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エリィ・ゴールデン ~ブスでデブでもイケメンエリート~ 作者:四葉夕卜/よだ

第三章 砂漠の国でブートキャンプ

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第24話 イケメン砂漠の誘拐調査団・出発

お待たせ致しました。
皆さんが心配してくれたにもかかわらず、風邪引いてしまいましたYO…。
許してチョンマゲ。チョンマゲの先っちょパイナポー。
皆さんも風邪にはご注意を・・・・!

ということで、前回の夢を見たところからの続きです!
 明晰夢というものは夢の中で思いのままに行動できる、って話をうんちく博士の田中から聞いたような気がする。だがこの場合は少し違うみたいだ。

 俺の身体は映画で見た霊体のように透明になってその辺を浮いていて、煙のようにゆらゆら浮遊しながら、エリィと孤児院の子ども達を見ていた。声を出しても誰にも届かないし、動こうとしても自由に移動できない。透けた腕が振り回されるだけだ。

 夢のせいなのか、男の体になっている。
 この感覚、まじで忘れかけてた…。

 透けているとしても、動かないとしても、やっぱ自分の体が一番いい。筋肉質な腕、バランスのいい足、男らしい手。こっちの世界に来る直前の自分の体と一緒だ。夢から覚めたらまたエリィの体に戻るんだろうけど、今はこの感覚が懐かしい…。

「今日はこのご本を読みましょうね」

 しゃべった!
 エリィがしゃべった!

 いつもの自分の声だから、なんかすげえ不思議な感覚になる。
 っておい。自分じゃないのにエリィを見て自分って…完全にエリィと同化してきてる気がするぞ。

 優しげな声でエリィが本の表紙をみんなに見えるように胸の前へ掲げる。太い腕、座っているのも辛そうなほどに盛り上がった太ももの脂肪、顔は贅肉で今の倍ぐらいの大きさだ。それでも健気に子ども達へ笑いかけ、優しげな瞳を全員に向けている。

 太っていた頃のエリィの姿も懐かしいな。
 やっぱり改めて見るとすげえ太い。この姿を見て、今のエリィと同一人物って、誰も思わないだろ。いやまじで街頭アンケートしたら、百人中百人がびっくり仰天して、レポーターに「嘘ですよね」と聞くだろうな。

 それにしても子どもはかわいいな。
 みんないい返事をして、エリィの周りに集合している。

 あ、ひょっとして…これってエリィの記憶じゃねえか?
 孤児院で朗読の手伝いをしていたときの実体験で、身体が同化した俺がエリィの記憶を覗いている。なんか妙にリアルで鮮明だから、そう考えると得心がいくな。

 頑張って子どもを座らせているエリィを見ていると、胸の奥から感情が込み上げてくる。
 この頃のエリィは昼休みにクリフと会うことだけを楽しみにし、あとの時間はリッキー家のボブとスカーレット達にこっぴどいイジメを受けていたはずだ。それを考えると…あれ、おかしいな……鼻の奥がツンとして目から熱い何かが…。
 いや、俺は泣いてないよ。こんなことで、この天才イケメン営業が泣くわけないだろ。

「大冒険者ユキムラ・セキノのお話です」
「そんな本なんて読んでも聞かねえよ~デ~~ブ」
「でぶエリィはでーぶでーぶ」

 見るからにやんちゃで、ウマラクダのようにすきっ歯な男の子と、これまた言うことを聞かなそうな黒髪でそばかす顔の男の子が、ゲラゲラと笑いながら音をまき散らして部屋を走り出した。見た目からして八歳から十歳、といったところか。

「やめなよライール」
「ヨシマサ、また院長に怒られるよ」
「エリィお姉ちゃんにデブって言っちゃいけないって院長が言ってたよ」
「女の子にデブっていうのはひどいんだよ」

 円を描くようにエリィの前に集まっていた子ども達から批難の声が上がる。ざっと数えて十五人いるな。皆、質素な上下を着ており、半分が人族、半分が獣人、男女比もちょうど半分といった案配で、年齢は五歳から十歳ぐらいだ。

 場所は談話室のような場所だろうか。レンガ作りの暖炉があり、ところどころ破れている古ぼけた大きな絨毯が敷かれ、汚さないように入り口で靴を脱ぐ決まりになっているらしい。部屋は学校の教室、半分ほどの広さで、入り口から左手の壁際には手作りの本棚があり、寄進されたであろう子ども向けから学術書まで、何の脈絡もない種類の本がぎっしり詰め込まれている。

「エリィお姉ちゃん。院長呼んでこようか?」

 利発そうな目をした犬獣人の女の子が怒った顔で立ち上がった。
 あどけない顔には小ぶりな鼻と大きな口がついていて、柔らかそうな茶色の耳が頬のあたりまで垂れており、優しげな印象を与える。是非とも耳を持ち上げて上下に揺らしてもふもふしたい。

「ううん、呼んでこなくていいわ。ありがとうマギー」
「せっかくエリィお姉ちゃんが来てくれたのに、デブだなんてひどいよ…」
「いいのよ………こら二人とも! 静かにしなさいっ」
「やーだーよ~」
「でーぶの言うことはきーかーなーいー」

 エリィに叱られてドタバタに拍車がかかる悪ガキの二人。
 手に持った棒きれでチャンバラを始め、朗読会を妨害するためなのか、わざと奇声を上げている。

 よし、今すぐクソガキの頭をぶん殴ろう。
 エリィにデブデブ言いすぎだ。

 それに引き替え、利発そうなマギーっていう犬獣人の女の子はええ子や。お兄さんが欲しい物をなんでも買ってやろう。うんうん。

「ライールとヨシマサは大冒険者のお話が好きでしょう?」
「好きだけど嫌い~」
「俺も~」

 エリィの優しい問いかけに、悪ガキ二人はあえてつっけんどんな答え方をし、否定的な声を上げる。

「聞かなくてもいいから静かにしていてちょうだいね。みんな朗読が聞こえなくなっちゃうのよ」
「やーだよーん」
「やだやだー」

 そう言って悪ガキ二人はまたぎゃーぎゃー騒ぎ出し、ドタバタと部屋を走り回ってチャンバラで斬り合い「うおー」とか「ぎゃああああ」と悲鳴を上げてふざけ合う。しまいにはエリィの前にできている輪の中に入って腰をくねくねさせる意味不明な踊りをはじめた。

 見るに見かねた犬獣人の女の子マギーが、立ち上がって「もう! いい加減にしてよ!」と一喝したが、悪ガキに効いた様子はなく、さらに棒きれを振り回した。

「シールド騎士団の魔法を受けてみよ!」
「われは大冒険者ユキムラ・セキノ!」
「とりゃあ!」
「おりゃあああ!」

 魔法もヘチマもなく、ただ棒きれをぶん回しているだけなんだけどな、そんなに振り回したら絶対に――

 バチン
 ベチン

 あ……。ほらいわんこっちゃない。

「う……うわああああああああん!」
「い………いだあああい!」

 年少の男の子と女の子の頭に棒きれが見事クリーンヒットして、耳を塞ぎたくなるような大声で泣き出した。すると静かにしていた子ども達もさすがに怒ったのか、すきっ歯のライールとそばかすのヨシマサの悪ガキ二人に苦情、というか、体当たりをして、取っ組み合いの喧嘩になった。

 瞬く間に談話室は本を読むどころの騒ぎじゃなくなり、年少組は喧嘩のせいで大泣きが連鎖し、男の子達はすったもんだの乱闘を始める。

「やめて! もうみんなやめてよぉ! エリィお姉ちゃんが来てくれたのにぃ!」

 年齢が他の子どもより上であろうマギーが大声で止めに入ろうとした。

「そんなデブの話なんて誰が聞くか!」
「そうだそうだ!」

 元凶である悪ガキ二人は取っ組み合いをしながら、大声で反発する。
 エリィはちょっと傷ついた顔をしたが、すぐに気を取り直して気丈な声を上げた。

「二人とも静かに! おやめなさい!」
「うるせえデーブデーブ」
「でぶエリィ!」
「ひどいよ……女の子にデブって言っちゃ………ひっく……いけないんだよぉ…」

 ついにはマギーが犬耳をしおれさせ、悔し泣きを始めた。
 もはや収拾が不可能になりつつあった。知恵の回る子どもが、院長を呼んでくる、といって部屋から駆け出していく。

 何を思ったのか、エリィがゆっくりと立ち上がった。
 小さな子どもからすれば、百キロ超えの大人が立ち上がることは巨大戦艦が迫り来るみたいなもんだろう。

「みんな、ふたりを押さえてちょうだい」
「わかった!」

 多勢に無勢であったライールとヨシマサはすぐに捕まって、浮沈艦のようにのっそりとやってくるエリィの腕につかまれた。

「な、なにすんだよ!」
「離せ! はーなーせー!」
「離さないわ。みんながお話を聞きたいのにどうしてこんなことするの?」
「別に……聞きたくないんだもん」
「おれもだ!」
「正直に言いなさい」
「うるせえデブ!」
「デブエリィ!」
「もうやめてよ!」

 マギーが今にも噛みつく勢いで二人に詰め寄り、怒りの目を向ける。この子はエリィが罵倒されることを本気で怒っているみたいだ。

「マギー、いいのよ本当のことだから。それより二人とも、こっちに来なさい」
「引っ張るなよ!」
「院長先生に言うぞ!」

 エリィが二人を抱えるようにして引きずり、定位置に座ると、ライールとヨシマサの二人を自分の脇へと座らせる。二人は暴れているが、エリィに腰をしっかりとつかまれているので逃げられない。

「ここにいらっしゃいね」

 そう言ってエリィはぽんぽんと膝の上を叩く。
 悪ガキは恥ずかしいのか、焦ってわぁわぁ喚きながら、なんとか脱出を試みようとするものの、網にかかった魚のようにエリィの膝の上へと引っ張られた。

「罰として二人は私の膝の上ね」
「えーーーっ」
「やだ」
「ダメよ。あなた達はお兄さんなんだから小さい子を守らないと。それを棒で叩いて泣かすなんて、男として、騎士として恥ずべき行為よ」
「………」
「………」
「お返事は?」
「………ったよ」
「………よ」
「聞こえないわよ」
「…わかったよ!」
「…今日だけだからな!」
「よろしい」

 そう言ってエリィはにっこりと笑った。
 その笑顔は天使のように純粋で優しげで、見ている者を魅了し、心を温かくさせる。

 そうか…。エリィが白の女神って呼ばれる理由が何となくわかったような気がする。こんな顔で微笑まれたら、怒っていたこととか、不安なこととか、全部どうでもよくなるな。デブのままのエリィでも十分に可愛いと思うぞ。

 エイミーやクラリスは、エリィが学校でいじめられていることを知り、彼女のこういった可愛らしい笑顔が見られなくなって、さぞ心配したことだろう。俺がエリィに乗りうつって元気になったときは、飛び上がりたくなるほど嬉しかったはずだ。
 中身が入れ替わっていることは、落雷魔法のせいで性格が明るくなって頭の回転が速くなった、と言い訳して気づかれなかった。たぶん、嬉しさのあまり正常な判断ができなかったことと、仕草が完全にエリィと同じだった、あとは落雷魔法が異世界では神格化されるレベルですげえもんだと認識されていたおかげでバレなかったんだろう。
 エイミーに落雷魔法の説明をしたとき、大丈夫大丈夫、私はわかってるよぉ、と、したり顔で何度もうなずいていたしな。

「マギー、手が離せないわ。本のページをめくってちょうだい」
「うんっ!」

 エリィの膝の上に乗せられ挙動不審な悪ガキを見て、犬獣人のマギーは女の子らしい含み笑いをし、エリィの横に回って、見えるように本を広げた。
 するとドアががらりと開いて、初老の女性が入ってくる。栗毛色のウエーブした髪は後ろで束ねられ、ところどころ白髪がまじっており、顔には柔和な笑みが浮かんでいた。

「ホラ見て院長先生! ってあれ?」

 知恵の回りそうな細身の男の子が、静かになった部屋の様子を見て首をかしげた。
 隣にいた院長が、笑いながらおもむろに口を開く。

「おやおや随分といい席に座っているのね。ライール、ヨシマサ」
「ち、ちげえよ」
「これは…」
「私もエリィちゃんの朗読を聞かせてもらうわね」
「はい、院長先生」

 いい返事をして、エリィは朗読を開始しようとし、ふと気づいたように悪ガキ二人に声をかけた。

「苦しくないかしら?」
「……なんかあったかい」
「柔らかい……落ち着く」
「まあ……そう。それはよかったわ」
「あのなエリィ……お姉ちゃん」
「なぁに?」

 そう言って、すきっ歯のライールは恥ずかしげにうつむくと、見下ろしているエリィのやさしげな表情を見て、決心したように顔を上げた。

「あのな」
「ええ、何かしら」
「あの……」
「うん」
「……ごめんな、デブって言って…」

 その言葉を聞いたエリィはハッとした表情をし、自嘲気味に笑って首を振った。

「………いいのよ」
「ごめんな…」
「ううん…」

 続いてそばかす顔のヨシマサも、エリィの腕をつかんだ。

「ごめん……なさい」
「いいのよ二人とも……全然そんなこと………気にしてない……んだから…」

 そう言ったエリィは、我慢しようと思ったが上手くいかなかったらしく、ぽろぽろと涙をこぼした。

「いいのよ二人とも…いつも元気でいてくれて……ありがとう……」

 泣きながらエリィは二人を抱きしめた。

「あ~っ! 二人がエリィちゃん泣かしたぁ!」
「ごめんエリィ姉ちゃん!」
「泣くなよ! なんで泣くんだよ!」
「ごめんなさい………なんでだろう……涙が……止まらないわ……」
「よしよし。エリィお姉ちゃん」

 お姉さんらしいマギーが手に持っていた本を絨毯に置いて、エリィの頭を撫でる。
 すると、子ども達が全員エリィの周りに集まってきて、エリィに向かってよしよしと頭を撫でようとする。頭を撫でられない子は腕や膝にくっつき、五才ぐらいの女の子三人は出遅れて場所がなかったらしく、背中を一生懸命に撫でた。

「ご……ごめんなさい………私…………みんな……ありがとう……」
「エリィお姉ちゃん………泣かないで……」
「私は…………みんなに……助けてもらって…………みんながいなかったら……私…」

 そう言って、エリィは震えた声で言葉を紡ごうとする。しかし言葉はそれ以上出てこず、右手で口を押さえて嗚咽を堪えることに必死になった。

「う………ううっ………」

 彼女のふっくらした頬に、止めどなく涙がこぼれ落ちる。
 院長先生も子ども達とエリィの様子を見て、涙をハンカチで拭っている。


 ぐうっ………。
 くそ………涙が……止まらねえ……。


 日記にあった内容と同じだ。
 エリィが悪ガキ二人を膝の上に乗せるのは、凄く勇気のいることだっただろう。これまで彼女は誰にも認められず、自分に自信がなく、しかもイジメを受けていて精神的に相当な傷を負っていたはずだ。
 それでも子どもとの距離を縮めようと、一歩踏み出して、二人を膝の上へと抱き寄せた。上手いやり方じゃないが、エリィの気持ちは確かに伝わったように思えた。
 他の子ども達にこんなにも心配されて、ようやく自分の居場所がある、ってことを確認できたんだ。
 日記には、私はデブでもいいんだ、って書いてあったもんなぁ…。

 ちくしょう……。
 俺は泣いてないっ。泣いてないぞ!
 断じて泣いてないからな!

 これはただ目に巨大なゴミが入ったからだ。
 さっき前方からゴミがぶわーって飛んできて、ちょうど目の中に入りやがったんだ。透明だけど。体は透明だけどっ。大事なことだから二回言ったぞ。こんな夢の中だって目にゴミは入るんだよ。この天才エリートが、こんなみっともなく声を出して泣くなんて、そーんなことあるわけねえだろ!?

 てかね、エリィの場所をぶち壊した奴ら、まじで許さねえ。
 孤児院の子どもの顔はしっかりと覚えたから、全員救出してやる。覚悟してろよ、盗賊団。全員、首洗ってまってやがれ。
 あと、魔改造施設はぶっ壊すからそこんとこよろしく。

 どうせどっかのお偉いさんに渡したら、やれ利権がどうだ、薬の効果がどうだ、我が軍にも採用しましょう、とか、碌でもないことに使うに決まってる。
 証拠品を押収して、二度と魔改造ができないようにぶっ壊すぜ。
 これ、決定事項ね。まじで。


 にしても……涙が止まらねえええっ!
 ちくしょう!


   ○


「エリィ…エリィ…」

 眠たげで可愛らしい声が聞こえると、肩がゆっくりと揺すられていることに気づいた。
 目を開けると、鼻がくっつきそうになるほど顔を近づけているアリアナが心配そうに見つめていた。

「大丈夫?」
「……ええ。おはよう」
「怖い夢だった…?」
「私うなされていた?」
「ううん…」

 そう言って、アリアナはタオルで俺の頬を拭いてくれた。

「あら……泣いていたのね」
「うん」
「大丈夫よ…ちょっと昔のことを思い出していただけだから」
「そう…」

 彼女は優しく俺の額に手を当てて、そのまま手櫛で髪を梳いてくれた。アリアナのほっそりした指は、けだるい朝の寝起きに心地よく、また眠りたくなってくる。ポカじい特製の砂漠用の薄い布団をたくし上げて、彼女に聞いてみた。

「もうちょっと寝ていいかしら」
「時間…」
「そうよねえ」

 だよなぁ。

「行こう」
「……そうねっ」

 まあ、寝起きはいいほうだ。遅刻なんて一度もしたことがない。
 アリアナと風呂場に行き、ポカじいからもらった通気性のいいピンクのパジャマを脱いで、俺が“ウォーター”で水を入れてアリアナが“ファイアボール”で水温を上げると、あっという間に湯船の完成だ。軽く入ると、さっぱりしてシャキっとした気分になる。

 風呂から出て体を拭き、“ウインド”でお互いの髪を乾かし、スキニージーンズを履いて、偶然にも市場で見つけた形のいい、地球ではTシャツと呼ばれるであろうインナーを着た。色は白だ。このままだとあまりにも胸が強調されて周囲の目の毒なので、シースルーの白シャツを羽織る。
 アリアナにやってもらったツインテールを垂らすと、金髪でちょうど胸が隠れて都合がいい。あんまじろじろ見られてもあれじゃん。俺、美少女だしさ。そこんとこもっと気をつけようと思う。
 美少女つれぇー。男に戻りてぇー。

 アリアナはお気に入りのデニムサロペットスカートを着て、メイクは薄めにしている。利き手である右腰にはコゼットが改造してくれた、鞭をくくりつけるデニムのホルスターがついており、肩から斜めがけしたショルダーバッグには、夜のうち作り置きをしておいたおにぎりがしっかりと入っていた。メイク道具を入れた小さいバッグを持っている姿は、ティーンファッション誌に出ていてもおかしくない佇まいだ。

 荷物のほとんどは馬車に積んであるので、俺は手ぶらだ。あー楽ちん。

 準備が終わると、前日にバー『グリュック』から酒を買い込んでいたらしいポカじいが、ずた袋に入れた酒瓶をガチャガチャいわせながら地下から出てきた。

「いくぞい」
「ええ」
「うん…」

 ポカじいの合図で身体強化をし、駆け出した。
 朝五時の砂漠には淡い太陽の光が差し込み、砂をじわりと照らす。太陽が気温を上げ、砂に反射した光が大気を焦がし、これから数時間で一気に気温が上昇するだろう。
 走り慣れたジェラへの道を、俺たちは人間を超越したスピードで走る。ポカじいの指示で、身体強化は“下の上”の強度だ。景色がガンガン後方へと飛び、空気が肌を強く撫でる。空圧は身体強化のおかげでまったく問題ない。

 四十キロの道のりが、なんとわずか二十五分。
 もうなんだろう……ツッコむ気力すら失せる人間離れした速さ。軽く計算すると、時速百キロは出ていることになる。やばっ。

 砂漠の荒野に、高さ五メートルの土壁で覆われたオアシス・ジェラが見えてきた。

 さすがにこの強度の身体強化でぶっ通し走ると息が上がる。アリアナは肩で息をし、ポカじいは涼しい顔をしながら酒瓶が割れていないかの確認をしていた。

 息を整えてから西門をくぐると、いつもいる門番が手を振ってきた。

「ハローエリィちゃん」
「ハロー」
「今日出発なんだよね?」
「そうよ」
「町のことは俺達に任せてくれ」
「ええ、頼りにしているわ」
「お…おうよ!」

 笑いかけると、彼は自分で肺を潰しかねない勢いで胸をドンと叩いた。
 門番って朝から大変だよな、夜勤もあるだろうし。給料いくらぐらいなんだろう。

 朝の商店街は鎧戸が閉められ、ひっそりとしており、もう少しすれば住民達が起きて準備を始める頃だ。ポカじい、アリアナとオリジナル魔法について話し合いながら歩いていると、上から声をかけられた。

「エリィちゃん、アリアナちゃん」

 顔を上げると、バー『グリュック』の二階からコゼットが顔を出して手を振っている。俺達がここを通ると思ってずっと見ていたらしい。
 どたんばたんいたーい、という声がして、尻をさすりながらコゼットが裏の勝手口から出てきた。上下水色のパジャマ姿で、しっかりとドクロを頭に被っていた。

「尻を揉んでやろうかの?」
「朝からスケベを発動させないでちょうだい。“治癒ヒール”」
「ありがとうエリィちゃん」

 コゼットは、俺、アリアナ、ポカじいの順に手を取り、にっこりと笑った。

「私、みんなが帰ってくることを待ってる。待っているのは得意なんだ」
「早く終わらせて帰ってくるわね」
「すぐ帰るよ…」
「ほっほっほっほ、心配せんでもええぞい」
「そうだね…。強い人がいっぱいいるもんね!」

 強がって言うコゼットはやはり不安なようで、小動物のように震えている。俺とアリアナは彼女の手を取った。

「大丈夫。フェスティはきっと見つかるわ。なんだかそんな気がするの」
「本当? エリィちゃん本当?」
「ええ。私の勘、結構当たるのよ」
「そっかぁ……」

 小刻みに震えていたコゼットの手が少し静まり、彼女は不安げに揺れる瞳を真っ直ぐ向ける。期待しているけど、その期待に押しつぶされそうになってしまい、どうしていいか分からない、といった複雑な笑みをこぼした。

「いってらっしゃい、エリィちゃん。昨日もお別れ言ったもんね」
「いってくるわ」
「アリアナちゃん、気をつけて」
「うん…」
「ポカじい、二人をお願いします」
「ほっほっほっほ」

 すぐ戻ってくるんだ。別れはあっさりでいいだろう。
 手を振ってコゼットと別れて西の商店街を抜け、大通りへと向かい、東の商店街に冒険者協会へ向かう。協会の前にはすでに半数以上が集合しており、朝日に照らされた、屈強な冒険者たちの個性溢れる服装が目に入ってくる。どの冒険者にも気合いの入った表情が見え、士気は相当に高いようだ。
 こっちに気づいたジャンジャンが駆け寄ってきた。

「ハロー、エリィちゃん。準備はオーケー?」
「もちろん」
「アリアナちゃん、よく眠れた?」
「うん。いつもエリィと一緒だから…」
「賢者様、このたびはご参加ありがとうございます」
「可愛い弟子の修行の成果を見ることが目的じゃ。気にすることないわい」
「いえ、それでも敵の戦力や出方が不明なので、心強いです」
「ほっほっほっほ」

 冒険者協会に泊まり込んで最後の確認をしていたらしいジャンジャンは、固い決意を伺わせる顔でポカじいに頭を下げた。

 知り合いの冒険者が続々と俺とアリアナに挨拶をしに集まってくる。
というか、なぜか全員こっちに集合し、いつの間にか俺の場所が集合地点みたいになっていた。

「いやーエリィちゃんがいると作戦が失敗する気がしないよな」
「ほんとほんと。幸運の女神って感じだもんな」
「いつ見ても可愛いなあ」
「エリィちゃん、アリアナちゃんコンビは見ているだけで癒される」
「怪我したら言ってね。治してあげるから」

 これから何があるか分からない旅だ。脱落者は一人も出したくない。
 そう言う気持ちも込めてみんなを見ると、屈強な男たちは眩しいものを見るように目を細めて照れるように笑い、数少ない女性冒険者の三人が代わる代わる抱きしめてくる。その中には試験6位の撃踏のバーバラと呼ばれる踊り子風の冒険者もいた。
 なんで抱きしめてくるの?
 女同士ってこういうスキンシップ結構多いのか?
 いまだに女同士のコミュニケーションって意味不明なところがあるな…。

 にしても、女性冒険者がいると安心するな
 寝る場所やテントなんかも同じ場所を使う配慮をアグナスがしてくれたし、あいつは俺の次ぐらいに気が利く男だ。

「集まったみたいだね」

 そう言って爽やかな笑顔を周囲にまきつつ、スイングドアからアグナスと、パーティーメンバーが出てきた。

「さあこれから盗賊狩りだ。五年前の誘拐事件を解決するときがきたぞ。馬車とジェラの兵士は北門に集合している――僕たちも行こう」

 まるで気負っていないアグナスは非常に頼りになるように見える。
 冒険者たちは「応っ!」と漢字で書きたくなるような野太い声を上げて返事をし、パーティーごとに分かれ北門へ向かった。当然、俺とアリアナ、ポカじいも流れに乗って進む。

 ときおり朝日が鎧に反射して目に刺さり、がちゃがちゃと金属の擦れる音が六十人分響く。よく見れば俺とアリアナが一番の軽装だ。
 無杖ってことに冒険者たちはびっくりし、そして服装にも驚いていた。そんなぴらぴらの服で大丈夫、と何人にも声をかけられたな。いや、逆に聞くけど、レザーアーマーとかプレートアーマーでカンフーできると思うかね。それにアリアナは新魔法“トキメキ”があるから、可愛い服装をしているほうが断然いい。
 今日も……可愛いな、ちくしょう。もふもふもふもふ。

「どうしたの急に…?」
「いえ、何でもないわ。ただアリアナは可愛いなと思ってね」
「ん……」
「あら照れてるの?」
「……………うん」

 もう一度、狐耳を触って癒されておく。
 こっちの世界に来て、しかも女になって正気を保っていられるのは、アリアナの狐耳のおかげな気がしてならない。

 それにしても、オシャレで防御力が高い服、というのは今後ずっとついて回ってくる課題になりそうだな。俺はオシャレで尚且つカンフーに支障がなく、コバシガワ商会で売れる服。アリアナは可愛くて防御力が高い服。
 とりあえずこの作戦が終わったら、デニムの加工流通に向けて動かないと。グレイフナーに戻ったら、新素材捜索隊のような、新しい可能性を秘めた生地を開発する部門をコバシガワ商会で設立したい。


   ○


 誘拐調査団は馬車十台、人間約百人という大所帯で北へ北へと進んで行く。
 ジェラから旧街道へと繋がる『サボッテン街道』という怠け者っぽい名前の街道があり、砂漠の荒野を何年もかけて踏み固めたのであろう道が真っ直ぐ延々と思える距離で伸びていた。前方を見れば陽炎でゆらゆらと道が揺れ、たまに現れるサボテンがおかしな飴細工のように妙な方向に折れて重なり合っている。

 初日はあらかじめ予約してあったらしい『バラドール』という宿場町で宿を取った。この町はなんとか無理をして進めば半日でジェラへ行ける距離にあるので、宿場としては好条件とはいえない場所にある。利用者はジェラから北へ向かう旅人や商人が多い。
 百人の団体が一泊してくれるだけでもかなりの収入になるらしく、歓迎ムードだった。

「親愛なる貴方へ贈る、愛を宿して導く一筋の光を、我は永遠に探していた……“加護の光”」

 日焼けしないように白魔法中級“加護の光”を自分とアリアナにかけておく。

「ありがと…」
「いいえ。それにしても治療院だったら一回三十万ロンする白魔法を日焼け止めに使うなんて贅沢よね」
「そうだね。でもエリィが頑張って憶えた魔法…。どう使おうがエリィの自由だよ…」
「そうね」

 二人部屋を用意された俺たちは、明日に備えてくつろいでいた。
 二日目以降は『サボッテン街道』を西に逸れ、町など一切ない砂漠を進まなければならず、ベッドや風呂は当分おあずけになる。思い切りのんびりしておこう。

「“加護の光”って一日前の傷や損傷なら元に戻せるみたいなの。何年も前の古傷のような、かなり時間の経っている傷は治せないらしいわ」
「だから日焼けしても…」
「そう。日焼けしても魔法をかければ元通りにできるってことよ」
「日焼け痛いからキライ…」
「私もよ。お肌が白いから日焼けするとすぐ真っ赤になるのよね。アリアナ、髪を梳いてあげましょうか?」
「いいの?」
「ええ」
「ん……お言葉に甘えるね」

 アリアナは嬉しそうに尻尾をふりふりしつつ、ポーチから櫛を取ってこちらに渡しきて、ちょこんと椅子に座る。豊かな彼女の髪を左手で持ち上げて、ルイボンからもらった高級な櫛で梳いていく。
 これも寝る前の儀式みたいなものだ。もふもふ。やるとやらないとでは髪のさらさら具合がだいぶ変わってくる。もふもふ。男ならぜってーやらねえよな、櫛で髪を梳くとか。まじで。もふもふ。

「耳…くすぐったい」
「あらごめんね。ついつい触っちゃうのよね」
「ん……いいけど」
「明日から砂漠を行進かぁ」
「頑張ろう」
「そうね」


   ☆


 流砂が地面を静かに鳴らし、砂漠の荒涼とした大地が月夜に照らされている。
 魔物同士が争う不気味なうなり声と、命を落とした敗者の奇っ怪な悲鳴が周囲に響き渡ると、砂に音が吸い込まれ、辺りは数十秒前の静寂を取り戻す。弱肉強食の砂漠では日常茶飯事である命のやりとりが粛々と行われ、命の火花を見る者は誰もいない。

 この『空房の砂漠』では生そのものが儚く、生き続けることが困難な場所であり、生存をするために生息している生物の生態系は異常な変貌を遂げていた。捕食される側の魔物ですらCランク級の強さや狡猾さを有しており、ひとたび気を抜けば死神が熱烈な歓迎をし、あっという間に食糧とされてしまう。

 そんな過酷な場所に安全地帯を築き上げ、誰しもが忌避感を募らせる怪しげな実験を行っている集団があった。薄茶色の砂がどこまでも水平線へ続いている中、集団がいる建物は真っ白な外壁をしており、あたり一体の空間を支配しているように見える。

 その一室で、背が低く、生物が脱皮する寸前のように背中が盛り上がった、悪魔じみた外見をした男と、真っ黒な神父の服のような服をきた、ほお骨とエラが張った男が、酷薄な笑みを浮かべて対峙していた。

「六日後には準備が整います」
「そうですか。それは素晴らしい」

 身長は百五十ほど、子どものような体躯である初老の男が恭しく一礼をする。男の盛り上がった背中のせいで衣服が弾けそうになり、さらには礼をしたことでいまにも服がやぶれそうになった。
 だが男はさして気にした様子もなく、真っ黒い神父姿の男を熱い目線で見つめた。

「グレイフナーから仕入れた子どもは魔力が高く、いい素材かと」
「今回は何人ほど残るでしょうかね?」
「八割、といったところでしょうか」
「それは重畳」
「司祭様の黒魔法“強制改変する思想家(グレート・ザ・ライ)”は子どもの胸にかなり根深く食い込んでおりますれば……魔薬への適性があれば、すぐいい兵士になってくれるでしょう」

 慈愛こもった目を背の低い男へ向けると、黒い神父はゆっくりとうなずいて口を開いた。

「信じる者には神の導きがあります。我らに等しき愛をくださるのは、父である神のみわざに他なりません」

 目下の存在にも敬語をやめない神父らしき男は、妄執に捕らわれたかのように、自らの右手に持っている禍々しい杖を撫で回し、妙に熱い吐息を吐いた。その所作一つを見れば、男が信じているものは神などではなく、己と、己の魔力を高めるアーティファクトの杖だけ、ということは一目瞭然であった。慈愛のこもった目線などは所詮まやかし。観察眼に優れた人間が男の姿を見れば、自己愛の塊が生きて歩いている、と評価を下すであろう。
 しかしその場には、英雄を見てうっとりする乙女のような目をした、薄気味の悪い小柄な背中男しかいなかった。

「では、ハーヒホーヘーヒホーのエキス抽出はおまかせしましたよ」
「もちろんでございます。司祭様のためなら砂漠中のハーヒホーヘーヒホーを魔薬に変えてみせましょう」

 背中の盛り上がった男が先ほど同様、恭しく一礼をすると、満天の星空が振る美しい夜が砂漠の狂気を煽り立て、不吉の象徴とされている砂漠ハゲタカが奇妙な鳴き声を奏でながら、建物の上空をもったいぶるかのようにゆったりと旋回した。
エリィ 身長162㎝・体重53㎏(エリィちゃん身長が伸びてます)
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