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エリィ・ゴールデン ~ブスでデブでもイケメンエリート~ 作者:四葉夕卜/よだ

第四章 グレイフナーに舞い降りし女神

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第31話 イケメン再び学校へゆく⑫〜エリィとスカーレット〜




      ☆



 学校を飛び出したスカーレットは、校外に待たせてある馬車に乗り込もうとした。
 しかし、サークレット家自慢の三頭馬車はどこにもなかった。

「使えない御者ね! あとでクビにしてやるわ!」

 その場で地団駄を踏み、スカーレットは仕方なく徒歩で自宅へと向かった。
 歩いている途中に、鞄を教室に忘れたことに気づいたが、あそこへ戻る勇気が出るはずもなかった。

 グレイフナー大通りは人々が忙しそうに行き交っている。
 歩いていると、頬を叩いてしまった友人の軽蔑する視線を思い出し、スカーレットはリトルリザードに引っかかれるような痛みを胸に感じた。

 怒りや後悔で、視界が赤黒く変色し、頭の奥もぎりぎりと痛む気がしてくる。
 光魔法で治療すればすっきりするかもしれないと思い、ポケットから杖を取り出した。

「……”治癒ヒール”……」

 動揺しているのか、二回失敗して三回目でようやく詠唱に成功した。
 目の前が光魔法の輝きで一秒ほど明るくなり、すぐに消えた。

 頭部にかけた治癒魔法は何の効果もなかった。
 むしろ、エリィ・ゴールデンが白魔法師協会の実習中に唱えた白魔法““聖光ホーリー”の美しさが脳裏をよぎってしまい、余計に辛くなった。頭はずきずきと痛み、胸が張り裂けそうに苦しく、地に足がつかない浮遊感が全身を包んでいく。

 自分は光魔法中級までしか使えない。
 一方、あれだけデブブスと罵ってきたクラスメイトは上位の白魔法を習得し、才能のある者しか会得のできない浄化魔法まで覚えている。

 スカーレットは激しい劣等感を感じ、ぼろぼろと涙がこぼれた。
 こんな時間に学校を飛び出し、誰も追いかけてきてくれず、一人寂しく家へ向かっている。一歩足を踏み出すたびに否応なくその事実を突きつけられているように思え、寂しさがさらに背中へ覆いかぶさってくる。

 彼女は涙を拭こうともせず大通りを進んだ。

 オハナ書店には、エリィ・ゴールデンが総合デザイナーで編集長だという雑誌『Eimy』を買おうと人だかりができていた。人々は嬉しそうに雑誌を広げて「ミラーズに行こう」と言い合っている。

 普段の彼女なら張り倒してやりたい気分になっているが、そんな気は全く起きなかった。スカーレットは負けたボクサーのように、ちらりと特大ポスターを見て、視線を地面に落とした。

 メイドに磨かせているローファーが、地面に溶けてくすんで見える。周囲の喧騒がやかましくて、すれ違う人間が他人であることに、彼女はどこかで安堵した。

 おぼつかない足取りで自宅に帰宅する。
 見れば、親友のゾーイがサークレット家の門前にいた。

「ゾーイ……?」

 彼女の髪型はトレードマークであるおさげスタイルではなく、髪をそのまま胸の前に下ろしていた。意外に髪が長いんだな、とスカーレットはぼんやり思った。

「スカーレット様? 手紙をお渡ししようと思っていたんですよ。……偶然会えてよかったです」

 いつもと変わらぬ気遣いの言葉にスカーレットはようやく我に返った。
 あわてて涙を制服の袖で拭き、恥ずかしさを誤魔化すために金切り声を上げた。

「手紙?! そんなことよりなんで学校に来ていないのよ! 私がどんな思いをしたか分かっているのかしら?!」
「申し訳ございません。所用がありまして……」
「言い訳はいいわ! とにかく話を聞いてほしいの。さぁ、家にあがってちょうだい」

 スカーレットは彼女を促した。
 いつもならついてくるゾーイが、足を動かそうとしない。
 不思議に思い、スカーレットは首をかしげた。

「どうしたの? 早く入りなさい」
「スカーレット様、その必要はありません」
「なに? どういうこと?」

 ゾーイは特徴のない顔に微笑を貼り付けたまま、首を横に振った。
 サークレット家の豪華な装飾門を背に立っているゾーイは、景色に溶け込んでおらず、不釣合いであり、彼女の周囲だけが輪郭に沿って切り抜かれているようだった。

 スカーレットはいつもと違った彼女の話し方に、言い知れぬ不安を感じた。

 ゾーイはサークレット家のポストに入れようとしていた手紙を地面に落とし、杖を出して火魔法“ファイア”で燃やして、ゆっくりと口を開いた。

「もう、必要な情報はいただきましたので、これ以上スカーレット様と一緒にいる理由はございません」
「え? え?」

 スカーレットは目の前にいる友人が何を言っているのか理解できなかった。

「私の言っていること理解できますか? もう一緒にいる理由はありません。そう言ったんです」
「一緒に………いない?」
「はい」
「一緒にいてくれないの?」
「はい」
「ど、どうして?」
「ですから、必要な情報はいただきましたので」
「どういうこと? 分かるように——」
「まだ気づかないのですか? 私はあなたとは友達でも何でもなかったんです」
「え………え………?」

 スカーレットは思い切り冷水を浴びせられたような衝撃を受けた。

 自分とゾーイが友達じゃない?
 彼女は意味不明な呪文を何度も繰り返している気分になり、急激に身体から血の気が引いていった。

「ど……どうし……て……」
「どうしてですって? あなたは本当に物分りが悪いご令嬢ですね」

 ゾーイは不出来な教え子を諭すように言い、はたと気づいたのか両手を叩いた。

「こういう手合いは、わがままで自分勝手、と表現したほうがいいんでしょうか」
「……な、なにを……」
「私はあなたを利用していたんです。あなたが私を家に呼んだ際、度々部屋を見せてほしいとお願いしたことを覚えていませんか?」
「……あ」
「サークレット家の情報が欲しかったのです。ミスリルの保管場所、魔闘会での出場枠と選手の構成。家の内情、分家との関係性」

 大したこと言ってないでしょといわんばかりに、ゾーイは両手の指を折りながら何気なく話す。

「………な……ん」

 スカーレットはあまりのショックでぎゅうと喉が締め付けられ、うまく言葉を出すことができなかった。

 思い返せば、ゾーイはやけに書斎や金庫のある部屋を見たがった。
 ただの好奇心だと思っていた。

「………」

 いつでも自分の言葉を真剣に聞いてくれたゾーイは、もうどこにもいない。
 他人を貶めて楽しんでいた歪んだ友情ではあったが、スカーレットは確かに彼女の間に友情を感じていた。それが本当だと信じて疑わなかった。

 だが、グレイフナー魔法学校での生活は、すべてがまやかしであった。

 ゾーイはサークレット家に近づき、情報が欲しかっただけ。
 他の取り巻き連中はサークレット家の財力に目がくらんで金魚のフンのごとく付き従っていただけ。
 自分中心に回っていた世界は自分がまぬけに回されていただけ。

「あ……あぁ……」

 スカーレットは全身から力が抜け、膝から崩れ落ちた。
 自分の思い描いていた世界は、何の意味もない抜け殻だった。

「わがままの代償ですね」

 ゾーイはにべもなくつぶやいた。

「あなたと友人でいるなら、芯のある女子生徒のエリィ・ゴールデンと行動を共にしていたほうがよほど有意義な学生生活を送れたでしょう。いかに命令といえど、下品な行いでしか自分の存在意義を提示できないあなたといることは苦痛以外の何物でもありませんでした。ああ――思い返せば、エリィ・ゴールデンには悪いことをしましたね……いつか謝罪をしないといけません。機会があれば、ですけれど」

 淡々と語る彼女には、謝罪する気など見て取れない。
 ゾーイは周囲に人影がないことを確認し、おもむろに制服のポケットから先程とは別の杖を取り出して、魔法を唱えた。

「“化粧姫の顔プリンセスモンタージュ”」

 一分ほどで唱えたその魔法は、木魔法上級の派生系であった。
 かつてポカホンタスが使った透視魔法“暗霊王の眼(クレアボヤンス)”と同等レベルの高難易度魔法であり、自身の記憶している他人の顔を模写し、擬態する効果がある。

「入学からの長い付き合いですし………最後ぐらい本当の顔をお見せします」

 ゾーイがそうしゃべっている間も、顔の形が奇妙に歪んで変形していく。
 “化粧姫の顔プリンセスモンタージュ”は失われし魔法であり文献にしか残っておらず、危険性と有用性からグレイフナー王国では禁魔法として認定されていた。詠唱呪文を発見次第、ただちに報告する義務があった。

「あなた………誰なの?」
「誰? ゾーイですよ」
「そ、その顔……」

 スカーレットは顔が入れ替わったクラスメイトの表情を見て背筋が凍った。
 彼女の顔は特徴のなかったぼやけたものではなく、一度見たら忘れないような別人の顔へと変貌していた。

 彫りは浅く、鼻が突き出ており、瞳は黒目が八割を占めている。
 森に住む妖精と言われれば納得してしまうような、ノスタルジックな顔立ちであり、眉毛の形や唇の輪郭がかろうじて親友であったゾーイの面影を残していた。
 しかし、彼女を見て“ゾーイ”と呼ぶ者は誰もいないだろう。

「魔法大国、グレイフナー王国で偽装が露見しなかったのは『アーティファクト』のおかげですね」

 ゾーイに化けていた“誰か”は、漆喰の古ぼけた杖を見てぽつりと言った。

「長かった潜入任務もこれでようやく終わりですか……。終わってみると、存外寂しく感じるものですね。わざと特徴のない顔にしたことを最初は疎ましく思っていたんですが、慣れてしまうと人間は環境変化を煩わしく思う気持ちが先行するのかもしれません。どうです? そう思いませんか?」
「……」
「そうですね、聞いた私がまぬけでした。スカーレット様には分からないでしょうね」

 ゾーイはポケットからハンカチを出して近づくと、涙で濡れたスカーレットの顔を丁寧に拭いた。
 スカーレットは何も考えられず、されるがままになった。

「それではさようなら、スカーレット・サークレット様。またどこかでお会いすることがあるかもしれません。その際はグレイフナー流にハイタッチでも交わしましょう」

 ハンカチと杖をしまい一歩下がって軽く礼をすると、ゾーイは微笑み、踵を返そうと足先をグレイフナー大通りへと向けた。

「……待って! ま……ってちょうだい……!」

 スカーレットは弾かれたように立ち上がって叫んだ。
 その声にゾーイが足を止めた。

「あなたが……ゾーイじゃないことは……分かったわ。でも、私達が学校で話していたことや、一緒にいたことは……」
「もちろん演技ですよ、スカーレット様」
「で、でも……!」
「エリィ・ゴールデンにやけに噛み付いていたのはあなたのお気に入りになるためです」
「な………ぁ………」
「もうよろしいでしょうか? これからサークレット家は大変になるかと思います。気を強くもって健やかにお過ごしください」

 スカーレットは呼び止める気力をすべてなくし、また地面にへたり込んだ。



「………セラール」



 ゾーイは小声でつぶやき、振り返りもせずに路地を曲がって、姿を消した。

「あぅ………ひぐっ………」

 スカーレットは涙が止まらなかった。
 自分の世界が崩れていく。
 真っ暗な世界に放り込まれた感覚が全身を支配していった。



      ◯



 スカーレットが出ていった教室にはなんともいえない空気が漂った。
 気を紛らわすため、俺とハーベストちゃん、ジェニピーが誘い合って食堂へ向かうと、他の女子生徒もつられるようにして後に続いた。

 中にはスカーレットを罵る言葉を吐く女子がいたが、その語気はあまり強いものではなかった。

 いつの間にか女子生徒の間には、人を卑下する行動を良しとしない、優しさと呼んでいい空気が流れていた。スカーレットと俺の関係性を見て、全員が“他人を貶める者は成長しない”ということを、身をもって学んだらしい。
 いじめっ子がいじめていた女子に負けて追い詰められ、自爆して逃げる、という締まりのない結果でクラスが成長したというのは、どうにも皮肉めいているな。

「気になるわね……」
「どうしたの、エリィちゃん?」

 つぶやいた俺の言葉に、ハーベストちゃんが反応した。

「ごめんなさい。私、食堂には行かないわ。ハルシューゲ先生には具合が悪いので早退すると伝えておいてちょうだい」
「え? ちょっとエリィちゃん?!」

 気づけば走り出していた。
 どうにも胸がもやもやする。
 エリィが、スカーレットと話したいと思っているらしく、衝動が抑えきれなかった。

 あいつと会って何を話せばいいのかは分からない。
 当初の予定では、勉強、オシャレ、魔法、可愛さなど、すべてで女子力を上回り、スカーレットにぎゃふんと言わせてやろうと思っていたわけで、どうにもこれでは収まりが悪い。

 正直、スカーレットがここまでお子様な精神をしていると思わなかった。
 打たれ弱いにもほどがある。

 これであいつを放置しておいたら、エリィが傷ついてしまう可能性があった。
 いじめられていたとはいえ、スカーレットを追い詰めたのは他でもない自分だからな。

 ま、本気で謝ったら許してやるか。

 俺としては許す気は毛頭ないが、エリィの気持ちを鑑みると、この対応が最善……なんだろう。
 あーあぁ、いやだなぁ〜。なんかむずむずするなぁ。



     ◯



 自宅にいるだろうと思い、サークレット家まで身体強化で走ると、スカーレットが門前で座り込んでいた。
 泣いているのか、膝に顔をうずめている。

「スカーレット」

 エリィが声をかけた。

 びくりとスカーレットの身体が震えゆっくりと顔を上げ、彼女は話しかけた人物がエリィだと分かると、目を逸らした。
 いつもの刺々しい態度は消えていた。
 顔中が涙で濡れて、自慢の縦巻きロールも乱れている。

「何よ……私を笑いに来たの……?」
「家の前で……どうしたの?」
「どうだっていいでしょう。こんな私を見て、あなたはさぞ気分がいいでしょうね」
「あなたと一緒にしないでちょうだい」

 俺がはねつけるように言うと、スカーレットは顔を歪めた。

「……友達なんて……最初から一人もいなかったのよ。みんな、私の家柄に惹かれて集まってきた、蜜を吸う虫みたいなものだった。あなた……最初からそれに気づいていたんでしょう」
「………そうね」
「私なんて何の価値もない……ただの貴族に生まれた次女だった。魔法もできない、クラスに友達もいない。親友だと思っていた子はどこかのスパイだった」
「スパイ……? あなた、何言ってるの?」
「ゾーイはゾーイじゃなかった。別の人間が魔法で化けていたのよ」
「正気で言ってるの?」

 スカーレットは絶望に打ちひしがれ、頭を不規則に揺らしている。

「ゾーイはどこかの貴族の回し者よ。サークレット家の情報が欲しかっただけで、私に近づいてきたの。あなたにこんなこと言ってもなんの意味もないけどね……」
「あのゾーイが?」
「明日から、あの子は学校に来ないわ。それが証拠よ」

 ゾーイがサークレット家に対してスパイ活動をしていたってことか?
 サークレット家の情報を握って得をするのは、ミスリルが欲しい連中と、領地が欲しい奴らだ。ということは、そいつらがゾーイを送り込んだ?
 スカーレットは嘘を言っている雰囲気じゃない。

「サークレット家は魔闘会で負ける……。ミスリルは保管場所が………警備を増やすこと………言わないと………。ああっ、ゾーイ………あの子………ッ」

 スカーレットは瞳から光をなくした。

「あなた、私のこと嫌いでしょう? 私もあなたのこと嫌いなのよ。ほら、殴ったらどう? 今なら抵抗しないわ。魔法を使ってもいいわよ」

 スカーレットはあきらめた目をして頬を突き出した。

 俺はその姿を見て、無性に腹が立ってきた。
 殴ったらどう、だと?
 どの口が言ってやがるんだ。

 ゾーイがスパイだか何だか知らねえが、エリィはお前が今感じている痛みを二年間も受け、それでも不登校にならなかったんだぞ。それを一人で勝手に悲劇のヒロインか。バカも休み休み言えよ。

「どうして……私にあんなひどいことしたの?」

 俺の気持ちとは裏腹にエリィがぽろりと言った。
 その声は震えていて、一年生から二年生で受けた、いじめの記憶が蘇っているかのようだった。

「どうして? そんなの決まってるじゃない。あなたがデブでブスだったからよ」

 スカーレットが吐き捨てるように言った。

「それだけで……毎日教科書を隠したり、魔法で制服を土まみれにしたりしたの?」
「そうよ」
「本当に……それだけで?」
「そうよ! いちいちうるさいわね! それだけって言ったらそれだけなのよ!」

 スカーレットが駄々をこねるように激昂した。

 ふざけんなよ。
 お尻ピチィして大通りのアーケードに吊るすぞ。

「……ひどいわ」

 エリィが肩を落とし、寂しげにつぶやく。

 本当にひどいな。
 どうしようもなく性格の曲がった人間だ。

「ひどくて結構よ! あんたなんか私のおもちゃだったんだから!」
「………」
「な……何よその顔は! 笑いなさいよ! 大きな声で私を笑えばいいじゃないの! 嫌いな奴がこんなところで泣いているのを見て気が晴れたでしょう?! ねえっ!? そうなんでしょう?! 私なんかと違ってちゃんとした友達ができたあなたは私のことをみじめだって思ってるんでしょうが!!!!」

 スカーレットは癇癪を起こしたのか金切り声で叫び、ぶわりと涙をあふれさせ、ポケットに入っていた杖を無造作に投げつけた。

 杖はあさっての方向へ飛び、二、三度跳ねて、路地の植え込みに消えた。

 俺とエリィは何も言わなかった。
 彼女にかける言葉が見つからない。
 俺は優しい言葉をかけるつもりがなく、エリィは困り果てているみたいで、自然と無言になった。

「ああああああああっ……!」

 スカーレットは両手で自分の頭をかきむしった。
 自慢の縦巻きロールヘアーは、無残にもぼろぼろになった。

「わ……わたしには…………友達が………いなかった………!」

 どうにかそこまで言うと、スカーレットは再び膝に顔をうずめて、激しい嗚咽を漏らし始めた。

 ようやくここにきて、スカーレットは自分と周囲の認識の違いに気づいたらしい。上辺だけの付き合いの友人に囲まれて、ちやほやされ浮かれていた。そこに本物の友情があったとは到底思えない。

 金の繋がりはビジネスであれば充分に有り得る関係性だ。
 しかし、学生時代にそんな繋がりは不要だ。
 そんなものは間違った友情のあり方だろ。
 どうしてもっと早く気づいてくれなかったんだろうか。
 スカーレットがこのことを理解していたなら、エリィとの関係も多少違ったものになっていたはずだ。

「とんだピエロだったわね」

 最大の皮肉を込めてスカーレットに言ってやった。

 エリィの健気さを考えると、自分の中ではどうしてもスカーレットを許す気にはなれなかった。しかも、こいつはこの期に及んで甘えた姿を見せてくる。

 素直に謝れ。
 謝罪できないなら、罪ほろぼしをする土俵にすら上げねえぞ。

 スカーレットは俺の言葉が聞こえていないのか、聞こえていないふりをしているのか分からないが、地面を見たまま口を開いた。

「姉様みたいに……正論ばかり言うあなたが………嫌いだった………。ねえ……私を笑いなさいよ………嬉しいんでしょう? こんな惨めな私を見て、心では笑ってるんでしょう?」

 卑屈に口を曲げ、スカーレットが笑った。

「ねえ、笑っているんでしょう……?」


 いい加減にしろよ……。


 その顔を見て、思わず俺は叫んだ。


「いつまでも甘えてるんじゃないわよ!」

 両拳を握ると、身体がスカーレットに近づいた。

「私があなたの姿を見て笑っているかですって?! そんなことあるわけないでしょう! 元はといえばあなたが卑怯だからこんなことになったのよ! どれだけ私が辛くて寂しかったのか、以前のあなたには分からなかったでしょう?!」

 気づけば、エリィが泣いていた。

 甘えてるんじゃねえよ、という俺の言葉は、いつの間にかエリィの言葉に変わっていた。
 エリィの本心が叫んでいた。

「二年よ! 二年もいじめられてきた私の気持ちをやっと理解したあなたを笑えですって?! そんなこと………できるわけないわ……っ!」

 ぼろぼろと瞳から涙が溢れ出てくる。
 エリィの魂が震えている。初めて感じた感覚に、俺の心も揺さぶられているような気がした。

「あなたが明日登校しても、話してくれる友達はきっといないでしょう! どう?! つらいでしょう?! 悲しいでしょう?! 私はそれをずっと二年間も続けてきたのよ?! どんなに暗い気持ちになるか少しは私の気持ちが分かったかしら?!」

 エリィはスカーレットに、自分の感じた気持ちを理解してほしいと考えていた。
 その切迫した想いが伝わってくる。

「死ぬほどつらかったのよ! 何度死のうと思ったかあなたは知らないでしょう! 来る日も来る日も意地悪をされて、何もしていないのに太っているだけで罵られて! 本当に……本当につらくて悲しくてどうしようもなく寂しかったのよ!」

 エリィが声を張り上げて、涙まじりにスカーレットへ言葉をぶつけた。

「私は……! 運良く助けられたの! コバシガワさんが救ってくれたの! 私は二年生の春休みに確かに一度死んだのよ! でも生き返ったの! 一度死ぬぐらいつらかったのっ!!!」


 ………??


 嘘だろ?


 エリィが俺の名前を言った?


 まじか………。


 エリィは、俺の存在に気づいているのか?


「…………」


 熱いものがじわりと上がってきて、胸の奥が温かい気持ちになり、今度は俺の目から涙が出てきた。

 この世界に来て、俺はずっとエリィだった。
 俺を小橋川として認識してくれる人間はどこにもいなかった。どうにか精神力で押さえ込んでいたが、自分の存在を認められないという境遇には少なからず感じるところがあった。

 それを、エリィが見つけてくれた。
 俺を俺だと言ってくれた。
 誰かが自分を知ってくれる、そんな些細なことでこんなにも心が温まるんだな。


 エリィ……。
 ありがとう……。


 やべっ………めっちゃ泣けてくる………。


 俺が泣いているのかエリィが泣いているのか、ぐちゃぐちゃになってよく分からない。

 確かにエリィは生きている。
 俺のことを知っていた。
 俺達は二人で一人だった。
 俺とエリィは、いつしか見えない絆で結ばれていたみたいだった。

 涙でぐずぐずになり、いかんともしがたい目元を、ハンカチでゆっくりと拭う。すると、一呼吸置いて、エリィがスカーレットに向かって叫んだ。

「もうこれに懲りたなら二度と人を傷つけることはしないでちょうだい! あなたが頬を叩いた友達にも謝ってちょうだい! それができないなら……あなたは誇り高いグレイフナー魔法学校の生徒を名乗る資格はないわ!」

 エリィはそれだけ言って、口をつぐんだ。
 彼女にしてはずいぶんと過激な言葉だ。

 優しい彼女にしても、スカーレットの振る舞いには思うところが多々あったのだろう。自分に謝れと言わず、他人に謝れとは、いかにもエリィらしいな。

「今さら………どんな顔で学校に行けばいいのよ……!」

 スカーレットが泣きはらした瞳をこちらに向けた。
 睨んでいるが、どこか縋るような視線を宙に泳がせる。

「無理よ………学校になんて………もう………」


 スカーレットはよろよろと立ち上がると、開いている門をくぐり、邸宅の玄関へ足を向けた。


「…………行けない…………行けない…………」


 エリィは……何も言わないか。
 もっとしゃべってほしいもんだけどな。
 まぁ、何か理由があるんだろう。
 それはおいおい調べていけばいい。


「学校に来なさいよ! あなたが謝りに来るまで、私は待ってるわ! いいこと! 絶対に来なさいよ! ここで来なかったら、あなた本当にただの負け犬よっ!!!」


 許容できるギリギリのラインで、スカーレットが立ち直るための言葉を投げた。ここで言っておかないと、スカーレットは二度と立ち上がれない気がした。

 すべてエリィのためだ。
 これ以上は譲歩できない。

 自分で撒いた種だからな。
 自分で落とし前をつけろよ。
 本気で謝罪しにきたら、話は聞いてやる。


 スカーレットはぴくりと肩を震わせたが振り返ることはせず、そのまま玄関の大きなゴシック調の扉を開けて、滑り込むように身体を室内へと入れた。


 俺とエリィは何も言わず、じっと彼女の背中を見つめた。


 スカーレットはまやかしの学校生活に気づき、俺はエリィとの新しい絆を手に入れた。














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スカーレットへの意趣返しもこれにて決着です。
ここまでお付き合いいただき本当にありがとうございました。
彼女の今後については、時間軸が経過した後半で書き記したいと思います。

また、感想欄へのコメントありがとうございます。
誤字指摘もとても助かっております。返信せず申し訳ございません・・・。
畳に額をこすりつけるようにして拝読しておりますので、今後も気軽に書いていただけると嬉しいです。

そしていよいよ、物語が展開してまいりました。
ストーリーの核心部分へ徐々に近づいていきますので、楽しんでいただければ幸いです。

今後ともご愛読のほど、よろしくお願い申し上げますm(_ _)m
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