挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
エリィ・ゴールデン ~ブスでデブでもイケメンエリート~ 作者:四葉夕卜/よだ

第一章 エリィとイケメンエリート

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

4/123

第4話 エリィの日記

「エリィ大丈夫?」

エイミーという美女が瞳をうるませながら顔を覗き込んでくる。
俺はとりあえずうなずいた。

「まだ事故から二日も経ってないのよ。安静にしていないとだめ」

 俺は美女の黄金比のように美しく均衡の取れた顔を見つめながら、茫然自失していた。

 俺はもう俺ではないのだ。
 イケメンで、トップ営業で、モテる男、デキる男の小橋川ではないのだ。

 両手をあげて、脂肪で陥没した指を見つめる。

 ああ…

 本当に俺はもう俺ではないんだ。
 スーパーイケメンで、スーパートップ営業で、モテる男で、デキる男で、イケてる男で、ヤレる男で、キレる男で、最強で最高の小橋川ではないのだ。

 やり残したことは山ほどある。

 翌日に控えていたプレゼン。あれでニューオープンする都心の大型ショッピングモールの一角を手に入れる予定だった。うちの会社の化粧品ブランド商品を初めて独立店舗で展開する絶好の機会だった。管轄はまったく違うが、新規店舗プロジェクトチームから部署をまたいで俺が抜擢され、プレゼンを行う予定だったのだ。どれほど練習して時間を費やしたか、おそらくプレゼンの練習だけでも五十時間は使っている。チーム全体の時間を準備段階から換算すると、相当の費用がかかっていた。それをすべて俺の営業力とプレゼン能力につぎこんだのだ。未練が残らないはずがない。

 口説いていた途中の女の子が五人いる。
 とりわけ気に入っていたのはなかなか番号を教えてくれない他社の企画営業だ。黒髪できつい目をしたガードの堅い女だ。そのわりにセンスのいい香水とスーツを着ていて、気配りのできるひとだった。彼女は自分のことを魅力のない女だから、番号は教えられません、と連呼していたが、そんなのはとんでもない。俺に言わせればすぐにでも抱きたい素敵な女性だった。
 偶然、営業の移動中に新橋で会って、そのままコーヒーを飲んで番号を交換できたところだったのに、こんなことになるなんて、本当にもったいない!

 次に気に入っていたのはガールズバーでバイトをしていた女子大生の子だ。俺は夜の店も好きでよく行くが、プライベートで店の嬢と遊んだりはしないという己の不文律がある。休みの日に営業をかけられるのがきらいなのだ。それにプライベートなのか仕事なのか恋愛している振りなのか、そういう駆け引きが最近では煩わしかった。だが、その女子大生は違った。幸運にも俺に一目惚れしてくれたらしい。米を譲ってくれたんじゃねえよ? ひとめぼれしてくれたんだぞ?
 しかもありえないぐらいの巨乳。まじででかい。すんげーでかい。特大のスイカが胸にくっついてる感じ。遊びに行けばあの巨乳をいじりたおせたはずだ!
 くそう、なんてもったいないんだ! ちくしょう!

 俺が悔しそうにベッドの端をバンバン叩いていたので、伝説級美女は驚いたような困ったような顔をした。

「ごめんね。そんなにベッドから出たかったの?」

「ちが……います」

 あやうく男言葉になるのを寸でのところで堪えた。

「そう。でも元気になってよかった」

「さようでございますね」

 伝説級美女とオバハンメイドは交互にうなずいた。

 俺は自分が死んだという仮説に、妙に納得していた。信じたくはない。信じたくはないのに、考えれば考えるほど、その結論が腑に落ちる。あの夢でみた雷雨も、実際にこの目で見ていたのだろうと、なんら問題なく受け入れることができる。

 これでも俺は現実主義で、完璧主義だ。

 だからなのかもしれない。
 こんな状況になって、信じられない、とずっとわめいてる奴のほうがどうかしている。現に俺はブスでデブでニキビ面の少女なのだ。動かそうと思えば、腕も動くし頭も動くし話すことだってできる。この身体が俺自身なのだ。これが現実なのだ。

「あの、ここは私の部屋ですか?」

 俺はとぼけたふりをして聞いた。

「ここはグレイフナー病院よ」

 伝説級美女は俺の手を両手でにぎりしめた。

「ご自宅にはいづらいだろうというエイミーお姉様の配慮でございます」

「どうして?」

 オバハンメイドに俺は尋ねた。
 不思議なもので、一度しゃべるとすらすらと女っぽい口調で言葉が出てくる。生前のエリィのなごりなのだろうか。

「どうしてと言われましても…」メイドは困ったように目を伏せた。「それはエリィお嬢様が一番わかっていると…」

「ごめんなさい……ええっと、クラリス。わたし、記憶が曖昧になっているみたいなの」

「まあ!」

 美女がすかさずおでこに手をあてがった。

「痛いところはないの?」

「今のところ、ないです」

「それならいいけれど…。ねえエリィ、あなたあの日のことは憶えているの?」

「雷雨があった日のこと?」

「そうよ。あなたは屋敷の裏庭で池に飛び込んで、運悪く一本杉に落ちた雷の衝撃で倒れたの。お医者様が言うには生きているのが不思議だと言っていたわ。わたしの治癒魔法で傷は癒えたけれど、全身やけどでひどい状態だったのよ?」

 池には飛び込んでないが、まあ似たようなもんだろう。

 それよりこの美人、治癒魔法、とか言ってなかったか?
 冗談にしては笑えないな。

「お父様はあなたに悪霊が乗りうつって、あなたを自殺に追い込んだと言っているけど、わたしはそんな事信じてません」

「悪霊…」

「エリィは気にしなくて良いのよ」

 しばらくエイミーという伝説級美人と話をした。

 どうやらこのエイミーはゴールデン家の四姉妹の三女で、顔も頭も良く、性格も優しく、いい匂いがし、おまけに胸もでかいという超人のような人であった。そして話の中で度々あがってくる、治癒魔法、という単語から察するに、本当に魔法というアホみたいな非科学的なものが存在していて、この世界では常識として受け入れられているようだ。

 しかし現実は非情である。

 このエイミー姉さんと話せば話すほど、彼女の美しさを知ることになり、俺が憑依したエリィはブスでデブだと実感してしまう。本当に同じ遺伝子なのか鑑定依頼をかけるべきだ。むしろ俺はエリィとエイミーが姉妹であることのほうが魔法だと思える。

 夜食をエイミーとメイドのクラリスがかいがいしく世話してくれ、面会が終わりの時間まで俺のことを看てくれた。

 どうやらエリィはこのふたりには相当に可愛がられているようであったが、父親や別の姉妹とはあまり仲が良くないようであった。その話題にとぼけて触れると、途端に二人の顔色が曇り、別の話題へとあわてて切り替えるのだ。

 ふたりが去ってから、様々なことが頭をよぎり、とても眠れる気分にはなれなかった。

 俺は太い足を動かしてベッドから這い出た。

 カーテンを開けると、満月が浮かんでいた。
 月が地球の倍はあった。

「はははは…」

 なんとなくわかってはいたが、ここは地球ではないようだった。
 それに言葉もおかしい点が多々あった。

 まず日本語ではないのに俺が話せている。
 無意識のうちに身体であるエリィが理解し、俺が勝手に日本語で認識しているのであろうか。それとも俺とエリィが合体するなんて不思議現象があるぐらいなのだから、勝手に翻訳する機能が備わっているとか。まあ、どっちにしろ楽してしゃべれてるから何でもいいが。

 文字も日本語ではないのに読める。
 メイドのクラリスが持ってきた本を手に取ってページを適当にめくると、すんなりと言葉が理解できた。英語と似ている文法のようであったが、時折ひらがなや漢字が混ざって出てくる。これは俺の目にだけそう見えるようになっているのだろうか。

 俺はそこまで考え、部屋の奥にあるクローゼットを開けて、姿鏡を見た。

 そこにはなにやら営業が得意そうな表情をしたブスでデブでニキビ面の少女が立っていた。

 はあ…

 俺が肩を落とすと、少女も贅肉でまるくなった肩をがっくりと落とした。

 エリィは俺で、俺はエリィになってしまった。
 これはまぎれもない事実なのだ。

 現実を受け入れようと、新米営業時代に培った不屈の闘争心とポジティブシンキングで何度もガッツポーズを取ったが、効果はほとんどなかった。デブの少女がむやみやたらと「よっしゃあああ」とガッツポーズを取る姿を見て、一体、全世界の何人が鼓舞されるというのだ。まったくバカげている。

「くそっ!」

 地団駄を踏むと、その重みで床が抜けそうだ。
 そして声が女の子のかわいい声なので、まったく迫力がない。
 「くそっ!」というよりは「くそっ☆アハッ」と言っているように聞こえる。
 これが自分の声なら少しは発散できるものを。

     ○

「あーもうだめだー」

 俺は考える気力が出ず、ベッドの上でごろごろしていた。
 エリィの巨体でも左右に寝返りをうてるほど、でかくていいベッドだった。

 デブのわりに食欲はあまりない。
 というか精神が俺だから食欲が湧かないのかもしれない。

 朝昼晩の食事はパンと野菜スープ、生野菜、デザート、という健康的なメニューだったが、食べる気にもなれずスープとデザートだけ食べていた。

 かれこれ自分の姿を見て三日は経つ。

 無駄だとわかっていても、何度か姿鏡で自分を確認した。当然、俺はエリィであった。
 現実は受け入れなければいけない。

 ちなみにこの三日間で驚愕したのはエリィのパンツが特大だったことだ。

 パンツっていうよりは、ちょっとした子ども用タンクトップ? レディース物の上着?

 頭にかぶると穴が二つ空いたチューリップハットのようになってしまう。女子のパンツといえば水泳帽のようにピチッ、となるのが常識というものだ。小さい頃、姉さんのパンツをかぶって「パンツマン!」とポーズを取って何度となくげんこつをもらったものだ。

…姉さん元気かな。

 いつになるかわからない俺の結婚を楽しみにしてくれてたのに、それが今やわけわからん異世界でデブでブスの少女になってるって言ったら笑ってくれるだろうか。うん、きっと豪快な姉さんなら爆笑だな。

 パンツをかぶっている俺を見て、メイドのクラリスが顔を真っ青にして止めてきたのには笑った。「お、お、お嬢様、おパンツをかぶるなんて、なんて果てしない」と、どもりながら、はしたないを果てしないと言い間違えていた。ある意味、でかパンツが果てしなさを演出していたので間違いではない。

 もちろん、笑ったのは心の中だけだ。すぐ叱られて、静かにマイパンツを脱いだ。脱帽ならぬ、脱パンツ。

 ちなみにメイドのクラリスは、どうやら家の仕事を終わらせてから、合間を見てせっせと病院に顔を出してくれているようだった。クラリスの他にメイドは来ないのかと聞いたら、ものすごく寂しそうな顔をされたので、今後はその話題に触れないでおこうと思う。彼女が寂しそうな顔をすると、苦労皺がより濃くなり、悲壮感が半端じゃなくなる。

 クラリスが夕食を膳にのせて運んできてくれた。

「エリィお嬢様、こんなにやつれてしまってはお体に障ります。しっかり食べませんと…」

 いやいや、ぜんぜん、まだまだ現役でデブっすよ?
 推定で百キロはあるからね。
 つーかどんだけエリィの顔ぱんぱんだったんだよ。

 相変わらず食欲はなかったのでスープとリンゴとグレープフルーツを食べて、膳を下げてもらった。パンに手をつけなかったのでクラリスが食べさせようとしてきたが、やんわりと断った。

 部屋を簡単に掃除してベッドのシーツを替えると、彼女は部屋を出て行った。

 ひとりになって、色々と考える。

 やり残した仕事のこと。
 家族のこと。
 友人のこと。
 日本のこと。

 重い体をゆすって部屋をうろうろと歩き回る。

 ふとテーブルに積んであった書籍類の一番下に、隠れるようにして置いてある文庫本サイズの日記帳を見つけた。ピンク地の外装に、花柄のレリーフが装飾されている、いかにも女子という外見の日記だった。

 日記には銀製の鍵がかかっていた。
 しかも、ひっくり返しても横から見ても上から見ても、鍵穴がない。
 どうやって開けるのか四苦八苦していると、鍵に親指をのせたら勝手に鍵が解錠された。

 なかなかにすごい仕組みだ。
 原理は不明だ。
 本が開かないように、くの字に曲がった銀板で表拍子と裏表紙がつながれていたのに、親指をあてがうと、自動で銀の真ん中がぱかっと開くのだ。

 重い体で机まで移動して、備え付けの椅子に座った。
 太っているせいで椅子の取っ手に贅肉がはみ出るのはご愛敬だ。

 電気がないこの世界では、夜具にランタンを使っている。
 机にあったランタンの火を強くし、日記を開いた。

 日記にはエリィのすべてと言える物が詰まっていた。その衝撃の内容に目を見張り、時間を忘れて読みふけり、エリィの12才から14才になるまでの生活を疑似体験することになった。どうしてエリィが日記に鍵をかけていたのか、なぜ雷が鳴る豪雨の日に自宅の池に入ったのか、その理由が記録されていた。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ