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エリィ・ゴールデン ~ブスでデブでもイケメンエリート~ 作者:四葉夕卜/よだ

第二章 異世界ダイエット

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第24話 イケメンエリート、人生で一番不愉快になる

 誘拐されてから五日経過した。

 俺とアリアナには最低限の食事と水が与えられるのみで行動の自由は一切ない。やけに騒がしい検問のような場所を通ったところで、麻袋からは出してもらえた。俺は両手を後ろに固定され、両足には鉄製の手錠のような拘束具をつけられていた。拘束具には不可思議な模様が描かれており、アリアナの話ではその両手両足の拘束具が魔力阻害の魔道具、ということだった。

 魔法を使用するには両方とも破壊しなければならず、普通の力では不可能だ。そうなると襲撃者から鍵を奪ってはずすしかないが、誰が持っているのかわからない。鍵が存在しない、ということはないだろう。こういった魔導具は高価なので必ず再利用するはずだ。いちいち破壊していたらコストがバカにならない。現に足首の拘束具を見ると、鍵穴が空いている。

 あれから何度となく魔法は試してみた。
 結果は同じだ。せめてアリアナに回復魔法をかけてやりたい。俺が襲撃者たちに口うるさくアリアナを治療しろと騒いだので、渋々といった様子で回復ポーションの瓶が乱暴に投げられた。アリアナはそれを飲んでいくらか傷がましになったようで、呼吸が安定した。それでも魔法でやられた腹部が痛むのか、時折苦しそうな顔をし、碌に食事も取れない。元々痩せていた彼女はさらに細くなり、すっかり憔悴してしまった。

 俺は馬車内の板と板のあいだに挟まっていた小さな釘を後ろ向きの体勢で引き抜いて、物音を立てないよう慎重に馬車を覆う布へ突き刺した。釘を捨て、空いた穴を覗き込む。外には何の変哲もない平野が広がり、奥は森が続いている。道は赤レンガが敷き詰められていて、この街道が大きなものだという推測が立つ。馬車は速度を出しているのか景色が次々と後方へ飛んでいく。

 地図を思い出しても、赤レンガの街道があるとは書かれていなかった。もっと知識を得ておけば現在地がどの辺かということがわかったはずだ。今更それを言っても仕方ない。俺は穴から離れて腰を下ろし、樽に寄りかかった。馬車の中に逃げ出せる道具になるような物はない。馬車内をうろうろしているのが見つかると、すぐに“睡眠霧スリープ”が飛んでくる。

 考えられる移動先は三つ。
 一つは東にある人族主義のセラー神国。
 一つは南西にある獣人の治めるパンタ国。
 一つは自由国境を越えた砂漠の国サンディ。

 砂漠の国サンディとパンタ国は戦争がありそうできな臭い、と前に誰かが言っていたな。できればそっちでないことを祈る。

 にしてもこいつらの目的って俺なんだよな。この間、依頼主の“趣味”とか言っていたが、まさかデブ好きの変態のところへ連れて行かれるとかないよな。ほんとそういうの無理。まじでありえない。どうにかして逃げ出さないとまずいことになりそうだ。

「食事だ」

 子分っぽい男が車内に水の入った瓶と紙袋を放り込み、すぐに顔を引っ込める。なんだか苛ついた様子だ。この先で何かあるのか、単に機嫌が悪いのか、分からない。とにかく食べておかないといざっていう時に力が出ないな。

「アリアナ」
「ん…」

 俺は横になっている彼女を起こした。
 アリアナは辛そうに後方の木箱へ寄りかかる。本当なら俺が支えてやりたかったが、両手が後ろにあるのでそれができない。

「食べれそう?」
「ん……」

 体は拒否している。でも食べないと体力が回復しないと理性で分かっている。無理にアリアナはうなずいて、紙袋を開いた。彼女の拘束はロープのみで両手は前になっている。やりづらそうに中に入っていたサンドウィッチを取り出して、端っこのほうだけをかじった。

「けほ……けほ…」

 相当苦しそうだ。最悪、内臓がやられている可能性がある。いつもは元気な狐耳が、今はへなんと萎れていた。

「大丈夫? 水は飲めるでしょ?」
「ん……」

 サンドウィッチを諦めて袋に戻し、水の瓶を開けようとする。コルク式になっており、アリアナは力が入らないのか、抜くことができない。俺は後ろを向いて、手を出した。アリアナがコルクをうまく俺の右手に当ててくれる。

「押さえててね」
「ん…」

 アリアナが瓶を押さえていることを確認して、俺はコルクを抜いた。かなり固く蓋がしてあった。何の嫌がらせだ。

 水を飲んで落ち着いたところで、彼女にサンドウィッチを持って、食べさせてもらう。この作業も慣れたものだ。食べさせてもらわなければ俺は犬みたいに這いつくばって食べるしかない。こういった事まで考慮して、襲撃者たちはアリアナの拘束だけ両手を前にしたのかもしれないな。


 それから二時間ほどして、襲撃者たちが大声で何か連絡を取り合い始めた。


「もう着くぞ!」
「通行証は持っているな。金の準備をしろ」

 子分とお頭らしき男の声だ。着く?
 どこに着くんだ。

 俺は先ほど開けた穴のところまで這って移動し、外をのぞき見る。ちょうど真横に護衛の馬が走っていて何も見えない。何だか嫌な予感ばかりがよぎる。

 馬車は、動いたり止まったりを繰り返している。列に並んでいるのかもしれない。十五分ほどして、お頭が今まで聞いたことのない声の男とやりとりをすると、馬車は軽快に走り始めた。周囲が騒がしい。売り子の声や、すれ違う人の声が大きく聞こえる。


   ○


 街に着いたようだ。
 見張り番とお頭の会話から、ここは『トクトール』という地名だとわかった。襲撃者たちは街に入れてほっとしたのか口数が多くなっている。何か情報がないか耳をそばだてていると馬車が止まった。

「出ろ」
「出れるわけないでしょ」

 男の言葉に俺は反論する。両手両足を拘束されてどうやって移動しろというんだ。

「ちっ」

 嫌味を隠そうともせず、前歯のない男が馬車に入って俺の腕をつかんだ。そして乱暴に引っ張る。ずりずりと床をこするように移動させられ、馬車の外に放り出された。

「おい手伝ってくれ」
「やだよ」
「俺一人じゃむりだこんなデブ」
「自慢の身体強化はどうした」
「そんなもんできねえよ」
「やっぱり法螺吹いてたんじゃねえか」
「たりめえだろ。できてりゃ今頃俺は騎士団だ」

 ああだこうだ言い合いながら、下品な男ふたりが俺を担ぎ上げ、停車した家へ運んでいった。アリアナは米俵を持つように別の男に担がれている。

 襲撃者のアジトだろう。入り口すぐの樽に剣が無造作に入れられ、いつでも戦闘にいけるように準備されている。廊下を進んだ先、質素なリビングには三人掛けソファが二つと一人掛けソファ一つが無秩序に置かれ、物が少なく生活感が全くない。湿気とカビ臭さが鼻につく。

 俺をソファに放り投げ、前歯のない男が、三メートル四方はありそうな大きな絵画の前に立った。絵画には夕暮れの湖が不気味に描かれている。夜中に一人で見たらちびりそうな絵だ。前歯のない男がおもむろに右手を上げ、絵画にぴたりと手を当てた。

「汝、我の欲する物を知り、我、汝の欲する物を知らず。その姿、未だ見れず、我は汝を欲す」

 すると額縁が光り、絵画に描かれた夕暮れの湖が渦に飲まれて真っ黒く変色していく。軟体動物のごとく激しくうねり、絵画のあった場所にはぽっかりと空洞が現れた。

「いくぞ」
「おい、そっちの痩せっぽっちと交替しろ」
「やだよ」

 断られた前歯なしの歯抜け男がわざとらしく舌打ちをし、俺をうんざりとした様子で担いだ。もう一人も嫌々足のほうへと回り込み、持ち上げる。男達は絵画があった空洞の中へと入っていった。アリアナを担いでいる男も当然うしろをついてくる。

 空洞は地下へと続いていた。

 俺とアリアナは地下の部屋にある、鉄製の牢屋に転がされた。歯抜け男が、乱雑に毛布を二枚放り込んでくる。

「大人しくしてれば何もしねえ」

 凄んだ歯抜け男の顔は汚らしかった。無精髭に今朝食べたパンくずがこびりつき、顔中が垢だらけ。おまけに臭い。
 やめれ、顔近づけんな。ばっちい。

 俺が顔を背けたことに満足したのか、歯抜け男は下品に笑って牢屋の鍵をかけた。
 ガチャン、という重い鉄の錠前が落ちる音が牢屋に響く。
 男たちは俺を見て鼻で笑うと、階段をのぼり、消えた。


   ○


 牢屋は太い鉄の檻になっている。魔法なしで破壊するのは不可能だ。俺は冷たい床に毛布を敷き、アリアナを寝かせて毛布をかけてやった。彼女の衰弱が激しい。意識が朦朧としているようで、うわごとのように弟妹の名前と俺の名前を呼んでいる。

「エリィ、エリィ……」
「大丈夫よアリアナ。私はここにいるわ」
「エリィ……エリィ…………」

 しばらくアリアナの手を握ってあげる。随分と冷たく、細くなってしまった。
 俺は怒りが込み上げると同時に、憤怒したところで逃げ出せないと思い直し、冷静な目で牢屋を観察する。どうにか逃げる手段を考えなければ。
 つーかこんな状況で冷静とか俺ってやっぱ天才。鉄のハート。

 と、自己暗示をいつも通りかける。

 ピンチのとき、辛いときは、俺ならデキル、俺は天才だ、と言っていたら癖になってしまった。会社の連中にも言っていたことを思い出す。まあ本当のことだし別にいいよな。

 俺、天才、イエーイ。

 にしてもつい数ヶ月前までぶいぶい言わせていたスーパー営業が、今はデブでブスで牢屋にインとか、まじで誰も信じねえー。

 俺は驚く友人の顔を想像し、にやっと笑った。
 こういうときこそ笑いは必要だ。

 とにかくどうにかして抜け出せないもんか。ドラマとか映画だと誰かが腹痛とか病気になったフリをして看守を呼び出し、鍵を奪いとる、というのが定番だ。だが自分が牢屋にぶち込まれて分かる事実。そういうの絶対無理だわ。

 それにここは異世界で人の命が軽い。魔物にやられることもあれば、夜盗に襲われることだってある。魔法で決闘をして死ぬことだってある。日本よりも死が近い。そんな世界で病気の演技をしたって大した効果はないだろう。どうでもいいと思われるか、回復魔法でも唱えられ放置されるのがオチだ。

 でも俺が諦めたらアリアナも終わりだ。

 アリアナだけは絶対に助けると心に誓った。
 奴らにさらわれてから、そればかり考えている。

 もしエリィが生きていて、アリアナと友達になっていたら、彼女は嬉しそうにクラリスに話し、エイミーに紹介し、毎日お昼ご飯を一緒に食べて色んなところへ遊びに行っただろう。学校で勉強し、特訓場で魔法の訓練をし、いじめっ子を撃退し、帰り道を遠回りして恋の話だってしただろう。エリィは人を大切にする素晴らしいレディで、他人に優しくできるいい子だ。初めて出来た友達を自分の家族のように大事に思い、相手が傷つくような事があれば身代わりになって守り、かばう、そんな女の子だ。

 俺だってアリアナのことは大事だと思っている。ボーンリザードに襲われたとき彼女がいなければ全滅していた。それにアリアナは家族のように俺のことを考えてくれ、つらいときは慰め、楽しいときは一緒に笑い、彼女のこっそり笑う可愛らしい笑顔に何度も心が軽くなった。彼女を助けない、という選択肢はない。俺はアリアナが好きなんだ。可愛い妹みたいな存在で友達なんだ。エリィだって出逢っていたら彼女のことを好きになっていたに違いない。

 アリアナの境遇も悲惨だ。一家の命運を背負い、ひとりで六人いる弟と妹を養っている。そんな重圧から逃げもせずにアリアナは立ち向かっている。俺は勇敢で頑張り屋の彼女の力になれてない。こんな中途半端なところで終われない。俺は彼女を助け、友達として少しでも手伝いをしてやりたい。


 あれ?
 なんか真剣に考えていたら涙が出てきた…。

 俺が泣いているのかエリィが泣いているのか、わからない。
 俺はこんなようなことで泣くような男じゃないと自負している。
 でもなぜ…。

 体育座りになって、ワンピースの膝で涙を拭いた。


 きっと、一人だったら絶望的な気分になっていただろう。アリアナを助けるのか、彼女に助けられているのか……多分その両方なんだろうな。俺は後ろを向き、拘束された手でアリアナの狐耳を揉んで癒され、よしと気合いを入れた。

 なんとしてでもここを抜け出す。
 絶対グレイフナーに帰るんだ。


   ○


 牢屋に入れられ数時間が経過した。
 地響きのような音が聞こえる。

 瞬間的に揺れ、すぐにおさまるような突発的な音だ。重機での工事は異世界なのでありえない。とすると、雷か。
 耳をすませると、微かにゴロゴロと雷雲が喉を鳴らす音がする。外は雷雨の可能性があるな。

 俺が聞き耳を立てていると、上の階がにわかに騒がしくなった。数人の足音がする。構造的に真上がリビングなのかもしれない。くぐもったしゃべり声がすると、階段の辺りがうるさくなり、数人が階段を下りてくる音がした。


「我が輩の天使ちゅわんはどこだ!」


 天使ちゅわん?


「愛しのマイスゥイートエンジェル!」


 スゥイートエンジェル?


「おおお! ついに……!」


 牢屋の前に現れたのは色白でぽっちゃり系の男だ。見たところ三十代に見えるが、頬が赤くて二十代にも見える。気が小さいのか、豆のように小さな瞳がせわしなく動き、唇がやけに分厚く、だらしなく半開きになっている。好色そうな顔で、俺を舐めるように見ていた。すげー気持ち悪い。女子がやらしい目で見られる気分を初めて知った。
 不愉快ですわよ。わたくし不愉快ですわよ!

 右頬に「性」左頬に「欲」と書いてディザイアーと読ませたいほど、鼻息が荒い。

「我が輩はアデル・ポチャインスキーだ。そなたがエリィ・ゴールデンだな?!」
「……」

 俺は不快すぎて黙っていた。
 十秒ほど沈黙していると、お頭と呼ばれていた鋭い眼光の男が、ガァンと思い切り檻を蹴り飛ばし「答えろ!」と恫喝してくる。
 渋々、俺はうなずいた。

「……ええ、そうよ」
「うほおおおおおおッ! なんとぉ! なんと可愛らしい声ッ。早朝の小鳥のさえずりのような、いや、そんな動物で比喩してはいけないほどの、透き通るような天使の声だ!」

 アデル・ポチャインスキーは、興奮した様子でぽっちゃりした腹を自分の両手で円を描くように何度も何度もさすっている。それが癖なのかもしれない。
 あだ名は自動的にポチャ夫だ、こんな奴。

「我が輩のことは憶えていないか? ん?」

 俺は首を横に振った。
 こんな奴、見たら忘れねえわ。

「二年前のグレイフナー魔法学校入学式、保護者席でそなたに熱い視線を送っていたのだがな」

 憶えてるわけねええぇッ。
 いちいち保護者席の保護者見ねえだろ。どんだけ自意識過剰なんだ。
 つーか俺がエリィになったのほんの数ヶ月前だし。エリィだって憶えてねえよ。

「ん? どうなんだ? んん?」

 ひぃぃぃぃっ!
 近寄るなぁー!

「ペスカトーレ、牢屋を開けてくれ」
「ポチャインスキー殿、まだ支払いが済んでおりませんが…」
「いま準備しておろう! 前金も払っているではないか! 別にこのまま連れて帰るわけではない!」
「はあ…、まあいいでしょう」

 お頭と呼ばれていたペスカトーレはポケットから牢屋の鍵を出し、錠前をはずした。
 ポチャ夫がペスカトーレを脇へ追いやり、急いで中に入ってくる。

「エリィ・ゴールデン……エリィちゃん……こっちへおいで」
「こ、こないで…」

 俺は全力で後ずさる。
 だがすぐに牢屋の鉄格子が背中に当たった。

「怖がらなくていいんだよ……我が輩は君を、あ、あ、愛している」

 恐怖と混乱から、俺は血の気が引いた。こいつはあれだ。真性の変態の目をしている。
 ポチャ夫はおもむろに俺に近づき両手を広げて深呼吸すると、俺の腹めがけて水泳の飛び込みみたいに飛び付いてきた。

「いやぁーーーーーーーーーーッ!」

 ぎゃぁぁーーーーーーーーーーッ!
 変態だ。こいつ変態だ!
 やべえ変態だ!

「なんといふ弾力。なんという穢れなき肌。んんすぅぅぅぅはぁぁあぁぁっ。なんといふ芳醇なかほり。我が輩は、いま恋をした! 我が輩と結婚してくれ!」
「ぜっっっっっっっっっったいに嫌ッッ!!!!!」
「んほぉぉう! つれないのぉ! だが、それがいいッ!!!」

 てめえエリィの体に勝手に触るんじゃねえよ!
 はーなーれーろぉぉぉっ!!!
 俺は全力で引きはがそうともがいた。しかしなかなかポチャ夫のしがみついた両手ははがれない。むふっ、むふっ、と言って俺の体に顔をうずめてやがる。

 いい加減、見るに見かねたお頭ペスカトーレがポチャ夫を引っぺがし、牢屋の外に放り出して鍵を締めた。
 ここはありがとうと言わざるを得ないッ!
 人生で一番不愉快だったかもしれねえ。

「これ以上はやめて頂こう」

 ペスカトーレの目には軽蔑の光が見える。そらそうだ。

「むう! 仕方ない。おぬし今から屋敷に来い。秘書を待ってなどおれぬわ。すぐに金を払ってやる」
「わかりました。こちらとしても早く支払いをしてくれるに越したことはない」
「ふん、何を偉そうに。まあおぬし達『ペスカトーレ盗賊団』の腕は買っておるがな」
「今後ともごひいきに」
「わかっている。おい、いくぞ」

 ポチャ夫が従者にアゴをしゃくり、こっちに振り返って満面の笑みで見つめてきた。
 いやほんと勘弁して。

「寂しいと思うが待っておるのだぞ」

 俺は全力で無視する。
 甲子園決勝最後の一球ぐらい力の限りを尽くした全力の無視。

「うほほ! つれないのぅ。だが、それがいいッ!」

 うるせえ!
 早くどっかいけ!

「さようなら、愛しのヤボーン、アデル様と言ってくれ」
「!?」

 ヤボーン!?

「ヤボーン。我が輩が今作った言葉だ。意味は最愛の人」

 あかん!
 こいつおかしいぞ!
 愛しの最愛の人って意味かぶってるじゃねえか!
 あやうくツッコミを入れるところだ。

「さあ、エリィちゅわん……言ってごらん」

 俺は全力で拒否する。
 甲子園決勝最後の一球のサインを拒否する投手ぐらい全力の拒否。

「つれないのぉ。ほれ、怖くない。言ってごらん」
「……………」
「ほれ、ほーれ。愛しのヤボーン。言ってごらん」
「………」
「だいじょうぶ、怖くないよ。ほら」
「……言ってもいいけどお願いがあるわ」
「うほほッ! 何度聞いても美しい声だッ! のうペスカトーレ!」
「……そうですな」

 条件付けは取引の基本だぞポチャ夫。
 お前は自分の欲しい物を言ってしまった。その時点で不利になるんだ。

 といってもこいつ何も気にしてねえな…。

 お頭ペスカトーレは渋面を作って曖昧にうなずいた。

「して、願いとは」
「アリアナ…友達を治療してほしいの。あとはこれをはずして」

 俺は拘束具を前に出した。
 するとペスカトーレがすぐに反応する。

「それはできん。お前は杖なしで魔法ができるからな」
「じゃあせめて両手両足が自由になるようにしてよ。どうせそういった種類の魔道具、あるんでしょう? お願いを聞いてくれたら言ってあげるわ」
「よいぞ、それぐらいならよい!」
「ポチャインスキー殿。この娘はグレイフナー魔法学校の生徒です。あまり自由な拘束にはしないほうがいいかと」
「どのみち我が屋敷で生活するのだ。いま自由にしてやってもよいだろう」
「……あなたがそこまで言うのなら、いいでしょう」

 ペスカトーレは渋面を隠そうともせず牢屋の鍵を開けて、近くにいた子分に合図をする。
 すると子分と他三人が俺に杖を構えた。
 くそ、拘束具をはずした瞬間に魔法は無理だな。ここは大人しくしておこう。

 両手両足の拘束具がはずされ、代わりにリストバンドのような鉄製の腕輪を、右手、左手、右足、左足、すべてに付けられた。五日間以上芋虫状態だったので、解放感が半端ない。両手が伸ばせるっていいな。

「これで魔法は使えない。変なことを考えても無駄だ」

 ペスカトーレが鋭い目をより細めて釘を刺す。

「あと友達の治療よ。それがなければ言わないわ」
「ちっ、うるさい女だ」

 合図で子分が上着のポケットから小瓶を取り出し、俺の前に転がした。
 体力回復のポーションだ。

「これ以上は無理だ。あとはポチャインスキー殿にお願いするんだな」
「そんなことはいい。エリィちゃん、はやく、はやく言っておくれ」
「うっ………」
「ほらほらどうしたんだい、約束だろう。それとも君は約束を守れないレディなのかい?」

 こいつ……。

「さようなら、愛しのヤボーン、アデル様だよ、間違えないように」
「さ……さようなら、愛しの、ヤ、ヤ……」

 なんたる屈辱!
 くっそ! くっそ!

「ヤボーン、アデル様ッ!」
「うむ! うむ! うむ! ではいい子にして待っているのだぞ!」

 後半を投げやりに言った。それでポチャ夫は満足したのか笑顔で階段を上っていく。そのうしろをポチャ夫の従者二人、ペスカトーレ、子分、その他盗賊団のメンツが続いた。
 しかし全員階段を上りきる前に、全身ずぶ濡れの甲冑の男が転がり込んできた。

「ポチャインスキー様、緊急事態です! 大量の魔物がこちらに向かっております!」
「なんだと!?」
「情報によると千匹ほど! いま街の防衛隊が出動しております!」
「千匹?! ランクは?!」
「E~Cかと!」
「街の警護は最低限にし、冒険者協会に依頼をかけろ」
「かしこまりました」

 意外とまじめなポチャ夫。
 見直したりは絶対しないけど。

 そうこうしているうちに、また伝令らしき甲冑の男が血相を変えて現れた。

「砂漠の国サンディが本日出兵! 街を通過してパンタ国に戦争をしかけるようですッ!」
「なにぃッ!? 一ヶ月は先だと聞いていたぞ!」
「理由は不明です! 食糧の優遇を希望する早馬が届きました!」
「こんなときに……ペスカトーレ、金の支払いは明日だ。いいな」
「一度、屋敷に戻られるんでしょう? でしたらご一緒しますよ」
「あとだと言っている! おい、さっさと行くぞ!」

 男達はせわしなく階段を上がっていき、ペスカトーレは忌々しいといった表情でポチャ夫を睨んでいた。全員がいなくなると静寂が訪れる。
 なんだか外は大変なことになっているらしい。逆に好都合だ。


 俺は自由になった腕で回復ポーションを手に取り、アリアナにゆっくり飲ませた。
 最初は飲むことを嫌がっていたが、飲み始めると落ち着き、五分ほどで穏やかな顔つきになった。

 脱走のタイムリミットは魔物の群れを退治し、金が支払われるまで。おそらく明日の午後。早ければ今晩魔物討伐が終わるので、明日の午前中もありえる。ということは今晩どうにかして脱出しないと、ポチャ夫の家にご招待だ。


 まじでやだ。それだけは勘弁だ。
 ほんとの本気で無理ッ!!


 俺はアリアナの頭を撫でつつ、脳内で策をめぐらせた。
エリィ 身長160㎝・体重84㎏(±0kg)


↑マイナス4キロで前回表記しましたが設定上、体重を戻しました。


▼以下、駄文です▼

作者 「なんか…なんかランキングがおかしい…」
エリィ「どうしたの?」
作者 「日刊12位?!?!? ぴぎぃ!!!」
エリィ「あ、気絶したわ。あなたのおかげじゃなくて私のおかげなんだけどねッ!」
スルメ「おれだろ」
ガルガイン「俺のおかげだな」
アリアナ「エリィのおかげ……」
クラリス「おじょうざば!」
バリー「おどうだば! おどうだば!」
亜麻クソ「はっはっはっは諸君! ぶぅおくが格好いいからに決まっているだろう!!」
スルメ「ファイヤーボール!」
ガルガイン「サンドボール!」
亜麻クソ「ぎゃああああああぁぁぁぁ……………ぁっ」
エリィ「………治癒ヒール

▼     ▼

ということでお読み頂き感謝感激です!
更新は不定期ですが、四日は空けないペースでアップしていこうと思っております。
次回は三日後更新予定です!
よろしくお願い致します!
+注意+
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