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エリィ・ゴールデン ~ブスでデブでもイケメンエリート~ 作者:四葉夕卜/よだ

第三章 砂漠の国でブートキャンプ

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第29話 イケメン砂漠の誘拐調査団・突入

 後方からとんでもない魔力の波動を感じるが、振り返らずに砂漠を走る。
 調査団は「ポカホンタス」「イカレリウス」「超級魔法」などの空想に近い言葉を目の当たりにして、軽い恐慌状態になっていた。

 ポカじいのことは心配だ。でも、あのじいさんが負けるはずがないよな、と思い直す。
 アリアナもポカじいの勝利を確信しているようだった。

 それに、ポカじいの本気の拳打が頭から離れない。
 あれ……かなりやべえよな…イカちゃんすげー吹っ飛んだぜ。
 つーか何回か「空の型」を見せてもらったときと迫力が全然違った。戦いともなれば型とは全く別次元の拳打になり、十二元素拳の神髄を垣間見たような気がする。

 しばらく進み、安全と思われる距離まで離れたところでアグナスが声を上げた。

「全員、止まれ!」

 やっと落ち着いてきた調査団はアグナスの号令で停止する。皆、額から汗を流して肩で息をしていた。

「パーティーごとに別れて脱落者がいないか確認してくれ!」

 各員が点呼を取り、パーティーメンバーの無事を確認する。脱落者はゼロだ。
 俺、アリアナ、バーバラ、女盗賊、女戦士の五人も集合して全員の安否を確認し、負傷していないことをアグナスに告げた。
 彼は満足げにうなずいて俺の耳に口を寄せてきた。

「落雷魔法はあと何発ぐらい使える?」
「…そうね。軽いやつなら二百発ぐらい。すごく強いのは十発ぐらいかしら」

 ポカじいとイカちゃんが激しく戦闘をしているので、敵の警戒が強くなっているに違いない。あまりうかうかしているとがっちり防衛網を敷かれてしまう可能性が高いため、時間をかけずに突入するのが正解だ。
 やっぱこいつできる男だな。なぜ落雷魔法を使えるのか、という質問よりも次の戦闘でどの程度使用できるか確認する現実的なところは、ただの冒険者をさせておくのはおしい能力だ。もし地球のビジネスマンなら時間の管理と危機回避能力が高く、どんな会社でも活躍できるだろう。並のビジネスマンなら話を後回しにせず、あれはなんだ、とまず確認して貴重な時間を使ってしまうところだ。

「すごく強いの、というのはどれくらいの威力?」
「ポカじいの話だと上位上級ぐらいだと思うんだけど…よくわからないわ」

 落雷を一点集中させる“極落雷ライトニングボルト”なら巨大ゲドスライムを一撃で倒せるって話だしな。というより、魔力循環が上手くなってから、本気の一撃を撃ったことがないから自分でもどのくらいの威力が出るのか正直わからない。

「オーケー。エリィちゃんにお願いしたいことは二つだ。一つ目は浄化魔法で子ども達の洗脳を解除できるか試すこと。もう一つはゲドスライムが現れた場合、迷わず落雷魔法を使うことだ」
「わかったわ」
「“伝説の魔法使い”に“複合魔法”か…正直まだ信じられないよ」
「その話は終わってからゆっくりするわね」
「幸い、エリィちゃんが落雷魔法を使ったことは、あの場でしっかり見ていた僕とクリムト、トマホーク、ドンの四人だけしか知らない。変に噂になることはないけど、魔改造施設で使えばみんなにバレるだろう。大丈夫かい?」
「ええ。危険に晒されたら迷わず使うわ。使わなかったせいで誰かが犠牲になったりしたら嫌だもの」
「そうだね。例え強力な魔法が使えても、必要なときに使えないようであればそれは無用の長物だ」

 アグナスが俺に寄せていた顔を離して背筋を伸ばすと、斥候として魔改造施設を見に行っていたトマホークが戻ってきて何かを報告する。
 それを聞いたアグナスは、調査団の面々をぐるりと見渡してゆっくりうなずいた。

「聞いてくれ! 敵は伝説の魔法使いの魔力波動を感じたのか警戒態勢を取っている。施設の中庭にかなりの使い手と思われる子どもが数十名陣を張っているため、正面衝突になるだろう。だが無力化する作戦は変わらない! 子どもたちを取り返すぞ!」
「おうよ!」
「よっしゃ!」
「でしゅ!」
「やるわよ!」
「やるでい!」

 冒険者は思い思いに返事をし、ジェラの兵士達は一斉に「おうっ!」と拳を上げる。

「首魁である洗脳系黒魔法の使い手はまだ確認できていない。中庭に“強制改変する思想家(グレート・ザ・ライ)”を発動させる魔法陣が仕込んである。中心部に近づくと精神干渉が強くなるため、うかつに近づいて魔法を行使されると厄介だ。中心部には絶対近づくな!」
「よっしゃ!」
「俺の鉄拳を食らわせてやる!」
「子どもを絶対に助けるぜい!」
「踏みつぶしてやる…!」
「何もしゃべらないアリアナちゃんかわいい」
「早く戦わせろ!」
「生きててくれっ………フェスティ……」

 全員が好き勝手に吠えて、ジャンジャンが思い詰めたような表情でつぶやく。

「予定通り、砂丘手前に木魔法で陣を張る! その後突入だ! 魔法合戦になるぞ! 気合いを入れろよ!」

 アグナスの言葉で団員が奮い立ち、進軍を再び開始した。
 子どもを取り返す、という最大の目的があるので士気がめちゃくちゃ高い。

 俺達のパーティーも迷わず歩き始め、数分経った、そのときだった。

 エレキギターの音のような甲高い破裂音がうっすらと周囲に響き、後方から前方へと通りすぎていく。何事かと、歩きながら団員が後ろを振り返った。
 隣にいるアリアナの狐耳がぴくっと動き、こちらを見てくる。こんなときでも可愛いな。

「ポカじいが魔法を使った…。たぶん空魔法上級・音系の魔法だと思う」
「戦っているさなかに上位上級魔法ね」
「うん……私たちの師匠はすごい。スケベだけど」
「そうね、すごいわね。スケベだけど」
「心配?」
「ちょっとね。でも、あの場で私にできることは何もなかったわ」
「ポカじいなら平気だよ…」
「ええ。無事にイカちゃんを倒したら、ご褒美にお尻を触らせてあげようかしら」
「……それはダメ」
「ふふっ、冗談よ。というより絶対イヤ」


  ☆


 エリィが冗談を言い、調査団が行軍を開始した同時刻。

 魔改造施設のとある一室に、背中が異常に盛り上がった不気味な男が、真っ黒な宣教師風の格好をした男の前で跪いていた。
 部屋には満月の光が差し込み、蝋燭の光がぼんやりと揺れてテーブルの書類を照らしている。

「アイゼンバーグ様。どのようにしてこの場所を突き止めたのか、ジェラの冒険者と兵士たちがこちらへ向かっております……いかがされますか?」
「いかがされますか、とは?」
「い、いえ…。グレイフナーの子ども達への実験を一端中止し、迎撃にあたったほうがよろしいかと思いまして…」

 背中男がそこまで言うと、アイゼンバーグと呼ばれた宣教師風の男は、突き出たほお骨に張り付いている皮膚をぐしゃりとゆがめ、立ち上がって激昂した。

「セラァァァァァァァァルッ!」

 背中男はその迫力に小さい身体をさらに縮こまらせ、額を床にこすりつけて土下座の要領で身をこわばらせた。

 セラー教が神を顕現させる際のかけ声が「セラール」というものだったが、千年の時を経てその言葉は信者同士の挨拶やかけ声で使われる意味に変化した。肩幅が広く体格のいいアイゼンバーグがその言葉を叫ぶと、信者たちが雷に打たれたように跪く。彼の目の前にいる背中が盛り上がった男も例外に漏れず、アイゼンバーグの威圧を受けて心を震撼させた。

「敬虔なるセラーの子、ジュゼッペよ。我が子、我が同胞が産声を上げる……今日この満月の時を待っていたのではなかったのですか?」
「はい! 左様でございます! 魔薬の浸透率が格段に上昇する四回目の満月の夜を我々は待っておりました!」
「では、あなたはまた三ヶ月間、時を費やすというのですか?」
「も、も、申し訳ございません……直ちにハーヒホーヘーヒホーを投与致します」
「有象無象の賊など、我々の敵ではありません」
「わたくしめが浅慮、お許しくださいませ」
「……よいのです。あなたが施設のためを思って提案した言葉、私の胸にはしかと届きました。セラーの導きがあなたに祝福をもたらさんことを」

 そう言って優しげな表情を作ると、アイゼンバーグはジュゼッペと呼ばれる背中男の肩にそっと右手を置き、左手で十字を切って円を描いた。
 ジュゼッペは感極まったのか、肩を震わせて鯉のように口を何度も開閉させる。

「ああ……アイゼンバーグ様………このような醜いわたくしめに直接触れるなど………あああっ、なんと美しい御手でございましょうか……」
「敬虔なるセラーの子、ジュゼッペよ。私はあなたの異形を異形とは思いません。さあ、己の役割を果たすのです…………命、尽きるまで……」
「はい……はい……。わたくしめは……命尽きるまでアイゼンバーグ様とセラー様のしもべにございます」

 ジュゼッペはアイゼンバーグへ恭しく一礼をすると、素早く部屋から出て行った。
 アイゼンバーグはその盛り上がった背中を無機質な視線で見つめ、姿が消えたところで部屋の隅に置いてあった杖を手に取った。

 ジュゼッペは気づいていない。恫喝するように対象者の行いを否定し、その後に優しく諭す、という一連の流れは洗脳や教育の常套手段だ。それを知っているアイゼンバーグは激昂したかのように怒り、優しくするというアメとムチをただ大げさにやってみせただけだ。
 アイゼンバーグの心には感情の起伏などなく、何も去来していない。

「セラーの子でない者に、裁きの仕置きを……」

 そう呟いて、アイゼンバーグはほんの少し前までこの部屋にいたジュゼッペのことなど忘れたのか、禍々しい樫の杖を愛でるように撫で、愛しい恋人を見るような視線を送った。


   ○


 トマホークが木魔法下級“樹木の城壁(ティンバーウォール)”を使用し、馬車八台を囲うようにして円形の陣地を造り上げた。直径三十メートルの円をコンパスで引くみたいに木の壁が出現する。

 いやこの“樹木の城壁(ティンバーウォール)”ね、見た目はただの分厚い木の板なんだけど、鉄板ぐらい硬いんだよな。叩くとコンコン、って音じゃなくて、カンカンっていう金属っぽい音が鳴る不思議ね。魔法、不思議。まじで。

 十五分の小休止後に出発だ。

「エリィ、着替えよう」
「ええ」

 俺とアリアナは馬車の中に入って、戦闘用の服装に着替えた。

 履いていたスキニージーンズと白ワイシャツを脱ぎ『スノーラビットのワンピース』を広げて、頭からかぶった。
 着心地がいい。
 触れるとどことなくひんやりして気持ちのいいこのワンピースは、「光属性の魔法効果をほんの少し上昇させる効果があるのよ! 別にぜんぜん! これっぽっちもエリィのことなんか心配じゃないけど、今回だけ特別に貸して上げるわ! 感謝しなさいよね!」とルイボンから渡されたものだ。洗脳魔法を解除する“純潔なる聖光(ピュアリーホーリー)”の効果を底上げできる。
 デザインは、まあ普通だな。カントリー系の作りで何のひねりもない。腰の部分だけレースにするとか、袖口をフレアにするとか、もうちょいアクセントが欲しいところだ。
 とりあえずデニムシャツを羽織って甘いコーディネートから脱しよう。
 もっと服の種類がほしいところだけどまあこんな状況だし、しゃーない。つーか何着ても似合うっていうね。美少女つれぇ~。

 アリアナはギャザースカートを脱ぎ、お気に入りのデニム地、サロペットミニスカートを履いた。スカートには尻尾穴が空いていて、ふさふさした狐の尻尾がひょっこり出ている。インナーの上から定番になりつつある白い薄手のノーカラーシャツ。さらに通気性のいい黒い魔獣のジャケットを羽織った。
 口紅を赤にしてメイクをささっとやり直すと、あら不思議。
 おすまし狐美少女の完成だ。
 腰に鞭をくくりつけ、脛まであるブーツを履いているから、ちょっとロックテイストな感じに見えるな。豊かな髪の毛は高い位置でポニーテールにされ、そのまま背中に垂らすのではなく、長さを活かして両肩へ半分ずつ乗せて胸の前へ垂らしている。
 人類が滅亡するほど可愛い。
 グレイフナーに帰ったらアリアナにもどんどん違う種類の服を着てもらいたいもんだ。

 準備が終わったところで時間がきた。

 調査団「潜入班」は陣地を背にし、砂丘を越え、魔改造施設へと前進する。

 二百メートル先に真っ白な外壁を有した魔改造施設が見えてきた。
 空房の砂漠と呼ばれ、命あるものを食らおうとする灰褐色の大地。その上にのっそりと建っている建造物は、あまりに不自然で砂漠の蜃気楼によって作られた幻みたいだった。

 陣地に待機したのはジェラの兵士二十名。
 他のメンバーは全員出撃している。
 四人から七人のパーティーに別れ、誰も声を発さずに前進する。

 調査団の構成は冒険者が六十六名、ジェラ兵士が五十名。
 「待機班」が二十名、「潜入班」は九十六名という内訳になる。

 百名近い人間が無言で前進する姿はなかなかに迫力があり、日本ではまずお目にかかれない光景だろう。しかも魔法使いが出てくる映画のように、全員が杖を片手に魔力を循環させている。ファンタジーッ。

 ロの字をした魔改造施設の入り口は大きな門になっており、馬車が並んで二台は出入り可能な大きさだ。
 見張りなどはおらず、大型の魔物が大きく口を開けて獲物を捕食するように門が開いていた。月夜が不気味に白塗りの壁を照らし、門の両脇に差してある大きなたいまつが赤々と燃えている。

「苦拍のサルジュレイ、炎鍋のラッキョのパーティーは施設を回り込んで侵入し、捕らわれている子どもを捜索してくれ。増援要請は“ファイアーボール”か“ライトアロー”を上空に二発だ」
「御意でありんす」
「これはハゲじゃない。剃っている」

 アグナスが小声で指示を出すと、冒険者協会定期試験698点『苦拍のサルジュレイ』率いる五人、670点でスキンヘッドの『炎鍋のラッキョ』率いる六名のパーティーが返事をして、素早く左右へと別れていく。てか誰もハゲとか言ってねえし。

「この門の先に敵が陣を張っている。すでにこちらの動向は見破られている可能性が高いため、強引にいくぞ」

 冒険者達は「待ってました」という顔をして不敵に口角を釣り上げた。血の気が多い連中ばかりみたいだ。
 兵士を率いるバニーちゃんも、部下達を一瞥してにやっと笑い、ゆっくりとショートソードを引き抜く。

「合図で“例のアレ”を投げろ。では、前進!」

 アグナスが杖を門の入り口へと向けた。
 冒険者とジェラ兵士が杖を前方に構えて走り出し、俺とアリアナも、バーバラたちと連携を取れる陣形で門をくぐった。

「なっ……?!」

 門を出ると、ロの字をした建物に囲まれた中庭に出たのだが、その光景に一瞬息を飲んでしまう。

 “サンドウォール”で作られた壁が十数枚展開されており、塹壕らしきモノがその下に掘られている。しかし陣地に身を潜めるのではなく、三十人のローブを着た魔法使いがずらりと整列していた。

 陣地前で杖を構えている魔法使いは全員“子ども”だった。

 見た目はポカじいの水晶で確認した映像通り七歳から十四歳ぐらいだったが、実際に肉眼で確認すると痛々さが倍増する。皆、死んだ魚のようなうつろな目をして、口元だけに笑顔を張り付けていた。

 くそっ! あの顔は確実に正気じゃねえな!

「やれっ!」

 敵陣後方から、指揮官と思われる青い神父服姿の男が現れて叫んだ。

「“ウインドソード”」
「“土槍サンドニードル”」
「“火蛇ファイアスネーク”」
「“鮫牙シャークファング”」

 何の躊躇いもなく子ども達が下位上級魔法を無詠唱で行使する。
 三十の魔法が殺意を持って調査団に襲いかかった。
 蛇の炎がほとばしり、水の刃が地面を穿ち、空気の刀が周囲を切り裂き、赤、青、黄色、緑、茶色の魔法が一気に迫った。

「“サンドウォール”!」
「“サンドウォール”…」

 ポカじいとの修行を思い出し、俺とアリアナは咄嗟に土の壁を調査団の前へと作り出す。
 それと同時に、すぐさま土魔法が得意な冒険者と兵士も土壁を数十枚作り出した。
 その間、数秒。

 地面から生えるようにして大量に出現した土壁に、魔法がぶち当たり、中庭が一瞬にして騒音に包まれた。
 即席で作った“サンドウォール”のほとんどが粉々に砕け散る。

「“重力グラビトン”」

 先頭にいるアグナスパーティーが立っている地面が怪しくゆがみ、黒い重力場が現れた。

「ちっ」

 アグナスは舌打ちをして、重力魔法を破壊するために杖を地面へ向ける。
 が、それよりも早くアリアナが“重力軽減グラビティリリーフ”を唱えて“重力グラビトン”を相殺した。

 アグナスがアリアナをちらりと見て、軽いウインクを送る。
 彼女は無表情にうなずいてそれに答えた。

「敵の陣地を破壊しろ! 黒魔法使いは優先して倒せ! 子どもは絶対に殺すなよ!」

 アグナスが叫んでいる間にも魔法のやりとりが激しく行われ、炎が舞い、空気が乱れ、土の塊がバカスカ飛んでくる。

 一気に魔法合戦になった。
 弾ける魔法の光が色鮮やかに明滅し、敵陣からこちらに放たれる強力な上位魔法がアグナス、トマホーク、クリムト、ドン、チェンバニーによって相殺され、土壁が現れては破壊される。

 これじゃ“落雷サンダーボルト”が使えねえ。
 小学生みたいな子どもに当たったらただじゃ済まない。最悪、死ぬ可能性だってある。火力が高いってのも不便だ。この戦いが終わったら、中距離攻撃のできるスタンガン系の魔法を開発しよう。

「エリィ…」

 アリアナが目配せをしてくる。
 彼女も言いたいことは同じのようで、子どもに誤爆する危険があるので黒魔法を使えない。“重力グラビトン”で相手の行動を阻害しようとしているが、敵が陣地内に散開しているため大した効果がなく、アリアナは“サンドウォール”で味方の防御に努めている。
 こういった魔法合戦だと、相手に見られていることが条件の新魔法の“トキメキ”も効果は望めない。

 魔法の飛んでくる数からして、前線に出張っている子ども三十名の後ろに、さらに三十名ほど大人の魔法使いがいるみたいだな。
 おそらくそいつらが、この魔改造施設の関係者なんだろう。

 くそったれだ。
 こっちが攻撃しづらいことを想定して、わざと子どもを前線に晒し、自分たちは陣地内の安全地帯から魔法を撃ちたい放題撃ってきやがる。

「“英雄の凱旋歌(リターンズマーチ)”!」

 木魔法が得意なターバン姿のトマホークが木魔法中級“英雄の凱旋歌(リターンズマーチ)”を唱えると、調査団の後方に赤い木製でできた巨大な像が現れた。高さ四メートル。杖を掲げてローブを着ている魔法使いの像だ。

 おお、すげえこれ!
 身体が軽くなる!

 周囲にいる味方の身体能力を底上げする魔法らしい。
 トマホークが片膝をついて肩で息をしているところから見るに、相当維持がきつい魔法みたいだ。

「木魔法の像を破壊しろ!」

 敵陣の青い神父服風の男が叫ぶと、“英雄の凱旋歌(リターンズマーチ)”を破壊するために魔法が後方へと集中した。
 “ウインドソード”“エアハンマー”“土槍サンドニードル”“火蛇ファイアスネーク”“鮫牙シャークファング”などの魔法が押し寄せる。
 さらに“炎矢フレアアロー”“アイスキャノン”など上位下級魔法が撃たれ、“爆発エクスプロージョン”を唱えられたのか調査団後方の空気が一瞬膨張した。
 やばっ!
 上位魔法の使い手が数人紛れ込んでいるらしい。

「“双炎ツヴァイフレア”!!」

 俺が“落雷サンダーボルト”を使う前に、アグナスが素早く“双炎ツヴァイフレア”を空中に出現させて“爆発エクスプロージョン”を相殺しながら「アレを投げろ!」と叫んだ。
 やるなアグナス。
 俺の次にイケメンと認定しよう。

 アグナスが右手を大きく振ると、冒険者、兵士達約百名が適当に杖から魔法をぶっ放しながら、ポケットに入れていた野球ボール大の煙玉を敵陣地に放り投げた。

「いけぇ!」
「……それっ」
「はっ!」
「ふりゃあ!」
「シッ!!」

 俺とアリアナ、バーバラ、女戦士、女盗賊も思いきり煙玉放り投げた。
 “英雄の凱旋歌(リターンズマーチ)”によって身体能力を引き上げられている。約百個の玉が敵陣地の上空へと飛び、弧を描いて落ちた。途中、三分の一が魔法で打ち落とされたものの、“英雄の凱旋歌(リターンズマーチ)”を囮として使ったこの作戦は成功したと言っていい。

 敵陣地が、大量の煙で覆われた。

 煙の色は濃紫。その成分には“睡眠霧スリープ”と同じ効果が込められていた。
 突如として大量の“睡眠霧スリープ”攻撃を受けた敵陣地が瞬く間に静かになり、調査団内で風魔法、空魔法が得意な連中がこちらに煙がこないよう“ウインド”を唱える。

 眠った隙に子どもをいただくぜ!

「突入ッ!!!」

 アグナスが叫ぶと、“身体強化”をかけて敵陣地へ猛然と突撃した。
 それに続けと、冒険者、兵士が即席で作った“サンドウォール”の陣地から飛び出して前進した。

「アリアナ!」
「ん……!」

 俺たちのパーティーも前進する。
 全員、身体強化“下の上”をかけて走り、バーバラだけは得意の“浮遊レビテーション”で空高く舞い上がった。

 このまま一気に制圧して子どもを無力化できる、と思った数秒後、敵陣地の半分が球状に輝くと、イルミネーションみたいに点滅した。

 白魔法下級“癒大発光キュアハイライト”かよ!?
 向こうにも範囲回復魔法を使える輩がいるってめっちゃ厄介じゃねえか。

 眠りから覚めた子ども数人が“ウインドストーム”を唱えて“睡眠霧スリープ”の煙を上空へと巻き上げた。

 睡眠状態から次々に敵が回復し、すぐさま戦線へと復帰すると魔改造施設の中庭は乱戦になり、敵味方入り乱れての攻防になった。囮に使っていた後方の“英雄の凱旋歌(リターンズマーチ)”が敵に破壊され、子どもをうまく盾に取りながら敵が後退して“サンドウォール”で陣を再構築しようとする。

 調査団は子どもを無力化するため、どうしても接近する必要がある。
 下手に魔法をバンバン使って子ども達に誤爆なんかしたら大変だ。近づいて拘束するか、睡眠系、麻痺系の魔法を使うしかない。戦力としてはこっちが有利なのにやりづらいにもほどがある。

 俺が“エアハンマー”で土壁を破壊して塹壕を跳び越えようとしたとき、十歳にも届かないだろう少年が“身体強化”で剣を突きつけてきた。

「やっ!」

 咄嗟に「風の型」で剣をかわして一歩踏み込み、少年の剣を蹴り上げる。さらに塹壕へ飛び込むと同時に首筋へ手刀を落として彼の意識を刈り取った。

 すると別の場所から現れた猫人の少女がレイピアを突いてくるので、すぐさまアリアナが身体強化“下の上”をかけたまま鞭を振る。
 鞭が蛇のように空中をのたうち、猫人の少女のレイピアに巻き付いた。

「“熟睡霧ディープスリープ”…」
「はうっ…」

 アリアナが指を向けると霧吹きの要領で“熟睡霧ディープスリープ”が噴出し、少女が昏倒した。

「おねがい!」

 すぐに少年を抱きかかえて、塹壕を飛び出し、女戦士と女盗賊、アリアナに向かって叫ぶ。

「黒き道を白き道標に変え、汝ついにかの安住の地を見つけたり……」

 アリアナが猫人少女を俺の前へとやさしく横たえ、女戦士、女盗賊が守るように杖を構えて敵を睨んだ。
 周囲では兵士の叫び声が響き、剣戟が鳴り、魔法が飛び交い、時折現れる魔法陣の出現音がそれらに重なって不可思議な戦場音楽を奏でる。

 この洗脳された少年少女二人に“純潔なる聖光(ピュアリーホーリー)”を使い、効果がどれぐらいあるのかを確かめたかった。もし正常な意識を取り返すようなら、隙を見て子どもをどんどん回復させるし、ダメなようであれば戦闘不能にさせて「待機班」の待つ陣地へと運ぶしかない。

 それにしても繊細な魔法だ。
 イメージがちょっとでもブレると魔力循環がかき混ぜられて魔力が霧散しそうになる。集中、集中…。

「愛しき我が子に聖なる祝福と脈尽く命の熱き鼓動を与えたまえ……“純潔なる聖光(ピュアリーホーリー)”!」

 よし、成功だ。
 映画のCG顔負け、アニメが好きな田中がみたら泣いて喜びそうな、美しい魔法陣が足元へ展開され、全身から星屑のような“純潔なる聖光(ピュアリーホーリー)”が湧き出てばらばらと地面へ落ちていく。

 敵陣地の後方から「浄化魔法だと?!」という叫びが聞こえるが無視だ。つーかこの魔法派手すぎる。ちょっと空気読んでくれ。

 魔法を維持しつつ、少年の頭を膝の上へのせ、右手を少女の額へと乗せる。
 星屑で二人を包み込み、彼らの内側にある洗脳を綺麗さっぱり浄化するようにイメージしながら“純潔なる聖光(ピュアリーホーリー)”を滑り込ませた。

 すると突然、意識の中に異物が流れ込んできた。

 少年が母親と一緒に買い物へ行く姿、少女がオアシス・ジェラで友人と遊ぶ姿、様々な思い出らしきものが走馬燈のごとく目の前に現れては消え、最後には真っ黒な宣教師が気味の悪い笑顔で見つめてくる映像が割り込んだ。

「あの男……」

 思わず顔を顰めてしまう。
 ポカじいの水晶で見た、ほお骨とエラが張った宣教師風の男だ。

 俺と少年少女を守るようにしてアリアナ、女戦士、女盗賊が戦っている。
 空高く浮遊していたバーバラが敵の黒魔法使いである中年の男に、重力落下+身体強化による“撃踏”を食らわせ、地面へ埋めた。

 そんなパーティーメンバーの攻防を目の端で捉えつつ、少年少女にこびりついた悲しみとも怒りとも判断できない異物を“純潔なる聖光(ピュアリーホーリー)”でかき消そうと魔力を込める。
 どす黒いもやがまとわりついて離れない。
 多分、このもやの残滓が黒魔法上級“強制改変する思想家(グレート・ザ・ライ)”という洗脳魔法なのだろう。銀色に輝く星屑が吸い込まれるようにして消えていく。

 負けじと、さらに魔力を循環させて、強引に星屑の輝きで不純物をかき消す。何度も何度も、大量の“純潔なる聖光(ピュアリーホーリー)”を二人の少年と少女に流し込んだ。

 これは「ポジ男の俺」と「宣教師クソ野郎」、どっちがイケててハートが強いかの勝負だな。
 まかせろ。日本一ハッピーな男、小橋川が洗脳を消してやる。
 いや、洗脳を上書きしてやる。

「いけっ!」

 全力で“純潔なる聖光(ピュアリーホーリー)”へ魔力を注ぎ込む。ついでに暗い気持ちに飲まれないよう、とことんハッピーな記憶を引き出しから引っ張り出した。

 プレゼンが成功したときの喜び、大きな商談が決まったときの快感、田中と飯を食べに行ってバカ話をしている楽しさ、姉さんの赤ちゃんを抱かせてもらったときの嬉しさ、エリィが可愛いと褒められる達成感、アリアナの耳をもふもふしているときの温かさ、クラリスの優しさ、グレイフナーの友人やメンバーのこと、この世界で起こった異世界的な数々の興奮。

 そういやハワイで田中の罰ゲームしたときまじウケたな。
 腰ミノをつけて、無理矢理ファイヤーダンスをやらされたあいつのまぬけな表情といったら傑作だった。国宝ものだ。しかもダンスが終わった後にでっぷりと肥えた現地人のおばちゃんから「ベリィエキサイティングゥ!」とか言われて思いっきりキスされて、口のまわりを口紅でえらいことにしてた。ぶっちゅう~って感じだったもんな、あれ。熱い接吻のあと、あのおばちゃんやけに田中を気に入って住所教えてるし、まじウケた。あのままおばちゃん家に行っておけば熱いハワイアンナイトを送れたものを、あいつ完全に日和って行かなかったからなぁー。バカだなーあいつ。まあ俺なら絶対行かないけど。

「あれ………?」
「ほえ?」

 気づけば“強制改変する思想家(グレート・ザ・ライ)”の抵抗が完全に消えていた。
 おかっぱ頭の少年が首をかしげ、猫人の少女が奇妙ななぞなぞを見たかのように目をぱちくりさせる。
 幽鬼みたいな顔から、年相応の可愛らしい表情へと戻っていた。

 ふっふっふっふっふ!
 はっはっはっはっは!
 どうだ見たか! 上位上級魔法を、上位中級で打ち消してやったぜ。ざまあみろ。なんかふざけた記憶を思い出しただけな気もするが、ポジ男、小橋川の完全勝利!

 すぐに“純潔なる聖光(ピュアリーホーリー)”を解除する。
 にしてもこの魔法まじで魔力使うし、憶えたてで魔力効率があまりよくねえな。これは要練習だ。

「てん、し…?」
「めがみさま……?」
「大丈夫かしら?」

 安心させようとにっこり笑ってみせると、二人は呆けた顔をして俺を見つめてきた。

「天使でも女神でもないわよ」
「じゃあ……だれ?」
「女神様でしょ?」
「私はエリィ・ゴールデン。あなたたちを助けに来たのよ」
「たす……けに?」
「女神様、あのね、なんかね、腰に草みたいなのをつけた裸の人が火の棒をもって踊ってたの…。それを見て周りの人が楽しそうに笑ってたの……」

 あ、それ田中ね。

「あとね、なんかね、楽しい気持ちになったの。それからね、優しそうなメイドのひとが笑ってたの」
「それはクラリスね」

 エリィの意識も少女に伝わったのだろうか。もしエリィの意識がまだ生きていれば、の話だけどな。
 いや、俺もクラリスのことはすげー好きだし、そのイメージが少女に伝播したのかも。

「ねえ、自分の本当のお家に帰りたくない?」

 前方では数十人がドンパチ魔法をぶっ放しているので、あまり会話をしているわけにもいかない。
 話を切り替えるために、おかっぱ頭の少年と猫人少女を見つめた。

「あ……!」
「………!」
「思い出したかしら?」
「僕は……何を………?」
「女神のお姉ちゃん……私……悪いこといっぱいしちゃった気がするの……」
「ううん、あなた達は何も悪いことをしていないわ。もう大丈夫よ」

 二人はゆっくり起き上がり、記憶が途切れ途切れになっているのか不安げに眉を寄せた。
 しばらくすると、嫌な思い出を脳内で蘇らせたらしく身を震わせ、泣き顔を作って俺に抱きついてくる。

「………お姉ちゃん」
「ごべんなざい………わるいごど……ひっく…」
「大丈夫、大丈夫だからね…」
「……なんだか……胸の奥がいたいよ…」
「ごべんなざい……ごべんなざい………」
「いいのよ。大丈夫だから……」

 できる限り優しく抱いてやる。
 こんな十歳ぐらいの子どもにほんとひでえことするよな…。この施設の破壊、まったなし。

「黒き道を白き道標に変え、汝ついにかの安住の地を見つけたり。愛しき我が子に聖なる祝福と脈尽く命の熱き鼓動を与えたまえ……“純潔なる聖光(ピュアリーホーリー)”」

 呼吸を整えた後、念のためもう一度“純潔なる聖光(ピュアリーホーリー)”を二人へ唱えておく。かなり混乱しているようだし、冷静になってもらおう。

「エリィ……!」

 前で俺たちを守ってくれていたアリアナが珍しく叫び声を上げた。
 “純潔なる聖光(ピュアリーホーリー)”で目立ち過ぎたらしく、俺を狙って魔法が一斉に放たれたところだった。
 ざっと見て四十発の魔法がこっちに向かってくる。
 やばっ! よりによってこの魔法の最中かよ!

「エアハンマー!」
土槍サンドニードル!」
「ウォータースプラッシュ!」

 バーバラ、女戦士、女盗賊が敵の放った魔法群へ下位上級を唱えて同数の魔法を破壊し、一拍遅れてアリアナが黒魔法中級の詠唱を完成させた。

断罪する重力(ギルティグラビティ)…!」

 空中に現れた二つの重力場が互いに引き合い、斥力で空間が切り裂かれ、近くを通り抜けようとした魔法が引き込まれてかき消える。だが、数が多すぎて破壊しきれない。

 まずい!
 “純潔なる聖光(ピュアリーホーリー)”は魔法を中断して別の魔法に切り替える際のロスが半端じゃない。この魔法、やめるときも神経をつかうんだよ。くそ!
 誰かもう一発魔法撃って時間を稼いでくれ!

 右側二十メートルアグナスパーティーがこちらに気づいて、敵の攻撃をかわしながら魔法を相殺させようとし、アグナスが炎魔法中級“フレアキャノン”を杖から撃った。

 直径三メートルほどの巨大火炎放射。
 高温が空中を焼き、飛来する大小合わせて十発ほどの魔法が相殺され、最後に同レベルの“アイスキャノン”とぶつかって爆発四散した。

「エリィちゃん!」

 アグナスが相殺しきれなかった魔法、約二十発を見て叫んでくる。
 オッケーわかってるぜ!

「エアハンマー!」
土槍サンドニードル!」
「ウォータースプラッシュ!」
重力弾グラビティバレット
電衝撃インパルス!!」

 バーバラ、女戦士、女盗賊が再度、下位上級魔法を完成させ、アリアナがいつも練習していた黒魔法下級“重力弾グラビティバレット”をぶっ放す。
 そして俺の撃った“電衝撃インパルス”が、

――ギャギャギャギャッ

 と、けたたましい鳥類の断末魔に似た雷音を響かせて、指をさした方向へ飛んでいく。
 バーバラ、女戦士、女盗賊、アリアナの放った魔法が、半分ほど敵の魔法を吹っ飛ばし、高威力の上位下級“炎矢フレアアロー”と“電衝撃インパルス”が正面衝突して雷がクモの巣状に広がった。
 そこへ飛んできた残りの魔法がぶつかって、空中でかき消えた。

 が、二発の“ファイヤーボール”と“サンドボール”を撃ち漏らした。

 まじかっ!
 あわてて身体強化をし、子ども二人に覆い被さる。


 …………

 …………あれ?


 いつまで経っても衝撃が来ない。
 身を起こして目を開けるとジャンジャンとクチビールが、目の前にいた。

「大丈夫でしゅか?」
「間に合ってよかった」

 どうやら身を挺して庇ってくれたみたいだ。
 まじ助かった! かなりひやっとしたぞ。
 二人の身体強化は“下の下”が限界で、下位中級の“ファイヤーボール”と“サンドボール”を背中で受け止めたせいで、めちゃくちゃ痛そうだ。

「ありがとう」

 すぐさま二人に“癒発光キュアライト”を唱える。

「ごめんなさい、怪我をさせてしまって…」
「エリィしゃんのためなら死ぬ覚悟でしゅ」
「エリィちゃんに怪我をさせないってコゼットと約束しているからね」

 クチビールが世紀末ヒャッハーな刺々しい鎧をバシンと叩いて頼もしくうなずき、ジャンジャンがいつも通り優しげに笑った。
 にしてもあぶなかった。
 “純潔なる聖光(ピュアリーホーリー)”の中断が間にあってよかったぜ。

 アリアナ、バーバラ、女戦士、女盗賊の四人はこちらの無事を確認して胸をなで下ろし、ビシッと親指を立ててうなずいた。そしてすぐに俺達を守るように敵へ杖と鞭を向ける。いいパーティーだ。

 戦況は今の集中砲火でこちら側に傾いた。

 目の前の調査団を無視して俺一人を狙った結果、敵には重大な隙ができた。
 チャンスを逃さず調査団は子ども魔法使いの半分ほどを戦闘不能にさせ、身体強化した冒険者が米俵を担ぐように後方へと移動させる。

 どっちが人攫いかわかんねえな。
 まあ胸がすく光景であることには変わりない。

「各自、子どもを後方へ待避させろ! 急げ!」

 兵士隊長のバニーちゃんが門の入り口付近で叫んでいる。
 ある程度まとまった人数の子どもを確保したら、一気に「待機班」の待つ陣地へ移動するようだ。いいぞいいぞ。

 クチビールにおかっぱ少年と猫人少女をまかせて後方に下がってもらい、アリアナ達の戦いに加わった。

 次々と子ども達を確保される魔改造施設の連中は焦っているのか、攻撃が散発的になっている。

 アリアナは身体強化“下の上”で無表情に鞭を振るった。
 鞭の範囲に入ると土壁が粉々に破壊される。
 アリアナは結構怒っているらしく、子どもを盾にして不意打ちしようとしてきた敵魔法使いの水魔法“鮫背シャークテイル”を鞭で破壊し、滅多打ちにした。

「ヒィヤアアアアア――!」

 太った敵の魔法使いが服を細切れにされながら鞭で打たれていく。
 彼が「もっと」と言ったのは気のせいだと思いたい。うん、気持ちはわからなくもないが。

 身体強化“下の上”をかけ、地面を思い切り蹴って前進する。
 急発進したバイクみたいに一気に距離を詰め、太った魔法使いの肩をつかみ、すぐに身体強化を切って“電打エレキトリック”をお見舞いした。ついでに近くにいた子どもに「ごめん」と一言いってから、超微弱な“電打エレキトリック”を使う。

 そしてすぐさま白魔法中級“純潔なる聖光(ピュアリーホーリー)”で浄化だ。
 田中のファイヤーダンス姿を思い浮かべると、ハッピーで楽しいイメージが伝わるのか、時間短縮で洗脳を解除できた。こんな異世界であいつのファイヤーダンスが役に立つとは思わなかったな。サンキュー、と軽い感じで感謝を伝えたい。

 敵の陣地はほぼ破壊した。

 調査団の負傷者は十名ほどで、後方へ治療のため子どもたちと一緒に下がった。魔力切れのメンバーもそこまで出ていない。
 こっちの戦力は約六十名の冒険者と兵士。敵は二十名。
 子どもの魔法使いはあと三人だ。

 子どもを盾にして、敵はじりじりと後退する。
 俺達はパーティーごとに散開して、子どもを確保するために退路を塞ぐ。

 アグナスが各パーティーに目配せをし、一斉突撃をしようとしたそのときだった。

 敵後方の施設の扉が開き、真っ黒な宣教師風の男が物見遊山でもするかのように、ゆったりとした足取りでこちらに向かってきた。隣には十五歳ぐらいの、赤毛でモミアゲが長い青年が付き添っている。

 あいつだ…。あいつが黒魔法上級“強制改変する思想家(グレート・ザ・ライ)”を使う親玉だ。

 親玉の威圧に冒険者と兵士は警戒の色を濃くし、一方「これは……どういうことでしょうか?」と静かに問われた敵の魔法使い達は、顔を引き攣らせて今にも土下座しそうな表情になった。

「フェスティ……?」

 定期試験677点『一音のポー』のパーティーにいたジャンジャンがぽつりとつぶやいた。
 そのつぶやきは数秒もしないうちに確信に変わったようだ。

「フェスティ………フェスティ!!!」

 喉が張り裂けんばかりにジャンジャンが叫んで走りだした。
 飛び出した彼を、パーティーメンバーがあわてて止める。ひとりで突っ込んだら敵の餌食だ。

「俺がわかるか! お前の兄ちゃんだぞ! ジャンだよ! 一緒に帰ろう!」

 ジャンジャンが仲間の手をふりほどこうともがきながら必死の形相で訴える。フェスティは五年ぶりに再会した兄を見て何も感じないのか、ただ無表情に首をかしげてどうしたらいいのか宣教師の様子をうかがった。
 フェスティの視線を受けた親玉の宣教師は、何も言わずにただじっとジャンジャンを見つめている。

 親玉の隣にいるのが弟のフェスティか…。
 見た感じ、だいぶ洗脳が進んでるみたいだな。さっきまでの子どもたちと雰囲気が違いすぎる。

「何をしているのです? セラーの教えを知らぬ愚か者に慈悲を与えなさい」

 魔法使いと子ども三人は宣教師の言葉でびくっと身体を震わせると、一気に魔力を練り始めた。
 続いて親玉も何かの詠唱を開始した。
 おどろおどろしい魔力が樫の杖に収束していく。

「いくぞ!」

 アグナスが言うが早いか、前衛担当のメンバーが身体強化をして飛び出し、中衛、後衛のメンバーは魔法を詠唱する。

 それと同時に「ぎゃあああああああっ!」という悲鳴が施設の奥から響き、救援信号と思われる“ファイアボール”が二発、窓ガラスを破壊しつつ濃紺の空に打ち上がった。
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