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エリィ・ゴールデン ~ブスでデブでもイケメンエリート~ 作者:四葉夕卜/よだ

第三章 砂漠の国でブートキャンプ

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第38話 砂漠のシェイズ・オブ・グレイ・前編

今回も前編後編に分けておりますので、一気読みしたい方はお待ち下さい・・・。
 再会の挨拶もほどほどに、全員の体調が問題ないことを確認し、スルメ達が乗ってきた馬車が壊れていないか様子を見に行く。
 魔法によってできた大穴を迂回して馬車へ近づくと、地面に転がっているアホな奴が声を掛けてきた。

「君は、誰だい?」

 横転した馬車から放り出され、芋虫のようにロープでぐるぐる巻きにされた亜麻クソが、ふっ、ふっ、と息で前髪を上げながら聞いてくる。

「安心したまへッ、麗しきレディよ。このぶぉくの奥義で怪物はオダブツなのさ。ふっ。ふっ」

 亜麻クソも来たの? しかも何故にぐるぐる巻き?
 久々に会ったが、相変わらず鬱陶しいキザさだ。うざい。イヤホンをポケットに入れてたら思いのほかこんがらがって、早く音楽聴きたいのに中々ほどけない時ぐらいうざい。

「こいつ勝手に馬車に乗り込みやがってな。何だかんだあって、今アメリアさんの地獄の訓練中だ」

 スルメが面倒臭そうに事情を説明し、しゃがみこんで亜麻クソのロープを解く。とりあえず一度、自由の身にさせるらしい。

「久しぶり、元気だった?」
「おや、僕の知り合いのレディかい? このような美しい女性は忘れやしないんだけどね」

 相変わらずカッコつけて下唇を突き出し、ふっふふっふと息で前髪を吹き上げる亜麻クソ。
 思案顔の亜麻クソを見て、スルメが悪戯っぽく笑った。

「亜麻クソ、ヒントをやろう。こいつは魔法学校三年生だ」
「なんだとぉう……?」

 芋虫巻きのまま、亜麻クソがこちらを見つめてくる。

 背後では、横転した馬車をガルガインとテンメイが身体強化で持ち上げ、まっすぐ立たせた。右の車輪がダメになっているらしい。ガルガインが、これから直すとのこと。
 それ以外のメンバーは爆風で散らばった荷物を探しに、三々五々、馬車から離れていく。

 あとから手伝う旨をアリアナに伝えると、スルメが「うっし」と声を上げた。

「ロープの結び目は解いたぞ。立ち上がってくれ」
「分からない……」

 亜麻クソは寝転がったまま、俺が誰かを考えている。
 そんなに違うか? エリィってそんな太ってた?
 心の清らかさは今も昔も変わってないぞ。

「おい亜麻クソ、聞いてんのか」
「スルメ君、しばし黙りたまえ」
「誰がスルメだよ誰がッ。ロープ縛り直すぞ」
「愛の化身ともいえるこのぶぉくが同学年の女子を把握していないと思ったのかい? 光、闇、火、水、土、風、すべてのクラス、すべての女子の容姿を思い出すことができるんだよ、このぶぉくはね。……はっはぁん。なぁるほど・ザ・ドビュッシー。分かったぞ。この僕の脳内に、答えが舞い降りてきた。それこそ婉美の神クノーレリルのウインクのようにね」
「どこまでもキザったらしいな。てか意味わかんね。で、誰なんだよこいつは?」
「私は誰でしょう?」

 スルメが小指で耳をほじりながら、半笑い顔で亜麻クソに聞く。
 せっかくなので、両手を腰に当て芋虫巻きの亜麻クソを見下ろした。

「ずばり正解を言おう! この麗しきレディはグレイフナー魔法学校の三年生ではなく、別の学校の三年生なのだ! おそらくマースレイン女学院の生徒とみた! スルメ君の言葉のロジックに危うく騙される所だったがね、この慧眼のドビュッシー、そのような引っ掛けむぉんだいに引っ掛かるほど間抜けじゃあないんだよ! ふはっはっはっはっはっ」
「残念。はずれだ」
「な、なんだとぉう! この僕の名推理が間違っていると?!」
「こいつ、エリィ・ゴールデンな」

 スルメが、親指を立て、肩越しにこちらを差した。
 亜麻クソがその言葉を聞いて、完全にフリーズした。

「久しぶりね、亜麻クソ」

 笑顔で挨拶をした。
 どうやらエリィの身体は、亜麻クソ、というどうしようもないフレーズをあだ名として認識しているらしく、汚い言葉にも関わらずちゃんと発音してくれる。エリィの可憐な口からお下品な言葉が出る、唯一の現象だろう。

 頭からつま先を何度も往復し、亜麻クソはぐわっと目を見開いた。

「ちょ、ちょっと待ってくれたまへっ! そんな、まさか……!」
「エリィ・ゴールデンよ。少しだけ痩せたの」
「それのどこが少しなんだい! ぼかぁこんなに驚いたのは、助産婦におぎゃあと取り上げられて以来一度もないと思うよ君ぃ!」
「そこだけは同意する。まじで」

 驚く亜麻クソに、スルメが神妙な面持ちでうなずく。
 失礼な奴らだ。と言いたいところだが、誘拐後に三十キロ近く痩せたから無理もない。二リットルペットボトル、十五本分の重さの脂肪が、エリィの身体から消えてなくなった訳だ。そう考えるとすごいな。

「エリィ!」

 ぼふっ、と音が鳴るぐらい勢いよくエイミーが小走りに抱きついてきた。
 伝説級美女のいい香りがふんわりと漂う。

「渡したい物があるんだよね。よかったよー傷が付いてなくて」

 そう言って彼女は、旅行鞄らしき物の蓋を開け、何やらがさごそと中身を確認する。

「エイミー嬢が何の疑問もなく、エリィと呼んでいる……。ホンモノで間違いないようだ」
「オレだって信じられねえ」
「ぶぉくは奇跡を、今ここに見た」
「ちげえねえ」

 呆けた顔でのそりと立ち上がり、亜麻クソはロープから抜け出した。スルメが、俺と亜麻クソを交互に見て、深いため息をついている。驚きすぎて疲労困憊らしい。
 疲れさせるほど美人になっちゃってごめんな。すべてはエリィの潜在的美貌がいけない。

 そんなやりとりを余所に、エイミーはようやく鞄の一番奥から、見せたい物、とやらを引っ張り出した。
 彼女の手に握られていたのは、洋服だった。

「見て見て。可愛いでしょ!」
「あっ! チェック柄!」

 うおおおおおおおおおおっ!
 念願のチェック柄きたぜ! しかも定番のタータンチェック!
 懐かしすぎて、一瞬、日本を思い出した!

「これ、ジョー君がエリィに渡してくれって。しかもエリィが痩せていることを想定して、元より細身に作ってあるの」

 そう言ってエイミーが広げたスカートは、確かに八十キロ台のウエストより細身に作られている。おまけに薄黄色地に青色チェックで膝丈スカート。春感が迸る。

 ジョーは俺がダイエットをしっかりしていると疑っていないようだ。こういう気の利いた配慮をされるってことは、どうやらエリィ、かなり愛されている模様。どうするエリィ。どうする俺。外見が美少女で、中身がイケメンとか、どんなコメディだよおい。

 グレイフナーに帰ったらジョーの様子を伺い、友好な関係を保ちながら恋愛シチュエーションを潰していくという、リアル小悪魔的立ち回りを求められるな。想像するだけで頭が痛くなってくる。

 もうこればっかりは考えていてもしょうがない。でたとこ勝負だ。

 気を取り直してエイミーからスカートを受け取り、腰に合わせてみる。残念なことに、ジョーの予想よりも身体が痩せすぎていて、明らかにサイズが合わない。
 これは女子高生のスカートのごとく、何回か巻くしかないな。膝上スカートになるけど、エリィ美脚だし大丈夫だろ。むしろ見せつけるレベルだ。
 それにしてもこのタータンチェックスカートには、モスグリーンのジャケットを合わせたい。もしくはカーキのミリタリー風ジャケット。足元はブーツで、アクティブなカッコかわいい系で決まりだろ。インナーは白のブラウスだ。
 だが、持ってきた荷物に上着がない。そのコーデは無理だ。残念すぎる。

「あとね、これで合わせればおシャレ間違いなしだって」

 エイミーは旅行鞄から、カーキ色の丈が短いジャケットを取り出した。ボタンが一つも付いておらず、前を閉じない、というグレイフナーではあり得ない斬新なデザインの上着だ。胸ポケットがわざとズラして配置してあるのが、何ともいじらしい。
 奴は天才か? 天才なのか?

「新素材で作ってあるから防御力もあるみたい。でも、試作段階でそれなりの効果しかないから気をつけてくれ、って言ってたよ。“ファイアボール”一発ぐらいなら、何とか燃えないって」
「まあ! 凄いわね!」

 新素材だと? 胸躍るな。踊りまくるな。

「エリィのことすごーく心配してたよ。妬けるわね~このこの」
「あ、ちょっと姉様」
「このこのこのぉ」

 エイミーは嬉しそうに右肘でぐいぐい突いてくる。
 ただ、突いている場所が問題だった。

「あ、あの……姉様、それじゃ飲み屋にいる酔っ払いのおじさんよ」
「え、そうなの? 妬けるときはこうやれってサツキちゃんが教えてくれたんだけど」
「どさくさに紛れて肘を胸に当てるのは、おじさんのやることです」

 妹の乳をぽよんぽよん肘でつつくのはどうかと思うぞ。
 なんやかんやで、また勝手に顔面が熱くなるし。エリィのセクハラ耐性が低すぎる。
 くそぅ。男でないのが悔やまれるな。俺が男だったら仕返しと称して、エイミーの胸をこれでもかと肘でつつくんだが。

「サツキさんの悪戯でしょ? 姉様もそろそろ気づこうね」
「そうだよねぇ。あれーおかしいなーって思ったんだけど」

 赤い顔をして謝るエイミー。
 友人のサツキはエイミーをからかって反応を楽しむお茶目さん、というのは知っている。

 一連の流れを見ていた男子二人が、なぜか地面を殴っていた。

「スルメ君! ぶぉくの下半身に何やら熱ひプワッションが充填されるのだが!」
「ちげえねえ!」

 亜麻クソとスルメが俺とエイミーをチラ見しつつ、珍しく意気投合していた。年頃の男子に、エイミーとエリィのコンビは目に毒だろうな。高校生の自分がこの光景を見たら、完全に漲っている。

 ―――パァン!!!

「ひぃ!」
「あぶなっ!」

 亜麻クソとスルメが鼻の下を伸ばしているちょうど目の前を、鞭が高速で駆け抜けた。
 真っ直ぐな軌跡を描いて、地面がえぐられる。
 音がした方向を見ると、アリアナが無表情で鞭を持っていた。

「スケベは……めっ」

 狐美少女にそう言われ、二人は伸ばしていた鼻の下をあわてて元に戻した。
 が、亜麻クソが不思議そうな顔でアリアナを見つめる。しばらくすると、仰々しく両手を広げ、満面の笑みになって、ふっ、ふっ、と息で前髪を吹き上げた。

「な、なんだい君は! 胸が張り裂けそうなほど可愛いじゃあないかっ」

 どうやら亜麻クソはアリアナのような女子が好みらしい。

 食い入るように見つめられる彼女は、ピンクのリップを薄く付け、控えめなアイラインを入れている。その他の箇所も、すっぴんじゃ? と間違えられないギリギリのメイクが施され、可愛らしさが数千倍にふくれあがっていた。アリアナの場合、幼さが若干残っているため、普段着にはナチュラルメイクが合う。

 しかも、暇さえあればおにぎりを食べているせいで、女性らしい体型に変貌していた。エリィやエイミーに比べるとまだまだ細いが、細身ながらも、太ももや胸にはしっかりと肉が付いている。
 綺麗な足を惜しげもなくデニムスカートから出しているのには、さすがの俺も、たまにちらちらと視線を送ってしまうほどだ。しかも、どんな動きをしても、絶対にスカートの中身が見えない不思議。女子ってすごいよな。俺も、よっぽどの動きをしない限り見えないらしい。エリィが動きに補正を入れてくれているおかげだろう。

 とまあ、はっきり言って、アリアナは誘拐後と今では別人だ。
 可愛さが宇宙まで突き抜けて無酸素無重力状態で延々とバク転を決め、雄叫びを上げながら片乳をはみ出させる原始人の毛皮スタイルでウッホウッホ言いつつ、全力で手に持っていた槍を投げてその辺の小惑星を木っ端微塵にさせるぐらい。それぐらい可愛い。うん、久々に意味わかんねえ。

「狐のプリティなレディよ! このぶぉくとデートをしてくれたまへっ」

 亜麻クソがくるりと一回転して跪き、フォワスワ、と髪をかき上げて、ドヤ顔でウインクしながら、右手を華麗にアリアナへ差し出した。アハッ、アハッ、と呟きつつ、これでもかと白い歯を見せつける。

 俺とスルメは顔を見合わせ、エイミーは、まぁと驚いて可憐な仕草で手を口元へ運ぶ。
 アリアナはじいっと差し出された右手を見つめた。
 奇妙な沈黙が旧街道に下り、しばらくすると、アリアナの小さくて蠱惑的な唇が開いた。

「絶対イヤ」

 冷酷な断定と残酷な否定が、空気を切り裂いた。
 亜麻クソは声にならない声を上げ、銃で撃たれたかのように、心臓付近を押さえて大げさにうずくまる。
 スルメが笑いを堪えきれず、ぶーっと吹き出した。

「ちなみにこの子、アリアナよ」

 俺が補足を入れると、亜麻クソは雷に打たれたかのような驚愕の表情を作った。

「な、なんだって!? 君があのアリアナかい?!」
「そうだよ…」
「た、たしかによく見れば……。ぼ、ぼ、ぼかぁね、戦いの神パリオポテスが戦わずして降参するより驚いているよ! なんだってそんな可愛くなったんだい?! ………はっはあん。なぁるほど・ザ・ドビュッシー。わかったぞ、わかってしまったぞぅ! 君はこのぶぉくと運命の再会をするために美しくなったんだねありがとうありがとう本当にありがとう!」

 話を勝手に進めると、亜麻クソは立ち上がってもう一度一回転し、フォワスワ、と前髪をかき上げてから跪き、ドヤ顔で左右三回ずつウインクすると、右手を華麗にアリアナへ差し出した。アハッ、アハッ、と白い歯を見せつけるのも忘れない。
 アリアナは亜麻クソを一瞥すると、可愛らしい口をゆっくりと開いた。

「好みじゃない。ムリ」

 まさに一刀両断。
 亜麻クソはあまりのショックで、ふっ、ふっ、と吐いていた息を詰まらせ、「ひぶぅ」と声を上げると、両手で胸元を押さえて、小さく叫んだ。

「ブロークンハァトッッ」

 そして地面に倒れ込んだ。
 俺とスルメは笑いを堪えられるはずもなく、ぶぅぅぅぅぅぅぅぅっ、と本気で吹き出した。

 楽しそうに会話を聞いていたエイミーが、スカートとジャケットと小脇に抱えながら、人差し指を頬に持っていき、小首をかしげた。

「私も亜麻クソ君は好みじゃない、かも」

 エイミーの不意打ちの追撃。
 ど天然の彼女はただ思ったことを口にしただけだろうが、思春期の青年にはきつい言葉だ。
 亜麻クソは「ふぐぅ」と身もだえて地面でのたうち回り、両手で頭を抱えて「そんなバナァナッ」と意味不明に叫んでエビぞりになる。

 スルメは完全にツボに入ったのか「ぎゃーっはっはっはっは!」と亜麻クソを指さして爆笑した。
 俺はレディらしく、ギリギリのところで爆笑を堪える。
 くっ、ここで声を出して笑ったら負けだ。

 タイミングがいいのか悪いのか、話を聞いていたらしいサツキが、黒髪を靡かせながら輪に加わった。集めた荷物を地面に置き、綺麗にまっすぐ右手を挙げる。口元にはいたずらっぽい笑みが浮かんでいた。

「あ、私も好みじゃないよ」

 完全に面白がったサツキの冷酷な一打。

「私もよ」

 俺もついでに便乗しておく。

 亜麻クソは鼻の穴をぶわっと広げ、前歯をリスのように出すと、魔物の断末魔のごとく「ぷぎぃ」と声を漏らした。そしてエビぞりのまま、頭とつま先だけでブリッジ状態になって、始まってすらいない恋に敗れて白目になる。
 心肺停止寸前といった具合で呼吸が荒くなり、不気味な声を一度上げたかと思うと、張り詰めていた亜麻クソの全身の筋肉が弛緩し、彼はそっと意識を手放した。

「ぎゃーっはっはっはっはっはっはっは!」
「ぶわーっはっはっはっはっはっはっは!」

 スルメと、いつの間にか輪に加わっていたガルガインが腹を抱えて地面を転げ回った。

 俺は声を上げずに腹を抱えて笑い、涙が目から出てきた。面白すぎて声が出ない。痛い痛い。笑いを堪えすぎておなか痛い! 亜麻クソが面白すぎる。あかん。


    ○


 エイミーがあわてて光魔法を唱えたおかげで、亜麻クソは数十秒で復活した。
「ぶぉくは諦めない! 決して諦めなひっ!」と叫ぶポジティブさだけは素晴らしいと思う。
 いやーアリアナを落とすのは相当難しいと思うけどな。完全にギャグ要員になっている気がしないでもないが、まあ頑張れ。前向きな奴は好きだぞ。

 とまあそんなこんなでガルガインの馬車修理が終わり、俺達は安全地帯までの移動を開始した。
 進む方角は西だ。

 これだけの戦力があれば、孤児院の子ども達をグレイフナーへ連れて行くことは可能だろう。
 アメリア母さんはこのままグレイフナーへ戻る、と提案したが、事情を話したところ、ジェラまで一度行ってから、子ども達を連れて帰国することを了承してくれた。元々、オアシス・ジェラが目的地だったので、食糧はまだある。帰りの分はオアシス・ジェラで調達すれば問題ないだろう。子ども達が乗る馬車も手配しないとな。
 あれだけ涙の別れをしたあとに出戻りするのは、ちょっと気が引けるが、まあ仕方ない。後々の笑い話になるさ。

 それにしても、アメリアさんのことを心の中で何と呼んだらいいのか分からない。口に出すと「お母様」になるんだが、俺の母親でもないし、心の中で呼び捨てにするのは憚られる。とりあえず、エリィマザー、にしておくか。何となく。

「で、エリィ・ゴールデン。どうやったら落雷魔法を使えるようになるんだよ」

 スルメが顎を突き出して、真剣に聞いてきた。
 歩いている足は止めず、どう答えていいか分からずにポカじいを見る。

「ポカじい、スルメが落雷魔法を使うことはできるの?」
「ほっほ。天地がひっくり返ろうとも無理じゃな」
「ま、まじか……」

 スルメは残念そうに肩を落とした。やはり落雷魔法はユキムラ・セキノ効果で人気のようだ。

「ねえスルメ。あなたいい加減に人のことをフルネームで呼ぶのやめさないよ」
「あん? 言われてみりゃあ面倒くせえな」
「これからはエリィ、でよろしくね」
「わあったよ。俺のことはワンズ、でよろしく」
「わかったわスルメ」
「全然わかってねえよな?!」

 相変わらず大声でツッコミを入れてくるスルメ。

「つーかよ、このじいさんが、なんで落雷魔法のこと知ってるんだよ」

 そう言って、スルメは会話の矛先をポカじいに向けた。
 ポカじいはジョン・ボーンに貰った高級ワインを飲み、笑って答えようとしない。代わりに俺が回答する。

「この人が教えてくれたのよ」
「はあっ? どういうことだ?」
「この人、砂漠の賢者よ」
「砂漠の賢者って、あの、砂漠の賢者ポカホンタスのことか?」
「それ以外にいないでしょ」
「こんなスケベなじいさんが砂漠の賢者?! ありえねえだろ」
「私もそう思ったけど、実際にそうだから仕方ないのよね……」
「まじか? まじなのか? 証拠はあんのか?!」
「さっきの魔眼魔法を見てたでしょ? この人、上位上級魔法を数十秒で唱えるわよ」
「はぁっ!?」

 スルメが驚愕してポカじいを見ている。
 会話を片耳で聞いていたのか、全員がこちらに寄ってきた。御者をしているジョン・ボーンは、馬を操りながら聞き耳を立てている。亜麻クソは、修行の続きと言うことで、ロープを腰に巻いて走っているため馬車の後方だ。
 馬車の中にいたエリィマザーが降りてきて、こちらにやってきた。

「何の騒ぎなの?」
「聞いて下さいよ。このじいさん、砂漠の賢者ポカホンタスらしいっす」
「何を言っているの? そんなわけないでしょう」

 エリィマザーは鋭い眼光でポカじいを見ると、こちらに戻した。
 ポカじいはワインをラッパ飲みしながらエイミーの尻を眺め、ご機嫌だ。

「いいえお母様。このじいさん……いえ、この方は砂漠の賢者です」

 尻好きさえなければという残念な気持ちと、尊敬の念、両方を込めてエリィマザーに伝える。
 爆炎のアメリアと言われたさすがのマザーも、狼狽の色を隠せない。

「そ、それは本当なの?」
「はい。強くて物知りで優しくて尊敬しています。スケベですけど」
「スケベは……めっ」

 アリアナが警戒態勢の新兵のごとく、俺の尻を触らせないようポカじいに睨みをきかせている。彼女の態度はポカじいを否定するのではなく、だらしない父親を叱る娘のような、愛情溢れるものだ。もふもふもふもふ。

「納得は……できないけれど、落雷魔法をエリィが使えるようになっていることが、何よりの証拠なのかしらね」
「ほっほ。その通りじゃ」

 ポカじいが嬉しそうにエリィマザーを見て、すぐさま真剣な顔になった。

「おぬしの娘に強力無比な魔法を勝手に教えてしまい、申し訳ないと思うておる。これについてはちぃとばかし事情がある故、あとでじっくり説明をさせてくれんかの。エリィの友人らにも聞いてもらいたいしのぅ。こうして皆が出逢ったことは、月の導きじゃろうて」
「あなた様は本当に……?」

 砂漠の賢者なのか、という言葉を飲み込み、エリィマザーは鋭い眼光を地面へ落として何やら考え込んだ。

「エリィ、アリアナ。おぬし達に何度か聞かれた、他の複合魔法についても話してやろう」
「ポカじいは他五つの魔法について、詳しく知っているのね?」
「気になる……」
「知っているも何も、おぬしの他二人に魔法を授けておる、と言った通りじゃぞ。まだ、誰とは言えぬがな」
「まじで他の複合魔法のこと知ってんの? 俺が使える魔法ってねえの?」

 たまらずスルメがポカじいに聞く。

「ほっほ。ないのぅ」
「まじかっ……!」
「こればっかりはどうしようもないぞい。まあ、おぬしは身体強化の才能がありそうじゃから、そちらを頑張ればいいじゃろ」
「まじ?! まじなのかそれはっ!」
「その様子からして適性は火じゃろ?」
「ウッス! その通りっす!」

 ポカじいの威厳を感じてか、スルメが敬語になって敬礼している。

「一点集中型で訓練をしたほうがええじゃろ。エリィの母君のようにの」
「ウッス! 了解ッス!」
「話はあとじゃ。急がねば休憩地点に着く頃には真っ暗闇じゃぞ。エリィ、アリアナ、馬車を持ち上げて身体強化。わしはウマラクダを運んでやろう。先に待っておるぞい」

 話を切り上げ、ポカじいがジョン・ボーンに御者席から下りるよう促す。そして馬車とウマラクダを連結しているロープを外し、自身の十倍はある体躯を右肩にひょいと担いだ。突然担がれたウマラクダが、すきっ歯をむき出しにして嘶く。
 ポカじいは、“上の中”まで身体強化を掛けたのか、旧街道のレンガを派手に踏みならし、一瞬で俺達の前から消えた。

 スルメ、エリィマザー、エイミー、サツキ、ガルガイン、ジョン・ボーンはぽかんと口を開けてポカじいが跳んでいった方向を眺めた。
 テンメイは「オポチュニティィィィッ!」といってシャッターを切り、亜麻クソは馬車がようやく停まってくれたので「諸ぅぅ君ん! 僕は見事に走りきったぞぉう!」と叫んで足をガクガクさせた。
 俺とアリアナは指示通り、身体強化を掛けて、よいしょと馬車を両脇から担いだ。

「さあみんな、行きましょ」
「ん……」

 六人乗りの馬車を美少女二人が御輿のように担ぐ姿は、端から見てさぞシュールだろう。


    ○


 全員で身体強化をし、旧街道を走る。
 馬車は、魔力が回復したメンバーから順々に交代で担いだ。スルメ、エイミー、ガルガイン、サツキ、テンメイの五人はやけに連携がいい。そして全員が身体強化できることに驚いた。
 どうやらエリィマザーの地獄訓練の成果らしく、あとでその内容を教えてくれるとのこと。一部、話したくない訓練もあるんだよね、とエイミーが顔を引き攣らせていた。

 休憩地点へと付くと、ポカじいがウマラクダと共に待っていた。
 金木犀に囲まれた野営地は、魔物の匂いが薄く、気持ちが随分と落ち着く。
 すっかり暗くなった空に、焚き火の煙が立ちのぼっている。

 食事の準備、テント設営、水の確保、薪の収拾などなど、キャンプさながらで、久々に再会した俺達はわきあいあいと分担作業をする。亜麻クソが、やたらとアリアナに自分をアピールしていて、笑いを誘う。馬車に乗って担がれていた癖に、よくそこまで自信満々になれるな。ポジティブも度が過ぎるとただの変態だ。

 サツキともすっかり打ち解けた。竹を割ったようなスカッとした性格は、大変付き合いやすい。黒髪で和風な顔を見ていると、日本を思い出して心が和んだ。
 スルメと親しげに話している様子には、俺の恋愛センサーがぴくぴく反応する。
 あの二人、相性がいいかもしれない。

 ジョン・ボーンは無口だった。聞くところによると、シールドの団員らしい。白魔法中級を使える俺に「さすがアメリアさんのご息女デス」と言って、跪いてくる。

「沿海州ではあなたのような美しい女性を『マーメイド』と呼びマス」
「まあ……」
「あなたは私にとってマーメイドであり、女神デス」

 なんか口説かれてない?
 顔が熱いよ、いつも通りね。

「そ、そのようなこと……」
「いえ、あなたは美しいデス」
「んまあジョン・ボーンさんったら」
「我がマーメイド。あなたに救われた命デス。お望みとあらば、あなたの為に、身も心も捧げまショウ」
「お、おほほほ……」

 口に出した言葉がお淑やかモードになるぜ。
 んああ! 耐えられん! 俺、男なんだけど?!

 ごめんあそばせ、と言ってそそくさとアリアナの所に逃げ、心を落ち着かせるため素敵な耳をもふもふする。
 くすぐったそうにアリアナが肩をすぼめて目をつぶった。ああ、全世界の癒しはここにあるな。

 全員で焚き火を囲んで食事が済むと、エイミーとアリアナが食後のスープを配ってくれた。ポカじいとエリィマザーには赤ワインだ。
 夜空は雲一つなく、見慣れた異世界の星々が降りそそいでいる。

「では、複合魔法について話をしようかのう」

 ぽつりとポカじいが呟くと、遠くで魔物の鳴き声が聞こえた。かなり遠いため、こちらに来ることはない。全員が、自然と前のめりになる。
 伝説の魔法使いから、伝説の魔法について語られるのだ。ポーカーフェイスのアリアナですら、興奮を抑え切れない様子だった。唯一、エイミーだけがすっとぼけて、「エリィと食べるとご飯が美味しいね」とスープをふうふう冷ましながら、柔和に微笑んでいる。我が姉はやはり大物だ。そして美しい。

「まずは“月読み”から話さねばの……」

 我が師匠であり、スケベな伝説の魔法使い、砂漠の賢者ポカホンタス。
 彼は、赤ワインの入った木製のコップを一気に煽って空にすると、訥々と語り出した。
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皆さま、温かいお祝いのメッセージありがとうございます!
これからもエリィ&小橋川をよろしくお願い致します。

更新についてですが、週一回ペースに戻そうと頑張っております。ふっ。ふっ。
プライベートも落ち着いてきたのでイケると思います。KITTOね!
拙者、常に全力投球しておりますっっ。

また、書籍化に伴いペンネームを「よだ」から「四葉夕卜よつばゆうと」に変更する予定です。
どちらの呼び方でも大丈夫ですので、呼びやすい方で気軽にメッセージ等頂ければ幸いです!
+注意+
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