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エリィ・ゴールデン ~ブスでデブでもイケメンエリート~ 作者:四葉夕卜/よだ

第四章 グレイフナーに舞い降りし女神

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第1話 帰ってきたエリィ

本日、連投しているのでご注意ください。


第四章スタートです!
 門兵の指示に従って入場手続きをし、西門をくぐった。
 あらかじめエリィマザーに貰っていた入場証明書のおかげで、手続きはすぐに済んだ。

 一度防壁内に入り、十五メートルほど進むと首都グレイフナーに入れる。中は日の光を浴びないからか、少し湿った匂いがした。防壁内にはたいまつが焚かれ、石畳の道は馬車が三台すれ違っても余裕があるほど大きい。さすが大国の首都。規模が違う。

 防壁の外からも見えていた、見慣れたシルエットが大きくなってきて、勝手に笑みがこぼれてしまう。

「……ぅだばぁ。……ぅだばぁ」

 というより、バリーのむせび泣く声が防壁内におもいっきり反響してんだよね。
 てかさ、出口付近の道のど真ん中で正座するのまじでやめて。馬車に乗った商人っぽいひと達、すげー不審者を見る目になってるから。

「……ぅだばぁ。……ぅだばぁ」

 もはやホラーだよ。

 早歩きをしていた足に力を入れて、走りだす。隣にいたアリアナもついてきてくれる。エイミー含め、他のメンバーはまだ入場手続き中だ。

 俺たちはもどかしくなり、視線を合わせると、一気に身体強化で出口までダッシュした。
 出口を守る警備兵のところで足を止めて挨拶をし、外へと飛び出した。

 太陽の光が目に飛び込んできて騒々しい町並みが一気に現れると、周囲の喧騒が耳に入ってくる。商売根性が据わっている街の人々が出口付近の人が溜まりそうな場所に屋台を出し、その横をひっきりなしに馬車や人が通り過ぎていくかと思うと、でかい犬に首輪をつけたご婦人が優雅に歩いて行く。
 雑然としながらもどこか余裕があり、ユーモアを感じる人々と街並みがずっと先まで続いていた。

 これぞグレイフナー。好き勝手やっているくせに妙な団結力で結束し、不思議な熱気がある。王国の統治がうまくいっているのだろう。やはり俺は、この雰囲気が最高に好きだ。

 通りのど真ん中に正座しているバリー。その後ろにクラリスがいる。
 少し離れたところに、ジョーとミサがそわそわしながら出口を伺っていた。

 いかん。久々すぎてちょっと泣きそう。

「おどうだばぁ……。おどうだばぁ……」

 バリーはコック帽を握りしめ、両膝に両手を置いて、顔中を涙でぐしゃぐしゃにしていた。頬の傷は嗚咽で歪み、ヒゲにまで涙が滴っている。ボスのお嬢様を討ち入りで死なせてしまった、どこぞのマフィアにしか見えない。

「こらバリー。道路に座っていたら他の人の邪魔になるでしょ?」

 通りのど真ん中で正座をしているバリーに優しく声をかけた。

「おどうだ………ばっ?」

 急に声をかけられ、口を大きく開けるバリー。
 驚いたのか肩をすくめ、ぴたりと動きが止まる。
 そして俺の姿を上から下まで、じっくりと眺めて真っ赤になった両目をしばたいた。

 バリーに微笑むと、次にクラリスへと視線を移した。

「クラリス……ごめんなさい。遅くなったわ」

 あまりに懐かしくてこぼれそうになる涙を堪える。
 バリーの斜め後ろに立っている優しげなオバハンメイドを見つめ、彼女の両手を手にとった。長年のメイド生活でクラリスの手はごつごつとしていたが、それが何だか懐かしく、力を込めれば温かさを感じた。

「ただいま」
「……?」

 クラリスはハンカチで目元を何度も拭ったのか、目の周りが赤くなっていた。
 彼女は俺を見ると、はらりとハンカチを落とした。

「お……お……」

 深く刻まれた苦労皺が小刻み震え、まるで生まれてこの方はじめて見る生物でも見るかのように、両目を広げた。
 続けて両手を組み、自分の胸に押し付けて、ああ、という声にならない声を上げ、クラリスはぼろぼろと涙をこぼした。

「おじょうざばぁっ!」

 クラリスは正座しているバリーを押しのけて、抱きついてきた。
 俺もしっかりと抱き返す。

 両腕に抱いたクラリスは思いのほか細く、懐かしい温かさと、ほのかに土の匂いがした。今まで庭の掃除をしていたのかもしれない。そう考えると、彼女がいつもと変わらずゴールデン家を守ってくれていたんだと思え、涙腺からじわじわ涙が込み上げてくる。

「あ゛あ゛っ! なんとお美しくなられて! このクラリス、お嬢様とお会いしたくて毎晩涙が流れるのを耐えておりました! おじょうざば! 会いとうございましたおじょうざばぁっ!!」
「ごめんなさい……ごめんなさい!」

 我慢できず、大泣きしてクラリスの肩に顔をこすりつけた。
 完全にいまの想いがエリィとシンクロしている気がし、感情が爆発する。クラリスはこっちの世界に来て初めて会い、優しくしてくれた女性だ。いつもエリィのことを見てくれていた。俺にとってはこっちの世界の母親みたいなもんだ。

「お姿を見てまさかと思い、お声を聞いてお嬢様だと確信致しました……」

 俺の肩にそっと手を当て、ゆっくりと離れてじっと見つめてくる。
 涙で濡れたクラリスの顔は、子どもをあやすような母親の表情になり、甘く優しい笑顔を作った。

「なんとお美しい……」
「ダイエット、頑張ったの」
「こんなに変わってしまっては、気づくのはエイミーお嬢様とわたくしぐらいでしょうね」
「ふふ、そうね」
「ああっ……お若い頃の奥様にそっくりでございます。すっきりと伸びたお鼻が大変似ていてお綺麗ですこと……。目は旦那様に似たのでしょうね。以前から美しかったですが、これ以上美しくなられては、悪い虫を追い払う準備をいよいよしないといけませんね。お屋敷に帰ってから対策を考えないとなりません」
「まあクラリスったら怖い顔になってるわよ」

 彼女の心配性に思わず吹き出してしまい、上品に口元を右手で隠した。
 クラリスはそんな俺を見て、ポケットから新しいハンカチを取り出して涙を優しく拭いてくれる。それを丁寧にたたんでポケットへしまうと、背筋をしゃんと伸ばして両手をお腹に当て、一流のメイドらしく優雅に一礼した。柔らかくもどこか力強い、敬意と敬愛が感じられる完璧なお辞儀だった。

「ご無事で何よりでした。おかえりなさいませ、エリィお嬢様」

 彼女の一礼に対し、こちらもスカートの裾を持ち上げ、流麗な所作でレディの礼を取る。

「ただいま帰ったわ」
「ああ……お嬢様……エリィお嬢様……」
「お、お、お、お、おどうだば?!」

 クラリスがまた泣き出すと同時に、正気に戻ったらしいバリーが正座のまま身体を反転させて近づき、俺を見上げてきた。

「おどうだばぁっ?!」
「バリー、心配かけてごめんなさい」

 中腰になってバリーの顔を覗き込む。ツインテールが当たらないよう、両手で押さえた。

 バリーは今しがた記憶が全部抜け落ちました、といわんばかりの魂の抜けた呆け顔になり、何度も瞬きをする。涙でぐちょぐちょになった顔をごしごしと白いコック服で拭い、意識を俺の顔へと集中させた。しばらく食い入るように見つめると、ようやく何かに気づいたのか、ハッとした表情になって、両まぶたと鼻の穴と口を大きく広げた。

「お、お、おどうだばぁ!!!!!!」

 急発進する戦車みたいにバリーがこちらににじり寄り、顔を近づけてくる。
 相変わらず顔が近い。こええよ。

「バリー近いわ。あとスカートの中に顔が入りそうだわ」
「おどうだば! ばだじがびゃんとじでばいばっばりにげずだびょうびょぶびざばばべでしばいぼうぼのバビィびびでびべばぜぶぅ! ぼのぼうびびゃっばのばずべてぼのバビィのべいでぼざいばずのべばだぐじはごのばでべきびんぼぼびばいぼぼぼびばず!」

 何言ってるか全然わからん。

「おどうだば! おどうだばあぁぁぁぁぁぁっ!」

 バリーは興奮して顔を赤くし、懐から包丁を取り出して思い切り振りかぶった。

「バリーーッ?!」
「おどうだばばいべんぼうじばけござびばぜぶぅぅぅっ!」

 どうやら自分の腹を掻っ捌くつもりらしい!
 あかぁぁぁぁん!

「やめなさいっ」

 クラリスがすかさずバリーの右手へ手刀を落とした。
 包丁が手から離れ、カラン、とレンガ造りの地面へ落ちる。

「ばなぜぇぇ! ぼのバビィ、おどうだばびびんべぼばびぶぶぅ!」

 落ちた包丁に手を伸ばすバリーをクラリスが羽交い締めにした。じたばたと暴れてバリーは何とか拘束から抜け出そうとする。

 あまりに突然の流れでビビった。

「あなたはさっきから何度そうすれば気が済むの! お嬢様、大変申し訳ございません。うちの旦那は今朝から、腹を掻っ捌いて死んでお詫びするとわめいておりまして。誘拐はすべて自分の責任だと言ってきかないのです……」
「おどうだばぁ!」

 半狂乱で泣き叫ぶバリーがだんだんと可哀そうに思えてきて、改めて誘拐などされない、と胸に誓う。こうして見ると、エリィがどれだけクラリスとバリーに愛されているのかが分かった。

「おだまりっ!」

 バリーに切腹されたらたまらない。
 思い切って一喝した。

 優しいエリィが急に怒鳴ったので、バリーとクラリスは動きを止めてこちらを見つめる。クラリスは羽交い締めにしていた両手を離した。
 一瞬、行き交っていた人々が、何事かと動きを止めてこちらを見てくる。
 それには構わず、エリィの美しいブルーの瞳でバリーを睨んだ。

 バリーは普段なら絶対にされないであろうエリィの言動に身をすくめ、背筋をぶるりと震わせた。

「あなたはゴールデン家の使用人なのだから、切腹の決定権は持っていないわよ。どうしても切腹したいなら、私と、お姉様、お父様、お母様、みんなにお伺いを立てなさい。いいと言われるまで、包丁を自分に向けることは禁止するわ。いいわね」
「お、おどうだば……」
「聞こえなかったの?」
「じがじ……」

 バリーは垂れた鼻水をずびずば啜りながら、不服そうな顔を向けてくる。
 釘を刺す意味を込めて、思い切り魔力を循環させ、再度バリーを見つめた。

「聞こえなかったの?」

 どうやらエリィも相当に怒っているらしく、パチパチと電流が目の前を流れ、静電気でツインテールがゆらゆらと持ち上がっていく。

「エリィが怒った…」

 静かに事の成り行きを見ていたアリアナが、ぼそっと呟いた。
 さすがのバリーもぎょっとした顔になり、後ずさりして上下に首を動かした。

「か、か、かじごまりまじたっ……!」
「申し訳ございません! 申し訳ございません!」

 バリーが正座に戻り、クラリスが何度も頭を下げる。
 それを見て、魔力を弱めた。ふっ、と電流が収まり、エリィの金髪ツインテールが元の位置に戻る。

「よろしい」

 人差し指でバリーを指さし、ウインクを送っておいた。

「おどうだば! 胸がギュンギュンしますですおどうだばぁ!」
「わかったらもう立ち上がってちょうだい」
「がじごまりまじだぁ!」

 機敏な動きで立ち上がり、バリーは乱れたコック服をさっと直した。やっと泣き止み、改めてこちらを見て、瞠目して感慨深げに背筋を伸ばす。

「クノーレリルと見紛う美しさでございます。バミアン家は責任を持って、末代までお嬢様の美しさと優しさを語り継ぎます」
「いつも大げさねぇ」
「何をおっしゃいます! 当たり前のことでございます!」
「ダメだと言ってもするんでしょうからこれ以上は何も言わないわ」
「ありがたき幸せ!」
「ええ。では改めて言わせてもらうわね。バリー、ただいま。お留守番、ご苦労様ね」
「お、お、お……」

 笑顔を向けると、またしても感極まったのかバリーは喉を鳴らして顔をくしゃりと歪めた。

「おどうだば!」
「おじょうざばぁ!」

 バリーが俺に飛びつき、いつの間にか泣いているクラリスも抱きついてくる。二人はこれでもかと、ぐいぐい上着を引っ張ってきた。
 これはあれだ。シャツが破かれるパターンに違いない。ジョーにもらったカーキのお洒落上着の命が危ない。

 すぐさま身体強化“下の下”をかけ、バリーとクラリスを強引にひっぺがした。
 あまりの怪力に二人は驚いて泣き止んだ。

「おどうだば……まさか、し、し、身体強化まで!?」
「お嬢様?!」
「頑張って訓練したのよ」
「おどうだばぁ!」
「おじょうざばぁ!」

 またしても飛びつこうとしてくるので身体強化を一段階上げ、バリーの右肩とクラリスの左肩をつかんで、こっちに抱きつけないように押し留めた。これは無限ループの予感。

「う、う、動きばぜんおどうだば!」
「こ、こ、これが身体強化なのですねお嬢様ぁ!」

 そう言いながらじたばたともがき、「くっ!」とか「ふん!」と叫んで意地でも飛びつこうとする二人。
 沈静化するまでこの状態でいようと思い、両手を伸ばしっぱなしにする。

「二人とも変わってないね…」
「そうね」

 アリアナがくすりと笑い、軽いため息まじりに言葉を返す。

 そうこうしていると、後ろから声を掛けられた。

「ひょっとして……エリィなのか?」

 バリーとクラリスをつかんだまま首だけを後ろへ向けると、ハンチング帽にくるくる天然パーマのジョーが、呆然とした顔をして突っ立っていた。どうやら一連のやりとりを見て、ようやく俺がエリィだと思ったらしい。
 その横には、何やら感動した様子で目を輝かすミサが、せわしなくボブカットをかきあげていた。

 ジョーは信じられないといった顔を隠そうともせず、回りこんできた。

「いや……クラリスさんがお嬢様って言ってるから、最初はどこかのご令嬢かと思ったんだけどさ、エリィお嬢様って聞こえて……。それにしたって、全然わからなかった。いまも目の前にいる女の子がエリィだって信じられない」
「ジョー、久しぶりね」
「ああ……うん」

 熱に浮かされたようなぼーっとした目でジョーは俺を見つめ、だんだんと顔を赤くしていった。

「その服、着てくれたんだ」
「ええ。似合ってる?」

 一瞬だけクラリスとバリーから手を離し、両手でスカートの端をちょんと持ち、軽くレディの礼を取る。そしてすぐさまクラリスとバリーの肩をつかみ直した。

「ぅだばぁッ」
「ぅざばぁッ」

 今日はジョー達との再会を見越して、薄黄色地に青色のタータンチェックスカート。白ブラウスにカーキの上着を着ていた。髪型はポニーテールがいいと思ったが、やはりアリアナが、ツインテールがいいと言ったので変えないでいる。

「似合ってるよ。その……すごく綺麗だ……」
「え、あ……その……ありがとう」

 ただ「ありがとう」と言おうとしただけなのに、声がどもり、一気に顔が熱くなる。
 んああ! またこれだよ。エリィの恋愛耐性のなさったら泣けてくるレベル。ピュアすぎる。中にいる俺の身にもなってくれ。二十代後半の男が赤面してもじもじするって悶絶するほど恥ずかしいぞ。

「ああっ! いや! 別にそういう意味で言ったんじゃない! エリィの、そう、ニキビがなくなったから! 顔の肌が綺麗になったって意味で!」

 ジョーは発言の意味に気づいたのか、あわてて自分の言葉を否定した。
 なんだこのラブコメの波動は。

「あ、あら……そういうことね」
「そうだ! そうだぞ!」
「砂漠でできた友達にもらった化粧水が効いたのよ」
「へ、へえ〜」
「お嬢様、おかえりなさいませ。お帰りをお待ちしておりました!」

 これ以上俺とジョーの話を聞いていることに我慢できなかったのか、ミサが前に出て嬉しそうに一礼した。ラブコメ波動を断ち切ってもらい、内心でほっとする。

 ミサはミディ丈スカートのハイネックニットワンピースを着ており、細身なスタイルをより綺麗に見せている。色合いはダークグリーンで落ち着いた雰囲気にし、右手には青のハンドバックを持って、全体的に色が地味にならないよう配慮していた。足元は黒タイツに黒いワニ柄のハイヒールでまとめている。


 ————!!!!!!!!!???


 黒タイツ!? 黒タイツだと!?
 異世界に存在していない幻のグッズであるタイツがなぜ!??
 まさか開発に成功したと?! そういうことか? そういうことなのか?

 見て思ったけどやっぱタイツ必要だわ!
 ふううううううううっ!
 最高! 黒タイツ最高! イエスマイドリーーーム!

「ふふっ、気づかれましたか?」

 自慢気な顔を抑えきれないミサが、右足を軽く上げてタイツをこちらに見せる。

「一流の編み師に無理を言って作らせました。彼らはこちらで用意した伸縮性のある細い素材に驚いておりましたね。現状、お嬢様考案の“タイツ”は私の履いているこれを含め、この世に三本しかございません」
「まあ! 引っ張ってもいいかしら?」
「ええ、どうぞ」

 いまだにじたばたしているクラリスとバリーは、アリアナの“睡眠霧スリープ”でおねんねしてもらった。あとで起こしてあげよう。

 ミサの足に手を伸ばし、黒タイツをつまんで引っ張った。
 タイツは破れずに三センチほど伸び、指を離すと元に戻った。
 おお! タイツだ!

「いまのところ量産は難しいです。なにせ一本作るのに一ヶ月かかりますからね。販売の予定もございません」
「どうにかして量産までこぎつけたいわね」
「はい! お嬢様のおっしゃるとおり、足が細く見え、しかも防寒と防御力の上昇にもなる素晴らしいアイデア商品です!」
「あとで素材と、縫製工程を見せてちょうだい」
「もちろんですわ!」
「では予定の一つとして組み込みます」

 いつの間にか目を覚ましたクラリスが、仕事モードで後ろに立っており、口を開いた。

「クラリス、“睡眠霧スリープ”で寝ていたはずじゃ?」
「お嬢様のスケジュール管理をせよ、と天の声が聞こえたので気合いで起きました」
「相変わらずめちゃくちゃね」
「お嬢様を愛するわたくしにとっては造作もないことでございます」

 クラリスは、撃ちだされたピストルの弾丸ぐらい速いスピードで顔を寄せてきた。

「近い。顔が近いわクラリス」
「後ほど、スケジュールの確認を致しましょう。はっきり申し上げますと、お嬢様に判断を仰ぐべき案件が山のようにございます」
「あらそれは大変。帰ったらまずは予定の組み立てからね」
「タイツの量産は同時並行でいいと思うんだよ。優先は新しい雑誌の内容と、それに合わせた服のデザインだ」

 ファッションデザインの話をしたくてしょうがなかったらしいジョーが、真剣な表情で口を開いた。

「エリィがいなかったこの七ヶ月で何が起こったか、予定を立てる前に確認して欲しい。まずはそこからだ」
「何か起きたの?」
「エリィの予想通り、他社が似たような商品を作り始めたんだ。雑誌と特大ポスターのおかげで、新しい服が爆発的な人気になったからな。薄手の洋服は女性を中心にグレイフナーで流行になりつつある。この流れでいくと、何年もしないうちに王国中にブームが広がると思う」

 やはり後追いが現れたか。
 想定していたことだ。あまり驚かない。

「それに関してはお嬢様のおっしゃっていたままだったので問題はありません。どちらかというと、問題はミラーズとエリィモデルの商品を販売拒否しているサークレット家ですね」

 ミサが思案顔で腕を組んだ。

「……サークレット家ね」
「んん…」

 俺の横にいたアリアナがサークレット家と聞いて、少し嫌そうな顔をする。
 サークレット家といえば、もちろんエリィをいじめていた金髪縦巻きロールのスカーレットの家だ。

 スカーレットとその家の人間には商品を売るな、と厳命している。どうやらそれで向こうが癇癪を起こしたらしい。自業自得だ。泣こうが喚こうが服を売る気は一切ないぞ。

 とは言っても、スカーレットのサークレット家はかなりの金持ちだ。領地から出る貴重な鉱物の『ミスリル』と、それから加工する『ミスリル繊維』で一財産を築いた経緯がある。
 販売や流通関係でちょっかいを出されると、母体が大きいぶん、かなり面倒なことになりそうだ。

 ちなみに『ミスリル』は防具に広く使われ、魔力伝導率が高いので杖の先端にも使われたりする。
『ミスリル繊維』は固くて加工が難しい。洋服などに使うと、意図せずして直線的な形になってしまうらしい。なので、コートやジャケットなどの上着類に使用されるケースが多い。実際見たことないんだよな、ミスリル繊維の洋服。
 数年前に流行したミスリル繊維を使った洋服は、当時飛ぶように売れたそうだ。

「詳しくは後ほど、コバシガワ商会の事務所で全員を集めてお話致します」
「ええ、分かったわ」
「お嬢様。それでしたら、本日ご帰還祝いとしてゴールデン家の中庭で立食パーティーを行います。コバシガワ商会の方々もご招待しておりますので、そちらでお話になるのがよろしいかと」

 クラリスがすかさず最善の方法を提案してくれる。
 俺はうなずいて答えた。

「ではそのように」
「かしこまりました」
「エリィお嬢様、ひとつだけよろしいでしょうか?」
「どうしたのミサ」
「いえ……あの……」

 そう言いつつ、ミサはアリアナをちらちらと横目で見て、ついに耐え切れないといった様相で、勢いよく彼女を抱きしめた。急にハグされたアリアナは「ん…」と小さな声を漏らす。

「はああああぁぁぁぁぁっ! かわいいいいいいいいいっ!」

 ミサが、もう辛抱たまらんぜぐっへっへと言い出しそうなだらしない表情で、アリアナの頭と狐耳を撫でまわす。

「こんなに可愛い生物がこの世にいるなんて、もうっ! もうっ!」
「ミサ…苦しい…」
「ごめんなさいアリアナちゃん、もう少しだけ!」
「んもぅ…ちょっと…だけだよ…?」

 アリアナが小さく口を尖らせて、ちらりとミサを横目で見つめる。
 どうやらアリアナは、気に入っている女子なら耳を触られても抵抗しないらしい。
 身悶えてミサが首を大げさに振り、視線を俺へと移して凝視した。

「ふわぁぁぁぁっ。エリィお嬢様! アリアナちゃんを一晩だけ――」
「貸さないわよ」

 にべもなく先回りして断る。
 アリアナの可愛さは脳細胞を破壊して廃人にするレベルだ。仕方ないといえば仕方ないが、彼女を貸し出すつもりはない。というより本人が嫌がるだろう。

「そんなぁ……」
「アリアナは自分の家に帰るんだから。ね?」
「ん…。あの子達、元気かな」

 アリアナはミサにされるがまま頭を揺らし、ハッとした表情になると、ミサの手から逃れてクラリスに飛びついた。
 クラリスの胸にアリアナの顔がうずまり、細い腕がしっかりとメイド服の後ろへと回される。

「クラリス、ご飯…ありがとう…」

 両目に涙を溜め、上目遣いでアリアナはクラリスを見つめた。どうやら俺達がいなくなった期間、弟妹の面倒を見てくれていたクラリスに感謝の気持ちでいっぱいになり、泣きそうになったようだ。帰り道、ずっとお礼を言うんだと張り切っていたからなぁ。

 今度はクラリスが顔を赤くさせた。

「アリアナお嬢様もこんなに美しくなられまして……わたくし、喜びで天まで飛んでいきそうです。それに、お二人がいなかった七ヶ月、寂しい気持ちをアリアナお嬢様のご弟妹に埋めていただきました。わたくしにも子どもができたような気分になり、心に小さな灯りがともったのですよ。とても良い経験をさせて頂き、感謝しております。みんないい子でございますね」
「うん…」
「それに、感謝ならば、是非ともエリィお嬢様に。わたくしはお嬢様のご指示に従ったにすぎません。コバシガワ商会の利益は第一に、ゴールデン家とアリアナお嬢様のために使おう、という密約をわたくしとお嬢様は交わしました。それは今後も変わらないでしょう。すべては、行動原理はシンプルであれ、というエリィお嬢様の薫陶にございます」
「エリィ…」

 アリアナが尻尾を振りながら、俺のブラウスの胸元に顔をうずめてくる。すりすりと顔をシャツにこすりつけ、尻尾をぶるんぶるんと風車のように回した。

 もふもふもふもふ。

 あー可愛い。
 とりあえず狐耳を撫でてと。

「できたぁ! できたぁぞおおぅ!」

 いい雰囲気をぶち壊す、間の抜けた叫び声が門の防壁内から響いた。
 何事かと思い振り返ると、やっと入場手続きを終えたメンバーが、馬車四台とこちらにやってきた。

「聞きたまへっ諸ぅぅ君ん! このぶぉくはついに身体強化を開眼させたのだっ!」

 亜麻クソがくるくると回転しながら、ふっ、ふっ、と前髪を息で吹き上げ、ズビシ、ズバシ、ズビシィィッ、とポーズを決めながらこちらへ近づいてくる。鬱陶しい。上機嫌で散歩していたら見えない蜘蛛の巣が顔に引っかかったときぐらい鬱陶しい。

「我が愛しのアリアナよ、見たまへ! これがぶぉくの身体強化だっ!」

 亜麻クソが魔力を循環させ、体中へと張り巡らせる。おお、確かにできてるっぽいな。
 アリアナは俺の胸から顔をちらっと出し、無言で目を逸らした。

「ノーコメンッッ! そのクールさがグゥゥッド!」

 親指を立て、アハッ、アハッ、と見てもいないのに笑顔で白い歯を見せつける亜麻クソ。
 日に日に亜麻クソがうざくなっているのは気のせいじゃないな。

 少しすると、やっと馬車から降りられることが嬉しいのか、歓声とともに三十人いる子どもたちがレンガ造りの道に飛び出した。それを取り囲むようにして、エリィマザー、エイミー、サツキ、ガルガイン、テンメイ、スルメがやってくる。なぜかスルメとガルガインは腹を抱えて爆笑していた。

 馬車の御者をしているジョン・ボーンも御者席からこちらを見ている。バーバラ、女戦士と女盗賊は、御者をしながらグレイフナーの街並みをせわしなく眺めていた。ポカじいは、エイミーとサツキの尻を交互に見て、うむ、とうなずいている。

「クラリス、出迎えご苦労様。大事なかったかしら?」

 母アメリアがクラリスにねぎらいの言葉をかけた。子ども達は自分のお気に入りの人物のもとに集まり、わいわいとはしゃいでいる。
 俺は最年少のリオンに抱っこをせがまれ、抱き上げてやった。どうやら彼女はエリィの抱っこがお気に入りらしい。身体強化で空中に投げ飛ばす高い高いをしてやると、リオンは大笑いする。高く飛ばしてくれと注文をつけてくるので、肝っ玉が太い。将来この子は大物になりそうな予感がする。

 エイミー、サツキ、テンメイが一通りクラリスやジョー、ミサに挨拶をすると、スルメとガルガインが笑いを噛み殺しながら俺のところへやってきた。

「エリィ、笑うなよ」
「何よスルメ」
「まっじで笑うなよ」
「だから何よ」

 スルメはもう我慢できんと、口元をニヤニヤさせている。ガルガインも横で笑いを噛み殺している。

「亜麻クソの身体強化だけどな……」
「ええ」
「あれは全身強化じゃねえ。尻だけだ」
「えっ?」

 思わず聞き返してしまう。
 そして「はーっはっはっはっは!」と笑う亜麻クソを見た。

 全力で鼻を高くし、有頂天の極みといった様子の亜麻クソが人差し指を天へと突き上げ、地面に向け、ぐるりと回してズビシ、ズバシ、ズビシィィッ、と渾身のポーズを三連発で取る。
 着ているローブが翻り、時折見えるズボンは、なぜか尻の部分だけ盛大に破れていた。

 笑ってはいけないと思いつつも、じわじわと笑いがこみ上げてくる。

「とりあえず教えない方向で」
「わかったわ」

 スルメの提案に即座に乗った。
 ここは様子見でステイ。さらに、スーパーひと◯くん人形を場に一体セット。亜麻クソの取り巻きの女子が現れたら最高に面白い現場が見れるぞ。

「道中、尻を引きずってばっかだったからな。水面でも、地面でも、倒れたときは尻が犠牲になっていた。そのせいで、無意識のうちに尻へ魔力が集中しているみてえだ。ペッ」

 ガルガインが、彫りの深い顔を引き締め、急に冷静な分析をし始める。
 その言葉が俺とスルメの笑いをより誘発させた。

「エリィおねえちゃん楽しいのぉ?」

 腕に抱いているリオンが、生えそろっていない歯を出してニコニコと笑いかけてくる。彼女の柔らかい髪をなでると、子ども特有の甘い匂いがした。

「そうよ。亜麻クソお兄ちゃんがね、可笑しいの」
「へぇ〜。お兄ちゃんはお尻だけ硬くなったのぉ?」
「ぷっ。そ、そうよ。亜麻クソお兄ちゃんは、お尻だけ強くなったの」
「すごいねぇ〜」
「そうだねぇ〜」
「ころんでも平気だね〜」
「そうだねぇ〜」

 俺とリオンが「ねー」と言って同じ方向に首を倒した。それと同時に、亜麻クソがドヤ顔でこちらに来て「しんたいきょうかぁッ」と叫んで、右手を広げて額に当て、片足を踏み出して九十度曲げ、左腕を空へ向けた。さながら、昭和のアイドル歌手が歌い終わったときにやる、カッコつけたポーズだ。
 あまりにキザすぎてめっちゃダサい。しかもズボンが破れていて尻が丸見えだ。

 見せつけられたアリアナはたまらず目を逸らして、逃げるようにしてエイミーとサツキのところへ駆けて行く。
 ポーズのせいでアリアナが見えない亜麻クソは、ここぞ、と叫んだ。

「見たまへっ!」

 スルメとガルガインが腹を抱えて笑い転げた。

「ぎゃーっはっはっはっはっは!」
「ぶわーっはっはっはっはっは!」

 これはひでえ。ひどすぎる。
 笑いが堪えられない。亜麻クソの奴は、いったいどこまでネタ提供をすれば気が済むんだろうか。

「お兄ちゃんお尻見えてるよぉ?」
「そうだねぇ〜。恥ずかしいねぇ〜」

 笑いをごまかすために、リオンの柔らかい髪をゆっくりと撫でる。
 前方を見ると、亜麻クソのカッコつけたポーズの背景みたいに、歩き出している他のメンバーの背中がグレイフナーの雑踏へと吸い込まれていった。

 振り返ると、誇らしげに立っているクラリスと目が合う。

 ああ……やっぱりクラリスがいると安心するな。
 帰ってきた実感がようやく湧いてきた。

 いつの間にか目を覚ましたバリーが、道路に乗り付けてあるゴールデン家の馬車で待機している。

 うん、とうなずくと、クラリスもうなずき返した。
 何も言わずとも、意思は疎通できる。

 俺とクラリスは笑い転げるスルメとガルガインに声をかけ、仕方なく亜麻クソも誘ってポーズをやめさせ、馬車の方向へと連れ立って歩き出した。
+注意+
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