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エリィ・ゴールデン ~ブスでデブでもイケメンエリート~ 作者:四葉夕卜/よだ

第三章 砂漠の国でブートキャンプ

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第27話 砂漠の賢者と南の魔導士・前編

長いので前編後編の二回に分けました。
また、前話のイカレリウス登場シーンを少し改変しております。
更新してすぐ呼んで頂いた方、申し訳ありません。
話の筋は一切変わっておりませんのでよろしくお願い致します。

後編は明日のお昼頃にアップします。
一気読みしたい方はお待ち下さい!

「むっ!」


 ポカホンタスは咄嗟に飛び出して右手を開いて上空へと突き出した。
 休憩中の簡易テーブルに飛び乗ったせいで食べかけの食事が砂まみれになり、エリィやアリアナ、メンバーが批難めいた目を向けようとしたところ、全員瞬時に息を飲んだ。

 二階建てほどある円錐状の氷塊が、目に見えぬほどの勢いで回転しながら落ちてきた。銃弾レベルの初速で飛んできた氷塊は、クラッカーのような形をしており、鋭い先端が明らかな殺意をもって殺到した。

 ポカホンタスは瞬時にその魔法が、氷魔法中級“氷塊狙撃アイシクルスナイプ”と判断し、全身に“上の中”の強化をかけ、受け止めた。瞬間、飛び乗った簡易テーブルが音を立てて壊れ、彼の体が十メートルほど地滑りする。

 ガガガガガ、という耳障りな音と、ギィィィィィン、という鉄板を電ノコで削るような音が響き、氷塊がポカホンタスの右手を貫こうとする。みるみるうちに身体強化した右手との摩擦で“氷塊狙撃アイシクルスナイプ”が溶けていき、四分の一が蒸発すると、回転が止まった。

「むん」

 ポカホンタスが気合いを入れて右手を握り込むと、“氷塊狙撃アイシクルスナイプ”が粉々に砕け散った。

「一体なんなのっ?!」

 エリィが可愛らしい声を上げ、金髪のツインテールをなびかせながらすぐさま戦闘態勢を取る。

 弟子の何事にも怖がらない胆力に、ポカホンタスは師として満足感を憶えたが、ここであれこれと指導をしている時間はない。予想通りであれば最悪の敵だ。そしてその予想は外れないだろう。魔法の練度、正確さ、強さ、すべてを鑑みるに、相手は間違いなく“あやつ”だ、とポカホンタスは心の中で独りごちる。そして上空にいる人物を視認し、思わず舌打ちしたい気分になった。

「馬車を引いてここから離れるんじゃ!」

 ついぞ聞いたことのないような大声で、ポカホンタスが調査団へ指示を飛ばした。

「ポカじいどういうこと!?」
「あの男、イカレリウスじゃ」

 ポカホンタスのまさかのつぶやきに驚き、エリィが再度疑問を投げようとしたときだった。
 上空から男がゆっくりと近づいてきた。

 ローブ姿の男は異様な殺気を放っており、見た瞬間に冒険者とジェラの兵士達を萎縮させるほどだった。肩にコンゴウインコのような赤い鳥を乗せ、真っ青な長髪を腰まで伸ばし、口ひげが胸のあたりまで伸びている。二メートルはある金色の杖を片手で持っており、顔には頑固そうな鷲鼻が存分に存在感を主張し、怜悧さを伺わせる切れ長の双眸が憎悪を渦巻かせながらポカホンタスへと向けられていた。精緻な金の刺繍が施された紺色のローブは、子どもが見ても高価でありおそろしく貴重な物だと思わせる。

 青髪、青髭の男は五十代前半に見えるが、頬がこけていることと眼光があまりに鋭いせいで、もう少し歳を食っているように見えた。しかし二メートル近い身長のせいで威厳はまったく衰えず、無邪気な町人が見たら、泣きながら逃げ出すほどの恐怖と戦慄をその身に纏わせていた。
 青髭の男はふわりと砂漠に降り立つと、おもむろに杖を掲げ、静かにつぶやいた。

「“絶対零度の双腕復体アブソリュート・ゲンガー”……」

 ありえないほどの魔力の波動が周囲に放たれる。突如として男の背中には直径十メートルほどの幾何学模様をした魔法陣が二つ対になって出現し、背中の中心付近へと収束していく。
 すると、氷が砕ける音が甲高く響き、巨大な昆虫が紛れ込んだのかと疑うほど背中が蠢くと、男のローブを突き破って氷で作られた二本の腕が出現し、だらりと垂れた。
 氷の双腕は、太く、いかつく、青髪の男よりも一・五倍ほど長い。

「超級……魔法っ?!」

 ジェラ一の冒険者アグナスが恐怖に顔を引き攣らせ、一歩後ずさった。

 青髭の男は“氷塊狙撃アイシクルスナイプ”を放った後、すぐさま超級の詠唱を開始し、降り立つと同時に発動させたようだった。

 超級魔法。世界でも使用できる魔法使いは二人しか確認されておらず、詠唱時間は一時間前後、というのが常識であった。いや、そもそも超級魔法事態が非常識な存在だ。白魔法の超級“神秘の光”は過去、死者を蘇らすことにも成功した例があり、炎魔法の超級“ボルケーノ”は火山が噴火したほどの火力で周囲を燃やし尽くし、氷魔法の超級“アブソリュートデュオ”は周囲の気温を絶対零度まで引き下げる。
 もはや超級魔法には魔法の域を超えた、いうならば“天災”や“超常現象”といったレベルの破壊力や効果があった。

 青髭の男が発動させた“絶対零度の双腕復体アブソリュート・ゲンガー”が異様な雰囲気を発していることは無理からぬことだ。

 アグナスは今までの経験から、超級魔法をわずか一分足らずで唱えたことへの畏怖と、にわかには信じがたい現実に直面し、普段の彼ならば絶対にしないような行動、一歩下がる、という行為に及んだ。しかも魔法の効力が不明だ。“アブソリュート”という言葉と、桁違いの魔力で超級と判断したものの、氷の腕が肩から生えてくる魔法など今まで聞いたことがない。
 それでもエリィとアリアナを守るように、二人の前へ移動したことは、さすが凄腕A級冒険者といえる。

 男が、にぃ、と口角を上げて笑うと、不気味さが増して敵意がむき出しになり、見た者に絶望が伝播した。

「ようやく貴様のねぐらを見つけたぞ…」

 そう囁くように声を出すと、男はゆらりと一歩近づいた。
 肩にとまっているコンゴウインコに似た赤い鳥が、ぎゃあと一鳴きし、青髪の魔法使いは可笑しくてたまらない、といった表情で頬をひくつかせながら金色の杖を砂の地面へと突き刺した。

「ポカホンタス……!」

 探し続けていた親の仇をようやく見つけたかのように、狂気の笑みを浮かべ、男は杖をポカホンタスへと傾けた。

「貴様を殺し、小汚い貴様の家の結界を破壊する」

 その言葉にこの場にいた百名近い人間が息を飲んだ。
 ポカホンタス、という伝説上の魔法使いの言葉を聞いて体が固まり、エリィの師匠であるスケベじじいがそれにあたるなど、すぐに納得ができない。さらに、目の前でアグナスが顔を青くし、超級魔法とつぶやいたことが全員の思考を止めた。

 だが当の本人であるポカホンタスは涼しげな顔で、幾分か険のある声色を作って異常な魔法使いに向かって声をかけた。

「おぬしは本当にいつも間が悪いのぅ、イカレリウス」
「………?」
「イカレリウス…?」

 アリアナとアグナスが現実に起きていることが理解できずに思わず疑問の声を上げる。
 周囲の面々も、またしても口にされた伝説上の魔法使いの『南の魔導士イカレリウス』の名前を聞き、もはや意味がわからない、といった呆けた顔になった。

 ポカホンタスの言葉に、イカレリウスと言われた青髪の魔法使いは、機嫌の良さそうだった顔を嫌悪で満たした。

「ほざけじじい。こそこそと隠れ、俺を恐れていたのだろう」
「おぬし、面倒くさいからのう」

 まるで近所に住む面倒くさい知人へ小言をいうように返答をしつつ、ポカホンタスは抜け目なく木魔法中級“豹の眼(レパードアイ)”を無詠唱で唱え、己の動体視力を上げる。

 エリィ、アリアナ、アグナス、その他の冒険者は「イカレリウス」という言葉を状況からようやく己に納得させたが、超級魔法によって出現した双腕に釘づけになった。存在しているだけで胸の内をかき混ぜられるような、不快な波動を感じる。

「ポカホンタス……イカレリウス……」

 メンバーの中で唯一正気を保っているアグナス、エリィ、アリアナがポカホンタスへ目を向ける。しかし彼らの表情には余裕がない。声を上げたアグナスは、自分の声が若干震えていることにも気づいていない。

「貴様の仲間か…」

 イカレリウス、と呼ばれた青髭の男はつまらなそうに一瞥すると、エリィとアリアナに向かって杖を振りあげる。
 氷魔法中級“氷塊狙撃アイシクルスナイプ”が高速回転をしつつ中空へ出現し、発射された。

「――ッ!!」
「……?!」

 出現スピードがあまりに早すぎ、氷弾を目で追い切れない。
 追加して、これほどの威力の魔法を、殺意を持って撃たれたことがなく、二人は身を強ばらせた。

 それを見逃すポカホンタスではない。
 靴底に力を込めて飛び出すと、疾風のように二人の前へ飛び込み、勢いのまま右足の蹴りで“氷塊狙撃アイシクルスナイプ”を破壊し、反動を利用して宙返りで着地する。
 砂漠にまったく似つかわしくない氷の粒が、バラバラと砂の上へと落ちていく。

「余程大切なようだな」

 酷薄な笑みを浮かべると、イカレリウスは杖を振りあげ、氷魔法中級“氷塊狙撃アイシクルスナイプ”“氷傷噛付アイシクルバイト”“氷突剣山アイシクルスパイク”をエリィ達、馬車を守る兵士達、その後方にいる冒険者達へ向かって、同時に行使した。

 エリィ、アリアナ、アグナスに一軒家二階建てほどある円錐状の“氷塊狙撃アイシクルスナイプ”が迫り、兵士達の足元に直径二十メートルほどの鮫の口を模した“氷傷噛付アイシクルバイト”が出現し、千を超えるアイスピックのような氷のつららをつけた三十メートル四方の氷状の天井“氷突剣山アイシクルスパイク”がグループごとに分かれていた冒険者の上空に現れる。

 命の危険を感じ、調査団はすぐさま迎撃しようと杖を引き抜く。
 だが、遅い。
 いや、イカレリウスの魔法の発動が速すぎるのだ。

 調査団の中でかろうじて反応できたのはアグナスと、伝説の魔法使いであるポカホンタスと普段から行動を共にし、敵の強大さを把握できたエリィ、アリアナだ。

「フレアキャノン!」
落雷サンダーボルト!!」
重力弾グラビティバレット

 アグナスの放った炎魔法中級、基礎魔法“フレアキャノン”が“氷塊狙撃アイシクルスナイプ”と豪快に衝突し、エリィの“落雷サンダーボルト”が空中できらめいて氷塊にさらなる追い打ちをかけ、アリアナの黒魔法下級“重力弾グラビティバレット”が失速して小さくなった氷を粉々に破壊する。

 ポカホンタスはイカレリウスが魔法を唱えてすぐに、今にも凶悪な氷の牙を閉じようとしている“氷傷噛付アイシクルバイト”に突進し「炎」の型にある掌打でこれを全力で破壊。さらに、身体強化をしつつ魔法を発動させるという人間離れした技で、上空に出現した“氷突剣山アイシクルスパイク”に向かって炎魔法を行使する。

「“天井爆発シーリングプロージョン”」

 上位中級に限界近くまで魔力を練り込んだ、強烈な爆発魔法が上空三十メートル四方に展開される。耳をつんざく破裂音と共に、氷が爆発四散して地面へと落ち、氷粒がキラキラと周囲に散った。

 馬車を引いていたウマラクダが突然の爆発音にいななき、辺りは一気に騒然とした空気になった。

「落雷魔法だと……!?」

 イカレリウスは自身の魔法が相殺されたことには驚かず、落雷魔法が行使されたことに心底驚愕し、怜悧な目でエリィを刺すように見つめる。そして、間髪入れずに哄笑を始めた。

「はっはっはっはっはっはっはっはっ! そういうことか! そういうことなのか、ポカホンタス! 予定は変更だ! 貴様を殺し、その娘は頂いていく!」
「エリィ、アリアナ、あのバカはわしがヤる。おぬし達は動かせる馬車を移動させ、一刻も早く魔改造施設へいけい」
「ふん、そう簡単に――」

 可愛らしい弟子二人を一瞥すると、ポカホンタスはゆらりと一歩右足を踏み出し、エリィ達の前から姿を消した。


―――!!!?


 身体強化“上の中”で地面を蹴ると同時に、空魔法中級“拡散空弾ショットエアバレット”を足の裏から発動させた。
 砂を盛大に後方へ吹き飛ばしつつポカホンタスがジェット機のような急発進でイカレリウスの眼前に突如として現れ、精練された拳打を放った。

「打ッッ!!!!」

 スケベなじいさんが放てるとは思えないミサイル級の拳打。
 イカレリウスは氷魔法中級、防御特化魔法“氷結塊壁アイシクルブロック”を己の腹部付近に“二重で”展開し、拳を躱そうと後方へ跳ぶ。

―――ガッ!!!

 ポカホンタスの拳が二重展開された“氷結塊壁アイシクルブロック”を突き抜け、イカレリウスの腹部を殴打し、遙か後方へと吹っ飛ばした。

「………はっ??」
「な、何が起きた……?!」
「わからない……」
「あのじいさんが…砂漠の賢者っ…?!」

 後方へすっ飛んだイカレリウスと、拳を突きだして残心を取っているポカホンタスを交互に見やり、一同は驚嘆の声を上げる。

「一刻もこの場から離れるんじゃ! 巻き添えを食うぞぃ!」

 アグナスはポカホンタスの言葉を聞いて弾かれたように動き出した。

「全員撤退! 後方へと向かえ! 怪我人を馬車に入れ、身体強化が得意な者は馬車ウマラクダを庇いながら馬車を引けっ!」

 赤い長髪をふりみだし、アグナスは必死に指示を出した。あの攻撃でイカレリウスが死んだとは到底思えない。ポカホンタスが砂漠の賢者であることは、身体強化と魔法を同時行使するというおおよそ人間技ではない一撃で確実と判断した。ここは彼の指示に従うことが最善だろう。

 アグナスの指示で、混乱せず迅速に各員が撤退を開始する。
 続いてアグナスのパーティーメンバー、クリムト、トマホーク、ドンも的確な指示を出し始め、放心していたジャンジャン、近くにいたバーバラ、女盗賊、女戦士も急いで撤退を始めた。

 イカレリウスと呼ばれた魔法使いに戦いを挑もうと思う冒険者、兵士は一人もいなかった。あの異常なまでの魔力の波動を身に受け、己の身の丈を超えた敵だとすぐに認識する。負ける戦いはしない、というのは冒険者の心得のひとつでもあった。命は等しく一つしか人間に与えられていない、という当たり前のことを冒険者と兵士は死に近い家業と生業としているので明確に理解していた。
 あの相手にマグレは絶対にない。全員で向かっていけば死者が出ることは必至だ。
 だが、あり得ない声が、ポカホンタスの近くで上がった。

「私は戦うわ!」

 エリィが気丈に声を上げてポカホンタスの横に並ぶ。続いてアリアナも尻尾を逆立たせながらエリィの隣にやってきた。
 この調査団のマスコット的存在であり、攻守の要である中心人物の二人が健気にも戦う意志を示したので全員が手を止め、どこまでも純粋で真っ直ぐな少女二人に感銘を受けた。だが直後にその思いは消えた。

 ここで二人を死なせる訳にはいかない。
 誰しもが思った。

 そういった全員分の思いを受け取ったポカホンタスが、うむ、とうなずき、続いて首を横に振った。

「おぬしらでは相手にならん。足手まといじゃ」
「なっ……」
「む……」

 初めて師匠から辛辣な言葉をぶつけられ、二人はショックを受ける。
 しかし、続く言葉を聞いてそれが師匠の愛だと理解した。

「“絶対零度の双腕復体アブソリュート・ゲンガー”という魔法…あれは過去の文献でしか見たことがない、超級の分裂魔法じゃ」
「分裂?」
「氷の腕、一本一本に己の意志が宿る。すなわち、あの腕が一人の魔法使いとなるため、魔法を同時に三発行使することが可能じゃ。よもやあやつが習得しているとは思わなんだが…」
「同時に三発……っ!?」
「おぬしらを庇いながらの戦闘は無理じゃ。早々に魔改造施設へゆけい。馬車を破壊されては子ども達を助け出すことはおろか、帰路にも支障が出る」

 そうこうしているうちに百メートルほど吹っ飛んだイカレリウスが起き上がった。

 ひぃ、という声が兵士と冒険者から上がり、全員逃げるように後方へと駆ける。馬車は“氷傷噛付アイシクルバイト”の余波で二台、車輪が氷づけで動かなくなっていた。アグナスは廃棄することを即断し、急ぐように叱咤する。
ウマラクダがイカレリウスから離れようと必死になって暴れ回るため、乗馬のうまい連中が飛び乗って馬車のスピードを上げる。

 ポカホンタス、エリィ、アリアナと、調査団の距離は三十メートル弱広がった。

 イカレリウスはポカホンタスに殴られた為、怒りのあまり大音声で叫び、身体強化を使って死神のように突進してくる。

「貴様ら全員氷漬けにしてくれる!」

 イカレリウスに先ほどの拳打はほとんど効いていなかった。
 身体強化“上の中”+上位中級“拡散空弾ショットエアバレット”の拳打は、氷の双腕によって二重展開された上位中級“氷結塊壁アイシクルブロック”で威力を殺され、腹部へ到達した際、イカレリウス本体が展開した身体強化で防がれた。イカレリウスが吹っ飛んだのは、自らが後方へ跳んだことと、思いのほか勢いを失わなかった拳打のためだ。

 紺地に金の刺繍がされたローブをはためかせ、イカレリウスは詠唱を始める。

「氷の涙はすべてを憎み、氷針の処女は表裏を一体とせん……」
「いかんっ!」

 ポカホンタスは即座に身体強化“上の下”のパワーでエリィとアリアナの襟首をつかんで後方へ放り投げた。
 可愛そうであったが、そうするよりほかない。
 二人は豪快に三十メートルほど空中を飛び、急に自分の見ていた景色が変わったことに驚いた。

「死ね………“氷姫の拷問具(アイシクルメイデン)”」

 ゴギャギャギャッ、という水が一瞬で氷づけになる不気味な音が響き、鋼鉄の処女と呼ばれる拷問器具、アイアンメイデンを模した氷魔法上級が砂漠の大地に出現した。

 そのサイズは縦横約百メートル。

 分厚い本を開いたような形をした氷の拷問具は、内側の壁面に無数のトゲを有し、一本が十メートルほどの長さで隙間なく埋められている。しかも凶悪なことに、マイナス七十度まで冷却されており、魔力の冷気によって触れた者を瞬間的に氷づけにさせる効果があった。

 “氷姫の拷問具(アイシクルメイデン)”が思いの外、速いスピードで閉じ始める。
 上位上級でも最高峰の難易度と威力を誇る氷魔法が調査団へと牙をむいた。

 このまま閉じれば調査団は丸呑みにされる。そう瞬時に判断したポカホンタスは“氷姫の拷問具(アイシクルメイデン)”の奥へと疾走し、開閉の付け根にある左右の間隔が狭まった場所で、トゲを掴んだ。

「ぬう……っ」

 ポカホンタスが身を挺して“氷姫の拷問具(アイシクルメイデン)”を止めた。
 約百メートルある巨大な氷の拷問具をスケベなじいさんが受け止めている姿は、サイズが見合っておらず、ただのジョークにしか見えない。両腕が冷気によって浸食され、氷が腕を覆っていく。

「きゃっ!」
「ん……!」

 その後方で、ポカホンタスに投げられたエリィとアリアナが、アグナスの両腕にキャッチされた。
 アグナスは数分間のみ使える自身最高威力の身体強化“上の中”をかけ、その場から即座に離脱し、見上げなければ全貌を把握できない“氷姫の拷問具(アイシクルメイデン)”の効果範囲から抜け出すことに成功した。他の優秀な冒険者メンバーも己にかけられる限界の身体強化を利用してランクの低い者を戦線離脱させ、ウマラクダごと馬車を担ぎ上げて高速移動し、調査団を拷問具の効果範囲から脱出しようと試みる。

「ポカじい!」

 エリィがアグナスに抱えられながら叫んだ。
 百メートル後方にいるポカホンタスの両腕が氷づけになっているように見えたため、心配のあまり手を伸ばす。

「エリィちゃん、いくぞ!」
「ポカじいが!」
「我々がいては足手まといだ! 自分の師匠を信じるんだ、エリィちゃん!」
「でもっ……」

 大きな垂れ目を悔しそうに閉じた。
 アグナスはそれを確認して二人を下ろし、すぐに指示を出す。

「できる限り離れろ! 巻き込まれたら命はないっ! 走れ! 走れっ!」
「エリィ…」

 アリアナがつぶらな瞳でエリィを見上げ、裾を引いて離れるように促す。彼女はポカじいを信じよう、と己のやるべき事へと目を向けた。そんな狐人の親友を見てエリィも納得し、走り出した。
 が、中身の小橋川は見た目の可愛らしさほど素直な性格をしていなかった。
 即座に限界まで魔力を練ると、振り返って、ピッと一点を指さした。

電衝撃インパルス!!」

 空気の摩擦によって発生する雷音を掻き鳴らし、“電衝撃インパルス”が“氷姫の拷問具(アイシクルメイデン)”の上空へと雷鳴を起こしながら突き進む。

 小橋川はイカレリウスの言動からポカホンタスに並々ならぬ感情を抱いていることを推察し、仇敵が自分の魔法でどれほどダメージを負っているのか確認しにくるだろうと予想した。放火犯が必ず燃えた家を確認しにくる心理と同じだ。さらに、イカレリウスは現れた際、わざわざ浮遊魔法で登場した。おそらく今回も“氷姫の拷問具(アイシクルメイデン)”を回り込むのではなく、浮遊魔法で跳び越えて見下ろすのでは、と推測して“電衝撃インパルス”を上空へと放った。


――バリィィッ!


 百数十メートル離れているここにまで聞こえる大きな雷音が轟き、見事に小橋川の予想通り“電衝撃インパルス”がイカレリウスに命中した。
距離があるため威力は落ちているが、足止め程度にはなるだろう。

 小指の先ほどに見えるイカレリウスが“氷姫の拷問具(アイシクルメイデン)”の内側へとゆっくり落ちていくと同時に、強烈な空気の振動が起きて、百メートル級の氷が粉々に砕け散った。
 どうやらポカホンタスが“氷姫の拷問具(アイシクルメイデン)”を空魔法で破壊したようだ。

「うふふっ」

 小橋川としては「見たかっ」と言って、ニヤリと不敵に笑ったつもりだった。
しかし、エリィの口から出た言葉は「うふふ」で、表情はお嬢様が「いたずらしちゃダメでしょ」と子どもを叱るような優しげなものだった。

「エリィちゃん…」

 アグナスがまたしても落雷魔法を使ったエリィに何かを言いたげに名前をつぶやくが、アリアナが裾を引いてきたので、この場は退却が優先だと自分に言い聞かせて前を向く。

 一方、“氷姫の拷問具(アイシクルメイデン)”を破壊したポカホンタスはすぐさま白魔法下級“再生の光”で、凍傷になりかけていた両腕を回復させる。エリィの援護射撃がイカレリウスに直撃していなければ、“氷姫の拷問具(アイシクルメイデン)”を破壊した瞬間に攻撃を受けていただろう。

 ポカホンタスは「本当にいい尻をしておるおなごじゃのぅ」と心の中でつぶやき、前方でむくりと起き上がったイカレリウスに目を向け、ちらりと後方を確認する。身体強化した視力で、全員が無事撤退できたことを確認し、また前へと向き直った。
 後顧の憂いはこれでなくなった。

「使い魔はもう使えんのう」

 威力が下がった“電衝撃インパルス”によるダメージは身体強化をしていたイカレリウスになかったようだが、使い魔のコンゴウインコに似た怪鳥は痺れて動けなくなっている。

「さて、なぜおぬしが氷魔法しか使わないのか、というなぞなぞの答えを教えてやるわい。“浮遊レビテーション”はその使い魔が行使しておった。なぜなら、おぬしはその杖のせいで氷魔法しか使えぬから。どうじゃ?」
「……じじい」
「その金の杖、疑似アーティファクトじゃな。おおかた、ドルフの連中にでも作らせたんじゃろうて。己の氷魔法への適性を上げると同時に、他種類の魔法が使えなくなる。ま、そんなところじゃろ」
「…その汚い口を今すぐ塞いでやる」
「ほっほっほっほっ」

 イカレリウスが氷の双腕を広げ、本体の両腕が二メートルの金の杖を掲げる。

 それを受け、ポカホンタスはゆったりとした、大空を舞う鷹のような悠然とした動作で、左手を手刀の形にして前へ上げ、右拳を腰だめにぴたりと付け、両足を軽く開いた。この戦いで初めて構えを取ったポカホンタスの空気が変わり、砂がそよ風を受けたかのように、彼を中心として外側へさらさらと流れる。


 伝説として語られている二人の魔法使いが、眼光鋭く、無言のまま対峙した。


 超高速の魔力循環から尋常でない魔力の集約が行われ、重圧が周囲へと伝わり、遠巻きに様子を見つつ血肉のおこぼれを頂戴しようとしていたデザートコヨーテが野生の勘を働かせ、背を向けて逃げ出した。

 見上げれば美しい月が輝き、濃紺に塗りつぶされた夜空に浮かぶ星々は、伝説級魔法使いの戦いを静かに見下ろしていた。
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