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エリィ・ゴールデン ~ブスでデブでもイケメンエリート~ 作者:四葉夕卜/よだ

第三章 砂漠の国でブートキャンプ

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第4話 イケメン、おにぎり、水晶玉

 へそから湧き上がる魔力を全身へ巡らせる。素早く、両手、両足、つま先、髪の毛の先まで満遍なく循環させるイメージで、魔力が粒子になってぐるぐる回るような感覚を維持する。

 俺とアリアナは一ヶ月半、ひたすら魔力循環をさせながら砂漠をランニングした。

 正直、思い出すだけで吐きそうになる。
 スケベじじいはまじでスパルタだった。

 少しでも魔力循環が乱れれば容赦なく“サンドボール”が飛んでくる。
 体力が切れて倒れると、すかさず白魔法“再生の光”で回復され、すぐに走らされる。魔法で体力は回復するが、精神的な負荷までは回復しない。どこの軍隊だよ、と心の中で何度ツッコミを入れたかわからない。

 このトレーニングを休みなしで一ヶ月半、俺とアリアナはやり遂げた。

 じじいに、今日で基礎練習はおわりじゃな、という言葉を頂戴したとき、俺とアリアナは跳び上がって熱い抱擁を交わした。ほんとに辛かった。いやまじで。もう一回やる? と聞かれたら断固として拒否する。
 この俺を追い詰めるとはやるじゃねえかスケベじじい。

 今では魔力循環しながら五十キロは走れるぜ。

 ちなみにこの一ヶ月半で俺は痩せた。
 激痩せ。いや、爆痩せ!
 ば・く・や・せ!

 体重計がないから何キロになっているのか気になるところだが、見た目はデブからぽっちゃり系ぐらいになっている。相当痩せたに違いない。

 ふっふっふっふっふ。
 はーっはっはっはっはっはっは!!

 刮目せよ!
 エリィをデブと言った者ども!
 目ん玉かっぴらいてこの姿を焼き付けろ!

 しかも魔力循環のおかげか、顔中にあったニキビがちょっと減った。
 超嬉しいいいい!

 ニキビはガチで消えなかったからな。
 グレイフナーにいた頃、ひとつも消えなかった。むしろ雑誌制作の不摂生で増えてたし。これは進歩だ。エリィ美人化列伝ついに始まる、って感じだな。
 とはいうものの、どうやらエリィは顔に肉がつきやすいタイプらしく、まだ顔面の肉が取れない。なんとなくゴールデン家の片鱗である、大きな垂れ目、すっとした鼻筋は見えているんだが、もうちょっと、といったところか。


 俺より変わったのはアリアナだ。


 あれはそう……遡ること一ヶ月前。
 スケベじじいが夕食に米を出してくれたときのことだ。
 俺は久々の米に感動し、異世界に米ってあるんだなと不思議な気持ちになりつつ舌鼓を打って白米を堪能していた。アリアナは一口米を食べ、電流が走ったかのように固まった。文字通り完全に固まった。

「ポカじい……これ……なに?」
「米じゃな」
「こめ…………?」
「どうしたのアリアナ? 好きじゃなかった?」

 彼女はふるふると首を横に振った。
 椅子から飛び出す尻尾を見ると、ワイパーの一番激しいやつみたいにぶるんぶるん左右に動いていた。

「おいしい……」
「あら? 私もお米、好きよ」
「うん…! うん…!」

 その後、じいさんの計らいもあって、俺がアリアナのおやつ用におにぎりを作ってあげた。
 これが大ヒットだった。

 毎日毎日、おにぎりを食べたいとせがまれ、最近じゃアリアナおやつ用のおにぎりを作ることが日課になっている。彼女は常に自分専用の肩掛けショルダーバッグにおにぎりを忍ばせ、小腹がすいたらぱくぱく食べていた。

 近頃は具にも力を入れている。

 豚肉みたいな『ピッグー』の生姜焼きを入れたり、鮭に似た味の『ヨツコブラクダ』の塩焼き、ホタテのようにジューシーな『ヒメホタテ』の丸焼き、おにぎりの定番梅干しっぽい『ウンメイボシ』の漬け物、まんま地球の昆布と同じ『コンブ』などなど。

 呼び方は、わかりやすく日本風に『豚焼肉』『シャケ』『ほたて』『梅干し』『こんぶ』と命名した。

 料理が人並みにできてよかった。
 おかげでアリアナの姿は見ちがえたぞ。
 まじでもーほんとごめん。
 誰に謝っているのか分からんけど、謝りたくなるほど彼女は可愛くなった。

 げっそりしていた頬に肉がつき、腕や足にもほんのりと贅肉と筋肉がついた。暗く淀んでいた大きな瞳が今ではきらきら輝いて見る者を吸い込もうとし、瞬きをすると“ウインド”が起こりそうなほどの長いまつげが惜しげもなく揺れる。黒に近い色合いの茶髪に、狐耳がぴょこんとくっついていた。

 一言で言うならば、ほっそりした超かわいい狐のお嬢さん、という感じだ。

 これでもうちょっと肉がつけば女性的な体つきになり、男どもが黙っていないような美人になるだろう。今の状態だと、ロリ好きの変態どもが飛び付きかねない。見つけたら全員死刑だな。

「あら、お米がついてるわよ」
「どこ…?」
「しょうがないわね」

 俺はアリアナの口元についた米を取ってそのまま食べた。

「ありがと…」

 ちょっぴり笑うアリアナ。
 ぱちぱちと大きな目が瞬きをする。

 ぎゃああああああ。
 かわいい! かわいすぎる! これはあかん!
 俺はロリ好きではない。断じて違う。だが……だがこの破壊力はなんだ?
 まさか、この俺がロリ好きに?!
 いや、ちがう。ちがうんだ。
 彼女の中には芽生え始めた大人の色気がほんのりと垣間見える。可愛さの中に、ひっそりと龍が谷底に伏せていつか飛び立たんとしているような、女性的なものが見え隠れするのだ。
 だがちがう! 俺はこんな年下の女の子にときめいたりしないんだ! 
 これはアリアナだけに抱く感情。
 いや、まさか……まさかこれが………。

 これが……………“KOI”?

「ねえエリィ……おにぎりなくなった」
「…ハッ! ああ、ほんとね。じゃあキッチンに行きましょ。スケベじいさんの分も作りましょうか」
「シャケが食べたい…」
「いいわよ」

 これは違う。
 これは“KOI”ではない!
 きっとこれは………“OYAGOKORO”だ。

 アリアナは俺の妹的存在で、保護者のような目線でいつも見ているじゃあないか。だからこの感情は“KOI”ではない。

 だが…しかし……。
 くっ、初めて体験するこのハートの真ん中あたりがあったかくなってキュン、となる感じ。
 俺は……俺は人生で初めて自分の感情を持てあましている。
 この“KIMOCHI”をうまく説明できない!

「またオニギリかのぅ」

 ポカじいがひょっこりキッチンに顔を出した。

「じいさん!」
「なんじゃエリィ!」
電打エレキトリック!!」
「相談があるならバババババババババンナンババデキュウニベベベベベベッ」

 じいさんが電流をしこたま食らってぶっ倒れた。

「ふぅ、すっきりした」
「仕事やりきったみたいな職人のような顔するんじゃないわい! じじいを殺す気かッ!」

 すぐに復活してツッコミを入れてくるじじい。

「やっぱり持つべき者は師匠ね」
「わしゃ避雷針かッ!」
「それだわ! 今日から避雷じいと呼ぶわね」
「破門! そう呼んだらすぐ破門ッッ!」
「平井じい」
「何かいま違うニュアンスで言ったじゃろ! 近所のじいさんみたいに言ったじゃろ?! 破門ッ!」
「ポカじい……エリィ破門……だめっ」

 アリアナがむぅと怒る。
 すかさずポカじいは笑顔になった。

「そんなわけないじゃろアリアナ。冗談じゃ」

 完全に初孫ができたじじいの顔になるポカじい。

「冗談でもダメッ…」
「わ、わかった。もう冗談でもそんなこと言わんよ…」
「うん」
「ほっほっほっほ、わしもアリアナには勝てんのぉ」
「それは仕方のない事よ」
「ん…?」

 よく意味がわからない、とアリアナは首をかしげた。


   ○


 俺のにぎったおにぎりとポカじいの作った特製スープで昼食を取った。
 アリアナは『シャケ』おにぎりが食べれてご機嫌だ。

 じいさんは稽古以外の時間、地下室にある特大の水晶で世界の様子を観察している。自らを『観測者』と名乗っていた。何を格好つけて言ってんだよ、と思ったが、実際に見るとまじですごい。特異な魔力の波動を感じると、水晶で監視カメラみたいにその様子を見て、危ない場合は裏から手を回すそうだ。
 それじゃ『観測者』というより『調整者』じゃねーの、と言ったところ、まあ時と場合によるのぉ、と返された。

 俺に落雷魔法の詠唱呪文を渡したのも、魔力量が多かったことと、『月読み』という予知魔法で良い“卦”が出たかららしい。十年に一回、月が砂漠の頂点にきたときにのみ使える予知魔法だそうだ。砂漠を拠点としているのも『月読み』に合わせてらしい。いやーこういうのファンタジーだよな。

 そしてどうやらエリィの中身がイケメンの俺だとは気づいていないようだ。
 伝説クラスのじいさんでも思考を読んだりはできないらしい。

 なんかじいさんは『月読み』で出た結果から、俺以外の二人にも複合魔法の詠唱呪文を渡したそうだ。
 どうやら落雷魔法ではないようだ。それ以上は教えてもらえなかった。
 すんげー気になるんですけど。

 ちなみにじいさんの年齢は百八十三歳だ。

 ははは……もうファンタジーってことで片付けよう。
 これに関してごちゃごちゃ考えちゃダメだ。
 エルフとかドワーフは長寿なので、その辺の血が混じっているんじゃないかの、とじいさんは言っていた。

「今日から稽古は第二段階じゃ。“身体強化”とメインウエポンの訓練。並行して魔法の種類を増やすぞい」
「メインウエポン?」
「“身体強化”ができるなら接近戦の訓練も必要じゃ。魔物によっては魔法を完全に防ぐ奴もおるでの。それに、戦闘の幅が格段にあがるぞい」

 そういやスルメとガルガインは武器を使っていたよな。
 今思えばあれは“身体強化”を視野に入れていたのかもしれない。

「ポカじいは何なの?」
「わし? わしは素手じゃ」
「素手?」
「ざっくり言うと体術じゃな」
「ちなみにエリィもわしと同じ体術で決定じゃからな」
「なんでよ」

 えー。剣とか刀とかのほうがかっこいいじゃねえか。
 それに武器を持っていたほうが、攻撃力が上がりそうだが。

「おぬしのビンタを食らったときに決めた」
「あなたがことあるごとにお尻を触るからでしょ!」
「お尻さわっちゃめっ…」
「あのビンタの威力。おぬしには才能があるはずじゃ…」

 遠い目をするスケベじじい。
 なんか、俺の尻がお気に入りらしい。
 いやまじで気軽に人の尻をお気に入り登録すんなよ。ふざけたじいさんだ。

「ポカじい、アリアナの武器はどうするつもり?」
「そうじゃの……」

 そう言ってじいさんはタンスから武器各種を取り出して並べた。

 大剣、片手剣、小太刀、双剣、ハンマー、アックス、長槍、短槍、ボウガン、弓、棍、ヌンチャク…まだ出てくる。タンスに武器入れすぎ。

「うーん…」

 アリアナは腕を組んでテーブルに並べられた武器を見つめる。
 なかなか決まらない。

「どれがいいかな…?」

 どれもこれもアリアナっぽくないんだよな。
 剣は持ってなさそうだし、弓は魔法で遠距離攻撃できるからいらない。

 俺たちはあれこれ試しながら武器を手に取り、振り回したり、試しにじいさんを斬ってみたりしたが、結局決まらなかった。

「決まらぬなら水晶で故郷の様子でも見てみるかの?」
「えっ!? 見れるの!?」
「見れるぞい」
「それならもっと早く言ってよ」
「見せてッ…」

 俺とアリアナはじじいに詰め寄った。

 俺たちがどんだけ心配したと思ってるんだよ。アリアナは弟妹たちがちゃんとご飯を食べているか心配で、毎日俺のベッドに入ってくるんだからな。大丈夫だって言って頭を撫でてやらないと寝付けないほどだ。

 クラリスとバリーなんかはきっと未だに俺のことを血眼になって探しているはずだ。エイミーは落ち込んでいるだろうし、ミサとジョーは経営を軌道に乗せることで必死だろう。

「すまんかったのぉ。基礎訓練ができるまでは黙っていようと思っていたのじゃ。わしのほうで安否確認はしておったから安心せい。おぬしらの家族は無事じゃぞ」
「そうなの? というよりなんで私たちの家族がわかるの?」
「エリィのことはたまに確認していたからの。その流れでアリアナのことも少し観察しておった」
「そういうことね」

 ハッ!!!
 そこまで言って俺は重大な事実に気づいた。
 これは見逃せないことだ。

「ポカじい、まさかとは思うけど、お風呂のぞいたりしてないわよね」
「ギクゥッ」
「伝説にまでなっている魔法使い、砂漠の賢者ポカホンタスがのぞきとか、するわけないわよね」
「も、もちろんじゃ。わしを誰だと思うておる!」
「そうよねぇ……。ごめんなさいね、師匠を疑ったりして」
「いいやいいんじゃよ。げふん。誰にでも間違いというものはあるからの」
「ところでポカじい。私の姉様はスタイルよかった?」
「そりゃもう! 三人ともたまらない体つきじゃったのぉぉ!」
「へえ、どんなふうに?」
「こう、くびれがキュっとなって、出るところがしっかり出ておる。全員いい尻をしておった!」
「誰のおしりが一番よかった?」
「甲乙つけがたいが、わしとしてはあの、ぷりんっとしておる三女エイミーの尻に、尻ニストとしての清き一票を――」
電打エレキトリック!!!」
「投じたいとおもモモモモモモモモモモモジジジリィィッ!!!」

 スケベじじいは頭を黒こげにしてぶっ倒れ、びくんびくんと痙攣すると、ぴくりとも動かなくなった。

 やめなさいアリアナ。奇妙な物体を拾った枝でつんつんするみたいに、杖でじじいの残骸をつんつんするのはダメよ。ばっちいですわ。


   ○


「ということで投影するぞい」
「今後スケベな場所をのぞいたらこの水晶を粉々にするわ」
「ほっほっほっほっほっほ」
「返事は…?」
「ほっほっほっほっほ」
「へ・ん・じ・は?」
「……わかったわい」
「わかればいいのよ。じゃあポカじい、お願い」

 アリアナが食い入るように水晶を見つめ、今か今かと待ち構えている。

 ポカじいは楽しみがなくなったのぅ、とかぶつぶつ言いながら両手を水晶にかざした。
 両腕を伸ばしても抱えきれないほどの大きさがある水晶がゆっくりと輝き、霧のようなもやがかかってしだいに輪郭が形成されていく。俺が異世界に来るまで地球で流行っていたドローン撮影機みたいに、上空から街の様子を撮影しているようだ。

 映像は懐かしき首都グレイフナーを映し出し、滑るようにして中心部から貧民街へ進んでいく。時刻はまだ昼過ぎなので人通りが多い。

 じいさんは気を遣って、アリアナの家を最初に見せてくれるようだ。
何だかんだじいさんは優しい。
 朝昼晩のご飯を作ってくれるし洗濯も掃除も全部してくれる。俺たちが好きな食べものをさりげなく聞いて街までこっそり買いにいってくれていた。いいじいさんだ。スケベだけど。感謝してもしきれない。スケベだけど。

 水晶の映像はどんどん進み、アリアナの家の前まで来た。
 いくつもの世帯が暮らす長屋住宅のような家だ。おまけにボロい。弟妹たちがどうなっているのか不安で、アリアナが俺のスカートの裾をつかんでくる。
 家の前には、白い高級そうな馬車が停まっていた。

「あれってうちの馬車よね」
「誰かな…?」

 ゴールデン家の家紋をつけた馬車がアリアナの家の前に停車していた。

「家の中を映すぞい。音は出ないから映像だけじゃ」
「ええ」
「ん…」

 映像が長屋の壁をすり抜けて室内へ移動する。
 アリアナの家ではこれから食事なのか、弟妹が席についてテーブルを囲んでいる。
 全員、狐耳で尻尾がふさふさだ。
 雑誌制作の際に記者としてスカウトした長男のフランクが、一番下の妹を抱っこしてあやしている。十一才の長男フランク、九才の次女、八才の三女、六才の次男、四才の四女、三才の五女、みんな元気そうだった。俺は何度か家にお邪魔したことがあり、狐耳に囲まれるという素晴らしい体験をした。なんかすごく癒されたなーあのとき。

「みんな元気そうね」
「うん……!」

 アリアナは心底ほっとして嬉しそうにうなずいた。

 しばらく弟妹たちがきゃいきゃいと騒いでる様子を見ていると、キッチンのほうから俺のよく見知った、苦労皺の絶えないオバハンメイドがでかい鍋を抱えて現れた。
 クラリスだ。
 彼女は満面の笑みで鍋をテーブルに置くと、お椀にスープを移し始めた。みな、手伝っている。九才の次女がパンを皿に取り分けると、祈りを捧げるようなポーズを取り、一斉に食べ出した。

 アリアナの弟妹たちは楽しそうに食事をしていた。
 クラリスが何かを話し、全員が笑ったりうなずいたりしている。
 一番下の三才児がほっぺたのまわりをスープだらけにすると、クラリスがまめまめしくハンカチで拭いてやっていた。次女と三女は何かを言い合いながら、パンを取り替えっこし、その横で長男のフランクがお兄さんらしく、みんなに公平にパンが行き渡るよう切って配り直したりしている。

 俺は色付きの無声映画を観ているような気がしてきて、水晶の映像がいまこの場で起きている出来事で手を伸ばせば届きそうな距離にあると錯覚した。

 クラリスは俺との話をしっかりと憶えていてくれた。一緒にアリアナの家を助けましょうね、という話だ。子どもたちを不安にさせないよう気を遣っているのか、クラリスは笑顔で子どもたちの相手をしている。彼女は素晴らしいメイドであり、機転の利く女性であり、情に厚いんだ、と俺は改めて思った。

「クラリス…」

 俺は思わずつぶやいてしまった。
 会いたい。クラリスに会いたい。

 思えば初めてこの世界に来たときも、すべては彼女のおかげで色々なことを知ることができた。彼女は俺という存在ではなくエリィのことを心配している、ということは分かっていたが、それでも俺にとってはありがたかった。

「エリィ……」

 アリアナは泣いていた。
 俺はあふれそうな涙をごまかすために、何度もアリアナの頭を撫でた。


 そうして三十分ほど、水晶の映像を俺たちは見ていた。


 ポカじいが「そろそろエリィの姉を映すかの」と言ったので黙ってうなずいた。

 映像が上空へ上がると、街が衛星写真のように小さくなり、一気に下降した。場所はグレイフナー通り一番街『冒険者協会兼魔導研究所』だ。
 エイミー特大ポスターはすでにはずされているのかいつもの日常的な通りの風景が映し出される。

 ちょうど映像が冒険者協会の入り口を映した。
 麗しのエイミーと、友人の黒髪和風美人、テンメイ・カニヨーンことエロ写真家の三人が協会へ入っていくところだった。

「どうして冒険者協会に?」
「見ていればわかるぞい」

 水晶の映像は三人の背中を映しながら、映画さながらの下アングルで冒険者協会へ入っていく。
 古めかしいが小綺麗な協会内は明治時代の建築物を連想させる。すべてが木製で、床にニスが塗ってあるのかぴかぴかと光っている。歴史ある建物、といった様相だ。

 先頭のエイミーは三十ほどある受付の一つに行くと、受付嬢に何かを言った。受付嬢は残念そう首を横に振る。するとエイミーが映像だけでもわかるぐらいに落胆して肩を落とした。友人の黒髪和風美人とエロ写真家が、必死に彼女をなぐさめた。

 エイミーはもう一度、受付嬢に何かを話すと、壁を指さした。
 ポカじいが「ほれ」と言うと映像が右に動く。
 壁にはなぜか俺の人相書きのポスターが貼ってあり、見つけたら三百万ロン、と記されていた。

 いやいやいや、指名手配犯みたいで嫌なんだけど!
 しかもポスターが妙にリアル!

 輪郭とかニキビの数とか髪型とか体型とか…つーかあの絵のタッチ、絶対ジョーだな。ジョーが俺のモンタージュを描いて、ゴールデン家が『探し人』として懸賞金をかけた、という流れだろう。

「おぬしの姉は毎日おぬしの行方を確認しに冒険者協会へ行っているようじゃな」
「そうなのね…」

 うおーーーエイミーーーーッ!
 可愛い! 久々に見たけどやっぱ伝説級の美しさ!
 俺は生きてるぞーー!

「そういえば送った手紙、届いてないの?」
「おお、手紙は…」

 ポカじいが答えると、冒険者協会のスイングドアがあわただしく開き、傷だらけの青年が転がり込んできた。
 深緑のシャツに深緑のリュックサック。この世界の郵便配達員だ。

 近くにいたエイミーが驚いて駆け寄り、すぐに“癒発光キュアライト”をかけ、冒険者協会の白魔法士が奥から急いで出てきて“再生の光”を唱えた。
 傷が回復した青年は、まだ疲労が回復しきっていないのか息も絶え絶えにリュックサックから手紙を出した。それを見たエイミーと黒髪和風美人とエロ写真家が跳び上がらんばかりの勢いで驚き、引ったくるようにして手紙を取った。

 サインを、と郵便配達員の青年が仕事熱心にポケットから手帳を出してエイミーに渡している。もどかしそうに彼女はサインをし、手紙の封を切った。

「私の手紙?! どうして二ヶ月もかかったの?」
「戦争のせいじゃな。いま自由国境の街トクトールの東は封鎖が相当に厳しい。サンディとパンタの戦いは膠着状態じゃ」
「じゃああの郵便配達員はその封鎖を抜けてグレイフナー王国に入ったってこと?」
「そうじゃな」
「それなら私たちも…」
「無理じゃな。彼の腕章を見てみい」
「腕章?」

 一心不乱に手紙を読むエイミー。
 その横にいる配達員の腕章には星が四つ付いていた。

「星四つ?」
「見たところあの青年はセブンの魔法使いじゃな。おまけに“身体強化”と上位魔法が二つ使える」
「ええ?! 郵便配達員のくせに?」
「郵便配達員は誰しもが憧れる職業じゃぞ? 強くないとなれないし、責任感も必要じゃから国中から尊敬されておる。あれほどの実力の者で瀕死じゃ。いまのおぬしらには封鎖線を越えるのは無理じゃの」

 映像の中のエイミーは読み終えると、手紙を抱くようにして崩れ落ちた。文字通り、ぼろぼろ涙をこぼしている。同じ言葉を何度も叫んでいた。
 おそらく「生きてる」だと思う。
 そうか、やっぱ二ヶ月も行方不明じゃ死んだと思ってしまうよな。

 エイミーの言葉を聞いて、黒髪和風美人とエロ写真家が抱き合って飛び跳ねた。

 ああくそっ! みんなに会いたい!
 こんなに心配させるなんて、俺は……俺は最高のバカだ!

 映像の中の三人は喜びもつかの間、急いで協会を出てゴールデン家に向かった。

「ほっほっほっほ、エリィは愛されておるのぉ」
「そうね…」
「ほれ、泣くんでないわい」
「泣いてなんかなびばぼ…」
「エリィハンカチ…」
「あでぃがどう…」

 アリアナにハンカチを受け取ると、さらに映像は飛び、ミラーズへと移動した。

 店の前はすごい行列だった。
 相変わらず売れ行きは好調らしい。
 俺がほっとすると、映像が建物内へと入っていく。

 中では女性客が楽しそうにショッピングをし、エイミーが着ていたワンピースが飛ぶように売れる。驚いたことに、縦巻きロールのスカーレットが服を買おうとして、店員に止められていた。いやー、この光景を見られるとは思っていなかったな。

 なにやらレジで店員三人とスカーレット、その付き人が言い争っている。
 スカーレットは激昂して、顔を真っ赤にし、店員をつかみかからんばかりの勢いで怒鳴り散らしていた。きいきい声がここまで聞こえてきそうなほど、レジのカウンターを叩いている。

 くっくっくっくっく…。
 はーっはっはっはっは!
 ミサに厳命していたのだよスカーレット!

 『サークレット家とリッキー家、それに与する者に販売を禁ずる』とね。

 スカーレットとボブ、その取り巻き連中の写真をエロ写真家に撮ってもらい、従業員に憶えさせるという徹底ぶり。見ろ、鉄の意志でスカーレットを追い返す店員たちを。並んでいる客に時間の使いすぎでブーイングまで食らっているスカーレットを!

 スカーレットよ、エリィをいじめたせいで、お前はミラーズ純正の洋服は買えないんだ。どうせ今後真似されて出てくる二番煎じの洋服で我慢しろよな。
 犬合体の件や、国王に臭いを注意される事件で軽い仕返しにはなっていると思うが、当初の計画通り事を進めさせてもらう。俺はやると言ったらやる男だ。


 そんなこんなでスカーレット達が帰るとミラーズは普段通りに戻った。
 ミサの姿はなく、映像が奥の部屋へと入っていく。


 ジョーが奥にいる。そう思うと、急に胸が苦しくなった。


 これは俺のハートがドキドキしているわけじゃない。エリィだ。きっとエリィの心が反応しているんだ。そう言い聞かせる。だって俺、男だからな。

 ジョーは作業場で服の型を取っていた。厚紙にハサミを入れたり、ペンでデッサンに書き込みをしていく。壁には一面、服をデッサンした用紙が飾られ、色とりどりの模様が作業場一面に広がっていた。

 作業台をよく見ると、俺が使っていた洋服用のノートが置いてあった。
 ジョーはぱらぱらとノートをめくって何度か自分の描いたデッサンと比較すると、よしとうなずいて何か文字を書き加えていく。
 『秋物』『冬物』『タータンチェック』と書いているようだ。

 どうやら俺が、地球で存在していた洋服を思い出しつつ片っ端から描いていったラフ画を、新作の参考にしているようだ。

 やはり彼は天才の部類に入るのではないだろうか。センスが抜群にいい。ジョーのラフ画には地球のものと少し違う雰囲気のタータンチェック柄が描かれており、タイトなスカートは膝上の丈で仕上がるようだ。しかも防御力が高いというおまけつき。走り書きに『ゴブリン角の繊維を配合し防御力アップ』と書かれている。まさに俺が言いたかったことが実行されていた。

「エリィ顔赤いよ…」
「そう?」

 こんぶおにぎりをぱくぱく食べながらアリアナが言った。

 興奮して気づいたら水晶に張り付かんばかりの体勢になっていた。
 おっといけない。俺はレディで天才営業だ。
 ここは落ち着こう。


  ○


 こうして俺たちは一時間ほど水晶の映像を見続けていた。
 スルメやガルガイン、父と母、バリー、コバシガワ商会の面々など、みんな元気そうだった。
 俺は手紙が全員に行き渡ることに安堵した。実はあの手紙、ゴールデン家、コバシガワ商会、ミラーズ、スルメ宛て、四部構成になっている。封筒を四つにすると料金が四倍、ということだったのですべてを同封して郵便配達員に頼んだ。

 特にコバシガワ商会とミラーズの面々は、あの手紙を参考にすれば洋服ブランドの確固たる地位を獲得するイメージを持てるはずだ。

 もっと映像を見ていたかったところをポカじいに止められた。強くならんと帰れんぞい、と。


 俺とアリアナは後ろ髪引かれる思いで水晶のある地下室をあとにし、ポカじいとの訓練を開始した。
エリィ 身長160㎝・体重71㎏(±0kg)


日にちが経過していないので体重は変わっていません。

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いつもお読み頂き誠にありがとうございます!
気づけばPV二百万アクセスになっており戦々恐々としております。
稚拙ではありますが簡単なプロット通りに物語は進んでいるので途中でめちゃくちゃになることはない・・・はずです。

更新は四日以内にする予定です。
ほんとはもっと早く更新したいです。
精神と時の部屋、レンタルしていれば籠もりたいです。。

ご指摘ご意見いつもありがとうございますー!
ということで次話も是非ご覧下さい!
+注意+
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