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エリィ・ゴールデン ~ブスでデブでもイケメンエリート~ 作者:四葉夕卜/よだ

第三章 砂漠の国でブートキャンプ

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第16話 イケメン砂漠の冒険者パーティー


「これエリィ。ちゃんと聞いておるのか?」
「ええ…ごめんなさい大事な話の途中でぼーっとしてしまって」
「それでじゃ。『ハーヒホーヘーヒホー』という砂漠に生えるめずらしい草は、一年中日陰になる場所でしか育たず、魔力が多く集まる場所でしか採取できん。そんな場所はこの広い砂漠でも多くはないからの。しかも採取してから二十四時間以内に生成しないと魔薬としての効果を発揮しないのじゃ」
「あら……ということは…」
「群生地の近くに魔薬製造所がある。製造所から子どもがおる施設へ魔薬が運ばれる。その流れを水晶で追えば、場所が特定できる。という寸法じゃな」
「そうなるわね」
「これから毎日、水晶で『ハーヒホーヘーヒホー』の群生地を探すつもりじゃ」
「その危険な植物、ハーホヘーヒーヒホーはどんな見た目なの?」
「ハーヒホーヘーヒホーじゃぞエリィ」
「ハーホヘーヒーヒホー?」
「ハーヒホーヘーヒホーじゃ」
「もう! こんなふざけた名前つけたの誰よッ!? シリアスな話なのに笑っちゃうじゃない!」
「それをわしに言われてものう」
「わたし…もうダメッ…」

 名前がツボに入ってしまったアリアナが口元を手で押さえて、尻尾をぴんと立てる。

「うおっほん。話を戻すぞい。見た目は、一センチほどの茶色い草じゃな。砂漠と同系色じゃから、発見しづらく知名度が低いんじゃろう。しかも予測される群生地は、砂漠奥地の危険区域じゃから、滅多に人が近づかん」
「どのくらいで見つけられそうかしら?」
「運が良ければ一日、悪ければ二ヶ月ぐらいじゃないかのぅ」
「そうよねぇ。私たちも手伝いたいんだけど…」
「ほっほっほっほ、気にすることはないんじゃぞエリィ。わしが好きでやってるんじゃから」
「でも大変でしょう?」

 インターネットの地図情報を拡大したまま、特定の家を数百キロ単位で探すぐらい面倒な作業だ。ある程度、場所の心当たりがつくといっても、大変なのに変わりはない。

「かわいい弟子のためじゃ。ひと尻もふた尻も脱ぐのは当然じゃ」

 ポカじいが素早い動きで俺の尻に手を伸ばす。
“風の型”にある、後ろ足を曲げて蹴りを入れる動作で、ポカじいの手を弾き飛ばした。
 まったく、油断も隙もない。

「ほっほっほっほ、これはいよいよ触ることが難しくなってきたのう」
「教えの成果ね」
「うむ、いいことじゃ。残念じゃが、いいことじゃ」

 恨めしそうに俺の尻を見るポカじい。

「ジャンジャンに『ハーヒホーヘーヒホー』の事を報告しましょう!」
「そうじゃのう」

 俺とアリアナ、ポカじいは『バルジャンの道具屋』へ入り、ガンばあちゃんに挨拶し、部位ごとに身体強化する練習をしながらジャンジャンの帰りを待った。
 三十分ほどすると、魔物の血がこびりついた皮鎧のまま、ジャンジャンが店に入ってきた。魔物狩りの帰りらしい。

「あ、エリィちゃん! いつ来たんだい? 一ヶ月、姿が見えなかったからみんな君に会いたがっているよ」
「ハロージャンジャン。ポカじいと特訓していたのよ」
「へえー、すごい興味があるなぁ。アリアナちゃんも久しぶり。ハロー」
「ハロー」
「賢者様、またお会いできて光栄です」
「うむ」
「特訓って言っても、身体強化しながらランニングするっていう単純な訓練よ」
「あー身体強化ね。あれは難しいからなぁ」
「そうなのよねぇ。まだ全身の強化は“下の上”が限界なの」
「…………え? 今なんて?」
「ん? “下の上”が限界って言ったんだけど」
「うそでしょエリィちゃん。俺は“下の下”が限界なんだけど」
「嘘じゃないわよ」
「まさかアリアナちゃんも? 違うよね!?」
「私もできる。エリィより時間は短いけど…」

 静かにコンブおにぎりを食べていたアリアナが、ちょっぴり悔しそうに呟く。

「持続時間って…十秒ぐらい?」
「私は五分かしら。アリアナは三分ぐらいね」
「ははは………」

 ジャンジャンが乾いた笑いをし、引き攣った顔のまま固まった。
 ちなみにポカじいは“下の上”なら十時間の全身強化が可能だ。

「町に来るまで大変だったのよ! 身体強化が切れた瞬間にポカじいの魔法が飛んでくるんだから!」
「それは…どういうこと?」
「そういう修行だったのよ。身体強化でランニング、強化が切れると魔法攻撃。おかげでアリアナとの連携と魔法発動がかなり上手くなったわ」
「賢者様、修行で使った魔法攻撃というのはどのくらいの強さでしょうか?」
「“下の中”を連射じゃな。これぐらいの速さで」

 ポカじいが人差し指を上へ向け、“ファイア”で火を作り出す。そして付けて消してを繰り返し、連射速度を実演した。目を離すと何回魔法が行使されたのか数え間違えるほどのスピードに、ジャンジャンの開いた口が塞がらない。

「賢者様が私を弟子にしない理由がわかった気がします…」
「この二人は特別じゃ。気に病む必要はないぞい」
「なぐさめになってないですよ……」
「おぬしはおぬしでしっかり訓練しているようじゃから、地道にやるのが一番の近道じゃ」
「ええ、わかりました」

 がっくりと肩を落としたジャンジャンがひとしきりため息をつき、思いついたように顔を上げた。

「そういえばエリィちゃん、ものすごく痩せたよね? 顔が小さく見えるよ」
「あらぁ。本当に?」
「ほんとだよ。お肌もきれいになっている気がする」
「まあ、そうかしら」

 嬉しくてつい頬を両手で押さえてしまう。
 顔の肉がだいぶ落ちて、ニキビは四分の一ぐらいになった。ほんとルイボンには感謝してもし足りない。俺たちが一ヶ月いなかったから寂しがってるだろうな。あとで会いにいかないと。

「エリィは可愛い…輝きがほとばしってる…」

 アリアナが嬉しそうに口角を上げる。

「そういうアリアナちゃんもなんて言っていいのかわからないけど、女らしくなったような気がするよ。すごく可愛くなったと思う」
「そうかな…?」
「そうだよ! 二人とも、ほんといつもびっくりさせてくれるよね」
「ん…」

 恥ずかしいのか、アリアナが目を伏せる。
ほんのわずかな表情の変化なので、俺以外気づいていないだろう。だが見逃さないぜ。この顔がたまらなく可愛い。家に持って帰って飾りたいレベルだ。
 家っつっても日本に帰れないけどなっ! ちくしょー、絶対いつか帰る方法見つけねえと。

「エリィちゃーん! アリアナちゃーん!」

 気の抜けた声を出してコゼットが店にやってきた。
 ジャンジャンからコゼットが変な格好をしている理由を聞いたせいで、ドクロのかぶり物を見ると胸が締め付けられる。なるべく意識しないように笑顔で挨拶を交わした。
 コゼットは駆け寄ってきて陳列した商品に足をぶつけてつまずき、俺たちにそのまま抱きついた。

「二人ともどこに行ってたの~。修行するからって聞いたけど、一ヶ月も来ないとは思わなかったよ」
「ごめんね。本当はもっと早く戻ってくるつもりだったんだけど」
「え? え? んん?」

 抱きついていたコゼットが身を起こし、驚いたように俺の腰を何度もつかんだ。

「くびれがすごぉい! それにエリィちゃん、どうしたの、その顔? そんなに顔ちっちゃかったっけ?」
「痩せたのよ! 顔のお肉が落ちたの!」
「すごーい! きゃー、足も細くなって引き締まってる!」
「コゼット…」

 アリアナがコゼットの服の裾を引っ張り、俺の胸を指差す。なぜか生唾をごくりと飲み込み、コゼットがおもむろに胸を触ろうとしてくる。
 咄嗟に胸を隠そうとしたが、両腕が鉛に変質したかのように重くなった。

「や、やわらかい…あと大きい…」
「ちょっとアリアナ! 私の腕に“重力グラビトン”かけたでしょ!」
「ふふっ…」
「身体強化ッ」

 “下の上”のフルパワーで腕を強引に動かし、アリアナの狐耳の裏側をつんつんする。“重力グラビトン”は上位下級魔法ではあるものの、“下の上”でフルパワー部位強化すれば動くことが可能だ。

 “重力グラビトン”が解除されたので、胸を揉んでいるコゼットを引っぺがして持ち上げた。“身体強化”のおかげで缶ジュースを手に取るぐらいの重さに感じる。

「きゃっ」
「弱点をつつくのは禁止…」
「勝手に胸を揉まないでちょうだい!」
「だってだって~」
「だってだってじゃないわよ。まったく……もうッ!」

 コゼットを下ろして身体強化を解除し、どさくさに紛れて尻を触っているポカじいに“電打エレキトリック”をお見舞いした。

「世界最高峰の尻に育ってわしは誇らしイィィィィイイババババババキャバルディッ!」

 黒こげになったポカじいを外に捨てて、と。

「全然話が進まないわよ! ジャンジャンとコゼットに話そうと思ってたことがあるの……ってジャンジャン!?」
「ご、ごめん……鼻血が出てしまった」

 ジャンジャンが申し訳なさそうに、鼻の穴に指を突っ込んでいる。

「もうほんとにみんな仕方ないわねぇ。“治癒ヒール”」
「ありがとうエリィちゃん」
「どういたしまして。えっちな観察はほどほどに」
「うっ…!」
「アリアナ、コゼット。次、勝手に胸を揉んだり揉ませたりしたらおしおきだからね」
「ごめんエリィちゃん」
「しゅん…」

 そのあとジャンジャンがコゼットに「やっぱりエリィちゃんがいいの?!」と理不尽に叱られ、アリアナが麦茶似のお茶を持ってきて落ち着いたところで、例の植物『ハーヒホーヘーヒホー』の話題になった。

 危ない盗賊団の根城である子ども魔改造施設がもうじき見つかる、という報告にジャンジャンが跳び上がって喜んだ。
 彼は彼で、信用できる冒険者に声を掛けて、魔改造施設の攻略パーティーを組織しており、今のところCランクが八名、Bランクが二名、参加に了承してくれているそうだ。

「竜炎のアグナス様が協力してくれると心強いんだけどね」
「あら、お願いしてないの?」
「そんな! 恐れ多くて話しかけられないよ!」
「へえーアグナスってすごいのねぇ」
「Aランクで炎の上級まで使える冒険者だよ! キングスコーピオンとクイーンスコーピオンを一人で倒せるのはジェラに彼しかいない! しかも、冒険者協会定期試験でジェラの最高得点記録877点を保持している凄いお方なんだよ!」
「じゃあ頼みましょ。ルイボンと仲良いみたいだし」
「そんな軽い感じで頼める相手じゃないよ。雇うことになったら一週間で最低でも五百万ロンはかかると思う」
「五百万ですって!?」
「しかもアグナス様のパーティーには、もう時期Aランクだろうと言われている、Bランクの『烈刺のトマホーク』『白耳のクリムト』『無刀のドン』っていう凄腕三人がいるんだ。全員雇うとなれば二千万ロンはするんじゃないかな」
「やめましょう。ええ。そんなお金ないわ」

 ジェラの町民から募金でもするか。ひょっとしたら子どもを取り戻せるかもしれないし、協力してくれる可能性はある。だが、施設に子どもが一人もいませんでした、って可能性もあるし、変に期待させても面倒だ。募金は却下か。

「エリィちゃん。そろそろ来る頃だと思うよ」
「誰が?」

 コゼットが店の入り口を見ている。
 すると、髪型を変えてすっかり別人になったルイボンが入ってきた。

「コゼット! エリィは帰ってきた!?」
「ほらね」

 コゼットがくすっと笑って俺を見て、ルイボンに向き直った。

「ハロールイス様。私の隣にいますよ」
「エ、エ、エリィーーッ!」

 ルイボンが満面の笑みで叫んで駆け寄ってくるが、その行為が恥ずかしいと思ったのか途中で急ブレーキをし、怒って口をとがらせた。

「ふ、ふん! ほんのちょっとだけ心配だったから様子を見に来たわよ! たまたま今日来ただけよ! たまたま用事があったからねッ!」
「ルイス様は毎日二回、必ずお店に来てくれるの」
「コゼット! それは秘密にする約束でしょう!?」
「あ……ごめんなさい。つい言ってしまいました」
「違うわ! 嘘なの! コゼットの言っていることは嘘よ! 毎日エリィが帰ってきているか確認なんてしていないわ!!」
「ハロールイボン! 会いたかったわ!」

 思わず彼女に抱きついた。

「見てよほら! こんなにニキビが減ったのよ! あなたがプレゼントしてくれた『星泥の化粧水』のおかげ!」

 これでもかとルイボンに顔を近づける。

「まあっすごいキレイになっているじゃない!」
「そうなのよッ。ニキビにずっと悩んでいたから嬉しいわ」
「よかったわねエリィ! あとちょっとでつるつるのお肌よ!」
「ルイボン本当にありがとうね。探すの大変だったでしょう? しかもお小遣いまで使わせてしまって…」
「べ、別にたいしたことないわ! 私にかかればちょちょいのちょいよ! ふん!」
「実はポカじいに聞いちゃったのよ。あなたが自分の足であの化粧水を探し回っていたって。商人と交渉までしたんでしょ?」
「ま、まあね。それぐらいは当然よ!」
「見てルイボン…」

 今度はアリアナが顔を出した。ルイボンがほっぺたをつつく。

「アリアナの顔もキレイになってる!」
「ぴちぴち…」
「よかったわねぇアリアナ」
「うん…」

 俺とルイボンで、アリアナの狐耳をもふもふした。
 そして、思っていた言葉をルイボンに伝える。思ったことはちゃんと言葉にしないと、しっかり伝わらないもんだ。

「あなたと友達になれてよかったわ」

 エリィのサファイヤの瞳に、本気の気持ちを込め、ルイボンを見つめる。グレイフナーじゃ雑誌の編集やデザインで忙しくて友達を作る暇がなかった。大切な仕事仲間はできたが、年の近い女友達はエリィにとって二人目だ。きっとエリィでも、俺と同じことを言ったんじゃないだろうか。

 ルイボンがどぎまぎした顔を作り、すぐさま顔を背けた。

「ふ、ふん! エリィが言うから仕方なく友達になってあげたの! 仕方なくね! そこのところを間違えないでちょうだい!」
「うふふっ。そうね」

 素直になれないルイボンが妙に可愛らしいのでつい笑顔になってしまう。
ルイボンは顔を赤くし、もじもじしながらニヤけるのを我慢していた。


   ○


 ルイボンにも俺たちが置かれている状況を話すことに決め、ありのままを伝える。彼女も五年前の盗賊襲撃事件には心を痛めていたようで、真剣に話を聞いてくれた。

「そういうことだったら私がアグナス様に頼んでみるわ。というより、アグナス様は命を救ってくれたお礼がしたい、と常々言っているから快く引き受けてくれると思うわよ」
「それは本当ですか?!」
「ええ。それからお父様にお願いして護衛の兵士をつけてあげる。本来なら私たち領主が解決しなければいけない事件ですもの。できる限り協力させてちょうだい」
「ありがとうございますルイス様!」

 ジャンジャンが土下座せんばかりの勢いで頭を下げた。

「別にたいしたことじゃないわ! 当然のことよ!」

 自信ありげに言うルイボンが頼もしく見える。施設の規模などはわかっていないので、どのぐらいの人数を割くのかなどは、ルイボンが父親である領主に聞くそうだ。まあなんにせよまずは奴らの居場所がわかってからだな。

 話の間、お隣のバー『グリュック』で酒を飲んでいたポカじいを連れて俺たちは冒険者協会に向かう。途中でたこ焼きを買い、獣人三バカトリオの「どうぞどうぞ」を見ることも忘れない。

 道すがら、みんなが口々に痩せたね、と言ってくれるのが嬉しかった。俺に見惚れて、たこ焼きを取りこぼす男もいるぐらいだ。
エリィ見てるかー! モテてるぞー!

 冒険者協会のスイングドアを開けて、カウンターの一つへ向かう。時刻は夕刻。素材を換金しにきている冒険者でごったがえしていた。七つあるカウンターすべてに列ができており、フリースペースにあるテーブルでは、泥や返り血で汚れたむさくるしい男たちが豪快に笑い合って酒を飲んだり、パーティーで集まって話し合いをしたり、武器の点検をしている。
 列に並ぶと、商店街七日間戦争で顔見知りになった冒険者たちに声をかけられ、そこかしこから野太い声が飛び交った。

「お、エリィちゃん! 久しぶり!」
「エリィちゃんまた可愛くなった?!」
「デートしてくれる気になったかい」
「アリアナちゃん! 俺を鞭で叩いてくれ!」
「あの子が白の女神だよ。かわいいだろ」
「ジャンから聞いたよ! 俺も参加するから!」
「断固として俺はアリアナ派だ」

 いつになったら褒められる事に慣れるのか、顔を赤くしつつ、知り合いと挨拶をかわしていく。
 全然知らない冒険者から自己紹介をされ、褒められてデートの誘いを受ける。褒められすぎてエリィの体がオーバーヒートしそうだ。

 列の先頭に来てほっと一息つき、ネコ耳の受付嬢に聞いたところ、アグナスは簡単な討伐の仕事に行っており明日戻ってくるそうだ。

 竜炎のアグナスへの伝言を残し、ジャンジャンとコゼットと別れ、俺とアリアナ、ポカじいはルイボンの家へ向かった。どうしても今日は泊まってほしいとのことだったので、ポカじいに許可をもらった。別に他人に見られても問題ないそうなので、十二元素拳の稽古はルイボンん家の庭でやるつもりだ。


   ○


 食事後、きゃぴきゃぴと騒ぎながらルイボンとアリアナと化粧の練習をし、ルイボン邸の庭に出てポカじいに十二元素拳の稽古をつけてもらう。

 いつもならアリアナは鞭術を教えてもらう時間なのだが、サキュバスはポカじいの家から離れられないらしいので、稽古風景を見ながら身体強化の練習だ。アリアナはついでにと、ルイボンに魔力循環を教えている。

「やあっ!」
「強化が乱れておるぞぃ」

 腰を落としたまま両手を突き出し、左手を下げ、右手を顔の横へ。

「はっ! やあっ!」
「もっと己の奥底にある魔力を見つめるんじゃ」

 膝蹴りの要領で片足を上げ、相手の顎を狙うように右手を打ち出す。

「はっ! やあっ!」
「武術は自己修養じゃ。己を見つめよ、エリィ」

 足を踏み込んだ勢いで左手を正面へ打ち、右拳は腰へ。

 洪拳に似た“火の型”と“土の型”を繰り返す。腰を落とした状態を基本とした、攻撃に特化した型で、いずれも力強く、拳ではなく指をかぎ爪の形にして構える。
 身体強化は“下の下”。
 型稽古をしながらこれ以上の強化は今の段階では無理だ。魔力循環を調整する時間が二秒ほどあれば“下の上”で思い切り殴打することは可能だが、戦っている最中にその余裕があるとは思えない。

「形がちいと違うのぅ。腕がその位置だと防御がコンマ一秒遅れるぞい」
「こうかしら」
「こうじゃ」

 ポカじいが見本を見せてくれる。キレがよく、姿勢がブレない。しかも身体強化は“上の下”。腕を振るだけで砂埃が舞う。もし誰かに拳が当たったら、五十メートルは吹っ飛ぶらしい。まじでやべえ。

 次に“風の型”と“水の型”を繰り返す。詠春拳に似た、最小限の動きで攻・防をバランスよく使い分ける型だ。隙をついて相手の姿勢を崩し、手数が多い攻撃で仕留めるというもので、非力な使い手でも相手に決定的なダメージを与えることができる。基本、待ちの姿勢であるが、連続肘打ちや、回し蹴りのような攻撃的な型もあり、不思議にも火と土へスムーズに移行が可能だ。

 一時間半で体力切れになり、そろそろ稽古は終了だ。型もだいぶ憶えてきて、上達していることがわかり俄然やる気が出る。なんとか盗賊団の根城を襲撃するまでに、“下の上”の全身強化した状態で型をできるようになりたい。


   ☆


「はぁ~あの子すごいわねぇ。いつの間にかあんなに痩せて、綺麗になって、しかもまだ自分を鍛えてる。会ったときはおデブのニキビだったのに、今は別人だわ」
「エリィはいつでも一生懸命…」
「なんだかエリィを見ていると、今までの自分がすごく恥ずかしいわ」
「どうして?」
「領主の一人娘でありながら勉強を途中で投げ出しちゃってるし、領地のことだってよく知らないし、魔法の練習も中途半端だもの」
「そう……ルイボンはこれから頑張ればいいよ…」
「そうよね、今から頑張ればいいのよね。でも…来年から領地を見るお手伝いがあるの。うまくできるか不安だわ」
「大丈夫。ルイボンは優しいから…」
「べ、別にそんなことないわよ! アリアナとエリィに優しくしたことなんて一回もないんだからね! 一回も!」
「ふふっ。そうだね…」
「そうよ!」
「応援してる」
「あ、ありがとう」
「どうしたの? 顔が赤いよ…?」
「べ、べ、別に赤くなんかないわよッ!」
「そう……。見てルイボン、稽古が終わったみたいだよ…」
「ほんとだ。エリィって何をやっても様になるわね。十二元素拳だったかしら? 体術なんて全然流行らないのに」
「エリィは天才。ポカじいはすごい人。スケベだけど…」
「そういえばあのおじいさん、ただ者じゃないみたいだけど、誰なの?」
「砂漠の賢者ポカホンタス」
「………………………え?」
「嘘みたいだけどほんとの話…」
「いやぁねえ……そんなわけないじゃない! 砂漠の賢者といったら伝説の人物よ。生死不明の謎多き魔法使いで、絵本にもなってるんだから!」
「生きてる。スケベだけど」
「ううーん」
「嘘じゃない」
「ほんとに…?」
「そうだよ…」
「え~っ。そんなまさか~」
「信じられないのも無理はない。スケベだから…」


   ○


 翌日、俺とアリアナ、ポカじい、ルイボンの四人でオアシス・ジェラ冒険者協会へ向かった。
 いかつい冒険者の顔見知りと挨拶をしつつカウンターまで歩き、アグナスが帰っているか確認してみる。受付の猫娘が嬉しそうに、首肯した。

「カッコいいアグナス様は支部長の部屋にいるニャ。カッコいいアグナス様はエリィ嬢が来訪したら、そのまま部屋に来るように言っていたのニャ。カッコいいアグナス様に会いたい気持ちはわかるから、ついてくるニャ」

 猫娘がアグナスにぞっこんなのはよくわかった。

 俺たちは尻尾をふりふりして歩く猫娘について歩き、日本の市役所をレトロな木造にしたような、オアシス・ジェラ冒険者協会の階段を上がり、奥の部屋に通された。
 中には、白髪で腰が九十度曲がったじいさんと、燃えるような赤髪に赤い鎧のアグナス、神官服のような服を着た大柄な男、中肉中背で刀を背負ったターバンの男、背の低いマント姿の男が、品のいいソファーに座っている。全員、旅塵にまみれた格好をしているが、気にした様子は一切ない。

「白の女神エリィちゃん! 会いたかったよ!」

 ギリシャ彫刻も逃げ出したくなるほどの整った顔をしたアグナスが、白い歯をきらりと輝かせて俺の前に跪き、右手を取ると口づけをした。

「え、え、え…?」

 ぎゃーーーっ! 不意打ちやめて!
 ほんと覚悟してないと顔がまじで熱くなるんだよ!
しかも焦って声が出なくなるおまけつき!

「おっと、これは失礼」

 アグナスはくだけた調子で笑うと、俺を見てすぐに手を離してくれた。

「お礼をしようと何度か西の商店街に行ったんだけどね。こうして会えてよかったよ」
「白の女神。何度目になるかわからないが、アグナス様を救ってくれてありがとう」

 大柄な立ち上がって神官男が礼儀正しく一礼する。

「ありがとよエリィちゃん」
「白の女神、この礼は必ずする」

 続いてターバンの刀男と、背の低いマント男が頭を下げる。

「レディとして人助けは当然だわ」

 アグナスが離れて返事をする余裕ができたので、優雅にギャザースカートの裾をつまんで一礼を返す。

「ふっ、噂通りの子だね君は。それで、今日はどうしたんだい? ルイスまで一緒にいるようだし、何かあったのかな?」

 アグナスは爽やかに言うと、ルイボンにも跪いて手の甲に口づけをする。
そういった挨拶が苦手なのか、アリアナは三歩ほど下がって牽制していた。かわいい。
 ポカじいはアグナスと会えて嬉しそうなルイボンの尻をじっとりと見つめて、トップブリーダーが自ら育てた犬を見るように、うむ、とうなずいている。スケベじじいは尻にしか興味がない。

「実はお願いがあって来たの」
「お願い? 君のお願いなら世界の果てでも行くよ」
「まあ! でも…私たち、あなたを雇うお金はないわ…」
「お金なんていらないよ。遠慮しないで言ってごらん」
「ありがとう。でも休まなくていいのかしら? アグナスさんたちは遠征でお疲れではなくって?」
「お気遣いありがとう。一日二日寝ないでも平気なぐらいには鍛えているよ。それから僕のことはアグナスでいいよ」
「ジェラでは有名な冒険者なのでしょう? 呼び捨てはちょっと…」
「かまわないよ」
「……わかったわ、アグネスちゃん」
「アグネスちゃん?!」
「アグナス様がちゃん付け!?」
「しかも微妙に名前が違う!?」
「アニキがちゃん付けッ!?」

 神官男、ターバン刀男、背の低いマント男が悲鳴に近い声を上げた。

「あっはっはっはっはっは! そんな変なあだ名をつけられたのは初めてだよ!」
「エリィ! アグナス様にちゃん付けはやめてちょうだい! あと名前が違う! アグナス様よ! ア・グ・ナ・ス・さ・ま!」

 ルイボンが、行き遅れた年増女がブーケトスを奪取するぐらいの勢いで顔を寄せてくる。
 近い近い! 顔が近い!
 クラリスみたいなことすんなよ! あ、クラリス元気かな。

「面白いからそれでいいよ。でもせめてアグナスちゃんにして欲しいかな」
「アグナス様!」
「まじかよ…」
「アニキがちゃん付け!?」

 三人は信じられないといった様子でこちらを見ている。こう見えてアグナスは気むずかしいところがあるらしく、怒りを買って丸焦げにされてもおかしくなかった、というのは後日聞いた話だ。
 それほど、俺に恩義を感じてくれているらしい。

「それで、どんな話なんだい?」

 アグナスが優しく微笑む。
 普通の女子なら一撃でコロッと恋に落ちる爽やかな顔だ。

「込み入った話になるから座ってほしいわ。私たちもよろしいかしら?」

 営業の癖で、場の主導権を握るために、つい仕切りをやってしまう。この中で一番偉いと思われる、支部長らしき腰の曲がったじいさんに確認した。
 彼はにこにこしているだけなので、肯定と受け取りソファーの空いている席に座った。ポカじいはいつの間にか窓際に佇んでいる。

 軽い自己紹介をし、本題に入った。
 ちなみに、神官服のような服を着た大柄な男が『白耳のクリムト』、中肉中背で刀を背負ったターバンの男が『裂刺のトマホーク』、背の低いマント姿の男が『無刀のドン』だ。アグナスをリーダーとした四人パーティーらしい。

 五年前の盗賊団の話から始まり、子どもの魔法使い、魔薬、ハーヒホーヘーヒホー、魔改造施設の捜索と、盗賊団から子どもたちの奪取する作戦、すべてを伝える。さすがこの町一番の冒険者で、砂漠の国サンディにも名が知られているパーティーだ。話が終わると、具体的なメンバー編成の案と、旅に必要な物資や金額が提示される。資金についてはジェラが持つとルイボンが保証してくれた。
 盗賊団を倒したはいいが、子どもを安全に町へ輸送できませんでした、ではお話にならない。その辺もアグナスたちならぬかりなく案を出してくれそうだ。

「とりあえずはこんなところだろうね。敵の規模が不明なのが痛い。情報が出揃ってからパーティーを組むとしても、結構な規模になるから事前準備が大事だ。その辺の準備は僕らにまかせてくれ。お前達、重い依頼はエリィちゃんの依頼が終わるまで受けないからそのつもりでな」
「はい」
「おうよ」
「ウッス!」
「ご高名な魔法使いの方、この度はご協力感謝致します。水晶で遠見ができるとは…噂でしか聞いたことのない技術ですよ」
「ほっほっほっほ、気にせんでええよ。可愛い弟子のためじゃ」
「事件が解決したあと、あなたとは一つ手合わせをお願いしたいですね」
「ほっほっほっほ、それは勘弁じゃのお」

 クリムト、トマホーク、ドンの三人がぎょっとした顔でポカじいを見た。どうやらアグナスがこんなことを言うのは滅多にないみたいだな。しかもじいさん面倒くさがって断ってるし。

 強者は強者を知る、ということなんだろう。

 話がまとまったので解散となり、部屋から出ようとする。
 すると、ずっとにこにこして黙っていた支部長のじいさんがおもむろに立ち上がって、口を開いた。腰が九十度曲がっているよぼよぼジジイなのに、滲み出る威厳を感じる。
 俺とアリアナ、ルイボンは何か重大なことを伝えてくれるのでは、と否が応でも期待を高め、身を乗り出した。


「じぇらぼうけんしゃきょうかいへようこそぉ」


 やっと時が動き出したじいさんを見て、三人でずっこけた。


   ○


 一ヶ月が過ぎた。


 身体強化ランニングでジェラに向かい、治療院の手伝いをして、新しい魔法を憶えて反復練習し、ルイボンの家でお化粧の研究をする。また身体強化ランニングで家に帰り、そのあと俺は十二元素拳の稽古、アリアナは鞭術の稽古。これが基本的な一日の流れだ。

 身体強化ランニングは“下の中”で走れるようになり、町までの所要時間は五十分だ
 四十キロのフルマラソンを五十分とか、もはやツッコミどころしかない。

 それから、カンフーと同じで十二元素拳は足腰が重要なので、筋トレもしている。ただ、筋肉量を増やす必要はそこまでないとポカじいに言われたので、自体重で行う簡単な筋トレだ。身体強化をすると魔力で筋肉量を簡単に補えるらしい。か弱い女性の身体強化“下の下”と、マッチョ男の身体強化“下の下”は、パワーにほぼ差がないそうだ。

 おかげで、しなやかで柔らかく、引き締まった体つきになってきた。もともとエリィは体が柔らかかったのか、ストレッチのおかげで楽々股割りができる。百八十度開脚してからの、かかと落としもばっちりだ。体重計に乗ると五十二キロ。これ以上は減らさないほうがいいだろう。

 というかね………まじで鏡に映っている自分が怖いぐらい可愛い。
 自分で見て、思わず見惚れるレベルだ。
 化粧水のおかげでニキビがすっかり消えてくれ、エリィ本来のきれいな肌になっている。
 髪の毛も運動と食事の献立がいいのか、若さの特権である瑞々しさを取り戻し、キューティクルがやべえ。光に当たると天使の輪ができる。金髪なのに。

 百十キロからよく頑張ったぜ。
 五十八キロもダイエットしたのか…。
 思えば転生しちまったあのとき、座ると贅肉が椅子の手すりからはみ出してたもんな。それが今やどうよ。このスタイルなら子ども用の椅子でも座れる。あ、いや、意外といい尻してるから無理か。
 まあ、天才の俺じゃなきゃここまでやるのは無理だっただろうな。

 エリィ見てるかー! 超絶かわいくなったぞー!
 国宝級に可愛いぞおまえ! エイミーとタメ張るぐらい可愛いぞ~!
 俺は仕事した! まじでいい仕事したと思う!
 いやぁ、よかったよかった。これで大手を振って日本に帰れるなぁ~。


 完。


 いや終わんねえから! そもそも日本帰れねえし元の姿にも戻れねえから!
 って俺は何ひとりでノリツッコミしてんだよ…。
 あ、そうだ。今日はコゼットに作ってもらった『デニム生地』のショートパンツを履いていこう。俺のこの、健康的で白くて長い生足を見て、みんな驚嘆するがいいさ。ふふふ…。

 にしても、これから冒険者協会定期試験とやらに参加することになっているが、一体どんな試験なんだろう。ジャンジャンとクチビールがやけに張り切っていたな。誰々が何点で何ランク、魔法発動がやれ何点だ、打撃力がやれ何点だ、などなど。冒険者協会は最近試験の話題で持ちきりだ。


 出発の準備をしていると、ポカじいが顔を綻ばせて俺とアリアナの部屋に入ってきた。


「ついに『ハーヒホーヘーヒホー』を見つけたぞい!」
エリィ 身長160㎝・体重52㎏(-2kg)
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