から落とした。
 柔らかなテーブルクロスが地面に落ちるわずかな音が室内にこぼれる。

 ゆっくりと、巨大な重機が何百トンもある物体を持ち上げるように、重々しくマザーが顔を上げた。

 母の顔には表情がなかった。

 顔面は蒼白になっており、額には大きな青筋が三本ほど浮かんでいる。奥歯を限界までかみしめているのか、別の生き物のように顎の筋肉がひくつき、首筋の筋肉が硬直と弛緩を繰り返していた。

 一秒とも一分とも取れる痛いほどの沈黙が過ぎると、爆炎のアメリアと呼ばれたエリィマザーは猛禽類のごとく目玉が飛び出でんばかりに両目を見開き、口裂け女も逃げ出すほどに両頬を引き攣らせて大口を開けた。

 あまりの恐怖に全員が凍りついた。
 背筋に大量の氷を流し込まれ、心臓を鷲掴みにされたかのような戦慄が全身を襲う。

 気の弱いメイド数名が「ぴゃあ」と言って失神し、ダイニングルームの床に倒れた。他の使用人やメイドも他人を助ける余裕がなく、恐れで内股になって足を生まれたの子鹿みたいにぶるぶる震わせている。隣にいる旦那、ハワードの顔からは大量の汗が噴き出していた。

 母アメリアは恐ろしげな顔のまま大きく息を吸い込み、叫び声を上げた。


「きえええええええええええええええええっ!」


 ダイニングルームに耳をつんざく怒りの雄叫びがこだまする。

 ゴールデン家の使用人数名が腰砕けになってその場にへたりこみ、ミラーズとコバシガワ商会の女性スタッフ数名があまりの恐怖に「ママはどこぉ」と幼児がえりを始めた。

 母アメリアは目にも止まらぬ速さで腰に差していた杖を引き抜き、ダイニングルームのドアを“爆発エクスプロージョン”で木っ端微塵に吹き飛ばした。


 ドグワッ!!
 ボギャバガァァッ!!!
 ごろごろごろごろ
 ぱらぱらぱら……
 ひぃぃぃいぃっっ!
 ヒヒーン
 ヒーホーヒーホー
 うえーーん


 爆散した破片と爆風で周囲は阿鼻叫喚の絵図と化す。
 アリアナが“ウインドブレイク”で咄嗟にドア付近の被害を食い止めたおかげで全員尻もちをつく程度で済んでいる。念のため、すぐさま白魔法下級、エリア回復魔法“癒大発光キュアハイライト”を発動させた。

「あのじじいいいいいいいいいいいいいいいいいいい! ブチ殺す! 粉々に弾き飛ばすっ! 女の敵ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!!!」

 自分の目の前にあったテーブルを拳で叩き割り、母はずんずんとダイニングルームから出ようとする。

 アメリア母ちゃん怒りすぎいいいいいいいいいっ!!!
 まじこええ! まじこわすぎるって!

「ま、まずい! アメリアを止めてくれ!」

 父ハワードが焦ってまだ意識を保っている連中に向かって声を張り上げ、自身も前方へ飛び出す。
 俺とアリアナは顔を見合わせ、身体強化“上の下”をかけて一気に母アメリアへ飛びかかった。すると、クラリス、バリー、ハイジ、メイド二名も彼女へと飛びついた。

 俺とアリアナが母の右腕と左腕、ハワードは腰に、クラリスとハイジが両足に、バリーとメイド二名は間に合わずハワードに飛びついた。

「こーろーすぅぅぅぅうううううううう! あのじじいをぉぉおおおおおおおおおおおおおっ!」

 そう言いながら、アメリアは身体強化したのか全員をずるずる引きずりながら前へ進んでいく。

「お母様を捨ててえぇっ! エリィまで! 許せないッ! もう耐えられない! ブチ殺すッ!」
「何してる! 誰でもいい! 早くとびつけ!」

 ハワードが必死の形相でアメリアの腰にしがみつき、絶叫する。振り返ると動けるようになったらしいエイミー、エリザベス、エドウィーナが走ってきて俺とアリアナにしがみついた。

「お母様おちついて!」
「今行ってもサウザンドは倒せません!」
「サウザンド家に喧嘩を売るのはまずいですわ!」
「コバシガワ商会! ミラーズ! 立ち上がって! 急いで!」

 最後に俺が叫ぶと、弾けるようにしてテンメイ、ウサックス、フランク、ボインちゃん、従業員十名が雄叫びとともに突進してきてバリーの足にしがみついて数珠つなぎになり、続いてジョーとミサ、ミラーズ店員の女子八名がクラリスとハイジにしがみつく。

 それでも母は止まらない。
 二十人以上を引きずりながらダイニングルームを出てエントランスへ進む。
 身体強化“上の中”まで行使しているらしい。魔力の波動がやばい。

 訳の分からない叫びや絶叫、わめき声、泣き声がゴールデン家のエントランスに響き渡る。ロボット兵のごとく母アメリアはじわりじわりと玄関まで進むと、しがみついているアリアナとエリザベスごと、左腕を振り上げた。重厚な扉を拳で破壊するつもりだ。
 左腕にしがみついていた二人は、神に祈りを捧げて目を閉じた。いやいや、死ぬわけじゃないからやめて?!

 バギャアッ、という分厚い木が折れるような音が鳴って扉が弾け飛び、アリアナとエリザベスが空中へ放り出される。アリアナはうまく空中で体勢を直すと、着地してエリザベスを受け止めた。

「きゃああああああっ!」

 同時に、玄関の前にいたらしい人物から叫び声が上がった。

 怒れる鬼神と化した母アメリアはその人物に目を向けると、怪訝な横顔になって動きを止めた。

「ど、どどど、ドアが急に壊れてっ……エリィさんとアリアナさん?! あとエリィさんのお母様、ですかっ?!」

 なぜか桃色の髪を揺らすパンジーが半泣きで玄関前にへたり込んでいた。
 よくわからんがチャンスは今しかない!

「黒き道を白き道標に変え、汝ついにかの安住の地を見つけたり。愛しき我が子に聖なる祝福と脈尽く命の熱き鼓動を与えたまえ……“純潔なる聖光(ピュアリーホーリー)”!!」

 身体強化を切って、“純潔なる聖光(ピュアリーホーリー)”を発動させる。どでかい魔法陣が地面に広がり、銀色の星屑が俺の身体から湧き出て母アメリアと、引きずられている面々の上へと降り注ぐ。

 沈静の効果がある“純潔なる聖光(ピュアリーホーリー)”のおかげで、ようやく母アメリアの怒りが話せるレベルまで戻った。しがみついていたメンツがどっと力を抜いてその場にへたり込んだ。

 輝く“純潔なる聖光(ピュアリーホーリー)”の星屑に全員が目を奪われた。エイミー、エドウィーナ、近寄ったエリザベスが母の手を握り、その様子をジョーとミサが見つめ、クラリス、バリー、ゴールデン家使用人がありがたやと拝む。ミラーズとコバシガワ商会の面々は、静かに事の成り行きを見守る。

 さらに魔法をアメリアへと唱え続けると、願いが通じたのか鬼神の怒りは鎮まり、いつもの母親の顔に戻った。

「エリィ、本当に浄化魔法を使えるようになったのね。すごいわ。母として……魔法使いとして私はあなたを尊敬します」
「お母様……」

 エリィが安心したのか、ぽつりと呟いた。
 いやーよかった。まじでビビったわ。こんなに焦ったの日本でもないかもしれねえよ。

「アメリア」

 ハワードが心配した顔で、自分の最愛の妻アメリアを抱きしめた。
 こわばっていたアメリアの身体が弛緩し、ハワードの肩へ頭を乗せた。

「怒る気持ちは分かる。だが、娘と客人の前であんなに怒ったら駄目じゃないか」
「あなた……ごめんなさい。私、あの男の名前を聞いたら胸の中がごちゃごちゃになって……。エリィを養子にすると聞いてどうしても許せなくなって……」
「みんなに事情を話そう。もうエリィも十五歳だ。話すべき時がきたんだ」
「ええ、そうね……。エリィ、エイミー、エリザベス、エドウィーナ、あなた達に話があります。それから皆さん、驚かせてごめんなさいね」

 エリィを含めた四姉妹が母の手を握る。
 またエリィの手が自動で動いたな。

 にしても、ここまでエリィマザーが怒るって、グレンフィディック・サウザンドといったい何があったんだ?

「あ、あのエリィさん……」

 おずおずとパンジーがうつむき加減でこちらに声をかけてきた。
 ああ、そうだった。パンジーがなんでゴールデン家に来てるんだ。しかもこんな夜にお供も連れずに。

「私、おじい様が許せなくって家出してきました。しばらくお家に置いてもらえませんでしょうか。お手伝いでも何でもしますから!」
「家出ですって?!」
「あなた、たしかサウザンド家の……」

 アメリアはパンジーの顔に覚えがあったらしく、訝しげな表情で彼女を見つめた。
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