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エリィ・ゴールデン ~ブスでデブでもイケメンエリート~ 作者:四葉夕卜/よだ

第三章 砂漠の国でブートキャンプ

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第14話 イケメン砂漠の回想

 コゼットの部屋は彼女の人柄をよく表した家庭的なものだった。裁縫道具が机の上に置いてあり、手作りのクッションが部屋の隅に並べてある。裁縫で使うのか、色とりどりの布きれが麻かごに収納されいた。よく言えば斬新、悪く言えば趣味が悪い、意味不明なファンションの数々がハンガーにかけられ、部屋の一角で異彩を放っている。

 コゼットは俺たちを敷物へ座るようにすすめ、クッションをひとつずつ配った。部屋を出て麦茶によく似たお茶を人数分持ってくると、自分も腰を下ろした。
 コゼット、俺、アリアナは膝をつき合わせるように座り、ポカじいは座らずに窓の近くで佇んでいる。どうやらそこで話を聞くらしい。

「えーみなさんお集まり頂きまして誠にありがとうございます」
「コゼット、そういう慣れない前置きは別にいいわよ」
「あ、そうだよね~」
「自分のペースで話してくれればいいから」
「うん。ありがとうエリィちゃん」

 コゼットはいい意味で普段からしている気の抜けた顔を、沈痛な面持ちに変えて黙り込んだ。過去の出来事を思い出して、どこから話せばいいのか分からなくなっているのだろう。
 その気持ちはよく分かる。
 人間は辛い過去を本能的に頭の奥底へ追いやっているものだ。そうでもしないと、正常な思考ができず、日々の生活に支障が出る。最悪の場面をリフレインして脳が痺れ、その痺れが両腕両足にまわり、呼吸が浅くなる。どうして自分はここにいるのか、どうしてあのとき何もできなかったのか、何度も逡巡して後悔し、解決しない問いを自分自身に延々と投げ続ける。

 そんな記憶、辛い過去は、時間が経つと次第に薄れていく。
 忘れたい記憶をいつまでも鮮明に覚えていては、人は生きていけない。
 人間はたくましくできている。

 だが、完全に忘れるわけではない。自分の心に薄皮を張って問題ないふうを装っているだけだ。ふとした日常の瞬間に薄皮が破れて、記憶の暗い穴に戦慄し、何度もえぐられた傷が再度広がって自責の沼へ落ちていく。

 咄嗟に彼女の手をにぎり、できる限り優しく包み込む。
 アリアナが反対側から、寄り添うようにしてコゼットの腕を抱きしめた。

「ごめんね……エリィちゃん、アリアナちゃん…」
「いいのよ」
「大丈夫…」

 しばらくしてようやく考えがまとまったのか、コゼットは口を開いた。
 顔色は悪くないが、いつもの元気な様子は欠片もない。

「ジャンにはね、フェスティっていう七個下の弟がいるの。いえ……いたの」

 そうか……今の一言でぼんやりと話が見えてきたな。
 黙って力強くうなずき、彼女が話しやすい雰囲気を作る。コゼットは大きく息つぎをして言葉をつなぐ。

「五年前、オアシス・ジェラに大規模な盗賊団が襲撃した、という話はエリィちゃんがルイス様から聞いたとおりだよ。彼らの目的は金銭や物ではなく、子どもだった。どういう基準かわからないけど、あらかじめ決めていた標的を狙うように、特定の子どもをさらっていったの。その標的にフェスティも入っていた」

 途切れ途切れではあるが、コゼットは五年前の悪夢を語った。

 五年前の深夜二時、新月の夜に盗賊団による大規模な人攫いが発生。男女を問わない六才から十才の子どもが三十五名誘拐された。誘拐は粛々と実行され、子どもがいなくなったことに気づいたのは攫われた後、という家がほとんどだったそうで、盗賊団の仕業だとわかったのは、町の有力な商家が襲われた際にたまたま泊まっていた冒険者パーティーと盗賊団が戦闘になったからだ。

 冒険者パーティーは四名で、全員がCランク。
 Cランクといえば実力者と認められるレベルで、下位上級魔法が瞬時に唱えられる強さだ。さらに冒険者としての知恵、未開の地を歩く知識が必要で、ある程度強い魔物を退治できないとCランクには上がれない。身近な存在だと、ジャンジャンやクチビールがCランクに当たる。

 話によれば、Cランクの冒険者の四名がわずか五分ほどで戦闘不能にされたらしい。しかも相手の盗賊はたったの三名。しかもそのうち十才ほどの子どもが二名。

 この世界では基本的に、子どもは魔法が使えない。
 未成熟の身体で魔法を使うと負荷がかかりすぎ、四肢が破損すると言われており、実際に無理に魔法を使って死亡するケースが過去何度も起こっている。グレイフナー魔法学校の入学条件が十二歳から、というのもそれが原因だ。

 事態の異常性を感じた有力商家がすぐさまジェラ警備隊に呼びかけ、町全体が緊急警戒態勢になった。その日、町は上を下への大パニックになったそうだ。いつ自分の子どもが攫われるかわからないのだ。

 混乱に乗じて別の盗賊団が強盗騒ぎを起こし、事態はより深刻になる。
 その間にも子ども達は盗賊団に攫われ続け、西の商店街『バルジャンの道具屋』にも魔の手は伸びた。

「あの日、私はギランさんと西門の兵士さんが商店街に注意を呼びかける声で起きたの。お父さんがサンディまでお酒の買い付けに行っていたから、家には私ひとりだけで……不安になっちゃって、すぐジャンの家に行ったんだ。そうしたら黒い頭巾をかぶった大人一人と子ども二人が店の中に入っていくのが見えた。……私、怖くって………足が動かなかった。その三人組は私に気づいていたんだけど、冷徹な目で睨んで家の中に入っていったの。あの目は、怖かった。何を考えてるのかわからない目をしていた…」

 そのあと、部屋で争うような音があり、ジャンジャンの弟フェスティが連れ去られたそうだ。当時フェスティは十歳、ジャンジャンは十七歳。ジャンジャンは肩から血を流した状態で二階から降りてきて、外まで出ると、意識を失ったらしい。
 そのときまでずっと店の外でコゼットは放心しており、ジャンジャンが倒れてようやく助けを呼ぶ声を張り上げることができたそうだ。

「あのとき私がすぐ誰かに助けを呼んでいたら……きっと………」

 五年間してきたであろう自問を吐露し、コゼットはスカートの端を握りしめて口元を歪める。決して泣くまいとしているのか、瞳に溜めた涙が臨界寸前といった様子だ。

「だから私なんかが、ジャンの恋人になる資格はないよ…」
「そんなことはないわ」
「ううん、エリィちゃん…どうしてもダメなの。ジャンのこと……こんなに好きなのに………」

 あのときこうしていれば、あのときああ行動していれば、たらればでは誰も救えない。おそらく助けを呼んだとしてもジャンジャンの弟フェスティは助からなかっただろう。異常な盗賊団相手に、西門の兵士と商店街の一般人が駆けつけたところでどうにもならなかったはずだ。

 それでも、優しくて真面目なコゼットは耐えられなかったんだろう。自分ができたであろう最善の行動を緊急時に取れなかった自分が許せなかった。

「どうして盗賊団の仕業、と言われているの? そこまで異常な集団が各個に行動して子どもを誘拐したんでしょ。ただの盗賊団とは思えないわ」

 沈黙を破る意味も含めて、疑問をコゼットに投げた。

「捕縛した数名が、自らを盗賊だ、と名乗ったからだよ。でもね、捕まえた大人と子ども、全員何かしらの強力な黒魔法がかけられていたみたいで、それ以上の事は聞けなかったらしいの。それにもう捕まった人たちは誰かの手で………」

 殺されたのか。
 やけに物騒な話になってきたな。

 十歳前後の子どもがいる盗賊団。
 子どもを攫う理由は一体なんなのか。
 どこに連れ去ったのか。

「わかったわコゼット。ちなみにその盗賊団はペスカトーレ盗賊団という名前ではないわよね?」
「ううん、違うよ。特に名前はないみたい。ただ『盗賊団』と自白したらしいの」
「ポカじい、どう思う?」

 これまで窓の外を見ていたポカじいがゆっくりと振り返った。

「ふむ。盗賊団にいた子どもは魔法を使えたのじゃろ?」
「そうみたいです…」

 コゼットは信じられないけど、といった顔でうなずいた。

「子どもに魔薬を投与すれば、魔法を行使しても未成熟さによる四肢断裂等の被害が防げる、という文献を百年ぐらい前に読んだことがあるのぅ。まさか実行している輩がいるとは思えなんだが…。どうやらそういうことらしいのぉ」
「なるほど。ということは少なくともそういった魔薬が作れる場所か取引できる場所に、子どもが攫われた可能性が高い、ということね」
「そう考えるとじゃ。おそらくじゃが攫った子どもたちにも魔薬を投与している可能性が高いんじゃないのかの」
「人体実験ということ?」
「ふむ、そうかもしれんし、そうじゃないかもしれん。憶測ではあるが、子どもが魔法を行使でき、尚且つCランクの冒険者に勝つほどの実力を身につけている、となると導かれる可能性は少なくなるじゃろうて」

 確かにポカじいの言うとおりだ。
 狙った子どもを攫うような誘拐の手順、ということはあらかじめ魔薬投与に耐えられそうな子どもを選別しておき、一気に誘拐した、という憶測が立つ。方法は不明だが。

 攫った子どもを魔薬で魔改造し、強い魔法使いになるよう訓練して、どこかへ送り込む。あり得なさそうであり得る話だ。そういや歴史好きの田中が、世界大戦中に子どものうちから訓練して軍の戦士に仕立て上げる組織があった、という話を声高にしていたような気がする。
 あーくそ。こんなことならあいつの話をもっとちゃんと聞いておけばよかったぜ。

「今の話を聞く限り、子どもを誘拐している輩の中に強力な黒魔法を使える魔法使いがいるんじゃろうな。子どものうちから精神系の強烈な黒魔法、そうじゃな、中級クラスの“催眠せし者(ヒプナティズム)”や“脅迫せし者(スレット)”という魔法を浴びせ続ければ、使用者の傀儡になるじゃろうの」

 ポカじいの言葉に同じ黒魔法使いとして感じるものがあるのか、アリアナがぴくりと反応し、コゼットが信じられないと目を見開いた。

「ないとは思うが黒魔法の上級まで使える魔法使いがいたら厄介じゃ。さらに強力な“強制改変する思想家(グレート・ザ・ライ)”という禁魔法があっての、条件が揃うと文字通り己が信ずる思想を根本から改ざんされる。使用者が死ぬか魔法を解除せぬ限り、思想支配が続くのじゃ」
「なによそれ。反則技じゃない?」
「詠唱呪文が秘匿されており、尚且つ黒魔法の上級じゃ。使用者がいるとは思えんが可能性はゼロでない。わしも文献でしか見たことがないのぅ」
「ポカじいは使えないの?」
「わしは使えんよ。使いたくもない」
「エリィ…」

 今まで思案顔で押し黙っていたアリアナが無表情に声を上げた。

「その話が本当なら…おそらくグレイフナー孤児院の子どもたちは、その危険な盗賊団の元へ運ばれたんだと思う…」
「どうして?」
「わざわざグレイフナーからサンディへ子どもを誘拐する理由がない…。でも、魔力が高い子どもや資質がありそうな子どもだったら話は別…」
「たしかに辻褄は合うわね」
「グレイフナーは武の王国。でも国民全員が整った環境で教育を受けられる訳ではない。強い魔法使いの資質を持っているにもかかわらず、孤児になってしまう子どもはいる…」
「孤児院に有能な子ども達を集めていた、ということ?」
「たぶん…」

 そう聞けば、グレイフナーで起きた孤児院の不可解な誘拐事件が、線として繋がってくる。思えばおかしい。ただ子どもを誘拐するだけなら、郊外の警備が手薄な町を襲撃すればいいだけの話だ。
 なぜ、わざわざ首都グレイフナーのど真ん中にある孤児院を襲って子ども達を誘拐したのか。警備が厳しいグレイフナーから数十人の子どもを連れてどうやって抜け出したのか。

 前者は、才能がある子どもを一括管理でき、孤児院なので余計な詮索が少ない。首都であれば孤児になる子どもが多い。いや、考えたくないが、意図的に孤児を作っている可能性もある。
 後者は、有力者の協力をしてもらったに違いない。でなければ無傷でグレイフナーから出られない。

「そうなると孤児院を管理していたリッキー家が怪しいわね」
「怪しいというかほぼ黒…。リッキー家はガブル家と繋がっている…」
「アリアナの敵であり、トクトール領主に手紙を送ったガブルね」
「そう」

 思わぬところで話が繋がってきたな。
 リッキー家はガブル家と繋がりがあり、孤児院に有能な子どもを収容。その子どもを盗賊団に襲わせて、サンディの魔改造施設へ輸送し、何らかの対価を受け取る。そういう筋書きか。

 つーか子どもが可哀想じゃねえか。
 許せねえなこれは…。
 さっきから胸が熱いのは、きっとエリィが怒っているからだろう。やけに心臓の鼓動が速い。

 まあ何にせよ、危険な盗賊団の潜伏先を見つけねえと話は進まねえ。もちろん、見つけてぶっつぶして子どもを取り返す。

「エリィ…やるの?」
「その危ない施設を探しましょう。コゼットの話が思わぬヒントになったわ」
「ふむ、そこまでの情報があればある程度、探す手間は省けるのぅ。どれ、わしがひと肌脱いでやろうかい。その前におぬしたちが話していた、グレイフナーのリッキー家とガブル家とやらのことを話してみぃ」

 ポカじいとコゼットに、グレイフナーの孤児院の誘拐事件を話し、それが五年前の誘拐と理由が同じなのでは、という推測を伝える。さらに自由国境トクトールの領主ポチャ夫が持っていた手紙を見せた。そこに書いてある、ガブリエル・ガブル、という名前も教えておいた。

 コゼットは俺たちが盗賊団を探す、という言葉に驚いたが、ジャンジャンの弟フェスティが生きている一縷の望みを信じたいのか、稀に見る真剣な顔で話を聞いた。うなずきが大きすぎて何度かドクロのかぶり物を落とし、そして言いづらそうにこう言った。

「ジャンに……この話をしてあげてくれないかな。ジャンはずっとフェスティのことを探しているから…」


   ○


 どうも気分が湿っぽくなってしまったので、俺とアリアナはひとまずたこ焼きを食べて獣人三バカトリオの「どうぞどうぞ」ネタを拝み、サンディの冒険者協会へ向かった。真剣なのは好きだが、暗い雰囲気はあんま好きじゃない。
 ポカじいは早速、水晶で思い当たる場所を探してくれるそうだ。

 相変わらず砂漠の陽射しは強い。アリアナが水の入った水筒をくれたので、唇を湿らす程度に飲んだ。

 冒険者協会のスイングドアを開けると、市役所のような小綺麗な空間が広がっており、七つあるカウンターの一つで、ジャンジャンが狩りで取ってきたらしき魔物の毛皮を提出していた。買い取ってもらうみたいだな。

「ハロージャンジャン」
「ハローエリィちゃん」

 笑顔で答えるジャンジャン。
 この挨拶も何度目か。すっかりハローが定着したな。

「お、エリィちゃん! どうしたんだい?」
「俺とのデート考えてくれたか?」
「アリアナちゃん、おにぎり俺も買ったよ!」

 屈強な冒険者の男たちが俺とアリアナを見つけて声を掛けてくる。あのデザートスコーピオン討伐の依頼を受けていた冒険者たちだ。好意的な態度は素直に嬉しい。
 軽く男たちと挨拶をし、ジャンジャンのそばに落ち着いた。

「ちょっと話したいことがあるんだけど、いいかしら」
「いいよ。もうすぐ終わるから待ってて」

 ジャンジャンは誠実そうなブルーの瞳で俺とアリアナを見ると、受付嬢が出した書類に急いで記入していく。
 暇なので、アリアナの耳を揉んだ。

「あ~癒されるー。あ、そういえばなんだけど、アリアナが使える黒魔法で“誘惑テンプテーション”と“魅了せし者(チャーム)”ってあるでしょ?」
「うん」
「どういう効果があるの?」
「下級の“誘惑テンプテーション”はかかった相手が恋に落ちて一時的に自分の命令を聞く。中級の“魅了せし者(チャーム)”はこちらが魔力を切らない限り相手が恋に落ちて指示通り動く」
「恋に落ちる魔法…?」

 アリアナは小さな顎を引いて肯定を示す。

「上級に“悲劇恋愛する(チェリーブロッサム・)乙女心キッス”という魔法があるけど、これも禁魔法。一度かかるとずっと惚れてしまうらしい。さっきポカじいが言ってた“強制改変する思想家(グレート・ザ・ライ)”と似ていると思う…」
「黒魔法って恐ろしいわね…」
「でも所詮は魔法。人の心の奥底にある気持ちまでは変えられない…。たとえどんな魔法にかかっても私はエリィのことを絶対忘れたりしない」
「照れちゃうわ」
「狐族は惚れると世界の果てまで追いかけるよ…男女問わず」
「ちょっと怖い! まあ、アリアナに追いかけられるならいいけど」
「大丈夫、離れたりしないから…」
「ねえ、アリアナ。ちょっと私に“誘惑テンプテーション”を使ってみてくれない?」
「エリィに…? なんで?」
「どんな感じになるか知りたいのよ」
「ん、わかった…」

 アリアナは俺の目じっと見つめながら集中すると、詠唱を省略して“誘惑テンプテーション”を唱えた。


――ほわん


 ん、なんだ?
 なんだろうこの温かい、しかし焦がれるような気持ちは…。目の前にいるアリアナがいつもの三倍、いや、五倍ぐらい可愛く見えて、キラキラと輝いてやがる。まずい、これはまずい。可愛すぎだろ。なんだ、なんか言ってみなさいよ。アリアナちゃんなんでも言ってちょうだいな。もー全部願いを叶えちゃうから、だから何かしゃべっておくれ。

「エリィ」

 ああっ! なんて可愛らしい声なんだ!
 この声を聞けただけでもう今日は何も食べなくて大丈夫。何もしなくて大丈夫。俺、だいじょうぶ。あはは。
 満たされる、満たされていく。ああ……。

「命令する…私を優しく抱きしめて…」
「命令なんてしなくたって抱きしめるわ」

 アリアナの細い身体を慈しむように抱きしめた。
 細いのに女性らしい体、柔らかい抱き心地、ちょうど顔の真下にアリアナの髪の毛がきて、いい匂いが鼻孔をくすぐる。

「耳を揉んで…」
「がってん!」

 もふもふもふもふもふ。

 艶やかな触り心地が指の腹に伝わり、どんな形に変形させても上を向こうとする狐耳。
 あああ……もう…何も…いらない…。
 世界はこんなにも…充ち満ちたものだったとは…。

「解除…」
「はっ!」
「こういう感じになる」
「私は、いま何を…?」
「何をしてるんだい二人は?」

 受付嬢から報酬を受け取ったジャンジャンが、気まずそうな顔で後ろに佇んでいた。

「いえ、ちょっと魔法を試していたのよ。オホホ」
「発動条件は相手の目を見ている事。好感度が高い事。中級の“魅了せし者(チャーム)”はかかると頭にお花畑が出るってポカじいが言っていたけど、どうなんだろう…。複数人を恋に落とすことができて、下級より強制力が強い…」
「アリアナ、私に使わないでちょうだい。一瞬で恋に落ちる自信があるわ」
「うん。使わない」
「いまの、黒魔法?」
「うん…」
「アリアナちゃん、砂漠に来たときはできなかったよね?」
「ポカじいに教えてもらった」
「さ、さすが砂漠の賢者様だ…。俺もいつか弟子入りをッ」

 ジャンジャンは無理だとわかっていても拳を握りしめ、一度は折られた弟子入りの気持ちを復活させ、アリアナを見つめた。


   ○


 冒険者協会近くのレストランで食事をし、ジャンジャンに先ほどの内容を洗いざらい話した。コゼットに五年前のことを聞き、グレイフナーの孤児院が襲撃された事、危険な盗賊団と関連性があり、攫った子どもに魔薬投与をしている可能性が高い、という推測だ。

 ジャンジャンは真剣な面持ちで一度も口を挟まずに、ずっと腕を組んで話しに聞き入っていた。食後のコーヒーは完全に冷めている。

「そうか。そういうことか…。子どもの魔法適齢期を早める薬がやはり…。コゼットはまだあの時のことを気にしているんだよね?」
「そうよ」
「エリィちゃん。俺が冒険者になったのは五年前に盗賊団に勝てなかったからだ。強くなって、奴らを探し出し、この手で捕らえる。そのためにこの町を出た」
「ええ、そうなのね。そうだと思っていたわ」

 五年前の盗賊襲撃事件で弟を失い、真面目で誠実な青年ジャンジャンは苦悩しただろう。その結論が強くなることだった、というのは想像に難しくない。

「俺は五年、ずっとフェスティを探していた。冒険者の特権を利用して、仲間にも頼み、どんな些細な情報でもいいからとにかくかき集めた。いま話してくれたエリィちゃんの推測、それはほぼ間違いなく真実だと思う。子どもが魔法を使える方法はあるのか、という疑問をずっと持っていたけど、ポカホンタス様がおっしゃっていた“魔薬”というキーワードで確信に変わったよ。方々の伝記や伝承に、魔薬の言葉が出てくるんだ。賢者様があるのだろうと言ったのなら、おそらくそういった薬は存在するに違いない」
「いまポカじいが存在の是非を調べてくれているわ」
「それは……ありがたい」

 五年間探し求めていた解答がもうすぐ見つかるのでは、という期待を胸に、ジャンジャンは積年の苦労がこもったため息をついた。

「ねえジャンジャン。話を聞いて、ひとつわからない事があるのよ」
「なんだい」
「どうしてコゼットはあんな服装をしているの?」
「ああ、あれはね…」

 ジャンジャンは今にも泣き出しそうな赤子を抱き上げる父親ように、ちょっと困った顔をして、そっと口を開いた。

「フェスティが笑ったからだよ」
「笑った?」
「そうなんだ。コゼットが一度冗談でドクロのかぶり物をして、変な服を着たときに、フェスティがツボに入ったのか大笑いしてね。たまにあの格好をしてあげていたんだ。だからだと思う。きっとフェスティが帰ってきたとき、笑っていてほしいから、あんな服で毎日いるんだろうね…」
「そうだったの…」

 言葉では言い表せないほどの優しさと自責の念が、あの服装には込められていたのか。
 コゼット…おまえはどんだけ不器用で愚直で真面目なんだ。好きな男に泣きつきもせず、弱音も吐かず、フェスティが帰ってくることをひたすらに待ち続けている。誰にバカにされようが、いつも笑顔でドクロのかぶり物をして、ずっとジャンジャンの弟の帰りを待っているんだな。

 待ち人が、笑ってくれるように。
 自分も、笑って出迎えできるように。

 フェスティの消息がわかるまで、コゼットはずっとあの服装で、いつまでも待っているんだろう。砂漠の乾いた風を浴びながら暑い陽射しを見上げて、五年前にいなくなったジャンジャンの弟へ、永遠に思いを馳せるのだ。

 たぶん地球の映画だったら、ここでエンドロールが流れるな。
 そんなすっきりしねえ二流映画みたな結末はイヤだな。めっちゃ納得いかん。
 入場料返せ! って感じ。

 フェスティを見つけ出して、孤児院の子どもたち、誘拐された子どもたちを全員連れて帰り、コゼットとジャンジャンをくっつける。全部解決してやろうじゃねえか。それでこそ大団円だろう。

「やることは決まったわね」
「うん…」

 親父の仇、ガブリエル・ガブルが関係しているとわかって、アリアナは俄然やる気だ。

「ジャンジャンには仲間集めをお願いしたいわね。敵は組織立った動きを見せているわけだから、こちらもある程度の戦力を持ち出す必要があるわよ」
「たしかにそうだね。いつでも招集できるように、それとなく声はかけておくよ」
「あとは引き続き調査を。ここまで話に具体性が出てきたのだから、何か糸口はあるでしょ。ポカじいを待っているだけじゃ時間がもったいないわ」
「了解……。たまに君は本当に少女なのか、って疑問を憶えるよ。少女とは思えないほど聡明だ」
「褒めても何も出ないわよ」
「それでも褒めたくなるのさ。あれだけの人を救って、落雷魔法が使え、他人にも優しく、頭もいい。おまけに美人だ。褒めない要素がないよ」
「ちょっとジャンジャン、突然恥ずかしいこと言わないでッ」

 急に褒められると耐性がついてないから体が反応して、顔が赤くなっちまうんだよ!

「コゼットとよく話しているんだけど、二人とも見ちがえたよ。エリィちゃんは痩せて、アリアナちゃんは女の子らしくなった。それにエリィちゃんて結構鍛えてる? 腰がくびれてるよね。もっと痩せたらすごいことになりそうだなぁ」
「うん、こっちの世界に来てから……じゃなくって、そう! グレイフナーにいる頃から寝る前に腹筋だけはやってたから」
「エリィは偉い。毎晩こうやって…」

 アリアナが両手を頭の後ろに持ってきて腹筋のポーズを取った。

「私もやってる…」
「アリアナはスクワットもやってるもんね」
「そうそう…」
「スクワット? 何だいそれ?」
「こうやってね」

 ジャンジャンが首をかしげたので、立ち上がって、はしたなくない程度に膝を曲げてスクワットを実演した。

「こうすると太ももに筋肉がつくのよ」
「そうなの。おかげで足が速くなった…」
「アリアナは筋肉が足りてないからね。まあ私が言えたアレじゃないんだけど。というよりジャンジャン、乙女の腰を指さしてくびれてるとか、ちょっとエッチなんじゃないの?」
「あ……いやその…あまりにも二人が変わったから! 言いたくなっただけだよ!」
「エリィをえっちぃ目で見てるの……?」

 眉をひそめてアリアナが鞭に手を添える。

「いや! 断じてそんなことはない! 全然これっぽっちも!」
「それはそれでショックなんだけど」
「とても魅力的だよ! あ、いや、でも、エッチな目では見ていないよ! そうだな、美術品! 芸術を見るような清い心で見ているんだ!」
「そう、わかったわ。とりあえずコゼットに報告しておくから」
「ええっ! なんでだいエリィちゃん!?」
「うーん、なんとなく」
「なんとなくでそんな重大なことされたらたまってもんじゃないよッ。思い直して!」

 これ以上いじめるとジャンジャンが可哀想だな。

「冗談よ」

 笑顔でそう言ったところで、いつの間にレストランに来ていたのかコゼットがふくれっ面でテーブルの脇に立っていた。

「どーせジャンはエリィちゃんがいいんでしょ! ぷんッ!」

 コゼットが腕を組んでそっぽを向いた。走り去らないところを見ると、よく女の子がやるフォロー待ち体勢だ。ここで男がはっきりと「そんなことない。君が一番だ!」と言えればセーフ。違うことを言うとアウト。

 にしてもコゼットすげー。リアルにぷんって言う人初めて見た。

「何を言ってるんだよコゼット! エリィちゃんが俺みたいな普通な男にかまってくれるわけないだろ! 白の女神だぞ、白の女神! 一体何人がデート待ちしていると思ってるんだ!」

 これは完全にアウトパターンッ!

「もう知らないッ! ぷん!」
「あ、おいコゼット! 待ってくれよ、違うんだよ!」

 勢いよく走り去ったコゼットはレストランの入り口で派手に転んでドクロを落とし、半泣きで拾い上げて猛ダッシュで消えた。その後ろを、困り果てた顔で追いかけるジャンジャン。去り際の彼のセリフは「俺の話を聞いてくれよ~」だ。

 リアルラブコメッ。しかも甘酸っぱい!

「エリィどうしよう。顔のニヤニヤが止まらない…」

 二人のラブコメぶりに当てられたのか、アリアナが口元を両手で押さえている。それでも感情を抑えきれないのか、尻尾がゆさゆさ揺れて、狐耳がぴこぴこ動いていた。
 いや、どんだけ他人の恋愛好きなんだよ。
 つーかどんだけ可愛いんだよこの生物ッ。

「とりあえず耳を揉んでおくわね」
「ん…」

 もふもふして落ち着いたあと、ジャンジャンが食事代を払わずに食い逃げしたことに気づき、全員分の料金を俺が支払った。ここは、ラブコメ視聴料と恋を応援する代金ってことで勘弁してあげよう。

 このあとは治療院を手伝って、ポカじいの家に帰り、本格的な訓練だ。
 盗賊団の居場所調査はポカじいとジャンジャンに任せ、俺とアリアナは当面、強くなることに集中しよう。俺たちができることってほとんどないからな。

 仮想の敵は黒魔法中級レベルを行使できる魔法使いだ。
 やるぜー。
 それに、魔力循環が上手くなればさらに痩せれる。
 目指せ最強パーフェクトバディ!
 アーンド誘拐事件解決! イエーイ!
エリィ 身長160㎝・体重59㎏(±0kg)
+注意+
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