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エリィ・ゴールデン ~ブスでデブでもイケメンエリート~ 作者:四葉夕卜/よだ

第四章 グレイフナーに舞い降りし女神

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第8話 オシャレ戦争・その2

 サウザンド家を訪問した次の日、バイマル商会の店舗を視察してから再度サウザンド家へ向かった。メンバーは昨日と変わらず、俺、アリアナ、クラリス、御者にバリーだ。デザイナーとしてジョーを連れてくる案もあったが、グレンフィディックのじいさんのあの感じから察するに、この交渉にメンズは不要とみた。

 馬車内で俺とアリアナ、クラリスは微妙な顔を作り、ため息に近い吐息を漏らした。

「それにしても……ねえ?」
「あれはひどい…」
「さようでございますね……」

 先ほど見てきたバイマル商会がオープンさせた『バイマル服飾』は、ほとんどがミラーズの模倣品であり、柄や形にはなんのひねりも加えていなかった。丸パクリだ、丸パクリ。

「でも、あれはあれで良い手法、と言わざるをえないのでしょうね」
「そうでございますね。服の系統としては、防御力ゼロで安価な商品を扱う『ミラーズ・ディアゴイス通り店』と酷似しております」
「高級志向のエリィモデルには対抗できないと思ったからでしょう」
「お嬢様がブランドにこだわる理由がようやく深く理解できました。エリィモデルは専用のタグがなければ偽物でございますから、顧客が模倣品に流れません。さらには縫製技師の腕が良くなければ模倣品すら作れないでしょう。バイマル商会とサークレット家はエリィモデルの”後追い”を諦め、それに取って代わる高級志向の『ミスリル服飾店・サークレット』なるものを一番街へ出店しております」
「ミスリルの服を流行らせたいんでしょうね」
「時代遅れ感が否めません。ミスリル製の服は数年前にブームが過ぎ去りました」
「ミスリルは形が古いし値段も高いから、エリィモデルの脅威にならないわ。アイテムの一つとしては悪くないけどね。それより問題は丸パクリしている『バイマル服飾』よ。けっこうお客さんが集まっていたわ」
「国民としては最先端の服が安く買えればいいと思っておりますから、仕方なのないことだとは思います。お嬢様が仰っていた“後追い”がここまで有効だとは思っておりませんでした」
「大きな儲けが出せるのは一番目の“先駆者”と、二番目の“後追い”だと言われているわ。“後追い”は生み出す苦しみを味わずに商品を作ることができるけど、必然的に内容が薄っぺらいものになりやすい傾向があるわ」
「確かに言われてみればそうかもしれません」

 しっかしこれはまずいかもしれないな。
 サウザンドの懐柔が頓挫したら、一気にやられるかもしれん。

 バイマル商会が圧力をかけている縫製技師が取引を拒否したら、ミラーズの生産力が落ちて在庫不足になり、たちまち客が『バイマル服飾』へ流れる可能性が高い。

 サウザンド家を完全に懐柔できなくとも、一時的でいいので、バイマル商会への牽制をしてもらいたい。どうにかして味方に引き込まないといかんな。
 サウザンドはグレイフナー王国一の綿の生産地を有しており、合わせてグレイフナー国内に存在する商会とのパイプが太い。万が一、敵対されて商会との繋がりを分断され、綿の卸値を上げられたら完全にアウトだ。

「エリィ。あのじいさんはちょっと変だった…」

 アリアナが無表情に言った。
 彼女の危険察知能力はかなりのものだ。たしかに昨日初めて会ったにしては、やけに好感度が高くてどうにも様子がおかしかった。
 そしてアリアナの中で、グレンフィディックはすでにあのじいさん呼ばわりになっている。クールプリティッ。

「クラリス。グレンフィディック・サウザンドの経歴から何か分からない?」
「魔闘会二十連勝、白魔法師協会名誉会長、奈落攻略隊参加……数えればキリがない武功と経歴の数々でございます。ですが生の情報が少なく、わたくしにはあの方がどういった人物であるか分かりかねます。単にお嬢様の美しさに胸打たれてご興味を持たれたのでは?」
「それはそれで困るんだけど……ね」
「このまま気に入ってもらえれば万々歳ではありませんか」
「そうねぇ」

 第六感が警告を発しているんだよな。
 好感度が高いぞよっしゃあ、と諸手を上げて喜ぶにはいささか疑問が残る。もう少し様子を見たい。ただ、あまり懐柔に時間をかけると、ミラーズと契約している縫製技師がミスリル値上げの圧迫に負けて契約を打ち切ってしまう可能性があるからなぁ。現に不穏な動きや発言をしている店がちらほらと出ているらしいし。

 現状、圧迫を受けている店は全部で六十八店舗。そのうち商会が一つ。
 商会は個人経営の小さな縫製店をまとめてくれているため、離反されると生産力が二割減る。ちなみにその商会は『ウォーカー商会』という名前で、ウォーカー家という領地数340個の名門貴族の流れを組んでいる。

 小規模な店との強いネットワークを持つこの家は、サウザンドとも繋がりが強い。サウザンドを引き込めば、自然と味方についてくれる存在だ。


 サウザンドに会う前に現状を簡単に整理しておくか。


 六十八店舗中、重要な取引先は六つある。

 商会
 ・『ウォーカー商会』

 縫製店
 ・『ヒーホーぬいもの専門店』(大量生産向き)
 ・『バグロック縫製』(職人気質。主にエリィモデルを製作)
 ・『チュピーンフォーチュン』(新作開発。タイツなど)

 布店
 ・『グレン・マイスター』(中型老舗。横の繋がりが強い)
 ・『サナガーラ』(大型店。開発と大量生産が強み)

 商会を除く、上記五つの縫製店、布店が離反した場合、ミラーズへの入荷が40%失われる。
 『ウォーカー商会』の取引が全体の20%と考えると、一商会、五店舗で60%をまかなっているわけだ。

 ミサが営業したおかげで布店は特殊柄の商品を他社へ卸すことは禁止されている。だが、契約書には取引を中止してはならない、という項目はない。そのため、他社への流出は防げるが取引中止の歯止めにはならず、店側が「ミラーズとの取引は一旦中止でお願いします!」と言ったら、注文済みの商品の入荷が終わった時点で何も作ってくれなくなる。

 一方、縫製店は布店と違い、契約内容が曖昧になるため難しい。スカートは他社で作らないでね、と提案しても、スカートの種類どんだけあるんだよって話になるし、スカート全種類の取引を独占にしたら、スカート生産はミラーズのみが収入源になってしまう。大きい店舗だと、あまりよろしくない契約だといえる。
 逆をいうと、小型店は全面的にミラーズ商品のみを扱う独占状態になっており、バイマル商会の圧迫を受けても全く問題ない。従業員五人で頑張ってます、という店だと規模が小さくてミラーズの縫製にしか手が回らないためだ。小さな店と多く契約していたのは僥倖といえる。

 しっかしねぇ、『ヒーホーぬいもの専門店』なんかの大型店は多種多様の縫製商品を取り扱っているため、敵さんの介入の余地があるんだよな。例えば色んな店からスカートを受注しているとして、ミラーズとだけ独占契約するわけにもいかないだろうよ。他の店からも儲けられるなら、他社とも取引するべきだ。
 利益が見込めるミスリルの代金が高くなる→他社より受注料が高くなる→ミスリル関連の仕事が来なくなる→他社に遅れを取り店の名声が落ちる→利益が減るし店の信用度も落ちるし困る→バイマル商会が敵対しているミラーズとの取引をやめてミスリルの値段を戻してもらおう。こんな一連の流れになる可能性が高く、これこそがサークレット家の狙いだ。

 やはり考えれば考えるほど、バイマル商会のミスリル値上げは厄介だな。
 なんとか雑誌の創刊までに問題をクリアして、今後は新素材開発に力を入れよう。そんでもってミスリルを廃れさせる。そうすれば今後、こういったことは起きなくなるし、サークレット家の経済にも打撃を与えられる。一石二鳥だ。


     ◯


 サウザンド家に着くと、執事に中庭へと通された。よく手入れされている中庭に移動式のパラソルと大きな丸テーブルが準備してあり、その上に食器類が綺麗に並んでいた。

 パンジーとグレンフィディックはすでにテーブルについていたようで、仲良さそうに話している。こちらに気づくと、二人とも嬉しそうな顔で立ち上がり、歓待してくれた。

「ごきげんようエリィさん。私、昨日頂いたエリィモデルを着ているのっ」

 パンジーが頬を赤らめながら顔を伏せ、長い前髪のあいだから上目遣いにこちらを見つめてくる。
 そんな孫を見て、グレンフィディックが鷹揚に手招きをして俺達を席へ導いた。じいさんはち切れんばかりの笑顔じゃねえか。完全に親戚っぽい扱いになっとる。

「パンジーごきげんよう。まあ、よく似合うわね。妖精のお姫様みたいよ」
「まあ! お世辞でもうれしい!」

 ひとまず気を取り直してパンジーに挨拶をする。
 彼女は柔らかい生地でできたピンクベージュのシフォンプリーツスカートをはいていた。インナーに白いレースのシャツ。アウターが極薄のブラウスだ。パンジーの桃色頭髪がいいアクセントになっており、配色のバランスが良く、お昼のお庭でこれからお食事会なのですウフフ、というお金持ちのお嬢様感がほとばしる。

 ちなみにこの新作、端的にいうとめちゃめちゃ高い。生地を多めに使い、均等にプリーツを作る技術をもった職人が製作するためコストがどうしても掛かる。
 それでも、コストに見合ったオシャレさがあるな。このスカートは一見、他の服と合わないように見えるが、わりとなんでも合わせられるという不思議デザインだ。雑誌にしっかりとコーディネート例を掲載すれば売れるだろう。
 個人的にはデニムシャツにシフォンプリーツスカート、麦わら帽をかぶった爽やか美人なエリザベスが見たい。

「お二人は今日も素敵だわ〜」
「ありがとう」
「ん…」

 俺とアリアナは白と黒のお揃いのシンプルなワンピースを着ている。何の飾りっけもない服で綺麗に見えちゃうエリィとアリアナのスタイルの良さね。

「おお、よく来たね。さあ座りなさい」

 グレンフィディックのじいさんが破顔して椅子を勧めてくるので、クラリスが引いてくれた椅子に腰をかける。アリアナも礼を言ってちょこんと座り、位置が気に入らなかったのか、むむっと口をすぼめて俺のほうへ少し椅子を寄せた。

 軽い世間話をしながらランチタイムは進んでいく。
 フランス料理に似たラインナップは美味しく、つい顔がほころんでしまった。テーブルの後ろには執事と給仕が控え、さらにその後ろには様々な花で色彩豊かに彩られた庭が広がり、離れた場所から吟遊詩人の歌う声とハープの音色が軽やかに耳を撫でる。花の香りが鼻孔を優しく触り、適温のハーブティーが音もなくカップへ注がれる。異世界の蝶がひらひらと蜜の香りに引き寄せられ空中で不規則に揺れる姿は、音楽に合わせてリズムを取る踊り子のようだった。リゾート地でバカンスをしているようなゆったりとした時間が流れていく。
 どうしよう、ものすごく優雅なんだけど。贅沢って最高だなおい。

 食事が終わると、ハーブティー片手にパンジーが庭のどの部分を自分で手入れしているかを熱心に教えてくれた。引っ込み思案らしい彼女が一生懸命説明する姿は心が温まる。時々、俺やアリアナと目が合うと、きゃっ、と恥ずかしそうに俯くところがなんともいじらしい。アリアナの目はすでに年下を見るお姉ちゃんモードになっていた。

 さらに話は弾み、洋服の話題へと移った。

「ミラーズの新作はいま作っている最中なの?」

 パンジーが瞳を輝かせて尋ねてくる。エリィの姿に慣れたのか、敬語がだいぶなくなってきていた。

「ええそうよ。今回はチェック柄と新作をいくつか考えているわ」
「まあ! それはすごい!」
「ただ、昨日もお話したけど、ちょっと問題があってね……」
「ああっ。ミラーズの洋服がなくなってしまうかも、というお話ね。おじいさま、どうにかならないの?」

 パンジーがグレンフィディックへ視線を向けた。楽しげに孫と俺達が話す姿を見ていた彼は、優しげな表情のまま口を開いた。

「わしのほうでも色々調べたのだがな、協力することに問題はない。だがな、こちらに利がないのだよパンジー。エリィはどう考えているんだ?」

 そうきたか。
 孫の愛にほだされるほど軽くないってことだな。仕方ない。ある程度の取引はすべきか。

「まず、グレンフィディック様の利益は、パンジーの愛と、洋服が好きな女性達の愛を得られることだわ」
「ほう。エリィは相変わらず面白い言い回しをする」
「このままミラーズが事業縮小をすれば、安価に売られている今のシリーズの値段が高騰し、新作デザインも少なくなる。そうなるとグレンフィディック様は困らなくとも、パンジーが悲しむでしょう」
「そうよおじいさま! いっつも私との約束を破っているのだからね! エリィさんを助けてくれたら今までのことは帳消しにしてあげる!」
「はっはっはっは、パンジーも言うようになったじゃないか」
「おじいさま! またそうやって私のことバカにしてっ」

 いつもこんなやりとりをしているのか、パンジーが片頬をふくらましてむくれている。こんな顔をするパンジーが可愛いから、ああやってからかってしまうじいさんの気持ちは分からないでもない。

「その利益は実に魅力的だがな、私もサウザンド家を統べる長として家の不利益になることはしたくない。もちろん、経済的な意味でだ。バイマル商会と対立する行動は、ミスリルを取引しているわしからするとあまりいい案とはいえんな」

 これはじいさんが俺の申し出を婉曲的に断る逃げ口上だ。サウザンド家は領地内の自警団にミスリル製の防具を採用していない。昔から白いイメージを重視しているため、彼らが好んで使う防具は銀と白銀だ。

「グレンフィディック様は、ミラーズに協力するのは得策ではないとお考えかしら」
「利益の面で見れば。だがエリィとの縁を大切にできる一面もある」
「ふふっ。私と仲良くなっておいて損はないわよ。今ね、ミラーズでミスリルに代わる新素材を作っているの。これが上手くいけば莫大な利益が手に入るわよ」
「なるほどな。完成品を優先的にサウザンド家にまわしてくれると?」
「そうね。開発費を出してくれればマージンを差し上げるわ。これには王国も噛んでいるのよ。国王様はたいへん興味を示されていたわね」
「国王が? エリィは国王に謁見したのか?」
「ええ。つい昨日の話よ」
「……おぬしは人の想像を超えるな」

 やけに嬉しそうな顔でグレンフィディックがテーブルに両肘をつき、手を組んでうなずいている。後ろにいる執事も国王と会ったことに若干の驚きを見せていた。そりゃ、一学生が国王に会って営業してんだもんな。びっくりするわ。

 グレンフィディックはひとしきり感心し、テーブルから肘を離して背を伸ばすと、紅茶を飲んで息を吐いた。

「エリィ、話は分かった。協力しよう」
「まあ、本当に?!」

 きたきたぁ! 嬉しさは抑え気味のほうがいいんだが、ついつい声が大きくなってしまう。あと、エリィも喜んでるっぽいな。感覚で分かるぜ。

「ただし、条件がある」
「なにかしら?」
「エリィ……わしの養子にならないか?」

 ……え? 養子?
 養子って、あれだよな。血の繋がらない子どもを自分の子どもとして養うっていう、あれだよな?
 ……ええっ?!
 ちょ、ちょっと待てじいさん!
 何がどうなって養子にしたがるんだよ。想像を超えてくるのはあんただわ!
 いやいやいやいやまじで意味わかんねえよ!?

「養子? 養子って……あの?」
「そうだ」

 グレンフィディックは真顔でまっすぐこちらを見つめてくる。怜悧に伸びる灰色の瞳がこちらを見据えていた。じいさんの瞳には揺らがない決意のようなものが見て取れる。どうやら本気らしい。
 落ち着け。クールにいこう。クールエリィアンド小橋川オーケーアハン?

 アリアナがめっちゃ驚いているらしく、ぐわっと目を開けてじいさんを見て、耳をせわしなく動かしている。
 ちらっと後ろを見ると、クラリスは驚きを通り越したのか、無機質な顔でグレンフィディックを睨みつけていた。視線からは周囲を凍らすかのような冷気を発している。こわい。久々にこのオバハンメイドこわい。

「おぬしを見た瞬間、運命を感じた。光魔法適性で、奥手のパンジーとすぐに打ち解け、芯が強くて商売人の才能がある。サウザンド家に欲しい人材だ」
「差し出がましいとは存じますが発言をお許しください」

 クラリスがグレンフィディックの声にかぶせるようにして一歩前に出た。
 ここで止めても彼女は絶対に引かないだろう。

「はっきり申し上げますと、そのご提案は承諾できかねます。エリィお嬢様はゴールデン家のご家族様と使用人達が誰よりも愛するお方であり、あふれんばかりの才能をお持ちでございます。お家の行く末を担っていると言っても過言ではございません。養子などという世迷い事は撤回いただけるよう、ご一考いただければ幸いです」

 反論は許さない、という強い口調でクラリスが一礼して一歩下がった。

「まあまあクラリス殿、そう短絡的にならずに話を最後まで聞いてほしい。これはエリィにとって悪い話ではないぞ。まずサウザンド家の養子になればミラーズとコバシガワ商会に便宜を図れることは間違いない。洋服に必須な綿の入荷も今まで以上に安価に仕入れができ、新素材の開発費用なども六大貴族のサウザンド家であれば簡単に捻出できる。さらには白魔法師協会への加入も容易だ。習得の難しい白魔法の教えを優先的に受けることが可能で、恒久的に親族となったゴールデン家の方々もその援助を受けられる。損な話など一つもない」
「なぜエリィお嬢様なのです? 条件に合う方は他にいると思いますが」
「確かに探せばいるだろう。しかし、サウザンド家に見合う風格と才能の持ち主は簡単には見つからんな」
「サウザンド家は一家の大切なご令嬢をわざわざ養子に取るほど人材不足なのでございますか? わたくしはそのような家にエリィお嬢様を養子になどとても考えられません」
「いや、人材は豊富にいるぞ」
「ではなぜでしょうか?」
「一言で言うならば、エリィのことが気に入ったのだ。エリィのような才気溢れる美しい乙女には最高の環境と最高の教育を与えるべきだと考えた。いわばこれは義務だ。才能あふれる若者が己の生まれた環境のせいで芽が出ず、群集に埋没していく姿はこのグレイフナー王国においても存在する悲しい出来事であり、王国にとって大いなる損失でもある。六神もわしの行動を賞賛するだろう」
「ゴールデン家ではお嬢様はダメになる。群衆に埋没してしまう。だからサウザンド家で引き取る。そう仰るのですね」
「ゴールデン家を否定しているわけではない。今よりも、より良い環境になる。そう言っているのだ」
「……さようでございますか」

 クラリスは無表情のまま眉毛をぴくぴくさせて絞りだすように答えた。

 やべえ。これは相当怒ってる。
 口を全く動かさずに小声で「じじい殺すぞコラ……」とか言ってるしまじでやめてください。

 にしてもどうするよ。絶対養子にはなりたくないぞ。
 エリィ・サウザンド……意外と語呂がいいな。ってそんなこと考えてる場合じゃねえ。
 しかし要求が無茶すぎるだろ。いきなり養子になれってありえないわ。

「あのぉ……おじいさま? エリィさんを養子として迎えることが協力する条件になるのはなんでなの?」
「パンジーは嬉しくないのか? エリィがサウザンド家に来ればお前の親族になるんだぞ」
「エリィさんが親族……」

 パンジーは長い前髪の隙間からちょろちょろとこちらを見て顔を赤くしている。

「嬉しいけど……そんな重大なことを急に言われたらエリィさんが困るでしょう? おじいさまは昔からなんでもそうやって無理を通してきたってジャックから聞いているんだけど、今回もそうなの?」

 パンジーがじいっとグレンフィディックを見つめ、じいさんは根負けしたのか目を逸らして執事を見た。ジャックと呼ばれた執事が恭しく一礼する。

「ミスリルの取引は便宜上だっておじいさま前に言ってたじゃない。それにミラーズはこれからもっともっと売れるよ。そんな条件付きでエリィさんを困らせて、味方するなんておかしいと思う」

 パンジーがはっきりした口調で言い、テーブルから身を乗り出してグレンフィディックに詰め寄る。

 やべえパンジーめっちゃいい子。人の気持ちを考えられるいい子や。それに、引っ込み思案で世間に疎いのかな、と思っていたら全然違った。この子、頭いいぞ。家の事情をちゃんと理解しているし、ある程度サウザンド家の物資流通を理解している。
 アリアナがパンジーの頭を撫でたそうに尻尾を動かしていた。ぱっと見るとアリアナは無表情だけど、俺には分かる。この緊迫した空気の中で、プリティ狐耳美少女という和みを発見。

「私、エリィさんと家族になるのはすごく嬉しい。でも、それで誰かが怒ったり悲しんだりするのは良くないと思う。クラリスさんがあんなに怒っているんだよ。おじいさま、考えなおして?」

 グレンフィディックは孫にここまで言われて動揺するかと思いきや、特に気にしたふうもなくゆっくりと口を開いた。

「パンジー。おまえに家のことはまだ早い。何度も言うが、これは才能ある若者を憂いた行動だ。この条件を撤回するつもりはない」

 六大貴族の威厳ある態度でグレンフィディックが背もたれに体重をかけた。

「どうするエリィ。養子になるならサウザンド家は全面的にミラーズとコバシガワ商会に協力しよう。断るようであれば、それなりの行動をさせてもらう」
「それなりの……?」
「ああ、おぬしならだいたい予想できるのではないか?」

 サウザンド家がサークレット家と同様、ミラーズの契約している店を締め上げる、と言っているのか?
 そんなことされたら、まずいなんてもんじゃねえぞ。取引先の半分はやられるんじゃねえか?

「……ひどいわ」

 ぽつり、とエリィがつぶやく。
 勝手に口が動いた。

 グレンフィディックを見つめると、彼はほんの僅かではあるがうろたえ、そして自分の中にわだかまっているものをかき消すように笑った。

「期限はいつまでがいいかな?」
「少し……考えさせてちょうだい……」
「分かった。ではゆっくりと返事を待つとしよう」
「お嬢様、考える必要はございません。グレンフィディック様、パンジーお嬢様、わたくし達はこれにて失礼致します。お話の途中で中座するご無礼お許しください」

 問答無用でクラリスが言い放ち、深々と一礼すると、優しくも有無を言わさぬ力強さで俺の手を取った。

「では、参りましょう」
「そうね」

 ひとまずこの場を離れたほうがよさそうだ。俺が冷静でも、クラリスの怒りボルテージが臨界点まできている。アリアナは怒っていないが、完全な無表情になっていた。

 俺とアリアナは席から立ち上がり、レディの礼を取った。

「それではグレンフィディック様、ごきげんよう。パンジー、また学校でね」
「返事を楽しみにしているぞ」
「エリィさん!」

 パンジーが弾けるようにして椅子から離れて俺の手を取ってくる。

「また……また来てほしいの……。学校で、なんて寂しいことを言わないで」
「あらあら」

 パンジーは遠回しにもうここには来ないよ、と言った意味を理解したみたいだ。

「アリアナさんも、また……絶対に来てね」
「ん…」

 そう言うと、アリアナはパンジーの頭を一度だけ撫で、ほんの少しだけ微笑んだ。弟妹に見せるような愛しさが混じったアリアナらしい笑みだった。
 パンジーはそれを見て何を感じたのか、じんわりと瞳に涙をためてシフォンプリーツスカートを両手で握りしめ、自分の顔を前髪で隠すようにしてうつむいた。

「ごきげんよう」

 再度、グレンフィディックへと挨拶をする。
 じいさんは椅子に座ったまま、目を細めて俺のことを見つめていた。何を考えているのか表情からは読み取れない。ただ、彼の中に何かが渦巻いているように感じたのは、気のせいではないだろう。
 背後に控えていた執事へと視線をズラすと、哀れみとも悲しみとも取れる視線をこちらへ向けて深々と一礼し、そのあとは何の感情も読み取れない顔に戻った。

 俺達は音もなく現れたメイドに案内され、一度も振り返らずにサウザンド邸宅を後にした。

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