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エリィ・ゴールデン ~ブスでデブでもイケメンエリート~ 作者:四葉夕卜/よだ

第四章 グレイフナーに舞い降りし女神

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第7話 オシャレ戦争・その1

 馬車がガタゴトと揺れながら王宮方面へ走る。
 クラリスにお願いして、グレイフナー王国の領地数と現状の力関係を確認し、メモにまとめた。俺が乗り移る前のエリィは貴族の情報を持っていたはずなので、あくまでも再確認だよ、というスタンスで話を進める。サークレット家とそれを取り巻く貴族の関係に詳しいアリアナの補足も入りつつ、内情の再確認ができた。

 誘拐前に仕入れた情報とそこまで大きな変わりはないらしい。

 基本、グレイフナー王国で派閥を組むことは禁止されている。反乱を防ぐためと、王国と国民の利益を最大限にするためだ。
 各領地の内政に手を出したり他家への協力を理由なしで拒否したり、理由もなく他家への攻撃をすると、すぐさま監査が入り、評価が最低になると領地没収となってしまう。王国の監査は、王国の不利益になる事柄に対しては容赦がない。

 ただ、やはり人間なので、仲が良い悪いはもちろんあり、貴族間ではあからさまではないにしろ、水面下で勢力の削り合いが行われている。その逆もしかり。協力体制で利益を上げる貴族も多い。

 今回バイマル商会が行っているミスリルの料金釣り上げは王国の監査をすり抜ける巧みな工作のようで、事を起こす数カ月前にわざと安値でミスリルを卸しており、取引量と金額を調整するため、という言い訳をバイマル商会が王国側へ上げていると予想される。現状そこまでの実害や弊害が起きていないので王国側からすれば、問題ない、という評価なのだろう。
 料金を釣り上げるために、対象の店にわざわざ安値で売っておくとは、敵さんには知恵者がいるな。しかもクラリスの調べでは、バイマル商会の調整する取引量が絶妙で、安値で普段より多く仕入れたけどやっぱり足りない、という量を各店に卸したようだ。

 そうこうしているうちにサウザンド家の邸宅に到着した。

 一番街の賑やかさとは打って変わって、この一帯は閑静な雰囲気に包まれていた。重厚な石造りの門前は掃き清められており、どことなく静謐さを感じる。静けさの中、ヒーホー鳥が穏やかな調子で、ヒィーホォーゥ、ヒィーホォーゥ、と鳴いていた。あの臆病者の鳥も、この辺りでは静かに暮らせるのだろう。

 ちなみに、領地数や王国への貢献度で、首都グレイフナーに持てる邸宅の場所と大きさが決まる。いわば首都グレイフナーにでかい家を持っているのは、貴族にとってのステータスってわけだ。王宮から徒歩十分圏内は、軒並み六大貴族が土地を貰っている。

 貴族のあいだで“引っ越し”という言葉は、いい意味と悪い意味、両方含んでいる。最近じゃ大きな“引っ越し”はないみたいだが、小さい家は魔闘会の結果次第ですぐにお家取り潰しになるため、郊外に邸宅を与えられるようだ。

「私の家はもっとエリィの家に近かったんだよ…」

 サウザンド邸宅を見上げながら、アリアナが寂しげな顔でぽつりと呟いた。
 父親がガブリエル・ガブルに殺されてから、領地数が減り、どんどん郊外へ追いやられたそうだ。今の家は王宮から歩いて一時間かかるからな。
 なんて可哀そうなんだろう。もふもふしておこう。

「ん…」
「さ、前進あるのみよ、アリアナ!」
「そうだね」

 クラリスが門番に取りつぎをお願いすると、事前に話が伝わっていたためすぐに邸宅内へと案内された。


    ◯


 白髪交じりの執事に案内され、俺、アリアナ、クラリスは執務室へ通された。

 室内は独特の落ち着いた雰囲気に満ちていた。家具の一つ一つがどれも年代を感じさせる一品で、木製家具の味が存分に出ている。
 正面に執務机があり、その横に応接用の黒革ソファが設置してあった。

「旦那様。エリィ・ゴールデン嬢とそのご友人、アリアナ・グランティーノ嬢がいらっしゃいました」

 執事がバリトンボイスで、夕日に背を向けワインを片手に立っている痩身の男に声をかけた。

「そうか……」

 憂いを帯びた声色で男が振り返る。
 いくぶん疲れた表情で、痩身の男がこちらを見た。くすんだ金髪には白髪が混じり、額が広い。灰色の瞳は怜悧に伸び、頬と額には深い皺が刻まれていた。六大貴族の当主だけあり、人物の後ろにどっしりとした重厚感が見え隠れする。営業時代に会った大企業の社長も、こんな雰囲気だったな。

「初めまして。ゴールデン家四女、エリィ・ゴールデンですわ」

 優雅なレディの礼をする。
 男の灰色の瞳が俺を捉えると、不自然に揺れて、不意に視線が外れた。なんだろう。エリィが可愛いから直視できないのか?

 男は、俺が読み取れない複雑な感情を瞳に渦巻かせ、何かを決断したのか柔和な笑みを作ってうなずいた。

「サウザンド家当主、グレンフィディック・サウザンドだ。立ち話もなんだ。座りなさい」

 グレンフィディックが今度はしっかりとこちらを見つめてくる。
 疑問に思いつつも執事の案内で黒革のソファに腰をかけ、アリアナが簡単に自己紹介をした。

「漆黒のグランティーノの娘か……。あやつを亡くしたのは王国にとっての損失だった。わしもあやつとは何度か“大モミジ狩り”で一緒になったことがある。黒魔法の発動が速くて機転の利く、優秀な男だった」
「そう…」

 アリアナは父親の活躍を思い描いているのか、長い睫毛を伏せて狐耳をぴくぴくさせる。

「パリオポテスの決闘で領地を賭けてガブリエル・ガブルと闘った、と記憶している」
「はい、間違いございません」

 後ろにいた執事の男が素早く答えた。
 アリアナに答えさせないように、という配慮からだろう。

「あの決闘を見ていたわけではないが、“漆黒”がガブリエル・ガブルにやられるとは思えない。当時、結果を聞いて貴族たちが衝撃を受けた。わしもその一人だ」
「ん…」
「何か裏があるのか、と考えた輩も多い。なんにせよ……」

 グレンフィディック・サウザンドは言い詰まると、軽いため息をついて首を左右に振った。

「……これ以上は無粋だな」
「父は闘って死んだ…それだけ」
「そうだな」

 会話の流れから、場の空気が湿っぽくなってしまった。

 それからグレンフィディック・サウザンドは、空気を吹き飛ばすようにやたらと俺に話しかけてきて、色々聞いてきた。家は過ごしやすいかとか、学校はどうだとか、友達はいるのか、とか。いやいや、あんた久々に帰省した孫に会う感じになってるよ、とはさすがにツッコめない。

 どうやらこのじいさんに気に入られたみたいだ。
 さっき満面の笑みで「そうですわ」と返事をしたら、戸惑った表情を作り、口元を緩ませていた。

 当たり触りない返答をしつつ、本題への切り口を探っていく。
 グレンフィディックの昔話が続き、当時最強の冒険者が集まって『奈落』攻略をしたという冒険譚を話し出す。話は面白かった。が、いかんせん長すぎる。会話がようやく終わったところで洋服の話に持っていった。

「あの服はエリィが作ったのだな」

 なんかすでに呼び捨てになってる。

「考案は私で、作ったのはミラーズのジョーとミサよ。実を言うと前々から王国の流行には疑問を持っていたの」

 こっちもだんだん面倒くさくなってきて試しに敬語をやめた。不興を買うかな、と思いきや、グレンフィディックは灰色の目を細め、嬉しそうに両手で膝を擦りながら、うんうんと大げさにうなずいてくる。こりゃ本格的に好かれたらしい。六大貴族の当主という威厳はなく、孫の友人と話す金持ちの好々爺って感じになってんぞ。いいのかサウザンドのじいさん。

「だからね、防御力を無視したオシャレな服を作ったのよ。今までの流行じゃ女の子の魅力を引き出せないもの」
「それでパンジーがあんなに熱を上げているのか」
「ええ。そう聞き及んで手紙を出したわけね」
「新作のすべてを購入していると分かれば店側で噂にもなろう」
「そうですわね」
「パンジーが毎日洋服を見せにくるからな、わしも多少詳しくなったぞ」
「あら、そうなのね。嬉しいわ」
「エリィに喜んでもらえるなら、パンジーが洋服を見せにきたことは無駄ではなかったな」
「まあ」
「おお、そういえばすっかり話が長くなってしまったな。どうだ、お腹がすいただろう。ディナーを食べて行きなさい」
「あら? もうそんな時間?」

 いや、あんたの話が長いからだよじいさん。と、言いたい。

「ごめんなさい。食事は全員で取るのが我が家のしきたりなの」
「そうか……それは……仕方ないな」

 なぜ孫を失ったみたいな悲しそうな顔するんだよ。どうもおかしいな。どこでそんな好感度が上がった?

「それで、パンジー嬢はどちらに? 一度会ってお話しがしたいんだけど」
「おお、そうか。そうだったな! すっかりエリィと話をしていて忘れていた」

 今思い出した、みたいな顔をしてグレンフィディックが執事に目をやると、執事は素早く部屋を出て行った。ったく、食えないじいさんだなこいつ。
 取り繕うようにグレンフィディックがサウザンド家の逸話について話し始める。
 過去四百年の間で、白魔法の超級使いを二人輩出した経緯があり、その人物らは今でも後世に名前が残っているそうだ。

 やがてドアの向こうの廊下から、バタバタという音が聞こえると、バァンとかなりの勢いで執務室のドアが開かれた。桃色の影が部屋に踊りこんだかと思うと、グレンフィディックの腕に飛びついた。

「おじい様! ひどい! どうして早く呼んでくれなかったの?!」

 今にも泣きそうな顔をした、桃色の髪をした女の子が頬をぷぅっと膨らませて怒っている。じいさんの腕をゆさゆさ高速で揺らし、不満を隠そうともしない。

「ひどいひどいひどい! もうおじい様なんて知らないからね!」
「こらこらパンジー、客人の前だぞ」
「いつもそう! そうやってはぐらかして! お洋服を買いに行く約束だってまだだもの!」
「だからそれは前にも話しただろう。当主が店に行くとなると、それなりの繋がりを覚悟せねばならない。おまえの好きなミラーズに行くのなら、他の家からはそういう目で見られるのだぞ」
「そんなの関係ない! そんなの関係ないっ!」
「あら、はじめましてパンジー嬢」

 パンジーの発言が終わりそうもないので、思わず横槍を入れた。
 パンジーは俺の声で我に返ったのか、ハッとしてじいさんから手を離し、こちらを見ると顔を赤くして後ずさりした。うつむいてしまうと、長い前髪のせいで目が見えなくなってしまう。引っ込み思案なのかもしれないな、この子。

「ゴールデン家四女、エリィ・ゴールデンですわ」
「アリアナ・グランティーノ…」

 二人で立ち上がり、レディの礼を取った。

「ご、ごめんなさい……ですわ。私はサウザンド家次期当主、グレイハウンド・サウザンドの娘、パンジー・サウザンド、です」
「突然の来訪、ごめんなさい。どうしてもあなたに会いたかったの」
「それは……いったいどうして?」

 パンジーは敬語が苦手なようだったので、こちらも砕けた言い回しをしておく。クラリスの調べによると、彼女はエリィの一つ下で、グレイフナー魔法学校の後輩だ。家柄は上でもこれくらいの話し方なら問題ない。というより、グレイフナー王国の貴族は、権力を持って逆らえないという対象ではなく、国のために働く尊敬の対象、といった位置づけになっており、国民との距離は近い。貴族のスルメと一般人のガルガインが、バカ、アホ、で呼び合うところからも格差のなさが伺える。学生同士の敬語うんぬんで首が飛んだりはしないから大丈夫だ。

 あと不思議なのは、貴族、といっても爵位が存在しないことだ。
 地球の制度で当てはめるなら、国王が臣下に土地の支配を認める封建制に近い。だが、いまいちそうとも言い切れない部分が多々ある。
 貴族は存在するも爵位がなく、従軍の義務はあるようだがそこまで強烈でもなく、領地経営には監査が入り住民の声が多く取り入れられ、犯罪は専用の司法機関が裁き、魔闘会なる戦いで領地が増えたり減ったりする。

 グレイフナー制度、と新しく名づけて片付けるのが一番いいだろう。
 政治経済や歴史好きな奴なら何か別の事例と言い換えることができるのだろうが、あいにく俺にそんな知識はないからなぁ。

 そんなことを考えていたら、パンジーが上目遣いで前髪の隙間からじいっと見つめてきた。

「ど、どうしてこちらにいらしたんです……の?」

 俺は言葉を繋ぐために口を開く。

「あなたがミラーズの洋服が好きだと聞いて、よ」
「ああっ! そうなの! 私あのお店のお洋服が好きなの!」

 パンジーは桃色の髪を揺らしてこちらに近づき、ぐいと顔を寄せてきた。
 きらきらと瞳が輝き、桃色の唇を上げる。

「ミラーズのお洋服は全部買っているの。それから雑誌も買って、私なりに色々工夫してオシャレになろうとしているんだよ。はぁ〜、ミラーズのお洋服は素敵だわぁ。それでさっきジャック……執事からデザイナーが来ていると聞いたのだけど、これから来るのかしら?」

 彼女は長い前髪を切りそろえ、ゆるいウェーブのかかった髪を胸元まで下ろしていた。瞳はグレンフィディックと同じ灰色でくりくりと丸い形をしており、純真さが垣間見える。頬はピンク色に染まり、唇も見事な桃色で、背中に羽をつけたら本物の妖精と見間違いそうだった。

 彼女はアリアナの属する“クールプリティ系”と対極に位置する。
 そう、名付けるならば“シュガープリティ系”だ。パンジーを見ただけで砂糖を食べた甘い気分になる。

 ネーミングはともかく、この子は雑誌の小物やアクセサリーコーナーでカリスマ性を発揮するかもしれない。可愛いパンジーが、これまた可愛い小物を紹介するビジョンが、いま、俺の脳裏にパッと浮かんだ。

「私が総合デザイナーなのよ。いつもご利用ありがとうございます」

 エリィスマイルでお茶目にレディの礼を取ると、パンジーが雷に打たれたような驚愕の表情を作って固まった。あまりの驚きで丸い瞳を見開き、あうあう言いながら鯉みたいに口を開閉させた。

「あ、あなたが?! でもデザイナーは男性だって雑誌に!? ああっ! エリィモデル……エリィ・ゴールデン……ああああああっ!!!!!」

 どこのリアクション芸人だ、とツッコミを入れたくなるほどパンジーは驚いて窓際まで後ずさりした。その姿が妙に可愛らしくて、俺とアリアナは顔を見合わせて笑い合ってしまう。

「あなたに相談があって来たのだけれど、もう時間がないわ。また改めて来るから、そのときはお話を聞いてもらってもいいかしら?」
「え? あ、あのぅ! 一緒にディナーをどうでしょうかデザイナー様ッ!」
「いやぁね、デザイナー様なんて呼ばないでちょうだいよ」
「あ、あの、ごめんなさい……」
「そちらのじ……グレンフィディック様にもお誘いいただいたのだけれど、ゴールデン家は全員で夕食を取るしきたりがあるの」

 あぶねー。エリィ補正が入らなかったらグレンフィディックのことじいさんって呼んでたぜ。あまりの威厳のなさに。

「私も帰りたい…弟妹が心配する」

 アリアナがそわそわし始めた。すでに六時半になっている。帰りは時間短縮で馬車を貸してあげよう。

「それは……残念ですわ」

 そうつぶやき、パンジーは自分を呼ばなかったグレンフィディックに批難の目を向ける。じいさんは孫にそんな目を向けられて、眉を下げて所在なさ気に乾いた笑いを響かせた。出会ったときの重厚感はどこへいった。

「では明日、お越しください! お願いします!」
「ええ、もちろん。何時頃がいいかしら?」
「五時はいかがでしょう?」
「ええ、いいわよ。今日と同じぐらいの時間ね」
「いえいえ、午前五時ですっ」
「早くないかしら?」

 はええよ。修学旅行の当日に会う同級生かよ。

「そんなことはありません。お聞きしたいお話がたくさんあるの!」

 また敬語が崩れている。パンジーはよほどミラーズの服が好きなんだな。いま着ている服も、エリィモデルのフレアスカートに花柄のブラウスだ。

「さすがに私にも予定があるわ。クラリス」
「はい、お嬢様。お昼の十二時にお伺いするのがよろしいかと」
「その時間でいいかしら?」
「はい! わかりました!」

 パンジーが伏せがちな目線を上げて返事をすると、グレンフィディックがソファから立ち上がり、頬をゆるませて口を開いた。

「その時間なら一緒にランチを食べようじゃあないか。な、パンジーそれがいいだろう」
「ええ、おじい様! そうしましょう!」
「それでエリィ。相談したいこととは、どういった内容なのだ? パンジーに相談とは、私には想像のつかない事柄だな」

 グレンフィディックは怜悧な灰色の目をすがめ、こちらを見つめてくる。やっと当主らしい顔をしてきたな。

「はい。このままではミラーズの洋服が欠品で溢れてしまいます。ですのでパンジー嬢にご相談をと思いまして」
「ええっ?!」
「それは……どうしてだ?」
「あら、グレンフィディック様もおわかりじゃなくって?」
「……可愛い顔をして、なかなか賢い娘だ」

 六大貴族ほどの大物の耳に、ミスリル値上げの話が入っていないはずがない。ある程度の事情は把握しているはずだ。調べれば、なぜバイマル商会がミスリルの値段を特定の店にだけ高値にしているのかが分かる。

 さて、こちらの欲しい物は伝わってしまった。
 だが、向こうが欲しい物を俺は知っている。
 立場はイーブン。あとは交渉あるのみ。

「おじい様! それは大変よ! ミラーズの服がなくなったら、私もう生きていけない!」

 予想通りの展開にほくそ笑む。

 相手のニーズを引き出して提案する。これが営業の基本だ。逆をいうと、こちらの欲しい物を、どれだけうまい具合で見せるかがポイントになる。あまり必死に食いつくと足下を見られ、そこまで欲しそうな様子を見せなければ冷やかしと思われる。

 向こうの欲しいモノは、パンジーが着るミラーズの服。
 こちらが欲しいモノは、ミスリルの値段を下げること。
 グレンフィディックが孫を愛する気持ちが大きいならば、利害は一致する。

「よく分かった。算段をつけた後、返事をしよう」
「ええ」

 エリィの瞳に、絶対協力してくれよ、という意思を込めてグレンフィディックを見つめる。彼はまるで懐かしいものでも見るかのような表情で、瞬きをした。その目はエリィの後ろにある、遠くのものを見ているようだった。

「おじい様、絶対にお願いね! エリィさんのこと放っておいたら一生口を聞かないからねっ!」
「こらこら」

 グレンフィディックは俺から視線を外し、孫に愛のこもった苦笑を向けた。

「エリィ…」

 遠慮がちにアリアナが袖を引っ張ってきた。そろそろおいとまするとしようか。
 挨拶もそこそこに、俺達はサウザンド家を後にした。



    ☆



 グレンフィディック・サウザンドはエリィ達が帰ったあと、パンジーをなだめるのに三十分ほど使い、夕食を済ませて執務室へ戻ってきた。執事がいれた熱い紅茶をゆっくりと啜る。目を閉じればエリィ・ゴールデンの優しげな瞳と、よく笑う口元が思い起こされ、無意識に唇が開いた。

「あの娘は、美しいな」
「……さようでございますね」

 パンジーにジャックと呼ばれていた執事も、グレンフィディックの意見に同意する。太っているという事前情報は完全に吹き飛び、屋敷へ案内する際に彼女を見てあまりの衝撃に全身が数秒凍りついた。ここまで驚いたのは何年ぶりか彼にも思い出せない。あの子は美しいだけでなく、力強さがあり、人を惹きつけてやまない魅力があった。

「あの女に鼻筋と口元が似ている」

 思い出のアルバムをなぞるように、グレンフィディックは息を吐き出した。
 彼の言い方が妙にはっきりしたものだったので、執事のジャックはほんの僅かだけ目を細めると、肯定する代わりにティーカップへ新しい紅茶を注いだ。

「いかがされるおつもりで?」

 普段はこういった突っ込んだ質問はしないが、ジャックは気になり、それとなく尋ねる。
 グレンフィディックはめずらしい執事の質問をおかしいと思うこともなく、部下たちに集めさせた資料へ目を落とした。

「情報を精査すると、ミラーズはバイマル商会と敵対しているようだな。バイマル商会がミスリルの値上げを行っている店は、軒並みミラーズと取引をしている。大方、ミスリルを餌に自陣へ各店を引きこもうという腹だろう。ミラーズの生産力を削ぎ、自陣の生産力を上げる方針だ」
「気品が欠如したやり方ですが、効果は相当なものでしょう」
「このまま放置して、あの娘がどのように立ち回るか見てみたくもある」
「見ものではございますが……」
「ああそうだ。それではパンジーが何を言うか分からん。ミラーズが潰れでもしたら、わしが一生あやつに恨まれるだろう」
「あの熱の入れようです。一生恨む、というお言葉は本気でしょう」
「誰に似たのか頑固なところがあるからな」

 サウザンド家の人間は古くから頑固者の気質を有していた。それは時を経て変貌し、今のグレイフナーでサウザンドといえば、“凝り性”という代名詞に変わっている。その中でもグレンフィディックの馬好きは特に有名で、彼は各国から全種の馬を集めて飼っており、拡張工事は一度や二度では済まず、どの家よりも馬小屋が大きかった。
 この場でいう“頑固”は、サウザンドの先代を指す軽いブラックユーモアだ。

 ジャックはわずかに口角を上げると、ティーカップをトレーに乗せ、代わりにブルーベリーに似た果実の皿をグレンフィディックの前へ置いた。

「が、一時的に嫌われるのも仕方がない」
「旦那様……?」

 グレンフィディックが灰色の目を光らせ、不敵な笑みを浮かべた。

「わしは、エリィが欲しい。サウザンド家に招き入れたい」
「それは……」

 さすがのジャックも、長年連れ添ってきた彼がここまではっきりと己の欲を宣言すると思わなかったため、驚きが表情に出てしまった。

「おぬしでも驚くか……。だがな、今日エリィに会ってわしははっきりと分かった。どう記憶を閉じ込めようが、あの女の思い出は消えぬ。エリィに会ってまざまざとあの若かりし頃の青春が浮かんできた。なに、年寄りのたわごとだと笑ってくれていい」
「笑うなど……」
「ジャック。エリィを養子としてサウザンド家で引き取るぞ」
「なっ! 本気でございますか!?」

 ジャックは主人の言葉に、思わず声を荒げてしまう。
 グレンフィディックの孫にあたり、今年で十七になるホォンシューと結婚させてサウザンドに嫁入りさせるのかと予想していたのだ。それが、まさかの養子宣言。確かに古来より子宝に恵まれない貴族同士で養子のやりとりはなされていたものの、互いに十分跡取りがいる場合、よほどのことがない限りは出てこない話題だ。

 ましてやサウザンド家もゴールデン家も、子どもがいる。ゴールデン家は女しかいないが、婿養子を取ればそれで済む話だ。女当主として代替わりをしてもいい。

 何よりエリィが承諾するとはジャックには到底思えなかった。今日話した感触では、彼女も相当に芯が強い。養子にしてやる、はいそうしましょう、とはならない。絶対に揉める。

「養子にすれば正式にわしの子どもだ」
「それは……そうでございますが。アメリア様とのことはどうされるのです」
「どうされるのです、とは?」
「会わぬわけにもいかないでしょう。自分の子どもを養子に出すのでございますから」

 そうは言ったものの、ジャックはグレンフィディックの瞳に自責と懐古の光が宿る様子を見つけ、言葉尻が小さくなった。

「あやつはわしに会おうとはしないだろう。自分の母親を捨てた相手だぞ?」
「それを旦那様が言われるのですか?」

 主人のあまりの倒錯ぶりに、ジャックは諫言を投げる。
 捨てた女の孫を、養子として引き取るなど向こうが承諾するはずがない。

「エリィは四姉妹の中で唯一の光適性者だ。これに運命を感じずにいられるか?」
「……」
「無理を通すのがサウザンドだ。わしの最後のわがままだと思ってくれ」
「さようで……ございますか……」

 ジャックはあきらめた口調でつぶやき、恭しく一礼した。
 グレンフィディックは過去の女に捕らわれ、妄執を己の心でこじらせている。普段ならばこのような意味不明な行動を彼は取らず、理知的であり、六大貴族の当主らしい人物であった。

 それを壊すほど、あのエリィという少女は強い光を放っていた。眩しく輝き、美しく、まるで婉美の神クノーレリルのような慈愛に満ち、周囲を明るく照らす光魔法と同じ温かさを有していた。そのすべてが、グレンフィディックにとっては猛毒だったのかもしれない。

 ジャックはこの先の展開が読めず、異物を大量に飲み込んだような胃のむかつきを覚え、頭の奥がじんわりと硬化していく思考の不明瞭さを感じ、いいようのない暗い感覚を味わった。とにかく自分の仕事をやるだけ、と言い聞かせ、当主が正気に戻るまで見守る決意を固めた。

 窓の外では暗闇に紛れたヒーホー鳥が、ゆったりと長い声で鳴いている。
 このときばかりはのんきに鳴いている臆病者の鳥を、ジャックは羨ましく感じた。






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敬愛する読者皆さま。お盆、いかがお過ごしでしょうか。
作者でございます。

いよいよ書籍が8月18日に発売となります。
それに合わせてwebでもなにかやりたいッ
という作者のおまつり魂が鎌首をもたげて参りましたので、前々から考えていた本編とは別のショートストーリーを18日にアップしようかと思っております。小橋川&エリィではない誰かの話を二つほど・・・ざわ・・・・ざわ・・・

ということで、次回更新は8月18日です。
お時間あれば是非ご覧ください。

また、書籍の表紙がとてつもなく綺麗で素敵です。
それこそステキングが玉座でツイスト踊るぐらい素敵です。
書店でお見かけしたら是非ともお手にとって吟味してください。私はアリアナの狐耳の毛がふっさふさしてるのに感動しました。書籍版の題名は『エリィ・ゴールデンと悪戯な転換〜ブスでデブでもイケメンエリート〜』に変更になっておりますのでご注意ください。

いつもご愛読ありがとうございます。
引き続きよろしくお願い致します。
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