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エリィ・ゴールデン ~ブスでデブでもイケメンエリート~ 作者:四葉夕卜/よだ

第四章 グレイフナーに舞い降りし女神

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第2話 再会するエリィ

「おかえりなさいませ! エリィお嬢様!」

 ゴールデン家に馬車が着くと、使用人が勢揃いしており、門前で一斉にお辞儀をした。料理人四名、メイド七名、執事三名、庭師一名、領地経営の代官五名、自宅警護兵四名。その向こうには、エリィの父親ハワードと、次女エリザベス、長女エドウィーナもいる。皆、瞳の端に涙をためていた。

 が、クラリスが馬車の扉を開けて俺が出てくると、全員目が点になり、次に落胆して口々にしゃべり始める。

「お嬢様はどこに?」「クラリス様、お嬢様は?」「エリィお嬢様がいないっ!」「お嬢様はこのあとに?」「どこだ! お嬢様は!」「まさか……!」「お戻りになられなかった……?」「うそだ」「やめてくれ!」「その美人は誰だろうか」「クラリス様! 他家のご令嬢をお連れするとは紛らわしいですわ!」「エリィお嬢様あぁぁっ」「うおおおっ! あの愛らしい笑顔をこれほど待ちわびたというのに!」

 クラリスは手を取って俺を馬車から降ろすと、全員に向きなおってピンと背筋を伸ばした。

「静かになさい」

 元メイド長の威厳かくやといった様子で使用人達は静粛になったが、訝しげな表情は収まらない。

 うん。やっぱり一発で分かってもらえない。
 そんなに変わったかぁ?
 ちょっとデブだったけど前から綺麗だっつうの。
 まったく失礼しちゃうよな。エリィもそう思うだろ?

 ここで自分がエリィだとネタばらしをしてもいいが、リアクションを見るのが面白いからもうちょっと黙っているか。

 父親のハワードと、エリザベス、エドウィーナが険しい目つきをしてこちらにやってきた。

 父は防御力の高そうな分厚いマント姿で、エリザベスとエドウィーナはミラーズから買ったのか、エリザベスが華奢なベルトで腰を締めるドレープワンピース。エドウィーナが白を基調にした、スケスケでセンシュアルなレースのセットアップを着ている。
 ドレープっていうのはひだがついたゆるい生地のことで、優雅でお上品な雰囲気だ。エドウィーナの着ているセットアップのスカートドレスは、細かいレースで生地同士を繋ぎあわせ、独特の世界観を作っている。エロカワイイ、じゃなくて、普通にエロい。おそらくすべて手作業で作っているはずなので、一着の値段は相当に高いはずだ。
 いったいジョーはどれくらい新作を作ったんだろう。あいつの才能がやばい。

「クラリス、エリィはまだなのか?」

 父親のハワードが急かすようにクラリスに尋ねた。横にいる俺と目が合うと、一瞬驚いて目を見開き、貴族らしく胸に手を当てて一礼してきた。
 俺もレディの礼を返す。

「あの子は本当にどこまで心配かければ気が済むの!?」
「エリィはいつ来るのかしら」

 エリザベスが吊り目をぴくりと震わせて腕を組む。エドウィーナは長女らしく落ち着いた声でクラリスに聞いた。

「はい。もういらっしゃいます」
「そのような冗談は言わなくともいいんだぞ、誰にでもミスはある。クラリスが時間の見立てを誤るとはめずらしいがな。まだ来ないならば仕方ない……ハイジ、そちらの可憐なお嬢様を屋敷へお連れしなさい。クラリスはもう一度エリィを迎えに行ってくれ」
「かしこまりました」

 クラリスの娘で現メイド長であるハイジが列の中から音もなく近づき、こちらです、と案内をしてくる。
 ちらり、とクラリスが視線を投げてきたので、ゆっくり首を縦に振って、言ってもいいよと合図を送る。さすがにずっと黙っているのも悪いだろう。みんな心配しているしな。

「恐れながら申し上げます旦那様。エリィお嬢様は目の前にいらっしゃいます」
「何を言って……」

 ハワードは目をすがめてクラリスを睨み、俺の顔を間違い探しするかのようにじっくり見つめてくる。そして三秒もしないうちに、ハッとした表情になった。

「……エリィ……なのか?」

 父は両手を震わせ、一歩近づいてくる。

「その鼻、その口……アメリアとよく似ているが……」
「お父様、ただいま戻りました」

 俺が笑顔を向けると、ハワードは唐突にびくりと肩を震わせて全身を硬直させ、あまりの驚嘆に息を止めた。
 父の後ろにいたエリザベスとエドウィーナも、「あっ」と口の中で叫んで、声にならない声を上げる。

「その声、エリィだな。エリィなんだな?」
「はいっ!」
「お……お、お、お……っ!」

 元気のいい返事を聞き、ハワードは感極まって俺をかき抱いた。

「———ッ!」
「エリィ! うそ! あなたなのね!」
「ああっ、エリィ!」

 そのあとにエリザベス、エドウィーナも驚きと喜びの混じった笑顔で飛びついてくる。ダンディイケメンと、美女二人に抱きつかれ、なんとも言えない気分になりつつも、どこか心の中がじんわりと喜びで満たされていく。
 良かったな、エリィ。みんなお前のことを心配していたんだぞ。

「なんて可愛らしい女の子になったんだ。いったい砂漠で何があったんだい?」

 瞳に涙をためながら、父が頭を撫でて優しげな顔でこちらを見つめてくる。
 俺がエリィになってよく思うのは、男の手が思っているより大きく感じることだ。男だったときの自分の手も、女子からはこう見えていたんだろうな。

「後でゆっくりお話しますね。紹介したい人達もいるんです」

 旅のメンバーとはいったん別れ、ゴールデン家で合流することになっている。帰って家族に帰還の報告と顔見せをするそうだ。近くにアリアナがいないことに若干の違和感を感じるが、彼女も今頃、弟妹達との再会を喜んでいるだろう。

 孤児院の子ども達は、エリィマザーが知り合いの孤児院にお願いして一時的に預かってもらう手筈になっており、エイミーとそちらへ向かっている。マザーが俺に、早く帰ってみんなに顔を見せて来なさい、と強く言ったので別行動している次第だ。

「おう、そうかそうか。この後の立食パーティーには呼んでいるんだろう?」
「ええ」
「お礼を言わなければな。それにしても……お前を見た瞬間、アメリアに一目惚れしたときのことを思い出したよ。まさかこの歳であんな甘酸っぱい気持ちになると思わなくて、さっきは少し動揺してしまった。ああ、くれぐれも母さんには言わないでおくれよ」

 そう言って爽やかなスマイルを向けてくるエリィファザーが、まじでイケメンだった。俺の次ぐらいに。

「すっかり美人になったじゃない。前のぷにぷにも好きだったけど、今のエリィも好きよ」

 顔を赤らめてエリザベスが耳元で囁いてくる。相変わらずデキる系女子で美人だ。

「いい子ね。みんな心配していたのよ。ちゃんとあとで、ありがとうとごめんなさいを言いなさいね」

 長女のエドウィーナが母親のように優しげに言い、妖艶な笑みを浮かべた。

「お嬢様?!」「あ、あ、あのご令嬢がエリィお嬢様?!」「なんとお美しい……」「エイミーお嬢様にそっくりだ」「いや、エドウィーナお嬢様のほうが似ている」「いやいやエリザベスお嬢様と鼻が瓜二つだ」「若かりしアメリア様を彷彿とさせますな……」「これは警護を倍にする必要がある」「メイド隊、朝晩の戦闘訓練を一時間追加しましょう」「ゴールデン家は大輪の花が四輪咲いた!」「奥様も入れて五輪だ!」「グレイフナーの伝説になりましょうぞ!」「おどうだば! おどうだば!」

 使用人が好き勝手に号泣したり歓喜の声を上げたりし、興奮を抑えきれずに列を崩して勢いよく俺を取り囲んだ。喜ぶと抱きつくのはゴールデン家流。そこかしこでハグの嵐が起こる。ハワードも無礼講なのか「俺の娘は世界一だ!」と叫びつつ誰かれ構わず抱きついている。
 俺を抱いているエリザベスとエドウィーナにはさすがの面々も飛びついてこない。その代わりに温かい目を向けてくれた。
 やっぱここがエリィの家なんだな。みんな本当に嬉しそうだ。
 ああ、俺も異世界に来るんだったら、この前の正月、実家に帰って家族に会っとけばよかったなー。

「お嬢様はグレイフナーで一番の淑女でございます」

 クラリスが自分のことのように鼻を高くして胸を張っていた。

 バリーはさっきからずっと御者席で号泣している。
 さっきから散々言っている「おどうだば」が、泣きすぎで「ヴぉだんヴぁな」になっていた。もう原型がねえよ。
 そんなに泣いたらリアルに涙腺が壊れるぞ。あとで“治癒ヒール”してあげるか。


    ◯


 家の風呂に入ってさっぱりし、旅で汚れた服を着替えた。
 ホームパーティーなので、ゆるい感じでいいだろう。
 ジョーにもらったタータンチェックのスカートをくるくるっと腰で巻いて膝上の丈にし、部屋にあった白ニットの長袖を着た。足下は、白い靴下に黒い革靴を合わせる。髪型は何もせずにそのまま左右に下ろした。

 やべえ。めっちゃ可愛い。神の悪戯としか思えねえぞ、これ。
 ニット長袖が前に着てた大きめサイズだから、ちょっと袖で手元が隠れちゃったりして休日にお家にいるお嬢様感がほとばしる。ゆるいトップスを着てもでかい胸は自己主張をやめてくれない。いかん。これはいかん。

「お嬢様、ミサ様とジョー様がすでにお越しになっております。コバシガワ商会の方々もご一緒でございます」

 ドア越しにクラリスが言う。
 入っていいわよ、と伝える。

「失礼致します……まあ、なんと可愛らしい」
「スカート、短いかしらね?」
「殿方の目には毒でしょうが、その程度なら問題ございません。お嬢様が以前からおっしゃっていた、ミニスカート、とやらを流行らせるためには必要でございましょう。色目を使う輩はわたくしが目潰しをして回りますのでご安心を」
「そこまではいいわ。あと顔が近いわ」
「ご準備がよろしければ参りましょう」
「ええ」

 クラリスと一緒に部屋から出て、エントランスを降り、庭へと向かう。

 庭ではメイドと料理人が、来客を案内したり、皿や飲み物を運んだりとせわしなく動き回っていた。
 雷が落ちた一本杉は綺麗に取り除かれており、代わりに小さな花壇がしつらえてある。池を取り囲むようにしてテーブルが設置されており、長テーブルには色とりどりの料理が準備され、バリーがすでに来ている客達に給仕をしていた。

 今日呼んでいるのはゴールデン家関連の人間と、砂漠までエリィを迎えに来た救出班の面々、コバシガワ商会の主要メンバー。あくまでも内々の帰還パーティーだ。パーティーというより食事会、みたいな感じか。グレイフナーでは結構こういった立食パーティーはあるらしい。
 ちなみに子ども達は大人の話があるため呼んでいない。
 バーバラ達も遠慮して参加はしなかった。夜のグレイフナーで一杯飲みたいそうだ。困ったら家に来てくれと伝えてあるので、何かあったら来るだろう。

「あらみんな。もう楽しんでいるみたいね」

 俺とクラリスが庭に現れると、コバシガワ商会の面々が動きを止めた。
 俺の姿を見て、食べていた物を喉につまらせる者、受け取ろうとしていたワイングラスを取り落とす者が多数出る。

 懐かしのウサ耳のおっさん、ウサックスは料理の乗った皿を地面に落として完全に身体を硬直させた。スルメの弟である黒ブライアン、スルメの家臣のおすぎ、コピーライターとして雇ったボインちゃん、記者のバイトを頼んでいるアリアナの弟フランクも、こちらに見惚れている。

「エリィ、遅いじゃないの。みんなで待ってたんだから」

 エイミーが可愛らしく頬を膨らませると、その言葉を聞いた全員が拳銃を突きつけられたみたいに顔を引き攣らせ、戦慄いて一歩後ずさりした。「うそ」とか、「そんなまさか」とか、「エリィお嬢様……?!」とか、口々に呟きだす。突然ありえない物を見せられると、人間は驚きを通り越して恐怖を感じるのかもしれない。



    ☆



 私はエリィお嬢様がご帰還すると聞いて、今日の仕事をいつもの倍のスピードで終わらせた。
 時刻は午後六時。
 時間通りに終わらせ、我々は連れ立ってゴールデン家へ向かい、立食パーティーの席に参加した。

 コバシガワ商会に来なさいとお嬢様に誘われてから、充実した毎日を過ごしている。くだらない役所仕事とはやりがいが雲泥の差。この歳になってウサックス、というあだ名を付けられたことも、お嬢様の命名と思えば妙に心地が良い。

「ウサックス、びっくりするぞ」
「何がでございますか?」

 このグレイフナーで今や一番忙しいデザイナーであろうジョー殿が、意味ありげな顔でこちらを見てくる。私はゴールデン家の美人なメイドからワインを受け取りつつ、ジョー殿に聞き返した。

「エリィだよ。とんでもなく痩せたんだ」
「なるほどですな。お嬢様はご自分に厳しい女性でございますからなぁ」
「驚いてチビるなよ」
「そんなにですか? 毎日のようにエリィお嬢様と顔を合わせていた我々がそんなに驚くとは思えませんな」
「まあ見れば分かるさ」

 ジョー殿が頬をにんまりと緩ませて自分のことのように、あちらこちらでエリィお嬢様の容姿について風評している。ミサ殿も特に否定していないので、痩せたことは事実のようだ。

 このウサックス、エリィお嬢様を見て驚くなんてことは万が一にもない。これでも記憶力には一日の長を認めており、神経も図太くできていると自負している。

「エリィさんが……ねえ」

 黒ブライアン殿が、信じられないと首をひねっていた。おすぎも「高々痩せたぐらいで驚かない。それがワイルド家だろぅ?」と上腕二頭筋に力を込めている。
 察するに、ワイルド家のお二方は痩せている情報を疑っているようだ。

「エリィちゃん痩せたの?! 私もダイエットしないと!」

 ボインちゃんとあだ名を付けられた、パインちゃんが、大きな胸を押さえつけて嘆いている。彼女は自分が痩せることのほうが重要らしい。

「エリィさん、痩せた……? 姉ちゃんは太くなってたけど……」

 アリアナお嬢様の弟であるフランクが、長い睫毛をしばたきつつ魔法詠唱の問題集を解くみたいに難しい顔をしている。どうやらアリアナお嬢様には我々より先に再会したようだ。

 そうこうしているうちに、お屋敷からクラリス殿がやってきた。
 その隣には、見目麗しいご令嬢が……


「あらみんな。もう楽しんでいるみたいね」


 ————なッ!!!?


 う、美しい……。
 これほどのレディは見たことがない。

 プラチナブロンドが“ライト”の照明器具に照らされ燦然と輝き、垂れ目で大きい双眸はまるで晴天の大空を封じ込めたかのように青く、見る者を捉えて離さない。鼻梁は緩やかに伸びて女性らしい丸みを帯びている。口元は諧謔かいぎゃく味を湛えてくいっと上がっており、今か今かと人を驚かす発言を待っているかのようだ。白いニットセーターは惜しげもなく乳房によって膨らんでおり、ジョー殿が作ったであろうタータンチェックのスカートからは、形のいいお御足が柔らかな曲線を描いて伸びていた。あの足に踏みつけられたい、という輩がごまんと出てくるであろう。そう思わせるほどの美脚であった。しかも、驚くほど腰がくびれている。

 声が、出ない。
 このウサックス、生まれて初めて女性を見て言葉を失った。
 なんということだ。なんということだ。
 どう表現していいのか分からないとは、事務員失格。
 エイミーお嬢様を初めて見たときも、ここまでの美女がいるのかと驚いたものだが、このレディはある種の凶器だ。美しさと強さをその身に内包しており、エイミーお嬢様よりも強烈な印象を人に与える。まずい。こう考えていること自体がまずい気がする。考えているあいだも、彼女から目が離せない。

「エリィ、遅いじゃないの。みんなで待ってたんだから」


 ————エリィお嬢様ッッ!!!!!??


「あ、あ、あ………」

 自分の口から、驚きで勝手に声が漏れてしまう。
 この何にも形容できない美女が、エリィお嬢様だと?

 エイミー様が美女に近づいていくと、仲睦まじげにハグをして、嬉しそうに笑い合う。
 ああ……似ている。そうか、間違いなく彼女がエリィお嬢様なのだな。我々コバシガワ商会の社員らがお帰りを待ちわびた、あの、エリィお嬢様なのだ。

 ここまで驚いたことは今までに一度すらない。天地がひっくり返って戦いの神パリオポテスが降参するぐらい驚愕した。

「ウサックス! 元気だった?」

 突如、鈴を鳴らしたかのような可愛らしい声と、満面の笑みでエリィお嬢様が話しかけてきた。

「お、お嬢様……このウサックス、驚きでウサ耳が取れそうですぞ」

 気の利いた言葉が出てこず、こんなことを言ってしまう。

「まあ。ダイエット頑張ったのよ。痩せたでしょ」

 そういってお嬢様は嬉しそうに一回転して、えへん、と胸を張った。
 なんという破壊力だ。これは見た者が全員惚れてしまう。可愛さが超級魔法のごとき威力でその辺に撒き散らされている。まずいですぞ。これはまずいですぞ!

「なんともお美しく……どう言っていいのか分かりませんな!」
「まあ、嬉しいこと言ってくれるわね」
「警備兵を増やしたほうがいいですぞ! お嬢様を狙って国が戦争を起こしかねません!」
「そんな大げさよぉ」
「クラリス殿!」
「落ち着いてください、ウサックス様。そのあたりについてはわたくしに考えがございますので」
「おお、それを聞いて一安心しました」
「別に平気よウサックス、私だって結構強いんだからね。それに砂漠の賢者ポカホンタスも一緒なのよ。ほら、あそこでお酒を飲んでメイドのお尻を見ているじいさんがいるでしょ。あの人よ」

 お嬢様の指を差した酒のバーカウンター付近に、鼻の下を伸ばした白髭のじいさんがいる。視線が女性の尻の上を飛んでいた。

「ははは、またまたご冗談を」

 お嬢様と話しているうちに、不思議と心が安らいでいる自分がいた。
 何というか、お嬢様の周囲には癒しのオーラみたいなものが漂っている気がする。先ほどまでの動揺が嘘のようだ。

「ほんとなんだけどなぁ。ねえお姉様」
「そうなの! ウサックスさん。あのおじいさん、砂漠の賢者様なのよ」
「ほお……」
「クラリスも信じてくれないのよ」
「いくらエリィお嬢様のお言葉でもわたくしは信じません。何度注意しても、エリィお嬢様とエイミーお嬢様のお尻を食い入るように見ているスケベなじいさんが、砂漠の賢者様のはずがございません。砂漠の賢者様は、もっとこう、崇高で孤高で背筋がビシッと伸びていて、ローブが風でバサバサとなびいているお方なのです!」
「クラリスったら魔法関連のことになるとコレだから……」

 そうあきれ顔で言いつつも、どこか嬉しそうなエリィお嬢様。
 やはり、中身は変わっておられない。まっすぐな性格でユーモアがあり、お優しいお嬢様のままだ。

「エリィお嬢様。遅ればせながら申し上げます」

 私はお嬢様にしっかりと向き直って姿勢を正した。ついでにウサ耳もピンと垂直に伸ばす。

「おかえりをお待ちしておりました。このウサックス、エリィお嬢様と仕事がしたくてうずうずしておりましたぞ!」

 そう言い切ると、胸のつかえが取れたような気がした。
 充実しつつも何か物足りなかったのは、一にも二にも、エリィお嬢様がグレイフナーにおられなかったからだ。

「私もよ、ウサックス。ウサ耳が取れちゃうぐらい働いてもらうから覚悟しないさいね」
「望む所ですな!」

 うふふ、とお淑やかにブラックな発言をするお嬢様は何とも魅力的で、私は自分の顔が笑顔になることを抑えきれなかった。



   ◯



 ウサックスに心底驚かれ、黒ブライアンとおすぎには中々信じてもらえず、ボインちゃんには痩せる秘訣を散々聞かれた。アリアナの弟、フランクは不思議な顔をしていたので、とりあえず狐耳をもふもふしておいた。

 しばらくコバシガワ商会のメンバーと談笑していると、スルメ、ガルガイン、サツキ、テンメイ、亜麻クソがやってきて、少し遅れてアリアナが庭に入ってきた。

 そこで、またコバシガワ商会の一同の動きが止まり、ゴールデン家使用人達にも動揺が広がった。

 アルティメット狐美少女のアリアナは、ミサにもらったのか、グレーのタータンチェックスカートを穿き、Vネックのセーター。スカートとペアのデザインらしいジャケットを着て、紺のベレー帽をかぶっている。スカートの腰には大きめのリボンがあしらわれ、可愛さが倍増していた。
 あーもう、これ作った奴、天才だわ。グレーで統一しているのは絶対に意図的だな。普通ならグレーばっかりだと色味がつまらなくなるんだが、アリアナには狐耳と尻尾があるわけよ。ライトなグレーと、薄いきつね色の絶妙なコントラストね。
 スカートとベレー帽から、お上品なお耳とお尻尾がひょっこり出ているのが、たまらない。

「あ、エリィ」

 嬉しそうに駆け寄ってくるアリアナさん。
 ぴと、っと音がせんばかりに俺にくっついてくるので、たまらず、よーしよしよしよし、もーふもふもふもふ、してしまう。

「はあああぁっ。クールプリティィィィッ!」

 素早くこちらに来たミサが、両手で自分を抱いて身悶えている。コーディネートの犯人はお前か。

 さすがに俺のときと違い、アリアナだと気づいたらしいので、みんながだらしなく頬を緩ませて挨拶を交わしていく。

「おめえら本気で誰だよ」
「ちげえねえ」

 スルメが肩をすくめながらツッコミを入れ、ガルガインが横でうなずいた。

「何言ってるの。あんまり前と変わってないわよ」
「変わりすぎだよ!」
「失礼しちゃうわね」
「ん…」
「に、兄さん! この狐人の方は……!?」

 黒ブライアンが顔を真っ赤にして、アリアナとスルメを交互に見てくる。

「あん? ダチのアリアナだよ」
「兄さんの、お友達の方、ですか……」
「どうしたんだよ」

 黒ブライアンの様子がおかしい。というよりこれは完全に素の状態でアリアナにトキメイちゃったか。

「アリアナさん! 僕はスルメ兄さんの弟、スピード・ワイルドと申します!」
「スルメ兄さんって何だよ?! てめえの兄貴は干物なのか?! 張り倒すぞボケェ!!」
「ん、よろしく…」
「は、はい! よろしくお願いします!!」

 スルメを無視してアリアナと挨拶をする黒ブライアン。

「あの、不躾な質問なのですが、あなたにはお付き合いしている方がいますか?」
「ん…?」
「恋人がいるのか、という質問なのですが……」

 困ったな、と口をすぼめてアリアナが俺を上目遣いに見てくる。いや、そんな可愛い顔されても俺が困るんだけど。

「いない…よ?」

 そう言いつつ、アリアナが躊躇いがちにこちらをチラチラと見てくる。
 いやいや、俺はエリィで女だからそういうのはちょっと……。というか、俺が友人だから同意を求めているのか。

 そんな一連の流れを見ていた干物の弟、黒ブライアンが大げさに安堵した動作で両手を胸に当て、口を開いた。

「ああよかった! 僕はあなたに一目惚れしました。よろしければ友人からお付き合いをお願いします!」
「んん…」

 俺の後ろに隠れてアリアナは睫毛を伏せた。
 どうやら本気で困っているらしい。相手が真面目な青年なだけにあまり強く断っても可哀想だ、と考えているのかもしれないな。

 軽い沈黙は、高らかな声によって遮られた。

「君ぃ! まちたまへっ!」



   ◯



 結論から言うと亜麻クソはこっぴどくアリアナにフラれ、庭の端っこで真っ白な灰になっている。どうせすぐ復活するんだろうが。
 黒ブライアンも脈なしだと気づいたのか、めちゃくちゃ肩を落としていた。
 とりあえず、仕事を頑張れば認めてもらえるよ、とキリキリ働いてくれるように誘導しておく。タダでは転ばないのが小橋川流だ。

 エリィマザー、エリザベス、エドウィーナと色々話し、スルメ達もゴールデン家の面々と交流を深めている。クラリスには俺の飲み物に酒が紛れ込まないように見ておいてくれと頼んだ。酒、絶対に飲みません。

 コバシガワ商会のメンバーと話していると、自然と仕事の話になった。
 クラリスもこの場で現状確認をするのがベストだと話していたし、みんなも俺に情報を伝えたくて仕方がないようだ。

「ミラーズはこの数ヶ月で大躍進致しました」

 再会の挨拶と歓談も頃合いとみて、クラリスがそれとなく会話の水を向けてくる。

「あら、そうなの?」
「はい、お嬢様」
「そのお話は私から是非」

 そう言ってボブカットをかき上げながら、ミサが一歩前に出てくる。

「まず、店舗を増やしました。本店を入れて現在四つ店舗がございます」
「まあ! 三つも増やしたの? ずいぶん思い切ったわね」
「それがそうでもないのです。現状でも店舗が足りずに四苦八苦しております」
「どこにお店を出したの?」
「『一番街』『二番街』『ディアゴイス通り』に出店しました。コンセプトとしては、『一番街』はエリィお嬢様考案のエリィモデルを中心に販売しており、高級志向の店舗。『二番街』と『ディアゴイス通り』は一般向けで、特に『ディアゴイス通り』の店は低価格で一般家庭でも買える金額の商品を出しております」
「なるほどね」
「ミラーズ『本店』は最新作と試作品を揃えております。お得意様や、オーダーメイドもこちらで扱っており、連日入店待ちの列が途切れません」

『一番街』はエリィモデル。
『二番街』『ディアゴイス通り』は通常モデル。
『本店』は最先端とオーダーメイド。
 こういう配置と力関係か。

 酒の力もあってか、ミサが興奮してこちらに顔を近づけてくる。対抗するようにクラリスも顔を寄せ、話に加わりたいらしいバリーも「オ・シュー・クリームはいかがですか」と言いながら菓子を片手に接近する。やめなさい。

 三人がアリアナの重力魔法によって引き剥がされ、周囲から驚きの声と、軽い笑いが起きた。

「エリィにもらった指示書の通り、流行らせるためチェック柄に力を入れてるよ。『Eimy』秋の増刊号に特集を組んだおかげで、グレイフナーの女性にチェック柄が浸透してきている」

 ジョーがワインで赤くなった顔で言う。
 そういやジョーは見ない間に幾分か精悍な顔つきになったな。バリバリ働いて熟練度が上がっている証拠だ。いいことだ。

「春はタータンチェックをメインに、夏物も絡めた内容を盛り込むのがベストだと思う」
「それは私も思っていたわ。次の『Eimy』の発売予定日はいつかしら?」
「四月二十日を予定してる」

 だいたいファッション誌は一〜二ヶ月先の情報を出してくる。季節の変わり目だけ雑誌を買う人も多く、春は二、三月号、夏は六、七月号、といった感じで、こうやって買っておけばトレンドを回収できるためだ。俺の知り合いなんかはこの方法で購入していたな。田中は好きな雑誌全部買って丸パクリしてたっけ。

 新刊の『Eimy』は四月二十日。雑誌は現状、春夏秋冬の四シーズンであるから、春物と夏物を入れよう、というジョーの考えには賛同できる。もちろん夏物はおまけで、春物がメインだ。

「エリザベスさんが着ているドレープ系の服と、エドウィーナさんのレース系も販売は可能だ。ただ、自分で言うのもなんだけど、レース系はかなり冒険しているデザインだから、まだグレイフナーの人達がついてこれないかもしれない」
「どのぐらい攻めるかもポイントよね」
「俺はいいと思うんだけどなぁ。やっぱりスケスケだと防御力を心配されるんだよな〜」
「そうよね〜」
「防御力よりオシャレ力、って最初のフレーズあっただろ? いまグレイフナーでは『オシャレ力派』と『防御力派』で真っ二つに意見が割れてるんだ。まあ、女性は圧倒的に『オシャレ力派』が多いけどね」

 まだファッション革命は始まったばかりだ。オシャレ力よりも、防御力を重視する従来のスタイルを貫く人もいるのは当たり前だろう。男達も、ミニスカートを見たら『オシャレ力派』に傾くに違いない。俺は、オシャレと、綺麗な女と、生足の力を信じている。

「そうね。どのへんまで攻めるかは大事よ。でも忘れちゃいけないのは、自分が良いと思った物をとことんやる、ってことね」
「そうだな」

 そう言ってジョーは自信ありげにうなずいた。

「あ、そういえばお嬢様。お会いした嬉しさで、お見せするのを忘れておりました」

 ミサが、鞄から雑誌を取り出してこちらに差し出した。

「まあ、『Eimy〜秋の増刊号〜』ね!」
「是非ご覧ください。今後の方向性の参考になるかと思います」

 うおおっ! 手紙で指示を出しただけでまだ見てない『Eimy〜秋の増刊号〜』!
 これは気になる!

 創刊号よりも分厚い『Eimy〜秋の増刊号〜』をパラパラとめくっていった。
+注意+
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