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エリィ・ゴールデン ~ブスでデブでもイケメンエリート~ 作者:四葉夕卜/よだ

第四章 グレイフナーに舞い降りし女神

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第4話 営業するエリィ

 ヒールのかかとが沈むぐらい柔らかな絨毯の廊下を進んでいく。
 王宮は広い。それこそまさに洋画のファンタジー世界に迷い込んだような荘厳な作りになっており、堅牢に作ってあると予想される。いや、建築のことはさっぱり分からないが、今通りすぎた石柱なんて、エリィの両手を広げた三つ分ぐらいの太さだし、壁や窓にはエメラルドやブルーに光る魔法陣がブゥゥンと音を立ててゆっくりと回転している。どんだけ太い石柱だよ。魔法陣は防御関連の魔法効果があるんだろうな。

 しかしクラリスは上手くやったもんだ。
 俺のメイドとして登城許可をもらい、アリアナとポカじいの存在もあらかじめ手紙に記していた。
 なぜ四人なのかというと、アリアナは必ず付いてくると予想し、ポカじいは最強の護衛になると考えたからだろう。クラリスが同伴したのは、俺の補佐と、近くでシールドを見たいからに違いない。「シールドを見たいんでしょ」と何度聞いても、「いいえ違います」と言っているが、さっきから目が血走っている。

 案内してくれているシールド団員は、最初に俺とアリアナを見て頬を赤らめたが、すぐ真顔に戻って簡単な自己紹介をし、無言で俺達の前を歩いている。魔力の流れからして相当の使い手だ。ショートソードを腰にぶら下げているので、戦い方は人気の片手剣スタイルだろう。

「定期試験でいうと、800点ぐらいの実力じゃな」

 ポカじいが俺の視線に気づいたのか、持参した酒瓶を煽り、小声でつぶやいた。

「落ち着いて戦えば落雷魔法なしでも勝てるぞぃ」

 その言葉にぴくりと反応した団員は、音を大きく立てて王の間の前で直立した。彼が、落雷魔法に反応したのか、勝てるぞ、という言葉に反応したのかは分からない。

「お入りください」

 王の間の前には王警護兵が二人、左右に立っている。彼らが素早い動きで巨大な扉を開けた。

 高い天井に、燦然と輝く“ライト”照明器具の光が目に飛び込んでくる。

 王の間は赤い絨毯が敷き詰められていた。
 左右に文官らしき人々が十数名おり、こちらを刺すように観察してくる。国王は茶髪のオールバックに王冠を載せ、顔には柔和な笑みを浮かべており、相変わらず配色がちぐはぐな鎧を着込んでいて防御力が高そうだった。王座の後ろには、誰が使うんだよとツッコミを入れたくなる、高さ五メートルの杖が侍女二人がかりで支えられている。あの大きさの杖で魔法の使用が可能なら、確実に千年前のアーティファクトだろう。

 王座の横にいる、筋骨隆々なゴリマッチョ筆頭魔法使い、リンゴ・ジャララバードと目が合った。
 彼は俺を見て、職業軍人のような冷徹な目を細めたあと、ぐわっと見開いた。魔力でエリィ本人だと分かったが、魔力の流れに驚いたのかもしれない。以前会った太い俺と、今の俺では、魔力循環にだいぶ差があるからな。

 リンゴ・ジャララバードは賞賛を込めたニヒルな笑みを浮かべた。そのあとアリアナを見て、感心したようにうなずき、後ろにいるポカじいへ視線を向けて、その実力を感じ取ったのか、片眉を上げた。
 とりあえず、リンゴ・ジャララバードへエリィスマイルを軽く返しておく。

 中央までゆっくり進んで、王座に座る国王に向かって優雅なレディの礼を取った。

「ゴールデン家四女、エリィ・ゴールデンでございます」

 国王は素早い動きで立ち上がった。

「朕が第五十二代グレイフナー王国国王バジル・グレイフナーだ! おぬしがエリィ・ゴールデンか?!」
「はい」
「別人ではないか!」

 早くも国王は額に青筋を浮かべ、リンゴを睨んだ。どうやら大狼勲章を渡したときのエリィと、いまのエリィが違いすぎるため別人と思ったらしい。そりゃそうだ。

「いえ、本人でございます。魔力の質は変わっておりません」
「ダイエットしたんです、国王様」
「ほう、そうなのか」

 面白いものを見つけた、と国王はマントをばさっと振り、玉座の段差から降りてこちらにやってきた。周囲の文官やリンゴ・ジャララバードはいつものことなのか、国王の振る舞いに対して何も言わない。

 近づいた国王は、さすが一国の主だけあってオーラがある。背はそんなに高くないくせに、やけに存在を大きく感じた。

「女とはここまで変わるものなのだな」
「そうみたいですね」

 国王の言い方が生物学者のようだったので俺は可笑しくなり、くすりと笑った。

「堂々とした態度は変わっておらんな。好ましいぞ」
「ありがとうございます」
「して、おぬしが落雷魔法を使えるのだな」

 何の前振りもなく国王が核心に触れたため、場の空気が一気に膨張した。文官達は驚きで息を飲み、リンゴ・ジャララバードが全身の筋肉を蠢かせ、近くにいたクラリス、アリアナが身をこわばらせた。ポカじいは、白髭を黙って梳いている。

「ええ、そうですわ」

 どうせ否定しても仕方ない。
 国王の目を見据え、堂々と言い放った。

「なっ……!」「落雷……魔法」「あの少女が?」「何かの間違いでは」「あの伝説の……!」「ユキムラ・セキノと同じっ」「あんな可愛い子が……?」「くっ……嫁に欲しいッ」「信じられぬ」「本当に使えるのか?!」

 さすがはグレイフナー王国。官僚といえども国民と変わらず、いいリアクションを取りながら、一斉に騒ぎ始める。
 国王は両目をすがめ、俺の身体をつま先から頭のてっぺんまで眺めると、身を翻して玉座に戻った。

「静まれ!」

 国王が叫ぶと、ピタリと喧騒が収まる。
 静観してたリンゴ・ジャララバードが一歩前へ出て、口を開いた。

「エリィ・ゴールデン。論より証拠。この場で実演しろ」

 やはりそうくるか。
 この場で使うとなると“落雷サンダーボルト”や“電衝撃インパルス”だと危ないから“電打エレキトリック”一択だな。でも……。

「そうですわね……構いませんが……」
「なんだ? できんのか?」
「レディに物を頼む言い方ではございませんね」

 エリィは高潔で心優しきレディだ。どうもリンゴ・ジャララバードは何かにつけて軍人のように命令してくる。しかも、言い方に優しさがない。

 きっちりレディとして扱ってもらおうか。ここだけは譲れねえ。

 俺の発言に、文官達、侍女、小姓、記録員、扉を守る騎士ら全員が息を飲んで、冷や汗を流し始めた。
 口々に「あのジャララバード様になんてことを!」とか「おかしいぐらいに肝が据わっているっ」とか「首が飛ぶぞ」など囁き合っている。魔法が放たれると思ったのか、気の小さい者は机の下に隠れ、逃げ場がない者はできるだけリンゴに向けている身体の面積が少なくなるよう身を縮こまらせた。

 胸を張り、どうなのよ、とリンゴ・ジャララバードに視線を投げる。

 彼は大きく息を吸い込み、大胸筋を数回跳ねさせる。ギロリと射殺するかのごとき眼力で俺を睨んできた。それを見た周りの者は、さらに顔面を蒼白にさせ、いよいよまずい、と杖を取り出して構え出す。国王の背後で五メートルの杖を持っている侍女二人は、ガタガタと身を震わせ、地震でもおきたかのように杖を揺らした。

 リンゴ・ジャララバードは眉をしかめ、腕を組み、全身を充血させて筋肉を盛り上げた。ボディビルダーのような身体は、彼の身にまとっているローブを押し上げ、胸元のボタンが、ビンッと音を立ててはじけ飛んだ。それを見て机の下に隠れていた者が「ひぃっ」と悲鳴を上げる。

 リンゴがもう一度こちらを睨んできたので、分かってるわよね、という言葉を込めてにっこりと笑い返してやった。

「ふっ……」

 彼は観念したのか、全身の筋肉を弛緩させ、弾けるように笑い始めた。

「ハッハッハッハッ! いいようにヤラれたな、リンゴ! 美人には勝てぬ!」

 国王の琴線にも触れたのか、俺とリンゴを交互に見て腹を抱えて大爆笑している。バシバシと王座を叩いて身を捩らせていた。

 大笑いするリンゴ・ジャララバードと国王をぽかんと見ていた文官達、侍女、小姓、記録員、扉を守る騎士らだったが、恐怖が杞憂に終わったため、肺に溜まっていた空気を一気に吐き出した。横と後ろを見ると、アリアナとクラリスが当然の対応だ、という顔で立っている。ポカじいは杖を持つ侍女の尻をひたすら見ていた。ブレねえなじいさん。

「では改めてお願いしよう。落雷魔法を実演して頂けませんかな、お嬢様」

 リンゴ・ジャララバードが分厚い胸板に右手を置き、足を引いて騎士の礼を取った。
 俺は薄ピンクのツイードワンピースの裾をつまみ、手慣れたレディの礼を返す。

「はい、喜んで」

 その光景に、周囲から感嘆のため息が漏れた。
 端から見ると、王国筆頭魔法使いが可愛いご令嬢をダンスに誘っているように見えただろう。


     ◯


 さすがに王の間での実演はまずいということになり、俺達は練兵場へ移動した。実演に参加しているのはグレイフナー王国の重鎮らばかりだ。

 まず国王。次にシールド団長であり筆頭魔法使いであるリンゴ・ジャララバード。王の間にいた文官達十数名、十七歳のイケメン皇太子、シールド第一師団一番隊隊長ササラ・ササイランサ。その他、シールド団員の幹部が五名。

 そうそうたるメンバーに、クラリスは小声でずっと「あれはどこそこの誰でございます!」「こんな近くで見れるとは!」「お嬢様ッ!」と興奮しっぱなしだ。アリアナも興味津々なのか狐耳をぴくぴくさせている。ポカじいは一番隊隊長のササラ・ササイランサの尻が気に入ったのか、ほぅ、と言いつつ検分している。

「ではいくわね」

 食い入るように見ている見物者を背後に、魔力を練る。
 そして指を振り下ろした。

「“落雷サンダーボルト”!」

 ピカッ、と稲妻が走り、練兵場に置いた標的のカカシが黒焦げになりながら爆散し、地面がえぐれた。

「おおおおおおおおおおお!」
「すごい……これが“落雷サンダーボルト”」
「すさまじい初速」
「発動の時間が短いな」
「威力は上位下級ほどでしょうか」

 文官らは興奮し、団員は職業柄、冷静な分析をする。

「もっと魔力を込めれば上位中級ほどの威力が出せますわ」
「ほう。報告では上位上級クラスまで見たとあるが、どうなのだ」

 国王が初めて見る落雷魔法に声を弾ませる。

「この他に、オリジナル魔法がございます」
「やはりそうか。おいリンゴ、実演はもうこれでよいぞ。皆の者、エリィ・ゴールデンが落雷魔法使用者という事実は秘匿する。今見たことは誰にも漏らすでないぞ、よいな」

 全員が敬礼して答えた。不満を言う者は誰もいない。

 前から思っていたが、国王は時間の使い方がはっきりしている。限られた時間で多くをこなしてきたからだな。通常ならもっと魔法を使ってみせろと言ってくるはずだ。おそらく俺があまり手の内を見せたくないことを分かっており、なおかつ味方にもこれ以上情報を与えないようにしていると予想される。この国王は相当頭が切れると見た。


    ◯


 王の間に戻ってきた。
 今度は人払いがされ、国王、リンゴ・ジャララバード、イケメン皇太子、先ほど実演を見ていたシールド団員ササラ・ササイランサの四人のみだ。

 国王は玉座に座り直し、手早く本題を切り出す。

「我がグレイフナー王国は千年前に勃興し、四百年前、滅亡の危機をユキムラ・セキノによって救われた。また、四百年前に起きた“変事”についても幾分かの資料を有しておる。リンゴ」
「はっ」

 国王の声で、リンゴ・ジャララバードがローブの胸ポケットからオルゴールほどの大きさの箱を取り出し、こちらに渡してくる。

「ユキムラ・セキノが次の落雷魔法使用者へ残した書き置きだ」
「これが……?」

 受け取って箱を眺める。
 綺麗な装飾がしてあるものの、特別な造りではなく、雑貨屋で購入できそうな代物だ。箱には何の仕掛けもないらしい。

「開けてみよ」
「はい」

 俺がこの世界に転生した手がかりになるのではと思い、箱の蓋を開ける手が震えた。
 まずユキムラ・セキノという名前がモロ日本人っぽい。俺と同じ落雷魔法が使え、彼の容姿については黒髪だった、とクラリスが言っていた。俺の中で、ユキムラ・セキノ日本人説が有力だ。

 蓋に添えた手に力を入れ、ゆっくりと開けた。

 中には一枚の古ぼけた羊皮紙が入っており、手のひらサイズで丸めてある。手紙というよりは密書みたいだ。中には何が書いてあるんだろう。新しい魔法の呪文か? それともこの世界の秘密について? 胸の鼓動がおさまらない。

 箱をクラリスに持ってもらい、深呼吸をし、はやる気持ちを抑えてゆっくりと羊皮紙を広げた。


「な―――ッ!!?」


 そのあまりの内容に驚き、羊皮紙を手に持ったまま思考が停止した。
 クラリスとアリアナが興味深げに中身を覗き込んでくる。彼女らはよく分からないのか、説明を求めてきた。

 手紙にはこう書いてあった。



『がんばれ〜』



 俺は羊皮紙をそっと丸めた。



    ◯



 いや頑張ってるよ!?
 めっちゃ頑張ってるよ俺!
 突然異世界に来て女になってダイエットしたり魔法練習したり生死をかけた戦いをしたりさぁ!
 もっとこうほら! 情報プリーズ! ユキムラ・セキノさん! 情報っ! 欲しいのは世界の根幹に関わるようなすごい情報なのよ! いやピンポイントで転移の情報とかでも良かったわけよ! わざわざグレイフナー王国に手紙残して四百年越しに『がんばれ〜』て。アホかッ!

「ねえエリィ。何て書いてあるか分かるの…?」
「……え? それはどういう意味?」
「このミミーズみたいな文字、見たことない…」

 アリアナが細い指で文字をつついてくる。

 まてまて。アリアナが読めないってことは、これ、マジモンの日本語じゃ?
 こっちの世界に来てから、文字は脳内で自動変換されて全部日本語に見える。俺が読めてアリアナが読めないってことは、このユキムラ・セキノの手紙『がんばれ〜』は日本語で書かれていることになるぞ。

「ごめんなさい。すごいことが書いてあると思っていたから驚いたの。私にも、よく分からないわ」
「そう…」
「これは文字でしょうかね? ユキムラ・セキノ様は異国の方だったのでしょうか」

 アリアナが残念そうにうつむき、クラリスがしきりに疑問を浮かべながらも感心している。
 ここで日本語が読めると話したら、なぜ読めるんだということになり、俺が転生したことを説明しなければならない。二人には悪いが黙っておこう。

「どうだ。何か分かるか?」

 リンゴ・ジャララバードが期待を込めた声を上げる。

「いえ、何も」
「そうか」
「まあよい!」

 国王が手を上げて制した。

「おぬしにそれを持っていてもらおう。何か分かったらすぐ報告するのだぞ」
「かしこまりました」
「して、四百年前の“有事”について説明をしよう。朕も分かっている事柄は一つだけだ。“有事”が起こる際、古代六芒星魔法が一つに集まる、とな」
「それはどういう……」
「分からぬ。いつ、何が起きるのか、記された文献が消滅しているのだ。そもそもそのような文献が存在していたのかも分からず、四百年前から三百五十年前のあいだの文献がごっそり抜け落ちておる。ただ分かっていることは、その“有事”とは、この世界の成立ちに関する重大な“事”である、という口伝のみだ」

 ユキムラ・セキノが日本人だと分かった今、彼が日本から異世界へ転生、もしくは転移したのは確定だ。
 彼がこっちに来た理由は、やはりその“有事”とやらが原因なのだろう。てことは、俺もその“有事”のせいで召喚されたと考えるのが妥当か。

 うわー、何か面倒くさくなる予感しかしないんだけど。

「それで、国王様は私に何をさせたいのでしょうか?」
「特にない。何かあれば朕はおぬしの後ろ盾となろう」
「……本当ですか? どこかに連れだして魔法の実験をさせたり、そこのシュワちゃ――リンゴ・ジャララバード様と戦わせたりしないのですね?」
「当たり前だ。あの伝説のユキムラ・セキノと同じ落雷魔法使用者を家臣のごとく扱うなど、おこがましいにも程がある。朕はグレイフナー王国国王。ユキムラ・セキノの精神を受継ぐ誓いを立てたのだぞ」
「よかったぁ……」

 思わず声が漏れてしまった。
 今の言葉は俺の意思が三割、エリィの意思が七割、といったところだ。
 グレイフナー王国が落雷魔法使用者を利用しないことが分かっただけでも、ここに来た甲斐があった。
 それにしても、最近ちょいちょいエリィの意識が顔を覗かせるな。

「はははっ! その言葉を聞いて、ようやくおぬしが歳相応のおなごだと思えたぞ!」

 国王はバシン、と玉座を叩いた。

「我がグレイフナー王国は、王国民のおぬしが落雷魔法使用者であることを誇りに思う。決して無碍にせぬとここに宣言しよう。して、エリィ・ゴールデン。おぬしのほうからこちらに会いに来たのだ、何か理由があるのだろう。聞いてやろうではないか」
「ありがたきお言葉でございます、国王様」
「おう、おう、申してみよ」
「二つございます。まず一つ目は、グレイフナー大通りのメインストリート『冒険者協会兼魔導研究所』への特大広告を出す権利の延長をお願い致します」
「ふむ。あれ以来、使用許可を求める嘆願書が殺到している。有料賃貸を検討しているが……よかろう。おぬしの広告をそのモデルケースにしてやる。おぬしのやっている洋服にも興味があるからな。おいっ!」

 国王が一声呼ばわると、隣の部屋からごろごろと高速前転をして、犬獣人の男が現れた。国王が二、三言話せば、たちまち内容を理解し、高速後転で退出する。この間わずか十五秒。素早いっ。

「ありがたき幸せにございます」

 すんなり許可が下り、嬉しくなって頬を上げて破顔してしまう。
 それを見た国王は何か思う所があるのか、また、バシンと玉座を叩いた。どうやら人払いしているので、国王の素が出ているようだ。

「それでは男全員が惚れてしまうな! ハッハッハ!」
「……?」
「まあよい。して、もう一つは」
「はい。魔闘会の“中日”に王国劇場をお借りしとうございます」
「何をするのだ」
「ファッションショーです」
「なんだそれは?」
「新しい洋服の品評会のようなものですわ。最新の服とデザインが集まるショーで、流行の火付けになるかと存じます」

 これが俺の考えた秘策。
 題して『グレイフナー王国初のファッションショーで他社に差をつけちゃうぞ作戦』だ。安直なネーミング〜。

 最先端のオシャレ服を一挙に集め、さらには賞金を出して新しいモデルとデザイナーをコンテスト方式で募集する。毎年開催されれば、首都グレイフナーがオシャレの聖地となり、デザイナーを目指す人間が増えてデザイン力の底上げになる。その胴元にミラーズとコバシガワ商会が収まれば、雑誌で情報を操作して最大の成果を得ることができ、ゆくゆくはこの世界のファッションを牛耳る裏と表のボスになれる。その壮大な計画の第一歩だ。

「国王様、これは王国の防具発展にも一役買いますわ」
「ほう」
「クラリス」

 クラリスが予め用意していた布を取り出し、俺に手渡した。
 何の変哲もないクリーム色の布を広げて見せる。

「この布はミラーズで開発中の新素材を使った商品です。御覧ください」

 俺が横に移動すると、アリアナが十メートルほど距離を取って布に指を向ける。打ち合わせどおりだ。クラリスとポカじいは、楽しげに口元を緩ませている。

「ではまいります」
「“ファイアボール”…」

 アリアナの指からバスケットボール大の火球が飛び出し、布に着弾した。炎は布を燃やし尽くし、空中へ消えるかと思われたが、何事もなかったかのように俺の手にぶら下がっていた。焦げ跡もない。

「おお! 燃えておらぬ!」

 国王が身を乗り出し、リンゴ・ジャララバードが目を細め、皇太子とササラ・ササイランサが驚きの声を上げる。
 ただの布が下位中級の攻撃魔法を防御したのだ。これは驚くよな。

「エリィ・ゴールデン、その布はなんだ」

 リンゴ・ジャララバードがずいと一歩近づいてくる。

「新素材を使った布ですわ。通常、下位中級の魔法を防御する場合、強力な素材や特殊な縫製技術を使用する必要があります。例えばミスリル。ミスリルをふんだんに使った鎧であれば下位上級の攻撃ならものともしない、と言われております。ですが、あまりにも重い。それこそ、リンゴ・ジャララバード様のように屈強な方にしか装備できませんわ」
「そうだ。あれは全身鎧ともなれば五十キロはくだらん」
「ミスリル繊維を使ったコートやローブも同様です。重くて、繊維が直線的なため形が変わりにくく、動きづらい。シールド騎士団で採用されていないのはそのせいでしょう?」
「ああ、そのとおりだ」
「それに高価すぎます。一着五十万ロンから百万ロンでは、一般兵士や一般人には手が届かない代物ですわ」

 これはミスリル防具の弱点だった。
 鎧にするには重く、服にするには素材が硬すぎる。そして値段が高い。
 それでも根強い人気があるのは、これに変わる防具がないことだ。鉄より硬く、魔法防御力が高い。未だにミスリルハーフプレートや、ミスリルコートは需要がある。どちらかといえば、ミスリルは武器で利用するべき素材だ。これに取って代わる商品が現れれば、瞬く間にミスリル防具は廃れるだろう。

 対するこの新素材は安価であり、軽い。
 ゴールデン家の所有する鉱山から『魔石炭』という燃料鉱石が出土する。この『魔石炭』は燃料になるんだが、灰と煤が尋常でなく出るので、貧乏人の暖房器具の燃料という位置づけになっていた。火を扱う大きな工場では、安価なため大量に使用される場合もあるが、その需要はいまいち、と言わざるを得ない。

 この何の取り柄もなくただ安い『魔石炭』。とある酔狂な魔法使いが、燃えが悪いからと上位炎魔法で『魔石炭』を加熱した。普通はそんな勿体ないことはやらない。上位魔法といったら魔力をかなり使用するので、他に使うシーンがいくらでもあるのだ。

 結果、不純物が綺麗に燃えて新しい素材になった。

 どうやら『魔石炭』には、優れた魔法素材が混入していたらしい。上位炎魔法の力が加わって、うまく不純物が取り除かれたようだ。
 ゴールデン家の領地で起こった出来事だったためクラリスの耳に入り、この素材には何かあると睨んだ彼女は、コバシガワ商会での実験を始め、魔法防御に優れた優秀な素材だと突き止めた。

 そこからは早かった。すぐさまミラーズで新しい生地にならないかと試行錯誤され、『魔石炭』は瞬く間に夢の素材へと変貌した。なんといっても原価が爆裂に安い。ミスリルに対抗できる素材とあれば、予想される利益は莫大なものになる。
 現在も、ミラーズとコバシガワ商会で開発部が発足され、目下実験中だ。

 昨日、新素材の発見経緯を聞いて心が踊ったぜ。こういう偶然から新しい物ができるのって、何かいいよな。地球じゃなかなか味わえない。

「この商品はまだ完成には至っておりませんが、グレイフナー国民が洋服に注目したおかげで、こういった新しい素材の芽が出てまいりました。わたくしはミラーズを通じて、最終的には防御力が高く、オシャレで親しみやすい洋服を作りたいと思っております」

 そう言って、四人の観客へレディの礼を取った。アリアナも、ちょこんとスカートの裾をつまんでいる。きゃわいい。

『オシャレ力×防御力』

 これこそがこの異世界における洋服の最終形態だ。
 いまはその技術がないため、先にオシャレ力を浸透させるべく防御力が低い商品で商品を売り出している。しかし、いずれはこの形に持っていきたい。社会貢献と金稼ぎ。これぞビジネス!

「その第一歩として、王国劇場をお借りしとうございます」
「おもしろい! 許可する!」

 国王がおもちゃを見つけた子どものように手を叩いた。気持ちいいぐらい決断が早い。新しい物好きの人でほんとよかったぜ。

「但し条件がある!」
「なんなりと」
「新素材完成のあかつきには、朕の防具を真っ先に作れ。よいな!」
「お安いご用ですわ」
「さらに王国側も一枚噛ませてもらうぞ」

 やっぱそうなるよなー。開発費を出資してもらう口実ができたから良しとしよう。最終的には新製品のマージンを王国側に支払うことになるだろうが、問題ない。というより、敵がいる今、後ろ盾に王国が付いてくれる意味は非常に大きい。

「して、どういった素材を使っているのだ」
「それは企業秘密、ですわ」
「ほう」
「おいエリィ・ゴールデン。国王様がお聞きになっておられるのだ、答えろ」

 リンゴ・ジャララバードが大胸筋をビクビク震わせながら一歩前に出てきた。視線だけで木っ端役人が逃げていきそうな、恐ろしい顔つきをしている。
 それを受けて、俺はぶりっ子が困ったときにやる、ぷく〜っと頬を膨らませるわざとらしい怒った表情を作った。他の女がやると頭を引っぱたいてやりたくなるが、やらなそうなエリィがやると、破壊力が凄まじい。

「ぐっ……!」

 リンゴ・ジャララバードがうろたえて一歩後退した。
 見たか、ぶりっ子エリィちゃんの威力を!

「ハッハッハッ! あきらめいリンゴよ。おぬしはこのおなごに勝てぬ」
「しかし!」
「よい! このおなごは大した商売人だ。こちらとしても懐は痛まぬ」
「……御意に」
「おい!」

 国王が一声叫ぶと、またしても高速前転で犬獣人の事務員が現れた。言付けを得ると、彼は高速後転で消えていった。この間なんと十三秒。素早いっ。

「あとで契約書を送る。確認せよ!」
「国王様の寛大なお心に感謝いたしますわ」
「それとだ、まったくの別件で提案がある!」
「なんでございましょう」

 先ほどから静かに成り行きを見ていた国王の息子、皇太子が一歩前に出た。

 茶髪を短めに揃え、眉はきりっと一直線に伸び、目鼻立ちもしっかり整っている。将来が有望そうな若者だ。
 彼は右手を胸に当て、足を引いて頭を下げた。

「お初にお目にかかりますエリィ嬢。私は皇太子ディル・グレイフナーと申します」
「エリィ・ゴールデンでございます」

 こちらもスカートの裾をつまんでレディの礼を取った。

「単刀直入に申し上げます。ひと目あなたを見て、この世に女神がいることを初めて知りました。私と結婚していただけませんか」

 ディル皇太子は恭しく右手をこちらに差し出した。

「なっ…?!」
「ええっ!!」
「ほっほっほ」
「殿下!」
「まあっ!」

 唐突なプロポーズに、アリアナとクラリスが驚きで口を半開きにし、ポカじいが笑い、リンゴ・ジャララバードが驚愕で顔を歪め、ササラ・ササイランサがこのときばかりは女性らしく頬を染めた。

 突然の告白を受け、みるみるうちに顔が熱くなっていく。

 あわてて深呼吸を繰り返した。大丈夫、動揺するな、とエリィに言い聞かせ、返事の言葉を脳内で反芻させる。何となく、頭の中でエリィが「恥ずかしいっ」と身悶えている気がするが、たぶん気のせいだと思う。

 そんなことを脳内で繰り広げていると、全員がどう返事をするか俺のことを見つめてくる。

 ディル皇太子は右手を差し出したまま、身動きをせずに微笑みを浮かべている。背景に薔薇でも散らしたら、さぞ絵になることだろう。この皇太子なら剣でもいいな。文武両道のエリートって雰囲気だ。

 冷静に分析していたら顔の火照りが収まってきた。エリィの身体が落ち着いた瞬間を見計らい、俺は満面の笑みを浮かべて皇太子にこう言った。


「イヤですわ」


 思わぬ俺の断定的な口調に、周囲は氷魔法を食らったかのように動きを止め、信じられない、とばかりに口を広げて首を前方へと突き出した。
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