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エリィ・ゴールデン ~ブスでデブでもイケメンエリート~ 作者:四葉夕卜/よだ

第四章 グレイフナーに舞い降りし女神

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第34話 魔闘会でショータイム!②




——グレイフナー王国領地数2位、サウザンド家邸宅




「おおおおおっ! エリィ! よく来てくれた! さぁ、そこのソファに掛けなさい」

 グレンフィディックのじいさんはシャープな顔立ちに笑顔を浮かべ、灰色の瞳で俺とソファを見た。

 久々にエリィと会えて相当嬉しそうだな、じいさん。
 魔闘会の『倍返し・10個賭け作戦』がなかったら、母アメリアは永遠にじいさんとエリィを会わせなかったかもしれない。

「失礼いたします」

 サウザンド邸宅の談話室に設えてある最高級品らしきソファに足を揃えて座った。付き人として付いてきたクラリスが静かに後ろに控える。
 おお、ソファめっちゃふかふか。

 前を見ると、複雑な魔法陣が刻まれたテーブルを挟んで、グレンフィディック・サウザンドが一人がけのソファに座っていた。

 しばらくすると、じいさんの息子であり家督を譲ったグレイハウンド・サウザンドが談話室に入ってきた。

 じいさんの息子、グレイハウンド・サウザンドは灰色の瞳と、灰色の髪をしている。その灰色の髪は短く刈られ、じいさんが細面なのに対してグレイハウンド・サウザンドはがっしりした骨格をしており、貴族の当主というよりは軍人に近い雰囲気を発していた。歳は四十前後だろうか。

「はじめまして、エリィ嬢。噂は聞いているよ。私が父グレンフィディックから家督を譲られたグレイハウンドだ」

 こちらに笑いかけてくる現当主はなかなかに人当たりがいい。
 しかし、内包する魔力量はかなり多そうだ。
 物腰にも隙がない。

「ごきげんよう、グレイハウンド様。ゴールデン家四女、エリィ・ゴールデンでございます」

 立ち上がってレディの礼を取った。
 グレイハウンドがソファに座るのを見届け、こちらも腰を下ろす。

「おお、ジジイから嫌ってほど聞かされていたが噂に違わぬ美しいレディだ。所作も優雅で可憐だ」
「お、おい」

 息子の言葉にグレンフィディックのじいさんが若干うろたえた。
 どうやら先の一件でじいさんの信用は地に落ちたらしいな。自業自得だ。

 そんなじいさんの反応など気にせず、グレイハウンドががっしりした肩をすくめた。

「俺が二十歳若ければ求婚していただろうな」
「まあ……」
「どうだ、エリィ嬢。うちの長男エリクスと一度会ってくれないか? 俺と違って美形だ。魔法も上手い。器量もいいぞ。いとこではあるがそれぐらい問題でもあるまい」
「か、考えておきます……」

 あーあー、またエリィが顔を赤くしてるわ。
 図々しいのはじいさん譲りって感じだな。

 後ろでクラリスが「うおーっほん。うおーっほん」とわざとらしく咳払いをしているのがちょいとうるさい。

「ああ、今日はそんな話ではなかったな」
「そうですわ」

 お互いに気を取り直した。
 クラリスも咳払いをやめる。

 今日の訪問は『倍返し・10個賭け作戦』に参加するか否かの最終確認だ。

 あの作戦を実行すると決めてからの父ハワードは素早かった。
 すぐに自らが夜陰に紛れて五家へ赴き、口頭で概要を伝えている。時間がないため、次の日の今日が回答の期限だ。

 サウザンド家のメイドが紅茶を持ってきてテーブルに置き、何やら杖を取り出して呪文を唱えた。
 テーブルに刻まれた魔法陣がぼんやりと輝く。

 気になって手を当ててみると、ほんのりと温かった。
 なるほど、紅茶を冷やさないための装置らしい。

「結論から言おう。サウザンド家はゴールデン家が提案した『倍返し・10個賭け作戦』に参加を表明する」

 グレイハウンド・サウザンドは灰色の目を細くしてうなずいた。

「リッキー家、ガブル家は何かを隠している。また、ここ数週間バルドバット家とガブル家、そして別勢力が頻繁にやり取りをしている情報を得ている。国王の許可が下りているのであれば、断る理由はどこにもあるまい」
「ありがとうございます」
「話を聞いたときは興奮で全身が震えた。これで燃えないのはグレイフナー王国民ではない」

 グレイハウンドが大きな口を開けて笑った。

 その後、リッキー家、ガブル家、俺が一度も接触したことのない領地数1位のバルドバット家に関する情報を共有した。
 あまり時間がないため、ざっくりとした内容だ。
 二十分ほど話し合い、会話が途切れたところで黙っていたグレンフィディックがこちらを見た。

「エリィが魔闘会に出場するのは本当か?」
「ええ、私がゴールデン家の代表よ」
「そうか……。血縁者が一名出場するルールではあるが、なにもエリィが出場する必要はないのではないか?」

 グレンフィディックは心配した様子でこちらを見てくる。
 久々にエリィを見て庇護欲を大きくしたらしい。

「大丈夫。こう見えて強いのよ」

 エリィみたいに可愛い子が言うと冗談にしか聞こえないな。

「父上、他家の出場者にどうこう首を突っ込むのはよくない。それが目に入れても痛くない可愛い孫であってもな」

 グレイハウンドが冗談めかした口調で笑いつつ、「可愛い孫」というフレーズでグレンフィディックの痛いところをちくりと刺した。

「む……そうであるな」

 厳しい顔をしても、じいさんには威厳の欠片もない。

 グレンフィディックはこうやってチクチクと息子から攻撃されているそうだ。

 パンジーから聞いた話によると、グレイハウンドは当分家督を譲り受けるつもりはなかったらしく、最低でも三年は領地開発をする予定だった。それを急に首都へ呼びつけられ、じいさんが隠居するから家督を継げと命令されたため、かなり立腹しているらしい。一ヶ月経った今でも怒りは収まらず、こうしてじいさんを苛めて憂さ晴らしをしているとか。

「エリィ嬢、リッキー家への宣戦布告はどのようにするつもりだ?」

 グレイハウンドが話を切り替えた。

「矢文がいいかと」
「おお、それはいいな! 戦いの神パリオポテスと契りの神ディアゴイスの決闘のようではないか!」
「そうですわ。玄関前に全家で文を打ち込みましょう」

 ちらりとクラリスを見ると、満足げに首肯している。
 クラリスが「絶対に矢文がいいのです!」と主張したのはこれが理由か。オバハンメイドの神話好き、魔法好きには毎度ため息が出る。ま、彼女のいいところでもあるが。

「では、本日の夜八時きっかりに」
「ですわね」

 エリィスマイルで優雅にうなずいた。



      ◯



——グレイフナー王国領地数第4位、ヤナギハラ家邸宅



 サウザンド家邸宅から十分の場所にあるヤナギハラ家邸宅に到着した。

 玄関で靴を脱ぎ、四十畳ほどの部屋に通される。
 床はすべて畳。
 土足厳禁がヤナギハラ家のルールみたいだ。

 最初は日本家屋みたいだなと感じ、次に壁や扉が普通の洋風なので違和感を感じた。和洋折衷と言っていいのか分からない造りになっている。

「エリィ嬢は正座がお上手ですね」

 座布団の上に正座していると、ヤナギハラ家当主、ジュウゴロウ・ヤナギハラが現れた。

「ごきげんよう、ジュウゴロウ様。わたくしゴールデン家四女、雑誌Eimy総編集長、ミラーズ総合デザイナー、コバシガワ商会会長、エリィ・ゴールデンと申します」

 立ち上がってレディの礼を取る。
 どうせならと思って、隠し立てはせずに肩書をすべて名乗った。

「……サツキが言ったとおりのお嬢さんのようだ」

 ヤナギハラ家当主、ジュウゴロウ・ヤナギハラは袴に似た黒の上下を合わせている。
 丸眼鏡をかけ、色が白く、当主というよりは本が好きな青年に見えた。

 この服は、隣国である水の国メソッドの服装と似ている。
 着物っぽい服装ではあるが裾や襟の形が微妙に違うため、ここが異世界なんだと思わせた。

「だから言ったでしょう?」

 俺の正面に座るサツキが勝ち気に首を上げた。
 彼女の美しい黒髪は腰まで伸びており、畳につくすれすれで揺れている。

「分かったよ、サツキ」

 嬉しそうな娘の顔を見て苦笑し、ジュウゴロウがこちらを見た。

「ご挨拶が遅れました。わたくしがヤナギハラ家当主、ジュウゴロウ・ヤナギハラです。あなたと、あなたのお姉様のことはサツキから聞いております。いつも娘がお世話になっております」
「こちらこそ、いつも姉がお世話になっております」

 ジュウゴロウが丁寧に礼をするのでこちらもあわてて腰を折った。
 なんだか三者面談のような空気で調子が狂うな。この当主、ひ弱そうに見えて営業力が高いような気がする。魔力はあまり感じない。

「お父様は堅いのよ。早く座って」
「こら、客人の前だぞ」
「エリィちゃんはそんなこと気にしないわよ」

 サツキが父親に早く座るよう言葉を投げる。
 ジュウゴロウは微笑しながら「すまないね」と言って上座に座った。

「あ、エリィちゃん。私も魔闘会に出るからね」
「あら、そうなの?」
「ええ。くじ引きで当たったら精一杯戦いましょう」
「そうね」

 サツキが爽やかな笑顔で言ってくる。
 優等生でありながら親しみやすい気軽な雰囲気が彼女にはあった。

「こらこらサツキ。選手登録はすると言ったが出場させるとは一言も言ってないぞ」
「いいじゃないお父様。お母様だって、そろそろサツキには魔闘会を経験させたほうがいいって仰っていたわよ」
「……それは断れないね」
「でしょう」

 どうやらサツキの母親は強烈らしい。

 それからリッキー家、ガブル家の情報共有を行い、『倍返し・10個賭け作戦』についての質疑応答があり、当主ジュウゴロウが作戦参加を了承した。
 それが終わると自然な流れで、お互いのビジネスについて説明が始まった。

 ヤナギハラ家は隣国メソッドとの交易を主に、刀、杖、飾り紐、陶器、酒などを自領で作って販売しているそうだ。

 ここまで話すのにおよそ三十分ぐらいだろうか。
 この当主、話が上手い。

 的確にこちらの意図する内容を話すので、ある程度相手が考えていることを推察してボールを投げてやれば、話がトントン拍子に進む。グレイフナーで会話が気持ちいい相手と出逢ったのは初めてかもしれない。

「倍返し、燃えるわね!」

 サツキはビジネス話もそこそこに魔闘会へのやる気をみなぎらせた。
 活発な美人が元気なのは見ていて気持ちがいいもんだ。

「……エリィ嬢。一つよろしいですか」
「はい、なんでしょうか?」
「その会話術はどこでおぼえたのですか?」
「まあ、会話に術などございませんわ」
「いえいえ、会話には術もあれば花もある。酸いも甘いも人間同士の付き合いは会話から。あなたはそれをよく分かっているのでしょう。はじめ、ゴールデン家当主の代理人としてなぜ四女のあなたが来るのか困惑致しましたが、話した瞬間に疑問は氷解しました」
「まあ、お上手なのですね」

 やべえ、思い切り営業トークかましちまったよ。エリィの存在に違和感を覚えられても困るな。どうする?

「それに、あなたは美しい。あなたの瞳は神話の宝石のように輝いております」
「も、もう……おやめください……」

 照れるな照れるな。
 両手を顔に当ててイヤンイヤンと首を振るな。

「あなたが先程話していた服飾の事業、是非とも我がヤナギハラ家も一枚噛ませてもらえませんか? 先日サツキがメソッドからの輸入品をエリィ嬢の服屋に卸したことは聞いております。メソッドの染め物は上質で上品ですよ」
「そうですわね……それについては魔闘会が終わってから相談いたしましょう」
「必ずですよ。魔闘会が終わった翌日に使者をお送り致します」
「ま、まあ。かしこまりましたわ」

 ミラーズと雑誌を隣国メソッドへの流通することも視野に入れれば、ヤナギハラ家を抱き込むことにデメリットは一つもない。ただ、この当主の才覚には注意が必要だ。油断すれば利権を奪われる可能性も考えられる。このままエリィの正体を謎のヴェールで包んでおくのは悪くないな。

「そんなに警戒せずともいいのですよ。エリィさんに何かしたらサツキに怒られてしまいます」
「そうよ、エリィちゃん。うちのお父様はちょっと目を放すと金儲けのことばかりなんだから」
「それが仕事だからね」
「ほどほどがいいのよ、お父様。やりすぎは禍根を残します」
「分かっているよ」

 当主がまた苦笑した。
 ヤナギハラ家は女が強いみたいだな。ゴールデン家と一緒だ。

「それではお話のとおり、本日の夜八時きっかりにリッキー家へ矢文を打ち込んでくださいませ」

 当主とサツキに一礼し、正座を崩して立ち上がった。

 二人も立ち上がって見送りをしてくれる。
 部屋から出ようとしたところ、ずっと後ろに控えていたクラリスが立ち上がろうとしなかった。正座の状態で固まっている。

「クラリス、どうしたの?」
「お、お嬢様……足がしびれて動きません……」

 正座がつらかったらしい。
 クラリスに“治癒ヒール”をかけてヤナギハラ邸宅を後にした。




     ☆




 ——グレイフナー王国領地数第5位、ササイランサ家邸宅


 エリィがヤナギハラ邸宅を出た頃、ゴールデン家当主ハワードは、ササイランサ家当主のササル・ササイランサと対面し、がっしりと握手を交わしていた。

「ぐほわっぐほわっぐほわっ! あの小狡いリッキー家に『倍返し・10個賭け』とは面白い! 興奮で昨夜は寝つけなんだ! おうゴールデン! おぬしは天才じゃ! グレイフナー王国始まって以来の奇策師じゃ!」
「はははははは……」
「ぐほわっぐほわっ! たまらん! リッキー家当主、あの蛇のごとき男ジョン・リッキーが悔し涙して小便を漏らす姿を想像すると脳内がファイアボールのごとく爆ぜる! なあゴールデン、そう思わんか?!」
「ええ。そうですね……」
「おうゴールデン! おぬしとは今後もうまくやっていけそうだ! ササイランサ家とゴールデン家の繋がりはなかったが、これを期に何かあれば儂に言え! よいな!」
「も、もちろんです……」

 ササイランサ家にハワードがやってきて、作戦の参加可否を聞いたところ、もちろん参加。昨晩開かれたササイランサ家の会議は一秒で終了し、満場一致で『リッキー家滅亡』に票が集まったとのこと。

「参加だ!」とササル・ササイランサが握手をしてから、かれこれ三十分は経っていた。

 あまりの興奮からか、ハワードの手を放すつもりはないらしい。
 しかもササイランサ家当主のササルは身長二メートルを越える巨躯の持ち主。
 ハワードの右手からはぎしぎしという嫌な音がしている。

「ササル殿、そろそろよろしいでしょうか?」

 ハワードが冷や汗を流しながら尋ねる。
 宮仕えをしている同僚が、ササイランサの握手には気をつけろと言っていた意味を理解した。

「なぁに堅いことを言うな! なぜ儂らササイランサ家がリッキー家を許せないのかおぬしには特別に教えてやろう! ぐほわっぐほわっ!」

 ハワードの付き人である執事とメイド長のハイジはどうしていいか分からず笑顔のまま背後で固まっている。ぎりぎりと万力のように締め付ける右手をどうにか粉砕されないように、ハワードはありったけの力を込めた。

 変な笑い方と長話はまだまだ続きそうだった。



      ☆



——グレイフナー王国領地数第9位、ピーチャン家邸宅


 ハワードが握手地獄で苦しんでいる頃、アメリア・ゴールデンは首都グレイフナー一番街に居を構えるピーチャン家に来ていた。

 ハワードとともに来訪する予定であったが、思ったより夫がササイランサ家で時間を食っているらしいので、代わりに長女、次女、三女を連れてやってきた。ハワードがササイランサ家には念のため一人で行くと言っていたことには何か理由があったのかもしれない。後で確認しよう、とアメリアは思った。

 ピーチャン家のサロンに通され、アメリアと三姉妹はソファに座った。

 しばらくして現れたのは素朴な雰囲気の夫婦だ。
 シンプルで上質なおそろいのシャツを着て、手を繋いで歩いてくる。二人とも燃えるような赤毛だ。

「お久しぶりでございます、ドッド・ピーチャン様。ゴールデン家当主ハワードの妻、アメリアでございます。左から長女エドウィーナ、次女エリザベス、三女エイミーでございます」

 母から紹介され、次々に挨拶をするアメリアと美人三姉妹。
 ピーチャン夫婦は四人の美しさと豪華さに思わず目を細めた。

 四人はミラーズが新しく作った色とりどりのパーティードレスに身を包んでいた。

 見たことのない花柄、チェック柄、シースルー、フレアスカート、エレガントな刺繍に、滑べるような手触りがしそうな生地。そんな服を美人で強く、ドッド・ピーチャンと顔見知りである元シールドのアメリア、王国でも美女と名高いゴールデン家の姉妹が着ていると迫力があった。全員が金髪碧眼。おまけに巨乳で手足が長い。

 ともあれ当主ドッド・ピーチャンは気を取り直し、いくぶん出た腹をぽんと叩いて挨拶を返した。
 エリィのクラスメイトで友人のジェニピーとよく似た、赤毛ソバージュの妻も挨拶をして、席についた。

 すぐに紅茶が運ばれてくる。

 難しい対談になるかとアメリアは身構えたものの、当主はあっけなく『倍返し・10個賭け作戦』への参加を了承した。ほんの五分ほどの出来事で、アメリアは拍子抜けした。

 理由を聞くと、どうやらエリィの存在が大きかったらしい。

 娘であるジェニファーがやっとエリィと友達になれたと歓喜しており、この良識ある夫婦はそれを自分のことのように喜んでいた。可愛い娘の友人の頼みともあれば、一肌脱がないわけにはいかない。

 そして、国王の許可が出ていることも大きな後押しになっていた。
 負けても王国側が情状酌量してくれ、ある程度領地は戻ってくるだろうという打算もある。娘の気持ちと家の財政、領地に与える影響や周囲からの反応などをそろばん勘定して、当主はこの作戦参加にゴーサインを出した。伊達にピーチャン鳥で一財産を稼いでいる家ではない。

 そんなこんなで話しが終わると、すぐにエリィとジェニファーの話題になった。二人の母は学校で娘がどのように過ごしているのか気になっており、情報を大いに交換した。

 三姉妹はピーチャン鳥の卵が大好きだったので、飼育場を見学させてもらった。ピーチャン家のメイド達は突然やってきた雑誌モデルのエイミーとエリザベスにいたく感激して、興奮のあまり失神する者も出た。エイミーが光魔法で回復させるちょっとした騒ぎになった。

 あまり遅くなっては魔闘会の準備に差し支えが出るとのことで、対談は二時間ほどでお開きになった。

 今夜八時に矢文を、という伝言を伝え、アメリアと三姉妹はピーチャン邸宅を後にした。



      ◯



——グレイフナー王国領地数第18位、ワイルド家邸宅



 俺とクラリスはサウザンド家とヤナギハラ家の了承を得られたことをゴールデン家に伝え、スルメのいるワイルド家へやってきた。

 時刻は午後三時。
 スケジュール通りの進行だ。

 はっきり言ってこの作戦を断る理由が五家にはない。
 国王の認可は下りているし、領地が増える公算が高く、負けるリスクは通常の『倍返し』に比べて低い。

 色黒のメイドに通され、スルメ邸宅を進む。

 庭の手前でスルメが屋敷からやってきて手を上げた。
 相変わらず顎がしゃくれて暑苦しい顔だ。

「よう、エリィ」
「ハロー、スルメ」
「誰がスルメだよ。誰が」

 スルメがツッコミを入れながら親指を立てて、こっちだ、と庭を指したので、彼の後についていく。

「しっかしおめえは相変わらずやべえこと考えるよな。『倍返し』で10個賭け。クッソおもしれえじゃねえかよ」

 スルメがウキウキした調子で言った。
 ワイルド家は誰がどう見ても好戦的だ。火魔法適性の家系には多い特徴らしいが、ワイルド家は特にそれが顕著だ。

 長い渡り廊下を歩いて庭に出ると、上半身裸の男が肩を組んで何か叫んでいた。
 その周りでメイドやら使用人、家の人間らしき顎のしゃくれた人々が大声を出して手を叩いている。

「ファイアボゥ! ファイアボゥ! ファイアボゥ!」

 庭の中心には大きな火球が浮かんでいて、肩を組んだ男達五名が徐々に近づいていく。
 ファイアボゥの掛け声が大きくなり、じりじりと身体が炎に近づく。
 火球に触れる数センチのところで真ん中の男が「ぐぅっ」という声を漏らし、それが合図になって上裸の男達が下がっていった。

「な、何なのこれ?」
「ああん? 見てわかんねえのかよ。ファイアボール根性試しだよ」
「ファイアボール根性試し?」
「どんだけ火に近づけるか根性見せるんだわ。魔闘会への景気づけだな」

 やはりアホだ。この家はアホすぎる。
 かぶりつくように見るのをやめなさい、クラリス。

「この後、ファイアボール綱渡りと、ファイアボール綱くぐりがあんぞ」
「あなたもやりなさいよ。スルメの丸焼きになったら香ばしい匂いがしそうね」
「誰がスルメの丸焼きだよ、誰がっ」
「あらごめんなさい。しゃくれの丸焼きね」
「うっさいわボケ! 生まれつきだこれは! おめえまじで痩せても失礼だな」
「はぁ、人間の本質って変わらないのよね。知ってた?」
「ドヤ顔で言うな。ツインテール引っこ抜くぞ」

 スルメが両手を下げて髪の毛を引っ張る動作をする。
 別に怒っているわけではなく友人同士のじゃれ合いのようなものだ。

「この様子を見ると、ワイルド家も参加ってことでいいのかしら」
「あったりめえだ。こんなおもしれえこと、ワイルド家が参加しないわけがないだろ。親父なんか昨日からテンション上がりっぱなしで素振りしながらどっかに消えたわ」
「だからいないのね」

 周囲を見渡しても当主はいない。
 スルメに似た濃い顔のしゃくれは十人ぐらいいる。おそらく親類縁者だろう。

「で、おめえアメリアさんと勝負して勝ったらしいな。それ、まじか?」

 楽しげにファイアボール根性試しを見ていたスルメがこちらを向いた。

 スルメの顔はいつになく真剣だ。
 火球に近づきすぎて「乳首の毛が燃えたぞぉう」と叫んでいる輩の声で真剣味は台無しになっているが。

「ええ、そうよ」
「まじか……! ぱねぇな!」

 両手を打ってスルメが破顔した。

「そういうあなたこそ、最近いい調子らしいじゃない」
「まぁな」

 にやりとスルメが笑う。

「親父と対戦したら、結構いい線までいけたわ。おかげでワイルド家初、十五歳で選手登録してもらえることになったぞ」
「まあ! それはすごいわね」
「出られるかは分からねえけどな」

 そう言いつつスルメはいい表情で鼻をこすっている。

 魔闘会出場者はグレイフナー王国では羨望の的だ。
 勝っても負けてもいい戦いをすれば惜しみない拍手が送られ、グレイフナー王国の栄光と繁栄を象徴する魔法使いとして国民から扱われる。強い貴族は街中でコアなファンに見つかると握手を求められたりするらしい。

「修業、頑張っているみたいね」
「まあな。ポカじいさんの課題はキツイけどよ」
「剣の流派も変えたんでしょ?」
「ああ。じいさんに教えてもらってる」

 ポカじいは一通り武術ができる。
 剣、棒、槍、斧、鞭など、まさにカンフーじじいだ。

 剣はまあまあ得意じゃからスルメに教えてやれるわい、と言っていた気がする。鞭はそこまででもないのでサキュバスを呼んでアリアナを指導させたようだな。

「命閃流ってやつでよぉ、一撃にすべてを込めるんだぜ。こうやって……」

 スルメが剣なしの状態で両手を上段に構え、腰を落とし、息を吸い込むと同時に「らあっ!」と気合いを入れて振り下ろした。

 無剣の状態で周囲に風が巻き起こり、地面に一筋の線が生まれた。

「どうよ? やべえだろ」

 会心のしゃくれたキメ顔でスルメが片頬を上げた。

 確かにこれはすごい。
 バスタードソードを持って、身体強化をして斬ったら凄まじいことになりそうだ。

「一発斬ったら完全無防備になるからな。実戦では緊張とスリルで尻の穴がひりつくぜ」
「レディの前でそういうこと言わないで」
「わりい。エリィだと別にいいかなって」
「どういうことよ!」

 とりあえずプンプンと怒っておく。
 エリィの前でお下品は禁止だ。

「目標は身体強化“上の上”で、剣に炎魔法を付与してドラゴンをぶった斬ることだな」
「ドラゴンね……。スルメは身体強化しながら魔法を使うのが目標?」
「まあな。おめえもだろ?」
「ええ」
「俺ら、ポカじいさんに会えてまじでラッキーだぜ。魔法と身体強化の同時発動なんてやろうとしてる奴ぁグレイフナーに何人もいねえよ」
「そうよねぇ」

 しばらくスルメと身体強化や魔法について意見交換をし、同時発動はまだ先だ、という結論に至った。

 十二元素拳の『一・型』『二・流』『三・双』『四・内』という四段階中のまだ二段階目だ。麻袋叩きはそこそこ上手くなっているから、二段階目の七割ぐらいのところまできている感覚はある。同時発動のイメージはまったく湧かないが。

 ちなみに、スルメは他の属性魔法の練習は捨て、炎特化型でいくようだ。ポカじいにもそう言われている。
 上位中級の基礎である“フレアキャノン”を覚え、身体強化も“上の下”までいけるとか。スルメが一気に強くなった。ポカじいの指導がいいんだろう。

「そういえばガルガインは元気?」
「あいつは鍛冶屋で見習い始めたぞ」
「あら、そうなの?」
「ガルガインの目標は“杖ウエポン”を作ることだからな」
「武器と杖が一緒になってる擬似アーティファクトね」
「んなもん作れるのかねぇ。まあ、四年生になったら雇ってもらう約束をしていたみてえだな。学校帰りに働くんだと」

 杖は五十センチ以下。
 刃物や武器と混ぜて作れば魔法は発動しない。
 子どもでも知っているこの世界の常識だ。

「完成したらオレ用のバスタードソードを作ってくれるらしいぜ」

 スルメが嬉しそうに言った。

「いいなぁ。私も作ってもらおうかしら」
「エリィの武器は拳だろ。いらねえよ」
「剣に憧れはあるのよ」
「体術が絶対いいって。おめえのビンタはガチで強烈だった」
「あなたがデブって散々言ったからでしょう」
「すまんすまん」

 大して悪びれもせずスルメが顔の前で手刀を切った。

 前々から思っていたが、こういった仕草がやけに日本人っぽいのはユキムラ・セキノの影響だろうか。

「それじゃあ伝言よろしくね」
「今夜八時、リッキー家に矢文だな」
「ええ。それじゃあまた」
「おう! 他の家の奴らにもよろしくな」
「行くわよ、クラリス」
「かしこまりました」

 クラリスはスルメに一礼し、ファイアボール根性試しから目を離さず顔を上げた。
 そんなに見たいなら近くて見てきなさい、と言いたくなった。




      ☆




———首都グレイフナー二番街、リッキー家邸宅



 時刻は午後八時。

 深夜まで“ライト”の灯りが消えない首都グレイフナーは引きも切らずに人々が行き交っている。

 普段よりも旅行者が多いのは、もちろん魔闘会が来週開催されるからだ。
 このイベントに慣れた者は早めに宿屋に入り連泊して部屋を確保する。

 流れに乗り遅れて高い宿泊代を払うのはどんな世でも情報を持たぬお上りさんだと、この時期から寝床を確保する観戦常連達は知っていた。

 そんな魔闘会の準備で喧騒に包まれたグレイフナー大通りから離れること十五分。
 周囲に溶け込むように建っているリッキー家の邸宅があった。

 どこにでもありそうな貴族の家は、端から見れば息を潜めた夜行性の動物のように静かだ。

 しかし、近づいてみると実に物々しい雰囲気に包まれている。
 通常より警備を厚くしている門前にはかがり火がたかれ、槍を持った門兵が二名並んでおり、その後ろでは武装した目つきの悪い連中が行き来していた。

「今年はどこに賭ける?」
「手堅くサウザンドだな」
「はぁー、おまえは冒険心ってもんがねえなぁ」

 門兵の二名が前を見たまましゃべった。
 整った鎧に身を包んでいるが二人の言葉遣いは粗野で、学のないならず者だとすぐに分かる。

 魔闘会では王国公認の賭けができる。
 当日に対戦相手が発表されるため、どの家が闘うかは分からない。そのため、こうしてどの家に賭けるかをある程度決め打ちしておくのは当然といえた。

「俺は大穴のゴールデン家に賭けるね」
「それこそ無謀ってもんだろう。あそこの当主は病気らしいぞ。くじ引き戦で五連敗中じゃあねえか。それに配下の闘士だって大したやつはいねえだろうが」
「大穴こそ男のロマンだ」
「去年のように泣きついたって金は貸さねえぞ」
「——おい、新入り二人。静かにしろ」

 ふいに背後から声がかかる。
 振り返ると、用心棒の一人がしかめっ面をしていた。

「くっちゃべってるのがバレたらジョン・リッキー様に何をされるか分からねえぞ。あの人の顔を見たことがあるのか?」

 用心棒の問いに、門兵二人は首を横に振る。

「蛇みてえな人だよ。腕も確かだ。下手こくと殺されるぞ」
「ははは、まさか」

 門兵の男が小馬鹿にした顔でおどけてみせる。
 笑いが取れるかと思ったが、用心棒の男はしかめっ面によりいっそう深い皺を寄せた。

「ふざけているとケツにファイアボールをぶヒグゥッ! ヒギャァッ!」

 用心棒の男が突然二回飛び上がって、尻を押さえた。

「お、おい。どうしたんだ急にッピッ!」

 門兵の一人も飛び上がって尻を突き出し、その場にうずくまった。

 ただごとではないと残った門兵が槍を構えると、ヒュンと風を切る音がし、リッキー家の大きな玄関に矢が三本突き立った。

 異常を察知した用心棒たちが駆け寄ってくる。
 玄関へ横一列に刺さった三本の矢には、手紙がくくりつけてあった。

「いてえ、抜いてくれぇ」

 倒れている二人を見れば、尻に矢文が突き刺さっていた。

 用心棒の尻に二本。
 相方である門兵の尻に一本。
 合計で三本だ。

 門兵があわてて矢文を抜く。

 矢尻が大きくないため、殺傷力の低い矢文用の矢だと判断できた。
 矢文には蝋印が押されており、よく見るとそれがゴールデン家の家紋だと分かった。もう二つはワイルド家とササイランサ家の蝋印だ。

 賭けの予想で散々家紋を見てきたため、門兵は瞬時に判断できた。

「矢文にサウザンド家、ヤナギハラ家、ピーチャン家の蝋印が押されているぞ!」

 玄関から声がする。
 用心棒のリーダーらしき毛むくじゃらの男がだみ声で叫ぶと、リッキー家は騒然となった。

 ゴールデン家、ワイルド家、サウザンド家、ヤナギハラ家、ササイランサ家、ピーチャン家が同時に矢文を?
 門兵は魔闘会の前に六家から矢文が届く意味を考え、ぞくぞくと背筋が震えた。

「何をぼけっとしてる! 矢文を持ってこい!」
「は、はい!」

 門兵が用心棒のリーダーに矢文を渡し、それがゴールデン家、ワイルド家、ササイランサ家のものだと説明すると、リーダーの顔が怒気で赤くなった。

「来い! 旦那様にお見せするぞ!」

 蹴飛ばされるようにして叫ばれ、門兵は用心棒のリーダーとともに室内へと飛び込んだ。





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グレイフナー王国貴族所有領地数

 1.バルドバット家(1002)
 2.サウザンド家 (1001)
 3.テイラー家  (822)
 4.ヤナギハラ家 (746)
 5.ササイランサ家(600)
 6.ガブル家   (550)
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 7.ジャクソン家 (470)
 8.サークレット家(420)
 9.ピーチャン家 (402)
10.クラーク家  (367)
11.ウォーカー家 (340)
12.ヤングマン家 (322)
13.ジュウモンジ家(285)
14.エヴァンス家 (252)
15.シュタイガー家(238)
16.ツ家     (220)
17.ストライク家 (209)
18.ワイルド家  (150)
19.リッキー家  (150)
20.マウンテン家 (124)
21.シルバー家  (119)
22.ショフス家  (111)
23.モッツ家   (106)
24.ギャリック家 (103)
25.ゴールデン家 (100)
――――――――――――――――――――
26.フィッシャー家(96)
27.ムーフォウ家 (92)
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332.グランティーノ家(2)
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