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エリィ・ゴールデン ~ブスでデブでもイケメンエリート~ 作者:四葉夕卜/よだ

第四章 グレイフナーに舞い降りし女神

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第5話 お断りするエリィ

「イヤですわ」

 心の底からそう言った。

「ななっ…?!」
「えええっ!」
「ほっほっほ」
「で、殿下……!」
「あらら……」

 アリアナとクラリスが驚きでなぜか身構え、ポカじいは笑い、リンゴ・ジャララバードは上腕二頭筋と上腕三頭筋を緊張させ、ササラ・ササイランサは残念そうに首を振った。

 まさか皇太子も、こうもはっきりと断れると思っていなかったのか、顔を引き攣らせ、出した右手を引っ込めるタイミングを失っている。

 ディル皇太子は次期グレイフナー国王。将来は安泰だと思うが、これがエリィの幸福に繋がるとは思えない。エリィにはもっとこう、自由恋愛で相手をゲットして欲しいんだよな。
 それに、落雷魔法使用者を身内に取り込もうという国王の意図が透けて見える。息子の感情も計算に入れて、エリィを王国サイドに取り込もうって腹だろう。王国の求心力を高めたり、都市防衛のマスコットにしたりと、伝説の魔法を使える女の子が皇太子の嫁になるとなれば色々と利用価値も高い。さすがに抜け目がないな。

 まあ何だかんだと告白したところで今は俺がエリィなわけだから、脈があるもクソもねえ。だって俺、男だからな。ムリなものはムリっ。

「朕は賛成だ! ダメか?」
「はい。ダメですわ、国王様」
「ディルよ、失恋したな」
「父上!」

 茶化すように肩を叩く国王に、ディル皇太子は批難の目を向け、すぐさまこちらに振り返った。
 これはラブコメパターンの波動?!

「エリィ嬢……では友人の間柄から始めませんか?」
「ううーん」
「私は誰よりもあなたを大切にします」
「ほんとかしら」
「本当ですとも! あなたのためなら幾千の魔物を打ち砕き、幾万の魔法を創造しましょう!」
「あら、それはすごいわ。でも……できるかしら……?」
「何か心配事がおありですか、エリィ嬢?」

 結構な必死具合で皇太子が詰め寄ってくる。勝手に手を握ってくるので、やんわりと離し、人差し指を唇に当てて思案顔を作る。

 あぶないあぶない。男に触れられるとエリィの顔面がすぐトマト色になって、ラブコメ一直線だ。ラブコメするなら男に戻って可愛い女の子としたい。本気で。

 ともあれ、これは有力者が懸想する相手に愛を育むという名目の下、お願いを聞いてくれる流れじゃないか? タダでは転ばない小橋川流。ラブコメパターンを逆手に取って、こちらの目的に話題を寄せていく作戦でいくぜ。

「とある魔法の研究を始めようと思っていますの」
「おお! それはどんな魔法でしょうか。友人として、私にできることがあれば言ってください。幾らでもお手伝い致しましょう! 友人として!」

 やけに友人を強調してくる皇太子。
 食いつきがすごい。これならいける。

「私が研究したいのは転移魔法ですわ!」
「て、転移魔法……?」
「ええ、そうです。手がかりはあるのですが――」
「それは本当か!?」

 今度はリンゴ・ジャララバードが食いついてくる。
 いいぞ。このまま転移魔法のことを調べてもらう流れでいける。王国主体なら相当金のかかる実験もできるはずだ。なにより、転移魔法が完成すれば未曾有の移動革命が起きるし、新しい文明の発展に繋がるかもしれない。王国にとっても悪くない投資だろう。

「ええもちろん。こちらにいる砂漠の賢者様に教えてもらった、召喚魔法の補助魔法陣を持っております」
「ほう! 召喚魔法の補助……ちょっと待て。砂漠の賢者だとっ?」

 さらりとポカじいを紹介した。
 国王が本当にいいリアクションをしてくれる。合わせてリンゴが訝しげにポカじいを睨みつけ、皇太子が二人の視線に合わせて首を向けた。
 じいさんは小難しい顔付きで、ササラ・ササイランサの騎士服のぴっちりしたズボンを押し上げている尻を見つめ続けている。いや、暇なのは分かるがもう少し自重してくれ。

「うむ、暴れん坊でやんちゃな尻じゃ」
「うそっ!?」

 ササラ・ササイランサが回りこまれたことに気づいて、両手で尻を隠しながら飛び退いた。銀の鎧がガチャリと音を立て、右手に持っていた兜が赤絨毯に落ちた。

「ササラが後ろを取られた、だと?」

 一番驚いていたのは、リンゴ・ジャララバードだった。


     ◯


 その後、ポカじいが砂漠の賢者だという説明をした。
 国王達がわりとあっさり認めたのは、落雷魔法を使う俺が弟子入りしていることと、その実力をリンゴ・ジャララバードが認めたことだ。勘の鋭いササラ・ササイランサが背後を取られた事実も大きい。

 リンゴ・ジャララバードはポカじいを見た瞬間から、その強さに気づいていたようだ。さすがに砂漠の賢者だとは思わなかったらしく、それが分かってから是非とも手合わせしたい、と願い出たがあっさり断られた。ササラ・ササイランサも同じ進言をし、ポカじいが条件として尻を触らせてくれと、さも当たり前のごとく提案したので、彼女は無言になった。

「わしも無理にとは言わん。ただ、どうしてもというならば、尻を対価として手合わせしてやってもよい。古来よりこのような言葉があるのじゃ」


——尻を触れば桶屋が儲かる


「この世は何気ないことにも関連があるということわざじゃ。すべての事象には連続性がある。体術然り、魔法然り、尻然り。いまわしがここでおぬしの尻を触ることに、おぬしは納得できぬじゃろうが、いつの日かその意味を見出だせるときがくるじゃろう。だからのぅ。尻をわしに触らせ、認めるべきなのじゃ、己の若さ――」


——“電打エレキトリック


「若さサササササササササササササィランシリリリィィッッ!!」


 スケベじじいは矢を放たれたあとの弓の弦のように震えながら痙攣し、キリキリと回転して、うつ伏せで赤絨毯へ倒れた。当然、黒焦げでアフロヘアーだ。両手両足が見事に九十度曲がり、ブロックのおもちゃみたいになっている。

「……」

 国王、リンゴ、ササラ、ディル皇太子、アリアナ、クラリスが非常に残念なものを見る眼差しでポカじいを見下ろした。

「スケベは…めっ」

 アリアナが冷酷な視線を向けながら、ササラ・ササイランサをかばうように立った。ササラはアリアナを可愛いと思ったのか、顔を赤らめて頬の筋肉を緩めた。

「因果応報でございます」

 クラリスが静かにつぶやき、メイドとして完璧な一礼をする。

 うん。尻を触る触らないの問答で話が逸れるパターンにも慣れたな。
 ということで、何事もなかったかのように絨毯のオブジェとなったポカじいをよそに話を進めた。

 転移魔法の研究は、エリィとの距離を縮めたいディル皇太子が俄然乗り気だ。魔導研究所へ解析を依頼してくれる運びになり、皇太子が公務のかたわら、顧問として進捗具合を見てくれる。エリィマザーも魔導研究所にお願いする、と言っていたので、トップダウンがより強烈になったわけだな。
 マザーにはあとで皇太子のお墨付きをもらった旨を伝えておくか。

 話を聞く限りだと、転移魔法陣の研究は昔から行っていたようで、手がかりがなく研究が頭打ちになっていたらしい。俺が持ち込んだ情報で、新たな資金が投入される運びとなった。魔導研究所の職員が歓喜して研究に打ち込んでくれそうだな。

「国王様。複合魔法については情報共有をお願いしたいですわ」
「して?」

 二文字だけを発して国王は片眉を上げた。
 して、それはどういう意味だ、と言っているらしい。さすがせっかちな国王。

「“有事”が起きると、複合魔法の使用者が集まる、と先ほど仰っておりました。王国側で使用者を見つけた場合、私に教えていただけないでしょうか。何かが起きるのであれば、他の複合魔法使いと協力体制を取らねばなりません」
「それは朕も思っていたところだ」
「ポカじい、少し話してもいいかしら?」
「ふむ。魔法名の開示ぐらいならええじゃろ」

 いつの間にか“電打エレキトリック”から復活したポカじいは、逡巡した後うなずいた。わかっちゃいるけど回復がはええよ。
 ポカじいに礼を言い、国王に向き直る。

 周囲の反応を見る限り、他の複合魔法を知らないようだ。

「いま分かっている複合魔法は、『生樹魔法』『天視魔法』『無喚魔法』『時刻魔法』と私が使える『落雷魔法』ですわ。他の効果や効力は不明ですが、名前が名前なので、すべて強力無比だと考えられます」
「な、なんと! それは重大な情報だ!」

 国王が叫び、ディル皇太子、リンゴ・ジャララバード、ササラ・ササイランサが驚愕して顔を引き攣らせる。

「エリィ・ゴールデンよ、他の人間に話してはおらんな?」
「数人が知っております。信用できる友人達なので問題ございません」
「ならよい。ふむ……そうか……他の魔法はそのような名前なのだな」

 国王はいかめしい表情を作ると、マントをひるがえした。重厚なマントが目の前で通り過ぎ、軽い風が巻き起こる。

「いいぞ! 朕の代で謎が解き明かされていくとはな! 愉快だ! これは愉快だぞ!」
「それは何よりですわ」

 笑顔で返事をしておく。
 もちろんとびきりの営業スマイルで。

 俺の目的は、ずばり、転生するための魔法をゲットすることだ。“有事”とやらには興味がない。むしろ、危険なにおいがぷんぷんするのでどうにかして避けたいところだ。
 複合魔法でも特に、『生樹魔法』『天視魔法』の使用者に会いたい。名前がそれっぽいから、人間の中身を入れ換える的なぶっとび魔法があってもいいはずだ。というより、そんな魔法であることを切に願う。頼む。まじで頼むっ。

 こちらの手持ちカードである“複合魔法の種類と名前”の情報開示をしたので、王国側への要求は通りやすくなった。

「相わかった! どのような情報でもおぬしに与えよう!」
「こちらも何か発見次第、すぐにご報告いたしますわ」
「おう! おう! これは愉快だ! なあリンゴよ!」
「で、ありますな」

 リンゴ・ジャララバードは複合魔法の名前を吟味しているのか、丁寧に礼をしつつも眼光が鋭い。

 国王の言質が取れたので、グレイフナー王国は複合魔法使用者の情報を共有してくれることになった。ユキムラ・セキノに憧れや崇拝の念を抱いているグレイフナー王国にとって、複合魔法の使い手は神聖な魔法使いという位置付けだ。俺に偽の情報をつかませたりはしない。これだけでもかなり安心だ。

 自分で調査をしつつも、王国側に情報が入ればこちらに流してくれる。
 最高の形だな。

 それから国王は、俺が落雷魔法使用者だという情報の入ったルートを教えてくれた。情報源はパンタ国だ。確か、山脈を挟んで隣にある国で、グレイフナー王国とは友好国だったはず。パンタ国の国王は大熊猫族で、身体強化の使い手だそうだ。パンタ国の王パンダ。なんか海外のB級映画の題名っぽい。

 しかも驚いたのが、パンタ国は『無喚魔法』と縁のある国だってことだ。ユキムラ・セキノの仲間、アン・グッドマンという人物が使い手で、無喚魔法使用者に託している置き手紙もあるらしい。なんだか、ちょっとずつ事の真相に近づいている気がして気分がいいぜ。

 にしてもやはり王国の情報網は侮れない。
 敵に回すのは絶対にないな。このまま友好関係を保つ方向でいこう。
 それから、パンタ国王に会うタイミングがあったら、是非とも無喚魔法について聞きたいところだ。

 そんなこんなで話し込んでいると、犬の事務員が高速前転でやってきて謁見の時間が押していると伝えた。国王は不満そうであったが、話もそこそこに俺とクラリス、ポカじい、アリアナは王宮を後にし、バリーが御者をする馬車に乗り込んだ。


    ◯


 巨大宣伝ポスターの許可、ファッションショー会場の確保。さらには転移魔法にまで話がおよび、こちらに利する方向へと内容が傾いてきている。これはいい兆候だ。

「こちらの目的は果たしたわね」
「はい。王国劇場が借りれるとは思っておりませんでした」
「犬の事務員さんに聞いたら、スケジュールがカツカツだったけどね」
「準備をすればどうとでもなりましょう」

 クラリスが頼もしく答えてくれる。

 王国劇場は首都グレイフナーで由緒ある多目的ホールだ。収容人数があまり多くないものの、一番街のグレイフナー通りにあって立地がよく、知名度が高い。ここでファッションショーをやれば、さぞ人が集まるだろう。しかも、通りを歩くのが困難になるほど観光客が押し寄せる魔闘会開催期間中だ。この場所を、朝から昼の三時まで借りれた意味は大きい。

「何も言っていなかったけど、クラリスは私がやることを予想していたの?」
「モデルを一般公募、というフレーズを呟かれていたので、コンテストのような催し物をやるのでは、と考えておりました。それが、洋服の宣伝ショーだとは思いもしませんでした。さすがお嬢様でございます」
「ふふ、でしょう?」
「はい、お嬢様」
「じゃあ準備は整ったから、四月二十日発売の『Eimy』の一ページを使って、モデルとデザイナーを募集する要項を載せましょう。巨大ポスターは『Eimy』の発売が終わったら『Mirrorsファッションショー・五月十二日(魔闘会中日)に開催!』に切り替えて魔闘会当日まで飾っておくわ」
「かしこまりました。ですが、読み手の準備期間が三週間になってしまいます。短い期間で、新規デザイナー達のデザインと縫製が間に合うでしょうか?」
「それとなく噂を流しておきましょう。ジョーとミサの話しによれば、就職希望の売り込みがひっきりなしに来ているみたいだし」
「話題作りになりますね」
「そうね。今後、こういった情報はある程度こちらで調整していくべきだと思うわ。流行に感化されている人達へ、『ホントかウソかは分からない。あのミラーズが新しいモデルとデザイナーを募集するとかしないとか……』みたいな噂を流しておいて、雑誌で発表すれば、ただ公表するより盛り上がるでしょうね」
「次から次へとよく思いつかれますねぇ。もともとお嬢様は賢いお方でしたが、このクラリス、心の底から驚いております」
「そうね。雷に打たれてから頭が冴えるのよ」

 嘘ではない。ほんとでもないけど。
 大丈夫だよね、と心配そうにアリアナが見つめてくる。
 アリアナは優しいよなぁ。両手を彼女の頭に置き、狐耳をもふもふしておく。

「お嬢様がお元気であれば、わたくしは何も申し上げることはございません」
「私もです、お嬢様」

 御者席の小窓を開けて、バリーが会話に割り込んでくる。やっと窓を開けることを覚えたか。いい加減、顔面をガラスに張りつけるアレは心臓が止まるからな。

「ありがとう二人とも。バリーは前を向いて運転してね」
「かしこまりました」

 一先ず、広告の許可と、王国劇場の借用はクリアした。これでスケジュールが組めるな。

「これからの流れを説明しておくと、雑誌に掲載する洋服の選定、新コーナーの打ち合わせ、巨大ポスターの作製の三つを同時進行。パンジー・サウザンド嬢に面会してこちらに引き込み、サークレット家の牽制を依頼する。頓挫した場合の代替案として、契約打ち切りになるとまずい縫製技師に先んじて会っておきましょう。ミスリル繊維の仕入れ値が上がって取引を打ち切るより、こちらとの取引継続を優先するほうが、利益が見込める、とプレゼンテーションすれば契約の時間稼ぎができるわ」
「ぷれぜん……?」
「ああ、要はお店向けの宣伝みたいなものね」
「なるほど。スケジュールに組み込みます。店の選定はこちらで行いますか?」
「“出張”が長かったからこちらの事情が詳しく分からないわ。クラリスにお願いするわね」
「ではそのように」
「その後は、雑誌の撮影をし、終わったらファッションショーの衣裳作りと、ショーの計画。会場で売り出す服も頼んでおかないと。それから私とアリアナは魔闘会に出場するから、訓練もしなくちゃね」
「そうだね…」
「おもしろいのぅ」

 俺とアリアナは顔を見合わせて笑い合い、ポカじいが目を細めて話に聞き入っている。

「お、お嬢様が……魔闘会に出場? それは本当でございますか?」

 クラリスがわなわなと震え、すがるような視線を向けてくる。

「ええ。お父様とお母様にはまだお話していないけど……」
「それはよろしゅうございます! たいっへんよろしゅうございます!」

 拳を握りしめ、馬車のガラスが割れんばかりにクラリスが絶叫した。
 あまりの大音声に俺とアリアナは席からずり落ちそうになり、ポカじいが手を取って咄嗟に支えてくれた。アリアナは狐耳をぺたんと倒して、目をびっくりさせている。

「お嬢様! 我がゴールデン家は魔闘会五連敗中でございます! お家がはじまって以来の屈辱的連敗ッ! どうにかしてエリィお嬢様に出場願えないかと気を揉んでいたところでございました!」
「まあ……」
「ぐおぅっ……ぐおぅ……っ!」

 御者席からバリーの嗚咽が聞こえる。余程悔しいのか、得意の「おどうだば」も言えず、席の手すりを拳で叩いている。二頭の馬が驚いていななき、すれ違う馬車の御者がぎょっとした顔を向けていた。とりあえず、泣くのはあとにして前を見て運転してほしい。

「旦那様にはわたくしから進言いたします! ご出場を決心していただき、全領民を代表して御礼申し上げます!」

 馬車内で深々と頭を下げるクラリス。
 改めて魔闘会の重要性を認識させるな。グレイフナー王国の貴族にとって魔闘会の勝敗は死活問題だ。しかもゴールデン家の領地はちょうど100個。今回負ければ領地数が二桁になってしまう。

「ご存知かとは思いますが、旦那様は定期試験761点の実力。ですがお身体がすぐれず、現在の実力は600点後半でございましょう。領地にいる私兵の中で、一番の猛者が688点。エドウィーナお嬢様、エリザベスお嬢様は戦いの訓練を受けておりませんし、エイミーお嬢様は戦いに不向きな補助魔法が得意でございます」
「領地経営している親戚で強い人はいないの?」
「おりません。実力は今の旦那様とどっこいどっこいでございます。奥様が出場できれば万々歳なのでございますが、諸々のご事情で魔闘会には常に不参加と相成っております。以上のことから、エリィお嬢様がご出場されなければ、負けは必至でございます。お嬢様こそゴールデン家の救世主ぅっ!」
「とはいっても、私だって絶対に勝てるか分からないわよ」
「昨夜、ポカ老師との訓練を見て、わたくしは確信いたしました。今のお嬢様ならば850点は取れるでしょう! わたくしの目に狂いはございません! 勝てます!」
「クラリスがそこまで言うのなら申し込み等の手続きは任せるわ。魔闘会の対策もあとでじっくりやりましょう。やるからには絶対勝つわよ。あと、とてつもなく顔が近いわ、クラリス」
「お任せください!」
「がんばろう…!」

 クラリスが喜色満面で頭を下げ、アリアナが小さい手で拳を作って、むんと気合いを入れた。
 俺が闘っているときの応援が恐ろしいな。バリーと使用人達が、応援しながら相手方に野次を飛ばしまくるのが想像に難くない。物騒なことになりそうだ。

「たまには魔闘会の見物もええじゃろう」

 ポカじいが飄々とした声色で言う。

「しばらくは落雷魔法なしの対人戦闘の訓練をしたほうがよさそうじゃの」
「お願いします」
「うむ。十二元素拳も次の段階に進むべきじゃろうな。よかろう」
「奥義を教えてくれるの?」
「ほっほ。まだまだ無理じゃの」
「あら残念」
「スケジュールを上手く調整しないとお嬢様がくたくたになってしまいますね。わたくしにお任せください」
「クラリスがいてくれてよかったわ」

 魔闘会まで、売れっ子アイドルばりの過密スケジュールになる。正直、自分一人でこれほどの時間管理は難しい。できなくはないがスケジュール管理だけで消耗しそうだ。

 クラリスにペンと手帳を借り、簡単にやることリストを作っておく。
 馬車が揺れるので、アリアナが横から手帳を支えてくれた。

 まずは最初に作ったリストを思い出し、書きだした。
 たしかこんなんだったはずだ。

 最優先、ダイエットする。
 その1、ボブに復讐する。
 その2、孤児院の子どもを捜す。
 その3、クリフを捜す。
 その4、怪しげなじじいを捜す。
 その5、日本に帰る方法を探す。(元の姿で)

 ダイエット、孤児院の子どもを捜す、怪しげなじじいを捜す、の三つはクリアだ。
 残りの三つに、新しい予定を追加するか。

 考えると、かなりやることが多いな……。
 重要度で『緊急』と『魔闘会まで』と『継続』に分け、『緊急』にだけ優先順位を付けておく。

『緊急』
 1、パンジー・サウザンド嬢を取り込む
 2、大口の縫製技師に会う
 3、雑誌の方向性を決める
 4、巨大ポスター作製

 三月前半にこの四つは終わらせておきたい。
 あとは、魔闘会までにやるべきことと、継続してやるべきことだ。

『魔闘会まで』
 ・魔闘会に向けての訓練
 ・ファッションショー用新商品の開発
 ・孤児院の子ども達の今後について

『継続』
 ・ボブに復讐する
 ・クリフを捜す
 ・新素材開発
 ・タイツの開発
 ・転移魔法の開発手伝い
 ・セラー神国の調査
 ・日本に帰る方法を探す。(元の姿で)

 ざっとこんなもんかな。進捗具合を見て『緊急』『魔闘会まで』『継続』変更が必要になりそうだ。細々した予定はクラリスと相談するか。

 忘れちゃいけないのが、子ども達の進路と住む場所だ。頭の良さそうな子は訓練して会計士や事務員として雇ってもいい。全員、魔法の適性はあるから、十二歳になったら魔法学校に通ってもらって、コバシガワ商会に就職してもらってもいいな。
 商会の資金がもっと集まったら、孤児院を経営しようと思う。ここまでくると孤児院の存在が他人事とは思えない。どんなにグレイフナーが栄えているとしても、孤児は出てしまうものだ。まさか異世界で孤児院の経営をしようと考えるなんてな。人間、何があるか分からないもんだ。

 あとは、セラー神国の動向だ。
 あいつらが何を企んでいるのか目的をはっきりさせ、対策を打ちたい。念のため、国王にはセラー神国の行いは話しておいた。あの感じからすると、だいたいの事柄は把握していたようだ。やはり、魔改造施設の襲撃から情報が漏れているらしい。

「前に話していた、諜報部の設立ってどうなっている?」
「わたくしの親戚に役者がおりまして、掛け持ちでやらせております」
「役者? それはいいかもしれないわ」
「ちょうどセラー神国で公演があると言っていたので、向こうの状況を見るよう言ってあります」
「最新の情報や雰囲気だけでも分かると助かるわ」

 諜報部は前から設立したいと思っていた。地球と比べて、ネットや通信機器がない異世界は情報収集が難しい。人づてにしか入ってこないため、他店情報や、他国情報を仕入れる部門は必須だろう。

「追加で新入社員を諜報部に数人割り振る予定です」
「あら! どれぐらい新入社員を確保したの?」
「二十五人です。追加の短期雇用で火魔法ができる魔法使いを十名ほど。今後、雑誌の発行部数が跳ね上がりますので、先に“複写コピー”ができる人材を囲っておきました」
「素晴らしいわね。さすがはクラリス」
「お褒めに預かり光栄です」

 嬉しそうな顔でクラリスが一礼する。優秀すぎて助かりまくるぜ。

「あ、そうそう。アリアナにもお願いしたいことがあるのよ」
「なに…?」
「コバシガワ商会でアルバイトしない? 確かアリアナは、近所の酒場でウエイトレスをしてたわよね。また学校に通いながら続ける予定?」
「そうだけど…」
「モデルになってほしいのよ」
「ん…?」

 彼女は首をかしげて、パチパチと瞬きをする。
 がたん、と馬車が揺れ、アリアナがこちらにもたれかかってきた。手帳を椅子に置き、それとなく狐耳をもふもふしておく。

「今のアルバイトよりお給料は弾むわよ。私の構想では、次の雑誌には獣人のモデルが絶対必要なのよ。お願いできないかしら」
「私にできるかな…?」
「できるわ! むしろあなたができないなら誰がやるの、って言う感じね! そう思うでしょう?」

 クラリスとポカじいに会話を振ってみる。

「さようでございますね。アリアナお嬢様は首都グレイフナーでも、一二を争うお美しい女性かと」
「ほっほ。アリアナはめんこいのぅ。尻もいい尻じゃ」
「そう思うでしょう! ポカじいはさらっとセクハラ発言しないでちょうだい」
「エリィのお願いなら…いいよ」
「まあ! ありがとう!」

 恥ずかしいから無理、って断られると思ってた。めっちゃ嬉しい。

「エリィも一緒にやるんでしょ…?」
「私も?」
「あれ、違うの?」

 きょとんとした顔でアリアナが見つめてくる。
 そうか。全然考えてなかったが、エリィがモデルになってもいいのか。他のモデルを集めることばかり考えていたから気が回らなかった。よく考えれば、可愛いしスタイルいいし、エイミーの妹だし、出ない手がないな。ちょっとばかし小っ恥ずかしいが、やるか。数ページの撮影ならエリィも赤面しないだろう。考えてなかった俺、アホすぎる。そんでもって、女になって異世界来てモデルやるとかどんなファンタジーだよちくしょう。
 本当なら、エリィがモデルをやっている姿をこの目で見たいところだ。

「ええ、一緒にやりましょう!」
「ん…」
「わたくし、五冊買います!」
「俺は十冊買うぞ!」

 アリアナがうなずいて、クラリスとバリーが早くも買い占めを企んでいる。いや、あんたらいつも近くにいるじゃん……まあ身内が雑誌に出るって言ったら買いたくなるのが心情ってもんか。バリーは本気で十冊買いかねない。あとで釘を刺しておこう。

「じゃあよろしくね、アリアナ」
「うん」
「獣人の服装にも革命が起きるかもしれないわよ」
「ほんと…?」
「ええ!」
「それはやりがいがある…」

 アリアナと手を取り合って、上下に振った。
 彼女のスカートから出た尻尾が、ふりふりと揺れている。

「お嬢様、このあとはどうされますか?」

 クラリスが興奮冷めやらぬといった様子で尋ねてくる。

「ミラーズへ行くわ。店がどれくらい変わっているか見たいの。あと、サウザンド家には手紙を出してくれたかしら?」
「はい、お嬢様。パンジー・サウザンド嬢宛に、すでに手紙を出してございます。差出人はミラーズとし、デザイナーのエリィお嬢様とジョー様の訪問許可を求める内容になっております」
「ありがとう。仕事が早くて助かるわ」
「おそらく、本日ないし明日には何らかの反応があるかと」
「それなら一度、家に帰って連絡が入っているか確認しましょう」
「その必要ございません。こうなるかと思い、ミラーズに飛脚を一名待機させております。店に着き次第、ゴールデン家へ確認に行かせます」
「手回しが良すぎて、クラリスなしでは生きていけなくなるわね」
「それは願ってもないことです」

 満足気にクラリスが笑うと、馬車が大きく旋回しながら大通りを曲がり、ミラーズがある路地へと入っていった。



     ☆



 首都グレイフナー、王宮から徒歩十分の場所にあるサウザンド家の邸宅。

 六大貴族であり、王国内の領地数順位二位の邸宅は、古めかしくも気品と風格に満ちている。門前を通過する街人が、敬意を払って一礼をしていく姿は数百年前から変わらぬ光景であった。

 歴代の白魔法師を輩出してきたこの家は、血筋からか、過去から現在に至るまで一人を除いて血縁者のすべてが「光」であった。レア適性であり、白魔法を使える魔法使いが貴重なこの世界で、サウザンド家が残した功績は煌めく星々のごとく輝いている。

 飾り気のない執務室にいる痩身の男も、もれなく光魔法適性であり、白魔法上級“万能の光”まで極め、冒険者協会の『奈落』攻略にも参加した強者であった。

 彼は、孫のパンジー・サウザンド宛に届いた書状を見て、過去に思いを馳せ、幾人もの怪我人を看てきた灰色の瞳を虚空へとさまよわせていた。

「まさかこのような形で関わりができるとはな」
「これも、契りの神ディアゴイスの囁きかと」
「……導きではないのだな」
「ディアゴイスは導きません。慈しみと厳しさを与えてくれ、愛の子ら、みずからの判断を促すだけなのです」
「放任主義のようなものか」
「ある意味では」

 神話に詳しい執事が丁寧にお辞儀をし、もったいぶるような遅々とした動作でレターカッターを差し出した。
 男は動作の遅さを気にしたふうもなく受け取ると、丁寧に手紙の封を開け、中から便箋を取り出した。美しい筆記体で文字が並んでいる。内容は思った通り、孫が熱を上げている件の洋服屋からであり、ゴールデン家の四女と、ミラーズのデザイナーがここに来る旨が書かれている。丁寧な文章で面会の許可を求めていた。

 何を思ったのか、男は唸り声とも咳とも取れる、くぐもった音を喉で鳴らし、深いため息をついた。

「ゴールデン家の四女……確か、光魔法適性者であったな。あやつに似ているのか?」

 あやつ、と呼んだ男の声が、わずかではあるが強張ったのを執事は聞き逃さなかった。彼はそれを踏まえたうえで回答をするべく思考を巡らせた。

「まったく似ておりません。垂れ目で、かなり太っているとのことです。行方不明になっておりましたが、どうやら無事に帰ってこれたようでございます」
「垂れ目か。ゴールデン家の血筋であるな」
「次女のエリザベス嬢は、あの方の特徴を色濃く受け継いでおります」
「そうか。いずれ、会ってみたいものだ」
「さようでございますか……」
「そのような顔をするな。アメリアに未練はない」

 その発言事態に未練があると、いつもの彼なら気付くはずだったが、認知できない娘であるアメリアとの繋がりが突如として現れ、しかもその子どもが家に来ることに狼狽を隠せなかった。

 若かりし頃、夢中になった女の顔が脳裏に蘇る。吊り目でキツイ性格をしていた彼女は、愛情に深く、芯の強い美しい女だった。ただの村娘であった彼女がアメリアを身籠った時点で、二人の恋は終わり、彼はサウザンド家を捨てるか、彼女と人生を歩むかの選択を迫られ、結果として家を取った。

 その選択に後悔はない。どんな状況であろうと、サウザンド家を捨てる選択など彼にはできなかっただろう。
 ただ、六十をこえた年齢になった今でも、彼女との時間を思い出すたび己の弱さを痛烈に感じ、虚無感が押し寄せてくる。
 アメリアが十二歳になりグレイフナー魔法学校に入学すると同時に、愛した女は死んだ。そのときも、彼はアメリアが無事卒業できるよう便宜を図るだけで、決して会おうとしなかった。どんな魔物と対峙するよりも、あの女に似ているアメリアに会うことが恐ろしかった。そして、女の死に顔を見て取り乱す自分を見られたくなかった。

「いかがされますか?」

 執事は、主であり、サウザンド家当主であるグレンフィディック・サウザンドへ一礼した。このまま彼を放っておくと、いつまでも懐古の念にとらわれ、追憶を止めぬだろう。

 その言葉に思考を戻され、グレンフィディック・サウザンドは灰色の瞳を執事へと向けた。彼の目に映る執事は、サウザンド家伝統の防御力の高い厚手の黒上着と黒ズボンを身に纏い、一分の隙もなく姿勢を正して佇んでいる。かれこれ四十年の付き合いになるが、執事の頭に白髪が交じっている様子を見つけ、自分も歳をとったな、と漠然と感じた。

「許可しろ。だが、まず俺のところへ呼べ」
「かしこまりました。スケジュール的に、本日の夕刻がよろしいかと」
「すぐに飛脚を送れ。パンジーにはそれとなく伝えておいてくれ」

 執事は一礼すると、素早く部屋を退出した。

 グレンフィディック・サウザンドは、いかんともしがたい喉の渇きを覚え、手元にあったグラスに手酌でワインを注ぎ、ぐいと一気に煽った。
 執務室の大きな窓へ目をやると、孫のパンジーが育てた色とりどりの花が見え、庭いじりをしている彼女の姿も見えた。愛らしく、珍しい桃色の髪をした孫は、どうやら懸命に雑草を抜いているようだ。

「アメリアが光適性であれば……」

 間違いなく自分の娘であるアメリアが、なぜ光適性でなく火適性なのかは分からない。過去にも未来にも、サウザンド家の男が女を孕ませ、光適性以外の子どもが産まれるなどあった試しがなかった。彼女を認知できない最大の理由はそこにあり、手をこまねいているうちにアメリアはシールドに入団し、爆炎のアメリアなる物騒な二つ名を手にして、気づかぬうちにゴールデン家のお坊ちゃんと結婚してしまった。

 花壇のわきで、孫のパンジーが桃髪を揺らしながら作業に没頭している。

「エリィ・ゴールデン……」

 グレンフィディックは、アメリアの子どもであり、四姉妹の中で唯一の光適性者である孫が、どんな少女なのか思いをめぐらせる。この出逢いにどのような意味があるのか考え、無駄な憶測をしている自分に気づいて、やはり老いたか、と首を横に振り、ただ感傷に浸っているだけだと思い直す。

 窓の外にいた愛する孫がこちらに気づき、スコップを持ったまま手を振ってきた。

 グレンフィディックはすぐに破顔して手を振り返す。花壇の前にいる孫のパンジーは手を振ってもらったことが嬉しかったのか、さらに大きく手を振った。後ろにいるメイドが転びやしないかとおろおろしている。グレンフィディックは苦笑して最後に一度手を振り、窓に背を向けた。

 彼の脳裏には、かつて愛した女の顔と、感情が高ぶると大きくなる愛らしい吊り目が浮かんだ。そして、月夜に浮かぶ女の裸体と甘い日常を思い出し、別れ際の、共に暮らす生活をあきらめた女の泣き顔が目の前を占拠した。何度瞬きをしても、女の顔は消えてくれなかった。
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