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エリィ・ゴールデン ~ブスでデブでもイケメンエリート~ 作者:四葉夕卜/よだ

第四章 グレイフナーに舞い降りし女神

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第32話 ミスリル事件とセラー神国

お待たせしました・・・!

 スカーレットと話をしてから一週間が経過した。
 あいつはあれ以来、学校に来ていない。

 少しはスカーレットの不登校が騒がれるかと思ったが、現在サークレット家が大変なことになっているため、クラスメイトはスカーレットが長期で休むことに何の疑問も抱いていなかった。

 色々と考えるべきことがあるな……って、今は修業中だ。
 余計なことを考えるな。
 集中、集中。


——ガシャッ、ガシャッ、ガシャッ


 ポカじいからもらった丸石と魔力結晶入りの麻袋が一定のリズムで音を立てる。
 足を開いて腰を落とし、両手で麻袋を押し込む。
 手を離したときに身体強化し、触れた瞬間に身体強化を切って魔力を循環させ、麻袋へ魔力を移動させる。

 おっ、麻袋がぼんやり光ってきた。
 かれこれ五十分ぐらい経つか。

 手の甲、手のひら、手の甲、と一定の間隔で叩くことをイメージしないとすぐ魔力の循環が乱れるんだよな。
 リズム、リズム。
 とにかくリズミカルに叩け。


——ガシャッ、ガシャッ、ガシャッ


 麻袋の中に入っている丸石と魔力結晶が擦れる独特の振動が両手に伝わってくる。
 二秒で一回叩けるようにはなってきた。
 ポカじいは一秒の間隔で叩いていたから、まだまだって感じか。

 この修業を始めてから、前よりさらに魔法の発動が早くなった。
 身体強化から魔法への移行も相当にスムーズだ。
 やっぱポカじいの修業にハズレはない。

「ふう……」

 麻袋から手を離した。
 横を見ると、ベッドの上でアリアナが『躍る騎士人形の修業ボックス』を抱えて難しい顔をしている。

 今日、彼女はゴールデン家に泊まりに来ていた。
 向こうのキリが良ければ終わったタイミングで風呂にでも誘うか。
 ほっぺたをつんつんして狐耳をもっふもっふしたいが、今やったら怒られそうだからやめておこう。


 それにしても——サークレット家は今回の事件で立ち直れないほどの打撃を受け、相当に追いつめられたな。


「ミスリルを盗まれるってかなりハードボイルドな事件よねぇ」


 つい口に出してしまう。
 まあ、驚くなっていうほうがムリな話だ。
 俺とスカーレットが話したあの夜、サークレット家のミスリルが強盗集団によって盗まれた。

 しかも保有しているミスリルの約九割。
 金額にすると2000億ロン。

 2000億円の損失はガチでやばい。
 上場企業が二部落ちするパターンだ。

 犯人は捕まっておらず、王国お抱えの騎士団『シールド』まで出動する大騒ぎに発展している。

 管理が甘かったのかと思い、貴族の事情に精通しているジャックに聞いてみると、全然そんなことはなかった。

 サークレット家の貴重な収入源であるミスリルは保管庫を複数箇所に分割し、さらにダミー保管庫を数十個領地内に置くという、徹底された管理体制のもと流通が行われていたらしい。

 だが、情報漏えいがあったのか、同日同時刻、本物の保管庫五箇所が一斉に襲撃された。

 ジャックとクラリスによれば、グレイフナー国王はこの事件が綿密な計画のもと行われたものであり、犯行グループが大規模で動いていると考え、国が関与している可能性が大いにあるため友好国であるパンタ国、湖の国メソッドへ密使を飛ばし、だんまりを決め込むセラー神国には使者と間者を大量に送り込んだそうだ。

 誰もが思っているが、セラー神国はどうも胡散臭い。
 その判断は正解だと思う。

 それからグレイフナー国王はやむなくサークレット家のミスリル管理能力を問い、ミスリル鉱脈の街『デベレスク』を王国領地として一時接収することになった。

 これによりサークレット家の領地剥奪は濃厚になった。

 貴族が領地を失う内容は3パターン。
『魔闘会で負ける』
『統治能力を問われ、王国に没収』
『当主が死に、跡継ぎがいない』

 サークレット家は二番目に該当する。

 グレイフナー王国は完全実力主義国家であるため、職を失った民間人は手厚く保護する反面、失態を犯した貴族には甘くない対応を取る。

 サークレット家としては、ミスリルを取られ、領地のいくらかが剥奪されるので、踏んだり蹴ったりの大打撃だ。
 420個ある領地のうち、いくつ没収となるか分からない。
 さすがにミスリル鉱脈がある領地を没収になるとは思えないが……それでも損失は計り知れない。

 クラリスとバリーは「魔闘会で表彰されると今年は領地をもらえるぞぉぅ! イエェェイ!」と叫んで飛び跳ねていたな。

 いや、戦うの俺だからな。
 エリィが勝つって信じて疑わないことにはもう何も言うまいよ。

 にしてもさ、そんな膨大な量のミスリルを盗んで何に使うんだよって話だ。
 ポカじいの話では、ミスリルは魔力結晶の効果を高めるとか言ってたが、どうにも利用のイメージが湧かない。
 売って資金にする場合、小分けにしてもさばくのは難しい量だ。防具で使うにせよ、軍隊規模で精製と鋳造を行う必要があり熟練の鍛冶職人が大量に必要だ。

 あまり気にしないでおくか?
 念のため、ミスリルの動向をコバシガワ商会にそれとなく見ておくように言っておくか。
 それで問題ないだろう。
 ゴールディッシュ・ヘアが流通を始めたらミスリルの価値は下がるからな。


『ざまぁみろ〜』


 ベッドの上からアニメっぽい声が響いた。
 アリアナがポカじいから渡された箱の修業に失敗したらしい。

「むっ…」

 タオル地のパジャマを着たアリアナが眉を寄せた。
 狐耳がぴくぴくと動いているところを見ると、ご不満らしい。

 箱の中で踊る鎧の騎士人形三体に、上位下級魔法を当てて倒すというアリアナの『躍る騎士人形の修業ボックス』。

 彼女は最近になってようやく黒魔法下級“重力弾グラビティバレット”を極小サイズまで縮めることができるようになった。
 その成果のおかげで騎士人形を一体は倒せる。
 だが、その先が難しいらしく、修業をはじめてから三週間経つ今でも二体目が倒せないようだ。

「高速連射できない…」

 ぷくっと頬を膨らませ、修業ボックスを抱え込むと、アリアナはごろんとベッドに横になった。

「集中が切れたの?」
「うん…」

 アリアナの狐耳を一撫でし、ベッドに腰を下ろした。
 エリィの部屋にあるベッドは三人女子が寝ても問題ないぐらい大きい。
 部屋はクラリスが毎日掃除をしてくれているので埃一つ落ちていなかった。

「ミスリル、どこにいったと思う…?」

 アリアナが寝転がったまま、修業ボックスを脇へ置いた。やはりアリアナもミスリル事件のことが気にかかるようだ。

「セラー神国があやしいんじゃない?」
「私もそう思う…」
「でも、セラー神国の国境検問には何も引っかかってないんですってね」
「どうやって移動させたんだろう。ミスリルを大量に運んで一晩で国境を越えれる…?」
「さあ、何か魔法を使ったんじゃないの?」

 なんたってファンタジーだからな、この世界。

「ちょっと嫌な予感がする…」
「あら? 私達には直接関係のないことなのに?」
「そうだけど…ね」
「気にしていても仕方ないわよ。ゴールディッシュ・ヘアの対抗馬がいなくなったと思ってプラスに考えておきましょ」
「うん、そうだね…」
「ちょっと汗をかいたわ。お風呂、一緒に入らない?」
「入る」

 アリアナが起き上がってベッドから軽快に下りた。

 クラリスを呼び、メイドに風呂の準備をしてもらって、俺達はゴールデン家の浴室へと向かった。



    ☆



 セラー神国、聖地『セラーディウム礼拝堂』では一人の青年がステンドグラスの淡い光を浴びながら魔力を循環させ、閉じた両目に全神経を集中させていた。

 その姿は一枚の絵画のように幻想的で、触れれば壊れてしまいそうな美しい光景であった。

 青年は身長175センチほど。
 白いローブに白い神官帽をかぶり、端正な顔立ちをしている。
 髪を中分けにして肩口で切り、白髪に近い金髪が心の清廉さを感じさせた。

 前の椅子には金髪の少女が一人と、黒髪の青年が一人、黙って座っている。
 魔力が高まると青年はおもむろに双眸を開いた。


「“天視スターゲイト”……」


 目の前に座る二人をとらえた金色の瞳は月夜に浮かぶ星々を散りばめたように明滅し、見えない何かをはっきりと視認して揺れた。瞳の縁をなぞるように魔法の光が瞬くと、彼は再び目を閉じて肩の力を脱いた。

「クリフ様、いかがでしょう?」

 彫像のごとく脇に立っていたセラー教の宣教師が口を開いた。
 柔らかい口調ではあったものの、棘を含んでいるようにも聞こえる。

 青年は気にせず優しげな瞳を開くと、首を横に振った。

「……この方たちは適性者ではありません」

 青年が残念そうな声色で言うと、目の前にいた男女は絶望したような表情を作り、宣教師は「セラール……」とつぶやいた。


 クリフと呼ばれた青年のフルネームはクリフ・スチュワード。
 かつてエリィと昼休みに逢瀬を交わした、あのクリフだった。


「そうですか。それは残念です」

 丸帽子に黒服を着た宣教師は平坦な声色で言うと、餌をねだりにきたピーチャン鳥を追い払うように、椅子に座っていた男女を礼拝堂から退出させた。

「何がお見えになりましたか?」

 宣教師がクリフに尋ねた。

「そうですね……女性が火魔法適性。男性が風魔法適性。お二人とも使用可能な魔法は中級までです」
「複合魔法は?」
「もちろん習得しておりません」
「さようでございますか」

 クリフは盲目というわけではなく、相手の輪郭が分かるぐらいの視力は有している。
 宣教師を見ると服装の配色のせいか、ぼんやり黒っぽい影に見えた。

 クリフにはその黒い輪郭がやけにドス黒く見えてしまい、思わず眉を寄せたくなった。
 彼は子どもの頃から視力が低く、周囲の物体がぼやけたものとしか認識できなかったが、第六感が鋭く、他人が気づかない機微によく気づくことがあった。

 宣教師がやけに黒く見えるのもそのせいだ。
 クリフが好きでない不快な“何か”を胸の内に隠している。
 しかし宣教師は立場が上であるため、クリフは昔から長年培ってきた精神力で感情を封殺した。

「なかなかに当たりが引けませんね。ゼノ・セラー様は何と仰っておりましたか?」
「あの御方は『予言は正しい』としか仰っておりません」
「さようでございますか……。あまり悠長に構えていてもセラーの教えを遵守することはできないかと存じます。クリフ様、あなたはどうお考えになりますか?」


———またか


 この宣教師は毎日こちらの考えを確認してくる。
 病的な回数だ。
 クリフは自分がしていることの意味がまったく分からず、ゼノ・セラーに不満を持っていたが、こう答えた。

「セラーの御心のままに……」

 そう言って、先ほど唱えた魔法“天視スターゲイト”を宣教師に向かって行使した。

 瞳が黄金に縁取られると宣教師の姿形がはっきりと細部まで見えた。
 この魔法は使用中だけ、視力を高めてくれる効果がある。

 宣教師は丸帽子をかぶり、セラー神書を右手に抱え、いかにも善人そうな表情をしていた。しかし、どこか油断ならない空気を持っており、彼がただの宣教師でないことを伺わせた。

 クリフが魔力を両目に込めると、彼の魂が透けて見え、脳内に情報が流れてくる。

——————————————————————————
 フルネーム『ゼンヴェリー・ヴァラクート』
 使用可能魔法『下級、火・水・土・風』『上級、炎・氷』
 身体強化『下の上』
 魔力総量『大』
——————————————————————————

 この男、姓名を偽っていた。

 表向きは『宣教師シャイル』
 魂に刻まれた名は『ゼンヴェリー・ヴァラクート』

 どうにも信用ならない男であった。

「クリフ様、私に“複合魔法”を使うのはおやめくださいと何度も申し上げておりますが——」
「失礼。あなたがどんな顔をしているのか確認したくなりました」
「悪趣味でございますぞ」
「この魔法を使わないと周囲が見えないのです」
「そう言われましても……」

 苦言を呈し、顔を伏せる宣教師シャイルを見ながらクリフはあの時のことを思い出した。


 今から一年と少し前のことだ。
 エリィが落雷魔法を知る三日前に、クリフはポカホンタスから天視魔法の詠唱呪文を授かった。


 その魔法は、複合魔法“天視スターゲイト”。


 白髪の老人が音もなく目の前に現れ、複合魔法だと言って呪文の走り書きを渡してきたときは、単なる酔っぱらいの悪戯だと思った。
 それでもクリフは好奇心に負け、グレイフナーの自宅に変えると呪文を詠唱し、発動に成功した。

 あの瞬間の驚きと感動は言葉で言い表せない。

 何度も切望した視力が魔法使用中だけ回復し、ぼやけていた景色が一気に収束して輪郭をはっきりとさせ、視界に飛び込んできた。その日、クリフは何度も魔法を唱え、執事がやめろというのも聞かず、魔力枯渇で気絶するまで魔法を行使した。

 思えば、あのときの自分は冷静さを欠いていた。

 複合魔法使いになったことを本国に伝えれば、自分と家族の立場が多少なりともよくなると予想し、そう考えたからこそ急いで郵便配達員を聖地セラーディウムへと送った。
 だが、それは間違いであった。
 手紙を受け取ると、祭司クラスの役人が物々しく二十人も現れ、あっという間に強制送還されてしまった。

 文字通り、強制送還。
 誰にも挨拶できず帰国させられた。

 クリフはグレイフナー魔法学校のクラスメイトでも教師でもなく、図書室に現れる深窓の令嬢、エリィ・ゴールデンに別れの挨拶をできなかったこと、ただこの一つを悔いた。
 彼女とだけは、じっくり話をしてから別れたかった。
 図書室に残した走り書きの手紙では、きっと優しい彼女は心配を募らせただろうと思う。

 複合魔法“天視スターゲイト”の習得を本国ではなく、真っ先にエリィへ伝えていればきっと自分はいつもの冷静さを取り戻し、最良の選択をできていたかもしれない。聡明な彼女から、何かいい助言をもらえた可能性もあった。


 あれから一年が過ぎた。
 自分の精神はまだまだ弱い。
 クリフはそう心に刻み、己の精神と技を鍛えてきた。


「“天視諫言スターモーニション”」


 クリフは一年前の後悔を振り切るように、宣教師に向かって魔法を唱えた。


『天視魔法』のオリジナル魔法。
 落雷魔法のオリジナル、“極落雷ライトニングボルト”や“電打エレキトリック”と同じ位置づけになる魔法だ。

「ク、クリフ様……?」

 宣教師シャイルは魔法を浴びて善人面に冷や汗を流し始めた。

 クリフは魔法を止めない。
 厄介払いでグレイフナー魔法学校へ留学させられ、何の断りもなく勝手に呼び戻され、道具のごとく来る日も来る日も現れる選定者を鑑定してきた。辛抱強く耐えてきたのは自分を鍛えるためだ。

 だが、さすがに限界であった。
 腹に一物を抱えた宣教師シャイルと一年間も顔を突き合わせていれば、どんな高位の信者でも鬱憤が溜まるだろうとクリフは思った。

「あなたはなぜ毎日私に『どう思いますか?』と意思の確認をしてくるのですか? 私の意識にゼノ・セラー様のお考えを刷り込むためではありませんか? あの御方のお考えを否定する気はありませんが、こうも毎日何度も確認されると気が滅入ってしまいます」
「な……何を……仰っております……?」
「もしそうであったなら、それは私の心を慮っていない悲しい行いです。思想の押し付けは時に人を狂わせます。他の方々に、同じ行為をされないことを切に願います」
「ク……クリフさ……ま……」

『天視魔法』は“魂”と“光”に強く関係した複合魔法だ。

 基礎魔法の“天視スターゲイト”は視界に入った魂の形を見ることができるため、人の適性魔法と使用可能魔法が確認できる。鑑定魔法と言ってもいいかもしれない。

 オリジナル魔法 “天視諫言スターモーニション”は天視魔法の魂へ干渉する効果を発展させたものだ。
 内容は単純でただ相手を“注意する”だけである。

 しかし、言葉が魂に直接響くため、「いつも同じことを言って追い詰めないでほしい。他の人にやってはダメだよ」という単なる注意が、宣教師シャイルにとっては強烈な叱責に聞こえている。

 クリフの瞳は魔法の効果で淡く光っていた。

 宣教師はガクガクと足を震わせている。
 やがて、伏せていた顔を上げてクリフの瞳を見ると、ゆっくり頭を垂れた。

「も、申し訳ございません……。クリフ様がそこまでお考えとは思わず……」

 普段、誰にも頭を下げない宣教師シャイルが素直に謝罪した。

 宣教師シャイルの失敗は、最初に顔を伏せた時点でクリフからの精神的優位性を失ってしまったことだ。そのせいで、“天視諫言スターモーニション”の効果をモロに受けている。

 いかにして相手に気持ちで負けないか。
 心の動きに作用する『天視魔法』への対策はこの一点に限る。

 クリフは自衛の意味と、これ以上教団に利用されたくないという気持ちから、誰にも魔法の特徴を伝えていない。“天視スターゲイト”で相手の本名を看破できることも伏せている。

 何も知らない宣教師シャイルが“天視諫言スターモーニション”を耐えられないのは道理であった。

「申し訳ございません。私も少々言い過ぎました……」

 悲しげな顔でクリフは頭を下げた。
 やはり、人をやり込めても気は晴れない。

 他人の気持ちが分かり、他人のことをよく考えているクリフは宣教師の立場や考えを考慮して謝罪させたことを悔い、この魔法は自分にあまり向いていないかもしれない、と改めて感じた。

「いえ、いえ。クリフ様は複合魔法の使い手。立場はわたくしが上なれど、頭を下げるなど………およしになってください」

 宣教師がクリフに頭を上げてくれと頼んだときだった。

 礼拝堂の扉が開き、坊主頭に白い法衣を着た二人の男が入ってきた。
 彼らは二人のやり取りに全く気にもとめず、クリフに書状を渡し、読むように促した。

 クリフは魔法印が枢機卿ゼノ・セラーのものであると宣教師に耳打ちされ、身をこわばらせた。
 軽く深呼吸をし、魔力を通して封を切る。
 さらに“天視スターゲイト”で視力を上げて文字に目を落とした。

 書状にはこう書かれていた。

『クリフ・スチュワードは五月十日より開催されるグレイフナー王国の魔闘会に司教、司祭らとともに賓客として参列すべし。そこで“天視”を使い、複合魔法使用者を見つけよ。枢機卿ゼノ・セラー』

 魔法を切って書状を坊主頭の男へ返した。
 男二人は書状を受け取ると無言で礼拝堂から出ていく。


 白い法衣の背中を見送り、クリフは眉をほんの少しだけ寄せた。



     ☆



 その夜、クリフは邸宅に戻り、スチュワード家執事にグレイフナー行きの準備をさせた。

 賓客とあれば手ぶらで行くわけにもいかない。
 二週間でセラー神国の特産品などを厳選するように伝える。
 グレイフナー王国とセラー神国はミスリル事件で現在微妙な関係にあるため、細心の注意を払うべきだ。

 聖地に大量のミスリルが運びこまれた、という噂話はただの噂とクリフは信じることにした。そう思わなければいたたまれない気持ちで心が膨れてしまう。

「“天視スターゲイト”……」

 魔法をつぶやいて、自室のテラスから夜空を見上げた。
 瞳が光ってぼやけた視界がクリアになる。
 あれほど見たかった星々は、なぜかくすんで見えた。

 職務から解放されるのは夜のみだ。
 セラー神国のトップである教皇の片腕、枢機卿ゼノ・セラーがなぜ複合魔法使用者を探しているのか、理由は分からない。クリフに魔法を渡した老人はセラー神国の幹部内で完全に指名手配されている。しかも、その老人は砂漠の賢者ポカホンタスだと推測されていた。

 何だか大きな動きに流されている気がするも、自分にできることは少ない、とクリフは身の丈に合った考えを貫こうと決めていた。

 クリフの生い立ちは、あまりいいものではない。
 セラー教皇の孫ではあるが立場は微妙なものだ。

 クリフの母は平民のメイドであり、しかもクリフは次男で、視力は生活に支障が出るほど低い。となると、自然と家に居づらくなり、常に家族からは置物扱いされてきた。

 幸い、光魔法適性だったことが十二歳の適性テストで分かったため、地位は少し向上した。しかし、血の繋がりと適性からグレイフナー魔法学校への留学生として適任と判断され、あっという間に飛ばされてしまった。グレイフナーと敵対しないという政治的な意味合いが強い留学生。言ってしまえば人質みたいなものだ。

 留学したグレイフナー王国では文化の違いに面食らい、しばらく慣れなかった。クラスメイトとは深い関係にはなれず、皆どことなく目の不自由なことと、セラー教皇の孫という自分に遠慮している節があった。

 あれだけ窮屈だと感じた留学生活が、今では遥か遠くの過去に感じるから不思議だ。グレイフナー魔法学校での出来事が、決して手に入らない古ぼけた美術品のごとく淡い記憶として蘇った。


 瞳に魔力を込める。
 くすんだ夜空に浮かぶ三日月が、星々へセレナーデを歌っている。


 蘇る記憶は、彼女との思い出ばかりだ。
 鳥のさえずりのような、自分の名前を呼ぶ優しげな声が、今にも聞こえてきそうだった。

 不自由な瞳で見た彼女は美しい輪郭と雰囲気を持っており、出逢った誰よりも温かく、彼女といるときだけは心が安らいだ。
 昼休みの図書室で逢える自分だけの女神は、目をつぶれば耳元で名前を囁いてくれた。

 クリフはあの幸せだった昼休みを思い出した。

 彼女と昼休みに逢っていた期間は自分が四年生だった一年間と少しの間。そのわずかな時間だけがクリフにとってかけがえのない、何物にも変えられない学校生活のすべてだったように思える。

 彼女に教科書の朗読を頼んだのは、彼女の声が美しかったからだ。
 彼女は嫌がりもせず一生懸命に朗読をしてくれた。
 それが嬉しく、いつしか彼女の存在が自分を救ってくれていた。
 昼休みに交わされた何気ない会話が胸を熱くさせる。

 何の意味も持たない留学に、彼女が多くの意味を持たせてくれた。


「エリィさん……」


 愛しの令嬢の名前をつぶやき、クリフは“天視スターゲイト”の魔法を解いた。
 途端に視界はぼやけ、輝く夜空が嘘のように黒くなった。

 セラー神国にがんじがらめになっている自分が彼女に会っても、何もできない。それに彼女は自分のことなど忘れているだろう。それでもひと目会いたいと思うのはセラーの教えに背くことであろうか。

 彼女の幸せを祈ろうと、クリフはテラスに膝をつき、左手を拳にして右手で包み込んで、ゆっくりと額に当てた。


 彼の口もとは柔らかく微笑んでいた。
 祈りを捧げる姿はエリィとの消えない思い出を抱いているように見えた。
+注意+
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