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エリィ・ゴールデン ~ブスでデブでもイケメンエリート~ 作者:四葉夕卜/よだ

第二章 異世界ダイエット

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第7話 外出とイケメンエリート

「ちょっと転んだだけよ」と俺はエイミーとクラリスに言った。



 俺は今日、一人で町に出かけた。

 化粧品を見て回り、何となく一人の時間を満喫したかったのだ。

 この世界の化粧品の種類は地球とそこまで変わらないように思える。ただ、効果や効能は試してみないと分からない、という点が大きく違うところだ。配合や成分があやふやで、意味不明であり、元になっている製品も異世界クオリティでさっぱり理解ができない。買って試してお肌が荒れました、という話はザラにあるらしい。

 こええよ。
 試せねえよ。
 俺、乙女だから。

『基礎化粧品』『薬用化粧品』『メイク化粧品』

 大まかに化粧品はこの三種類に分類される。

 作り方までは分からないが、最後に担当していた部署が新規立ち上げの化粧品部門だったので、ある程度の知識はある。とある化粧品会社を買収して、うちのグループがそっちの業界にも手を出そうとしていたところだった。噂によると会長が孫の為に買収したらしいが…その噂を確かめるすべは俺にない。

 もう二、三年あれば相当量の化粧品知識と営業経験を積めていた。まあ、それをここ異世界で言ってもしょうがないんだけどな。今の俺はデブでブスだし。

 気を取り直して、俺は化粧品店“止まり木美人”の商品を見て回った。

森林治癒キュール配合・マグマ熱入り化粧水』

 顔が灼けるだろ。

『ドウレンジャー赤魔物エキスの肌荒れ防止水』

 真っ赤! エキスってどこの何のエキスだ!?

『アンアンズのオーガニックシャンプー』

 なにアンアンズって。あんず? あんず飴のあんず?
 あんが多いよ。喘いじゃってるよ。

『西砂漠の南風・リンス』

 ぱっさぱさになりそうだと思うのは俺だけだろうか。

『メデューサの顔パック』

 顔面が石化しそうだ。

『ニキビ落としフジツボ石けん』

 気持ちわりいいいい!

『タヌキングのちゃん玉美容液』

 ちゃん玉ッ?!

『若返りの水・ドラゴンの吐息』

 値段たっか! 一億ロン?!
 しかもちょびっとしか入ってない。うすーく伸ばして塗って、やっと顔全体にいきわたる程度の量だ。

 ちなみにこの世界の貨幣は“ロン”だ。
 色々と調べ、ざっくりと“一円”が“一ロン”だと判明した。わかりやすくて助かる。

 紙幣は存在していない。

 石貨=十円
 銅貨=百円
 銀貨=千円
 金貨=一万円
 大金貨=十万円
 白金貨=百万円

 白金貨は貴重な“白い金塊”を使っていて、めったにお目にかかれない。

 じゃらじゃらと音が鳴るし重いし、紙幣のほうが断然使いやすい。文明と経済がもっと発達しないと紙幣は登場しないのだろう。残念だ。

 厳重な防犯処置が施された『若返りの水・ドラゴンの吐息』は小瓶の中で金色に光っていた。店主に聞いたら、ドラゴンを追い詰めて泣かせることではじめて採取できるらしい。体に塗ると、たちどころに傷が治り、肌が活性化するそうだ。

 ドラゴンをひいひい言わせるぐらい強くなって吐息を強奪しに行くのも悪くない。

「ドラゴンを泣かすってどうすればいいの?」
「お嬢ちゃん、ドラゴン狩りにでも行くのかい」
「いずれね」
「ぶわーっはっはっはっは!」
「なによ! 笑うことないでしょ!」
「ドラゴンの吐息があればお嬢ちゃんのニキビも一発で治らぁね。ちげえねえ」

 ひげ面で小綺麗な服に身を包んだ店主は腕を組んで神妙にうなずいた。さすが化粧品を扱う店の店主だけあって、綺麗になりたい女心がわかっているみたいだ。

 あたい、きれいになりたいんです…。

 ちなみにこの『若返りの水・ドラゴンの吐息』は四十年前に砂漠の賢者ポカホンタスが持ってきて譲ってくれたそうだ。いくつかの小瓶に分けて、代々この店で大切に販売しているとのこと。十二種の魔法をすべて使えるグランドマスターぐらい強くないと採取は無理みたいだ。

 うん、「光」と「風」しか使えないダブルの俺には当分無理だな。「雷」は使えるが、それでも無理だろう。つーかドラゴンが存在するのか。まじこええな。

「無理ね」
「だろうな。残念だけどな」
「一番売れてるニキビに効く薬、ない?」
「そうさなぁ、これなんか人気だな。値段も高くない」

 店主が出してきたのは『神聖の泥水』という商品だ。

「泥水? ああ、泥パックみたいなものね」
「おお、大抵のお嬢さんは嫌な顔するんだがお嬢ちゃんは違うみてえだな」
「まあね。いろいろと調べているから」
「よしわかった。六千ロンのところ、特別に五千ロンにまけてやるよ」
「いいの?」
「おういいぞ」
「ねえ……私いずれ物凄い美人になると思うのよ。それはもう誰もが振り向くようなとびっきりの女ね。いつか一回デートしてあげる権利をあげるから、『神聖の泥水』四千ロンにまけてちょうだい」
「んん?」
「いいじゃないおじさん。ねえいいでしょ?」
「……ぶわーっはっはっはっはっは! ひいーっひっひっひっひ!」

 ひげ面店主はカウンターを叩いて大笑いした。
 ひとしきり笑って涙を拭うと顔を上げた。

「お嬢ちゃんおもしれえなあ。それに物言いが堂には入ってやがる。気に入った」

 カウンターの中で店主は自分の膝をばしんと叩いた。

「四千ロンでいいぞ。その代わり、美人になったらデートしてくれよ」
「もちろん。レディは嘘をつかないからね」

 俺は優雅にワンピースの裾をつまんでお辞儀をした。
 イエス! 冗談のつもりがちょっと得した。

「楽しみにしてるな」
「ちゃんとエスコートしてよね。それから今のうちに奥さんに言っておいたほうがいいわよ」
「どういうこった?」
「今日ブスでデブな女の子が店に来て、将来美人になったらデートする約束をしたって」
「ほう、そりゃどうしてだい?」
「だって可愛い子とデートしたら奥さんが嫉妬するでしょ?」

 店主は一瞬、きょとんとした顔をしたが、言葉の意味がわかったのかまた腹を抱えた。

「ぶ……ぶわーっはっはっはっはっはっはっは!」
「そんなに笑うことないでしょ!」
「ひーひーっ」
「ねえ私ってそんなにブス?! デブ?!」
「すまんすまん。いやー久々にこんなに笑ったな。もういいよ、そいつはタダでくれてやる」
「え? いいの?」
「おういいぞ。いつかデートする相手だからな」
「でも駄目よ。お金はちゃんと払うわ」

 俺は銀貨を財布から四枚出してカウンターに置いた。
 冗談のわかる店主が気に入ったので、しっかりと金を払ったほうが今後の為になるだろう。

 それから少し雑談をした。

 どうやら店主はトリプルで、適性は「火」のようだ。商売柄、危険な場所にある素材を取りに行くため、自衛ができるぐらいの腕っぷしは必要なようだ。

 この世界の人はほとんどがシングルかダブル。
 魔法が得意な人間でトリプル、スクウェア。
 冒険者や貴族、凄腕魔法使いはペンタゴン、ヘキサゴン、セブン、エイト。
 それ以上は滅多にお目にかかれないらしい。

「そういや残念だが『神聖の泥水』は今後の入荷が難しそうだ。大事に使ってくれ」
「何かあったの?」
「その泥水は、砂漠の国サンディとグレイフナー王国の間にある“自由国境”付近で採取できるんだが、近頃あの辺が物騒になってやがる」
「戦争でもあるのかしら」
「さあな。武の王国グレイフナーに戦争ふっかけるバカはいないから、おそらくパンタ国あたりに仕掛けようって腹だろうよ」
「砂漠の国サンディが、そのパンタ国に戦争を?」
「わからん。最近子どもの失踪事件が多発している。どうもうさんくせえ」

 失踪事件、と聞いて俺は真っ先に孤児院の子ども達を連想した。エリィの日記に書いてあった、さらわれた子ども達だ。

 情報収集をしているクラリスの報告にも、どうやら人攫いが多発している、行き先は西ではないか、という内容がよく出てくる。だが戦争を仕掛けるにしても子どもを誘拐する理由にはならない。

「ここ首都は安全で警邏隊も優秀だ。誘拐犯はよほど狡猾で腕が立つんだろうよ」
「あの雷雨の日から町の巡回は厳しくなっているしね」
「さすがお嬢ちゃん、よく知ってるじゃないか」
「ええ、さらわれたら困るでしょ」
「はっはっは、確かにな。将来べっぴんさんになるしな」
「そうよ」

 互いに笑い合った。話がわかる店主で会話が非常に面白い。
 なかなかの営業力。
 やはり買い物はこうでなくちゃな。

「私はエリィ・ゴールデン。また来るわね」
「俺はマッシュだ。おまえさん、ゴールデン家の娘か?」
「ええそうよ」
「じゃあ帰ったら当主に伝えてくれ。来年の魔闘会は勝って領地を取り戻してくれって」
「……わかったわ」
「うちの実家がマースレインにあるんだけどよ、リッキー家に代わってからあまり感じがよくないんだと。自分の家ほっぽり出すわけにもいかんし今は黙っているが、このまま雰囲気が悪くなるならよそへ出て行くって婆さんが騒いでてな」
「リッキー家に代わってからどう悪くなってるの?」
「なんでも怪しい連中が領地で寝泊まりしてるらしい。旅人や冒険者はいくらでもいるが、どうもそういった類の連中じゃないみたいなんだ」
「へえ。私もリッキー家が怪しい連中とつるんでいるって噂を聞くわ」

 この言葉は単に俺の憶測で、会話をつなげる撒き餌のようなものだ。

「元来血の気の多い家柄だからな、問題の種になってるんだろうよ」

 なるほど。世間一般からリッキー家はこういう評価なんだな。
 有益な情報だ。

「でも気になるわね、領地の雰囲気がよくないっていうのは」
「そうさな……お嬢ちゃん。あまり他でこういう話はするんじゃないぞ」
「ええ分かってるわ」
「ふっ。お前さん、ただの学生じゃないみたいだな。一瞬、大人の男と話している気分になったよ」
「ま、まあね。ゴールデン家ではこういった話題は普通だからね」

 中身は三十手前のイケメンエリートでーす。

「それじゃあ気をつけてな。まいど!」

 俺は『神聖の泥水』の入った紙袋を受け取って町に出た。今日は授業が長引いてしまったせいで放課後の時間が少ない。そろそろグレイフナー通りの街灯に灯りがともる頃だろう。

 俺は何も考えずにぶらぶらと歩いた。途中、窓ガラスに映る自分を見る。

 百十キロの巨漢デブであった当初より十六キロ痩せた姿は、おデブさん、と呼ぶのがふさわしい体つきになっている。巨漢デブがおデブさんになったのだ。かなりの進歩、ダイエット効果だろう。頑張ったもんな。全然まだまだだけど。

 顔をよく見ると、贅肉で薄くしか開けられなかった目が、ほんのちょっとだけ大きくなったような気がする。たぶんエリィは顔に肉が付きやすいタイプなのだろう。うっすら、ほんっとうにうっすらとだが、エイミーと目元が似ている気がした。痩せたら美人になる可能性は大いにあるな。

 頬にある赤いニキビはなかなか消えそうにない。

「エリィ!」

 俺は声のする背後を振り返った。
 行き交う人混みの中からトレードマークのハンチングをかぶったジョーが笑顔で出てくる。

「あらジョー。ごきげんよう」
「こんなところでどうしたんだ?」
「うん、ちょっとお買い物」
「へえ」ジョーは俺の持っている紙袋を見た。「何を買ったの?」
「乙女の秘密道具よ」
「ああ、化粧品か」
「もう! そういうのは言わないでよ!」
「あっ。俺またやっちまった?」
「ちょっとでいいから乙女心を考えてよね。男の子に何を買ったのか知られたくないっていう恥ずかしがりの女の子だっているんだから、化粧品だってわかっても、ふーんそっか、って言えばいいのよ。知らないフリは男の優しさよ」
「でもエリィはそんなに恥ずかしがってないから別にいいだろ?」
「私はいいけど、ジョーに好きな女の子ができたとき困るわよ?」
「べ、別に俺は好きな子なんてできねえよ…」
「あら? その反応は……ねえ好きな子いるんでしょ?」
「いねえよ!」
「ちょっと教えなさいよ! 誰よ? あ、向かいにあるパン屋のバイトの子でしょ?」
「はあ? そんなわけないだろ」
「わかった。たまに牛乳配達にくるメリッサって女の子ね。あの子の胸、大きいものね」
「ば、ばか、ちげえよ!」
「違う? ってことはやっぱり好きな子がいるのね?」

 ジョーは顔を赤くして表情を隠すようにハンチングを目深にかぶり直した。

「お前としゃべってると何でも聞き出されそうで困るッ」
「あなたの協力がしたくて言ってるのよ。私は仲間に引き込んでおいて損はない人材よ」

 何を隠そう俺は恋愛話が大好きだ。
 ジョーを見ていると高校生に戻った気分になる。

「いや……別に好きとかそういうんじゃねえよ。ただ、なんつーかちょっと気になるって言うか…」
「へえ~」
「何だよその意味深なへえは! このデブ!」
「ちょ! あなたそれは禁句よ?!」
「うるさいこのデブ!」
「何よこのくるくるパーマ!」
「なんだとッ!」

 俺たちは、それはもう若々しく、冗談めかして罵倒し合った。
 ついつい俺も調子に乗って言い返してしまう。お互い認め合っているからこそできるおふざけだろう。

 大体、俺が泣き真似をして終了する、というのが最近の流れだ。
 女は泣けば九割方、許される。泣き真似は必須スキルだな。

「悪かったよごめんごめん」

 ジョーはハンチングを取って謝罪する。
 わかればよろしいと許す俺。
 くせえ青春の一ページ。

 エリィ見てるか! 青春満喫なう!

「そんなことよりちょうどいいや。エリィにこれを見て欲しかったんだよ」
「そんなことって……まあいいわ」

 通行人が増えてきた。仕事が終わってみんな町に繰り出しているんだろう。俺とジョーは向こうから来た図体のでかいケンタウロスの集団に巻き込まれないよう、壁際まで移動した。

 俺はジョーの広げたデザインのラフ画を覗き込む。

 ラフ画には、ボーダー柄で七分丈のシャツが描かれていた。「生地・ゴブリン繊維と綿」と記され、配色「白と黒」となっている。

「縦がアリなら横もアリかなと」
「良いわね。実は私も考えていたけどね」
「ちょくしょーやっぱり考えてたか」
「これはボーダーシャツと名付けましょう」
「命名まで取られた!」

 それから、生地感や着幅、裾回りの大きさ、ボーダー柄の幅、実現可能かどうか、費用はどれくらいか、なんて話をあれこれして、ジョーと別れた。俺がデザインしたエイミーのストライプワンピースが完成するから最終調整をする、と言って楽しそうに走っていった。

 ついにエイミーが地球と同じようなデザインの格好をしてくれるのか。

 あの美しくも優しげな垂れ目に、爽やかな白地にストライプが入ったワンピース。ワンポイントでカーディガンを巻き付ければ、さながらモデル顔負けのお嬢様スタイルになるだろう。可愛いな。間違いなく。

 手を振って見送ると、誰かに急に襟首をつかまれ、裏路地に放り出された。

 急に襲ってきた浮遊感に、声にならない声が出る。

「いたっ」

 突然のことだったので地面に滑り込むようにして転んでしまった。
 制服が泥だらけだ。

 顔を上げると、サークレット家のスカーレットが、黄金の縦巻きロールを見せつけるようにして仁王立ちをしていた。そのうしろに取り巻きの女子が四人立っている。

「エリィ・ゴールデン。男といちゃいちゃしているなんていいご身分じゃない」

 俺は近くにこいつらがいたことに気づけなかった自分に心の中で舌打ちし、立ち上がろうとした。

 が、頭の真上から突風が吹いてきて、地面に抑えつけられた。
 右頬を汚い地面にくっつけたまま横目でスカーレットを見る。彼女の手には杖が握られていた。何か魔法を使ったらしい。

「誰が起き上がっていいと言ったのかしら?」

 眉を上げたスカーレットは、わがままお嬢様が癇癪を起こす一歩手前、という顔をしている。

「あなたって本当に目障りなデブね。ボブ様にちょっかい出しておいて、他の男と逢い引きですって?」

 再びスカーレットの杖が振られる。
 ウインドブレイク、と言ったのが聞こえた。
 突風が吹き下ろされ、圧力で体が地面にめり込むんじゃないかと思うほどの衝撃を食らう。

「ぐっ…」

 くそ。どうしてこうなった。
 警戒していなかった俺の責任だ。

「無様ね。ピッグーには地面がお似合いでしてよ」

 取り巻きにいた女子達が、一斉に笑い声を上げた。ボスのご機嫌取りのような下卑た笑い方は、営業時代に何度も見た、誰かの腰巾着でしかない奴らの笑いそっくりだ。むなくそが悪い。

 代わる代わる、俺が立ち上がれないように「ウインド」を吹き付けてくる。

「ほら、スカーレット様と言って謝罪するなら許してあげるわよ」

 そういって杖で自分の手のひらを軽く叩きながらスカーレットが言ってくる。口元は優越感でゆがみ、蔑むように顎を突き出している。

「……あなた達は、一人で、何もできないのね」

 俺は心の底から呆れて言った。
 他人を傷つける前に自分を磨いたらどうなんだ。

「このデブおんなッ!!!」

 おさげ頭の取り巻きの一人が「サンドウォール」と唱えて杖を振ると、俺の真下の地面が盛り上がった。即席でできた一メートル四方の土の山に持ち上げられる。そいつが杖を横に振ると、土の山が横向きになり、俺は何の抵抗も出来ないまま空中に放り出された。

 高さ二メートルから落ち、受け身も取れないまま自身の体重も相まって、全身が打ちつけられる。
 変なうめき声が口から漏れた。

「私はね、あなたが嫌いなんですの。いつでも正義感丸出しで正論を言うあなたが嫌いなのよ」

 スカーレットが杖を振る。
 ウインドブレイクが体全体にのしかかる。

 取り巻き連中もウインドを詠唱し、こちらに放つ。
 幾重にもなった風が俺の体を押しつぶそうとした。

「何とか言ったらどうなの?」

 魔法が止まり、やっとまともに呼吸ができるようになった。全身が痛い。

「ほら、いつもみたいに正論を吐きなさいよ」
「私もあなたが……嫌いよ。バカを引き連れなければ何もできないんでしょう?」
「デブ! スカーレット様になんてことを!」

 サンドウォールを唱えたおさげ頭が再度杖を振りかぶった。
 スカーレットは「やめなさい」と言って下がらせる。
 おさげ頭は憎々しそうに俺を睨みつけると一歩下がった。

「泣いて謝れば許してあげるわ」

 スカーレットは杖をこちらに向けたまま、俺の背中を思い切り踏みつけた。

「うっ…」
「ほら言いなさいよ。ごめんなさい、私が間違っていました。スカーレット様に楯突いて申し訳ございませんでした」
「……」
「どうしたの。またウインドブレイクが欲しいの?」
「スカーレット……あなたボブのことが好きなんでしょ?」
「なっ!」

 一瞬だが、背中に押しつけられたスカーレットの足が軽くなる。
 俺は隙を逃さず真横に吹っ飛ばすイメージで「ウインド」を唱えた。

 目に見えない風の塊が背中の上を駆け抜け、スカーレットにぶつかった。

 だが所詮そこまで練習していない「下の下」「初歩の初歩」魔法。彼女に尻餅をつかせるのが精一杯だった。

 取り巻きの女子四人が一気に反撃してくる。四人分のウインドとウインドブレイクが地面に体をめり込ませようと吹き荒れる。

 くそ、息が…できない……。

 こうなったら落雷サンダーボルトを使うしかないか…?

 町中で使ったらとてつもない騒ぎになることは明白だ。それに人間相手に使ったらタダで済まないだろう。よくて大やけど、悪くて感電死だ。エリィを殺人犯にするわけにはいかない。

 ここは我慢するしかないな…。

「こいつ…杖なしで…?」
「まぐれよ」

 気を取り直したのかスカーレットが制服で埃を叩きながら顔の前までやってきて、見下ろした。
 ウインドがぴたっと停止する。

「で、私がボブ様を好きで、何がいけないの?」
「…ボブはあなたのことなんかこれっぽっちも好きじゃないわ」
「……へえ。じゃああんたは知ってるの? あの人の好きな人」
「わたしの姉様よ」

 スカーレットは反応ができないのか、無言でこっちを見下ろしている。

「ボブの分際で姉様に懸想するなんて…呆れて物が言えないわ。あなたといい、ボブといい、バカはバカ同士でくっついた方がいいのにね…」

 俺は息も絶え絶えになるべく精神ダメージが大きそうなことを言った。

「そんなにウインドが欲しいのね」

 スカーレットが号令を掛けると、一斉にウインドが放たれた。
 今度のウインドには、サンドストーンという石つぶて魔法が混じっていて、小石が雨あられのように、バチバチと風に乗って地面に降り注ぐ。

 俺の体に、勢いがついた大量の石つぶてがぶつかる。
 頭にあたると、殴られたような衝撃が走り、痛くて涙が出そうになる。攻撃がやむまで、俺は土を握りしめて、漏れそうになるうめき声を口の中で殺す。弱気なところを見せれば向こうが調子に乗るだけだ。

 口のなかに変な味が広がった。頭から血が出て口の中に入ったみたいだった。

「ふん、デブだから脂肪にガードされてるみたいね」

 距離を取っていたスカーレットがまた俺の背中を踏みつけた。

「それ以上ボブ様を悪く言うならこれを毎日やってさしあげますわ。ウインドの的、サンドウォールの練習台。汚い練習台ですけどね」

 けたけたと小悪党のように取り巻き連中が笑う。

 俺は何も考えないように精神を統一させる。今の俺じゃこいつらに勝てない。
 使える魔法は少ない。

光の初級「ライト」これはただ光で周囲を照らすだけの魔法。
 光の中級「ライトアロー」攻撃魔法ではあるが死霊やアンデッド系に有効なものなので人間への効果が薄い。
 風の初級「ウインド」練習不足なのでせいぜい尻餅をつかせるのが限界。

 悔しいけど勝てない。力で屈服させられる。

 切り札の落雷サンダーボルトは使うことができない。

 くそッ! 

「スカーレット様。このピッグーを黙らせます」

 おさげ頭が、忌々しいと言わんばかりに杖を振り上げた。
 サンドウォールの魔法が発動する瞬間、この裏路地に気づいた通行人が、大声で人を呼んだ。

「あそこで人がもめているぞ!」

 それを聞いたスカーレット達の行動は早かった。

 俺を置き去りにして、通りとは逆側へと走り去っていく。

 その途中で俺のポケットに入っている紙袋に気づいたおさげ頭が、紙袋を逆さまにして中身を地面に出した。

 出てきた『神聖の泥水』を一瞥すると、おさげ頭は拾い投げ、わざと見えるようにして地面に叩きつけた。瓶は割れ、『神聖の泥水』は無残にも乾いた土に吸い込まれていった。

「ゾーイ、早く来なさい!」

 スカーレットの取り巻きの一人がおさげ頭に向かって叫ぶ。
 ゾーイと呼ばれたおさげ頭は満足げに俺を見下ろすと、俺の背中を踏み台にして走り出した。

 しばらくすると、警邏隊専用の制服とハンチングを身に纏った二人組が走ってきた。

「おい君! 大丈夫か!」
「ええ、大丈夫……です」

 優しげな警邏隊のひとりがハンカチで俺の顔を拭いてくれる。

治癒ヒール

 光魔法の中級、回復魔法の初歩だ。
 体の痛みが和らぎ、頭から流れていた血が止まった。

 警邏隊は俺を介抱しながら事情聴取を行った。俺は死角からやられて犯人を見ていない、と言った。使われた魔法に関しては嘘なく答える。

 ここで犯人を言っても証拠がない。
 それにやはりこの借りは自分で返さないと気が済まない。
 怒りよりも、悔しさが先行している。

 こうなるかもしれないということは容易に想像できたはずだ。ではなぜ対人戦闘の練習をしなかったのか。
 俺は異世界を甘く見ていた。いつもだったらこんなミスをするまえにリスクを考え対策をしてきたじゃないか。どうしてそれができていない。

まったく……入社したての新人みたいじゃねえか。

 スカーレットよりも自分自身に腹が立つ。

 俺は警邏隊への挨拶もそこそこに家に帰った。制服が汚れているので馬車で送っていこう、という提案はやんわり断った。警邏隊の馬車で家に帰ったら家族を心配させるだろう。

 太い足を動かして早歩きで向かうと、十五分ほどで家が見えてくる。自分の家を見てこんなにほっとしたのは初めてだ。思っていたより精神的にやられているらしい。仕事でいくつもの修羅場をくぐり抜けてきたものの、肉体的に追い詰められることはなかった。日本であんなことしたら犯罪だからな。

 ボディビルダーのような屈強な門番が俺を見つけると、血相を変えて走ってきた。
 俺の安否を確認し、すぐ家に飛び込んでいく。

 ……結局、大事になりそうだ。

 門番は治癒ができるエイミーを真っ先に呼びに行ったらしかった。
 玄関からエントランスに入ると、エイミーが美しい顔を悲しみでいっぱいにして階段を駆け下りてくる。

「エリィ!」

 エイミーは俺を抱きしめると、すぐに癒発光キュアライトを唱えた。
 警邏隊にかけられた治癒魔法より遙かに温かく安らぎを感じる。腕や、足の擦り傷がみるみるうちに消えていった。文字通り、消えていくのだ。しばらく俺はその効果に驚いて観察し、無言になってしまった。

「おじょうすぅわむあぁーーーーーッ!」
「クラリス?!」

 クラリスがエントランスの踊り場から飛び降りてきた。
 オバハンメイドがハリウッド映画のようなアクションをかますのはシュール以外の何物でもない。

「大丈夫で……大丈夫でございますか!?」
「エリィ、いったいどうしてこんな事になったの?」

 魔法が終わったエイミーが聞いてくる。

「そうでございます! 一体誰がお嬢様にこんなことを……!」

 クラリスは今にも玄関から飛び出しそうな勢いだ。

 俺は余計ないざこざが起きないようにこう答えた。

「ちょっと転んだだけよ」

 二人はつらそうに下を向いた。
 そしてすぐに顔を上げる。

「エリィ…。あなたは優しい子ね。でも今回ばかりは黙っていられないわ。教えてちょうだい。どこで、どんな奴にやられたの?」
「あの切り傷はウインドブレイクによるものでしょう。そこそこに魔法が使える者が犯人でございます」

 そう言ってクラリスは奥の部屋へ消えた。

癒発光キュアライトかけてくれてありがとう」
「ううん。当たり前よ。自分の妹が怪我をしたんだもの」
「姉様、聞きたいことがあるの」
「なあに?」
「ゴールデン家で一番強いのは姉様?」
「…どうしてそんなことを?」

 エイミーはなぜこんなときに強さを聞くのかわからないみたいだ。

「私、強くなりたいの。姉様、私に魔法を教えて」
「エリィ……」
「その必要はございませんお嬢様」

 振り返るとクラリスが俺たちの前に立っていた。

「ちょ……クラリスそれは何?」

 黒いコートに黒頭巾をかぶり、中国映画でよく見る青竜刀のようなものを左右の腰に差し、肩には特大のハンマーを背負い、コートの裏地には魔法の杖が二十本ほど、いつでも取り出せるように縫い付けてあった。

「犯人の目星はついております。ここでお待ち頂ければ敵の首級を上げて参ります」

 クラリスが本気だ。
 これはやべえやつだ。
 目が狂気と殺気でぎらぎらしている。

「首級ってあんた……」

 ついツッコミを入れてしまう。
 止めなければガチで特攻するだろう。

「ええ。ぶっ殺して参ります」

 にこりと笑うクラリス。

 こわい!
 このオバハンメイドこわいよ!
 エイミーの顔が恐怖で引き攣ってるよ!

「お嬢様ご安心を。このバリー、お嬢様のためなら命も惜しくありません」
「ひいっ!」

 声のする方を向いたら、茶髪の角刈りで眼光の鋭い頬に傷のあるおっさんがこちらを睨んでいた。悲鳴を上げるなと言われても絶対に無理だ。

「バリー近いわ! 顔が怖いわ! あと顔が怖いわ! それから顔が怖いわ!」
「お嬢様に仇なす下衆な輩は確実に我々夫婦が仕留めて参ります」

 何をしでかすかわからない不敵な顔をしている。

「どうするつもりなの?」

 念のため確認してみる。

「どこのどいつだか知りませんが脳天をぶちまけるのは間違いありませんね」
「恐ろしいことを言わないでちょうだい!」
「今回ばかりは堪忍袋の緒がぶっちぶちのびっりびりに切れました。いえ、キレました」
「姉様ふたりを止めてよ!」

 エイミーはバリーの格好を見てぽかんと口を開けている。

 バリーは日本刀に酷似した剣を二本腰に差し、『必殺』と書かれたハチマキを巻いて、そのハチマキには蝋燭が左右にぶっ刺してある。さらに防弾チョッキに似た革の鎧をつけ、腰のベルトには魔法の杖が乱雑に十本ほどねじ込んであった。ヤのつく人々の仁義なき戦いそのものだった。これはダメなやつだ。人に見せたらあかんやつだ。

「うちの旦那はこうみえて元冒険者。相当な奥地まで探索した猛者でございます」
「左様でございます。魔法使いのひとりやふたり、何ら遅れは取りません」
「首級はこちらにお持ちした方が?」
「いらない! 生首なんていらない! てゆうか行かないでちょうだい!」

 俺は必死に止めた。

「料理長ーっ!」

 するとキッチンから、あわてた様子でコック姿の若い男、四人が走ってきた。

「料理ほっぽり出してどうしたんすか?!」
「早く戻ってください!」
「もう食事の時間過ぎてます!」

 口々に叫んだ後、料理長であるバリーの顔を見て、コック四人の動きは止まった。

「何事ですか?」
「討ち入りだ」

 短く答えるバリー。人物の見た目は西洋風なのにヤクザ映画を観ている気分になっているのは俺だけだろう。

 さらに家のそこかしこからメイド服を着た侍女が六名、スカートの裾をからげてエントランスに駆け込んでくる。

「メイド長!」
「そのような格好でどうされたのです?!」
「一体何が!?」

 メイド達はバリーも武装している様子を見て息を飲んだ。

「どうされたのです?」

 メイドの中で一番年かさの女が、ゆっくりと息を吸ってから口を開いた。

「何があったんですか?」

 バリーは説明しろという目線をクラリスに送った。
 クラリスがゆっくりうなずいた。

「エリィお嬢様が何者かに襲われたのよ」
「なんですって!?!?」

 コック達、メイド達は信じられないと目を見開いた。
 まず俺のやぶれた衣服や泥だらけの腕と足を確認し、無言でお互いを見つめると、こっくりと首を縦に振った。視線だけで通じ合ったらしい。

 全員同時のタイミングでこう言った。

「ぶっ殺しましょう」
「ぶっ殺しましょう」
「ぶっ殺しましょう」

 綺麗なハミングだった。

 すると食堂の方から父、母、長女、次女がやってきた。

「もうとっくに夕食の時間ですわよ!」

 ちょっぴりヒステリックな母がバリーに叫ぶ。が、エントランスに集合したゴールデン家の使用人達、俺、エイミーを見て、怒りの顔がすぐに訝しげな表情へ変わった。

「何事だ!」

 垂れ目でイケメンの父親が似つかわしくない怒鳴り声を上げる。

 すぐさまクラリスとバリーが恭しく頭を下げると、使用人の面々も帽子かぶっている者は取って礼をし、手にぞうきんやら道具を持っているものは床に置いて礼を取った。

「お父様、エリィが誰かに襲われたの…」

 エイミーが泣きそうな顔で俺を抱きしめたまま言った。

「なんだとッ!?」

 それを聞いた長女エドウィーナと次女エリザベスが、こちらに駆け寄ってひざまずいて俺を抱きしめた。「大丈夫?」「怪我はない?」など優しい言葉が頭上から落ちてくる。美女三人に囲まれ、いい匂いに包まれる。これは悪くない。うむ、悪くないぞ。

「旦那様、どうか討ち入りの許可を」
「下衆の脳漿をぶちまけて参ります」

 クラリスとバリーがこわい。

「おだまりッ!」

 母が底冷えする金切り声で一喝した。

 場にいた全員が全身を硬直させ母を見つめた。

「あなた」
「ああ」

 母と父はうなずいてエントランスを上がっていった。そして一分もしないうちに、完全武装して、出てきた。

「タダじゃおかないわよ」
「ああ」

 なんだろう。すごく冷静なところが却って怖い。恐ろしい。
 特に母の目は野生の鷹のようにくわっと開かれ、らんらんと獲物を探している。
 マミーが一番怖いッ!

 ゴールデン家に冗談は通じない、ということが今日よくわかった。

 クラリスとバリーが、静かに父と母の背後に付き従った。気づけばコックとメイド達も各々、槍やらバスタードソードやらメリケンサックを装備して列に加わった。

「四人は家で待っていなさい」

 母は俺たち四姉妹に厳命すると、キッと前方を睨んで、杖を振り上げた。

「爆炎のアメリアと呼ばれたわたくしを怒らせたらどうなるか、身をもってわからせてあげるわ」


 俺はすべて理解した。


 ゴールデン家で一番強いのは母だと。


 間違いなく母が最強だと。


 その後、俺は討ち入りしようとする母と父、クラリスとバリーを説得するのに小一時間を要した。

エリィ 身長160㎝・体重94㎏(-12kg!)前回と変わらずです。
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