挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
エリィ・ゴールデン ~ブスでデブでもイケメンエリート~ 作者:四葉夕卜/よだ

第三章 砂漠の国でブートキャンプ

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

48/129

第17話 スルメの冒険・その2

スルメの冒険その2です。
 訓練が過酷過ぎて、日にちの感覚がなくなった。訓練開始から一ヶ月半経ったのか二ヶ月経ったのか、アメリアさんが情報を遮断しているため判断材料がなく、さっぱり分からねえ。ガルガインのボケナスが二十四日目までは数えていたから、少なくとも三週間は経っている。だが、あいつも訓練が辛すぎて日にちを憶えている余裕がなくなり、日数のカウントがでたらめになった。

「エリィ救出隊、起きなさい」

 アメリアさんの底冷えする声が、オレとガルガインとテンメイが寝ている、ゴールデン家秘密特訓場の仮眠室に響く。入り口を見ると、額から鼻までを覆う、鳥のくちばしを模した仮面をしているアメリアさんが立っていた。なぜかアメリアさんは訓練の際、いつもこの仮面をつけている。パッと見、鳥獣人みたいでまじでこええ。

 彼女の声はまさしく神の声であり、絶対に逆らえない号令だ。

 『エリィ救出隊』というのがオレたち全体への呼称で、これにはエイミー・ゴールデンとサツキ・ヤナギハラも含まれる。

 オレたち三人は、疲労のこびりついた体をベッドから引きはがし、無言で訓練の準備を始めた。クッソ眠い。

 動きやすい服に着替え、食堂に行くと、笑顔など全くないエイミーとサツキが席に着いて朝食を摂っていた。グレイフナー魔法学校じゃ人気の二人組だ。ファンクラブもあるぐらい憧れの的になっている二人は、エイミーが金髪の垂れ目のクッソ美人、サツキが黒髪のキリッとした美女で、朝食の姿を公開するだけで男達が集まりそうだった。

 二人の横にオレ達三人も座り、バリーという強面のオールバックコックが運んできた朝食を無心で食べる。

 うめえ。

 うめえし、美人が真横に二人もいるが、それどころじゃねえ。
 ここで魔力循環を切らすと、連帯責任で一周五百メートルのランニングが二周追加になる。初日はこのせいで、ランニング三百五十周をくらった。全員、魔力循環が下手くそだったせいだ。当然、百七十五キロなんてアホみてえな距離を一日で走れるわけもなく、全員ぶっ倒れた。

 こんな緊張感のある訓練を受けるのは初めてだ。
 というより、これ以上シビアな訓練があんのか?
 あるなら知りてえ。


   ○


 初日から延々と走らされた。ぶっ倒れたらアメリアさんから“癒発光キュアライト”をかけられ、ゾンビのようにランニングを再開する、という拷問に近い行進が一週間ほど続いた。走っているときも魔力循環を絶やしちゃいけねえ。

 魔力循環を切らすと、至近距離で怪我しない程度に調整された“爆発エクスプロージョン”がぶっ放される。まじで洒落にならねえ。目の前に突然、高熱と爆音が現れてみろよ。ちびるぜ。
 エイミーなんて怖くて泣きながらランニングしていた。そのくせこいつは魔力循環を切らさねえから、すげえんだかすごくねえんだか分からねえ。ガルガインのスカタンと、写真家のテンメイは至近距離“爆発エクスプロージョン”を初日で百発ぐらい食らっている。よく逃げださねえもんだ。

 走る、魔力循環をする、食う、寝る、を繰り返した。

 人間ってのはまじで不思議なもんで、段々と体が環境に慣れてくる。初めて目の前で“爆発エクスプロージョン”をぶっ放されたときは、ムカついてアメリアさんに反撃しようかと思ったが、今じゃ、当たり前の事として受け入れている。これは罰じゃねえ、ただの訓練だ。
 よく見りゃ“爆発エクスプロージョン”を連発しているアメリアさんも大変だ。時折、魔力ポーションを飲んでいる姿を見かける。上位魔法の中級派生“爆発エクスプロージョン”は規模が小さくても魔力の消費は大きいだろう。しかも、五人の魔力循環をつぶさに観察している必要がある。疲労はオレ達の比じゃないだろうよ。

 三週間ほどすると、魔力循環を切らさず、安定したランニングができるようになった。テンメイがたまに“爆発エクスプロージョン”を食らっていたが、他のメンバーはまったく問題ない。オレとガルガインは軽口を叩けるぐらいまでになり、元から魔力循環が得意なエイミーとサツキは楽勝といった感じだ。

 それを見たアメリアさんは、別の訓練を開始すると言って、オレ達『エリィ救出隊』を馬車で半日かけて私有地の池へ連れて行った。

 宮廷の風景画に出てきそうな、のどかな場所だ。小鳥がさえずり、池は十メートル先の水底が見えるほど澄んでいる。


 そんな観光地みてえな場所での一週間が、やべえぐらいの地獄だった。


「一週間、この場所で特別訓練をします。グレイフナー王国最強魔法騎士団『シールド』の入隊試験と全く同じの内容、通称『戦いの神パリオポテスの一週間』と呼ばれている訓練法です」
「まじッすか?!」

 オレの素っ頓狂な声に、アメリアさんは黙ってうなずいた。
 いや、やべえよコレ。
 あの『シールド』を受験できるほどの猛者が、半分脱走すると言われている訓練法だ。内容は知らねえが、絶対にやべえ。

「この訓練法は優秀と言われていた魔法使いが何人もトラウマになるほど辛く厳しいものです。その代わり、対価も大きい。やるかやらないかはあなた達が決めなさい。ただし、不参加の場合はオアシス・ジェラへのパーティーに入れることはできません」

 鳥を模した仮面をつけたまま、アメリアさんがオレ達を睨む。
 どんな内容なのかは聞いても教えてくれないんだろうな。受講者は全員、訓練内容について口をつぐむと言っていたが、その風聞は嘘じゃねえんだろう。
 ま、今更断るなんてありえねえな。それこそまじでめんどくせえ。

「やるぜ」

 一歩前に出て、アメリアさんに宣言する。
 彼女はゆっくりとうなずいた。

「私もやるわ。ヤナギハラ家に生まれた者として、撤退は恥よ」

 気の強いサツキが当然と言った表情でオレの隣に並び、ちらりとこちらを見る。悔しいが、こいつは強い。グレイフナー魔法学校首席の名は伊達じゃねえ。セブンの魔法使いで、使用可能魔法は下位が「火」「土」「水」「風」「光」、上位が「氷」「空」だ。
 戯れのつもりで『偽りの神ワシャシールの決闘法』を挑んだが、わずか五カウントで負けた。魔法の発動が上手く、威力もかなりある。さすがは名門ヤナギハラ家といったところか。ガルガインに至っては二カウントで負けたな。

 つーか、サツキは眉毛がキリッとしていて目元が涼しげに伸び、高くはないが鼻筋がはっきりと通り、口元が自信ありげに上がっている。長い黒髪は定規で線を引いたみてえに真っ直ぐで美しく、見ているだけでうめえ酒が飲めそうないい女だ。
 まじでオレのタイプだ。しかも話してみると、グレイフナー竹を割ったみてえにスカッとしていてオレと合う。口説きてえところだが、自分より女が強いのは癪に障るんだよな。まずはこいつより強くなるぜ。口説くのはそっからだな。

 一刻も早くエリィ・ゴールデンに会って、恋愛の指南を受けてえところだ。
 強くなっても、女に好かれなきゃ意味がねえ。
 いや違うな。強いだけじゃ意味がねえ、ってところか。

「俺もやるぜ」
「同じく。契りの神ディアゴイスに誓って『戦いの神パリオポテスの一週間』への参加を表明します」

 ガルガインのタコナスと、写真家のテンメイも一歩前に出た。

「私もやります、お母様。エリィのために」

 エイミーが最後に一歩踏み出した。
 アメリアさんの仮面の下の表情が微妙に変わったと思ったのは、気のせいじゃないだろう。自分の娘が王国随一のきつい訓練を受けるってんだ。複雑な思いだろうな。

「分かりました。では、まず全員これをつけてもらいます」

 そう言うと、美人メイドのハイジが鞄から縄を取り出し、手際よく、オレの両手と両足を縛り上げた。
 手伝いで来ているコックのバリーも他の連中に縄をつける。
 やべええええええ、嫌な予感しかしねえッ!!!

「まずはこの状態で二十分間水に浮いてもらいます。じゃあスルメ君から。“浮遊レビテーション”」
「ちょ、ちょちょちょっと待っ、あーーーーーーッ!!」

 体が浮いたかと思うと、池に叩き込まれた。
 縄のせいで両手両足が自由にできねえ!
 澄んだ水のせいで底が見えることが、恐怖心を煽る。服が水分を吸って重くなり、体がどんどん沈んでいく。
 やば! 落ち着け! 落ち着け!

 魔力循環の要領で精神を統一させ、芋虫のようにくねくね頭と足を動かして推進力を得て、一気に水面へと上昇する。息がもたねえ!

「ぶっはぁ!」

 水面から顔を出すと、水が頭から流れ落ちる。思い切り空気を吸い込んだ。
 空気うまっ! まじうまっ!

「あんたオレを殺す気かッッ!!!」

 アメリアさんと言えど、さすがに抗議を入れざるを得ねえ。
 しかし彼女はどこ吹く風といった様子でサツキ、エイミー、ガルガイン、テンメイに向き直った。

「という感じでやれば、浮いていられるわ」
「なるほど」
「ふむふむ」
「素晴らしいスルメ君! エェェェクセレントッ!」
「さすがスルメ。しゃくれてるだけあるな」
「おいこらクソドワーフ! オレがしゃくれてんのは関係ねえだろ!」

 そうこうしている間に、次々と池へ叩き込まれる。
 なんとか全員水面に浮くことができた。常に動いていないと沈んでしまうので、泳ぎが得意でないガルガインのボケナスはきつそうだ。

 ボウフラみてえに全員でくねくねしながら二十分を耐え凌ぐ。
 いやまじできつい。
 両手両足を動かせないから焦りが生まれる。これが一番まずい。精神的にやられると、集中が切れて一気に沈む。

「では次」

 そう言って、アメリアさんは仮面らしき物を池に放り投げた。どぽん、という音と共に仮面が沈んでいく。

「一人一つ、仮面を拾いなさい。全員が拾ったら池から上がっていいわ」

 おいおいどんな拷問だよ……。
 浮いてるのもつれえんだぞ。

 つっても時間が経てば経つほど体力がなくなっていくからな。細けえこと考えるのはめんどくせえ。一気に行くぜ。

「おらよぉ!」

 大きく息を吸って水中へ潜る。
 強引に体を反転させ逆さになり、ドルフィンキックで潜水する。ドルフィーンとかいう魔物の動きから、両足を同時に動かして水中を進むことをドルフィンキックと言うらしいが、そんなことはどうでもいい。つーか色々考えると息が苦しくなる。なんも考えるな、オレ。

 水深五メートルほどのところに仮面が五つ落ちている。場所を確認して、オレは手近な仮面を引っつかんで反転し、急上昇した。息がやべえ。死ねるわこれ。

「ぶっはあっ!」

 新鮮な空気を肺いっぱいに入れる。

「取ったぜ」

 重りのついた仮面を、両手が縛られた手で掲げる。焦らずに潜水すれば、問題なく取ることができるな。浮いているだけできつそうなガルガインとエイミーにはちょっと難しいかもしれねえ。

 そのあと、サツキとテンメイが仮面を取ることに成功したが、ガルガインのスカタンとエイミーは十回ほど潜水して失敗し、息も絶え絶えに水面へ浮上する。見れば浮いていることすら限界のようで、次に失敗すればまじで溺れかねない。

 水面を移動し、ガルガインのトンチキを手伝うことにする。

「アメリアさんは協力してはいけない、とは言ってねえ。オレがてめえを引っ張って水底まで連れてってやる。仮面をつかんだらソッコーで水面にあがれ」
「ペッ……わりいな」
「池でツバ吐くなよ。きたねえな」
「癖だ。気にするな」

 せーので水中に潜り、縛られた両手でガルガインの胸ぐらを掴んで池底へと引っ張る。慣れねえドルフィンキックはまじで疲れる。やはり、ガルガインは泳ぎが下手くそで、こいつ一人じゃろくに進むことができねえ。
 透きとおる水の美しさなんか楽しむ暇も余裕もなく、必死にボケドワーフを引っ張って仮面を拾わせ、急上昇した。息がまじで続かねえ。

「ぶっはあ!」
「ぼはあ!」

 オレとガルガインは一気に空気を肺へと送りこむ。
 隣ではサツキが溺れそうになるエイミーを助け、仮面を取ることに成功していた。

 水から上がることを許され、暴風雨で浜辺に打ち上げられた魚みてえに池のほとりへ寝転んだ。すぐ縛られた縄は解かれたが、二十分の休憩後、また同じように縛られて同じように仮面を取りに行かされた。何この訓練…。まじつれえんだけど。

 これを三回やらされて、やっと次の訓練へと移った。

 次の訓練は、四人乗りボートを五人で肩に担いで池の浅瀬づたいに対岸へ運ぶという凶悪なもので、沼地みてえに足が取られて何度もこけた。その間の休憩なんかは一切ねえ。少しでも魔力循環を切らしたり、休もうとすれば“爆発エクスプロージョン”がぶっ放される。

 息を合わせて進まないとボートがずり落ちる。落ちると、沼地みてえにどろっとしている地面に刺さってなかなか取れない。引き上げるのに体力を相当使っちまう。
 エイミーとサツキの女二人をかばうようにして、オレとガルガイン、テンメイが中心になってボートを運ぶ。
 二時間運んだ時点で気づいたのが、何も五人で必ず運ばなくてはいけないわけじゃねえってことだ。一人がボートを担がずに休憩して、残りのメンツで運ぶローテーション方式に変更したら、進みが随分よくなった。

 疲労困憊の状態で、ようやく対岸まで辿り着いた。

 全員ずぶ濡れの泥だらけで、エイミーとサツキは美人の面影が一切ねえ。さすがに女子にボート運びはきつかったのか、しばらく二人は起き上がれなかった。体力に自信があるガルガインとオレはまだマシだ。テンメイは頭がイッちまったのか「ああ、妖精が見える…」とか、よくわかんねえフレーズをぶつぶつと呟いている。

 さらに休まず、アメリアさんは夜の池のほとりに寝転がるように指示を出し、全員の手をつながせた。

 は? 意味がわかんねえ。何なのこれ。両隣がエイミーとサツキなのは嬉しいけど、クッソ寒い。胸のあたりまで体が水に浸かってるんだけど。

「ではこの姿勢で四時間。魔力循環を忘れずに」
「……」

 オレ達は言葉を失った。
 バカなんじゃねえのか? 
 冬の池に四時間何もせずにただ浸かっていろって?
 冗談も休み休み言ってくれ。

 と思っていたら、どうやらまじらしい。
 アメリアさんはメイドが用意した椅子に座り、離れた所からこちらを観察している。


   ○


 ひたすら水に浸かり続ける。ただただ寒い。全員、唇を真っ青にして疾患のように震えていた。それが四時間。手を握って仲間の鼓動を感じていなければ気を失っていただろう。なんでこんなことをするのか、意味がわからねえ。いやまじで。

 気の遠くなるような、永遠とも感じられる時間が少しずつ過ぎていく。途中、意識を失わないように何度も叫び、仲間の安否を確認した。あのエイミーですら、何か声を荒げて意識を保とうとしている。
 体が限界まで冷え切り、全員がたがたと震えて唇を真っ青にした。意識が朦朧としてきたところで、アメリアさんの声がかかり、水面から出る許可をもらった。

 すぐさま“ファイア”で体を温めようと魔力を練る。
 考えは一緒だったのか、全員ほぼ同時に“ファイア”を唱えて暖を取った。

 その後、一時間の仮眠だ…。

 ってたった一時間だぞ!? どうなってんだよ! 全員死んだような目になってやがる。つーか誰も逃げ出さねえのが不思議でしょうがねえ。いや、みんながみんな、そう思っているのかもしれねえな。どうして誰も逃げ出さないのか、なぜこんなきつい訓練に耐えられるのだ、と。

 次は魔法を三十メートル先の的に当てる訓練だ。全員で千個の的をぶっ壊す。
 時間内にできなければ、ボートを対岸までまた運ぶという罰ゲーム付きだ。オレたちは死にもの狂いで的を壊しまくった。この時点で意識は朦朧とし、魔力枯渇寸前の極限状態になった。


 美人なエリィの姉ちゃん、エイミーはひたすらに呟く。
「わたしはエリィに会いに行く…」

 グレイフナー魔法学校首席のサツキが目をギラギラさせて杖を振りかぶる。
「これは試練。そう、試練だ…」

 ガルガインのクソヒゲは終始無言で、ときおり声を漏らす。
「強く……なる……」

 写真家テンメイは悪魔に魅せられたような笑顔で笑う。
「愛と憂鬱と羞恥の狭間が目の前に見えるぅ! 見えるぞぉ」

 オレは細けえことが苦手だから、叫ぶ。
「全員でぶっこわせぇぇええええぇぇえええ!」


 なんとか時間内に的を壊したオレたちは、森で狩猟をし、鹿を解体して食べた。もちろん魔力循環は切らさない。
 なんかもう、すべてがどうでもよく思えてくる。
 思考が泥のように停滞し、目を開けているのがやっとだ。いま倒れたら、死んだように眠るだろう。体が自分の体じゃねえみたいに鈍重で、意識を限界のところでつなぎ止めていなければ、動けなくなってぶっ倒れるのは明白だ。

「では、この森を三キロ走ってもらいます。走りきったらご褒美として一時間の睡眠時間を与えます。さらに、一位には睡眠時間が一時間追加され、最下位は一時間減るわよ」

 おいおい、ビリは睡眠なしじゃねーかよ!

「では、スタート!」

 急に始まった競争に、全員あっけに取られたが、睡眠がゼロになる恐怖が背中を押すのか、一気に走り出した。

 当然、魔力循環を忘れてはいけない。

 テンメイとガルガインは早速“爆発エクスプロージョン”をぶっ放され、もんどりうって引っくり返った。

 さすがにサツキは速く、もう三十メートルほどの距離ができている。エイミーは魔力循環が得意だが、体力不足でオレより遅い。ここは一気に距離を開けるぜ。

 二キロほど進んだものの、サツキとの距離は縮まらず、後ろの三人とも距離が開かない。もはや疲労が濃すぎて全員たいしたスピードが出せないためだ。ランニング、というよりはウォーキングだな。みんな、ハァハァひいひい言いながら、森を抜けようと必死こいて足を動かしている。

「テンメイ君!」

 エイミーの叫びが聞こえた。振り返ると五十メートルほど後方でテンメイが仰向けにぶっ倒れていた。限界だったのだろう。
 正直なところ、テンメイがここまでついてこられた事が不思議だった。あいつはこの中では実力が一番下だ。
 お世辞にも魔法の才能があるとは思えねえ。

 全身が痺れるほど疲労し、睡眠不足に魔力枯渇、今にも逃げたしたいほど追い詰められている。他人事のように薄ぼんやりとテンメイがぶっ倒れている様を観察していたら、エイミーがふらふらとテンメイの元へ足を向けた。

 あいつ助ける気か? 一人でどうやってずんぐりむっくりのテンメイを運ぶつもりなんだ。いまは訓練中だから魔法は唱えられねえぞ。魔法を唱えるために魔力循環を切らすと、その瞬間にアメリアさんから“爆発エクスプロージョン”がぶっ放される。

 そんなオレの疑問なんかはお構いなしなのか、エイミーがテンメイの腕を引っ張って運ぼうとする。
 あいつの細腕じゃ、ゴールまで辿り着くのは一年後になっちまう。


 ……しゃーねえな。


 無理矢理に自分を鼓舞し、テンメイの救出を手伝った。

 そのときは結局、オレ、エイミー、サツキ、ガルガイン、四人全員でクッソ重いテンメイの体を一キロ先のゴールまで引きずって運んだ。ほんと死ぬかと思ったぞ。魔力循環を切らしちゃいけねえし、まじでしんどかった。

 なぜかご褒美として全員に一時間の睡眠ボーナスが付いたときは泣くほど嬉しかったものの、喜びを分かち合う余裕もなく、野宿の準備をして昏倒するように寝た。

 さらに、着衣水泳、綱のぼり、魔法相殺訓練、闘杖術訓練、など過酷な訓練が数十種類。一週間の合計睡眠時間は六時間もないだろう。思い出すだけでケツの穴がひりつくほどきつかった。逃げだそうと何度思ったかわからねえ。もう二度とやりたくねえ、というのがオレ、ガルガイン、テンメイ、エイミー、サツキ、満場一致の意見だ。

 励まし合いながら、なんとか『戦いの神パリオポテスの一週間』を乗り切ったオレたちは、以前より肝が据わったような気がし、団結力が生まれた。この一週間を境に、全員がお互いを名前で気軽に呼ぶようになり、強烈なチーム意識が芽生えた。できないことがあれば仲間が助け、できることをできる奴がする。
 前までは自分の魔力量や魔法の種類にのみ気を遣っていたが、今じゃ仲間全員の状態や魔力残量まで考慮に入れて行動するようになっている。


『戦いの神パリオポテスの一週間』の訓練後、全員が“身体強化”を成功させた。


 いやまじで嬉しかった。だってあの“身体強化”だぞ。
 グレイフナー魔法学校の生徒ですら使用者が数えるほどしかいない、魔力循環技術だ。今後、冒険者で未開の地を目指し、魔闘会へ出場するなら必須の技術だ。
 オヤジですら身体強化ができるようになったのが六年生の頃って聞いていたからな、ガルガインのボケチンと柄にもなく抱き合って喜んじまったぜ。

 その後、身体強化をしたままのランニングへと訓練は移行し、新しい魔法や運用方法などのレクチャーがあって、数週間が経過した。

 今現在、オレは全身強化“下の中”を十五分。“下の下”なら一時間維持が可能だ。
 帰ったら使用人たちに自慢してやろう。

 ちなみに、ガルガインが全身強化“下の中”を十分維持が可能。
 テンメイが“下の下”を三十分で“下の中”は使用できない。
 エイミーが“下の上”を三分、“下の中”を三十分。
 サツキは“下の上”を十分、“下の中”なら一時間の維持が可能。

 やっぱサツキがつええ。
 六年生と三年生の違いはあるが、ぜってーいつか勝ってみせる。


   ○


 朝食を食べ終わったオレたち五人は、秘密特訓場で整列していた。
 季節は冬。息を吐くと白い湯気が上がる。さみい。

「エリィ救出隊、点呼」

 リーダーを任命されたサツキが、さらりとした黒髪を冬の冷たい風になびかせながら、一歩前に出た。

「エイミー・ゴールデン!」
「はいっ!」
「スルメッ!」
「おう!」
「ガルガイン・ガガ!」
「うっす!」
「テンメイ・カニヨーン!」
「はい!」
「エリィ救出隊、点呼終了です」

 サツキが、キリッとした顔でアメリアさんに言う。
 アメリアさんは渋面のまま、うなずいた。

 オレだけずっとあだ名なのはもう何を言っても直らねえ。つーかアメリアさんが、エリィがそう呼んでいたんだから私たちもスルメと呼ぶ、と言って聞かない。この人にそこまで言われたら逆らえねえ。
 もうめんどくせえから抗議は後回しにすることにした。
 あとで盛大な猛抗議だ。

 にしても今日はどんな訓練なんだ。
 昨日やった、下半身を氷付けにされ、身体強化のみで脱出するってやつか。それとも、部位ごとに身体強化をして魔法を防御する訓練か。まあ何にせよどんなことでもやってやるがな。

「エリィ救出隊」

 アメリアさんは静かに言葉を発し、おもむろに鳥を模した仮面をはずした。仮面の下から、眉の引き締まった綺麗な顔が現れる。子供を四人産んだとは思えねえほど、若え。さすがエイミーの母ちゃんだ。
 てか、エリィ・ゴールデンも血を引いているんだよな……あいつ太っちょだから面影が微塵もねえ。それを言ったら絶対怒るんだろうなーまじで。まあ言わねえけど。

 にしてもなんだろう。いつもと雰囲気が違うぞ。
 またやばい訓練か!?

「ご苦労様でした。本日付けでこの特訓を終了にします。この二ヶ月半の訓練であなた達は、自分自身が辛いときこそ、仲間を思いやれる素晴らしい心を身につけました。その心は自信をもたらし、窮地に陥ったときの救いとなることでしょう。自分を信じ、仲間を信じなさい。それが強くなる何よりの秘訣です」
「はっ……?」

 オレはアメリアさんが何を言っているのか理解できなかった。
 この訓練が終わり?
 今このときをもって終了?
 え? まじで? まじで終わり?

「終わりって……終わりってことですか?」

 普段はクールで自信家のサツキが、めずらしく狼狽えて質問する。

「ええ。本日をもってエリィ救出隊特別訓練を終了します」
「しゅう……りょう…」

 サツキがオレ達の顔をぐるっと見回す。
 全員、呆然とした顔をしていた。
 信じられねえ……。
 まじで終わり? 終わっていいの?

「お母様…訓練は終わりなんですよね? ほんとに?」
「何度も言わせないでちょうだい。本日で終了です」


―――まじか!!?


「まじで…」
「本当に…」
「終わりなの?」
「おわり…?」
「なんということだ…」

 オレ、ガルガイン、サツキ、エイミー、テンメイの五人は顔を見合わせて、お互いを何度も確認し合った。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 オレは叫んだ。
 あまりの喜びに、胸がちぎれるほど雄叫びを上げ天空へバスタードソードを突き上げる。
 横ではガルガインがアイアンハンマーを投げ捨てて「よっしゃああああああ!」と絶叫していた。

「えいえいおーッ! えいえいおーッ!」

 エイミーが涙ながらに意味不明なかけ声で拳を上げる。とりあえずよくわかんねえけど美人で可愛い。

「ははは、夢じゃないんだ! ああ偽りの神ワシャシールよ! これが嘘だというのなら俺はお前を差し違えてでも倒しにいくだろう! サツキ嬢! 夢じゃないことを確かめたい! 俺を思い切り殴ってくれ!」
「テンメイ君! 夢じゃないよ!」

 写真家テンメイがいつも通り、なんちゃらの神がどうだこうだとピーチクパーチク言って、サツキに思い切り腹パンされ、笑顔のまま地べたを転げ回る。
 気色わりいよ! おもしれえけど!

 最後に全員で抱き合って、本気で泣いた。
 子どもでもねえのに号泣だ。

 アメリアさんが訓練開始当日に言った「つらいわよ」という言葉に対し、そんな大したことねーだろと高を括っていたが、実際はまじで大したことあったな…。やばかった。クッソきつかった。死ぬかと思ったのは軽く十回を超えている。思い返せば思い返すほど、地獄の訓練だったな。
 でもおかげで身体強化をできるようになったし、魔法の発動が二ヶ月前に比べて三倍は速くなっている。

「ではこれから冒険者協会定期試験を受けに行くわよ。事前に登録は済ませてあるから安心しなさい。Cランク未満の場合は戦力外とみなし、オアシス・ジェラへの同行は許しません。気合いを入れて試験を受けなさい」

 喜びが一変、またしても緊張感が場を包んだ。

 冒険者協会定期試験だと?
 年に一回ある、大冒険者ユキムラ・セキノの仲間が考案したっていう、あの試験?
 つーか今日とかぶっつけ本番過ぎんだろ! 大丈夫なのか?!

 しかもCランクって結構つええ冒険者だぞ。
 最低でも下位上級が連続詠唱できないとCランクにはなれないって、オヤジが言ってた気がするな。つーかオヤジも今年の試験受けんじゃなかったっけ?
 確か五年に一度試験を受けないと、自動的に冒険者証明書が剥奪されるルールだった気がする。

 まあ何にせよ受けるしかねえんだろ。
 細けえことは苦手だ。
 受けて、受かりゃいいだけの話、簡単だ。

「おいガルガイン」
「なんだ?」
「点数の低かったほうが酒をおごるってのでどうだ」
「ペッ。おもしれえ。ドワーフ代表として受けて立つ」
「決まりだな」
「ああ」

 ガルガインのスカタンと約束を交わし、にやりと笑い合って拳を突き合わせる。ドワーフの武骨なゲンコツがオレの拳に触れて鈍い音が鳴った。
 そのとき、この訓練が本当に終わったことをオレは実感した。

 テンメイ、サツキ、エイミーが笑い合って訓練の終了を喜んでいる。
 仲間っつーのはなかなかいいもんだな。

 なんだかこの場にエリィ・ゴールデンがいるような錯覚をおぼえたが、いるわけがねえと首を振る。まあ早く合流してエイミーと会わせてやろう。

 オレも、あいつに会って色々話してえしな。なーんかあいつとは気軽に話ができんだよな。女はめんどくせえといつも思ってたが、あいつに会って考えが変わったぜ。仕草は完璧なお嬢様のくせに中身が妙に男らしいなんて面白しれえ奴、どこを探したっていねえ。

 そうか……女というより、あいつの性別はエリィ・ゴールデン、なんだな。そう言ったほうがしっくりくるぜ。
 だからか。
 だから話しやすいのか。


――――やべ、なんかうけるな。


 そう結論づけると、笑いがこみあげてきた。


 よっしゃ! 冒険者協会定期試験、待っていやがれ!
 必ずCランクになってやるよ!
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ