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エリィ・ゴールデン ~ブスでデブでもイケメンエリート~ 作者:四葉夕卜/よだ

第三章 砂漠の国でブートキャンプ

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第39話 砂漠のシェイズ・オブ・グレイ・後編

 満天の星空の下、ポカじいは語り始めた。
 焚き火にゆらぐポカじいを見ていると、ここがファンタジー映画の世界では、という錯覚に陥る。他のメンバーは思い思いのことを考えているのか、何も言わずにじっと耳を傾けていた。亜麻クソがさりげなくアリアナに、アハッ、とウインクを送っているのが鬱陶しい。アリアナはガン無視だ。

「十年に一度、月が頂点に届くとき、予知魔法“月読み”が使用できる。場所と時間を指定される、限定条件下で発動可能な魔法じゃ。使用可能な場所は世界で六カ所。砂漠、グレイフナー、セラー神国。他三カ所は、おぬし達の言うところ『冒険者最高到達点』より奥にある」

 『冒険者最高到達点』というのは、グレイフナー王国の南にある『冒険者同盟』から南下する『ユキムラ・セキノルート』で人類が踏破できる限界地点のことだ。ユキムラ・セキノが死んでから誰も世界の果てへは到達しておらず、数年に一度、世界の果て攻略隊が組まれるそうだが、成果は芳しくない。
 『冒険者同盟』から南へ進み、方向感覚を狂わせる森『倒錯の樹海』を抜けると、幅一キロ、深さ数百キロの亀裂が東西に延々と続いている難所がある。あまりにまっすぐな裂け目なので、人工的な雰囲気すら漂うこの難所、通称『奈落』と呼ばれている。落ちたら最後、絶対に上がってこれないらしい。浮遊魔法で飛び越えようとすると危険度A級の魔物に襲われ、橋を架けようとすると、まるで異物を排除するように、吹き上げる突風で粉砕される。

 ちょうど五年前、冒険者同盟は百人の猛者を集め、浮遊魔法が得意な魔法使いを一人選抜し、彼をひたすら援護して、何とか奈落を渡らせたそうだ。だが、向こう側へ辿り着いた勇敢な魔法使いは、一人で奥へ進むことを断念した。その先には、見たこともない植物や動物が見えたらしく、生きた心地がしなかった、と彼は語った。
 仲間の援護でこちら側へ戻ってきた勇敢な魔法使いは、『奈落』の先へ行った生ける伝説として、今も冒険者同盟で虎視眈々と世界の果て到達を目論んでいるそうだ。

「他三カ所は『冒険者最高到達点』と『世界の果て』の間に点在している、ということですね」
「そうじゃ。まあ、場所はあまり重要ではない。知識として憶えとってくれればよい」
「まさかとは思いますが……賢者様は『奈落』の向こうへ?」

 魔法関連に詳しいテンメイが、知的好奇心を抑えきれず立て続けに発言した。
 ポカじいが何でもなさそうに、うむ、とうなずく。
 テンメイ、スルメ、男性陣からは驚嘆の声が上がる。

「向こう側については話せぬ事柄が多いため、質問は受け付けんぞ」

 ポカじいが言うと、全員がため息を漏らした。
 テンメイが小声で「エェェクセエレンッ」と叫ぶと、さらにポカじいへ質問をぶつける。

「“月読み”は失われし魔法、と聞き及んでおりますが……?」
「ふむ、よく知っておったのぅ。“月読み”は千年前の魔法じゃ。アーティファクトの製造年号と合致するところから、おそらく古代武器と共に開発されたようじゃの。詳しい歴史的背景は、残念ながら分からん。わしは師匠から魔法を受け継いだに過ぎんのでのう」
「そうですか……」
「また、“月読み”はどの魔法属性にも当てはまらぬ魔法であり、身体強化と似ておる。己の心に月を落として未来のゆらぎを感知し、予言を頂くのじゃ。習得方法は千年前から秘匿されておったようじゃの」
「訓練すれば出来るようになるんですか?」

 サツキが背筋を伸ばし、凛とした声で尋ねる。まるで、優等生が先生に質問しているようだ。
 その横で、エイミーが美味しそうにスープを飲みながら、ふんふんとうなずいている。

「できぬ。この魔法は世界で一人しか使えぬらしい。師から弟子へ受け継がれた際に、師はその力を失うのじゃ。わしが力を引き継いでから、かれこれ六十年経つのう。頂いた予言は全部で六回じゃ」
「ポカじいは何を予知したの? それから何を予知できるの?」

 これは前から気になっていた。
 どのぐらい正確に“月読み”ができるのか。ポカじいが何を予知したのか。それこそノストラダムスの予言的なものなのか、自分が指定した未来を予知できるのか、それで今後の対応が大きく変わる。

「師から“月読み”を受け継ぐと、最初にまず『何を予知すればいいのか』を予知するのじゃ」
「あ、それは……便利ね」

 確かにその予知ならハズレがないし、効率がいい。

「どうやって予知を受け取るの?」
「何とも説明しづらいんじゃがの。脳内に直接文字を書かれる感じかのぅ。記憶が自動的に追加される、と表現すると正しいかもしれん」
「ちょっと気味が悪いわね」
「うむ。予言が発現したあとは、何とも言えぬ気分になるのぅ」

 勝手に記憶が上塗りされるって感じだろうか。
 例えるなら、覚えていない英単語を勝手に記憶している、とか。行ったこともない旅行風景を思い出すとか。………あまり気分は良くないだろう。

「私、前から気になっていたんだけど、ポカじいは自分のために“月読み”を使おうとは思わなかったの?」
「ふむ。もとより、わしらはこの世界の観測者のような立ち位置じゃ。己のために予知は使わんよ。ただわしも人の子じゃ……正直……後悔がないとは言いきれん………」

 俺の何気ない疑問に、悔恨が心情を埋め尽くす、といった苦渋の表情になり、ポカじいは焚き火へと目を落とした。片手で長い髭を上から下へと、確かめるように梳く。皺の刻まれた頬は真横に引き締められ、自責の念に駆られていた。

 ポカじいは今年で百八十三歳、と言っていた。
 それだけ長生きしていれば、今までの人生で色々あっただろう。ポカじいに師匠がいたことも驚きだ。
 師匠から“月読み”を伝授されたのが六十年前、ということは、ポカじいはそれまで師匠の元で修行をしていたのだろうか。それとも、予知魔法は訓練が必要ない、とか?
 何にせよポカじいがここまで辛そうな顔したのは初めて見た。
 きっと過去に、様々な人と出逢いや別れを繰り返し、ここまで来たのだろう。そう考えると、何とも哀愁がある格好いいじじいに見えてくるから不思議だ。

「なぜわしは尻のために“月読み”を使わなんだっ! 後悔してもしきれぬ!」

 ただのクソじじいだった。

「お師匠様に謝りなさい! この……スケベッ!」
「そんなこと言うたって気になるじゃろ?! 世界最高の尻に出逢うにはどうすればいいか、という大いなる予知をしようと何度思ったことか……くっ!」
「あのねぇ――」
「それはありがたい」

 ポカじいは俺の言葉を遮り、言葉をかぶせてくる。

「あとで尻を――」
「触らせないわよ」

 今度は俺が言葉をかぶせた。

「ええじゃろ減るもんじゃないし」
「い・や・よ」
「手厳しのぅ。いや、尻厳しいのぅ。エリィの尻はあとで触らせてもらうとして、わしは『何を予知すればいいのか』という“月読み”をしたわけじゃな」
「さらっとお尻さわる宣言しないでよね!」

 くすくす、とエイミーが笑うと緊張していた場の空気がいくぶん緩んだ。
 ポカじいがワインを手酌しようと動いたので、仕方なくお酌をしてやる。じいさんは嬉しそうに受け、ちびりとワインを飲んだ。

「一回目は『何を予知すればいいのか』に使った。すると、とんでもなく大ざっぱな指示が出てきてのう。これには驚いたの。“月読み”は、大ざっぱな予知には細かい回答がされ、細かい予知には大ざっぱな回答がされる、という特徴がある。わしが得た予知は類を見ないものであった」

 ポカじい曰く、例えば『世界が平和になるにはどうすればいい』といった大ざっぱな予知には、『とある日、とある場所で、とある人物を訪ねよ』など細かく指示が出て、『なくした財布の場所が知りたい』という細かい予知には、『西の風が吹く場所、水の音がし、赤い石がお前を待つだろう』などという、ヒントみたいなものになるそうだ。
 大ざっぱな予知のほうがどう考えても有用だ。元々、そういう用途で作られた魔法なのかもしれない。

 ポカじいが、一回目『何を予知すればいいのか』という問いかけの“月読み”で得た回答は、『今後すべて、己が何をするべきかを問え』というものだったらしい。

 ポカじいが今までに使った“月読み”の回数は全六回。
 残りの五回、『世界最高の美尻はいずこにあるか』という己の欲望のためでなく、『己は何をするべきなのか』という世界調和のために、ポカじいは“月読み”を行使した。

 この質問の予知結果は、本来なら明確な予言であるはずだった。
 しかし、二回〜四回目は実にふんわりした内容であり、解明するのに相当の時間を費やしたそうだ。

 予知結果はこうだ。
 二回目『流星の見える年、人の増えたる地下、新書を暴き、三つ目の悪魔が、臓物を引き出し、雷鳴の呪文を得る』
 三回目『泥の沼地、息のかかる者すべて、底なしに飽き、東西南北に風が吹き荒れ、緑の怪鳥が、生きる呪文を得る』『かの大地、竜頭に巻き込まれ、渦谷の鱗、赤子泣きやまぬ虚ろな時、理を視る呪文を得る』
 四回目『世界の果て、深淵を除き、二つを裂く支柱に描かれし呪文、無の発生なり』『太古の森、雪華作りし人、偽りの暮らし、幻想の外へ、遺跡にありし呪文、刻の詩なり』

 ほとばしる中二病!
 うなるファンタジー感!
 無性にわくわくしてきた。

 一見するとなんのこっちゃわからないが、すべて場所を表しているそうで、ポカじいは二回目の予言後、十年間旅をして落雷魔法の呪文を見つけた。
 次に、三回目、四回目は、同時にふたつの呪文を求める回答が出たため、二十年の時間をかけて、合計四つの複合魔法を手に入れた。
 三十年かけて複合魔法の呪文を五つゲットしたわけか。

 予言に従い放浪する、ひとりの魔法使い……。ローブがはためき、彼の行くところ、謎が解き明かされる。めちゃめちゃかっこいいな。

 どのように旅をしたのかは、長くなるので省かれてしまった。ポカじいは北の沼地から、南の世界の果てまで、全世界を回ったそうだ。

 旅の話はまたゆっくり聞きたいなぁ。クラリスがいたら、泣いて話を懇願するだろう。

「まるで、ポカじいに旅をさせる為の予言ね」
「ふむ。わしもそう睨んでおる。三十年旅をして、魔法の極意を得た」
「それにも意味があるのかしら?」
「あるのじゃろうな。じゃが、“月読み”はわしがすべきことを予知しただけであって、旅の過程で得た知識や魔法をどのように使うかはわしの自由であり、強制はしておらん。あまり予知にとらわれ過ぎんことが大事じゃとわしは考えておる」

 聞き入っていたメンバーは、しきりに感心している。
 パチパチと焚き火が音を鳴らし、炎の光がぼんやりとポカじいの顔を照らした。

 ポカじいの話は続く。
 旅を終え、砂漠に腰を落ち着けたポカじいは、五回目の“月読み”を行使する。
 五回目は『十二元素拳・奥義習得の極意』が予知されたそうだ。門外不出のため、予知内容は教えてくれなかった。いや、めっちゃ気になるよ。

 そして六回目が、最も重要な『複合魔法を伝授する、人物、時、場所、条件の正確な予言』という結果だった。この六回目の“月読み”で、ポカじいはエリィに落雷魔法を授けたそうだ。

 予言をまとめるとこうか。

 二回目『複合魔法』
 三回目『複合魔法×2』
 四回目『複合魔法×2』
 五回目『十二元素拳奥義』
 六回目『複合魔法の伝授方法』

「複合魔法は全部で六種類じゃないの? なんで五種類だけなのかしら?」

 二回目から四回目で取得した魔法は落雷魔法を入れて、全部で五種類だ。これだと数が合わない。

「わからん。予言がされん、ということは、必要がない魔法なんじゃろう」
「そういうものなのね」
「そういうものじゃ」
「五回目の奥義修得、というのは?」
「わしが考案した体術。すなわち、おぬしが名付けてくれた十二元素拳の、最強攻撃方法じゃ。わしは『魔力内功』と呼んでおる。なぜ“月読み”がわしに授けたのかは不明じゃ」
「私が習得する必要があるのかしらね?」
「そうかもしれんし、そうじゃないかもしれん」
「曖昧ねえ」
「あくまでも予知、じゃからの。実際に動くのは我々生身の人間じゃ。考えもするし、間違った行いをする可能性もある。どうなるかはわからんもんじゃよ」
「あら。“月読み”の習得者として予言を全面的に信じていないのね」
「ほっほっほっほ。“月読み”は裏も表もない“魔法”じゃ。ちぃと特殊ではあるが、最終的に物事を決定づけるのは人の意志じゃよ。そういった意味では信じていないかもしれんのぅ」

 そう呟き、ポカじいはワインを持っていない手を強く握りしめた。過去の出来事に思いを馳せているのかもしれない。

 話が途切れたところで、アリアナが食事の際に作っていたのか、豆を煮て塩で味付けしたおつまみを全員に配った。見た目は枝豆と似ているが、どことなく里芋の風味を感じる。気が利くアリアナはいい嫁になれるな。間違いない。

 全員がここまでで思ったことを、取り留めもなく話していく。
 みんな心なしか興奮していた。
 失われし魔法“月読み”に、伝説の複合魔法。過去を語る伝説の魔法使い……か。


    ◯


「では話の本題に移ろうかの」

 ポカじいがワインを二回おかわりしたところでそう全員に告げると、待ってましたとスルメとテンメイが手を叩いて焚き火の前に座り直した。ガルガイン、サツキ、は神妙な面持ちで居住まいを正し、ジョン・ボーンとエリィマザーは軍人と元軍人らしく背筋を伸ばす。亜麻クソは、枝豆に、んん~まっ、と熱い接吻をし、それを見てアリアナはイヤそうに顔を背けた。エリィ大好きのエイミーは俺の隣に来て、すごい話だね、と楽しそうに笑う。

「まずは複合魔法の種類じゃ。エリィの使う『雷』魔法が一つ」
「ええ」

 俺は話の先を促すようにうなずいた。
 ずっと残りの魔法が気になっていたんだ。その中に「転移」や「転生」と似た魔法があれば、俺とエリィが分離できる可能性が出てくる。

「残りの四つは『生』『天』『無』『刻』じゃ」

 ポカじいが、今までずっと黙っていた複合魔法の種類をさらりと言った。

「『雷』の基礎魔法が『落雷』であるように、四つにも基礎魔法がある。『生樹』『天視』『無喚』『時刻』じゃ」

『生樹』『天視』『無喚』『時刻』の四つか。
名前からして、全部やばそうだな。

「“月読み”に従って、『天』と『刻』は選ばれし者に伝授しておる。その者達がどう使っているかは不明だがの」
「賢者様、その四つの魔法の効果は一体?」

 全員が聞きたかった内容を、テンメイが身を乗り出して質問する。

「ふむ。残念なことにわしにも分からん。名前からして、『生』は生命に関する魔法。『天』は天に関する魔法。『無』は無に関する魔法。『刻』は刻に関する魔法。そうとしか言いようがないのぅ……」
「な……なんと面妖な」

 テンメイは内容が分からないことにより、自身の想像力で魔法の効果を頭に思い描いたのか、ぞっとしている。

「エリィの落雷魔法がそうであるように、強力なことには違いないじゃろうな。今のエリィの実力で、“落雷サンダーボルト”に最大魔力を込めると、上位中級ほどの威力が出る。しかも、無詠唱で連射可能じゃ。エリィが天才であるとしても、魔法学校三年生の実力で、この威力、精度、連射、できる魔法は、やはり複合魔法ぐらいしか考えられん。さらには、オリジナルがたやすく作れるようじゃからのぅ。今後、もっと魔力効率のいい魔法を作れる可能性がある。それこそ、上位上級のパワーで連射できるような恐ろしい威力の雷魔法や、超級の効果がある無詠唱魔法など……正直、底がしれん」
「や……やべえな」

 スルメがごくりと生唾を飲み込み、ガルガインが癖で無意識のうちにツバを吐いた。
 何となく息の合った反応だ。

 悪意を持った連中が複合魔法を手に入れたら、まずいだろうな。

 仮に生魔法が、生命を操る魔法なら、人を簡単に殺せる。生き返らせることもできるかもしれない。
 刻魔法は文字通り時間を操る魔法で、過去や未来へ飛べ、あまつさえ時間を止めることができる可能性がある。万が一そういった魔法なら、ぶっちゃけ最強だろう。
 無魔法は、無がマイナスイメージだけに、攻撃に特化しているのではないだろうか。もしくは空間を自在に操る魔法とか。便利そうだ。
 天魔法。この魔法にかなり希望を感じる。基礎魔法が『天視魔法』という名前だけあって、天から授かりし運命を解き明かす魔法、と取れなくもない。俺とエリィのこの状態を解明する手がかりになりそうな気がする。

「刻魔法と天魔法を授けた人は誰なの?」
「それは教えられん」

 俺の質問を、ポカじいはノータイムで拒絶した。

「“月読み”で、話してはならぬ、という卦が出ておるのじゃ。残念じゃがな」
「……わかったわ。あと気になっていたのは、なぜ、ここにいるメンバーに“月読み”の存在を話しても問題ないの?」
「特に、言ってはいけない、という予言は出ておらん。単に、わしの判断じゃ」
「そうなのね」
「あくまで行動するのは生身の人間じゃ。予知でも魔法でもない」

 ポカじいは師匠らしく、重々しくうなずいた。
 そのままならカッコいい師匠なのだが、視線が、切り株に座ってむにっと形の変わっている俺とエイミーの横尻に釘付けだ。鼻の下も伸びている。シリアスなのかエロなのか、はっきりしてほしい。

「伝授した人間は教えられんが、エリィに魔法を伝授した際の予知なら教えられるぞい」

 それは知りたい。

「どんな内容なの?」
「雷を操りし者の守護者、魔闘会が終わる次の週、雷雲の日に、グレイフナー一番街へ現れる。年頃は十三歳。プラチナブロンドに、純朴な碧眼。類を見ないほどの巨体で、身長は百六十センチ。予知者はこの者を見つけ、落雷魔法と魔法陣を授けるべし」

 ポカじいが、長い予言を朗々と諳んじた。
 ちょっと“月読み”さん。類を見ないほどの巨体て……。ひどくない?

 少しばかり胸が痛い。エリィがちょっぴり悲しんでるな、これ。
 エリィは乙女だから、前のことでもデブと言われるのは辛いんだろう。

「雷を操りし者の守護者……?」

 アリアナが、口をすぼめて首をかしげる。
 そう言われてみると確かにおかしい。この文言だと、エリィは落雷魔法の使用者を守る役割になる。

「それはわしもちぃと気になっていたんじゃが……」

 思い当たる節があるのか、ポカじいが達眼をこちらへ向ける。
 その眼差しはすべてを見透かすように真っ直ぐと伸び、俺の心臓が跳ねた。

「エリィが落雷魔法を使えることは誰が見ても明らかじゃ。あまり深い意味はないのかもしれん」
「そ、そうよね……」

 ポカじいが優しげに言い、心配させまいとゆっくりうなずく。

 精神が男だってバレたかと思ってヒヤッとしたぜ。
 だが、遅かれ早かれ白状しないと、エリィと俺を分離する方法の相談ができない。一人で方法を探し、行動するには荷が重すぎる。いずれは話さなければならない。
 タイミングをいつにするかだな。グレイフナーに戻って、スカーレットとボブにきっちり報復し、コバシガワ商会が落ち着いてからかな、やっぱり。

 ちょっと待て。
 よく考えると、守護者がエリィだった場合、雷を操りし者は俺ってことになるんじゃないか。そう仮定すると、俺が異世界に転移してきて、エリィが守ってくれる、というのが本来の流れだったのかもしれない。
 本当なら、俺は生身のままこっちの世界に来る手はずだった、とか。
 もしくは、エリィの中に俺が転生する事も織り込み済みの予知、とかね……。
 うん、謎が謎を呼ぶな。分からないことだらけだぞ。

「落雷魔法の伝授は理解できたのですが、魔法陣、というのは? 何かの魔法が娘にかかっているのでしょうか」

 沈黙を破ったのはエリィマザーだった。
 こちらを心配した様子で見てくる。

「召喚を補助する魔法陣のようじゃ」
「召喚を……補助?」
「何を召喚するのかは分からぬ。もしくは、すでにしたのか。何にせよ、誰が、何を、どうやって召喚したのかは不明じゃ」
「召喚魔法など存在するのでしょうか?」

 召喚や転移関係の魔法がないか、クラリスに頼んで調べてもらったが、そんなものは全く出て来なかった。出てきた文献は、作ろうとして失敗した記述や、偽物の魔法陣だけだ。
 そういやあの魔法陣の紙、エリィの日記に挟んだままになってるな。やはり、あれは手がかりになりそうだ。

「召喚魔法は存在はするのぅ。師匠の話では、それも千年前に作られたようじゃ」
「それはすごい」

 エリィマザーが、両眉を上げて目を輝かせた。

「わしが見たわけではないから、眉唾かもしれんぞ」
「それでも、その話を砂漠の賢者様から聞けた、ということに価値がございます。召喚魔法は魔法使いにとって夢にも等しい技術ですから」
「あの魔法陣、私の部屋にあるわ。是非分析しましょうお母様」

 とりあえずエリィマザーを焚きつけておこう。
 有能な研究者が魔法陣の謎を解明してくれるかもしれない。

「それはすごいわね! よろしいでしょうか賢者様」
「ええと思うぞぃ。わしも一肌脱いでやろうかの。その代わり――」
「ポ・カ・じ・い?」

 尻を触らせてくれ、というお馴染みの言葉を怒りの形相で遮った。
 マザーの尻まで狙うとはのっぴきならない。

「ええじゃないかええじゃないか」
「よくない! じいさんのブリッ子なんて需要ないわよ!」
「じゃあ手伝わないぞぃッ」

 駄々っ子のごとく、ポカじいが顔を背けた。
 どんだけ尻さわりてぇんだよ。

「ちなみに最後になるが、複合魔法は、別名『古代六芒星魔法』とも呼ばれておるぞぃ。千年前のさらにその前から、原型になる魔法があったようじゃ」
「あら? じゃあ複合魔法は、上位魔法を掛け合わせているわけじゃないの?」
「六芒星の表記の便宜上、複合魔法と呼ぶようになったようじゃな。六芒星を二個書くより、六芒星の外側に六芒星を書いたほうが書類の場所を取らんじゃろ? 古い文献を見つけた連中がそれを勘違いして、複合魔法と呼ぶようになったようじゃ」
「そ、そんな理由なのね……」

 ポカじいは地面に指を差し、“ウインド”で文字を書いていく。棒きれで地面を削るより、精緻な図形が描かれた。とてつもなく正確な魔力操作だ。全員、声も出せずに息を飲んだ。



     「天」     「生」
          炎    
    白     |     木
      \   火   /
       光     土
「雷」       ○      「無」
       風     闇
      /   水   \
    空     |     黒
          氷
     「刻」     「?」



 ポカじいは書き終えて、うむとうなずいた。
 なるほど、各魔法の間に複合魔法がくるわけだな。

「考えてみてみぃ。エリィは白魔法と空魔法を習得する前に、落雷魔法使えるようになったじゃろ? おかしいとはおもわんかったか?」
「思ったわ。わからないからあまり深くは考えないようにしていたけど」
「ま、そういうことじゃ。それで話を戻すがのぅ。千年前、というのが一つの節目になるんじゃよ。事の発端はすべてここから始まっておる」
「キーワードは『千年前』ね」
「そうじゃな。そして、ユキムラ・セキノが活躍した『四百年前』も、キーワードの一つじゃ」

 千年前に古代六芒星魔法なる複合魔法が作られ、そして四百年前にユキムラ・セキノとその仲間が使用した、という流れか。
 確かユキムラ・セキノの伝記によると、四百年前に世界の果てに辿り着いて、世界の謎を解明した、となっている。その『世界の謎』とやらは、複合魔法と関係があるのだろう。そして大方、ユキムラ・セキノの仲間が他の複合魔法を使えたのではないだろうか。

 この流れってさ、映画とかSF小説だと俺とエリィも巻き込まれるパターンだよな。
 うわぁ………リアルに勘弁してほしいんだけど。
 世界の果てまで冒険だ! って絶対行きたくない。エリィの身体が危険に晒されるのは嫌だし、お肌荒れそうだし、すぐに都会の空気が恋しくなるわけよ。アウトドアはたまにでいいわ、ほんと。誘拐から帰国まで時間がかかりすぎたぜ。早く人がたくさんいる街に行きたい。シティボーイの俺にとって、田舎はつらいんだよな。ビバ都会の空気。


    ◯


 ポカじいとメンバーの質疑応答が続いた。
 だが現状開示できる情報はまだ少ないらしい。その辺の指示も、六回目の“月読み”は細かく出しているようだ。ポカじいは相当の知識があるのに、それを聞けないってのは残念極まりない。

 ある程度話が落ち着き、夜も更けてきたので就寝しよう、ということになった。焚き火を小さくして各々テントと馬車に散っていく。
 ジョン・ボーンとガルガイン、スルメ、テンメイ、亜麻クソは、二人と三人に別れ、二つのテント。ポカじいは適当にその辺で寝るとのこと。女性陣は馬車を使う。

 “ウォーター”と“ファイア”でお湯を沸かし、タオルで身体を拭こうと準備していると、スルメが俺に声を掛けてきた。

「おいエリィ。一つ気になってたことがあんだけどよ」
「なぁに? 覗きに来たの?」
「ちげえわ」

 顎を上げてスルメがツッコミを入れてくる。

「私を覗きに来たんでしょ」

 黒髪をポニーテールにしたサツキが、年上っぽくからかうニュアンスの抑揚で言いながら、馬車から顔を出す。
 スルメは大きく舌打ちして、「ちげえよバカ」と彼女に言った。サツキは自分の求めていた反応ではなかったらしく、頬を少し膨らませて引っ込んでしまった。

 ほほう、なるほどね……。これは脈ありか?
 スルメは、全然気づいてないな。相当鈍そうだもんなぁこいつ。

 なんて考えていると、スルメが馬車から離れたので、後についていく。近くにいたアリアナも追いかけてきた。
 ある程度馬車から距離を取ると、スルメが腕を組んで、何かを思い出すように下唇をぺろりと舐めた。

「グレイフナーで変な奴がいてよ。ポカじいさんの話を聞いて、思い出した」
「変な奴?」
「冒険者協会定期試験をグレイフナーで受けた時だな。そんとき、セラー神国の奴が、落雷魔法を使える奴の噂を聞いて回ってたんだ」
「どういうこと?」
「ん……?」

 俺とアリアナは、セラー神国、というワードに眉を顰めた。セラー教には碌な思い出がない。

「しかもそいつは『落雷魔法を使える少女』の噂を聞いたことはありませんか、ってオレに聞いてきやがった。おかしくねえか?」
「ええ」
「ポカじいさんの話じゃ、落雷魔法を渡したことは誰にも言ってねえわけだろ? じゃあなんでそいつは“少女”って分かったんだよ」
「あ……!」
「だろ? しかもそいつ、めっちゃ胡散くせえ奴でな。セラー神国のお偉いさんって感じだったぜ。名前もゼノ・セラーって試験結果表に書いてあったし。んで、そいつの試験結果がまじでやべえ………995点な」
「きゅうひゃく……?!」
「………ッ?!」

 あまりの高得点に、俺とアリアナは思わず息を飲んだ。
 嫌な想像がどんどん膨らんでいく。

「それ本当なの?」
「まじもまじだ。二次試験で上位上級の重力魔法をぶっ放してたぞ」
「なんでその人が落雷魔法の噂を集めているのよ」
「知るかよ。おめえ何か心当たりはねえのか?」
「ないわね。ただ、セラー教には私達、少しばかりお世話になったわ」

 アリアナが魔改造施設の攻防を思い出したのか、狐耳をピクンと動かした。
 俺はスルメに、魔改造施設で何があったのかと、セラー教が陰でコソコソ動いているという推測を話して聞かせる。ガブリエル・ガブルが関与していることも続けると、味のあるスルメの顔が、しかめっ面になっていった。

「子どもに薬物投与ぉ? そんなフザけた野郎はオレならぶっ殺すぞ」
「セラー神国は子どもを魔改造し、落雷魔法を使える少女を探しているってことになるわね」
「しかも六大貴族のガブル家まで絡んでるのか?」
「そうよ。魔改造施設で指示書を見つけたから間違いないわ」

 証拠品はすべて押収してある。
 ガブル家が直接関与している物はないが、元を辿ると、グレイフナー関連の書類はすべてガブリエル・ガブルに行き着く。足がつかないよう、クッションとして別の貴族や機関を経由しているみたいだ。
 グレイフナーの孤児院誘拐事件は、セラー教→ガブリエル・ガブル→リッキー家or自由国境トクトール領主ポチャ夫→ペスカトーレ盗賊団→魔改造施設関係者→魔改造施設という流れで指示が出ている。魔力が高い子どもを集めるところから、誘拐まで、やけに手が混んでいるな。

「んじゃ、セラー教がガブル家に指示を出して、それをリッキー家が孤児院を隠れ蓑にして子どもを集めたってことか」
「そうなの」
「リッキー家っつえばよ、ボブとかいうエリィと同じクラスの奴がいるよな?」
「ええ、顔も見たくないわ」
「おめえが誘拐されてからオレんとこに来て、ざあまねえな、とかほざいたこと言われたんだよ。噂も広がってねえ、わりとすぐのタイミングだった。あれは……おめえが誘拐されんのを知ってたのかもな。態度もそれっぽかったし」
「そんなことが?」
「いますぐ殺ろう…」

 スチャ、とアリアナが鞭を取り出したので、どうどうと宥めて狐耳をもふもふする。
 ピンと立った尻尾が、ふにゃりと垂れたところで、手を離した。

 スルメがその時のことを思い出したのか、バシッと拳で自分の手を叩いた。

「ムカついたから一発ぶん殴っといたぞ」
「あら、ありがとう!」
「スルメ……見なおした」
「たりめえだろ。ダチが生きてっか死んでんのかわかんねえ時にそんなこと言われたら、誰だってムカつくだろ」

 スルメは思い出したのか、額に血管を浮かべている。

「あら? もしそうだとしたら……」

 ちょっと待て。
 リッキー家が、俺を誘拐することを知っていた。
 ということは、ガブリエル・ガブルが、リッキー家経由で、自由国境トクトールのポチャ夫に指示を出したってことにならないか? もしくはそれを伝えてあった、とか?
 まさかとは思うが、ガブリエル・ガブルはセラー神国に『落雷魔法が使える少女を拐え』と指示を出された?
 セラー神国からトップダウンで、ガブリエル・ガブル、ポチャ夫、ペスカトーレ盗賊団、の流れで俺が誘拐された。

 いや、そう考えるとおかしい。
 ポチャ夫はピンポイントでエリィを狙っていた。
 スルメの話だと、ゼノ・セラーという男は、『落雷魔法を使える少女』の噂、と聞いたらしいから、この時点でセラー神国は俺が落雷魔法を使えると分かっていない。だから、奴らはエリィ=落雷魔法使用者、とは気づいていない。

 ポチャ夫が誘拐した女の子達は、全員ぽっちゃり体型で金髪だったな。
 やはり、俺が誘拐されたのは単なる偶然?
 ポチャ夫の単なる趣味?
 でも、なぜリッキー家のボブが知っているんだ。

「ポカじいさんはさっきよ、“月読み”は世界で一人しか使えねえって言ってたけど、セラー神国の奴らで、使える人間がいるんじゃね? 落雷魔法を使える少女、って言ってるのが、何か“月読み”のぼんやりした予言っぽくねえか? セラー神国の奴らが“月読み”して、その予知に従って動いているって考えると、なんかしっくりくんだけど」
「あ……!」

 確かにそうだな。
 でもそんなことあるのか?
 それとも、“月読み”に代替する何らかの魔法がある、とか?

「ん……」

 アリアナが狐の尻尾をふわりと揺らしつつ、思案顔になる。
 真剣に考えているアリアナ、きゃわいい。

 例えば、セラー神国が何らかの予知魔法を使って複合魔法を探したとする。落雷魔法は俺が使えるから、予言が『太っている十代半ばの女の子』『魔力が高い女の子』『金髪』を探せ、みたいな内容だったなら……エリィが誘拐された理由になるな。

 ポチャ夫が俺を誘拐したのも、ひょっとしたらセラー神国のうまい誘導かもしれない。
 偶然か必然かは、わからない。
 ポチャ夫はガブリエル・ガブルを通じて、セラー神国と繋がっていた。誘拐されて逃げ出さなかったら、今頃、セラー神国に送られていたな。そう考えると……恐ろしい。

 スルメの助言がなければ、この考えに辿り着かなかった。確証はないものの、流れは当たっていると思うぞ。スルメ、結構勘がいいな。

「あいつら碌でもねえこと企んでるに決まってんぞ。ゼノ・セラーって奴は、まじで胡散臭かった」
「そうなのね……」

 スルメの一言で、バラバラになっていた情報が、一つにまとまったような気がする。

 セラー教がすべての元凶。首魁と考えていいだろう。
 そして、二つの目的で奴らは動いている。

 まず一つ目は、“月読み”もしくは、“何らかの方法”で情報を得て、複合魔法使用者に接触を図ろうとしていること。奴らのもっている情報は、明確ではなく、曖昧なものだ。そうでなければ、わざわざ他国の冒険者協会定期試験に顔を出して、『落雷魔法を使える少女の噂』などを聞いて回ったりしない。
 おそらく他の複合魔法の適正者も探しているのだろう。なぜ探しているのかは不明だが、強力で桁違いの効果があるため、時間をかけて探しだす価値は十分にある。魔法の名前だけで、効果がとんでもないとわかるからな。

 二つ目は、戦力を集めていること。
 魔改造施設を作り、強力な魔法使いを育成していた。しかも、他国民までにも手を出してまでだ。奴らは戦争でもおっ始めるつもりだろうか。

 複合魔法と戦力増強。
 あいつらは何を企んでいるんだ?

「“月読み”はわししか使えんぞい」

 いつの間にか、ポカじいが隣に立っていた。
 驚いで「きゃあ」という乙女チックな声を上げてしまう。

「すまんすまん。ちぃと話を聞かせてもらうたぞぃ。“月読み”は間違いなく師匠からわしへと受け継がれた。それこそ師匠が死体で蘇りでもせん限り、使用できる人間はおらんぞ」
「やっぱり……。じゃあそれに代わる魔法があるのかしら」
「ふむ。ないとは言い切れんが、“月読み”よりも正確な魔法はないじゃろうな。わしもその辺は、おかしいと思っておったのじゃ」
「セラー神国は複合魔法を狙っているの? ポカじいは何か知っている?」
「そうじゃの。その話もせんといかんな。奴らはわしが“月読み”を使用した二回目以降から、どういう訳か、わしが複合魔法の詠唱呪文を持っていると嗅ぎつけてのぅ、しつこく狙ってくるのじゃ。その一人がイカレリウスじゃ」
「イカちゃんってセラー神国だったの?」
「いんや違う。あやつは沿海州の更に北にある、スノウリー出身じゃ。娘が死ぬまでは、素直で優秀な魔法使いじゃったんじゃがのう……ついぞ五十三、四年前からおかしくなってしもうた」

 ポカじいは昔を懐かしむかのように、遠い目を視線の奥へと向ける。

「なぜか知らんがわしに何度も弟子入りを懇願しての。断っていたらこじれてしまい、いつの間にかセラー神国の手先になってしもうた。五十年ほど前にヨンガチン渓谷で戦ったのは、懐かしい思い出、といっていいんじゃろうな。わしにも奴がああなってしまった責任の一端があるでのぅ、いつも殺さずに追っ払っておるんじゃよ」
「す、すげえ」

 伝説の話として伝わっていることを本人から聞いて、スルメが目を輝かせている。
 クラリスの話だと、ヨンガチン渓谷には二人が戦った痕跡が残っており、グレイフナーの危ない観光名所になっていたはずだ。

「どうしてイカレリウスが、わしが複合魔法の呪文を持っている、と分かったのかが不思議なんじゃ。ただ、わしの脳内ではなく、書面で持っている、と勘違いしておるようじゃがの。セラー教をそれとなく水晶で観察してきたんじゃが、あやつらの国は魔素が強い。おまけに重要な拠点には氷魔法の結界まで張っておるもんで、いまいち実状が掴めん。グレイフナーへ行くのは、エリィを守ること、セラー神国を調べること、それも含まれておる」
「それも予言で?」
「いや、わしの判断じゃ。あとはエリィぐらいのいい尻のおなごを放っておくのは勿体無い、というのもあるがの」
「私の感動を返してくれないかしら」
「ほっほっほ。よいではないか。尻知らずんば、己を知らず。尻敷かれるは、我最上の喜び、とな!」
「それっぽい言葉でお茶を濁さないでちょうだい」
「お下品は……めっ」
「ぎゃははっ! じいさんほんと尻好きだな」

 俺がツッコミ、アリアナが怒り、スルメが笑う。
 ポカじいは柔和に笑うと、優しげな目で俺たちを見つめた。

「まだまだ二人は修行の途中じゃ。最後まで見てやりたいのじゃよ」
「まあ……」
「ポカじい…」
「オレもついでに頼んます!」

 スルメがこれを機に便乗してくる。さすが伝説の魔法使い。ジャンジャンのときもそうだったが、大人気だ。

「ふむ……たまにならええじゃろ」
「ま、じ、かッ! うおおおおおおおおおお!」

 スルメが絶叫した。相変わらずうるさい。

「たまにじゃぞ。わしはおなごにしか教えとうない」
「たまにでイイっすたまにで。やっべえ、めっちゃ興奮してきた。これやっべぇぞ!」

 馬車の方から「スルメ、うるさぁい!」とサツキの声がする。
 そろそろ就寝時間だ。戻らないとエイミーが拗ねそうだな。我が姉はエリィと寝るのを楽しみにしていて、三十回ぐらい「一緒に寝ようねっ」って光り輝く笑顔で言ってきた。本当にエイミーは可愛いよ。

「怒られちゃうわね。そろそろ寝ましょうか」
「そうじゃな。エリィ、アリアナ、スルメよ。この話は他言無用じゃぞ。あ、ちなみにじゃが、落雷魔法の呪文を教えた一般人には、ちょぃと黒魔法の超級を掛けて記憶が出にくいようにしてある。ジャンや西の商店街の面々じゃな。安心せい」
「ん……?!」
「ちょ、超級ぅぅぅッ?!」

 アリアナが口の中で悲鳴を上げ、スルメが普通に大声を上げる。
 またしても馬車から「早く寝なさいスルメ!」とサツキのよく通る声が響いた。
 これ以上うるさくすると、彼女がこちらに来そうだ。

「とはいってものぅ、魔改造施設で思い切り落雷魔法をつかったじゃろ? これからも使う場面は出てくるはずじゃ。いずれどこかで、エリィが落雷魔法の使い手じゃと露見するじゃろうて。いつバレてもおかしくないと思い、常に周囲には気を配っておくようにの」
「はい!」
「ん…!」
「何かあったら助けてやっからよ!」

 ポカじいの言葉に、全員でうなずく。

「スルメは私より強くなってから言うのね」

 茶化してそう言うと、スルメは悔しそうに拳を握りしめ、「ぐおおおおおっ」と唸り声を上げた。

「この前までデブだった奴に言われんとめっちゃ悔しいな」
「レディにデブってひどいわね!」
「しかもむっちゃ可愛くなっててまじ絡みづれえええっ」
「う、うるさいわよ!」
「おまっ! おまえ顔赤くすんなよ! そういうのが絡みづれえって言ってんだよ!」
「なな、慣れてないだけよっ」

 あーもうまた勝手に顔が熱くなるぜよ。
 焦って声どもるし。

「ちょっとあなた達、いつまで起きてるの?!」

 さすがグレイフナー魔法学校主席。真面目なサツキが右手に杖を持ち、“ライト”で照らしながらこちらにやってくる。ぷんぷん、というよりは、ぷりぷりと怒っている。

 スルメは彼女の姿を見て、あんぐりと口を開け、完全に鼻の下を伸ばした。
 ポカじいも、ぐわっと目を見開き、腰の横付近に目が釘付けだ。

「明日は早いのよ。早く戻りなさい」

 サツキのぬめるような黒髪は“ライト”で鮮やかに光り、身を包んでいる薄いピンク色のネグリジェらしき服も照らされている。これはジョーの新作だろうか。

 薄手の寝間着のせいで、ブラジャーとおパンツが丸見えだった。

 思ったより胸があり、腰がきゅっとくびれている。健康的で筋肉質な足は、太すぎず、細すぎない。どうやら開放的で可愛らしい格好が好きなのか、下着は紐パンツだった。紐パンツに食い込んだふにっとしたお肉を、ポカじいは脳内メモリーに焼き付けるかのごとく見つめている。目は一気に充血し、今にも飛び出しそうだ。
 スルメは、どうリアクションしていいのかわからず、ただただアホみたいに鼻の下を伸ばしていた。

「きゃああああっ!」

 やっと気づいたのか、サツキが杖をほっぽり出してしゃがみこんだ。
 それと同時に“ライト”が消え、代わりにアリアナが放った闇魔法下級“ダーク”がスルメとポカじいの目の前を覆う。

「見えねえ! くそ、見えねえぞ!」
「紐パンツはどこじゃ?!」

 ふたりともラッキースケベに気を取られ、魔法に気づいていない。
 とりあえず二人の腕を掴んでおいた。

「見た!? 見てないよねスルメ?!」

 サツキはしゃがんだまま涙目で声を上げる。

「みみみ、見てねえっ! 紐パンなんて見てねえ!」
「紐パンはどこじゃあああっ!」

 スルメは口をへの字にして、額からだらだら冷や汗を出している。そしてセリフが完全に棒読みだ。嘘つくの下手すぎだろ。てか紐パンて言っちまってるし。
 ポカじいは生下着と紐パンのせいで半狂乱だ。

「う〜〜、もうバカぁっ!」

 バシン、バシィン!

「見てねぇのぶほっ!」
「紐パンはどこぶぅ!」

 サツキの強烈なビンタが、夜の旧街道にこだまする。
 ラッキースケベは羨ましい限りだが、俺はあいにく楽しめない。ってことで―—

「二人同時に“電打エレキトリック”!!!」

「みみみみみみみみみみみみみみみみみみてねへへへいぃぃっ!」
「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒモパンチィィラッッ!」

 雷の閃光が暗闇に輝き、バチバチと電気音を響かせる。

 魔法学校三年生、味のある顔をした男子と、砂漠の賢者といわれるスケベじじいは、夏の終わりのセミのごとく儚く痙攣し、髪を黒焦げアフロヘアーにして煙を吐きながらぶっ倒れた。



 この後、二人はしばらくサツキに口を聞いてもらえなかった。

 ラッキースケベは諸刃の剣。
 スルメとポカじいは旅の間ぶつぶつと呟きながら、サツキの下着姿を思い出し、顔中の筋肉を緩めていた。


    ◯


 オアシス・ジェラに戻った俺たちは、何とか馬車と食料を人数分手に入れた。主に、エリィマザーの資金力と、ルイボンの友情のおかげだ。

 何かあったら頼ってね、というルイボンのお言葉を速攻で使ったパターン。
 最悪、交渉してどうにかしようと思っていたが、杞憂に終わってくれてよかった。
 戦時中という事と、クノーレリル祭で食料の備蓄を使ってしまった事もあり、グレイフナー王国に入るまでギリギリの食料しか譲ってもらえなかったが、そこは仕方がないだろう。

 すぐに戻ってきたルイボンは大笑いし、俺とそっくりなエイミーの美人さに興奮して「べ、別に美人だなんて思ってないわ!」と鼻息を荒くしていた。

 わざわざ戻ってきたのは、このメンバーでオアシス・ジェラへ来るチャンスを逃したくなかった、って理由もある。

 エリィマザー、シルード団員のジョン・ボーン。
 スーパー美少女エリィの俺と、究極狐美少女アリアナ。

 帰り道、この四人で襲ってくる魔物は楽に倒せる。
 俺が馬車の上に陣取って、敵を見つけ次第、“落雷サンダーボルト”で魔物を倒してもいい。

 それに加えて、伝説の魔法使いポカじいと、木魔法が得意な伝説級美女エイミー。グレイフナー魔法学校主席、黒髪和風美人サツキ。頼りになるスルメとガルガイン。旅の思い出を記録するテンメイ。賑やかし担当の亜麻クソ。

 女性陣のビジュアル的にも最高だし、戦力としては十分だろう。
 これだけ信用できるメンツを一気に集めるのは、相当に大変だ。
 それに、何だかんだで、子ども達と別れるとき、胸がチクチクと痛んだんだよな。エリィがつらいってことだ。これは早く解消しないといけない。なんて考えて行動する俺ってばほんとエリィ好きだよなー、と最近まじで思う。

 馬車は全部で四台。
 子ども達を三台の馬車に十人ずつ乗せ、残りの一台は食料兼女性陣の休憩所になる。基本、子ども以外は馬車の外を走る予定だ。身体強化の為せる業と言っていい。

 新たに追加した馬車三台の御者は、ジェラ冒険者協会に依頼した。
 内容はこうだ。

『旧街道経由・グレイフナーまで御者三名。
 魔物との戦闘の可能性アリ。
 期間・約二週間。
 報酬・十五万ロン。
 依頼者・白の女神エリィちゃん』

 応募が殺到した。
 冒険者協会が蜂の巣をつついた騒ぎになった。
 エリィちゃんとお近づきになれるなら依頼料はなしでいい、という冒険者まで出る始末。挙句の果てには、クチビールとジャンジャン、コゼットまで応募してきて、こらこらと叱るハメになった。

 採用は厳選な審査の結果、上位ランカーのバーバラ、女戦士、女盗賊、の三人に決定した。決してポカじいのセクハラを分散させようと思ったわけではない。
 この三人、一度でいいからグレイフナーに行ってみたかったらしい。しかも、五月には魔闘会があるため、それまで滞在して観光と腕試しをし、終わったら冒険者同盟にも行ってみるとのこと。
 しかし、何とも素敵な集団になったな。女性陣の美貌がやばい。
 亜麻クソが「なんんんと美しいっ」と、バーバラ達に格好をつけ、アリアナに冷たい視線を向けられていた。アホすぎる。

 そのままオアシス・ジェラに一泊し、再度出発した。
 またしても盛大な見送りがあり、今度こそ会える機会が先になると思ったのか、お世話になったメンバーは瞳に光る雫を輝かせていた。


 道中、子ども達はすっかりエイミーに懐いた。
 そして以外にもスルメが男子に人気だった。どうやら弟がいるため、扱いをわかっているようだ。ライールやヨシマサ、年頃の男の子に、棒きれを持たせて剣の練習をさせている。あと、ガルガインの真似をして、男の子らがツバを吐く。叱ってやめさせるのが大変だ。

 エイミーがこの世界で有名な歌を口ずさみ、馬車は進む。
 後方を振り返ると、亜麻クソがひぃひぃ言いながら魔力循環ランニングをしている。

 俺は最年少の女の子、リオンを抱っこしながら、身体強化で軽快に走った。隣にはアリアナがいる。

「亜麻クソお兄ちゃんがんばれぇ〜」

 リオンが亜麻クソを応援すると、奴は髪をフォワスワと掻きあげて、ズビシィと天高く指差した。

「少女よっ! このぶぉくを誰だと思っているんだい? かの有名な水の使い手、ドビュッシー・アシルなのさっ。ハァ…ハァ…」
「あれ〜。亜麻クソお兄ちゃんじゃないのぉ?」
「エリィ君! 変なあだ名を教えないでくれたまへっ!」

 威勢は良いものの、亜麻クソの足元はふらっふらで、顔面は苦悶に歪んでいる。
 そこまで見栄っ張りなのはある意味感心するな。
 あと、あだ名を変えるつもりはないぞ。


    ◯


 旅は順調に進み、グレイフナー王国入りを果たしたのが、出発から十日目。
 首都グレイフナーに到着したのがそれから二日後だ。

 グレイフナーの防壁が見えた瞬間、俺とアリアナは抱き合って喜んだ。

「帰ってきたのね」
「うん……!」

 涙がじわじわと浮かんでくる。
 エイミーが嬉しそうに先へと走っていった。

 巨大な首都グレイフナーを守る壁は、平原の奥へと延々続いており、その中には様々な住人たちの生活があるんだ、と感慨深くなってしまう。

 ジョン・ボーンに先行してもらって、ゴールデン家には本日帰国する旨を伝えてある。

 門の前をよく見ると、そわそわと待っている懐かしい人物たちの姿が見え、俺は手を振りながら駆け出してエイミーを追い越した。地面を踏みしめるブーツが跳ね、徐々に彼らの面影が近づいてくる。

 帰ってきた……。
 グレイフナーに帰ってきた……!

「おーい!」

 大きな声で、エリィが叫んだ。
 居ても立ってもいられないみたいだ。

 年頃の少女らしく嬉しげに叫ぶエリィを確かに感じ、俺はこぼれる笑みを抑えきれなかった。彼女の気持ちに答え、手を振る力を強くする。


 エリィは間違いなく生きている。


 俺がエリィに憑依して死を免れたのか、それともエリィを俺が助けたのか、今までずっと考えていた。その意味と、これからどうなるか、ずっと考えていた。

 でも、そんなことはどっちでもいいんだろう。
 俺たちがここにいるってことが大事なんだ。

 もちろん、男に戻る方法は探すが、それまでは俺とエリィはまだまだ二人で一人だ。

 手を振っていない左手が、優しく包まれた。
 横を見ると、アリアナが走りながら手を握っていた。彼女の口元には微笑が浮かんでいる。そうだ。俺たちはいつだって三人だった。
 いつか彼女にも俺の存在を知ってもらいたい。できることならエリィではなく、小橋川としてアリアナと話たいもんだな。


「エリィ、行こう…!」
「そうね!」


 俺は胸に去来する様々な思いを込めてアリアナの手を握る。
 やることのリストを思い浮かべ、首都グレイフナーの防壁と大きく開いている門を見つめ、今か今かと到着を待つ、懐かしい人物たちへと笑顔を向けた。


 さぁて、帰国後も忙しくなりそうだ!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
第三章終了です!
ここまでお付き合い頂きありがとうございます。
間話を挟んで、第四章へと進んでまいります。


◯新しい魔法メモ◯

     「天」     「生」
          炎    
    白     |     木
      \   火   /
       光     土
「雷」       ○      「無」
       風     闇
      /   水   \
    空     |     黒
          氷
     「刻」     「?」

複合魔法(古代六芒星魔法)
「雷」落雷サンダーボルト
「生」生樹
「天」天視
「無」無喚
「刻」時刻
「?」??
+注意+
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