挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
エリィ・ゴールデン ~ブスでデブでもイケメンエリート~ 作者:四葉夕卜/よだ

第三章 砂漠の国でブートキャンプ

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

64/129

第33話 砂漠のイージートゥーリメンバー

感想、ご指摘ありがとうございます。
最近プライベートが忙しく、返信ができなくて申し訳ございません。
しっかりと確認しておりますのでこれからもよろしくお願い申し上げます。
 魔改造施設から二時間ほど離れた所まで移動すると、魔物の襲撃に備えて周囲に警戒しつつ、野営の準備が進められた。

 熟練の冒険者と兵士が黙々とテントを張り、“サンドウォール”で陣地を築く。
 捕まえた敵の魔法使いとアイゼンバーグは“睡眠霧スリープ”で眠らせ、さらに厳重に縄で縛っているため、脱走する可能性は低い。
 サソリ男はゲドスライムの騒ぎの最中、どさくさに紛れて自害してしまった。そのせいで人間が魔物の部位を取り込む『キメラ化』の真相は一歩遠のいたといえる。遺体は検分のため氷魔法で氷らせ、持ち帰ることにしたようだ。

 子ども達は救出されて安心したのか、馬車の中で身を寄せ合いながらぐっすり眠っていた。

「かわいい寝顔ね」
「そうだね…」

 俺とアリアナは、孤児院の子ども三十名と、子ども魔法使いの馬車を順々に回った。
 今日はゆっくり休んで、明日“純潔なる聖光(ピュアリーホーリー)”を子どもの魔法使い達と、フェスティにかけるつもりだ。

 野営の準備が整うと、簡単な食事と酒が振る舞われた。

 出逢いがあれば別れもある。
 月並みな言葉ではあるが、砂漠の大地でたき火に照らされながら酒を飲む男達を見て、一番しっくりくる表現ではないだろうか。
 誘拐調査団の面々は子ども達の奪還という出逢いに歓喜し、戦死した仲間達を偲び、酒を酌み交わしつつ喜びと涙を交換して各々の感情に整理をつけている。さっぱりしていて潔く、胸がすく光景だった。誰一人、後悔を訴える男はいない。皆、自分の行いと行動に誇りを持っていた。

 砂漠の夜空に野営の炎が燃え、わずかな煤が上空へと消えていく。
 男達の陰が火に照らされ、淡くじんわりと伸びていく。

 アグナスが飲み過ぎないよう注意を促しているが、多少の無礼講は許すみたいだ。
 それとは別に、サソリ男にぶん投げられて星になったハゲのラッキョさんの捜索の段取りが進む。
 投げられた方向はちょうど調査団が移動する進路と一致しているため、捜索隊も出しやすい。身体強化が得意で、まだ魔力が残っている冒険者の有志三名が出発の準備を進めている。
 準備が整い、彼らがまさに出発しようとしたそのときだった。

「おおーい」

 遠くのほうから声が聞こえてくる。
 見張りの当番であった面々が警戒の色を濃くして杖を構えた。

「俺だー。ラッキョだー!」

 ハゲのラッキョがなぜかポカじいとこちらに走ってくる。
 怪我をした様子もなく、元気だった。

 ポカじいは、白い髭と白髪を飄々と風になびかせ、酒を片手に手を振っている。

「ラッキョさん!」
「ポカじい!」

 ラッキョのパーティーメンバーが真っ直ぐ走っていき、俺とアリアナはポカじいの下へと身体強化“下の上”で一気に駆け寄った。

「ポカじい! 無事だったのね!」

 うおおおおお!
 生きてるってことはイカレリウスを蹴散らしたってことだよな!
 やっぱすげえなポカじいは!

 思わずポカじいに飛び付く。嬉しいときに抱きつくのはゴールデン家の家風だ。

「おぬし、わしを誰だと思ってるんじゃ」
「スケベなじいさんよ!」
「うむ! 手痛い皮肉! 痛烈な尻批判! いい弟子じゃ!」

 珍しく尻を触ろうとせず、ぽんぽんと背中を撫でてくれるじいさんは中々にいい師匠だった。いつもこうだといいんだが。
 ずたぼろのローブを見る限り相当激しい戦闘を繰り広げたことが容易に想像できる。

「ポカじい…」

 アリアナもポカじいが無事で嬉しそうだ。狐耳がぴこぴことせわしなく動いている。

「二人ともようやったのう。その様子じゃと子ども達を連れてきたのじゃろうて」
「ええそうよ」
「ほっほっほっほっ」

 ポカじいが俺とアリアナの頭を撫でる。
 思い返せばポカじいに頭を撫でられるのはこれが初めてだな。親戚の尊敬しているじいさんに褒められているみたいでそこはかとなく嬉しい。悪くないな、この感じ。

「じゃがその顔を見るに、まだまだ修行が足りんと言っておるようじゃ」
「ええ! 帰ってからまたビシビシ指導をお願いするわ」
「わたしも…」
「ほっほっほっほっほ! よい心がけじゃ」

「賢者様っ!」

 声のするほうを見ると、ラッキョのパーティーメンバーである戦士風の男と、ローブを着た男が、いつの間にか膝をついて頭を下げていた。

「この度はラッキョさんを救って頂き誠にありがとうございます。伝説の魔法使い様に救われるなど奇跡としかいいようがありません」

 声を震わせ感極まった様子で二人の男は礼を言った。
 ポカじいは、道を聞かれて答えるような、軽々とした口調で返事を返す。

「気にするでない。酒を飲んでいたら、夜空に舞う大きな真珠が眼中に飛び込んできたもんでのぉ。はて、酒に酔ったかと思っておったら、真珠じゃのぉてハゲ頭じゃった。ハゲじゃなかったら見過ごしておったわい。ほっほっほっほっほっ」
「ハゲで………ハゲでよかったなラッキョさん!」
「ああ本当だ! ハゲててよかったなラッキョさん!」
「……賢者様。恐れ入りますが、これはハゲではありません。剃っております」
「ハゲはハゲじゃ」
「いえ。ハゲと剃っているとでは雲泥の差。デザートスコーピオンのクソとクノーレリルのキスほどに違うかと…」
「ええでないか、ハゲで」
「ううっ……ハゲててよかったラッキョさん……」
「ぐっ……ひぐっ………ハゲてなかったら……あんたそのまま吹っ飛んで砂漠でのたれ死んでたぞ………。よかった………ラッキョさんがハゲててよかった……」
「受けていた傷は白魔法で治しておいたぞい。安心せい」

 戦士風の男とローブを着た男は「ハゲててよかった」と口々に言って男泣きしている。ラッキョ、慕われているんだなぁ。本人はハゲハゲ言われてめっちゃ不服そうだが。

炎鍋えんかのラッキョが帰ってきたぞ! 砂漠の賢者様も一緒だ!」

 おおおおおお、と調査団のメンバーから歓声が上がる。

「ハゲだったから助かったらしい!」
「うおおおお! よかった! ハゲでよかったラッキョさん!」
「ハゲ万歳ッ!」
「ハゲラッキーだ!」
「ハゲに不可能はない!」
「ミッションハゲポッシブル!」
「ぎゃはははっ! ハゲに万歳三唱だああぁぁっ!」

 ハゲばんざーい!
 ハゲばんざーい!
 ハゲばんざーい!

 と、全員で心を一つにして三唱すると、仲間の死を悲しんでいた連中から苦悩が飛び、笑顔が戻った。
 場の空気が一瞬で明るいものへと切り替わる。
 当の本人であるラッキョは怒っていいのか喜んでいいのか分からず、ハゲ頭に青筋を浮かべ、ハゲと言った連中を笑顔で殴り飛ばす。ちぐはぐな表情と行動が、より笑いを誘った。
 ラッキョから距離を取ろうとする冒険者は、俊足から逃れられない。ラッキョさん、短距離選手ばりに足が速くてまじウケる。ハゲの俊足ウケる。気づいたらハゲ頭が別の場所に移動しているの新手のマジックーッ。

 屈強で開放的な冒険者たちを止めることはできない。
 帰路に必要な食糧はたっぷりと魔改造施設から運んでいることもあり、なし崩し的にハゲの帰還と砂漠の賢者様歓迎、という簡単な宴会が催された。アグナスはやれやれと肩をすくめつつもどこか嬉しそうに、見張りの交替を早く回す指示を出した。



   ○



「黒き道を白き道標に変え、汝ついにかの安住の地を見つけたり。愛しき我が子に聖なる祝福と脈尽く命の熱き鼓動を与えたまえ…“純潔なる聖光(ピュアリーホーリー)”」

 ド派手な魔法陣が足元で輝き、美しい星屑が炎天下に照らされるテント内にきらめいた。
 田中のリンボーダンス、ハゲ三唱など、とにかく楽しいこと、ハッピーなことを思い浮かべて子どもを抱きしめる。星屑が、乾いたシーツへ水がしみこんでいくように、対象である子ども魔法使いの男の子へと吸い込まれていく。

 虚ろであった少年の目は光を取り戻し、しっかりと俺の顔を捉えた。

「女神……さま……?」

 三十人いた子ども魔法使い、二十九人目の浄化がこれでやっと終わった。
 というより毎回「女神様?」って言われるのはなぜだ。エリィの目が綺麗すぎるからだろうか。
 確かにエリィの瞳を鏡で見ると、海の底で輝くサファイヤを発見したかのように、うっとり見とれてしまうのは間違いない。それにしても全員が全員、同じことを言うのはちょっとばかし不思議だ。

「ふむ…」

 ポカじいが少年の頭に手を乗せ、空魔法上級“空診の名医師ラ・グランデ・シダクション”を詠唱する。少年の身体に幾重の魔法陣がプロジェクターで投影されたように貼りつき、点滅しては消えていく。
 この魔法は対象者の魔力の流れを読み取り、肉体の不調や精神の疾患まで診断することが可能だ。ただし、使った本人が知らない未知の病気や症状はわからない。知識と魔法技術の二つが揃って、はじめて有用になる魔法だった。
 中級や下級にも診断魔法があるそうだが、数段性能が落ちるらしい。

「八割方、洗脳は解けたようじゃ。一週間ほど浄化魔法をかけてやれば本来の性格を取り戻すじゃろう」
「わかったわ」

 俺とポカじいの魔法を受けた少年は心ここにあらずといった風体で、ぼおっと砂漠の大地を見つめている。
 臨時で作った看護班へ彼を連れて行き、専用の馬車へと預けた。
 看護班は治癒魔法が得意な冒険者と、女性メンバーで構成されており、こうして浄化魔法を処置された子を優しく看てくれるため、暴れて魔法を撃ったりする子どもは一人も出ていない。アフターケアって大事だよな。

「よし、やるわよ…」

 いよいよジャンジャンの弟、フェスティに浄化魔法をかける。
 彼を最後にしていたのは、魔力を一番使いそうだからだ。フェスティを先に治療して魔力がなくなると、軽症の子を浄化できなくなってしまう。時間はあるのだから焦らずに浄化が可能な子ども達から治していく方針にした。
 フェスティに関しては五年も洗脳を受けていたため長期戦を覚悟している。

 ちなみに、五年前に誘拐された子どもで奪還できたのは、フェスティと他三名だけだった。
 半数は実験で死に、もう半数はセラー神国の指示で様々な場所へ派遣され、仕事をさせられている。アイゼンバーグの報告書によれば、獣人の子どもはひどい扱いを受けている可能性が高いそうで、相当な汚れ仕事をやらされているらしい。

 人族至上主義のセラー神国。その実態が浮き彫りになってきたな。
 こう考えると日本って平和だよな。差別するという行為がよくわからない、という感覚は島国特有だろう。いまいちこういった差別的な考え方が、自分の経験に置き換えて理解することができない。

 アイゼンバーグの報告書を見て、ジェラ冒険者達は独自の調査を開始するそうだ。アグナスのパーティーもやる気をみせている。もちろん俺も、子どもを見つけ出して浄化させる腹づもりなので、グレイフナーに帰ったあともジェラとは連絡を定期的に取るつもりだ。まあ、もともとコバシガワ商会の支部を作るつもりだったし、そこを連絡先にすればいいだろう。コバシガワ商会ジェラ支部兼、誘拐調査団連絡所だ。

 ひとまず、五年前に誘拐された三人の浄化がうまくいったのは良しとしよう。
 アイゼンバーグの片腕的存在だったフェスティの浄化がうまくいくかどうか……。全力でやるしかないな。

 ジャンジャンが不安げな面持ちでフェスティを連れてきた。
 手を繋いで治療用の大型テントに入ってきた彼らは、やっぱり兄弟だなと思う。

 目元が優しげで、モミアゲの長さや形がそっくりだった。鼻の形はジャンジャンが大きめでフェスティは丸みを帯びている。ただ、口元と目元が似ているため、顔にそこまでの違いは見受けられない。

「知らないうちに弟の身長が伸びているのは……嬉しいものだよ」

 まじまじとフェスティを観察していた俺に、ジャンジャンは少し寂しそうに言った。どうやら見比べていたことが分かったらしい。
 十歳で誘拐され、再会した今では十五歳。フェスティの身長は百七十センチ近い。百八十センチ近いジャンジャンとの身長差は十センチほどだ。

 二人を見てどう答えればいいか分からず、曖昧にうなずいた。

「じゃあエリィちゃん、頼むよ…」

 そう言ったジャンジャンはフェスティを俺の前に立たせた。
 フェスティはこちらを見てはいるが、視界に入っている物を「モノ」として認識をしていないらしく、うっすらと半目を開けているだけだ。アイゼンバーグの洗脳魔法がある程度解けてからずっとこの調子らしい。心がどこかで欠落し、なくなってしまったのでは、とジャンジャンは心配している。

「まっかせなさい!」

 わざと明るく言って、“純潔なる聖光(ピュアリーホーリー)”を詠唱する。
 隣にいるアリアナが祈るような目で見つめ、ジャンジャンは文字通り両手を組み合わせて祈っていた。ポカじいが、うむ、とうなずいてこちらに目配せをする。

「“純潔なる聖光(ピュアリーホーリー)”」

 魔力を相当込めたため、魔法陣が大型テントを飛び出して外まで広がった。
近くにいた冒険者らしき男の「おおっ」と驚いた声がテント越しに聞こえる。

 “純潔なる聖光(ピュアリーホーリー)”が精緻な魔法陣を展開し、星屑が踊るように跳ねる。フェスティの肩へ手をのせ、ジェラで待っているコゼットの屈託のない笑顔を思い浮かべてありったけのハッピーな記憶をつぎ込むと、星屑が彼の体内へと吸い込まれていった。

「……くっ」

 思わず顔を顰めてしまった。
 どす黒い感情が墨汁をぶちまけたようにフェスティの脳内にこびりついており、彼の記憶らしき映像が目の前を通りすぎていく。
 アイゼンバーグに言われるがままその行いが善なのか悪なのか区別せずに、彼はいくつもの仕事をこなした。それはあまりにもひどく凄惨なものであり、フェスティの記憶が戻ったあと、精神が平衡を保っていられるかが疑わしくなる記憶だった。
 今は意識が戻っておらず、物事を自分で判断できない状態なので、急に泣き叫んだりだとか喚いたりなどの発作行動は起こしていない。だが、この記憶が自分のものだ、と認識してしまったら、彼は彼自身でいられるのだろうか?

「エリィ大丈夫…?」

 アリアナが心配そうに問いかける。

「大丈夫よ」

 気丈に答え、さらに“純潔なる聖光(ピュアリーホーリー)”へ魔力を注ぐ。

 まあね、フェスティの行いが消えるわけじゃないよ。でも悪いのはアイゼンバーグだ。すべての罪をあいつになすりつければいい。
 それに、洗脳が解けない限りフェスティは自分を取り戻せない。
 兄のジャンジャンもいるし、コゼットもいる。あの優しい二人と今後一緒に暮らしていくなら、きっと元の健全な青年に戻る。今後のことだって、自我を取り戻したあとにゆっくり考えればいいだけのことだ。

 得意のポジティブ思考で考えた。
 ポジティブな考えは楽観主義と紙一重だと思っているが、楽観主義だろうが何だろうが前向きなれるなら何だっていいじゃねえか、とそこまでひっくるめて考えるのが小橋川流だ。人間は希望を持ってこそ生産的になるもんだからな。
 とりあえずポジティブ。まず先にポジティブ。ふっ、やはり天才は違うぜ…。

 フェスティにこびりついている負の洗脳を奥へと押しやり、“純潔なる聖光(ピュアリーホーリー)”を解除する。
 正直、これ以上続けると魔法の連続使用による息切れで俺が倒れそうだ。

 アリアナが背中をゆっくりさすってくれた。フェスティの体験してきた凄惨な過去が何度か頭をよぎったが、なるべくそれについては考えないようにする。

「どれ」

 ポカじいが“空診の名医師ラ・グランデ・シダクション”をフェスティに唱える。目をつぶって情報を読み取ったポカじいは、ゆっくりと目を開けた。
 ジャンジャンが縋るような目でポカじいを見つめる。

「……ダメじゃな。洗脳魔法は時間をかければ解除できるじゃろうが、心が奥へと引っ込んでおる。奇跡でも起きん限り自我を取り戻すのはちいと厳しいやもしれん」
「そ………そんな……どうにかなりませんか?」
「諦めず一緒にいてやることじゃ。おぬしの愛がフェスティの慰めになるじゃろうて…」
「そう、ですか……」
「かなり辛い経験をしたようじゃな。心の奥ではおぬしに会えたことを嬉しく思うておるようじゃが……どうにも五年間の記憶を思い出したくないように見受けられる」
「フェスティは……そんなに辛い時間を…」
「うむ。彼がどうして欲しいのか、どうやったら自我が戻るのか、ちいとこれ以上は分からん。“空診の名医師ラ・グランデ・シダクション”は心を完全に読む魔法ではないからのぅ」

 ポカじいの診断を聞いて、ジャンジャンは頭を抱えた。
 ジャンジャンはフェスティを救うために冒険者になり、今まで頑張ってきたのだ。ショックも大きいだろう。

「ジェラにいる間は“純潔なる聖光(ピュアリーホーリー)”を毎日唱えるわ」
「うん。ありがとうエリィちゃん。君がジェラに来なければフェスティにも会えていなかった……本当にありがとう」
「いいえ」

 ゆっくりと首を振り、ジャンジャンの肩をバンと思い切り叩いた。
 急に叩かれて、彼は目を白黒させる。

「ジャンジャンってば真面目すぎるのよ! あなたが前向きに考えないでどうするの!?」
「あ………ああ」

 彼はゆっくりとうなずき、やがて力強く拳を握った。

「そうか……そうだね。エリィちゃんの言うとおりだ!」
「でしょう? あなたがきちんとフェスティを見ていなかったら、コゼットにバーバラの胸をずっと見ていた事をバラすからね」
「なっ……なぜそれを?」
「あら、図星のようね」
「しまっ……!」
「カマをかけたことぐらい見抜けないなんて冒険者失格ね」
「コゼットには言わないでくれよ!? ほんとのほんとに!」
「どうしよっかなぁ~」
「スケベは…めっ…」
「ほっほっほっほっほ! ジャンは胸派なのか。尻もええぞい。というよりわしには尻しか見えん」
「賢者様、どちらも素晴らしいものですよ!」
「ついに本性を現したわね」
「スケベは滅殺…」

 アリアナが危険な発言をして、ゆっくりと鞭へ手を伸ばす。
 ジャンジャンはあわててポカじいの後ろへと隠れた。

 ちなみに俺は尻、胸、脚、顔、うなじ、すべてを愛する“女体派”だ。もとい、ただのエロともいえるが。

 アリアナにバレたら……いかん。想像しただけで背筋が氷る。
 この“女体派”ということはそっと自分の宝石箱にしまっておこう。

 ちらりとフェスティを横目で見ると、彼はこの一連の会話に何も感じないらしく、ぼーっとなりゆきを見つめていた。
 うーん、これは本当に回復が難しいかもしれないな…。

 とりあえずポカじいの話だと洗脳魔法は浄化できるようだから、毎日魔法をかけてやろう。


   ○


 調査団の馬車は、荒涼とした『空房の砂漠』を淡々と進んでいく。

 冒険者、ジェラ兵士、孤児院の子ども三十名、子ども魔法使い二十名、アイゼンバーグを含む捕らえた敵魔法使い十八名、という大所帯ではあったが、アグナスの的確な指示で危険を回避しつつ進んでいく。

 三日ほどで『空房の砂漠』を抜けた。
 最後の最後で大型のゲドスライムが現れる事態が起きたが、俺の落雷魔法とアグナスの炎魔法で蹴散らした。

 落ち着いた状況で落雷魔法を見て冒険者と兵士はチビるほどに驚いていたものの、救出作戦中の落雷や、施設を破壊した大量の落雷のことを思い出し、すべて納得したようだ。
 冒険者の中には俺のことを「白の女神」ではなく「白雷の女神」と呼ぶ輩もちらほらと現れた。
 いや、呼び名を物騒にするのやめてほしいんだけど…。エリィは普通の可愛い女の子なんだよ。まじで、本気で。

 すぐにアグナスとポカじいの言いつけで、俺が落雷魔法を使える事実には箝口令が敷かれたので、その呼び名はなくなった。
 いやーよかった。たぶんエリィもホッとしていると思う。

 通常の砂漠へ足を踏み入れると、警戒レベルはだいぶ下がる。
 普通の砂漠では命がしっかりと生き、生物がまっとうな日常を送っている“生活感”が存在していた。砂漠に生活感、というのも変な表現だが、空房の砂漠はそれを感じさせない異常性を常にはらんでいた。

 旅の道すがら、孤児院の子ども達の名前はすべて憶え、一人一人の生い立ちも聞いて回った。
 皆、可愛くて素直だ。
 全員を守ろうとしていた勇敢なすきっ歯のライールと黒髪のヨシマサは、俺があまりに美人になったため、どう接していいか分からないようだな。
 うんうん。まあ確かに困惑するよなぁ。デブでブスだってバカにしてた姉ちゃんが、とびっきりの美人で現れたんだもんなぁ。おまけに足が長くて腰もくびれてて胸も大きくて優しいときたもんだ。思春期の少年には、多かれ少なかれ大人の階段を無理矢理登らせる衝撃を与えただろうよ。
 徐々に慣れていくだろうから、あんま意識しないであげよう。

「ねえねえエリィお姉ちゃん、またウサギとカメのお話してほしいなぁ?」

 そう言って抱っこをせがんでくるのは人族の可愛らしい五歳の女の子、リオンだ。
 孤児院の中で一番の年下の子で、みんなから可愛がられている。
 優しく抱き上げてやると、彼女は生えそろってない歯をにいっと見せてとびきりの笑顔を見せた。

 彼女の茶色の髪が砂漠の風に吹かれ、さわさわと揺れる。

 あぁ…ほんと助け出してよかった。お兄さんあれだ、最近どうにも涙もろいみたいだな。可愛いなあ子ども。

「エリィお姉ちゃん泣いてるのぉ?」
「…ううん違うわ。目に砂が入ったのよ」
「リオンが見てあげる」
「あら、優しいのね」
「うん! 私ねえ、エリィお姉ちゃんみたいに優しくて綺麗な女の子になりたいの! だからみんなに優しくしてるんだよぉ」

 いかん、なんだかまた砂が目に入ったらしい。なんだか熱いモノが目からこぼれてきそうになるぜ。

 そうこうしているうちに子どもたちが集まってきたので、簡単な日本の童話を話してあげた。
 ウサギとカメの話は、ウサギはこの世界の兎人に、亀はデザートタートルという長寿で温厚な魔物に置き換えて話している。その他、簡単な童話はすべてこの世界観に合った動物に変えて話しているので、違和感はないはずだ。
 エリィの綺麗な声で話すと、ただの昔話も神秘的な色合いを持つから不思議だ。
 アリアナもすっかり子ども達と仲良くなったようで、同じ狐人の女の子と手を繋いでいる。

 年齢の高い男の子達は、冒険者の野郎共に混じって野営の作業を手伝っているようだ。和気藹々としていて和む。ライールとヨシマサが楽しそうに笑いながらクチビールに火の付け方を教わっていた。ボーイスカウトを思い出すなーこれ。

 ああやって日々の生活に戻してやれば、心の傷も癒えていくだろう。冒険者たちって気骨がある連中が多いから、変なこと教える奴もいないし安心だな。

「わしの弟子になりたければ朝昼晩、尻を触らせてくれんかのぅ」

 約一名、どうしようもないスケベじじいがいた。

「くっ……それでも! 私は強くなりたい!」
「分かった! いいぞ!」
「強くなるためならやむなし…」

 踊り子風のバーバラは苦しげな表情、女戦士は笑い、女盗賊が親の敵を見つけたような顔でポカじいに尻を向ける。

「うむ、素晴らしい向上心! いや、向上尻じゃ!」
「砂漠の賢者様が……こんな変態だったとは……」
「尻は減らないからいいな!」
「心の中にある大事なものは減る気がする……」

 バーバラは苦虫を噛みつぶしたような顔をし、女戦士は元気ハツラツ、女盗賊はベルトから何度もナイフを抜いたり入れたりを繰り返し、ため息をついて苦言を呈す。

「好きなモノを好きというのは大事なことじゃぞ」
「でもそれを要求しちゃダメよね?」
「いやいやそんなことはないぞい……エ、エリィ?!」
「ポ・カ・じ・い…?」

 素早く四人のいる場所に割り込んで、むんず、とポカじいの左腕をつかみ、にこりと笑顔を作った。

「ま、待ってくれんか! わしゃ久々にこんないい尻をしたおなご達に囲まれて浮かれておった! つい魔が刺したのじゃ! いや、尻が刺したのじゃ! もうこんなことはせん!」
「尻が刺すなんて変な造語を作らないでちょうだい!」
「砂漠の賢者様が焦ってる…?」
「別に尻くらいいいんだけどな!」
「くっ、安堵している自分がいる」
「わし結構頑張ったんじゃぞ!? イカレリウスの大バカもしっかり追っ払ったしのう! 少しぐらいの無礼講、いや、無礼尻ぐらい許してくれんか?!」

 そう謝りながら、ポカじいは俺につかまれていない左腕を器用に使い、バーバラの尻を撫で、女戦士の尻をつまみ、女盗賊の尻を指で弾いた。見事な体捌きと足裁きで移動し、瞬時に元の位置に戻る。

「ひゃっ!」
「むっ!」
「いやぁん!」

 彼女たちが顔を赤くし、ポカじいは実に満足げにうなずいた。

「うむ、素晴らしい尻じゃ。わしが求めてやまなんだ、叡智、恥じらい、青春、生命の息吹、宇宙の真理、すべてを内包しておる」
「って小難しいこと言って私のお尻まで揉まないでちょうだい!」
「ほっほっほっほ、気のせいじゃろう。大体のう、尻を持てあましておることがこの世界にとっての大損失じゃ。こうしてわしのような尻ニストに日々のつつがない尻の成長を伝えることで、はじめて尻は己を知り、己を伝え、己を高め、そして――」

――尻から“電打エレキトリック”!!!

「オノノノノノノノノノノノノノノノノノノノYOOOKOッ!!」

 じいさんのセクハラ対策で開発しておいた「尻から“電打エレキトリック”」が火を噴いた。

 高速で投げられたボールが強引に物と物の隙間に挟まるかのように、ポカじいは激しく身体を揺らし、焦げた食パンみたいに真っ黒になって倒れた。申し合わせたかのように巨大な砂漠ハゲタカが舞い降り、ポカじいの頭をくちばしで掴んで、バッサバッサと飛翔して焼けるような太陽の向こうへと消えていった。

「良い子は真似しちゃダメよ」

 子ども達にそう言うと、全員「はぁ~い」と右手を挙げる。
 このやりとりが十回目ともなれば慣れるのは当たり前だ。
 じいさん、はっちゃけすぎ。

 場を和ませるためにやっているんだろう。
 たぶん、きっと………そうだと信じたい。


   ○


 通常の砂漠に入ると行軍スピードがぐんと伸びた。
 全員早くジェラに帰りたいのか、自然と馬車を操る腕に力がこもる。
 それからわずか二日で砂漠を抜けた。

 ジェラから旧街道へと繋がる『サボッテン街道』に入ったところで最後の野営をし、ジェラへ無事帰還する旨を早馬で先に知らせ、本隊は一気に街道を南下した。
 安全地帯に入るとメンバーの顔が自然とほころんだ。
 子ども達と冒険者、ジェラ兵士達は一週間の行軍で大分仲良くなったようで、身寄りがない子どもを引き取りたいと言う者も現れた。親類縁者の有無をジェラで確認し、両人が合意すれば、新しい家族が誕生する。すべては領主の采配で決まるらしい。

 グレイフナーの子ども達、三十人はまとめて一緒に俺が面倒を見ることになった。
 まあ、なった、というよりそうしたんだけど。いやね、子ども三十人ぐらい面倒見られないで男は語れないと思うんだよ。それに、みんなが安心する生活の基盤ができるまで近くにいてあげたい。何よりエリィがそうするように願っている気がする。

 よっしゃ! グレイフナー帰ったら稼ぐぞ~。
 ゴールデン家に面倒見てもらうのにも限界があるからな。


 馬車を揺らし、調査団は南へ南へと進んでいく。


 だんだんと大きく見えてくるオアシス・ジェラの外壁。
 見慣れた砂漠の景色に、暑さで蜃気楼のごとくゆらゆら揺れるジェラの町。
 時折いななくウマラクダ。
 太陽が傾き、オレンジ色の一線が砂漠の大地を染め上げる。

 たった二週間ぶりに見るオアシス・ジェラは何だか懐かしくて、帰郷した錯覚を覚えるほどだった。

 夕日が染め上げる中、調査団は進む。
 十数台の馬車が、千夜一夜物語の一幕のように影絵を作ってゆったりと動いていた。
 アグナスがポカじいにあれこれ聞いている姿も、クチビールが両肩に子どもを乗せている光景も、アリアナが年頃の女の子達にメイクを施している微笑ましい様子も、ジャンジャンが一生懸命フェスティに話しかける姿も、すべてがこの一週間で見慣れたものであり、日常的な風景として過ぎていった。
 もう、こうしたみんなの姿が見れない。そう思うとやけに物悲しく感じるのは俺だけだろうか。

 何も言わない夕日が、誘拐調査団の解散を物語っていた。
 結わいていた髪紐と髪留めを外し、砂漠の風になびかせる。
 エリィの錦糸のような白金の髪が幻想を見せるように流れていく。

 何人かは俺の姿を見てため息を漏らし、思わずハッとして立ち止まってしまった者は、後ろを歩いていた仲間にどやされる。

 やがて北門に辿り着くと、大きなかがり火が焚かれ、町人が列をなして出迎えた。その真ん中にはジェラの領主とルイボンが、今や遅しと俺たちを待ち構えていた。

 新しい髪型を見せつけるようにルイボンがふんぞり返って腕を組み、ちらちらと俺とアグナスを見て相好を崩し、すぐにふてくされた顔にあわてて戻す。
 素直になれないルイボンのいじらしい姿が、二週間会ってない相乗効果でいつもより可愛く見える。多分いま彼女が何か言うなら「ふ、ふん! 別に待ってなんかなかったんだけどね! お父様の言いつけがあったから仕方なく出迎えてあげたわよ!」とまあこんな感じだろうよ。

「ただいま戻りました」

 アグナスはジェラ領主の下へ行き、一礼した。

「ジェラの勇敢な戦士達よ、私は貴殿らに御礼と賞賛の言葉を送りたい。長旅、ご苦労であった。積もる話もあるが、誘拐事件解決を祝して宴の席を準備してある。今日はゆるりと旅の疲れを癒してほしい」

 ジェラ領主が言い終わると同時に、とある町人の女性が誘拐された自分の子どもを見つけて駆け寄り、抱きしめた。
 すると、次々と群衆の中から何組かの家族と思わしき面々が飛び出しては、子どもに飛び付いていく。彼らはすぐに号泣し、子どもの名前を何度も叫んだ。

 五年前に誘拐された三名の子ども達はもれなく家族と合流し、別の場所や、個別に掠われたらしき子ども達も家族と邂逅できたようだ。
 家族と出会えなかった子ども達は冒険者に手をにぎられ、誰一人つらそうにしている者はいない。
 子どもの半数は孤児だ。今後の子ども達の対応はジェラ領主がしっかりやってくれるだろう。しっかりやらなきゃおしおきだ。

 周囲に嬉し泣きと、拍手が喝采する。

「アグナス様ー!」「アグナス様格好いい!」「エリィちゃんこっち向いて~!」「アリアナちゃんラブぃ!」「ジェラ冒険者万歳!」「おめえら全員砂漠の勇者だぁ!」「クリムトさまぁ!」「ドンちゃんかっくいい!」「バーバラ姉さんに踏まれたい」「トマホークさまぁぁ!」「エリィちゃんが美人すぎてつらいぃ」「ラッキョさーん!」「ポー」「ジェラばんざい!」「ジェラ誘拐調査団万歳っ!」

 冒険者が豪快に笑いながら手を挙げて答え、ジェラの兵士が「オアシス・ジェラに平和と安寧を」と三回叫んで“ファイヤボール”や“ライト”を上空に向かって唱えた。

 気づけば商店街の面々が俺とアリアナの所に集まっており、ねぎらいの言葉をかけてくれた。彼らにグレイフナーの子ども達を紹介すると、皆自分の子どものように接してくれる。まったくもって彼らは人情の塊みたいな連中だ。お前らほんと最高だぜ。


   ○


 アグナスら含む冒険者と兵士達は噴水広場で催されている宴へ向かった。
 グレイフナーの子どもたちは犬人のマギー、すきっ歯のライール、黒髪のヨシマサをリーダーにして、ちゃんと大人の言うことを聞くように伝え、ポカじいと商店街の面々に預けてきた。今頃、治療院でギランが作ったたこ焼きを食べているだろう。

 ルイボンに宴参加の熱い誘いを受けたが、ひとまず断りを入れて、俺とアリアナ、ジャンジャンは未だに焦点の合っていない目をしているフェスティを連れて西の商店街に向かった。

 迎えに来ると思っていたコゼットが来ていないので、どうにも不安になったからだ。
 それに、彼女に早くフェスティを会わせてやりたい。

 コゼットは五年間もの間、ずっと自分を責めていた。
 フェスティが掠われる現場を目撃していながら、恐怖で助けを呼べず、何も出来なかった自分が許せなかった。連れ去られるその瞬間を見ていたにも関わらず、声のひとつもあげられなかった。
 コゼットは愛情の深い女性だ。
 そうでなければ、フェスティが笑ったからという理由一つで五年間も変な格好を貫き通すことなどできないだろう。

 消えそうな夕日が俺たちの姿を赤く染め上げている。
 スタイルのいい少女と、狐耳で背の低い少女、冒険者らしき逞しい男、その男に手を繋がれて歩くローブの少年。四人の姿が夕日に照らされる。

 バルジャンの道具屋が見えてきた。
 相変わらず店の前にはガマカエルに似た置物が鎮座し、その他の商品が雑然と並んでいる。

 その店の前には、そわそわとしているドクロをかぶった女性のシルエットが夕日を背景に落ちていた。
 蛍光色に塗られたギャザースカートが彼女の動きに合わせて揺れ、変な形をしたポシェットが腰から落ちそうになり、お腹の部分だけハート型に切り取られたブラウスからは小さなヘソが覗いている。

 胸の前で祈るように組まれている手は小刻みに震えていた。

 コゼットはこちらに気づくと動きを止め、ゆっくりと顔を上げた。
 彼女の優しげな顔は今にも涙で決壊しそうになっている。
 不安と期待。二つが彼女の中で渦巻き、自分で処理できないほどに大きくなって、感情が今にも爆発しそうだった。

「ただいまコゼット」

 ジャンジャンはフェスティの手を繋いだままコゼットに笑いかける。
 俺とアリアナは一歩下がり、横から彼らを静かに見守ることにした。

 コゼットは彼ら兄弟の姿を見て、両手で口を押さえた。

「フェスティを連れて帰ってきたよ」

 さらにジャンジャンは言った。
 彼の顔はいつにもまして穏やかだった。もう大丈夫、何も心配いらない、とコゼットに語りかけるみたいだ。

「………おかえり……なさい」

 絞り出すようになんとか言うと、コゼットはぽろぽろと涙をこぼした。

「おかえりフェスティ……」

 彼女の言葉はフェスティの耳には届いていないようだ。
 ジャンジャンの手を握っている彼は、何も感じないのかぼおっとした顔でコゼットを見つめている。心ここにあらず、といった様子だ。

「フェスティ、コゼットにただいまは?」
「……」
「ジャン、フェスティは…?」

 その様子を見て何となく事情を察したコゼットは、涙を拭こうともせずにジャンジャンに説明を求めた。

「黒魔法のせいでずっとこの調子なんだ。エリィちゃんの浄化魔法でかなり回復しているから、しばらくすれば元通りになるよ」
「そう……」
「大丈夫。時間が経てばすべてうまくいく」

 目一杯の嘘をついて、ジャンジャンは笑顔を作り、わしゃわしゃとフェスティの頭を撫でた。
 フェスティは為すがままにされている。
 もう治らないかもしれない、というポカじいの言葉を聞いた俺とアリアナは何ともいえない気持ちになりながらも、三人から視線を逸らすことはしなかった。

「ううっ………」

 コゼットの瞳から大粒の雫が流れ落ちていく。
 たぶん、コゼットはジャンジャンが嘘をついているとわかったのだろう。
 前にお泊まり会でジャンジャンとどれだけ仲がいいか熱弁された際、彼が嘘をつくとき頬を掻く、という癖のことを聞かされた。
 そうなんだ。もうね、思い切りぽりぽりしちゃってるよ、ジャンジャン。どんだけ正直者なんだよ。俺たちでもわかっちゃうぐらいだよ。こんなときぐらいちゃんとバレないように嘘つけよ。
 と、心で罵っても届くはずがない。

 心配させまいと嘘をついたジャンジャンの気持ちもよくわかるし、その心遣いを察したコゼットの心の機微も胸を締め付ける。

 アリアナがつらそうに俺の手を取ってぎゅっと握ってきた。
 俺もしっかりと握り返す。

 せっかく再会できたのに、フェスティがあんな状態じゃあ二人とも辛いよな…。
 魔法でも元通りにするのは無理らしい。
 ポカじいは心を取り戻す魔法は存在しないと言っていた。
 唯一効果のある魔法が浄化魔法で、心に一時的な安らぎを与えることができるそうだ。

 フェスティは洗脳魔法でやりたくもない仕事をさせられ、絶望し、さらに凄惨な仕事を回されて現実逃避し、やがて心を閉ざしてしまった。年端もいかない十歳の頃からずっと彼は残酷な仕打ちを受けていたのだ。彼の受けた心の傷と悲惨な毎日は、想像を遙かに超える苦痛になり、彼という存在を押し潰してしまうには十分だったのだろう。

 ひどい。あまりにも残酷だ。
 セラー神国の奴らへの怒り貯金がパンク寸前だ。怒り大恐慌で小橋川ハイパーインフレーションだ。
 今からひとっ走りしてセラー神国の神殿とか主要な建物に“落雷サンダーボルト”してきていいかな。まじで。

「ほら、何か言ってごらん?」

 ジャンジャンが優しく諭すようにフェスティの顔を覗きこむ。
 夕日がジャンジャンの人間味溢れる横顔を照らしている。
 フェスティはジャンジャンをゆっくりと見て、そのあとにコゼットへと顔を向けた。

 しばしの沈黙。

 コゼットが期待を込めた目で彼を見つめるものの、フェスティは何も言わない。
 じっと見つめ合っている。
 うっすらとではあるが、治療院の方角から笑い声が聞こえる。
 その喧騒がまるで現実味を帯びていないただの音に思えた。
 夕日が西門へと沈んでオレンジの淡い光が斜めに走っていく。

「へんな格好……」

 フェスティが微かに表情を動かした。

 俺、アリアナ、ジャンジャン、コゼットはあまりの衝撃に息を飲んだ。

 確かに、コゼットのドクロを見て口を開いた。
 呼吸をするのも忘れてしまう。
 まさか、フェスティが意識を……?

「………フェスティ?」
「いま、いま何て……?!」

 ジャンジャンとコゼットが慌てた様子でフェスティに詰め寄る。
 コゼットはこんなときでもドジを発揮して、地面につまずいてベシャっという音と一緒に思い切り転んだ。
 かぶっていたドクロがころころと回転しながら転がってフェスティの足元で止まる。
 不思議そうな顔でフェスティはドクロを拾い、そしてなぜか自分の頭にかぶった。

「へんな格好…」

 もう一度そう言うと、フェスティはコゼットの姿を見てくすりと笑い、彼女のハート型に切り抜かれたブラウスを見て、場違いなピンクと黄色に染められたギャザースカートへ視線を移し、イソギンチャクみたいなポシェットを指さした。

「コゼット姉ちゃん…へんだよその服……」
「フェ……スティ……」
「……へんだよ」
「あああ………フェスティ……お姉ちゃん…お姉ちゃん……ごめんなさい…」

 コゼットは人目を憚ることなく顔をぐしゃぐしゃにしながら、フェスティに抱きついた。

「いくじなしで……ひっく………ごめんなさい……」
「……」
「生きててくれて…ありがとう………会いたかった……ずっと………」
「……?」
「会いたかった…………ずっと待ってた………」

 フェスティがよく分からない、という顔で首をひねると、ジャンジャンが鍛えられた腕で二人をやさしく抱きしめた。
 泣きながら抱き合う三人は、どこよりも素晴らしい家族に見えた。

 ああ、もう、まただよ。
 ちくしょう。我慢できねえよ。
 涙がとまんねえよ。
 ぼろっぼろ出てくるんだよ涙が。かっこわりいなあ…。

 それにしてもよかったまじで。コゼットの思いが通じた。
 あの様子じゃフェスティはまだまだ本調子とまではいかないだろうが、回復する兆しは見えた。さっきより人間らしい顔してるぞ。
 コゼットまじでイイ女。お前は最高に優しい女だよ。

 あーもう誤魔化すついでにアリアナの耳揉んどこ。
 手触りのいい狐耳に手を添えて、左右に撫でる。
 もふもふもふもふ。

「……ん」

 アリアナも泣いてるし。
 うるうるした目で上目遣い、強烈。

「…最近泣いてばっかりね」
「……ね」

 そう言ってどちらからともなく、笑い合った。
 泣き笑いだ。

「黒き道を白き道標に変え、汝ついにかの安住の地を見つけたり。愛しき我が子に聖なる祝福と脈尽く命の熱き鼓動を与えたまえ…“純潔なる聖光(ピュアリーホーリー)”…」

 精緻な魔法陣が足元に広がり、癒しの星屑がジャンジャン、コゼット、フェスティへと吸い込まれていく。意識を取り戻したフェスティに少しでも安らぎを届けることができるだろうか。

 夕日のオレンジ色と共に“純潔なる聖光(ピュアリーホーリー)”の星屑が三人の上を舞い、キラキラと発光しながら再会を祝福するように踊る。

 太陽が沈んでいく。一日が終わってすべてが眠りにつく物悲しさが心を満たし、情景が瞳に焼き付いてじんわりと胸の奥底を炙っていく。やがて夕焼けは夜に飲み込まれ、俺たちを寂しさの真ん中へと放り込むだろう。

 だが、この輝きは消えない。俺たちが手に入れた思いは消えない。
 誰かが誰かを想う気持ちは、いつの時代、どの世界でも一緒だ。

 ジャンジャン、コゼット、フェスティの周囲で星屑が踊り続け、エリィの金色の髪が魔法の風圧で上下になびき、アリアナがうっとりした顔で三人を見つめる。
 いつになく温かな気持ちで、俺は浄化魔法を唱え続けた。



   ○



 しばらくして落ち着いた俺たちは『バルジャンの道具屋』へと入った。
 ガンばあちゃんは孫のフェスティが帰ってきたことを喜んで「頑張ったのぉ」と言って何度もフェスティの頭を撫で、ジャンジャンを抱きしめた。よぼよぼの婆ちゃんは孫たちをよく見ていて、苦労がすぐにわかったようだ。さすが家族だな。

 感動の再会もひとしお、店内がどうもおかしいことが気になった。

 なんかね、店の中が湯気で充満しているんだよね。
 しかも珍しく店に客がいて、なぜか風呂上がりみたいに顔を上気させて髪を湿らせている。

「やけに湯気が出ているけど、何かあったの?」
「あ、実はね、温泉が出たの」
「温泉…ですって?」
「すごいよねぇ。砂漠に温泉なんて聞いたことないよ」

 コゼットが笑いながら道具屋の裏庭を指さした。

「いまも湧いているから、ギランさんがここを温泉場にしようっていって簡単な工事をしたの。誰でも入れるよ」

 何だか嫌な予感がしてきた。
 猛烈に。

「そ、それっていつ頃の話?」
「うーんとね、ちょうど一週間前の夜かな」
「あらそう…」
「どうかしたのエリィちゃん?」
「いいえ、何でもないわ」

 一週間前の夜といえば、まさに魔改造施設へ怒りの“雷雨サンダーストーム”をぶっ放した時刻。
 最大火力、一撃必殺、超弩級の“雷雨サンダーストーム”。
 幾度となく温泉を噴き上がらせた怒りの落雷魔法。

 完全に一致。完璧に符合。
 弁解の余地なし。

 砂漠に温泉が出るなんてこれ以外の理由が考えられねえ。
 こんなんバレたら温泉出すために魔法使ってくれって言われかねないぞ。
 そんなの面倒くさいしあらぬ嫌疑をかけられてもイヤだし、温泉の女神エリィちゃんとか言われそうだし…。うわぁ、めっちゃヤダ。温泉の女神とかお賽銭されそうでめっちゃヤダ。
 よし、黙っとこ。

 わたくしの落雷魔法と、温泉は、何の因果関係もございません。

「エリィ、どうしたの?」
「ちょっと考え事」
「困った顔…」
「あら、わかっちゃう?」
「……ん」

 温泉、どこにでも出るんだな。

「とりあえず私たちも入りましょうか」
「うん…!」

 アリアナはそりゃもう嬉しそうに耳をぴこぴこ、尻尾を左右に振り始めた。
 思わず狐耳をもふもふとしてしまう。

 砂漠をひたすら歩いてたから風呂に入りたかったんだよ。
 ちょうどいいな!
 しかも露天風呂だぞ!

 温泉は日本人の心で、日の本の国の象徴だ。
 異世界で温泉に入れるなんてラッキーだな、と考えつつ、俺とアリアナ、コゼット、ジャンジャン、フェスティは『バルジャンの道具屋』改め『バルジャンの温泉』に入ることにした。

 男湯女湯に分かれていて塀が高いので覗かれる心配もない。途中、浮遊魔法で飛んでくるスケベなじいさんの姿が見えた気がしたので、“電衝撃インパルス”とアリアナの“断罪する重力(ギルティグラビティ)”で念のため撃ち落としておいた。うら若き乙女三人の裸がのぞかれる事故などあってはならぬことだ。

 浴槽は定員六人ほどの大きさではあったものの、俺もアリアナも久々の温泉に大満足だった。
 コゼットは「はふー」とすべての息を吐く勢いで脱力し、全身の筋肉を弛緩させている。五年分のため息だろう。
 俺とアリアナはそれを見て、くすっと笑い合う。

 グレイフナーの子ども達を救出し、ジャンジャンの弟フェスティも奪還。そしてコゼットと再会を果たした。
 うん、いいじゃん。とてつもなくいい。
 あとは、ジャンジャンがコゼットに告ってラブエンド。
 砂漠でやるべきことはこれですべて終了だな。

 今の実力なら自由国境の『旧街道』も抜けられるだろう。ポカじいに確認して、オーケーが貰えたらグレイフナーへの帰国準備だ。

 みんな、元気だろうか。
 久々にエイミーの笑顔を見たい。クラリスにこの綺麗なエリィの姿を見せてやりたい。バリーは会ったら泣いて何言ってるかわかんない状態になるんだろうなぁ。

 帰ったらやることてんこもりだ。
 雑誌の種類を増やしてコバシガワ商会拡大。学校の授業にも出て、ボブを蹴散らしてスカーレットをぎゃふんと言わせて、ガブリエル・ガブルにおしおきして、セラー神国が裏で何を企んでいるかも調査する。魔闘会とやらにも出てみたい。
 グレイフナーに帰るの、すんげえ楽しみだ。

 風呂桶を手に取り、浴槽の縁に腰掛けていたアリアナの肩にお湯をかけた。
 温かい湯気が立ちのぼり、濡れそぼった彼女の柔らかい髪が湯気に包まれる。

「背中、洗おうか…?」
「お願いしちゃおうかしら」
「ん……」

 浴槽から出て、アリアナに背中を流してもらう。
 こうして見上げる砂漠の夜空は何物にも代え難いと感じた。

 砂漠に温泉。
 いやぁ、オツですな。

 可愛い女子の裸体を見て何ら興奮しないのは残念っちゃ残念だが、ただただ眺めながら温泉に浸かるのも風情があっていい。これは女じゃないとできない経験だろうな。もし俺が男だったら……いや、考えるのはやめよう。エリィが恥ずかしがる。間違いなく。

 そう独りごちると、夜空の星々が今にも落ちてきそうだった。
 コゼットが浴槽の縁に腰をかけて空を見上げた。

「エリィちゃん」
「なあに?」
「…ありがとう」
「いいえ」
「エリィちゃんに会えてよかったよ」
「私もコゼットに出会えてよかったわ」
「……まだ、ジェラにはいるんだよね?」
「ええ。フェスティのこともあるし、彼が落ち着くまではいるつもりよ」
「そっか……そうだよね」

 コゼットは嬉しそうに答えると、バシャンと音を立てて温泉に入った。
 温泉の湯気がのんびりと立ちのぼる。

 きっと、自分はこの砂漠の温泉を一生忘れることはないだろうな、とぼんやり星空を見上げて何となく思った。
 アリアナがそんな俺の気持ちを分かっているかのように、時間をかけて泡を洗い落としてくれる。

 少しばかり冷たい砂漠の風が火照った身体に当たり、悠然と通りすぎていくと、頬が勝手に動いて笑顔になった。

 エリィが喜んでいる。
 コゼットが安心したこと。ジャンジャンの肩の荷が下りたこと。
 孤児院の子ども達を取り戻したこと。
 たぶん、その全部をエリィは理解して嬉しがっている。

 それがわかって、今度は自分の意志で笑顔を作った。

 するとその顔を見たアリアナが正面にまわって浴槽に腰を掛けて、はにかむようにニコッと笑う。
 俺は冗談のつもりで口をタコの形にし、寄り目を作ってみた。
 エリィが止めるからできないか、と思ったが、ごく自然に顔が動いてくれた。

 アリアナは驚いた顔をしたあと、すぐに声を殺して笑い出した。
 なかなか止まる様子がない。
 普段絶対やらない行動が結構ツボだったようだ。

 うん、いいね。
 温泉はやっぱりいい。

 その後、俺たちは気が済むまで温泉に入り、暑くなったら浴槽の縁に座る、ということを繰り返し、満足いくまでたっぷりと自然の湯船を堪能した。



※可愛いエリィの挿絵を頂きました♪
 作者ページから確認ができます。
 追加で近況報告もさせて頂いております。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ