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エリィ・ゴールデン ~ブスでデブでもイケメンエリート~ 作者:四葉夕卜/よだ

第三章 砂漠の国でブートキャンプ

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第28話 砂漠の賢者と南の魔導士・後編

 ポカホンタスがゆらりと身体を前へ倒した。
 それに呼応するかのようにイカレリウスがバックステップをしつつ、無詠唱で氷魔法を唱える。

「打ッッ!!!」
「“氷十字架アイシクルーシファイ”!!」

 身体強化“上の中”+“拡散空弾ショットエアバレット”のダッシュでポカホンタスは一気に距離を詰め、イカレリウスの行使した“氷十字架アイシクルーシファイ”を見事な体捌きで左によけると、脇腹めがけて拳打を放った。

 だが、触れた者を取り込んで氷の十字架で磔にする、マイナス三十度の凶悪な“氷十字架アイシクルーシファイ”の二つ目が地中から現れ、拳打が防がれる。
 ポカホンタスは全く動じず、そのまま十字架を破壊し、押し込んで拳打を打ち込もうとしたが、もう一体の“氷十字架アイシクルーシファイ”が割り込むように滑り込んでくる。
 これもポカホンタスは突き出した拳打で破壊。

 イカレリウスは防御を突破して威力の落ちた拳打をステップでかわし、さらなる氷魔法を使用する。

 そうはさせまいと、ポカホンタスは最小限の動きで横から左膝を狙った蹴りを放つ。一見すると何の変哲もないただの蹴りだが、関節部を狙い澄ましているため一撃でも食らったら、致命的なダメージになるであろう。
 よけるか、身体強化でガードするかしかない。

――ガキッ

 イカレリウスはポカホンタスの予想とは違う行動に出た。
 金の杖で蹴りを弾いたのだ。

 これにはさすがのポカホンタスもわずかばかり驚く。身体強化“上の中”の攻撃を受けて破壊できない杖となると、思いつくだけでも数は知れている。杖は剣や斧などの武器に比べて、魔力結晶が練り込まれているため、脆いというのが常識だ。闘杖術に使用される杖もせいぜい“上の下”の魔法の直撃、身体強化による攻撃に耐える程度の物が、作製の限界と言われている。そのため、闘杖術スタイルを取っている魔法使いは、破壊されてもすぐ予備を出せるように複数の杖を持っていることが多い。

 しかし驚きは一瞬だ。

 砂漠の賢者とまで呼ばれた魔法使いポカホンタスは、追撃の手を緩めず、自身の得意とする十二元素拳「空の型」で肉薄する。
 衝撃を体内へと伝える右掌打、コンパクトな振りの左殴打、距離を詰めて肘打ち。正中線や関節を狙った狡猾な攻めが瞬時に行われ、相手が回避困難なタイミングで空魔法“拡散空弾ショットエアバレット”を使って速度を増幅させる。

 それをイカレリウスは杖で捌ききり、練った魔力を放出して“氷傷噛付アイシクルバイト”を同時に三発、頭上、後方、前方と、逃げ道を塞いで繰り出した。

 大きさよりも威力に重点を置いた、三メートルに凝縮された不気味な氷牙の口が、一気に閉じる。観戦者がいたならば、氷の魔獣が三匹現れ、ポカホンタスを飲み込んだように見えただろう。

 上位中級魔法の三発同時直撃。

 魔法の射出練度、強度、正確さ、どれをとっても敵ながら見事としか言いようのない詠唱に、さすがのポカホンタスも身体強化をしているとはいえ、身体に衝撃が走って、わずかばかり魔力循環がブレる。
 魔力のブレにより背中の一部に身体強化のひずみができると、その場所へと“氷傷噛付アイシクルバイト”が容赦なく襲いかかった。皮膚に裂傷が走り、身体強化が解けそうになる。

 イカレリウスはにやりと笑い、追撃するため間髪入れずに詠唱を開始した。

 唱える魔法は、氷魔法上級“氷娘の拷問具(アイシクルフィントン)”。
 火炎放射ならぬ、氷霧を大量放射する魔法で、指定した範囲を一瞬で氷漬けにする効果がある。

 だがイカレリウスの詠唱が完成する一歩手前で、ポカホンタスを飲み込んでいた氷の魔獣三匹が突如として爆散した。

 破裂したかのように粉々になって、氷が水上花火のように周囲へまき散らされる。さらには耳を塞いだとしても鼓膜が確実に破壊されるであろう強大な爆音が鳴り響き、音の中心部から三百六十度すべての方向へ波動が広がった。砂が刹那のうちに二メートルほど陥没し、巨大スピーカーに日本中の電力を流し込んでギターをかき鳴らしたかのような爆音が衝撃波に変わって、音速で拡大し、周囲の砂丘がまっさらな更地に変貌する。

 空魔法上級、広範囲殲滅魔法“空帝の円盤音(エンパイアレコード)”。

 使用者の中心から波動が広がり、爆音で周囲を丸ごと吹っ飛ばすという、ユキムラ・セキノの仲間が開発したと言われている魔法だ。
 ポカホンタスはこの魔法を数秒で完成させ、“氷傷噛付アイシクルバイト”の内側で行使した。追い込まれた状況で上位上級魔法を行使する技術は、さすが伝説の魔法使いといえる。

 イカレリウスは氷魔法中級“氷結塊壁アイシクルブロック”で“空帝の円盤音(エンパイアレコード)”を防御したが、勢いは殺せず、衝撃波をモロに食らって後方へとすっ飛ばされた。氷魔法の多重ガードと身体強化“上の中”で衝撃の直撃は避けたものの、音による軽い酩酊感に襲われ目の焦点が合わない。

「“氷娘の拷問具(アイシクルフィントン)”…」

 しかしイカレリウスは“空帝の円盤音(エンパイアレコード)”を受ける瞬間、完成させていた強力無比な氷魔法上級をポカホンタスに向かって放っていた。

 “空帝の円盤音(エンパイアレコード)”と“氷娘の拷問具(アイシクルフィントン)”が行使されたタイミングはほぼ同時だ。

 ほんの少しイカレリウスの魔法発動が遅かったため、魔法が相殺されず、イカレリウスは爆音で後方へ吹っ飛び、ポカホンタスは氷霧の強襲を受けた。

氷娘の拷問具(アイシクルフィントン)”の氷霧放射が地面から噴き上がり、半径十メートルを冷凍地獄へと変えた。ポカホンタスの中心から魔法が発生しているため四方八方をふさがれ、回避は不可能。

 だがポカホンタスは、まるでこの魔法が存在していないかのように無視した。

 凍傷を覚悟し、防御をせずに瞬時に足から“拡散空弾ショットエアバレット”を射出して、吹っ飛んでいくイカレリウスとの距離を詰める。
攻撃は最大の防御だ、といわんばかりに“氷娘の拷問具(アイシクルフィントン)”を食らいつつ効果範囲から脱出し、攻撃に転じた。

 彼は長距離や中距離の戦いでは勝ち目がないと理解していた。
 魔法を同時に三発放てるイカレリウスと魔法合戦をすれば、手数で圧倒されることは火を見るよりも明らかであり、近距離戦に持ち込んで十二元素拳と魔法の混合技で勝機を見出す他ない。距離が開いてしまう“空帝の円盤音(エンパイアレコード)”は使いたくない魔法であった。
 しかし、三方から同時に氷魔法中級の攻撃をされては使わざるを得ず、身体強化“上の上”で打ち砕くことも可能であったが、魔力消費が激しすぎるためそれは避けた。

「斜ッ!!!」

 ポカホンタスは二起脚を全力でイカレリウスに叩き込んだ。
 両手を鶴のように挙げ、跳躍し、左足を伸ばして蹴り上げ、反動を使って次に右足を蹴り上げる。
 倒れ込むような前傾姿勢を作って両腕で顔をガードし“氷娘の拷問具(アイシクルフィントン)”を脱出したため腕に相当なダメージを負っているが、痛みはおくびにも出さない。

 “空帝の円盤音(エンパイアレコード)”の音による攻撃から正気に戻ったイカレリウスは追いすがってきたポカホンタスを視認し、二起脚の一発目を金の杖で受け、もう一発を右腕で受けた。

 ミシリ、と強打による衝撃が右腕を襲う。

 身体強化が間に合わなければ右腕が吹き飛んでいた。
 二起脚を受け、イカレリウスの身体がさらに空中へと浮き上がる。

 跳躍しているポカホンタスは、着地してから再攻撃に移る必要があった。だが、十二元素拳はそんな悠長で隙ができるような体術ではない。


――!!?


 イカレリウスはなぜかさらに近づいてくるポカホンタスに目を向け、心の中で舌打ちをした。

 ポカホンタスは空魔法中級“拡散空弾ショットエアバレット”を背中から爆発させるように射出。
 落下する身体を強引に引き上げ、ジェット機のように推進力を得た後、両腕をぐるんと回して身体を一回転させ捻り込むと、右足を大きく振り、ハンマーで叩きつけるような旋風脚を食らわせた。しかも、当たる瞬間に空気の振動を利用した、小さいビルぐらいなら木っ端微塵にできる空魔法中級“空烈衝撃ショックウェーブ”の追撃付きだ。

「波ッッ!!!!!」

 捕らえた、とポカホンタスは確かな手応えを感じ、そのまま右足を振り抜いた。

「ッ……!」

 長身のイカレリウスが青髪をなびかせる暇すらないスピードで砂の地面へと激突し、ボールのように三回跳ねながら吹き飛んだ。

 空中での追撃や、無理な体勢からの移動ができる十二元素拳は、やはり地球のカンフーとは似て非なるものであった。カンフーでは技のつながりを型のように練習することを『套路とうろ』と呼び、繰り返し練習することで技を昇華させる。
 十二元素拳も肉体の動きが効率的であり、内なる力を最大限発揮できるような形にはなっているが、魔法を織り込んだ套路になっているため地球上のカンフーとは動きがかなり違う。
 また、エリィの練習している「風」「土」「火」「水」の型は、十二元素拳のほんの入り口にすぎなかった。ただ、その四つを習得するだけでも体術ではほぼ負けなしになるレベルではあるが、彼女、いや、彼はまだその事実をポカホンタスから知らされていない。


 確実に相手を仕留めるため、ポカホンタスは容赦なく追撃を計る。


 身体強化“上の中”+“拡散空弾ショットエアバレット”のコンビネーション技で猛烈に前進した。

 旋風脚と“空烈衝撃ショックウェーブ”を受けたイカレリウスの右腕は使い物にならなくなり、あらぬ方向へ曲がっている。

 あの連撃を受けて右腕だけで済んでいるのは、超級で作った氷の双腕のおかげといえた。“絶対零度の双腕復体アブソリュート・ゲンガー”は使用者の意志で動かすことができ、魔法を撃つ指示も出せると同時に、腕の一本一本が意志を持っており、本体を守るために防御魔法をオートで行使する。味方であれば非常に優秀、敵であれば厄介といえる代物で、さすが超級魔法だ、と観客がいるならば拍手が巻き起こったに違いない。

 観客は夜空にきらめく星々のみ。
 かつて起こった様々な歴史的戦いを目にしてきたであろう彼らは、物言わず、静かに二人の魔法使いを見下ろしている。

「打ッッ!!!!!!」

 ポカホンタスの拳打が起き上がったイカレリウスに殺到する。
 豪腕の一発。身体強化なしの生身に当たれば一撃で身体が爆散する威力。

 それを氷の双腕が“氷結塊壁アイシクルブロック”で二重ガードする。
 イカレリウスは右腕に走る激痛をものともせず、身体強化を行い、ポカホンタスから距離と取ろうと後ろへ下がった。左手には杖をしっかりと握り、まだ目は死んでいない。

 片手の闘杖術でポカホンタスの多彩な攻撃を凌ぐことはできず、双腕の防御魔法を駆使しながら防戦一方になるイカレリウス。

 星々の下、拳打と蹴りが舞い、空中に氷が現れては粉々になり、ダイヤを散りばめたように氷粒が砂漠の大地を輝かせる。拳と魔法が交錯し、破壊音と衝撃が周囲の地形を変えていく。

 時間にすればほんの三分ほど。
 しかし技と魔法の応酬は数十撃にも及んだ。

 近接戦闘で、尚且つ片手が動かないイカレリウスに遅れを取るポカホンタスではない。徐々に均衡が崩れ、強烈な足払いがイカレリウスを捕らえて、完全に有利な体勢へと持ち込んだ。
 ここでポカホンタスは全体重を足へ乗せ、滑るようにして打ち出す右膝蹴りを、身体強化“上の中”+空魔法“拡散空弾ショットエアバレット”で放った。

「牙ッッ!!!!!」

 打ったあとは隙ができるポカホンタスの大技を、こともあろうかイカレリウスは防御魔法を使わずに氷の双腕で受け止めた。二人の身体がワイヤーアクションのように十五メートルほど地滑りし、砂漠の地面に軌跡が描かれる。
 双腕の破壊はポカホンタスも狙っていたことだったので、砂漠の賢者は意図を探ろうと、ぴくりと眉を動かした。

 案の定、双腕にはヒビが入り、数発の拳打で破壊されるであろうダメージを負った。
 氷の双腕がなくなればイカレリウスに勝機はない。

 が、青髪青髭の頬がこけた魔法使いは、にぃ、と口角を釣り上げた。

「“氷妃の拷問具(アイスフェンドネーゼ)”……」


――!!!!?


 ポカホンタスは突如として唱えられた氷魔法上級“氷妃の拷問具(アイスフェンドネーゼ)”に反応できない。
 何の溜めや詠唱もなく上位上級魔法を行使したイカレリウスに驚愕すると同時に、あの疑似アーティファクトらしき杖に魔法を仕込んでいたのであろう、という予想を瞬時に立てた。

 逡巡している間も事態は悪い方向へと進んでいく。

 足元が完全に氷漬けになり、地面から現れた氷樹が二本、ポカホンタスへと倒れるような格好で出現して両腕を氷漬けにして脱出を不可能にした。
 松の木折りといわれる拷問具を模した“氷妃の拷問具(アイスフェンドネーゼ)”。
 ハの字に出現した二本の氷樹が、ポカホンタスの両腕を外側へと引っ張り、腕を引きちぎろうと外へ向かう。最終的に氷樹はVの字になり、捕らえられた人間は引き裂かれるという陰惨な拘束系の魔法だ。
 マイナス七十度の氷が、みるみるうちにポカホンタスの両足両腕を真っ青に覆い尽くしていく。

「ぬう……」

 両腕に激痛が走る。
 凍傷と斥力によって体躯が悲鳴を上げ、思わず口から言葉が漏れた。
 青い氷が腕から肩へ、足から腹部へ、腹部から胸へ、と移動していく。

 それを見たイカレリウスは勝ち誇ったかのように顔面を引き攣らせて狂喜し、砂漠中に聞こえるのでは、と思わせるほどの大声で哄笑を始めた。

「はっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは! 無様だな! 全く無様だポカホンタス! これで長かった貴様との戦いも終わりだ! ようやく、ようやくだ!」

 そう叫ぶと、イカレリウスは“氷塊狙撃アイシクルスナイプ”を中空へと出現させ、高速回転した鋭い氷の先端をポカホンタスの鼻先へと移動させる。“氷妃の拷問具(アイスフェンドネーゼ)”に捕らわれているので放っておけば勝手に死ぬが、恐怖する相手の顔が見たかった。

「貴様の敗因はこの杖に仕込まれていた魔法を見抜けなかったことと、“絶対零度の双腕復体アブソリュート・ゲンガー”が使えぬことだ!」

 イカレリウスは勝利を確信している。
 “氷妃の拷問具(アイスフェンドネーゼ)”は上位上級魔法であり、身体強化“上の中”では抜け出せない。この魔法の極悪なところは激痛と冷凍によるコンビネーションで引き裂くような痛みを発生させ、身体強化や魔力を練ることをさせず、凍結が徐々に対象者を蝕んでいくという、名前にふさわしい効果があることだ。

 イカレリウスはポカホンタスがどんな顔をするか見たくてこの魔法を選び、一発だけ詠唱なしで魔法を行使できる疑似アーティファクトの杖に“氷妃の拷問具(アイスフェンドネーゼ)”を仕込んでおいた。

「複合魔法呪文は頂いていく! ついでに貴様の気に入っている金髪の小娘もな!」

 心底嬉しそうに口角を釣り上げ、ポカホンタスに向かって叩きつけるように宣言した。

「………」

 砂漠の賢者はとうとう無表情のまま何の感情も表に出さず、頭まで氷で覆われ、全身氷漬けになってしまった。いずれ“氷妃の拷問具(アイスフェンドネーゼ)”が身を引き裂くであろう。

 青髪青髭の魔法使いはゆっくりと杖を掲げ、振り下ろした。
 お遊びはここまでだ。長年の強敵であった男に引導を渡す。
 イカレリウスは己の半生をかけて探し回った憎き魔法使いを、最後に睨みつけた。

「死―――」

 死ね、と言おうとしたイカレリウスは最後まで言葉を紡ぐことができず、眼前で起きた事象に釘付けになり、思考が一瞬停止した。

 バガァン、という破壊音が砂漠にこだまし、全身すべて氷漬けのポカホンタスが右腕を突き出して掌打を放ち、“氷塊狙撃アイシクルスナイプ”を粉砕した。
 ただ単純に手を前へ出したようにしか見えない。
 なぜか右腕の氷がすっかり溶けていた。

「ば、馬鹿な…」

 イカレリウスは驚愕し、汚い物を排除するかのように睨みつけて、再び“氷塊狙撃アイシクルスナイプ”を二発同時発射した。

 バガン!
 バガァン! 

 すくい上げるような動きで右腕を上げて一発目を破壊し、左掌底を真横に振って二発目も破壊する。

「むんっ!」

 気合い入魂。ポカホンタスは全身に力を入れて己の肉体を覆い尽くしていた氷魔法上級“氷妃の拷問具(アイスフェンドネーゼ)”を破壊した。

 イカレリウスには理解不能であった。ポカホンタスが先ほどまでかけていた身体強化の強さは間違いなく“上の中”であったため、上位上級の氷魔法“氷妃の拷問具(アイスフェンドネーゼ)”を破壊できるはずがない。拘束の最中に身体強化を高めることは激痛から不可能と言える。

 だが、その不可能をポカホンタスは驚異的な精神力で可能にした。

 冷凍と斥力による激痛の中、魔力循環を通常通り行い、身体強化を瞬間的に“上の中”から“上の上”まで引き上げて“氷妃の拷問具(アイスフェンドネーゼ)”を強引に粉砕したのだ。

 一瞬だけ死を予感した際、ポカホンタスの心に去来したのは、ぷりんとした無数の可愛い尻だった。
 柔らかい尻、温かい尻、無邪気な尻、ハリのある尻。まだ見ぬ乙女の尻を思えば、こんな砂漠のど真ん中で無愛想な青髭の男に殺されるのはバカバカしいにもほどがある。尻がポカホンタスの精神を繋ぎ止め、百数十年の鍛錬の成果が激痛の中で身体強化を引き上げるという荒技を可能にした。
 尻への想いが上位上級魔法を凌駕した瞬間であった。

「貴様ぁ!!」

 そんな敵の胸の内などいざ知らず、イカレリウスが氷魔法中級“氷塊狙撃アイシクルスナイプ”を正面から二発放ち、後方には同レベルの“氷傷噛付アイシクルバイト”を出現させ、逃げ道を塞ぐ。彼は激昂しているが、冷静さは失っていない。

 このまま攻撃へ移ろうかと逡巡したものの、さすがのポカホンタスでもこれまで消費した魔力を考えれば、身体強化“上の上”の維持は魔力枯渇の危険がある。すぐさま“上の中”へと一段階下げて前進し、“氷塊狙撃アイシクルスナイプ”を破壊せずに手を軽く動かす最小の動作でいなし、イカレリウスの眼前まで飛び込んだ。

 そして、腰のひねりや振りかぶる動作のない、ただの拳打をイカレリウスに向かって放った。
 端から見れば、棒立ちのまま腕を突き出したように見える。

 イカレリウスは“拡散空弾ショットエアバレット”の補助もない拳打だったので、“氷結塊壁アイシクルブロック”を一枚だけ出現させてガードする。
 これを防いで反撃する。そうイカレリウスは思った。

「……ぐっ」

 結果、イカレリウスの腹部に深々と拳がめり込んだ。

 身体強化“上の中”の拳打で上位中級“氷結塊壁アイシクルブロック”を破壊すれば威力が激減されるはずであった。

 イカレリウスの身体が意図せずくの字に折れ曲がったところを見逃さず、ポカホンタスは身体強化“上の中”+“拡散空弾ショットエアバレット”で左腕を振りあげ追撃をかける。

 顔面めがけて掌打が繰り出されたため、氷の双腕がオートガードを発動。
 “氷結塊壁アイシクルブロック”が二重展開される。

「がっ……!」

 だが、掌打が二重防御を破壊し、かち上げるようにしてイカレリウスの顎にクリーンヒットした。
 二メートル近い体躯が強烈な掌打によってふわっと浮き上がる。

 視界が点滅する中、イカレリウスはなぜガードを破壊してこれほどの威力が出せるのか逡巡するが、原因がわからない。とにかく回避しなければ、と頭と全身が警鐘を鳴らし、肉体を動かそうと躍起になる。

「“氷十字架アイシクルーシファイ”…」

 攻撃を受けながらも、自身とポカホンタスの間に高さ二メートル氷の十字架を出現させた。あくまでもイカレリウスはポカホンタスをここで仕留めるつもりで、その意志は執念といってもよかった。

 あの攻撃はなんだ…?

 イカレリウスは飛びかけた意識の欠片をかき集め、経験や知識を総動員して原因を探ろうとする。

 ポカホンタスの今までの攻撃はすべて布石だ。
 イカレリウスに身体強化“上の中”+“拡散空弾ショットエアバレット”を見せ続けていたのも、これ以上の攻撃はないと思わせ、土壇場で秘中の秘である技を使って相手に深刻なダメージを与えるためだ。


 ポカホンタスが使った技は、魔力循環と魔力操作を極めし者のみが使うことのできる、十二元素拳奥義・『魔力内功』だった。


 通常、身体強化を行うまでの流れは、魔力を発生させる→魔力循環→魔力を集める→一カ所に留める→身体強化、という経過を辿る。
 魔力を持っていない地球人にどのくらい困難な作業か説明する場合、部屋にある加湿器から発生する霧を魔力と見立てるとわかりやすい。

 部屋に充満させた霧の一粒一粒が魔力であり、それを操作して循環させる。
 循環させた後、霧を一点に集中させれば身体強化が完成する。全身を強化する場合は、霧を結露するほど発生させ、すべてを操って部屋中の壁を霧で覆う。何十万という魔力の粒を己の意志で操作し、少しのブレも起こしてはいけないため習得が非常に難しい。

 だが十二元素拳奥義・『魔力内功』は大きく異なる。
 魔力を循環させず、爆発的に発生させて身体強化を行う。
 一気に魔力を発生させ、コンマ数ミリの狂いもなく指定の場所に魔力を押しとどめ、強引に身体強化をする、という方法だ。魔力が少しでも外に出ると霧散し、内側すぎて強化場所に届かないと身体強化がされない。

 スピード百五十キロのボールを投げて、それに追いつき、コンマ数ミリの狂いなく指定の場所でキャッチする。それぐらいの離れ技である。


 魔力内功で攻撃すると何が起きるのか――


「打ッッ!!!!!」


 “氷十字架アイシクルーシファイ”をさらりとかわし、『魔力内功』“上の中”+“拡散空弾ショットエアバレット”の一撃がイカレリウスのオートガード、二重展開された“氷結塊壁アイシクルブロック”を突き抜けて本体に突き刺さり、骨が砕ける鈍い音を響かせ、遙か後方へと吹き飛ばした。

「ぐがっ…」

 通常の身体強化より一・五倍ほどの威力を持った拳打が発生する。
 “上の中”の威力が一・五倍されれば、威力は絶大なものになり、パンチ一発でビルの一つは吹っ飛ばせる。しかも恐ろしいことに予備動作が不要という驚くべき技だ。まさに奥義といえる。

 とてつもない集中力を要するため、三撃しか放っていないポカホンタスの額からじっとりとした汗が吹き出てくる。

 ここで、ポカホンタスは気を抜いたりはしない。
 敵がどんな隠し玉を持っているかわからないため、油断せずに追い打ちを掛ける。

 イカレリウスは相当のダメージを負ったはずであったが、杖を地面について何とか体勢を立て直し、ポカホンタスを視界の端で捕らえる。ポケットから素早く魔力結晶を取り出して魔力を回復させると、気力を振り絞って詠唱を始めた。

「氷の涙はすべてを憎み、氷針の処女は表裏を一体とせん……」

 氷魔法上級の大魔法“氷姫の拷問具(アイシクルメイデン)”再度行使し、決着をつけようと試みるイカレリウス。

 魔力が少ない今、この魔法を撃たれたら危険だ。
 ポカホンタスはここが勝機と、くわっと目を見開いて、右足部分のみ身体強化を“上の上”まで引き上げ、得意の“拡散空弾ショットエアバレット”を最大出力にして地面を蹴った。
 大型地雷が爆発したかのように後方へ砂がまき散らされ、瞬時にイカレリウスへと肉薄した。プラスしてポカホンタスは次の魔法のために小声で詠唱を開始する。

「“氷姫の拷問(アイシクルメイ)”――」
「貫ッッ!!!!!」

 右手の指先を五本すべてくっつけ鳥のくちばしを模した形にし、ポカホンタスが右腕を振った。

 『魔力内功』“上の中”の攻撃がオートガードによって現れた“氷結塊壁アイシクルブロック”を粉々に破壊し、ポカホンタスの右手がイカレリウスの左耳に突き刺さる。さらには呟いていた詠唱を完成させ、右手を左耳にぴたりとつけたまま、一気に開放した。

「“空児の百鳴琴(トレーラーシャイン)”!」

 音を一点に集中させる空魔法上級・音魔法“空児の百鳴琴(トレーラーシャイン)”がイカレリウスの鼓膜を破壊し、三半規管を狂わせる。魔力内功と上位上級魔法を防ぐことができず、彼の耳からはどろりと血が流れ、完全な酩酊状態になってたたらを踏んだ。身体強化“上の中”以下であれば間違いなく死んでいた一撃だ。

 ポカホンタスは身体強化“上の中”を維持したまま右腕を大きく時計回りに回してイカレリウスの両足をすくい上げる。空中に投げ出され、身体が壊れた時計の針のように空中でぐるんぐるんと回った。その勢いで氷の双腕“絶対零度の双腕復体アブソリュート・ゲンガー”が粉々に砕け散った。
 さらにポカホンタスは腕を回して、何度も何度もイカレリウスの両足を弾いて回転スピードを上げた。

「ちぃとばかしキツイおしおきをしてやろうかのぅ」

 空中で磔になったかのようにイカレリウスが青髭を空圧で直角にさせながら、ルーレットみたいにぐるぐると回る。小橋川が見ていたら「イカレリウスルーレット、スタート!」と司会者のように手を上げて叫んだだろう。

 魔力内功による三半規管を狙った「貫」の一撃と空魔法上級・音魔法“空児の百鳴琴(トレーラーシャイン)”、そして空中でぶん回されているせいでイカレリウスは魔力が少しも練れず、意識を飛ばしかけた。視界が赤と青に点滅し、目の前で無数の円が描かれる。

「巧妙な手管によって隠蔽され…決したるは因果応報……座したるは名楽の楽士……」

 能を舞うかのような節をつけ、ポカホンタスが浪々と魔法を詠唱する。
 この戦いで一番の魔力が集約されていき、彼の周囲の砂が逃げるように跳ねる。

「いにしえから伝承される詩は誰がために唄われる……」

 詠唱の時間はおよそ五十秒。
 ほぼすべての魔力をつぎ込み、ポカホンタスはその魔法を完成させた。

空理空論強制異動ゴーン・ウィズ・ザ・ウインド!!」

 空魔法の超級“空理空論強制異動ゴーン・ウィズ・ザ・ウインド”が発動し、ルーレット状態のイカレリウスの背中に五十メートルほどの魔法陣が蜘蛛の巣のように張り付いた。次に彼の後方に三メートルの魔法陣が夜空にかかった橋のように、延々と星空の向こうへ伸びていく。

「おぬしの敗因は、おなごの尻を愛でぬことじゃ」

 イカレリウスは空中で未だに回され続けているため、ポカホンタスの声が聞こえない。
 彼が女性のどの部位に興味を抱いているのか? それは彼しか知らないことであり、そのような自身の趣味を赤裸々にポカホンタスへ語る日は来ないだろう。

 ボシュッ、と真空になった瓶の蓋を開けたときに発する音が鳴り、逆バンジージャンプの要領でイカレリウスが強烈な勢いで後方へ引っ張られ、数珠つなぎで繋がっている魔法陣を滑るようにして爆進した。

「おお~良く飛ぶのぉ~」

 ポカホンタスはロケットのごとく星空の彼方へと消えていくイカレリウスルーレットを研究員のように右手を眉毛の上に当てて眺め、しきりにうなずいた。

「ツギアッダドギハゼッダイニブッゴロズゥゥゥゥゥ――」

 飛んでいる途中で意識を取り戻したらしいイカレリウスが叫んで、声と共に星の彼方へとフェードアウトした。

 荒涼とした砂漠の大地に静寂が戻り、辺り一面にまき散らされた氷の残骸が月の光を浴びてきらきらと輝いている。

 空魔法超級“空理空論強制異動ゴーン・ウィズ・ザ・ウインド”は同じ超級魔法“空理空論召集令状(エアレター)”の逆バージョン。指定した相手を空の彼方まで吹き飛ばす魔法だ。

 “空理空論召集令状(エアレター)”はアリアナの鞭の先生役としてサキュバスを召喚した魔法であるが、この魔法、SFにあるような召喚魔法ではなく、対象者を強引に空圧で引っ張ってくるだけの魔法だ。通常、召喚魔法と呼ばれるものは、対象者を分子のように解体して出現場所で再構築するようなイメージであり、まさにファンタジー全開の魔法である。しかし“空理空論召集令状(エアレター)”はあくまでも空気や風を基本とした魔法なので、本当にただ引っ張るだけだ。

 では空魔法超級は大したことない魔法なのか、というとそれは大いに違う。“空理空論召集令状(エアレター)”の引っ張る力と距離は尋常ではなく、五千キロを十数分で移動させることができる。北海道から沖縄よりも離れた距離を、わずか十数分でだ。しかも対象者には空圧の保護がされ、ほとんどダメージを受けない。使える魔法使いは各国から引っ張りだこになるだろう。

 今回ポカホンタスが使用した空魔法超級“空理空論強制異動ゴーン・ウィズ・ザ・ウインド”は練り込んだ魔力の分だけイカレリウスを移動させる。方角は適当なので、行き着く先が、世界の果てか、暗黒の沼地か、漆黒の海か、飢餓の森林か、それは神のみぞしるところだ。


――ギャア、ギャア


 主を失った使い魔のコンゴウインコがふらふらと飛び立ち、ポカホンタスを見て恨めしそうに一鳴きすると、イカレリウスを追いかけて飛んでいく。魔力が枯渇寸前のため、追撃はせずに、ポカホンタスは赤い鳥を見つめた。

「美しい星空に赤い鳥。うむ、なかなかに風流じゃのう」

 気づけばボロボロになっていた服にはまるで頓着せず、彼はのんびりとした足取りで砂漠に転がっている馬車の残骸へと足を向けた。戦いの余波で二台乗り捨ててあった馬車の一台は木っ端微塵になっている。比較的無事な横倒しになっていたもう一台の馬車に歩み寄ると、ポカホンタスはがさごそと積み荷を漁り、お目当ての麻袋を発見した。

「ひいふうみい…三本は無事じゃな」

 そう言いながら嬉しそうに酒瓶を取り出し、コルク栓を抜こうとする。
 だが魔力枯渇寸前で力が上手く入らず、一度酒瓶を砂の上に置いて両手を開いて閉じ、コルク栓を握りなおした。
 キュポン、という小気味いい音と一緒に酒の匂いが鼻孔をくすぐる。
 満足げにうなずくと、ポカホンタスは静寂に包まれた星空の下、赤い鳥を眺めながら酒を飲んだ。

「さて。魔力もないし、わしゃのんびり弟子の帰りを待つとするかのぅ」

 よっこらしょ、と言いながらポカホンタスは酒瓶を片手に馬車の縁へと腰を掛け、のんびりと空を見上げた。

 空房の砂漠に濃紺の夜空が落ち、美しく星を輝かせる。
 どこか遠くでデザートコヨーテの遠吠えが聞こえると、周囲は静寂に包まれた。

 馬車の縁に腰を掛け、ちびりちびりと酒を飲む彼の姿は、どこにでもいるただの酒好きのじいさんにしか見えなかった。
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☆出てきた魔法まとめ☆

氷魔法中級
氷塊狙撃アイシクルスナイプ”(狙撃型)
氷結塊壁アイシクルブロック”(防御型)
氷傷噛付アイシクルバイト”(範囲指定型)
氷突剣山アイシクルスパイク”(広範囲型)
氷十字架アイシクルーシファイ”(拘束型)
氷魔法上級
氷姫の拷問具(アイシクルメイデン)”(広範囲殲滅型)
氷妃の拷問具(アイスフェンドネーゼ)”(拘束型)
氷娘の拷問具(アイシクルフィントン)”(範囲指定型)
氷魔法超級
絶対零度の双腕復体アブソリュート・ゲンガー”(分裂型)

炎魔法中級
天井爆発シーリングプロージョン”(広範囲型)

空魔法中級
拡散空弾ショットエアバレット”(砲撃型)
空烈衝撃ショックウェーブ”(近接型)
空魔法上級
空帝の円盤音(エンパイアレコード)”(広範囲殲滅型)
空児の百鳴琴(トレーラーシャイン)”(近接型)
空魔法超級
空理空論強制異動ゴーン・ウィズ・ザ・ウインド”(移動型)


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本編後に空気変わるキャラ出てくるとと読みづらいなーというメッセやコメを複数頂いたので、本編後・おたのしみコーナーは活動報告に移動しました。
気が向いたときに息抜きでちょこちょこ書こうと思っております。

ご要望があればぜひメッセください~。

やはり、簡単に修正できるのは「なろう」ならではですね。
すばらっ!
これからもご意見ご感想お待ちしております!
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