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エリィ・ゴールデン ~ブスでデブでもイケメンエリート~ 作者:四葉夕卜/よだ

第二章 異世界ダイエット

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第20話 イケメンエリート、恋のから騒ぎ

皆さん、突然ですが“KOI”してますか?


私はしていますよ……そう、読者の皆様にね………へぶぅ!


ちょ! ビンタしたの、誰よ!


…ということでお待たせ致しました。
恋の舞踏会の後編です!
「エリィ駄目ッ!!」

 アリアナが咄嗟に俺の右腕をつかんできた。

 俺はハッと我に返って魔力を霧散させる。アリアナを見ると必死な顔で覗き込むように見つめてくれていた。大きな瞳がうるうると涙をためている。
 あぶなかった。俺はあやうく落雷魔法でこのバカ達を吹き飛ばすところだった。こんな奴らエリィの手で制裁をする価値も値打ちもないのだ。手を汚す必要なんてこれっぽっちもない。

「んん~どうしたんだよ。お腹がすいたか、デブだから」

 ボブの言葉に耳障りな三バカトリオの嘲笑が響く。

 深呼吸して落ち着き、アリアナに小声で「ありがとう」と言った。彼女は顔を横に振ってから、心配した様子でうなずいた。

 俺がボブに何も言わずにその場を去ろうとすると、さらに嫌な声が会場の奥から聞こえてきた。

「ボブ様!」

 黄金の縦巻きロールの髪をゆさゆさと揺らして、スカーレットが走ってきた。
 見れば俺を散々に痛めつけたスカーレットの取り巻き連中も一緒だ。皆、ぼてーっとした防御力の高そうな皮のワンピースやドレスを身につけ、ダサいフリル付きのシャツを身に纏っている。その中に、化粧水の瓶を割ったゾーイとか言うおさげ女もいた。相変わらず何がそんなに憎いのかこちらを睨んでくる。

「ボブ様もいらしていたんですね!」
「ああ、まあな」

 キラキラッ、という効果音がつきそうな目でスカーレットが話しかけるものの、ボブの反応はいまいちだ。脈なしだな。ご愁傷様。
 スカーレットは俺とアリアナを見ると、苦虫を噛みつぶしたような表情になった。

「ごきげんようエリィ・ゴールデン。相変わらず太いのですね」
「ごきげんようスカーレット・サークレット。宮殿のお風呂はいかがでしたか?」

 俺が優雅に礼をすると、彼女は顔を引き攣らせた。そりゃそうだ。国王にくせえから風呂入れって言われる珍事件の当事者だからな。『犬合体スカーレット~くせえから風呂入れ事件簿、真実はいつもひとつ~』として王国の記録に残り続けるだろう。

「ええ! スカーレット様宮殿のお風呂に?!」
「まあ! なんて羨ましい」
「すごいですわ! でもどうして?」

 取り巻き連中の女子がきゃあきゃあとやりだし、スカーレットは答えに窮したかのように、取り繕った笑顔でこう答えた。

「色々とございまして湯浴みをさせて頂きましたの」

 と言って高々と笑いだした。
 いや苦しい! その言い訳苦しいぞ!

「宮殿の侍女は素晴らしい手際で、お風呂には黄金の花びらが浮いていましたわ」
「まぁ~」
「素敵~」

 段々と調子が出てきたスカーレットは胸を張って自慢している。
 するとそこに、なんだか騒がしい集団が歩いてきた。

 女五人に囲まれたドビュッシーこと亜麻色の髪のクソ野郎、亜麻クソだった。
 亜麻クソはうっとうしい前髪を何度も“フォァスワァ”とかき上げ、首に飾った勲章を“ズビシィィッ”と掲げて、んん~まッ、と何度もキッスをし、鼻高々に笑っている。俺とスカーレットを見つけると、笑いながら近づいてきた。いつ見てもキザでうぜえ。つーか行動だけでうるさいってどんだけうっとうしいんだよ。

「これは麗しのスカーレット嬢ではないかッ! いつ見ても君の黄金の髪は美しい。そう、この『大狼勲章』のように光り輝いている!」

 バッと勲章を掲げると、女どもから黄色い歓声が上がる。
 そうしておもむろに亜麻クソはスカーレットに近づいた。

「うんうん、スカーレット嬢はいい匂いだね。僕もこれで安心したよ。一時はどうなることかと思ったからね」
「え、ええ…ありがとうドビュッシー様」
「なぁに、レディを気に掛けるのは僕の役目だからね!」

 きゃードビュッシー様ぁ!
 という声援が響いた。見る限りアホそうでちょろそうな娘ばっかりだ。それこそ俺が男だったら会って五秒でベッドに連れ込めそうな、頭のからっぽそうな女ばかり。俺はこんな女達ごめんだが。
 亜麻クソはほんとアホだなぁ。最近、亜麻クソを見ていると楽しくなる自分がいるぜ。

「あのときは大変だったからね!」
「ええ……そうですわねドビュッシー様…」

 そして相変わらず空気が読めねえ亜麻クソ。
 スカーレットが冷や汗を垂らしている。
 いいぞ! もっと言ってやれ!
 俺が犬合体スカーレットの件を暴露してもいいんだがそれじゃ面白くないもんな。

 スカーレットの取り巻き連中と、亜麻クソにくっついているバカ女達が、興味津々に何があったのかを聞いてくる。女に胸を押しつけられて、緩みっぱなしの亜麻クソの顔がひでえ。

「つらくて思い出したくもありませんわね!」
「はっはっは、僕の華麗なる水魔法が脳裏に焼き付いているのかい?!」
「ええ、そうなんですの!」

 もう会話めちゃくちゃじゃねーか!
 スカーレットはとりあえず話を逸らそうと必死だ。亜麻クソは相変わらず人の話聞いてねえし。

「僕の最終奥義が炸裂していればもうちょっと早くボーンリザードは倒せていたんだがねぇ…」

 そう言って、亜麻クソはちらっ、ちらっ、と女どもを見ている。
 するとすぐに「最終奥義ってなんですかぁ!」と元気のいい質問が後ろから響いた。めっちゃ嬉しそう! めっちゃ嬉しそう亜麻クソッ! まじうけるーッ!

「ふふふ、それはね…アシル家に代々伝わる伝説の水魔法で……」
「あれ! エリィ・ゴールデンとアリアナ・グランティーノじゃねえか!」

 その言葉をさえぎったのはシルバープレートを胸につけたスルメと、ドワーフらしい無骨な革の鎧を身に纏ったガルガインだった。
 ふたりは酒を片手に「よう」と手を上げながらこの輪に入ってきた。この世界だと未成年でも酒は飲めるらしい。

 近くにいた誰かが『大狼勲章』のメンバーだぞ、と声を上げ始める。確かに気づけば、俺、アリアナ、スルメ、ガルガイン、スカーレット、亜麻クソの六人が勢揃いしていた。それが面白くないのか、ボブは俺たちを睨んで、どこかに消えた。「次は殺っちゃおうねエリィ」と割と強めの語気でつぶやきながらアリアナがボブを睨みつけていたので、よしよしと彼女の頭を撫でておいた。アリアナは本当にヤりかねない。

「お、亜麻クソと縦巻きロールもいるじゃねえか」
「誰が亜麻クソだッ!!」
「誰が縦巻きロールですって!?」

 亜麻クソとスカーレットが同時に言った。

 実は俺が亜麻クソのあだ名を披露したら、二人がげらげら笑って即採用し、それ以来彼を見つけては連呼しているようだった。やはり、俺、天才。自分の才能が怖い…。

 亜麻クソとスカーレットの反論なぞおかまいなしに、スルメがしゃくれた顎をさすりながら亜麻クソの尻を指さした。

「おめえ尻はもう大丈夫かよ」
「はあぁああぁあぁっ!? い、い一体なんのことだね」

 亜麻クソが素っ頓狂な声を上げる。
 後ろにはべらしている女子が怪訝な顔をした。

「いや悪かったなあんときは。まぁてめえがふらふらしてっからいけねえんだけどよ」
「ちげえねえ」

 スルメの言葉にガルガインがうなずいた。

「ななんなななんのことだか僕にはさっぱりわからないよ。それより聞いてくれたまえ諸君! 今から僕の家に伝わる奥義を披露しようと思っていたところなんだ!」
「そんなもんいらねえよ。それより本当に尻は大丈夫なのか」
「あんときかなりの威力の“ファイヤーボール”と“サンドボール”が尻にぶつかったからな」
「ふえぇぇッ!? いやー憶えていないなぁ…」

 盛大に汗をかいて、わざとらしく、フッ、フッ、と前髪に息を吹きかける亜麻クソ。
 俺は自分の腿をグーパンチで叩いて何とか笑いをこらえる。

「ほら思い出せよ! 俺とガルガインが口論になって決闘騒ぎになったじゃねえか!」
「そのときふらふらしていたおめえの尻に“ファイヤーボール”と“サンドボール”がぶつかったじゃねえかよ!」
「い、いやぁぁぁ……誰かの間違いじゃあないのかねッ!? いやきっとそうだよ! 二人は勘違いしているんだ! ほら考えてもみたまえ、僕はあのとき皆に奥義を披露しようとしていただろう!」

 まくし立てるようにスルメとガルガインの言葉から現実逃避を試みる亜麻クソ。
 さあ亜麻クソ苦しい! どうする! どうするんだ!

「いや別に誰も奥義とか聞いてねえよな?」
「エリィ、聞いてたか?」
「私は聞いてないわ」

 俺はガルガインの言葉に淡々と答えた。
 二人の顔は笑いをこらえるのに必死だ。多分、女の子を何人も連れているのが気にくわないんだろう。モテないスルメが後ろにいる女どもを見て何度も舌打ちしているし。

「そんなことわぁないだろう! この僕のアシル家に代々伝わる伝説の水魔法のことだよ!」
「つーか水魔法が伝説? 下位魔法が伝説とかしょぼい家だな」
「たしかに」
「そこは上位の氷魔法だろうがよ」
「たしかに」

 スルメがガルガインと共に亜麻クソに追い打ちをかける。
 取り巻きの女子達が、疑いの目で亜麻クソを見つめていた。

「あ、とにかく悪かったな、俺たちのせいで尻丸出しになっちまって」
「めんご」

 これは苦しいぞぉ~。
 さあ亜麻クソ、笑顔が張り付いたままだ。
 どうする亜麻クソ! 絶体絶命ィ!

「ん、ま………まあそんなことも? うん、あったようななかったような気がしないでもないんだけど? まあさ、君たちがそう言うんだったらそういう事にしておいてあげるよ」
「は? 意味がわかんねえよ」
「俺たちゃごめんって謝ってんだよ。てめえの尻をすかんぴんにしちまって悪かったって」
「ああ、うん………まあ、うん。べ、べべべ、別に気にしてないよ」
「本当か?」
「まじか?」
「ああ、うん……まあ…」
「本当だな?」
「まじだな?」
「うん、べべ別に……」

 亜麻クソがかすれた小声でそう呟くと、スルメとガルガインはわざとらしく「よかったぁ~」と肩を前へ下げた。

「いやぁよかったよ。お前が何もできずボーンリザードに吹っ飛ばされたあげく、俺たちのせいで尻丸出しになっちまったからさぁ。気にしていると思っていたんだ」
「ほんとだよなぁ!? すぐにボーンリザードにやられちまってノビたあげくに尻丸出しだもんなぁ!」
「ああああああッ! なーにを言っているんだい!!」
「え? だーかーらーぁ。お前が何もできずボーンリザードに――」
「ああああああああッ! そうだ諸君! そういえば僕がリーダーだったんだがね、いやあ色々と大変だったんだよ! 目的地につくまでにも魔物が出るわ出るわで…」
「あのドビュッシー様?」
「どういうことなんですか?」
「ボーンリザードに何もできず?」
「最後まで戦ったのでは?」
「尻丸出しって?」

 亜麻クソの取り巻き五人組の女の子が、怒ったようながっかりしたような顔で亜麻クソを見ている。
 亜麻クソは浮気がバレた新婚夫婦の旦那のように、必死に両手を広げて「ほらこれを見たまえ」と『大狼勲章』を出し、引き攣った笑顔で五人に言い訳をはじめた。だが何を話しても五人は聞く耳を持たず、スルメとガルガインに話を聞き、そして俺とアリアナにまで裏を取って亜麻クソが早々に脱落した事実を確認すると、「サイッテー」と言った。

「そこでウルフキャットがぐわーっと来たときにね僕の必殺魔法“鮫背シャークテイル”がズバァッと連続で二匹にあたってピッ!!」

 パァンといい音で亜麻クソはビンタされた。
 続けざまにパァン、パン、ペシン、パァァァンッッ、と全部で五発のビンタをお見舞いされた。
 女の子達は怒って会場の奥へ散り散りに消えた。
 亜麻クソは丸めた新聞紙で叩かれたゴキブリのようにうつぶせになり、ぴくぴくっとかろうじて動いていた。

「ぎゃーっはっはっはっはっは!」
「ぶわーっはっはっはっはっは!」

 スルメとガルガインが腹をかかえて笑っている。
 こいつら結構えげつねえな。と言いつつ俺とアリアナも笑っているんだが。
 こらアリアナ。拾った棒で犬の糞をつんつんするみたいに、杖で亜麻クソの残骸をつんつんするのはやめなさい。ばっちいですわよ。

 ひとしきり笑ったあと、二人はスカーレットに振り向いた。

「あ、そういえばにおい大丈夫だったか?」
「結構ひどかったもんな、におい」
「えっ?」

 突然のフリにスカーレットは全く対応できない。

「においだよ。あと犬」
「お前、すげえ犬に好かれるもんな」

 顔の筋肉が痙攣し始めるスカーレット。
 取り巻きが、なんのことだ、と首をかしげる。
 多分、というか絶対に取り巻き連中はスカーレットからアノはなしは聞いてないんだろうな。犬合体スカーレットの話。

 さあこれからいびってやろう、とスルメとガルガインが口を開こうとしたとき、入り口付近でグラスが割れる音が響き、男の怒声が響いた。

「もう一度言ってみたまえ!」
「ああ何度でも言ってやる! その汚い手を離せと言っているんだ!」

 生演奏が急に止まり、会場には一瞬の静寂が訪れ、すぐざわめきへと変わった。
 ただ事ではない。
 俺たちはスカーレットそっちのけで、音のするほうへ向かった。

「貴様が俺の女を横取りしたのであろう? お前如き若造に入り込む資格などない」
「彼女が嫌がっているではないか!」
「シルバー家とゴールデン家は古くからのつながりがあるのだ。そんなことも知らないのかね」

 ゴールデン家?
 まさか……

 人垣をかき分けると、スケベで羞恥プレイが好きそうな脂ぎったおっさんに我が麗しのエリザベス姉様が両腕を押さえられていた。
 いかん! 早く助けないと!
 エリザベスは確かペンタゴンの魔法使い。そう簡単に負けたりはしないが両腕を押さえられては杖が持てず魔法が使えない。

「そんなものは知らない! 嫌がっている女性がそこにいる! それがすべてだ!」

 一方、エリザベスを救おうとしているイケメンの優男は身長が高く、凛々しい顔立ちをしていた。

「私とエリザベス嬢はすでに婚約しておるのだよ…。なあそうだろう?」

 脂ぎったカエル顔の男に顔を寄せられ、エリザベスは思い切り顔を背ける。
 婚約ぅ?
 そんな話、一切聞いたことがないんだけど…。

「あのお話は反故になったはずですわ!」
「いいや、まだ有効だ」
「ではこの場でなかったことにさせて頂きます!」
「いいのかなそんな事を言っても。どれほどシルバー家がゴールデン家に支援していると思っているんだね?」
「それは…」

 言葉を詰まらせるエリザベス。
 カエル野郎、まじで汚ねえ!
 経済力を利用して脅す気だな。日本もこっちもこの辺は全く変わらねえ。過去、俺の回りじゃ権力、欲望、女、渦巻く感情と共に陰謀や権謀術数が日常的に飛び交っていた。

「エリザベェス。君は職場でも私に冷たく接してくるからね。今日からは婚約者としてちゃんとしてくれないと困るよ」
「冷たく接するのはお前のボディタッチが激しいからだろう!」

 イケメンが果敢にも反論する。
 カエル野郎はスケベそうな外見でセクハラおやじだったんだな。
 サイテーじゃねえか…。

「お嬢様」

 振り返るといつの間にかクラリスが後ろに立っていた。

「クラリスどうしてここに?」
「ミサ様がどうしてもお嬢様方の舞踏会で華やいでいるお姿を見たいとのことでしたので、特別許可を頂いて入場致しました。それでお嬢様。なぜベスケ・シルバーがあのようなことを?」
「急にエリザベス姉様の婚約者だって言いだしたのよ」
「あの男まだそのようなことを言っているのですね」
「その婚約は間違いなく破棄されたのよね?」
「もちろんでございます。婚約はただの政治的ポーズにすぎません」
「それを聞いて安心したわ」

 げろげーろカエル野郎が舐めるような視線をエリザベスに送り、今にも二の腕にかぶりつこうとしている。

「離しなさいこのカエル男ッ!」

 エリザベスがついに耐えきれなくなったのか、いつもの強気な性格で相手を睨んだ。だが男はどこ吹く風と言った様子で、エリザベスの後ろに回り込んで、舐めるように背後から顔を寄せる。
 俺は“エアハンマー”を唱えようと魔力を練った。

「そこの下卑! 今すぐ決闘しろ!」

 エリザベスを助けようとしていたイケメンが杖をげろげーろへ向けた。
 決闘とかカッコいーっ。
 ひとまず俺は魔力を霧散させる。

「おやめ下さいハミル様!」
「んん、決闘? 私にそんなことをする利点がないな。もうすでに私とエリザァベスは婚約しているのだから」
「だからそれはもうすでに破棄されていますわ」
「おーそうかそうか、では援助は打ち切りでよろしいんだな」

 俺は事の成り行きを見つめながらクラリスに小声で聞いた。

「うちの家ってあいつんとこの支援がないとまずいの?」
「今年は特にまずうございますね。ゴールデン家は鉱山の領地を多数所有しておりますが、流行風邪のせいで鉱夫がばたばた倒れ、今年は生産性が落ちております」
「でもお父様がこの事態を見たら…」
「あのゲスは地中に埋められます」
「でしょうね」

 エリザベスが泣きそうな顔でイケメンのハミルという男に叫ぶ。

「もういいんですの! こちらの事情ですのであとは私が解決します!」
「しかし…!」
「お気持ちだけお受け取り致しますわ」
「男として放っておけない!」
「同期のよしみとして、これ以上関わらないことをお勧め致します」
「エリザベス嬢!」

 ああ、姉様違う! そこはそうじゃなくて、上目遣いで「たすけて…」でしょうが!

「エリザベスお姉様ッ!」

 俺は思わず叫んでしまった。
 ばちばちとウインクをして合図を送っている俺を見て、エリザベスはハッとした様子になり、顔を羞恥で真っ赤にさせてもう一度俺を見た。その目には、本当に言うの? と書かれている。もちろん、と俺は深くうなずいた。

 エリザベスは迷ったように目を伏せると、勢いよく顔を上げて口を開いた。
 だがすぐに閉じてしまう。完全に言いよどんでいた。

「どうしたんだいエリザベェス。さあ、中庭で愛について語り合おうではないか」

 カエルげろげーろがエリザベスの手を強引に引く。
 体勢を崩して、彼女は転んでしまった。会場の人々から、あっ、という声がいくつも漏れる。女の子座りになってスカートからキレイな足をのぞかせるエリザベスは失礼だが美しかった。

 彼女はようやく決意したのか、恥ずかしがりながら、目だけを上げてハミルを見つめた。

「ハ、ハミル様……助けて…くださいまし」

 ずきゅーん、という効果音が聞こえてきそうなほどの可愛さに、男どもが息を飲み、女は頬に手を当てる。釣り目の潤んだ瞳で、性格のきつそうなエリザベスがそんなことを言うのだ。そらそうなるわ。言われたハミルはエリザベスに見惚れて一瞬呆けたような顔をしたものの、すぐさまカエル野郎に近づいた。

「ここは男らしく決闘をしろ、ベスケ・シルバー!」

 効果はばつぐんだ!
 エリザベスはカエルげろげーろの気持ち悪さよりも自分があんなセリフを言ったことで動けなくなっていた。

 げろカエルはイケメンの提案をのらりくらりとかわす。徐々に会場の野次馬からブーイングが起き始めた。ここは武の王国グレイフナー。群衆の前で決闘を断るのは恥であろう。

「お嬢様」

 クラリスが耳に顔を寄せてくる。
 なぜが顔を青くして切羽詰まった様子だ。

「どうしたの」
「わたくし重大なことに気づいてしまいました」
「えっ、何に気づいたの?」
「まさかとは思ったのです。ですがわたくしの知識、経験、判断力、すべてを総動員して、結論に至りました。お嬢様ッ。その、まさかです」
「何? 具体的に言ってちょうだい」
「お嬢様……」


 ごくっ、とクラリスが唾を飲み込む。


 俺もつい耳を寄せてしまう。


 彼女がここまで驚いており、そして焦っているのはめずらしい。


「あの者は…」


「ええ…」


「あの者はですね…」


 俺は砂時計が遅々と減っていくようにゆっくりとうなずく。


 一体どうしたというんだクラリス!


「まさかとは思ったのですが…」


 俺はさらにクラリスに顔を寄せる。


 聞かれてはまずい情報かもしれない。


「あの者…」


「ええ…」


「あのゲスカエル野郎は……」


「ゲスカエル野郎は…」


「確実に…………」


「確実に………?」


 俺は緊張して生唾を飲み込んだ。


 クラリスは小声で絶叫する、という器用な声で叫んだ。












「ヅラでございますッッッ!!!!!!!!!!!!!」




――ヅラでございますッッ


――でございます

――ざいます

――います…

――ます…

――す…



「………」



「…………」



「ぬわんですってええええッ!?!?」


 俺の耳にはクラリスの言葉がエコーして聞こえた。

 何事だ、と野次馬が一斉に俺を見た。俺はあわてて、いえいえなんでもありませんのでどうぞ続きをオホホホホ、と言ってごまかす。

 そんなバカな!!
 すぐさまクラリスを見た。

「どういうこと?! 私にはまったくそうは見えないけど」
「左様でございますお嬢様。一見すると健康な毛でございます。ですが生え際のあたりをよーく見ると、どうも不自然なのでございます」
「私には全然わからないわ」
「これはヅラを長年研究せし者にしか分からないでしょう。耳の上にかかっている髪の毛と、頭後ろの襟足部分の髪質がほんのわずかではございますが違うのです」

 俺は注意して観察してみる。ゲロガエルの髪型は脂ぎッシュに頭に張り付き、茶色の髪がうねって耳の下まで伸びている。
 あれが、ヅラ? 見えねえええっ。
 アデラ○スも真っ青だよ異世界のヅラ技術!

「もしそれが事実なら…」
「ええお嬢様…」
「ついに“あの魔法”を使うときが来たようね…」
「そうでございます。我々が昼夜かけて編み出した“新魔法”…」
「風の初歩“ウインド”の“最終進化形”…」
「先日、この魔法に関しては無杖での使用ができるようになりました…」
「さすがよクラリス…。タイミングは私が決めるわ」
「仰せのままに」
「私は左ヅラ。クラリスは右ヅラよ」
「かしこまりましてございます…」

 そうこうしているうちに決闘することになったらしい。
 野次馬サイドに学校関係者の中で偉い魔法使いがいたらしく、その人が審判をするようだ。会場はすごい熱気だ。ステージにいた演奏隊が近くまで来て、決闘を煽るような激しい音楽を奏でている。
 当然のごとく、利に聡い人間が、賭けの仕切りを始めていた。

 決闘は『偽りの神ワシャシールの決闘法』
 ルールは三つ。
 一つ、下位中級以下の魔法のみを使用。
 二つ、合図と同時に放つ。
 三つ、両足を地面から離すと負け。

 中々に面白い決闘だ。これなら実力も図れるしやりすぎて死んでしまうなんてこともない。合図への反応スピードと魔法の錬成スピード、威力がモノをいうな。素早く、高威力で魔法をぶっ放せば勝てるわけだ。

「ゲロガエルをぶっ殺せ!」
「やっちまえ!」

 スルメとガルガインが叫んでいる。他の連中も似たような感じだ。
 アリアナはぼそりと「あの人きもちわるい」と言っている。

「おもしろいものが見れるわよ」

 俺は三人に耳打ちし、エリザベス陣営へ駆け寄った。すでにエイミーとエリザベスの友人数名が彼女を保護している。彼女たちは結構ガチでゲロガエルに怒っていた。

 そしてハミルとゲロガエルが向かい合う。距離は十メートルほど取ってあった。その周りを観衆が円になって、固唾を飲んで見守っている。俺とクラリスは魔法が放ちやすい位置へと移動する。

「ではこれよりエリザベス嬢と愛を語らう権利を賭けて『偽りの神ワシャシールの決闘法』を行う。数字の合図で魔法を使うように。よろしいかな?」

 ハミルは凛々しくうなずき、ゲロガエルは何が面白いのかにやにやとエリザベスを見つめたままうなずいた。

「では……まいる!」

 観衆が静まりかえった。

「イチッ!」

 審判のかけ声で、二人はすぐさま杖を振った。

「ウインドカッター!!」
「ファイヤーボール!!」

 不可視の風の刃と熱を帯びた火の玉が、決闘者の中間付近でぶつかり合い、空中にかき消えた。
 うおおおおお、というオーディエンスの叫び。実力は互角のようだ。

 勝負は拮抗していた。
 若さと勢いで押すハミルに対し、狡猾に相手の魔法を読んで少ない魔力で相殺させるゲロガエル。このままではハミルが先に魔力切れを起こしてしまう。

 審判のかけ声が「ジュウナナ!」まで来たところで俺はクラリスに目配せをした。
 クラリスが黙ってうなずく。

 イメージはクレーンゲームのアームのような形をした極薄で強固な“ウインド”。俺の担当は左ヅラなので『し』の形をした“新魔法”を奴の耳元に撃てばいい。すこしでもヅレるとヅラが飛ばせないので、相当の集中力が必要だ。タイミングはクラリスと何度も練習をしているので、新魔法が超高速で上空に舞い上がるクレーンゲームのアームのようになり、それに引っ掛かったヅラが天高く弾け飛ぶ、という寸法だ。


 審判が大きく息を吸い込んだ。


「ジュウハチィッ!!!」


 決闘十八回目の魔法を両者が詠唱する。
 “サンドボール”が左右から飛び、中央付近でぶつかって、バガァンという大きな音を立てて粉々になった。
 観衆から悲鳴が上がる。手際のいい連中が、土の残骸が皆にぶつからないように“ウインド”で輪の中へと残骸を押し戻す。


―――今だッッ!!!!!



―――クラリスッ!!!!!!



ハゲチャビン(貴族のヅラを飛ばす砲)!!!!!!!!!」



 俺は右手の人差し指を、くいっと上へ上げた。
 それはクラリスも同時。

 見事、新魔法“ハゲチャビン(貴族のヅラを飛ばす砲)”が発動し、目に見えない極小の風がゲロガエルの頭をかすめるように駆け抜ける。
 ゲロガエルの髪の毛は急に持ち上げられて一瞬“ハゲチャビン(貴族のヅラを飛ばす砲)”に逆らったが、あまりの的確な力加減に耐えきれず、べりぃっ、と糊がはがれるような音を出して、上空へすっ飛んだ。

 ほんの一瞬の出来事。宙を舞い、皆がその物体に注目する。テニスのボールを追うように、顔がヅラを追い、自由落下してくる髪の毛を人々は唖然として見つめた。

 ぱさっ……

 悲哀と哀愁のこもった音と共に、ヅラがゲロガエルの肩に落ちた。
 彼のつぶれたような顔は狂気に引き攣り、シャンデリアの光がつるつるの頭部に反射した。

 しばらくの沈黙。

 観衆はヅラとゲロガエルのハゲ頭を交互に見やる。
 気を利かせたトランペット風の楽器担当の青年が、パンパカパーン、と大きな効果音を演出した。

 みんな爆発した。
 笑いの渦。阿鼻叫喚の嵐。頭を抱えてうずくまるゲロガエルことベスケ・シルバー。
 彼は「おぼえてろよぉ!」とお決まりの捨て台詞を吐いて会場から消えた。
 いや、忘れたくても忘れられねえよ? わりと本気で。
 あの顔でハゲは相当きついもんがあるな…。

 当然、両足をスタート地点から離したゲロガエルが負け。イケメンのハミルが勝った。


 この日を境に、決闘前に「ヅラを飛ばすんじゃねえぞ」と相手を挑発するネタが流行った。


 ○


 やっと会場が落ち着き、俺とアリアナ、エイミーはミサに洋服を披露した。エリザベスはハミルといい雰囲気になっていたので、そっとしておいた。二人はシャンパンを片手に顔を赤くしながら初々しく話をしている。甘酸っぱい雰囲気を見ているだけで、お腹いっぱいです。よかったなエリザベス!

「色々あったけど楽しかったわ」
「そうだね…」

 俺の言葉にアリアナがうなずく。

「そういえばエイミー姉様は誰かとダンスしたの?」
「わたし? サツキちゃんと踊ったよ」
「いやいや男よ。お・と・こ」
「えーわたし別にモテないし、そういうの無理だしいいよー」

 あんた間違ごうてる。わての心の声がエセ関西弁になるほど間違ごうてる。あんさんがモテへんとかどこの冗談やねん。

「エリィはどうなの?」
「わたしはブスでデブだから」
「そんなことない…」
「アリアナちゃんの言うとおり! エリィはこんなに可愛いのになあ」
「うん…うん…」

 やけに積極的にうなずくアリアナ。尻尾もぶんぶん動いている。
 いや、この二人の目はおかしい。

「だよねーそうだよねー!」
「エリィは…可愛い」

 エイミーとアリアナが俺をそっちのけで勝手に盛り上がり始めた。なんか面白い取り合わせだな。
 しばらくミサと談笑していると、シャツにネクタイを締めて細身のズボンを履いたジョーがやってきた。おっと。教えたばかりなのにその着こなし、なかなかいいセンスしてるな。さすが。

「よかった間に合った」

 ジョーはハンチングを取って肩で息をしながらそう言った。

「よく入場できたわね」
「知り合いに招待状を譲って貰ったんだ」
「私はクラリスさんと入れたわよ」
「え、そうなの!? なんだ、ミサとクラリスさんと一緒に来ればよかった」

 ミサの言葉にジョーは骨折り損だった、と笑う。

「それで、どうしたのよジョー。また新作でもできたの?」
「いや、そういう訳じゃない」
「じゃあ?」
「それは……」
「それじゃ私は明日の準備があるから帰るわね」

 ミサがボブカットを揺らしてこちらの返事も待たずに颯爽と会場を後にした。まだ話したいことがあったけど、まあ明日の雑誌の発売で会えるからいいか。

 俺とジョーはミサの後ろ姿を見つめ、向き直った。
 なぜか無言で見つめ合う。
 ジョー、なんか言って。

「エリィ、これを」

 ジョーの右手には包装された白いバラが一輪握られていた。

「え、これを私に?」

 予期せぬプレゼントについ声のトーンが上がってしまう。

「エリィに似合うと思ってね」
「なに言ってるのよ」

 ジョーはバラの茎を半分に折ると、俺のワンピースについている胸ポケットにそっと刺してくれた。よく見ると棘はすべて取ってあり、触っても安心だ。「いいね」といって嬉しそうに笑うジョーは魅力的だった。

 って俺は何言ってんだよ。俺は男。ジョーも男。
 オーケー。ビー、クール。

 そんな俺の心中なぞ知らず、ジョーは真剣な表情で右手を差し出し、ハンチングを胸に当てた。

「一緒に踊って下さいますか、お嬢様」
「……………え?」

 突然の申し出に俺は慌てた。とてつもなく慌てた。
 気づいたらどうにも頬が熱くなっている。

「一緒に踊ろう、エリィ」
「ダメよ。わたしみたなデブでブスと踊ったらジョーが笑われるわ」
「そんなのは関係ない。俺がエリィと踊りたいんだ」
「な、な、なに言ってるのよ…」
「いいだろエリィ。さ、早く」
「でも…」

 だぁーー「でも…」じゃねえよ俺!
 何よこの胸のどきどきは!
 あかん、これはあかん! 制御不能!
 俺が冷静でも体のほうがしっかり反応してしまう!


「ほら!」


 ジョーは強引に俺の左手を取り、爽やかに笑いながらホールの中央へと俺を連れて行くのであった。


 きらめくシャンデリアにジョーの笑顔がまぶしく映る。
 この胸の高鳴りは俺のものなのか、それともエリィのものなのか…。
 まさか、これが……………………“KOI”……?


 ってばかやろうッ!


 俺は一瞬よぎったエロ写真家と同じ言葉を、首を振ってかき消した。
 両手を取り、簡単なリズムでジョーとダンスをする。
 俺はひとまず、色々なことは忘れてこの場を楽しむことにした。このうきうきする、胸の内から湧き上がる興奮は本物だ。楽しまなきゃ損だろう。


 俺たちはステージの演奏が終わるまで、いつまでもダンスを踊り、乾杯をし、そして笑い合った。素晴らしい楽曲は、時に激しく、時に優しく奏でられ、若い男女を包み込むように陶酔させる。この時間がいつまでも続けばいい、と近くにいたカップルの女性がつぶやく。
 音楽と喧騒はパーティーの終わりまで止まることはなく、いつまでも、いつまでも夜のパーティー会場に鳴り響いた。
エリィ 身長160㎝・体重85㎏(-1kg)
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