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エリィ・ゴールデン ~ブスでデブでもイケメンエリート~ 作者:四葉夕卜/よだ

第二章 異世界ダイエット

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第22話 イケメンエリート、天才的な発想をする

 貴族のヅラを飛ばした舞踏会の翌日。


 とんでもないことになっていた。
 そう、一言で言うなら「何これぇ!」だ。

 雑誌の販売店である『オハナ書店』には長蛇の列ができていた。デパートの初売りの列とか、ネズミの遊園地のアトラクションの列とか、人気スイーツの限定販売の列とか、そんなものと同じぐらい人が並んでいる。
 列はグレイフナー通り一番街の終点『オハナ書店』から始まり、二番街へと続く『出逢いの橋』を越え、最後尾が見えない。

 これは想像以上でビビるな…。
 ほんとに全員ファッション雑誌『Eimy』を買いに来た人だよな?

 開店前でこんなに並んでるってことは、先頭の女子二人はどんだけ早くから集合したんだっていう話だよ。ありがたくて泣けてくる。熱い抱擁をしてあげたい。俺デブだけど。

 俺とクラリスが『オハナ書店』に着くと、書店の店長と、販売の手伝いをする予定の黒ブライアンが血相を変えて走ってきた。

「エリィお嬢様! 見て下さいよこの列を! 一部六千ロンの本が五百部完売確実です!」
「どうしましょう? 絶対に五百部じゃ足りません…」

 小太りで、いかにも本が好きそうな温厚な顔した店長は鼻息を荒くしている。
 一方、黒ブライアンは持ち前の責任感からか、並んでくれている客に対する申し訳なさで気持ちがいっぱいになっているようだった。

「店長、お釣りの準備は大丈夫ね? 黒ブライアン、印刷班を呼んできてちょうだい。こんなことになるかも、と思って予約票の原紙を持ってきているわ」
「もちろんですとも!」
「オーケーです!」

 店長は開店準備の最終確認をしに店内へ戻っていく。
 黒ブライアンには雑誌の予約票原紙を渡して“複写コピー”で千部印刷するように伝える。お札ほどのサイズの用紙に原案を“複写コピー”し、オハナ書店の判子を押して手書きで1~1000まで番号をふる、という簡単なものだ。判子を押すので偽造はまずないだろう。小さい用紙で白黒印刷だ。魔力と時間もそこまでかからない。

 予約の件を店長に伝えると男の若い店員が出てきて、長蛇の列に向かって叫び出した。

「初版は五百部限定です! 本日買えないお客様には優先して買える予約票をお渡ししております! それでもいいという方のみそのままお待ち下さい!」

 店員は叫びながら『出逢いの橋』を渡り、見えない最後尾まで歩いて行く。
 その説明を聞いても列から出る客はほとんどいない。
 その代わりと言っちゃなんだが、列の真ん中あたりで割り込みしたしてないの喧嘩がはじまり、いい余興になっていた。血の気が多いのは大変結構だが、大人のくせしてぼこぼこの鼻血ぶーになるまで殴り合って警邏隊のお世話になるのはどうかと思う。

 開店三十分前に、ミサとジョーがやってきて、行列を見て驚いていた。そのあとすぐにコピーライターのボインちゃんと、アリアナの弟である狐人の記者フランクが来たので、売り子の手伝いをするように伝えて店長のもとへ行かせる。

 続いて来たエロ写真家にはその辺の写真を撮ってもらい、というか勝手に「ファァァンタスティィック!」と意味不明なかけ声でシャッターを切っているので無視し、ミサとジョーのところへ移動した。

「お嬢様…これは一体……」

 ミサは目の前の光景が現実に思えないようだ。鯉のように口をぱくぱくさせている。
 ジョーは「すげえ」を連呼していた。

 すると女の子が列から駆け寄ってきて、ミサに声を掛けた。ミサの知り合いではないらしい。

「あの! その服はどこで買ったのですか? デザインしたのは誰ですか? あの雑誌を作ったのはあなたですか? どこに行けば服は買えますか? 私にも合うサイズの服はありますか?」

 立て続けに質問をする女の子は十五、六歳といったところだろう。ガウチョパンツ姿のミサを見る目が輝いている。
 ミサは気を取り直して可愛らしい少女に満面の笑みで答えた。

「これは私の店『ミラーズ』で買えます。デザインしたのはこちらのエリィお嬢様とミラーズの専属デザイナーであるジョーです。雑誌を作ったのもこちらにいるエリィお嬢様です。このお嬢様はすごいお方なんですよ。サイズはあるにはありますが、このガウチョパンツよりあなたに似合う素敵な服がありますから是非お店に来て下さいね」
「うわぁ本当ですか?! お店の場所はどこですか?」
「これから買う雑誌に書いてありますよ」
「わかりました! あ、あの……わたし、一番街のポスターを見たとき、心臓が飛び出るほど驚きました! あんなキレイな人がいて、あんなに可愛く笑って、素敵なお洋服でとっても美しくて……。おつかいの途中で何時間も見ていたらお父さんに怒られてしまいました。洋服の雑誌という本が発売されると書いてあったのを見て友達と来たんです!」
「それはありがとう。私はデザイナー兼雑誌編集長のエリィ・ゴールデンですわ」

 元気いっぱいの女の子に礼をいって、俺は裾をつまんで挨拶をした。

「ただあなた、知らない人に質問するならちゃんとレディらしく振る舞わないとダメじゃない。女は見た目も大事だけど一番重要なのは中身よ。ほら、こうして、お辞儀して、ああもう! シャツがはみ出ているじゃないの! 鏡は見てきたの?」
「あのぅ…急いでお家を出てきたから…」
「どんなに急いでいても身だしなみはきちんとしないとダメよ」

 なぜか説教を始める俺。
 こういう素直で元気な子には心を強く持って、いい女になってほしいもんだ。うんうん。

 しばらくして少女が列に戻ると、販売の時間になった。時刻は朝九時。行き交う人々、仕事へ向かう人、駆け足の運び屋、大声で練り歩く売り子、冒険者らしき集団、様子を見にくる警邏隊、様々な人種のるつぼであるグレイフナー王国の首都グレイフナーは今日も賑わっていた。普段の喧騒に加えて、雑誌待ちの行列が騒がしさに拍車をかけている。

「それではみなさぁぁん! グレイフナー王国初ファッション雑誌『Eimy』の販売を開始いたしまぁぁす! お手元にお金のご準備をして押さないようにおねがいしまぁす!!」

 オハナ書店の店長が大声で開店をコールすると、列からは「わあああああッ!」という歓声と拍手が響いた。さすがテンション高めのグレイフナー国民らしい反応だ。

「あなたが記念すべき初めての購入者です! おめでとうございます!」

 列の先頭に並んでいた女子がお金を払って雑誌を受け取ると、嬉しそうに胸に抱え込んで飛び跳ねるように列から離れた。彼女たちの笑顔がまぶしい。百万ドルなんて目じゃない、プライスレスな笑顔だ。俺はこの雑誌を作って本当によかった。ミニスカートとホットパンツを流行らせるという壮大な下心があったものの、女性が笑顔になるのはいい光景だ。俺、やはり天才。


   ○


 クラリスと雑誌の完売を見届け、次にミラーズへと足を運んだ。
 こっちも人だかりですごかった。

 いつも門番のように立っているマッチョなドアボーイが整列に大わらわで、それを補佐するようにウサックスがウサ耳をピンと立てながら、手際良く客に対応している。並んでいる客の九割が女性で、年齢層は十代から二十代。みな雑誌を必死に覗き込んで、ああでもないこうでもないと言い合っている。

 雑誌の内容は、正直言って薄い。本も薄い。
予算と“複写コピー”の関係でページ数を増やせなかった。カラーが表紙を入れて九ページ、白黒のページが九ページ、全十八ページ。コーディネートは厳選した七種類を掲載している。
 俺はクラリスの持っていた雑誌を受け取り、何度となく確認したページを開いた。


『Eimy』
―――――――――――――――――――――――――――

『防御力よりオシャレ力!』
 一、二ページ。
 見開きに特大のエイミー。
 爽やかなストライプワンピースとカーディガン巻きでほほ笑んでいる。
 かわいい。

―――――――――――――――――――――――――――

『私を守ってくれますか』
 ~防御力はもういらない。好きなあの人に守ってもらうから~
 表紙と同じ、青地に小さな水の精霊をちりばめたデザインの膝丈スカートに、細身に加工された白地のボタンシャツ。
 エイミーがはじけるような笑みをこちらに向けている。かわいい。

―――――――――――――――――――――――――――

『今年はこれでモテる! 好きなあの人もイチコロ!』
 エリザベスが舞踏会で着ているものと似ている、赤いフレアスカート。サマーニットはグレイフナーではめずらしい半袖。
 エイミーが上目づかいをしている。くっそかわいい。

―――――――――――――――――――――――――――

『デキる女はガウチョパンツ』
 カーキのガウチョパンツをはいて、魔法学校の図書館で真剣な顔をして勉強をするエイミー。女性がズボンを履くのはタブーというグレイフナーの常識をぶっ壊す写真。とにかくエイミーがキリッとした顔で大人っぽく見える。かわいい。

―――――――――――――――――――――――――――

『オフはお気に入りのカフェでまったり』
 白地に太い赤のボーダーロングスカート。薄茶のジャケットで、インナーは白のタートルネック。イヤリングは討伐ランクFのミニミニウサギの尻尾を加工したボンボン。
 撮影場所のカフェは若者に一番人気で『オハナ書店』の向かいにある『イタレリア』
 くっ……男だったらエイミーとカフェで待ち合わせしたかった。きゃわいい。

―――――――――――――――――――――――――――

 俺はパラパラとページをめくった。

 あと二つのコーディネートは冒険者風の物と、グレイフナーの流行を取り入れたシンプルな物。
 白黒ページはかなり面白い出来栄えになっている。
 ミサのインタビューと写真。俺たちがいかにしてボーンリザードを倒したかという記事には、エロ写真家が死ぬ思いで撮影してきたリトルリザードの群れの写真が掲載されている。
 他のページは服の情報と、服の着こなし方、待ち合わせ場所特集、どうすれば意中の人を落とせるかという女性雑誌っぽい内容を載せた。

 俺は満足して雑誌を閉じ、クラリスに渡す。

 並んでいる客にぶつからないように店内に入ろうとした。
 すぐに並んでいる女性から「割り込みはダメよ!」という声が上がる。どうしたもんかと考えていると、店から笑顔のミサがやってきて「デザイナーのエリィ・ゴールデンお嬢様ではありませんか!」とわざとらしく大声を上げて、俺を中に通してくれた。皆、あのデブの女の子が、と不思議そうな目で見てくる。

店内は思ったより混んでいなかった。
入場制限をかけているのだろう。

「お嬢様見られましたかあの大行列、大盛況を! 嬉しくてどうにかなってしまいそうですわ!」

 ミサが歓喜の声を上げる。
 俺の肩を力任せに揺するのをやめてほしい。腹と二の腕の贅肉がたゆんたゆん揺れて酔いそう。

 ジョーは真剣な顔して、若い女の子の洋服を選んであげている。こちらには気づいていないようだ。にしてもすごい人気だな。女子が餌に跳びつく猫みたいに群がってやがる。ジョーはなんだかんだイケメンだからな。

「この分ですと今日で在庫がなくなってしまいそうです!」
「どんどん売ってちょうだい! グレイフナーのファッション歴史を塗り替えるのよ!」
「ええ、そうですねお嬢様!」

 そして俺の懐には利益の十パーセントがデザイン料として入る。少なくないかとミサに言われたが、これぐらいでいいだろう。あんま貰いすぎてミラーズが新しい服を作れなくなったりすると困る。


  ○


 かくして雑誌販売の初日は大成功で幕を閉じた。
 俺は『コバシガワ商会』という自分の商会を立ち上げ、運営等は雑誌編集のメンバーに丸投げすることにした。このまま自社の商会を立ち上げないと、後々面倒なことになりそうだったのだ。

 商機に鋭い商人たちが、何人もオハナ書店とミラーズにやってきて交渉していったそうだ。利益を奪われないように、今のうちに宣伝、流通、販売、などを『コバシガワ商会』で囲ってしまおうという作戦だ。

 俺は売り込み営業とか企画営業は得意だが、経営、管理などは全然できない。事務作業なんかはまじで苦手だ。会長を俺にして、以下副会長をウサックス、クラリスに一任し、その他のメンバーに適当な役職を与えておいた。

 雑誌の第二号を作成しなければならないし、他店とのタイアップ、どうせなら化粧品やメイク、髪型の特集なんかも組みたい。ひとまずの方向性としては雑誌企画をメインにしたミラーズを支援する『コバシガワ商会』といった感じだな。


  ○


 数日。
 雑誌と洋服の騒動がそこそこ下火になり、ようやく学校の授業と特訓に集中できるようになった。ダイエットが計画よりだいぶ遅れている。これはまじで問題。大問題。贅肉がほとばしる由々しき事態だ。

 俺は放課後、秘密特訓場に来ていた。

 魔力循環で体内の魔力を十分間回し、クラリスにもらったタオルで汗を拭く。
 アリアナも訓練に参加していた。彼女には落雷魔法の秘密を知られてしまっているので問題ないだろう。

「そういえばアリアナが使える魔法ってどのくらいあるの?」

 俺は好奇心と、これから模擬戦をするので彼女に聞いた。
 アリアナは「ん…」とうなずいて俺のノートに自分の使える魔法を書いていった。


―――――――――――――――――――――――――――

      炎
白     |     木
  \   火   /
   光     土
      ○
   風     闇
  /   水   \
空     |     黒
      氷

下位魔法・「闇」
下級・「ダーク」
中級・「ダークネス」
上級・「ダークフィアー」
   「睡眠霧スリープ
   「混乱粉コンフュージョン
   「狂戦士バーサク
   「視覚低下ロスヴィジョン
   「聴覚低下ロスヒアリング
   「食欲減退アノレクシア
   「腹痛アブドミナルペイン

下位魔法・「風」
下級・「ウインド」
中級・「ウインドブレイク」
   「ウインドカッター」
上級・「ウインドストーム」

下位魔法・「火」
下級・「ファイア」
中級・「ファイアボール」

下位魔法・「水」
下級・「ウォーター」

―――――――――――――――――――――――――――


 アリアナは俺と同じでスクウェアなのか。
 そして闇魔法がやばい。食欲減退!? 腹痛!?
 この子だけは敵に回しちゃダメ。つーか闇魔法凶悪だろ。毎日こっそり“腹痛アブドミナルペイン”唱えられたらリアル登校拒否だな。

 闇が上級、風が上級、火が中級、水が下級。
 さすがに上位魔法は憶えていないのか。アリアナならまさか、と思ったんだけどな。

「エリィの使える魔法、教えてほしい…」

 つぶらな瞳を輝かせてアリアナが俺を見上げてくる。尻尾が扇風機のようにぶるんぶるん回っていた。狐耳は興奮で動きっぱなしだ。
 俺はノートに書いてあった表を見せた。


―――――――――――――――――――――――――――

      炎
白     |     木
  \   火   /
   光     土
      ○
   風     闇
  /   水   \
空     |     黒
      氷
習得した魔法

下位魔法・「光」
下級・「ライト」
中級・「ライトアロー」
   「幻光迷彩ミラージュフェイク
   「治癒ヒール
上級・「ライトニング」
   「癒発光キュアライト

下位魔法・「風」
下級・「ウインド」
中級・「ウインドブレイク」
   「ウインドカッター」
上級・「ウインドストーム」
   「ウインドソード」
   「エアハンマー」

下位魔法・「水」
下級・「ウォーター」

下位魔法・「土」
下級・「サンド」

複合魔法・「雷」
落雷サンダーボルト
電打エレキトリック
電衝撃インパルス
極落雷ライトニングボルト

―――――――――――――――――――――――――――


 目をキラキラさせてノートを見るアリアナ。そしておもむろに複合魔法のところを指さして“電打エレキトリック”を何度も叩いた。

「これ見たことない…やって」
「これすごい地味よ?」
「いいの、それでも見たいの…」
「そこまで言うなら」

 頬を上気させるアリアナを見て断れるはずもなく、俺は特訓場の端っこにあった岩に右手を置いた。瞬間的に魔力を循環させスタンガンをイメージしながら「電打エレキトリック!」と唱えた。

 強力な電流が強引に岩へ流れ込み、手を置いた場所から十字にヒビが入った。
 電流の熱で切れ目は少し焦げている。

「すごい…」
「これは相手に触れただけで電撃攻撃ができるわ。威力を調整すれば…」

 俺は近くにいたバリーの肩に手を置いて、極小の“電打エレキトリック”を流した。

「どうされましたお嬢さババババババババババ」

 全身を硬直させ、強面のバリーが気持ち悪く痙攣しながら地面にぶっ倒れた。
 髪の毛が爆発し、白い湯気が立ち上っている。
 あら、ちょっと強かったかしらオホホホ…。
 ごめんバリー。

「と…こんな感じで相手を無力化できるわけね」
「いいないいな…」
「調整の練習が必要だけど」
「そのままパンチしたらすごそう…」
「あ、それは試したことないわね」

 やったことがない、となるとやってみたくなるのが俺の性分だ。
 早速、十字にヒビ割れた岩の前に立ち、バリーに流した電流の倍ぐらいのパワーで“電打エレキトリック”を拳に流す。そのまま岩を殴りつけた。

 自分の予想より遙かに速いスピードで拳が岩にめり込み、腕が中程まで入ったところで、バガァンと岩が破裂した。

「いったあい!!」

 うおおおおおお、めっちゃいてえ!
 なんじゃこれ! 手が、手がもげる!

 俺は右手を左手で押さえて、あまりの痛さにその場で飛び跳ねた。
 揺れるマイ贅肉たち。

「エリィ大丈夫!?」
「お嬢様!!」

 そんな大きい声出せるんだ、とびっくりするぐらいの声量でアリアナが叫んだ。
 クラリスがすぐ駆け寄ってくる。

「大丈夫よ…ちょっとびっくりしただけ。“癒発光キュアライト”」

 淡い光に右手が包まれる。痛みが嘘のように引いていく。
 魔法便利すぎだろ。

「ごめんエリィ…痛い? 痛い?」

 アリアナが今にも泣きそうな顔で俺の右手を持ち、ふぅふぅ息を吹きかけてくる。あらやだ、超可愛い。クラリスが「あまり無茶はしないでくださいわたくしの心臓が止まります」と言う。それは困る。


――――――――!!!!!


 と、俺はここで閃いた。頭の上でぴこーんと電球が光るように、急にいいことを思いついた。

 魔法はへその辺りから魔力を循環させてイメージを膨らませ、魔法名を口にするか、心の中で魔法名を唱えて行使する。ということはだ、魔法二つ分の魔力を循環させ、その途中で二分割し、魔法名を連続で唱えれば同時に二発の魔法が撃てるのではないだろうか。

「ちょっと試したいことがあるわ。二人とも、下がってちょうだい」

 まず俺はリラックスするように体の力を抜いてだらーんと立つ。だらしない体がだらしない立ち方により、さらにだらしなくなる。息を大きく吸って吐く。これを繰り返し、魔力をゆっくりと体中に行き渡るように循環させる。へそから胸、胸から頭、頭から体をなぞるように、魔力を全体へ這わせる。

 さらに今度は練った魔力を二つに分ける。右手と左手に半分ずつ、熱くなった魔力を送り込む。唱える魔法は“ウインド”と“ライト”だ。
 指先から魔法が飛び出るイメージを三回繰り返し、俺は目を開いた。

「“ウインド”“ライト”!」

 両腕を一気に振り下ろす。

 魔力が放出される浮遊感があり、右手から“ウインド”左手から“ライト”が飛び出した。端からは、光りながら風が通り抜けた光景に見えただろう。

「うーん、威力がいまいちね…」

 実戦で使うには相当の訓練が必要になりそうだ。初歩の初歩、下の下でこの難しさ。どれぐらい難しいかというと、普通の魔法は手に卵を持ってそのまま運び、箱に入れるぐらいの難易度。組み合わせ魔法は両手にスプーンを持って、その上に卵を乗せ、歩いて箱に入れるぐらいの難しさ。繊細で微妙な力加減が必要だ。
 まあ、実験は成功したからよしとしようか。

「エリィ今のって…」
「同時に魔法を使ってみたんだけどダメね。難しいから実戦向きじゃないわ」
「お嬢様ッ!! いまなんと?!」

 クラリスがタイムセールで残りわずか十二個入り卵パックに飛び付く主婦のように、俺の言葉に食いついてきた。

「クラリス顔が近いわ。だから、同時に魔法を使ったのよ」
「快挙でございます! 誰しもがやろうとして挫折してきた難問をいともたやすくぅ!」
「おどうだば! おどうだば!」
「お嬢様は天才ですッ! このクラリス一生ついてまります!」

 這い寄るクラリスとバリー。
 この流れは……ズボンをずり下ろされるパティーンッッ!!!

 俺はデブに似合わぬ軽快なバックステップでふたりから距離を取った。
 セーフ! セーフ!

「エリィすごい…私にも教えてッ」

 アリアナがヒーローを見つめる子どものような顔で俺を見てくる。
 いやあ照れるなぁ。

「いいわよ。でも杖だとたぶん無理だと思うわ」

 俺は試しにクラリスから杖を二本受け取り、組み合わせ魔法を試みた。
 魔力を練るところまではいいが、左右の手に持った杖へ、勝手に魔力が流れてしまい微調整が全然できない。魔法を唱えるどころか、碌なイメージができなくなる。何度か試して全く上手くいかなかったので、俺はクラリスに杖を返した。

「ダメね」
「ショック…」
「アリアナも杖なしで魔法ができるようになればいいじゃない」
「うん…うん…エリィと一緒がいい」

 犬のようにすり寄るアリアナの狐耳を俺は心ゆくまで撫でた。
 あー癒されるこれ。柔らかくてぷにぷにしてて髪の毛もさらさらだし最高。


―――――――――!!!!!!


 俺はまたしても閃いた。自分のこのあふれ出る才能が、こわひ…。

 一般の魔法使いは杖から魔法を出す。
 でも俺は杖なしだ。ということは一体魔法はどこから出ているのか?

 いつも魔法を使うときは、イメージしやすいように発射する場所へ指を差している。だから、指先から魔法が出ると考えるのが妥当だ。

 そして回復系の魔法は両手を広げて、包み込むような感覚で使用している。

 よし、試しに…

「“落雷サンダーボルト”!」

 俺は目に魔力を込めるイメージで、くわっとまぶたを押し上げた。
 “落雷サンダーボルト”が前方の地面に突き刺さる。

 続けて肘に魔力を込め、突き出すようにして“電衝撃インパルス”を唱えた。
 けたたましい音と共にデブの肘から電流がほとばしる。

 さらに俺は調子に乗り、三段腹に魔力を集中させ、“電衝撃インパルス”を使った。
 脂肪たっぷりジューシーなお肉から強烈な電気が巻き起こり、岩にぶつかって放射状にまき散らされる。

 これは便利だ。もし誰かに追われていても、前方を向いたまま後頭部から魔法が発射できる。決闘の際は一回限りの奇襲がかけられそうだ。

 俺は曲芸師のように次から次へと、様々な部位から魔法を放つ。
 蹴るような動作での“ウインドカッター”。
 直立不動で“癒発光キュアライト
 アゴをつきだして“ウインドソード”
 ウインクしながら“落雷サンダーボルト

 俺とアリアナはしばらくこの“色んな所から魔法が出ます”の使い道をあれこれ検討し、夕ご飯の時間になったので特訓場を出ることにした。
 シャワーを浴びて馬車に乗り込む。

 食事を誘ってもアリアナは頑なに拒否してくる。俺のお願いすることで唯一首を縦に振ってくれないのが家族との食事だ。アリアナの家は七人兄弟で、毎日の食事に事欠くほどの貧乏貴族だ。アリアナが家に帰らないと誰も食事を作れないし、材料すら買って来れないらしい。俺はまた軽く泣きそうになった。


 バリーにアリアナをグレイフナーのはずれまで連れて行くようにお願いし、自分はゴールデン家に帰る。


 これから頑張ってダイエットしないとな。


 そう思っていると、クラリスが特訓グッズの入った鞄から黒い本を手渡してくる。


「アリアナ様の物が紛れ込んでいたようです」
「そうね。あの子が持っていた闇魔法の本よ」
「返しにいかれますか?」
「ええ、すぐ追いかけましょう。お母様には食事に間に合わないかもと伝えておいて。私は先に行っているから追いかけてきてちょうだい」
「かしこまりました」


 俺は駆け足でアリアナの後を追った。
エリィ 身長160㎝・体重84㎏(-1kg)


魔法名を腹痛アブドミナルペインに変更しました。
+注意+
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