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エリィ・ゴールデン ~ブスでデブでもイケメンエリート~ 作者:四葉夕卜/よだ

第四章 グレイフナーに舞い降りし女神

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第38話 魔闘会でショータイム!⑥

大変お待たせ致しました。やっと書けました・・・。


 皇太子との対談は一時間ほどで終わった。

 というのも、エリィがポカじいにもらった召喚魔法陣のメモ用紙はエリザベスとエドウィーナが配属されている解析班が研究しており、俺がどうこう口出しをして解決するものではないからだ。

 皇太子は落雷魔法と関係があるのでは、と期待をしていたようだ。

 とりあえず対談の途中で鼻血の痕跡をハンカチで拭いてくれてよかった。
 あのままだったら話に全く集中できなかったぞ。

「では、エリィ嬢。またお会いしましょう」

 皇太子がエリィの手の甲にキスをして颯爽と研究室を出ると、女性で構成された解析班の面々から黄色い悲鳴が上がった。

 皇太子、女子に人気があるらしい。
 まぁイケメンで次期国王、器量良しとなれば女が放っておかないだろう。

 しかし、エリィは皇太子にまったくその気がない。

 ハートで分かるのよ、ハートで。
 エリィの心臓がまったく高鳴ってないんだよ。

 皇太子よ、エリィが顔を赤くしたのは手の甲にキスされて恥ずかしがってるだけだから、くれぐれも自分に惚れているとか勘違いするなよ。去り際、エリィ嬢は間違いなく僕に気があるなフッフッフ的な笑みをされても困るぜ、ホント。

 あと、いい加減男との絡みに慣れようね、エリィさん。こっちとしては毎回顔面がホットになるから、そのたびにこれは俺のせいじゃねえよって言い訳をしてるわけよ。

 しかも男連中のほとんどが、エリィがリンゴみたいに真っ赤な顔をすると脈ありだって思いっきり勘違いする。
 実はこれが原因で何度か魔法学校で告白されてるんだよな……。

 男性諸君の気持ちは大いに分かる。

 超美少女で胸が大きい優しそうな女の子が、自分が手を取って挨拶をしただけで顔を真っ赤にして足をもじもじ擦り合わせたら、「あれっ、これって脈あるんじゃね? イケるんじゃね?」って普通思うよな。正直言って、俺でも勘違いする可能性あるわ。

 それでも……あとで火消しに回る俺の気持ちにもなってくれ。なぜスーパー営業マンの小橋川が「あなたのことが嫌いとかそういうんじゃないんだけど、異性としては見れませんわ……ごめんなさい」って乙女チックなセリフを言って回らなきゃいけないんだよ。あれ、すげえ嫌なんだよ。モテる女子の大変さを痛感した。

 頼む。本当に頼むぞ、エリィ。
 ほんの少しでいいから“男性免疫力”をつけてくれ。
 お兄さん、切に願う!


 とまあそんなこんなで対談が終了し、エドウィーナ、エリザベスの二人と仲良く馬車に乗って、俺だけヤナギハラ家の会食に向かった。

 ボブ郎のせいで時間を取られ、スケジュールの順番が前後してしまった。
 ファッションショー打ち合わせ、対談、孤児院、会食、訓練の順番であったが、打ち合わせを後回しにしてもらうよう使用人に伝えてある。

 今頃、グレイフナー王国劇場ではファッションショーのゲネプロが行われているはずだ。

 あとは、ジャックとグレンフィディックに“焼肉レバニラ”がお縄になった旨を報告するよう使用人に追加で言い含めておいた。
 彼らはすぐに動くだろう。
 警邏隊の留置所で似顔絵の検分が始まれば、あっという間にリッキー家の闇取引場所が判明するはずだ。



     ☆



 皇太子とエリィの対談が終わった頃、リッキー家は大騒ぎになっていた。

 跡取り息子のボブが白昼堂々クラスメイトを手篭めにしようとし、しかもその相手が貴族の娘。さらには最悪のタイミングで国家権力を有する皇太子が現れて現行犯逮捕され、その場でお裁きを受けるという、近年でも聞いたことのない恥を晒したのだ。

 ボブは常にリッキー家と父親に守られてきた。
 何かヘマをしても父親が強引にもみ消してくれるため、それに甘えて育ってきた。

 そんなボブでも、冷静な状態であればもっとまともな手を使ってエリィ誘拐を企てただろう。
 だが、ボブはエリィに対して冷静でいられなかった。

 どれだけイジメても屈しない女子生徒。
 屈するどころかボブの行動を正そうとしてくる、芯の強い女の子。

 いつしかボブは彼女に執着し、ダイエットでありえないほどの美人になって戻ってきたエリィを、純粋に欲しいと思った。ほの暗い気持ちではあったが、彼女に惹かれてしまう自分がいた。

 ボブはそれが許せなかった。

 デブでブスだったエリィより常に上にいるつもりが、いつの間にか自分が追いかける立場になっていることに腸が煮えくり返った。


 そんな息子の胸中を知らず、そして知ろうともしなかった父親のジョン・リッキー。


 ボブにエリィ誘拐を一任してしまったことが、ジョン・リッキーにとって最大の失敗であった。

 息子の言動や行動に少しでも注視していれば心の機微に気づいたかもしれず、ボブが失敗すると予想して親らしく別の方向へと導いてやり、こんな大スキャンダルになる事態は未然に防げたかもしれなかった。

 だが、ジョンにそんな余裕はなかった。
 起こるべくして起こった事件としか思えない。

 ジョン・リッキーは魔力妨害の手錠をかけられて玄関口に現れた息子を見て、最初は手品ショーの余興かと思った。

 しかし、屈強なシールド団員が厳しい顔つきで息子ボブの背後に立っている姿を見て自分が大いに間違っていることに気づき、思考が停止した。

「ボブ・リッキーはゴールデン家四女、エリィ・ゴールデン嬢の誘拐未遂、ならびに魔薬バラライ使用幇助の罪により本日をもってグレイフナー魔法学校を退学となった。魔闘会終了まで自宅謹慎とし、魔力結晶鉱山で十年の労役を課す。 謹慎期間はシールド団員が二名監視にあたる。この謹慎期間は皇太子殿下の温情だと思い、息子との別れを惜しむがいい。また、謹慎期間中、我々に危害を加えるようであれば罪状が増えることになる。留意されたし」

 シールド団員が一歩前へ出て、罪状を大声で述べた。

 我に返ったジョン・リッキーがまくし立てるように説明を求めると、つらつらとシールド団員が質問に答える。


——学校の校門前でレディを誘拐しようとした。


——配下の男二人を使ってエリィ嬢と友人のアリアナ嬢に魔法を使った。


——返り討ちにされ、偶然学校に来た皇太子殿下に裁きを受けた。


 信じがたい所業と偶然のオンパレードにジョン・リッキーは手で顔を覆いながら天を仰ぎ、血の気が引いて死人のような顔色になった。

 手を顔から離したあと、人形のごとく放心している息子を見て、ジョンは現実から少しでも逃げるために冷たくなった拳を振り上げた。

「大馬鹿者がぁぁっ!」

 顔面で拳を受けた息子のボブが吹っ飛び、エントランスホールをごろごろと転がった。

 シールド団員の二人はピクリとも表情を崩さず、代わりに大胸筋を左右交互にビクビクッと跳ねさせ、ボブの転がったところまで歩くと直立不動の姿勢になった。助け起こす素振りなど全く見せない。

「マードック! マードックを呼べ!」

 ジョン・リッキーが発狂したように叫ぶと、近くにいたメイドが怯えた顔を作って転がるように駆けていく。

 ジョン・リッキーはそんなメイドに一瞥も送らず、目障りな息子ボブとシールド団員を適当な客間に押し込め、青い顔でエントランスをぐるぐると歩き回った。

「偽りの神ワシャシールに見初められたか?!」

 悲痛な言葉しか出てこず、解決策は思いつかない。

 しばらくすると玄関が騒がしくなり、マードックがめずらしくあわてた様子で家に飛び込んできた。

「旦那! ちょうどいいところに!」
「遅いぞ! 何をしていた!」
「ヤギークの野郎が警邏隊に捕まりました」

 マードックが息も切れ切れに言うと、ジョン・リッキーは彼の言った言葉の意味が理解できず、呼吸を忘れてごつごつしたマードックの顔を眺めた。

 そんな主の反応など気にせずにマードックが報告する。

「誘拐未遂と魔薬バラライの使用で現行犯逮捕です。もうあいつはダメだ、使えねぇです」
「ふざけるなっ!」

 怒りに任せてジョン・リッキーはマードックを殴りつけた。
 マードックは甘んじて殴打を受けると、すぐに“治癒ヒール”で回復して、いつもの不遜な態度に戻った。殴られたことで冷静になったらしい。

「………どう対処されるんです?」
「ヤギークが捕まったのは本当か? 我々を陥れる流言ではなく?」
「ええ。この目で留置所にぶちこまれている姿をしかと見ました。あいつ、白目を向いて呆けていましたぜ」
「……そうか」
「で、旦那………どうするんですかい?」

 マードックの問いに、ジョンは答えられない。

 魔闘会は『倍返し・10個賭け』でジリ貧。
 息子は退学処分。
 最高戦力の二柱の片方であるヤギークが逮捕。
 親分であるガブリエル・ガブルからは人魚オークションを意地でもやれと無茶振りされている真っ最中。

 仮に、魔闘会で全敗し、裏取引の現場を押さえられでもしたら……


———リッキー家は終わりだ


 ジョン・リッキーは足元から何かが崩れていくように思えた。自分の身体が奈落の底へと沈んでいくように感じてエントランスの照明器具がぐにゃりと歪んでぼやけ、血吸いモグラが寝床をのっそり移動するかのように視界が鈍重に明滅した。



     ☆



 エリィがヤナギハラ家邸宅に到着した頃、グレイフナー王国警邏隊本部留置所にはサウザンド家秘書のジャック、サウザンド家に仕える木魔法スペシャリストのジャヴァ・カリー、雑誌Eimy専属カメラマンのテンメイがいた。

 ジャックとテンメイは挨拶を交わした仲ではあるが、互いに深く話したことはない。
 めずらしい取り合わせだ。

「エリィお嬢様からの使いによれば、あの男がコードネーム“焼肉レバニラ”だというお話です」

 生地が厚く防御力の高い執事服に身を包んだジャックが、恭しく一礼した。
 写真家テンメイは初めて訪れた留置所に興奮して、カメラのファインダーを右目に押し当てながら鼻息を荒くする。

「これが留置所ですか。すえた臭いと不穏な空気が見事に混ざってエェェクセレンッ!」

 魔力妨害が施された鉄格子を激写するテンメイ。
 彼のずんぐりむっくりな身体が機敏に動き、ペラリと現像された写真をキャッチする。

「どうです、このバイオレンスでファンタスティックなフォーは」

 テンメイに写真を見せられたジャックは、「変な写真家だけど腕は確かよ」とエリィが過去に言っていた記憶を思い出し、真顔のまま写真を受け取った。

 写真には鉄格子が写り、中にいる四人の犯罪者がボヤけて奥に浮かんでいる。
 見たことのない絵画のような風合いで写真が撮れていたため、ジャックは気づかずうちに「おお」と声を上げた。

 撮る瞬間ひどくうるさいが、彼の腕はいいのかもしれない。
 ジャックは写真撮影技術に感心するとともに、テンメイに焼肉レバニラを撮るように伝える。

 テンメイはジャックの言葉を受け、ヤギークのいる牢屋前まで進み、警邏隊に錠前を外して欲しいと頼んだ。サウザンド家の根回し付きで申請を受けている警邏隊は慎重に錠前へ鍵を入れ、ガチャリとひねった。

 牢屋は六畳ほどあり、床は硬い石畳になっていた。
 焼肉レバニラは両手両足に魔力妨害の腕輪を装着した状態で手足をだらりと伸ばし、壁を背にして牢屋の隅っこで失神している。

 ジャック、テンメイ、木魔法スペシャリストのジャヴァ・カリーが低い入口をくぐって牢屋の中に入ると、キャスケット帽をかぶった警邏隊が、何が起きても対処できるよう杖を構えた。

「被写体が白目を剥いていてはモンタージュと照合できないか……。ジャヴァ、どうだ? 記憶とこの男は合致するか?」

 ジャックが焼肉レバニラを見下ろしながら言い、背後にいる木魔法スペシャリストの男、ジャヴァ・カリーに尋ねた。

「残念ながら……私の記憶にはない男のようです。写真を撮っていただき、部下と確認する必要があります。あと、カレーが食べたいです」
「そうか。テンメイ殿、私が焼肉レバニラを正気に戻しますので準備してお待ちください」
「はいっ!」

 テンメイは言うが早いか、カメラの三脚を立て、角度を調整し、ファインダーを覗いた。

「若い頃、なかなか起きなかったグレンフィディック様に施した技をお見せしましょう」

 ジャックは焼肉レバニラへおもむろに近づくと、彼の尻たぶをそっとつまみ、耳元へ自分の口を持っていった。

 テンメイとジャヴァ・カリーは、執事服を着たジャックをじっと見つめる。

 壁を背にして気絶している焼肉レバニラの尻たぶを右手でつまみ、顔を寄せるジャックは端から見ると介抱してこれから男を抱き起こそうとしているようにも見えた。

 ジャックは精神を統一して気を充分に練ると、くわっと両目を開いて思い切り焼肉レバニラの尻たぶをひねり上げた。

「尻に矢が刺さったぞおおおおおおぉぉぉおおぉおおおっ!!!!」

 冷静なジャックが急に大声を張り上げた。
 尻をひねられ、耳元で鼓膜を弾け飛ばさんばかりに叫ばれた焼肉レバニラはたまらない。

「矢ぁいいいいいぃぃぃいいぃたぁぃっ!!!?」

 焼肉、起床。

「エクスカリボォォゥウ!!!」

 テンメイ、激写。

「ッッ?!」
「ひぃっ?!」

 ジャヴァ・カリーと警邏隊の護衛が驚いて持っていた杖を取り落とした。

「さあ、あの記念撮影具を見ろ。しっかり目を開けて見るんだ」

 驚きでうろたえている焼肉レバニラの耳を強引に引っ張り、ジャックがカメラのレンズへ顔を向けさせる。
 すると、シャッターチャンスを逃さずにテンメイが写真を撮った。

 ぺらりぺらりと写真が二枚、カメラの横から出てくる。
 テンメイは素早く手に取ると、エェクセレンッ、とつぶやいてジャックに渡した。

 ジャックは写真を見て、二枚目なら照合に最適だと思った。

 焼肉レバニラは胸から上を激写されていた。
 証明写真のような真顔で完全なカメラ目線。ジャックが手を引っ込めた瞬間にテンメイがシャッターを切っており、余計なものは一切写っていない。

「サウザンド家へ持っていけ」

 ジャックから写真を受け取ったジャヴァ・カリーは機敏に一礼し、カレーが食べたいと言いながら留置所を飛び出した。

 そしてジャックは一枚目の写真に目を落とす。
 尻をひねられてひどく滑稽な顔をした焼肉レバニラがくっきり写っており、これはエリィお嬢様が好きそうだ、と思った。

「一枚目はエリィお嬢様にお渡ししましょう」
「それは名案です」

 エリィは淑やかなお嬢様なのに、なぜか滑稽なもの、可笑しな出来事、ギャグの類が好きだった。
 それを知っているテンメイはジャックから一枚目の写真を受け取った。

「テンメイ殿、ご協力感謝いたします」
「こちらこそ、誠に良き経験ができました。偽りの神ワシャシールが嘲笑しながら酒を飲んでいるようなインスピレーションが沸きましたよ……。では、私はファッションショーの打ち合わせに戻ります。ジャックさんも後ほど来られますか?」
「ありがとうございます。私は警邏隊隊長と話し、サウザンド家に戻ってリッキー家の取引先を見つけたいと思いますので、エリィお嬢様にはそのようにお伝えいただければ幸いです」
「おまかせください。我が心の妖精、エリィ嬢に伝えておきます」

 テンメイは慇懃に礼をし、カメラを専用のケースにしまって背負うと、そのまま振り返らずに留置所から出ていった。

 ジャックはその背中に敬意を払い、長年の執事職で培った丁寧で流麗な礼を取ると警邏隊の隊員に声をかける。
 すぐに許可が下り、隊員とともに留置所の奥へと消えていった。



     ☆



 留置所でリッキー家を追い詰めるやり取りがされているとは夢にも思わないジョン・リッキーは、半殺しの目に合う覚悟でガブリエル・ガブルのいるガブル家邸宅へとやってきた。

 彼の顔はひどいありさまだった。

 ここ数日ろくに寝ていないため目に隈ができ、頬が痩け、血の巡りが悪いのか顔色が青い。
 普段から“蛇男”と陰口を叩かれており、健康そうには見えない彼の顔は、もはや幽鬼やゾンビのようであった。

「入れ」

 傲岸不遜な執事らしき男に指示され、ジョン・リッキーはガブル家の接待室へ入室する。豪華で大きい調度品や家具が並び、煌々と照明器具が光っているため、疲労の濃い両目にはいささかつらかった。

 ジョン・リッキーは目をしばたき、ソファに座らず立ったままガブリエル・ガブルを待った。

 十分ほどすると乱暴に奥の扉が開き、二メートルを超える体躯を有する狼人男、ガブリエル・ガブルが部屋に入ってきた。付き人の二人である熊人族の男と牛人族の女が彼のあとについて背後に陣取る。

 途端に部屋の空気が圧迫されたように感じた。

 どかりとソファに腰を下ろし、ジョンに座るよう促すと、ガブリエル・ガブルは背後に控えている牛人族の女にワインを持ってくるように指示を出す。
 ジョン・リッキーは音を立てぬように対面のソファに腰を下ろした。

「夜更けに俺を呼び出すとはいい度胸だな、ジョン」

 ガブリエル・ガブルが波々と注がれたワイングラスを受け取り、高圧的な物言いで尋ねてくる。
 鋭い双眸にジョン・リッキーは軽く身震いした。

「大変なことになりました……」

 叱責され、魔法を何発かもらう覚悟でジョン・リッキーは状況を説明する。
 言葉を重ねるにつれてガブリエル・ガブルの眉間に皺が寄る。

 それでもジョンは話をやめるわけにはいかない。
 ここで助けを求めねば、リッキー家はボロボロになる。

「……ということになり……我がリッキー家の戦力は著しく減りました。つきましては……どうにか魔闘会で取引する人魚オークションを延期できないでしょうか……」

 言い切ったジョン・リッキーは頭を垂れて目をつぶる。
 ガブリエルの顔を見るのが恐ろしかった。
 どんな獰猛な顔で見下ろしてくるか分からない。ただ、奇跡的に許してもらえることを祈った。

「ジョンよぉ……」

 グルルルル、と喉を鳴らす不穏な音が聞こえると、続いてとんでもない破壊音が響いた。
 思わずジョンはソファから飛び上がった。

 顔を上げれば、目の前にある高級なテーブルが真っ二つになっており、その中央でガブリエル・ガブルの大きな拳が浮いていた。

「おまえはどこまでグズなんだ、ああっ?」
「も、申し訳ございません!」

 ぺこぺこと頭を下げるジョン。
 その様子にさらに苛ついたらしいガブリエルは立ち上がってジョン・リッキーの胸ぐらをつかみ、片手で宙吊りにした。

「ぁ………く……苦し………で………」
「人魚オークションとバラライの取引は絶対にやるんだよ。何度も言わせるなよぉ」
「………っ」

 ジョン・リッキーは苦しさと絶望で涙目になりながら、壊れた機械のように首を縦に振る。

 ガブリエル・ガブルはジョン・リッキーの青い顔を見て、ゴミを捨てるようにソファへ放り投げた。

「げほっ、ごほっ、ごほっ」
「ジョンよぉ、取引場所はあそこを使え」
「はぁ……はぁ……あそこ、ですか?」
「四番街の『甘い社交場』だ。人魚オークション、バラライ取引、両方やればいい」

 ジョン・リッキーは喉をさすりながら、まじまじとガブリエルの顔を見つめた。

 たしかに『甘い社交場』は地下に広大な設備があり、表向きはダンスホールなので人が出入りしても疑いは持たれない。取引場所の候補には入っていた。

 だが、王宮の中心部に近いことと、魔闘会で入り乱れる人々が不正行為や犯罪を犯していないか屋内点検という体で警邏隊が乗り込んでくる可能性も高かった。しかも同場所で“人魚オークション”“魔薬バラライ”の取引を行って摘発された場合、一網打尽にされてしまう危険もある。
 ジョンとしては、取引場所はバラバラにするつもりであった。

「心配するな。警邏隊はこちらで買収しておく」

 ガブリエル・ガブルが無表情に言った。
 この男、傲岸不遜で常に態度は大きいが、一度言葉にした事柄は必ずやってくれる。その一点だけ、ジョン・リッキーは彼を信用していた。

「あ、ありがとうございます……」

 ジョンは身体に入っていた力が弛緩した。
 救われた気分になった。

 しかし、ジョン・リッキーは知らない。
 その場所は重要な取引で多々使われるため、焼肉レバニラ、カリカリ梅の両名が出入りをしている。

 面が割れた焼肉レバニラのモンタージュ照合が済めば、エリィ陣営は『甘い社交場』を取引候補として考えるだろう。
 追加でカリカリ梅の面が割れれば、エリィ陣営は『甘い社交場』を確実に怪しいと思い、スパイを潜り込ませて取引当日に摘発する算段をつけるはずだ。

「ふん……」

 ガブリエル・ガブルはワインをぐいと煽った。

 さすがのガブリエルもリッキー家の所有する店や建物にエリィ陣営が膨大な人員を配置し、出入りしている怪しい人間のモンタージュを片っ端から作っているという発想は浮かんでこない。

 ジョン・リッキーは、どうも熱のこもっていないガブリエルの様子に不安を覚えた。
 リッキー家は切り捨てられる……。

 そんな後ろ向きな発想ばかりが浮かぶも、何かの勘違いだと自分に言い聞かせた。


「………」


 その後、簡単な打ち合わせを済ませ、ジョン・リッキーは入室前より僅かばかり軽い足取りでガブル邸宅を後にした。



     ☆



 ジョン・リッキーが帰った後、ガブリエル・ガブルは自室に戻った。
 その直後、魔闘会の戦いで指名を受けていると運営から連絡が入ったことに顔をしかめた。

 ガブリエル・ガブルは狼人族特有の大きな手でメイドから手紙を受け取り、 不機嫌になると喉を鳴らす癖があることに頓着せず、グルルルルと唸り声を漏らしてそれを見つめた。


「指名戦・下剋上、か……」


 魔闘会は国を挙げての一大イベントであり、王国主導のギャンブル大会である。そのため、参加貴族は当日に対戦相手を知らされる。

 指名戦では矢文でブラフを送ったりすることもあるが、ほとんどの場合はない。
 それもそのはず、先に対戦相手が分かってしまうと大金を賭ける大店や金持ち貴族から余計な圧力がかかり、八百長が行われてしまう可能性があるからだ。魔闘会運営陣にとって情報漏えいを最小にし、八百長への対策を講じる業務は重要であった。

 だが唯一の特例がある。

『指名戦・下剋上』だ。

 この『指名戦・下剋上』は領地10以下の貴族が領地300以上の家に戦いを挑むことができる、『倍返し』に並ぶ大博打システムだ。

 賭ける領地は持ち領地のすべて。
 勝てば指定した領地を1つ奪うことができ、負ければすべてを失う。

 使えるのは一度きりで、過去成功した例はほとんどなく、使用する家も稀だ。

 一見すると領地が1つしかもらえないため下剋上システムは割に合わない、と考える者もいるが、家が取り潰しになる可能性をはらんだ一世一代の大博打なので見返りは非常に大きい。

 グレイフナー王国では領地を約15000に細分化し、すべてに名前と番号を振って土地の価値を金額で計上して均一化し、勝利者に領地を割り振っている。

 魔闘会で増える領地は自領地と地続きになった場所を与えられることが多いが、全然違う場所を与えられたりもする。王国側の意図が多く含まれたものであり、家々は場所を指定できない。

 そして、重要拠点は割譲が難しいため滅多にトレードされない。

 例えば、王国が接収したサークレット家のミスリル鉱山街は価値が高いので、街一つで領地10個分とカウントされる。
 サークレット家と戦って勝利した家がミスリル鉱山街の10分の1を獲得した場合、統治がややこしくなるため、サークレット家がそのまま管理をし、収入の10%を割譲することになる。半数以上、つまり6個奪えば統治権利も獲得できる仕組みだ。

 王国側も猥雑な処理が増えるため、わざわざそんな場所を勝利者に与えない。
 よって、重要拠点は最後まで残ることが多く、家々の重要拠点を魔闘会で奪うことはなかなかに難しいというのが現状であった。

 しかし、この『下克上』システムは領地を一つ指定できる。

 下位貴族が利権の大きい領地を一つ得られれば、それだけで大きな収入源となることは明白だ。

 仮に、対戦者がガブル家の城があり金脈のある本拠地『サレセテレス』という街を指名し、下剋上で獲得すればその有用性は計り知れないものになる。
 有利な条件でどこかの領地とトレードしても良し、ガブル家に莫大な金で売っても良し、様々な交渉に使える。

 勝てば天国負ければ地獄。

『指名戦・下克上』はまさに一攫千金、諸刃の刃だ。

 下剋上システムが使われた場合に限り、会場を盛り上げるため王国が先んじて大々的に対戦相手と日時を発表するのは通例だった。

 魔闘会三日前のタイミングで対戦相手が知らされることなど、『指名戦・下剋上』以外にありえない。

 それを悟り、ガブリエルは不愉快になった。
 ガブル家に喧嘩を売るなど馬鹿か阿呆の所業。家の権威が落ちる。

「……クソが」

 グレイフナー王宮の魔蝋印を割り、ガブリエルが苛立たしさを感じながら筒状になっている羊皮紙を開くと、黒々とした魔インクで書かれた文字が彼の眼前に浮かび上がった。



—————————————————————————
グレイフナー王国魔闘会運営より通達


 グランティーノ家が下剋上を発動。条件を満たしているため運営はこれを受諾す。

 魔闘会の規約に基づき、貴公が勝利した場合はグランティーノ家が所有するすべての領地権利がガブル家へ移行し、敗北した場合はグランティーノ家へ指定領地「狐人の里」の権利が移行する。

 指定領地・「狐人の里」

 対戦日時・魔闘会五日目

 ガブリエル・ガブル 対 アリアナ・グランティーノ


 以上

     魔闘会運営責任者 チョべリ・グー・パルメザン
—————————————————————————


 ガブリエルは最後まで手紙を読むと、ぐしゃりと羊皮紙を握りつぶした。

 狐人族の男で黒魔法の使い手、“漆黒のグランティーノ”。
 その娘が、生意気にも楯突いてきた。

 あの狐人の男は自分と同等の強さを誇っていたため、罠に嵌め、妻を人質にして『生死不問・パリオポテスの決闘法』で殺した。

 決闘に勝ったはいいが、女は後宮侍女として手出しのできぬ王宮へ逃げてしまい、愛人にすることができなかった。

 今でもあのけぶるように長い睫毛や蠱惑的な瞳を思い出すことができる。
 誰もが振り返るいい女であり、狼人族の男として奪わずにはいられなかった。

「グルルルル……」

 ガブリエルは潰した手紙を壁に向かって放り投げ、腰から杖を引き抜き、無詠唱で氷魔法下級“氷牙アイスファング”を唱えた。

 杖の先から氷結した三十ほどの牙が現れ、弾丸のように前方へ飛んでいく。

 ダダダダダッ、と壁を穿つ音が室内に響き、手紙が“氷牙アイスファング”によってはりつけにされた。

 ガブリエル・ガブルは忌々しげに杖をホルスターへ戻し、大きな舌打ちをして備え付けのソファへ乱雑に座った。


「グランティーノ……」


 ガブリエルのつぶやきは暗い室内の空気に飲まれてどろりと消えた。
 窓の外からは三日後に迫る魔闘会の熱気が漂っており、夜空へ喧騒が吸い込まれ、高い塀に囲まれたガブル家の邸宅まで薄っすらと響いてくる。

 “ライト”の照明が首都グレイフナーから消える様子はなく、ガブリエルは外界のらんちき騒ぎに胸糞が悪くなり、もう一度舌打ちをした。




      ☆




 ゆっくりと、しかし確実に時は進む。


 ゴールデン家の思惑に迎合した、サウザンド家、ヤナギハラ家、ピーチャン家、ササイランサ家、ワイルド家。


 ジャックとグレンフィディックは暗躍し、ジョン・リッキーは闇取引の準備を進める。


 ミラーズとコバシガワ商会はファッションショーの準備で寝る時間もなかった。


 応援練習に余念のないクラリス、バリー、エイミー、ゴールデン家一同。


 勝利を求め、ポカじいの指導を深夜まで受けるアリアナと、腹に一物を抱えていそうな対戦相手のガブリエル・ガブル。


 魔闘会初出場となるエリィと、馬車に揺られてグレイフナーへ向かう、複合魔法・天視魔法の使い手——クリフ・スチュワード。


 様々な思惑と感情が交錯する中、魔闘会の幕が開けようとしていた。






=====================
グレイフナー王国貴族所有領地数

 1.バルドバット家(1002)
 2.サウザンド家 (1001)
 3.テイラー家  (822)
 4.ヤナギハラ家 (746)
 5.ササイランサ家(600)
 6.ガブル家   (550)
――――――――――――――――――――
 7.ジャクソン家 (470)
 8.サークレット家(420)
 9.ピーチャン家 (402)
10.クラーク家  (367)
11.ウォーカー家 (340)
12.ヤングマン家 (322)
13.ジュウモンジ家(285)
14.エヴァンス家 (252)
15.シュタイガー家(238)
16.ツ家     (220)
17.ストライク家 (209)
18.ワイルド家  (150)
19.リッキー家  (150)
20.マウンテン家 (124)
21.シルバー家  (119)
22.ショフス家  (111)
23.モッツ家   (106)
24.ギャリック家 (103)
25.ゴールデン家 (100)
――――――――――――――――――――
26.フィッシャー家(96)
27.ムーフォウ家 (92)
      ・
      ・
      ・
332.グランティーノ家(2)
      ・
      ・
=====================
+注意+
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