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エリィ・ゴールデン ~ブスでデブでもイケメンエリート~ 作者:四葉夕卜/よだ

第三章 砂漠の国でブートキャンプ

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第2話 イケメン、冒険、追跡者

 翌日、『バルジャンの道具屋』の隣にあるバー『グリュック』でコゼットのおやじさんに戦争に関しての情報を聞いた。さびれた商店街のバーといえども、やはり人の集まる場所は情報も集まる。時刻はお昼過ぎなので開店前の貸し切りだ。

 ジャンジャンの予想通り、砂漠の国サンディは『赤い街道』を完全封鎖しているらしい。場所は『自由国境の街トクトール』から三十キロほど東へ進んだ地点だ。商隊も通れなければ、一般人も通れない。ちょっとおかしいぐらいの徹底ぶりらしく、早くも、各地で流通に弊害が出ているそうだ。

 サンディは自給率が高いのだろうか。
 砂漠の国と言うぐらいだから物資は輸入に頼っているような気がするが…。あまり長い間、封鎖をしていると自国経済の首を絞めることになりそうなもんだけどな。その辺も情報を仕入れてみないと何ともいえない。異世界だし地球の常識が通じない部分があるだろう。

 ちなみに衝撃だったのが、赤い街道を封鎖した時刻が、俺とアリアナが馬車に乗った翌日。ということはだ、ポチャ夫やペスカトーレ、盗賊団をおしおきしてすぐ東に進んでいればグレイフナー王国にそのまま帰れたってことだ。なんてこった。

 ただ、あのときは魔力と体力が限界だった。
 それに東側からは大量の魔物が出現していた。
 アリアナを抱えて魔物を倒しながら脱出するのは不可能だっただろう。ま、あれが最善だったと思う。そもそも元を辿れば俺が誘拐されたことがいけなかったんだしな。俺、バカだわー。次はミスらないから天才だけど、あんときはバカだったわー。

 ま、終わったことをぐじぐじ言っててもしょうがねえ。

 サンディはトクトールに着いて、すぐ魔物を殲滅し、そのまま東へ進んで封鎖線を張った、という流れだな。

 一番気になっている、どれぐらいで戦争が終わるのか、という俺の問いに、コゼットのおやじさんはただ首を振るだけだった。一ヶ月かもしれないし一年かもしれない、とのこと。

 いやいやいや、一年とか長すぎ!
 超楽観的に考えてたよ。そのスパンは予想の右ななめ上だった。

 俺、あんま歴史物は得意じゃねえ。親友の田中がペラペラとしゃべっていた記憶をほじくり返すと……十年ぐらい戦ってた戦争があるとかないとか言ってた気がする…。あいつ歴史好きだったからなぁ。あいつ今頃俺がいなくてヒーヒー言ってるんだろうな。
 にしても十年とか、アホか。どんだけ戦争好きなんだよ。

 なんか、すぐ帰れないような気がしてきた。

 これはやべーな。雑誌もミラーズもすべて中途半端で放り出してきた格好になる。
 新商品と新デザインの原案はジョーに、雑誌のアイデアやアジェンダは黒ブライアンやエロ写真家、ウサックス、クラリスに話していたからある程度の時間、俺が不在でも問題ないと思う。

 が、やはり細かい部分の調整、そして他社競合から差別化ができるか不安だ。おそらく大型の商会なんかはすでに服の発注を行い、独自の方法でデザインを真似てくるだろう。いまこの段階で圧倒的攻勢に出ないと負ける可能性がある。
コモディティ化は必ず起きる。
 皆が、どれぐらい『ブランド』に執着できるかが鍵だ。

 ミラーズは借金をしてでも店舗拡大。
 コバシガワ商会はミラーズと連携し、新しいデザインの生地流通の独占強化。
 加えて縫製職人との専属雇用を結ぶ。
 さらに雑誌の第二号を創刊。

 秋物、冬物の発注とか、モデル発掘とか、新店舗の社員教育とか、うわーすげえやりたかった! 一番街の一角をショッピングモールにするとかまじで計画してたのに! そして新作を出すたびにちょっとずつ、女性物のスカートの丈を短くし、最終的にミニスカート、ショートパンツを流行らせるという俺の『ちょっとずつだったら短くなってもバレないよね。ああんコバシガワさんてばずるいんだからぁ作戦』があああぁぁぁああぁっ! くそおおおおおっ!


 いでよ! どこでもDoor!


 しーん……。


 いでよ! 時空のはざまッ!


 しーん…………。


 アリアナが可愛らしく、こてん、と首をかしげるだけだ。


 もふもふもふもふ。


 とりあえず狐耳で癒されて、と。


 結局のところ、戦争が終わるのを待つか、別ルートで帰るか、の二択だ。
 みんなを信じてこっちで出来ることを精一杯やるしかない。
 お、いま俺すげーいいこと言った。俺、天才。イエーイ。


 それから、店の手伝いをしていたコゼットに昨日のことを謝っておいた。


「昨日はいきなり怒鳴ってごめんなさい。あまりにも私のお洒落なイメージとは違っていたからつい。人それぞれの価値観があるもの……私の勝手なイメージをあなたに押しつけてしまったわ」
「いいんだよエリィちゃん。自分でも分かっているから」

 コゼットはにっこりと笑った。
 純真無垢に笑う彼女は、見る者に安堵感と癒しを与えた。ああ、なんか癒される。変な服装だけど。すごく癒される。変な服装だけど。

 今日のコゼットはドクロをかぶり、レインボーの布を体中に巻き付け、魔除けと書かれた肩当てをし、りんごの刺繍が入った膝まである靴下をはいている。
 これはもはや新境地だ。ファッションのフロンティアや!

「でも初対面でひどいことを言ってしまったわ。何か一つ借りにしておいてもらえないかしら」
「いいよそんなの」
「私に借りを作っておいて損はないわよ」
「困っちゃうなー。なしっていうのはできないの?」
「ダメよ。私の気持ちが収まらないわ」
「うーん。そう言われても…」
「最近、困っている事、ないの?」

 コゼットはくりっとした目を閉じ、首をかしげる。短めの三つ編みがななめに垂れた。
 一瞬、何か思いついたような顔をしたが、すぐかぶりを振る。

「今のところないよ。本当にいいんだよエリィちゃん」
「恋の相談……というのも大丈夫だけど?」
「こ、恋?!」

 コゼットは椅子から転げ落ちそうになるほど動揺した。

 はっはぁん、やっぱり。
 昨日のジャンと再会した喜びようからして、二人は両想いらしいな。
 黙っていたアリアナが、ふさふさしている狐の尻尾を勢いよく振って無表情で身を乗り出した。よく見ると目元が少しだけ笑っている。俺を見て、話の先を急かしてきたので、力強くうなずいた。

「誰か好きな人、いないの?」
「え、え、え、ええっとぉ~」

 助けを求めるように右往左往するコゼット。首を振るたびに頭にかぶったドクロが揺れる。

「ああ、そうよねぇ。昨日会ったばっかりの人に大事な気持ちを言えるわけないわよね…」
「え? んんーそういうわけじゃあ……」
「いいのよいいのよ。大切な気持ちってむやみに言うものじゃないわ」
「そう、なのかな?」
「そうよ」

 俺は共感し、そしてコゼットの言葉に肯定する。

「でもね…」

 人の心は不思議なもので、最初から否定されるより、肯定されてから否定されるほうが心に響きやすい。
 何度となく部下に聞かせ、取引先にこの簡単な技術を使ったか分からない。
 ま、俺はコゼットの服装を初っぱなで全否定したわけだが……あんな格好してたらそりゃ誰だってツッコミを入れるだろ。めんごめんご。

「話せば楽になることもあるわ。私たちは封鎖が解除されればすぐに帰る旅行者みたいなものよ。だから話したからってあなたの大事な気持ちが減ったりはしないし、むしろ言葉にすることによってより確かなものになると思うのよね」
「そうかな?」
「そうよ。私たちが協力できることもあるだろうし」
「協力する…」

 アリアナがさらに身を乗り出す。ガチで恋バナが好きらしい。

「実はね――」

 恋する乙女コゼットは堰を切ったように、いかにジャンが好きかをしゃべり始めた。もうそりゃマシンガンだ。段々と俺とアリアナも興に乗ってきて、きゃー、とか、まあ…、なんていう合いの手を入れる。延々に続くガールズトーク。
 これを楽しんでる俺って……ウサックスばりに順応力高すぎか?


   ○


 ―――チリン


 もうバーの開店の時間になっていたらしい。

 店に入ってきたのは薄汚れたローブ姿の老人だった。白い髭を生やし、ぼさぼさの白髪で、飲んでいるのかすでに顔が赤い。こちらをちらりと見てカウンターに座ると、コゼットのおやじさんに「強い酒」とだけ言った。

 客などおかまいなしにコゼットのジャンジャントークが炸裂する。

 小さい頃の話から成人までのヒストリーを俺とアリアナは聞いた。
 ジャンジャンはめっちゃいい奴だ。
 コゼット目線だと超スーパーイケメンに映っているらしい。
 何度となくコゼットを助けてくれ、いつも見守ってくれたそうだ。彼が冒険者になる、と言ったときは谷から突き落とされた気持ちになり、こうして元気な姿で戻ってきてくれたことが天へ上らんばかりに「嬉しい!」いや、「嬉ぴいッ!」とのこと。
 いや、天に上ったらあの世いきだからな。

 その他にも砂漠の魔物デザートスコーピオンに襲われた話、ジャンジャンが病気の人を診療所まで走って運んだ話、誰よりも魔法と剣を練習していた話、そりゃもう聞きましたとも。延々とね。

 俺は区切りのいいところで本題を切り出した。

「それで、いつ告白するの?」
「―――ッ!?」

 コゼットは、今度は比喩でもなんでもなく椅子から転げ落ちた。
 ドクロのかぶり物が床に落ちてひっくり返り、くるくる回転する。

「そんなびっくりすることないじゃない」
「だってエリィちゃん…ジャンが私のこと好きなわけないよ…」

 コゼットはドクロを拾ってしっかりとかぶった。

「どうして?」
「それは……」
「なにか、言えない事情でも?」


 あいつコゼットにベタ惚れだが。


「あのね………」


 コゼットはかすれた声で言うと、自分の服装を見て、黙り込んでしまった。


 そのあとは、どんなになだめすかしても続きを話してくれなかった。
 二人の間には何があったんだろうか。
 これ以上は無理に立ち入ってはいけない話のようだ。
 俺は空気を読んで質問をやめた。


   ○


 俺とアリアナはジャンジャンに連れられて冒険者協会までやってきた。

 目の前には石造りのどっしりした建物がそびえ立っている。四階建て、訓練場つき、というオアシス・ジェラの冒険者協会は大きかった。ま、グレイフナーの協会ほどじゃないが。

 滞在中、タダ飯をもらうわけにもいかないので、道具屋の店番をやりつつ冒険者登録をして魔物退治や素材集めをするつもりだ。修行とダイエットも兼ねている。俺には実戦経験が圧倒的に足りないからな、魔物との戦闘はいい訓練になるだろう。

 ジャンジャンの話だと、冒険者は大きく二つに分かれるらしい。

 魔物を狩る冒険者。
 未知の場所へ行く冒険者。

 世界の果てへ到達することが冒険者の意義であり存在する理由、だそうだ。
 俺は建物に入る前にジャンジャンに聞いた。
 なので、未開の地への挑戦者のほうが尊敬される。

「世界の果てって本当にあるの?」
「エリィちゃんそれは常識だ。ユキムラ・セキノが見つけたんだよ」
「えー。だって世界って丸いんでしょう。世界に果てなんてないわよ」
「はっはっはっはっは! エリィちゃんはおもしろいことを言うね!」

 ジャンジャンは爆笑した。

「世界は真四角だ、というのが通説で、実際にユキムラ・セキノが世界の果てを見つけているから、それは証明されているよ」
「真四角ぅ?」

 俺は信じられなくてつい素っ頓狂な声を上げてしまった。

 だって真四角って、ねえ。
 端っこはどうなってるわけよ。この世界って宇宙にあるんじゃないの?
 大地は象が支えているっていう古代インドの宇宙観みてえだな。
 てか、まじなわけ?

「世界の果てがどうなっているのか皆知りたいのさ」
「ユキムラ・セキノが間違っているって可能性は?」
「ないね」
「どうして?」
「彼は映像記録の魔道具で世界の果てを撮影しているからね」
「えええ!?」

 うっそぉ!
 それ超見たいんですけど!

「どこで見れるの?」
「冒険者同盟に行けば見られるよ……ただし、ランクがA以上じゃないと門前払いだけどね」
「よし! 頑張ってAランク目指しましょう!」
「わたしも…」
「ははは、俺でもCランクなんだよ?」
「ジャンジャン、私はやると言ったことはやるのよ」
「わたしも……」


 苦笑するジャンジャンを尻目に、俺とアリアナはうなずきあって、冒険者協会の扉を開けた。


 スイングドアの先には、小綺麗な空間が広がっていた。窓口が七つ、カウンターに様々な記入用紙があり市役所みたいな感じだ。

 ジャンジャンは顔見知りが多いのか、再会の挨拶をしながら窓口へ進む。
 屈強でむさ苦しい鎧に身を包んだ男達が俺とアリアナを見て、侮蔑の目を向け、鼻で笑う。
 俺たちが冒険者登録をしようと受付嬢に話しかけたところで、いきなり窓口のカウンターにバァンと手を叩きつけられた。

「お嬢ちゃんたち…まさか冒険者になろうってんじゃないだろうな?」

 見ると、唇の半分がめくれ上がった、いかにも映画の序盤で主人公にやられそうな男が凄みをきかせて睨んでくる。体格が良く、結構強そうだ。

「ここはガキの来るところじゃねえんだよ。とっとと消えな」

 レディに話しかける礼儀作法が全くなってない。
 よし、無視だな。無視。

「私とこの子が登録――」
「デブのお嬢ちゃん、俺を無視する気かァ!?」
「あ、これに記入すればいいのね」
「てめえ! いい加減にしろよ!」
「ペンを貸してちょうだい」
「聞いてんのかぁおい! デブの分際でこのビール様を無視するとはいい度胸だな!」

 男は再度、カウンターを思い切り叩いた。
 猫耳のかわいらしい受付嬢があわあわと慌てている。
 ジャンジャンが剣呑な顔つきになり、ポケットの杖に手を伸ばす。
 俺はさらに無視することにした。

「アリアナ、ちゃんと書くのよ」
「ん…」
「いい加減にしろよぉ!」

 唇男で名前がビール、クチビールが俺とアリアナの登録用紙を奪い取ってぐしゃぐしゃに丸めた。
 ジャンジャンが怒って杖を向ける。

「おいお前! 冒険者は十四歳から登録が可能だ! お前にこの子たちを止める権利はない!」
「はあぁぁぁッ?! 黙れ出戻りが!」
「で、でもどりだと?!」
「なりたてのランクCで故郷に凱旋!? ハッ、笑わせるな」
「きさま……」

 周囲がこちらに目を向けている。あまり興味がないことから、日常茶飯事の出来事らしい。

「ジャンジャン、どいてちょうだい」

 俺はジャンジャンの前に出た。

「エリィちゃん! こいつは何かあるたびに難癖をつける有名な奴だ!」
「忠告と言ってもらおう」

 クチビールはドヤ顔で胸を張り、唇をゆがめた。

「こんなおデブのお嬢ちゃんと細っこいガキが俺と同じ冒険者! 虫ずが走る!」
「あなた今なんて言ったかしら?」

 俺は少し絡まれる程度なら文句は言わないつもりだったが、こいつは言っちゃいけないことを何度も言った。何度もな。
 俺をデブと、アリアナを細い、と。レディが一番気にしていることを何度も…。


「なんだってえ?」
「あなた、いま、何て言った、って聞いたのよ」


―――パチパチッ


 俺は魔力を循環させ、電流を流す準備をする。
 静電気が巻き起こる。


「エリィが怒った…」
「エ、エリィちゃん? 髪の毛が逆立ってるけど?!」


 アリアナとジャンジャンが怒りの空気を感じて俺から距離を取った。


「何度でも言ってやるよ! デブとひょろひょろのガキが冒険者なんかに――」


 俺はクチビールの腕をそっとつかんだ。


「おいおいやる気かァ! 笑わせるぜ! よし、ここは痛い目を――」


 電打エレキトリック!!!!!


「見せたばばばばばババババッバババビルベピィ!!!」


 気持ちの悪い痙攣をしてクチビールが床にぶっ倒れ、頭から湯気を出し、白目を向いた。



   ○



「エリィちゃんここに名前を書くんでしゅ」
「あらそう」
「ここに特技を」
「うんうん」
「ここに年齢と出身地を書いてくだしゃい」
「ありがとう」

 よい子になったクチビールが丁寧に登録票の書き方を教えてくれる。

 気づけば俺とアリアナを蔑むような目で見る冒険者はいなくなっていた。俺が「麻痺魔法の餌食になりたければ私の前に来なさい」と言ったからだろう。幸い、麻痺魔法は上位魔法の『木』に存在しているらしく、俺が上位魔法使用者だと皆が勘違いしてくれた。

 それにこの男は誰に対しても突っかかっていたらしい。協会内でも煙たがられる存在だったそうで受付嬢もホッとしていた。
 なんか可哀想だな、クチビール。孤独だったのだろうか。

「悪いことはしないで冒険者として頑張りなさい!」
「うん!」

 彼にそう言って、俺たちはデザートスコーピオン討伐の依頼を受け、冒険者協会を出た。


   ○


 西門に向かっている途中、ジャンジャンが俺とアリアナに耳打ちしてくる。


「誰かにつけられている」
「え?」
「んん…?」

 アリアナがぴこっと耳を後方へ動かし、歩きながら耳をすます。

「後ろのほう。ひとり…」
「誰よ?」
「わからない」

 ジャンジャンが首を捻った。

「敵意はなさそうだ。西門から出れば砂漠の危険地帯に入る。追ってはこないだろう」
「そうね」

 俺とアリアナはうなずき、一度『バルジャンの道具屋』に戻って、水と食糧を持ち、熱を遮断するヴェールを借りて外に出る。ガンばあちゃんは頑張って店番をしていた。あとで手伝うから待っててくれ、ばあちゃん。

「よおジャン! 元気か!」

 西の門番の男が懐かしげにジャンジャンへ声をかけた。

「おう! お前も相変わらずだな」
「まあな。で、コゼットとはどうなったよ?」
「いやー! まあ、タイミングってやつが……まだな!」
「はっはっは。その様子じゃ結婚は俺のほうが先だな」

 ジャンジャンはしばらく昔話をし、門番の男に気をつけて、と言われて外に出る。

 町の外はすぐに砂漠、というわけでなく、荒野が続いている。固い地面に草がちらほら生え、乾いた風が吹き抜ける。どこまで続くとも分からない地面が延々と続き、目をこらせばうっすら遠くのほうに砂丘が見えた。

 暑い。まじで暑いよこれ!
 痩せちゃうよ! シェイプアップしちゃうよ!


 俺たちは途中で休憩を取りながら一時間ぐらい歩いた。


「まだついてくるな」

 ジャンジャンがしかめっ面でぼそっと言った。
 アリアナが耳を動かして、首肯をする。

「ほらエリィちゃん、町の方角を見てみなよ」

 俺は言われた通り、町の方向へ目を細めた。
 確かに、熱気で空気が揺らめいているが、人間がひとりこちらに近づいてくる。
 距離はかなり遠い。追っ手の姿が米粒大に見える距離だ。

「先ほどからつかず離れずだ。町の外までついてくるとはな…」
「あやしい…」

 電衝撃インパルス落雷サンダーボルトの範囲外だ。さすがにあそこまで遠くに飛ばせない。おおっぴらに落雷魔法を見せるわけにもいかねえしな。ジャンジャンがビビるだろう。
 俺たちは無視することに決め、先へと進んだ。

 討伐ランクEのデザートスコーピオンは砂漠と荒野の境目を巣にしている全長五十センチほどの魔物で、尻尾に毒があり刺されると危険だ。定期的に倒しておかないと町まできてしまうことがあるらしい。
 ジャンジャンが毒消しポーションを持ってきているので万が一刺されても問題はない。

「二人とも風魔法が使えるってことだからウインドカッターは使えるよね?」
「ええ」
「ん…」
「遠距離からウインドカッターで攻撃し、急所の頭に当たれば一撃で倒せる。落ち着いてかかれば問題ない。はずしても俺が盾になる」

 ジャンジャンが前衛をつとめてくれる。心強い。
 彼の装備はロングソードに革の鎧、左腕に小さな盾をつけている。

 水を飲んで一息つき、五十メートルほど進むと、黒い影がうごめいている様が見えた。
 数は二つだ。

「あれがデザートスコーピオンだ。俺の合図で魔法を。エリィちゃんは左、アリアナちゃんは右だ」

 俺たちはうなずき、いつでも魔法が撃てるように魔力を練った。

「あれ、エリィちゃん、杖は?」
「私は杖なしよ」
「なんだか…君は色々とすごいな……」

 ジャンジャンは感心し、すぐに表情を引き締めた。

「Eランクといえど油断は禁物だ」

 もう十メートルほど進む。まだ敵は気づかない。
 ジャンジャンが手を上げた。
 いけ!

「ウインドカッター!」
「ウインドカッター」

 風の刃が二十メートル先にいるデザートスコーピオンに向かう。
 俺の“ウインドカッター”はデザートスコーピオンの頭を両断して絶命させ、アリアナの“ウインドカッター”は右にいたデザートスコーピオンの尻尾を切り飛ばした。

「いいぞ二人とも! これはすごいや! もう一発いけ!」
「ウインドカッター!」
「ウインドカッター」

 俺とアリアナの放った“ウインドカッター”が尻尾を失って動きの鈍っているデザートスコーピオンに突き刺さり、頭部と胴体を分離させた。
 あんま強くねーな。

「あれほど正確に狙うなんて。ひょっとして…二人はすごく優秀?」

 嬉しそうにジャンジャンが聞いてくる。

「私とアリアナはスクウェアよ」
「え? スクウェア?」
「そうよ。そういえばジャンジャンは?」
「てっきり風適性のダブルかトリプルだと……ああ、俺もスクウェアだよ」
「私は光適性でアリアナは闇適性よ」
「ウソッ?! 光と闇?!」
「そんなに驚くこと?」
「驚くもなにも、レア適性じゃないか!」
「そうなのかしらねぇ…うちの学校じゃ結構いるし」
「それはグレイフナー王国の魔法学校だからだよ…」

 光と闇の適性は二十人に一人ほど。適性を活かした凄腕魔法使いになれるのは五十人に一人、と言われている、とジャンジャンが力説する。

 そういえば一般人から見るとこんな位置づけらしいな。

 シングル、普通。
 ダブル、トリプルは優秀。
 スクウェア、ペンタゴン、ヘキサゴンはすごい。
 セブン、エイト、ナインはやべえ。
 テン、イレブンはとてつもない。
 グランドマスター、そんな魔法使いいないでしょ。

 って感じだ。

 まあ、魔法の種類をいくつ使えるかって呼び方だから、強さの目安に多少なる程度だ。ヘキサゴンは六種魔法が使える。でもすべての魔法が下位の下級のみって可能性もあるわけで、たくさん使えるから強い、ってことでもない。
 ただし、セブン以上の魔法使いは自動的に上位魔法を取得しているってことになるから、扱いが別格になる。

「それじゃ尻尾を切り取ろう。討伐の証になる」

 ジャンジャンがデザートスコーピオン近づくと、乾いた地面が、急にボコッと盛り上がった。

「サンドワーム?! 二人とも下がって!」

 ジャンジャンが言い終わるか終わらないかのタイミングで地面から巨大なミミズが土埃を舞い上げながら出現した。直径が二メートルほどある。
 やべええええっ。
 めっちゃきもい! これはグロ!
 リアルグロ! まじで!

「逃げるぞ!」

 ジャンジャンが必死の形相で言う。
 アリアナがぼそっと「討伐ランクC…」と言った。

「何している二人とも。早く逃げるんだ」
「その必要はないわ」
「え?」


 俺は一気に魔力を練り込み、放出した。


落雷サンダーボルト!」


 荒野の砂漠に一筋の雷光が瞬き、空気の膨張で起こる真空により轟音が響いた。
 芸術家が作った意味不明な巨大オブジェのように醜悪な姿でそそり立っていたサンドワームに“落雷サンダーボルト”が突き刺さり、一瞬で黒こげになった。

 もう躊躇しないよね。
 敵は完膚無きまでに打ち砕く。
 それが魔物ならなおのこと、だ。

 にしても、ちょっと威力が強すぎたかな。
 爆風でジャンジャンが尻餅をつき、口をぱくぱくさせている。

 驚愕の表情のまま、無言で俺を指さし、サンドワームを指さし、落雷が落ちる軌跡を辿るように指を上から下へ動かし、また俺を指さし、またサンドワームを指さした。
 いや、驚きすぎだから。


「エリィはすごいの…」


 アリアナが説明になっていない解説を入れる。


「今のまさか……伝説の……伝説の……魔法……………サ、サ、サ、………サ」


 ジャンジャンがなんとかして言葉を紡ぐ。
 あまりの衝撃に口が上手く動かないようだ。
 よしわかった。
 俺は彼の意志を受け取り、続きを言うことにした。




「………サ、サ、サ、………サ」




「サマン○タバサ」




 伝説の魔法、その名もサマン○タバサ!
 その鞄を持った者はすべてプリティ系へとクラスチェンジする伝説の魔法ッ!
 異世界に激震、走るッ!!


「サマン○タバサ!?」
「鞄のブランドよ」
「エリィちゃん意味分からないよそれ! ぜんぜん意味が分からないッ! 何語?!」
「エリィはたまに意味不明……」
「ちょっとしたギャグね」
「いやそんなことより今のってあの、伝説の、ユキムラ・セキノが使っていた“落雷サンダーボルト”だよね?! そうだよね!?」
「そうよ」

 ジャンジャンはそんなキャラだったっけ、とツッコミを入れたくなるほどに興奮し、両手の拳を握りしめて天へと突き上げた。
 なぜかアリアナもガッツポーズを作っている。

「うおおおおおおおお! すごいよ! すごいよエリィちゃん!」
「エリィはすごいの…」
「あの伝説の落雷魔法だよ?! 全世界で複合魔法が使える魔法使いっていないんだよ?!」
「いないのぉ?!」
「いないよ! 謎の魔法だっていくつかあるし!」

 てっきり使える奴、何人かいると思ってたんだが。

「とにかくこれはすごい! これならランクA…いやランクSだって夢じゃない!」
「エリィならできる…」
「そうかしら? でも落雷魔法で目立つのはちょっとね…」

 絶対、面倒事に巻き込まれるだろ。軍事利用されるとかほんと勘弁だし。俺は自由に生きたいんだ。

「ああ、人気者になっちゃうもんね!」
「そこ!?」
「え? 違うかい?」
「え、ええ…。まあ違わないけど」
「それよりどうやって憶えたのさ! どういう呪文を詠唱をするんだい? 俺なんかにできるはずないけど是非とも詠唱したいんだよ!」
「ちょ! ジャンジャン、顔が近いわ。テンションが高いわ」
「ごめんこの興奮は抑えられないッッ」
「なんかね…エリィが変なおじいさんにもらったんだって…」
「わしのことじゃな」
「そうそうこんな怪しいおじいさんにもらったのよ」

 エリィの日記にはグレイフナーで変なじじいに落雷魔法をもらった、と書かれていた。

「それで詠唱してみたらできちゃったのよ」
「エリィは天才…」
「へえ! へえ! すごいね!」
「まあ私は天才だからね」
「エリィ……尊敬」
「うわぁー俺ってば今、まさに伝説を目の当たりにしているんだな…」
「ほっほっほ、そうじゃな」

 感動したジャンジャンがさらに俺に詰め寄る。

「で、エリィちゃん! 是非とも、是非とも落雷魔法の呪文を教えて欲しい!」
「いいわよ」
「詠んでもおぬしには使えぬぞ。いいのか?」
「ああ、それでもいいんだじいさん」
「ほぉーまあそこまで言うならな。ほれ」
「ふむふむなるほど…………」
「………」
「………」


 俺とアリアナとジャンジャンは首を一斉に一カ所へ向けた。


「あなた誰ッ!?」
「じいさん誰!?」
「あやしい奴…ッ!」

 自然すぎる流れで会話に入っていたじいさんが、何食わぬ顔で俺たちの輪にいた。赤ら顔で白髪に白髭、さっきバーに来ていたじいさんじゃねえか。

「ほれ、青年よ。落雷魔法が詠みたんじゃろ」
「え……」

 じいさんはおもむろに落雷魔法が書かれたメモを見せてくる。
 ジャンジャンは思考が停止したのか完全に固まった。

 つーかこのじいさんなんで落雷魔法を?!
 てかさっき俺に落雷魔法を教えたのを、わしのことじゃなって……。
 ま、ま、まさか!!

「久しぶりじゃのエリィ・ゴールデン。わしの見込んだとおりじゃ」
「あなた……一体何者ッ!?!?!?!」


 やべえやべえ! 
 落ち着け俺! クールになれ!
 こいつには色々と聞きたいことがあるんだよ。つーか日記に書かれていた謎のじいさんがこんな突然現れるとかまじ反則でしょ?!


「わし? わしは一介の魔法使いじゃ」


 じいさんは飄々とした様子であごひげをゆったりと触っている。
 砂漠に一筋の風が吹くと、じいさんの白髪がなびいた。


「わかりやすい自己紹介をせんといかんようだな。仕方ない……。皆、わしのことをこう呼ぶ。砂漠の賢者ポカホンタス、とな」


「……………………え」
「…………………え」
「………………え」


 俺とアリアナとジャンジャンは絶句し、そして絶叫した。


「えええええええええええええっ!?」
「えーーーーーーーーーーーーっ…」
「えええええええええええええっ!」


 ほっほっほっほっほ、とじいさんは満足そうに笑った。


 俺は後ずさりをし、言葉を失う。


「ま、まさかあなたが、あの……」


 魔法ミーハーのクラリスがここにいたら喜びで失神するぞ。
 さすがのアリアナですら結構びっくりした顔をしている。

 ジャンジャンは先ほどと同じように名前を言いたいが言葉が出ないようだ。
 無言で俺を指さし、サンドワームを指さし、落雷が落ちる軌跡を辿るように指を上から下へ動かし、また俺を指さし、最後にじいさんを指さし、頭からつま先まで何度も動かした。


「あ、あなたが……あの……伝説の魔法…使い…………ポ、ポ、ポ……」


 この世界で伝説とされ、生死すらわかっていない魔法使いが目の前に現れたのだ。無理もない。
 そりゃびっくりするよな。
 俺は彼の意図をくみ取り、しっかりと言葉の続きを言うことにした。


「ぽ、ぽ、ぽ…………ポォッ―――」




「アンポンタァンッ!!!!!!」




 俺は全力で言い切った。




「だぁれがアンポンタンじゃ! ポカホンタス! 砂漠の賢者、ポ・カ・ホ・ン・タ・スッ!」




 じいさんは怒るが説得力がない。
 なぜなら、なぜならば…………。




―――――なぜならば!!




 俺は怒りのあまり絶叫した。




「私のぉーーーーーーーーーーーおしりをぉーーーーーーーーーーーーーー触ってるじいさんが砂漠の賢者なわけないでしょーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッ!!!!!!!!!!!!!!」



 電打エレキトリック!!!!!!!!!!



「これはいい尻ぃぃぃぃぃぃぎゃばばばばばバガガガガリピィィィィッ!!!!」



 じいさんは電動マッサージ器みたいに小刻みに痙攣しながらぶっ倒れ、桃源郷を発見した遭難者のように、幸せそうな顔で昇天した。

エリィ 身長160㎝・体重81㎏(-1kg)
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