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エリィ・ゴールデン ~ブスでデブでもイケメンエリート~ 作者:四葉夕卜/よだ

第四章 グレイフナーに舞い降りし女神

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第6話 視察するエリィ

 到着したミラーズには客の列ができていた。
 ざっと数えて五十人ほどだろうか。若い女性が多く並んでいて、雑誌『Eimy』を片手にお互いの服装を見せ合ったり意見を交換したり、おしゃべりに興じている。その他には、洋服通っぽいご婦人や、流行に敏い若い男性、中には上京してすぐの田舎娘っぽい子もいて、所在なさ気にきょろきょろと首を動かしていた。

 馬車がミラーズの前で停まり、窓ガラスから顔を離した。クラリスが素早くドアを開けてくれる。

「混んでる…」
「素晴らしいわ! 儲かってるわね!」

 アリアナが楽しげにミラーズを見た。俺が勢いよく返事をすると、にこりと笑って顔を上げる。

「エリィは儲け話が好きだね…」
「そうね。世の中儲けてなんぼよ」
「ふふっ、そうかもね…」

 馬車から下りつつ、そんな会話をする。
 アリアナはずいぶんと笑うようになった。出会ったときはほんと暗かったもんな。

「お足元にお気をつけください」
「ありがとうクラリス」
「ん…」

 俺とアリアナは馬車から下りて道路を渡り、店の前で立ち止まった。
 懐かしい店構えが目に飛び込んでくる。

 控えめな字体で刻印された『Mirrors』の看板。白亜の木製ドアに大きな鉄製ドアノブ。店の壁にかけられたイチオシの新作。その周りをふよふよと光が浮かんでいる。

「懐かしいわ」
「うん…」

 舞い戻ったミラーズの前で、試作品の服を着て立っていることが何だか感慨深い。

 俺が薄ピンクのツイードワンピース。アリアナは白の割合が八割の白黒タータンチェック柄のツイードワンピースを着ている。形がノースリーブで、インナーが黒のシースルーシャツだ。胸元にはシルク生地のボウタイ付き。この状態で“トキメキ”されたら、ガチで心臓が停止するかもしれない。

 俺達が店を眺めていると、列に並んでいた客が一斉にこちらを見た。
 全員ぽかんと口を開け、動きが停止する。

 一人で列に並んでいた青年が飲もうとしていた水筒を取り落としてころころと転がし、田舎娘っぽい少女は分厚いスカートを握りしめて顔が赤くなり、きゃぴきゃぴとはしゃいでいた女子グループが手に持っていた雑誌を地面へ落とした。

 十秒ほど店の前が静かになった。
 アリアナが、なんで静かになってるんだろう、と首をかしげる。

 そして今度は全員が正気に戻ったかと思うと、ざわざわと騒ぎはじめた。

 青年は恥ずかしげに地面と俺達を交互に見て頬を上気させ、田舎娘少女は自分の服と俺達の服を観察して愕然とし、女子グループは落とした雑誌をものすごい勢いで拾って、どのページにある商品なのか声高に喋り出した。他の客も俺とアリアナを見て、「あの服が欲しいよぉ」とか「綺麗すぎる」とか「狐の子がパネェですわ」など口々につぶやいている。

 青年が落とした水筒が足下に転がってきた。
 お淑やかに拾い、彼に近づいた。

 列に近づいていくと、喧騒が収束し、全員の視線がこちらに向く。アリアナが横に並び、クラリスがメイドらしく一歩下がって後に続く。
 水筒を差し出すと、青年は顔面を硬直させた。限界まで両目をかっ広げて、エリィの顔を食い入るように見つめてくる。

「落としましたわ」

 美しく、優しげなエリィの声がミラーズの店前で響いた。
 自分でしゃべったにも関わらず、話し方の優雅さと、声に込められた優しさに、心が満たされる感覚が胸に広がっていく。

「あ、ああああ、ああ、ああの、ありありありありがとうございますです!」

 青年が尋常でないどもり方をしつつ礼を言って水筒を受け取る。右手が震え、彼は水筒をまた取り落とした。いや、エリィが美人で可愛いのは分かってるけど、そんなに緊張しないでもいいと思うんだが。

 また水筒を拾い、ちょっとした茶目っ気で、「もう、ダメじゃないの」と笑いながら青年を叱った。

「ひゃっ……」

 彼は赤い絵の具をぶちまけたみたいに顔を真っ赤にし、ロボットのようなカクカクした手つきで水筒を受け取った。アリアナが、弟と妹に向けるような優しげな眼差しで、くすくすと楽しげに笑う。きゃわいい。

 周囲からため息とも深呼吸とも取れない、何ともいえない吐息が漏れる。話しかけたい気持ちもあるが、近寄りがたい、ってところだろうな。まあ確かに今の格好はよそ行きの服装だから、一般人っぽさはあまりない。

 ちょうど後ろにいた田舎っぽい娘に目を向けると、彼女は何がショックだったのか、初恋の相手が別の女とキスしている現場を目撃したような顔で呆然としていた。
 ああ。たぶん都会に出てきて、未知の服装や女性に衝撃を受けているんだろう。都会への憧れもあるかもしれない。

 いち早く気づいたアリアナが、ちらりと視線をこちらに送ってきた。相変わらず睫毛が長い。
 田舎っぽい娘の彼女にはミラーズに来たことをいい思い出にしてもらいたい。フォローしておくか。

「今日は何を買いにきたのかしら?」

 話しかけられると思っていなかった田舎娘は、弾かれたように顔を上げた。

「い、あ、あ、あ、あの……あ、あ、あの……」
「うん?」

 田舎娘のテンパリ方がやばい。防御力のみに重点を置いた、春先なのに分厚いスカートを握りしめ、うつむいてしまう。
 だがそれもつかの間。エリィの優しげでほんわかした空気に馴染んできたのか、田舎娘が照れた顔で何度もおさげを直しながらこちらを上目遣いで見てくる。この辺はさすがエリィと言わざるをえない。

「ワ、ワンピースでしゅ……」
「まあ。ひょっとしてストライプの?」
「そ、そうです。前に見た大通りのポスターが忘れられなくて……」

 あの『Eimy特別創刊号』の巨大ポスターのワンピースか。あれは強烈だよな。エイミー可愛いし。少なくない国民があのポスターに影響を受けた、とクラリスからは聞いている。

「うーん。でもあなた、あのストライプワンピースより似合う服があると思うけど?」

 素朴な雰囲気の彼女に、あの都会テイストのワンピースは似合わない。もう少し大人になってから買うべきだ。それよりも、今の自分の魅力を最大限に活かしてほしい。

「ちょっと背伸びしました、っていうギリギリのラインを攻めてほしいわね。身長も私ぐらいあるし、動きやすくてあなたの魅力が存分に出る、キルトスカートなんていいと思うわ。こうやって布をスカートに巻いて、腰の横でベルトとかピンで止めるはき方ね」

 話しているうちにだんだんと熱くなってきてしまう。
 田舎っぽい娘は何がなんだか分からない、と顔中にはてなマークを浮かべた。

「牧歌的な雰囲気を出しつつ、大人の魅力を匂わせるパターンね。民族衣装みたいにならないようトップスが重要だわ。スカートを短めにすれば夏前まではいけそうね。やっぱり上は、紺色のセーターか……いや、白い薄手のセーターがいいわね。形は丸襟とVネック、どっちでもいいか。髪の色が茶色で短めだから、服に乗せるって演出はできないし、トップスは無地じゃないほうが面白いかしらね……」

 となると装飾品は細いネックレスだな。そんでもってVネックセーターなら、襟元に紺と赤のラインを入れたい。学生っぽい雰囲気はこの子に似合うし、チェック柄のキルトスカートとのセットなら完全にハマるだろう。

 と考えると、靴はくるぶしまであるブーツで、ニット帽があると尚良しだな。そうするとちょっと子どもっぽくなるから、髪型を変えてもらうか。

 あ、それならネックレスはなしにして、ピアスをしてもらって大人力アップを狙うって手もある。背伸びしてる感じが出ていいだろう。よく見ればけっこう胸もあるし、ちょっとぐらいサービスで胸元が大きめに開いたVネックでもいいよな。いやぁ、それはあまりにもあざとい……だが男ってもんは単純だからな。問題はこの子の周りが何て言うかだ。まあ、俺がそこまで考える必要はないとは思う――

「あ……あのぅ……」

 田舎娘から恥じらいの声が上がった。
 気づいたら、彼女をじろじろと眺めながら考えごとをしてしまっていた。

「あら、ごめんなさい。私ってどうも考えだすと止まらないの」
「あ、あの! いま言っていたキルトスカートという服は売っていますか?!」
「どうかしら? ジョーが作っていればあるけど……たぶんないと思うわね」
「そうですか……」

 彼女は残念そうに顔を伏せた。

「それならお店にお願いして作っておくわ。次、お店に来たときにあなたにプレゼントするわね。じろじろ見てしまったお詫びよ」
「えぇっ! そ、そんな恐れ多い……」
「いいのよ。女の子は可愛くなくっちゃね」

 女はいくつになっても可愛くあれ。by小橋川。

「あ、あなたはいったい……」

 田舎娘が、俺が誰なのか聞こうとしたところで、店の入口から悲鳴のような叫び声が響いた。驚いてそちらを見る。

「あああああっ! 来た! 本当に来た! マグリットちゃんたいへんですぅ!」

 ミラーズの店員らしき活発そうな女の子が入り口から外へ飛び出し、俺を見て店内に向かって大声を上げた。なんだなんだと列の客がざわめきだす。いつもいるドアマンの男が、警戒して背負っている剣に右手を添えた。

 その声を聞いて、店中からキュロットスカートをはいた落ち着いた雰囲気の女の子が出てきた。胸まで伸びたライトグリーンの髪がきれいに内側へウェーブしている。
 彼女は先頭で入店を待っていた客に「申し訳ございません」と謝罪しつつ、活発な女の子の首根っこをつかんだ。

「ポピーちゃんうるさいんですのよ! お客様がいるから静かにしなさいとミサさんから散々言われているでしょう?!」
「マグリットちゃん! ミサさんが言っていた、金髪で、垂れ目で、ツインテールで、物凄くスタイルがよくて、足が長くて、顔が小さくて、優雅で可憐でお淑やかなのにどことなく行動力がありそうな、女神みたいな女の子が本当に来ましたぁぁっ!」
「そんな神話に出てくるクノーレリルみたいな人いるわけないでしょう!」
「いるんですぅ! そこに! ミサさんはやっぱり嘘ついてなかった!」
「ポピーちゃん……あなたそんなことだから低俗な詐欺師に騙されるんですのよ。ミサさんも冗談きついですわ。現実にいもしない私より年下の女の子がミラーズの総合デザイナーだなん……てっ?」

 マグリットと呼ばれたキュロットスカートの女の子は、俺と目が合って次に言おうとしていた言葉を飲み込み、ポピーという子の襟首を力なく離した。

 よく分からんが、とりあえず笑顔で会釈をしておく。向こうも、顔を引き攣らせたまま会釈を返す。

「う、うそ……」
「ね! ね! だから言ったでしょう?!」
「ほ、ほ、ほ、ほんとに来たぁーーーーーっ!!!」

 マグリットの姿からは想像できないような絶叫が、ミラーズとその路地に反響する。列に並んでいる客達から、好奇心があふれ出て目が輝きだした。通行人も足を止めて店を眺めている。

「だから言ったじゃないですかぁ、ミサさんが嘘つくわけないって」
「ポピーちゃん、私のほっぺたをつねってちょうだい」
「ええーなんでです?」
「あの子が消えていなくなってしまうような気がするのよ」
「精霊とか幽霊じゃないですよ〜」
「いいから早くっ!」
「もう、しょうがないですね」

 ポピーはマグリットの白い頬を思い切りつねろうと手を伸ばす。二つの指がほっぺたをつまもうとした瞬間、ごつんごつん、と豪快なげんこつが二人の女子を襲った。

「はぁぅ!」
「ったぁい!」
「店の入口で何をはしゃいでいるの! 早くレジに戻りなさい! 申し訳ございませんお客様、いま順番が来ましたので、わたくしがご案内させていただきます」

 店内から出てきたミサが般若のように怒り、そして最前列の客に謝罪する。客である若い女子二人は、怒るより、むしろ楽しんでいた。好奇心をむき出しにして、「あちらのお嬢様は誰なんですか?」とミサに尋ねた。
 その言葉を受け、ミサは俺を見ると、ぱぁっと笑顔になってボブカットを揺らしながらこちらに駆け寄ってきた。

「エリィお嬢様! お待ちしておりました! きっと本日視察に来るだろうと思い待機していたのですが、新人がとんだ粗相をいたしまして……」
「いいのよミサ。それより元気な子達ね」
「ええそうなんです。ああ見えて選ぶ服が昔の感覚にとらわれておらず、お客様へのアドバイスも的確ですわ」
「ジョーはいるの?」
「ええ、工房で指示出しをしております」
「いい服ね。これはすでに販売されているモデルかしら」
「試作品ですわ」

 ミサは紺色チェックのアンブレラスカート、白シャツ、灰色のジャケットを、袖を通さず羽織っている。

「エリィお嬢様もアリアナお嬢様も、ツイードワンピースがお似合いですわ。洋服も喜んでいるように見えます」
「まあ、ありがとう」
「ん…」
「ミサ、お願いがあるんだけどいいかしら」
「はい、なんなりと」
「こちらの子に、キルトスカートの新作ができたら無料で進呈してちょうだい」

 急に俺とミサに目を向けられ、田舎っ娘は顔を真っ赤にした。

「キルトスカート?」
「あとで説明するわ。それではお買い物を楽しんでね。ごきげんよう」
「あ、あの……!」

 意を決したのか、田舎っ娘が大声で尋ねてくる。

「ありがとうございます!」
「気にしないで。それから、ごめんなさい。洋服は好きなものを買ってこそよね。厚かましいアドバイスをしてしまったわ」
「い、い、いえ! しょんなことは!」
「それならよかったわ」

 ミサに促され、店内へと足を向ける。
 いやーこういうのやってみたかったんだよな。デザイナーが普通の女の子にアドバイスして、新作を無料であげちゃう的なね。そして女の子はこの日からデザインに目覚めて人生が変わった……とかすごい映画っぽいじゃん。

 ミサは最前列にいる女子二人の前まで来ると立ち止まり、丁寧にお辞儀をした。

「先ほど、こちらのお嬢様がどなたか、というご質問にお答えいたします。こちらのお方は、代々美男美女を輩出しているゴールデン家の四女、エリィ・ゴールデン嬢でございます。そしてこのお方こそが、ミラーズの総合デザイナーであり、エリィモデルの創案者でもあります」

 誇らしげな表情でミサは俺を持ち上げまくった。

「この女の子が……」
「すごい……」

 最前列の女子二人は呆けた顔でこちらを見てくる。憧れと驚きの感情が、女の子達から発せられていた。


    ◯


 賑わう店内を通り抜けてジョーのいる工房へと入った。
 工房内は以前より雑然としており、壁には隙間なく洋服のデッサンが貼られ、作りかけの服が室内のハンガーに百着ほどぶら下がって布切れや糸くずが落ちている。奥の大きなテーブルで、ジョーと、四人の男が広げた幾つもの服を睨んで話し込んでいた。

「色がイメージと違う。縫製はすごくいい。これなら多少動いてもちぎれないだろう。ああ、こっちは裾に折り返しをつけてほしいんだ。あとは藍色のストライプをつけて。このチェック柄は黒が多すぎるから却下。この靴下は発注より十センチも短くなっているけどなんで? ああ、コストがね……。まあとりあえず作ってよ。需要が出ればコスト回収なんてできるから。これはやっぱり強度がダメか……。レースを組み合わせて作るのはどうかな。縫製もちがうやり方でやればいけるんじゃないか?」

 どうやら発注していた服や生地の確認をしているようだ。それにしてもすごい速さで処理しているな。テーブルには百点近い洋服が並んでいるから、あれぐらいのスピードでやらないと一日で終わらないか。

 邪魔しちゃ悪いと思い、工房内に貼られた壁のラフ画を見て時間をつぶす。

 クラリスは待たせていた飛脚をゴールデン家に走らせ、アリアナは興味深げに獣人用の帽子を見つめている。ポカじいは店に入る前に、酒でも飲んでくるわぃ、と言ってどこかにいった。バリーは馬車で待機している。

 そうこうしているうちにジョーは俺達の存在に気づいた。しかし、ひっきりなしに来訪者が現れて、こちらに来れない。かなりエリィを気にしているようだったが、仕事を優先させるその対応に男らしさを感じた。やはり男が専門的な仕事に打ち込む姿は見ていて気持ちいい。

 アリアナに帽子をかぶせて色んなポーズを取ってもらい遊んでいると、一時間ほどで飛脚が戻ってきて、先ほどの返信を持ってきた。クラリスが賃金を支払い、手紙を受け取って封を開けてくれる。
 差出人は当主グレンフィディック・サウザンド。内容は『本日の夕刻以降、いつでも歓迎する』という色よいものだった。今日いきなりとはずいぶん急だな。しかも当主自ら会ってくれるとはなんと好都合。

「お嬢様、どうされますか?」
「最優先事項だからね、ジョーには書き置きを残してこのまま行くわ。飛脚に頼んでサウザンド様に返信をしてちょうだい。それからミサに頼んで試作品をいくつかもらっていきましょう。パンジー・サウザンド嬢が喜ぶでしょう」

 終わりそうもない確認と打ち合わせをしているジョーの耳元で「また来るわ」と伝える。ジョーが残念そうな顔を見せると、取引先の男たちが笑いながら、お熱いですな、と茶化してきた。

 顔面がホットになりそうだったので、すぐにジョーから離れ、書き置きを残しておく。
 内容は『王国の広告の許可がおりたこと。ファッションショーを開催すること。新素材の開発に王国が関わること。サウザンド家には俺達だけで行く』の四点だ。要点だけをまとめて書いておく。ついでに別枠で、キルトスカートのことも簡単に記述しておいた。

 こういうとき、電話とメールがあればと思ってしまう。あれは便利すぎだ。こっちにきて一年近く経つのに、いまだにポケットにスマホが入っていないか確認してしまう自分がいる。ちなみに通信できる魔道具は存在しない。残念すぎる。


    ◯


 工房を出て、ミラーズ店内に入ったところで、周囲が騒がしくなった。

 入り口の向こうで怒鳴り合う声と魔法がぶつかり合う物騒な音が響き、足を踏み鳴らして男三人が店に入ってきた。全員、薄汚れた革鎧を着こみ、風呂に入っていないのか顔中が茶色く汚れている。
 綺麗に清掃され、商品が美しく並び、女性の甘い香りが漂う店内に入ってきた男達は、場違いもいいところだった。

「おお、いい女ばかりいるじゃねえか」

 三人の真ん中にいる顎が割れた男が、下卑た笑いを浮かべた。客と店員、ミサ、ポピー、マグリットを舐め回すように見ている。そして、俺とアリアナに目を止めると、一瞬動きを止め、ほぅ、と舌なめずりした。なにが「ほぅ」だよ。

「奥様への贈り物でしょうか? よろしければご相談させていただきますわ」

 ミサが営業スマイルで三人に近づいていく。客と店員はほっとした顔をした。

「お頭。あっしはこの女がいいです」
「俺はあの奥にいる超上玉の狐の娘で」
「俺様は奥の金髪で垂れ目の女だ」
「あ、あのお客様……!?」

 ミサが言い終わるか終わらないかのタイミングで、右端にいた背の低い男がミサの腕をつかんだ。

「お、おやめください! このようなことを天下の首都グレイフナーでしていいとお思いですか?!」

 ミサが気丈にも大声で叫んだ。

「聞け! こちらにいるお頭は冒険者協会定期試験、なんと650点! 身体強化もできるツワモノだぁ! 逆らうとどうなるか分かっているだろうなぁ!」
「門番は店の前でノビているぞぉ!」

 右の背の低い男と、左にいる長髪の男が、ツバを飛ばしながらゲヒゲヒと笑い、脅してくる。確かに、開けっ放しになった店のドアの向こうで、ドアマンの男が大の字で地面とお友達になっていた。

「なぁに、警邏隊が来るまでにお前らをいただいていくだけだ。逆らうようなら、こうだ」

 お頭と呼ばれた男が鉄製のハンガー掛けに手を伸ばし、おもむろにつかむと、握りつぶした。鉄のひしゃげる不快な音が店内に響き、店員と客の女子達が、声にならない悲鳴を上げる。全員が壁際に逃げ、店員はレジカウンターの裏に隠れて顔だけ出して店内をのぞく。器物破損と婦女暴行で有罪確定だな。

「離してください! なぜこのようなことを!」
「最近、ずいぶんと羽振りがいいみてぇじゃあねえか。ちょいと仕事をサボって俺らと遊ぶぐらいいいだろう」

 もう少し様子を見てもよかったが、エリィが怒っているらしくツインテールがパチパチいいながら浮かんでいる。アリアナが、もうやっちゃっていい? と目線だけで聞いてくるので、首を横に振った。ここは俺にまかせてもらおうか。

 アリアナが不満そうに睫毛を伏せ、クラリスが冷ややかな顔で男達を見つめた。

「その汚い手を彼女から離してちょうだい」

 そう言いながら、一歩前へ出る。
 三人組が少し驚いた顔をするも、前に出た人物が俺だと分かり、見下した顔つきに戻ってへらへらと笑った。三人組には、可愛いお嬢様が健気にも店の人間をかばっているように見えるのだろう。

「お嬢様! おやめください!」

 ミサが叫ぶも、つかまれた手は離れない。背の低い男はついにミサを引き寄せ、無理矢理抱きすくめた。

「やめ……離して!」
「てめぇみたないい女、離すわけねえだろうが」
「あらあら……離してくれたら、私がお相手をして差し上げますわよ」

 そう言って右足を前へ出し、俺はスカートの右側についているボタンを、ゆっくりとはずしていく。タイトに作られたツイードワンピースでそのまま戦闘なんかしたら破れてしまう。ジョーとミサが作った仕立てのいい服だ。こんな奴らのために破くのはもったいない。

 にしてもあれだ。自分としては「俺が相手してやるよ」と凄んだつもりだったんだが、エリィに変換された言葉は妙に艶めかしい言い回しになっている。周囲の視線が痛い。もういっそ、計算高い女子力をチラ見せさせて相手の油断を誘う、小悪魔系女子のポジション狙ったほうがいいんじゃねえかな。まあ、やったらやったで顔面がオーバーヒートする問題があるし、難しいところだけど。

 ジョーお手製の、即席スリットボタンを外す音だけが店内に響く。全員が食い入るように俺の行動を見つめていた。

「お、お、おお、お、おおぅ。せっせっせ、せっせ、せせせ積極的なのはいいじゃあねえか。きき、気に気に気に気に入ったぞぉう。お前は今日から俺の女にしてやる」

 お頭が、徐々にあらわになっていくエリィの太ももに釘付けになりながら、鼻息あらく息巻いて拳を握る。いや、動揺しすぎだろ。

 気づけば周囲から変な声が聞こえていた。

「美しいですわ……」「同姓なのにたまりませんっ」「しゅ、しゅごいいっ」「ポピーちゃん鼻血ッ」「お嬢様……」「あの子が総合デザイナーですって!」「なんて美人。いえ、可愛い人っ」「ハァハァハァ」「素敵ぃ」「あんな子が身代わりにっ」

「手を離してくれるわね?」
「お、おおぅ」

 ミサを抱きすくめていた男が、熱に当てられたような緩慢な動きで彼女を開放した。
 それと同時に俺は身体強化を全身にかけ、一歩で男に近づく。
 “下の上”で高速移動したため、ハンガーにかかっている洋服が強風を浴びたように揺れた。

 男のみぞおちめがけ、軽く掌打を当てた。

「ぐえぃ」

 当然、避けられるわけもなく、変な声を上げて男は腹を両手で押さえて倒れた。

 何が起きているのか分からないうちに、左側にいる長髪の男の前に回り込み、相手の膝の内側を左右に蹴り込んだ。
 くぐもった悲鳴を上げた男が膝を折って崩れ落ちた。目線が下がったので人差し指と中指で目潰しして、軽く握った拳を下顎めがけて真横に振りぬく。

「―――ッ!」

 長髪の男が脳震盪を起こし、ガニ股で後ろ向き倒れた。

 店内にいる、客、店員、ポピー、マグリットが呆然として倒れた男二人を見つめ、ミサがあわてて男たちと距離を取る。

「な、何をした!!」

 お頭がズボンから杖を引き抜いたので、素早い蹴りで杖を弾き飛ばした。店内で魔法なんか使われたら商品が駄目になっちまう。

 飛んだ杖は天井に当たり、反射して長髪の男の腹にぶつかり、うまい具合に回転して男の鼻の穴にすっぽりと入った。……奇跡ってあるんだな。

「誰に頼まれてここに来たのかしら? 教えてくれたら痛い目を見なくても済むわよ」
「な、なんのことだ」
「バイマル商会でしょう?」
「ち、ちがう!」
「じゃあサークレット家かしら」
「そんなもんは知らん!」
「じゃあどこなのよ! 答えなさい!」

 怒髪天を衝く、とはこのことかもしれない。エリィが怒っていて俺も腹が立っている。足を踏み鳴らすと、バリバリバリッ、と静電気でツインテールが一瞬だけ垂直になった。

「ぐぅっ……。お、俺様は羽振りが良さそうなこの店にたまたま来ただけだ」
「嘘おっしゃい。報酬の金貨がポケットからこぼれているわよ」
「なっ!」

 咄嗟にお頭がポケットをまさぐる。じゃらじゃらと金貨の音が鳴り、ほっと安堵すると、カマをかけられたことに気づいて顔を赤くした。

「て、てめえ!」
「バカな男」
「ぶっ殺す!」

 お頭は背中に隠し持っていたらしいショートソードを引き抜き、大上段から強引に振り下ろした。

 きゃあああっ、という女たちの悲鳴が上がる。

 身体強化をかけて剣の軌道を読み、ショートソードの腹を右手の指でつかんだ。
 ぴたり、と剣撃が止まった。


————ッ!!?


「はっ?」「えっ?」「ええっ?」「ひいいっ、ひ?」「おじょ……うさま?」「つかんでる?」「身体強化の剣撃を?」「しゅごいっ」「ポピーちゃんヨダレがッ」

 これぐらいなら目をつぶっていても対処できる。ポカじいとの、対ショートソード訓練に比べればあくびが出るぜ。

 周囲の驚愕とともに男が混乱し、ショートソードを引き戻そうとする。しかし、剣はエリィの指に吸い付いたように離れず、男が右にいったり左にいったり身体を仰け反らせたりするだけで、びくともしない。男が動かないショートソードと滑稽なダンスを踊る。

 男の身体強化はおそらく“下の下”だ。鉄製のハンガー掛けは中が空洞になっており、その程度のパワーでもひしゃげさせることはできる。下っ端の言っていた650点という点数は相手をビビらすためのブラフだろう。こいつがそこまでの点数を取れるはずがない。

「離せ……この……アマ」
「ダメよ。お店に傷がついたら大変だもの」

 先ほど傷つけられた、鉄製のハンガー掛けをちらりと見た。細身の棒は、真ん中の当たりでひしゃげ、折れ曲がっており、もう使い物にならないことがよく分かる。それは、俺が最初にこの店に来たときから使われてる、ミラーズの大切な道具だった。

 目の前で、汚い男がぎゃんぎゃん喚いている姿を見ていたら、だんだんとむかっ腹が立ってきた。

「ミサがどんな思いでこの店を守ってきたか、あなたには分からないでしょう。苦しい経営を女手一つでこなして、この店を潰さなかったから今の成功があるのよ。それをあなたはズカズカと入ってきて、いい女がいるじゃねえかって? バカも休み休み言いなさいよ……」
「っるせえ! ちょっとばかし可愛いからって調子乗ってんじゃあねえぞ!」

 男は両手を離してショートソードを放棄し、右拳を真っ直ぐこちらに突き出してきた。普段ならもう少し洗練されたパンチなのだろうが、興奮のせいか振りが大きすぎる。

「らぁぁっ!」
「あら……」

 俺は瞬間、ショートソードが天井に突き刺さらないよう力加減をして放り投げた。

 女に手を上げた。もう容赦はいらねえ。
 十二元素拳「風の型」で男の拳をかわし、右拳で顎を打ち抜いて、左拳打を三連打。胸の中間、みぞおち、へそ下へお見舞いしたあと、左足を踏み出して体重を乗せた右掌打を男の土手っ腹にめり込ませた。

「ひゃぐっ―――!!?」

 ボキャッ、という嫌な音を立て、男が後方へとすっ飛んだ。
 狙い通り、ミラーズのドアを一切傷つけず、男の身体は糸を引いたように店外へ飛び出し、路上の馬よけにぶつかってひっくり返って、店に頭を向けてうつ伏せに倒れた。急に飛んできた男に驚いた通行人が、軽い悲鳴を上げた。

 刹那の出来事だったため、投げたショートソードはまだ床に触れておらず、空中で回転しながら眼前を落下していく。

「忘れ物よ」

 ぽかんと口を開けて見ている店内の女性陣を尻目に、スカートをひらめかせ、一回転してショートソードの柄をヒールのつま先で蹴り込んだ。
 エリィの美脚に蹴られたショートソードは、さも嬉しそうに一直線に飛んでいき、倒れている男の背中にある鞘へ、カシャン、と見事に収まった。倒れた男を見ていた通行人が、いきなり鞘に収まったショートソードを見て、おおっ、と驚きの声を上げる。

「へっ……?」「はれ?」「……?!」「あぶ……なっ?」「何が………?」「すごい……」「しゅごしゅぎぃぃ」「ポピーちゃん白目にッ」「エリィかっこいい…」「お嬢様……」「男が……飛んだ??」「剣が……」

 ポカじいとの訓練どおり、人間の弱点である正中線に拳を叩き込んだ。

 身体強化は“下の下”まで落としたので、男は魔法で治癒しない限り数週間立ち上がれないダメージを負った。まあめっちゃ弱かったが、自分より身長の高い相手とのいい訓練になったな。

 そんなことを考えつつ、静かに、厳かに、ツイードワンピースの開いたボタンをしめていく。スリットのようにばっくりと開いていたタイトなワンピースが閉じられていくと、エリィの生足が徐々に隠されていった。

 店内からは悩ましげなため息が漏れ、全員がこの一幕に引きこまれ、現実に帰ってこれなくなっているようだ。まあ、端から見れば映画のワンシーンみたいだ。つーか俺、めっちゃカッコいいな。香港映画の主役いけるな、これ。

 気にせずにワンピースの皺を伸ばして、ゆっくりと店内にいる女性たちを見回すと、腰が抜けたらしいミサの手を取って立たせてやった。

「もう大丈夫ね」

 そう言うと、むしゃくしゃしていた気持ちが晴れ、自然と笑みがこぼれた。

 渾身のエリィスマイルを見たミサは、ハッと我に返って目を見開くと、店内を見回し、床にノビている男二人を見て、店外の路地で痙攣している男に目をやり、そして俺を足先から頭のてっぺんまで眺めると、感極まったのか、飛びついて俺をきつく抱きしめた。

「エリィお嬢様ぁーーっ! カッコよすぎですわぁぁぁっ! わたくしと結婚してくださぁぁぁい!!!」
「こ、こらミサ! 大げさよ!」

 ミサが嬉し泣きしつつ、顔をこすりつけてくる。

「怖かったぁ! でも嬉しかったです! お嬢様がこんなにもミラーズを大切に思っていてくれて、私……もう感激で涙が止まりません!」
「当たり前じゃないの。私達でここまでお店を大きくしたのよ。それをあんな下衆な連中に汚されてたまるもんですか」
「ええ! ええ! そのとおりですわ!」
「さ、泣き止んだら顔を拭いてちょうだい。まだまだ私達の服を買いに来ているお客様がたくさんいるのよ」
「はい、お嬢様!」

 ミサはハンカチを取り出して丁寧に涙を拭き、よし、と気合いを入れると店内をぐるりと見回した。

「皆さま! 悪漢どもは、こちらにいらっしゃるミラーズ総合デザイナーであり、ゴールデン家の由緒正しきご令嬢であらせられますエリィお嬢様が退治してくださりました! ご安心下さい!」

 ミサが両手を広げ、最高の笑顔を作って司会者のように叫んだ。
 しばらくすると、怯えていた客もミサの宣言により思考が復活し、わぁっ、と一斉に歓声が上がる。

「すごいですわすごいですわ!」「まるで王国劇場の舞台のよう!」「いえ、それよりも素敵でした!」「パンチが見えなかったわ!」「シュッとなってシュシュッとパンチですわよ!」「あのスカートが欲しい!」「強くて可愛いなんて反則よっ」「私ファンになりましたぁ」「ポピーちゃん、私もですわ!」「エリィモデルはあのお嬢様が?!」「素敵すぎいぃぃぃっ!」

 さすがは武の王国グレイフナー。みんな、強い者へのあこがれが半端じゃないらしい。気づけば拍手が巻き起こり、黄色い悲鳴がそこかしこから上がった。奥の工房からジョーと取引先の男数人が出てきて、よく分からないけど楽しそうだからまあいいか、と首をかしげて引っ込んだ。クラリスが鼻をふくらませ、どうだ見たか、と腰に手を当てて思い切り仰け反っている。アリアナは倒れている男をナチュラルに踏んづけながら、尻尾をふりふりして拍手をしていた。


    ◯


 倒れている男に下位中級“治癒ヒール”をかけてやり、馬車内でバリーとともに尋問をした。
 反省の色がまったくなかったので、“電打エレキトリック”をさみだれうちして、よい子ちゃんになってもらう。

 男がすっかり毒気の抜けた言葉でしゃべりだすと、胡散臭い話が出るわ出るわで驚いた。

 男達の雇い主は、バイマル商会でもサークレット家でもなく、意外にもリッキー家だった。リッキー家といえばボブだな。

 よい子ちゃんの話では、リッキー家は傭兵業が盛んでこういった裏稼業にも精通しており、誰かがリッキー家を通じて自分たちを雇ったのでは、ということだった。当然、こういった裏稼業が大っぴらになることはなく、首都グレイフナーでの仕事は相当めずらしいようだ。その分報酬も多かったらしい。
 シールドや警邏隊の手が届かない郊外の土地や、統治がうまくされていない場所で、リッキー家の裏稼業は必要悪として存在しており、いざこざがあれば仲介役をしたりしてみかじめ料を貰っているそうだ。最近では、旧ゴールデン家領のマースレインが傭兵たちの本拠地になっており、治安が悪くなっているとのこと。表向きは傭兵で、本業は、裏稼業請負人と悪行連絡所ってところだな。

 リッキー家は犯罪者の案内所のような役割を果たしていると見ていい。

 俺を誘拐したペスカトーレ盗賊団を雇ったのもリッキー家が関係していたようだし、今回ミラーズを襲撃した無法者の手配もリッキー家だ。ボブが学校ででかい面しているのも、性格がひねくれているのも、おそらくこういった裏稼業の影響だろう。

 すべてが暴かれたら国王に速攻で潰されるな。それをされてないってことは、うまく隠蔽しているってことか。後ろ盾にガブリエル・ガブルがいるし、多少強引な手を使っても揉み消せるんじゃねえか? こいつらを警邏隊に突き出したところで、リッキー家は知らぬ存ぜぬで素知らぬ顔をするに決まっている。
 まあ何にせよ、これ以上ミラーズの邪魔をされては困るな。

「クラリス、あれを見せてあげなさい」

 馬車の外で待機していたクラリスを呼ぶと、彼女は車内に入ってきて『冒険者協会兼魔導研究所壁面貸出許可証』と『魔闘会中日・王国劇場貸出許可証』を男に見せた。

「見えるわね? これは国王様に私が直々にお願いしていただいたものなの。これ以上ミラーズとコバシガワ商会に手を出すと、いいことがないわよ。それをあなたの雇い主に伝えてちょうだい。いいわね?」
「わかったよエリィちゃん」
「よろしい。じゃあご褒美に“治癒ヒール”してあげるわね」
「ぼ、ぼくなんかにいいのかな?」
「いいのよ。よい子は褒めてあげるのが私の教育方針なの」
「わーい」

 汚れた顔を破顔させて、よい子の男が諸手を挙げて喜んだ。

 これはあれだな。意図せずして敵のあぶり出しに成功したパターンだな。
 ミラーズの売上げが好調で、ミスリルによる牽制も現状効き目が薄い。だから直接的な手段を打ってきた、と考えるのが妥当だろう。そう考えると、やはりリッキー家に依頼をかけたのはバイマル商会かサークレット家だな。間違いない。


    ◯


 目を覚ました下っ端の二人はまた俺につっかかってきたが、隠し持っていたショートソードを身体強化で真っ二つに割る姿を見せてやると、顔を青くして逃げていった。ひとまずはこれでいい。あとは向こうの出方を見るとするか。

「では他の店舗にも行きましょうか」

 夕刻まで少し時間があったので、ミラーズの支店に顔を出した。

 高級志向の『一番街店』は接客も洗練されており、商品も高品質で高額なものばかりだった。客の目を引くアイキャッチがないものの、自由に見て回れるゆったりした時間が流れており、金持ち貴族には非常にウケが良さそうだ。一般収入の客も入店できる雰囲気なので、そこもいい。
 ただ欲を言うならば、モダンなイメージの内装にしてほしかった。中世ヨーロッパ的な格調高い内装になっていてこれはこれで深みがあっていいが、俺達が目指すは新しいブームと流行のため、もうちょっと違う方向性でいきたい。

 次の『二番街店』は『本店』と同じく列ができていた。並んでいる客は小金持ち風の身なりをしていて、中には普通の村娘っぽい客もおり、わいわいと楽しげだった。店内がかなり混んでいたので、中には入らないでおいた。

 最後の『ディアゴイス通り店』はひとことで言うとカオスだ。このディアゴイス通りは、通り自体が雑然としており異様な活気に満ち溢れている。そこかしこで値引き交渉が行われ、空中には魔法使いが飛び、人混みのせいでたまに立ち止まる必要があった。
 店内も騒々しく、列整理などまったくしていない。店内にはごちゃごちゃと客がいて、人の隙間を縫いながら洋服を確保しなければ買えず、もうあんたたち勝手にしやがれ、とちゃぶ台をひっくり返した状態だ。服の取り合いになるとお立ち台にいる店員が仲裁に入り、コインを投げて勝敗を決める、というこれぞ異世界って感じのギャンブル方式になっている。
 服の種類も多く、防御力度外視の物ばかりだが、オシャレで地球と違った趣の服が数多く陳列されている。どれどれ、値段は……『ノースリーブワンピース・5500ロン』か。そこまで高くない。

 防御力の高い服を量産し、この金額で販売できるようになったら市場のほとんどをかっさらえるな。なんたって防御力ゼロの服でこの入れ食い状態なんだ。新素材開発のやる気がみなぎってくるぜ。


 ざっと支店を回り、時間もちょいどいい頃合いになったので、俺達はミラーズの試作品を手にサウザンド家を目指した。
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