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エリィ・ゴールデン ~ブスでデブでもイケメンエリート~ 作者:四葉夕卜/よだ

第四章 グレイフナーに舞い降りし女神

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第28話 イケメン再び学校へゆく⑨〜続・白魔法師協会で実習ですわ!〜



 案内役の猫人係員が、「3番ニャ。19番ニャ」と言って手際よく症状を見分けて診察台へ患者を振り分ける。

 傷の重い患者は15〜20番にいる白魔法師のところへ。
 その他は生徒達の診察台へと通される。

 一気に部屋が騒々しくなり、各診察台で光魔法が輝いた。

「傷を見せてくださいませ」

 俺達が担当する6番診察台のジェニピーが落ち着いた様子で患者と向かい合う。
 黒いローブを来た中年女性が、痛みで顔をしかめながら右腕を出した。

「屋根から落ちてしまってね。年甲斐もなく張り切りすぎたよ」

 四月になるとグレイフナー王国では魔除けの“屋根塗り”を一斉に行う。
 “屋根塗り”とは、金木犀の樹液と綺麗な地下水、オリュブのエキスを混ぜ、光魔法“ライト”を照射して作る『魔除け剤』を屋根に塗る作業のことをいう。安価で大量に作れるため、年に一度塗るのがグレイフナーの慣例になっていた。

 おばさんの右腕は腫れ上がって真っ青になっている。
 ひどい打撲だ。
 これは中級“治癒ヒール”だと治らない。
 上級“癒発光キュアライト”の力が必要だ。

「まあ……これは痛いでしょう? 動かさないでくださいまし」

 ジェニピーは杖を患部の上にかざし、丁寧に呪文を詠唱する。

「“癒発光キュアライト”」

 白く温かい光がおばさんの腕を包み、真っ青だった腕が綺麗な肌色に変わった。
 ジェニピー、光魔法上級まで習得しているんだな。しかも魔力循環が乱れていない。優秀な生徒だ。

「おお。痛くないよ。ありがとね」
「来年は気をつけてくださいませ」
「そうだね、気をつけるよぉ」

 おばさんは嬉しげに診察台から立ち上がり、ぺこりと礼をして部屋を出た。

「ふぅ……緊張しますわね」

 ジェニピーがため息をついて、丸椅子から立ち上がった。

「完璧よ」
「ジェニファーさんすごい! 私、できるか不安です」

 ハーベストちゃんが不安げな表情で丸椅子に座る。

「大丈夫。私とジェニピーでフォローするから」
「エリィちゃんがいると心強いよ」
「ほら、次の患者さんが来るみたい」

 入り口にいる案内役の猫人女性がこちらを指差している。
 患者は痛そうに包帯で巻いた左腕を右手で押さえていた。

 隣にいるスカーレットも最初の患者を治療し終えたみたいだ。嬉しげに顔を上げ、俺と目が合うと口元を歪めて「ふん」と顔を背けた。

 さ、無視していこう。

 肉付きのいい男性が俺達のいる6番診察台へ腰を下ろした。

「腕を仕事中に切っちまった。小さい傷だからいいと思ったんだけどよ、時間が経ったらひどく痛むんだ」
「では包帯を取りますね。痛かったら言ってください」

 ハーベストちゃんが背筋を伸ばして真剣な顔で、男性の包帯をほどいていく。
 血が付着した包帯をゆっくりと外し、途中で男性が痛がったので中級“治癒ヒール”を唱えた。

 光魔法中級“治癒ヒール”、光魔法上級“癒発光キュアライト”は患部が見えると効果が高い。
 光魔法の上位である白魔法になると、魔法が対象者の身体全体を包み込むため、着衣したままでも十分に効果がある。

 包帯をつけた状態でも切り傷程度なら“治癒ヒール”で治るものの、どうしても詠唱回数が増えてしまうのが下位魔法のネックだ。
 ハーベストちゃんが包帯を外すのは少しでも使用回数を減らすためだな。

 包帯から出てきた腕は、切り傷が十箇所ほどあった。
 しかも結構深い。これで我慢するとか根性ありすぎだろ。

 先ほどの“治癒ヒール”で三割ほど傷は治っている。
 ハーベストちゃんは丸いほっぺたを赤くさせ、じっと患部を見つめると、杖をかざした。

「“治癒ヒール”」

 腕にあった切り傷の出血が止まり、傷口が塞がった。
 一発で治すとは魔力循環が上手い。ハーベストちゃんもなかなか優秀だ。

「ありがとよ、お嬢ちゃん。勉強がんばってな」
「は、はい! ありがとうございます!」

 男性が礼を言って診察台から立ち、部屋から出ていった。ハーベストちゃんは何度も彼に頭を下げた。
 包帯をゴミ箱に捨て、彼女は軟体動物みたいに脱力した。

「よかったぁ。お父さんで練習しておいてよかったよぉ」

 ちょっと不穏なことを言うハーベストちゃん。
 彼女と交代して丸椅子に座った。

「次は私ね」

 ちょうど隣の7番診察台も終わったのか、背の高い女子が笑顔でスカーレットとゾーイと話している。
 三人は俺が丸椅子に座ったのを見て、悪意のある笑みを浮かべた。

「あら。あらあらぁ〜。次はエリィ・ゴールデンの番なのね。ちゃんと上手くできるかしらねぇ」

 スカーレットが顎を上げ、「オホホホッ」と高笑いする。
 ゾーイと背の高い女子が痛快だ、とお互いを肘で小突き合っていた。

「そうね。不安だわ……」

 俺が顔を伏せると、スカーレットは相手を騙した詐欺師のように、口角を上げた。

 そうこうしているうちに俺の前に患者が運ばれてきた。
 受付とは別の猫人女性が肩を貸し、一人で歩けないほど怪我をしている。

「エリィ・ゴールデン嬢なのニャ?」
「そうですわ」
「この人をお願いするニャ」

 そう言いつつ、猫人の女性が患者を診察台へ寝かせる。
 二十代前半の男性患者は胸元に深い裂傷があり、右足首が捻挫でボールのように腫れていた。

 気づけば後ろにハルシューゲ先生と、白魔法師のグレンキース・サウザンドが立っていた。どうやら俺の治療を見たいらしい。

 生徒の特別扱いはよくないと思います。
 ちらりと彼らを見ると、うむ、とうなずいた。

 いや、そうじゃなくってね。

 隣の7番診察台のスカーレットとゾーイがバシバシと足を叩いて、今すぐ大笑いしたい、といった表情をしている。

 ハーベストちゃんとジェニピーは、わくわくした顔で首を突き出し、両拳を握っていた。

 まあいいか。
 注目されるのは個人的に嫌いじゃない。
 唱える魔法を下位魔法にしておけば悪目立ちしないしな。

「痛みは胸と右足首だけでしょうか?」

 男性患者が両目をつぶり、今にも泣き出しそうな顔で必死にうなずく。
 これは相当に痛いだろう。

 なんだかオアシス・ジェラの治療院を思い出すな。
 ジャンジャン、コゼット、ルイボン、クチビール、アグナス、商店街のみんな、元気かな。

 ポケットからポカじいにもらった“杖もどき”を取り出し、一気に魔力を循環させて魔法を唱えた。

「“癒発光キュアライト”」

 患者を包み込むほどの白い光が円形に広がり、みるみるうちに胸の裂傷と右足首の腫れが引いた。

「おおっ!」
「これほどとは……」
「す、すごいですわ……」
「エリィちゃんうますぎ……」

 ハルシューゲ先生が嬉しそうに言い、グレンキース・サウザンド、ジェニピー、ハーベストちゃんがあまりの驚きでつぶやきを漏らす。

 俺がいま唱えた光魔法上級“癒発光キュアライト”は限界値まで魔力を込めたものだ。しかも無詠唱で、発動までのタイムラグが一秒ほど。ポカじいいわく、超熟練白魔法師レベルの技巧、とのこと。エリィの光魔法、白魔法への適性は抜群らしい。

「あれ、痛くない?」

 苦悶の表情を浮かべていた男性患者がむくりと起き上がって、自分の胸元と足首を見る。白魔法が必要な重症でなくて幸いだ。

「どこで怪我したのかしら?」
「え? ああ……屋根の上でふざけていたら落ちてしまって……」
「こらっ。ダメじゃないの」
「ご、ごめん」
「次は治さないからね」

 とか言いつつ絶対に治すエリィね。
 不注意や未然に防げる怪我などには、ちょっぴり厳しいことを言うんだよな。

「ほんとごめん。以後気をつけるから」

 急に焦り出す男性患者。

「痛いのは自分なんだから……。お大事にね」

 おーエリィがしゃべるしゃべる。
 男性患者が顔を赤くしてエリィに何度も礼を言い、名残惜しそうに部屋から出ていった。

「はーい、次の方どうぞ!」

 おっと、いけね。
 ジェラ治療院の癖で次の患者さん呼んじゃったよ。
 敬語も消えてついタメ口になっちゃうしな。

「手慣れているね……」

 ハルシューゲ先生が驚きつつ笑顔で言ってくる。

「エリィさん治療の女神みたいですわね」
「エリィちゃん女神すぎ」

 ジェニピーとハーベストちゃんがうんうんとやけに嬉しそうに首を振った。

「さすがはエリィ嬢だ」

 グレンキース・サウザンドが当然のように言って、周囲の巡回に戻った。ハルシューゲ先生も別の診察台へと足を向ける。

 隣から一部始終を見ていたスカーレットとゾーイ、背の高い女子は、渋柿の渋味を抽出した原液を一気飲みしたみたいな、苦い表情をしていた。特にスカーレットはひどく、顔中に皺を寄せ、手に持った杖で何度も自分の腕を叩き、奥歯を噛み締めている。

 どうやらぐうの根も出ないらしい。

「どうした7番。患者さんが来ているぞ」

 グレンキース・サウザンドがスカーレット班の診察が止まっていることを注意する。

 それを見たジェニピーが「ふふっ」と笑ってぱっと髪をはね上げたもんだから、いよいよスカーレットが顔面をトマト色に染めた。

「早くおやりなさいゾーイ!」
「は、はい!」

 あわてて丸椅子に座るゾーイは、俺とジェニピーを睨みつけ、患者を診察して“治癒ヒール”を唱えた。

「どうなっているんですの……!」

 スカーレットはゾーイの後ろ姿を見つめながらつぶやき、がちがちと親指の爪を噛み始めた。


      ◯


 昼食が終わり、診察が再開した。
 午後からはひっきりなしに患者がきて、生徒達にも余裕がなくなっていく。

 魔力切れで一人、また一人と治療から脱落していき、午後一時にハーベストちゃんがリタイア。それと同時にスカーレット班の背の高い女子もダウン。

 午後四時になる頃には残っている生徒は五人になった。

 2番診察台のボブ。
 6番診察台のジェニピーと俺。
 7番診察台のスカーレット、ゾーイ。

 ボブは軽い患者だけをやり、子分どもに魔力を使わせていたみたいだ。
 しかし、五分ほどすると一人の患者に“癒発光キュアライト”を唱えて継続を断念した。顔を蒼白にして悔しそうにこちらを見つめてくる。

 7番診察台のスカーレットは姑息にも高級魔力ポーションを三つ隠し持っており、先生に見つからないようゾーイに一本飲ませ、自分が二本飲んでいた。
 それでも魔力切れ寸前でふらふら状態だ。しかもスカーレットはどうやら光魔法上級が使えないらしい。

 あれだけ悔しがっていたのはそのせいだな。
 エリィが使えて、自分はまだ使えない。

 魔力循環も下手くそだし合宿から進歩していない。
 真面目に練習してない証拠だ。

 対するこちら6番診察台。
 エリィ&小橋川、この十倍はいけまっせ。

 ジェニピーはそろそろ魔力切れだ。
 彼女は真っ当な方法でここまで魔力がもつんだから大したもんだ。スカーレットやゾーイより魔力循環が上手く、魔力量も多い。俺がいなければ文句なしのクラス一位だろう。

「次で……ギブアップですわ」

 ジェニピーが青い顔をして言った。

「分かったわ」

 俺が多く患者を診ようか、という提案は無粋だろう。
 彼女は向上心が強く、結構負けず嫌いな性格みたいだ。

 切り傷の多い患者を診ると、ついにジェニピーが離脱した。
 脱落者は部屋の壁際にあるソファへ移動して見学となる。

 魔力切れで失神している生徒はいないが、誰も彼もみなぐったりして診察の様子を見守っていた。

「エリィ・ゴールデンの分際で最後まで残るなんて生意気よ」

 スカーレットが青い顔をして苦々しく眉を寄せる。

「もうポーションは持ってなくって?」
「な……なんのことかしら」

 案の定、白を切るつもりだ。
 目が泳いでる。

「早く脱落しろ、ブス」

 ゾーイが獰猛な顔でこちらを睨む。
 今のエリィを見てブスと言える君に大きな拍手を送りたい。

 そうこうしているうちに6番と7番診察台に患者がやってきた。
 相も変わらず俺のときだけ重症患者が多い。

 この時期は魔力不足になるから助かるよ、と昼休みにグレンキース・サウザンドに礼を言われた。怪我人が多ければ白魔法師が不足する。猫の手も借りたい気持ちは分かるが、一学生にバンバン重症患者を回すのはどうかと思うぞ。
 ま、エリィがやりたそうだからいいけどさ。

「“治癒ヒール”」
「“癒発光キュアライト”」

 ゾーイと俺が同時に魔法を唱える。
 白い光が輝き、患者が礼を言って離れていく。

「はーい、次の方どうぞ」

 一人になるとついつい言っちまうな。

「調子に乗ってんじゃ……ねえぞ」

 ゾーイが丸椅子から立とうとして、腰砕けになり床に座り込んだ。
 あの様子じゃ魔力はすっからかんだろう。

 さすがに魔力切れで失神すると後が大変なので、ハルシューゲ先生がゾーイに離脱を言い渡し、肩を抱えてソファへ座らせた。肘掛けにもたれ掛かり、ゾーイはじっとこちらを睨んでいる。

 残るは俺とスカーレットだ。

「ふ、ふん。いつまで強がっていられるかしらね」
「ゾーイがいなくなって不安でしょう」
「そんなことあるわけないわ」

 余裕ぶっているが、スカーレットは上級“癒発光キュアライト”が使えない。
 さっきまでずっとゾーイ頼りだった。
 現に、不安が隠せないのかそわそわと杖を振っている。

「あなたは7番ニャ。そちらのご婦人は6番ニャ」

 受付の猫人女性が指示を出すと、重い足取りで患者が二名こちらにやってきた。
 二名とも洋服のいたるところが破け、体中に切り傷と裂傷がみられた。

「馬車の事故で……」

 スカーレットの前に座った青年が、ちらりと俺の前に座るお年を召したご婦人を見た。
 しゃべるのも億劫なご婦人に手を貸し、診察台へ座ってもらう。
 座る瞬間も、傷が痛むのか「ううっ」とうめき声を上げた。

 肩に大きな裂傷。
 腕と足に打撲痕。
 複数箇所に切り傷がある。

「すぐ治しますね」

 にこりとエリィスマイルを送り、魔力全開の“癒発光キュアライト”を唱える。
 ご婦人の身体が淡い光に包まれ、傷口が塞がっていく。

「ああっ……」

 エリィの“癒発光キュアライト”が気持ちいいのか、ご婦人が温泉に浸かる瞬間みたいな声を漏らした。
 あっという間に怪我が治り、彼女の顔色がよくなった。

「ありがとねぇ」
「いいえ。それよりあちらの男性は」
「息子なのよ。私を馬車の激突からかばってくれてね……気丈に振る舞っているけど私より怪我がひどいと思うわ。お嬢ちゃん、すまないが治してやっておくれ」

 隣の7番診察台を見れば、スカーレットが顔面を蒼白にして杖を握りしめたまま固まっている。青年は診察台に寝ているが、治っていない。

「スカーレット、先生を呼びなさい」
「いや……いやよ……“治癒ヒール”!」

 白い小さな光が輝き、男性の傷の一部が塞がった。
 見た限り“治癒ヒール”ではあの傷は塞がらない。

 この患者は傷の痛みを限界まで我慢していたため、受付係がスカーレットでも治癒できると勘違いしたらしいな。シャツの下には酷い打撲痕が全面に広がっている。大きな裂傷もみられた。
 さすがに受付の段階で服を脱がして確認はしない。その弊害が出た。

「あなたじゃ無理よ! 早く先生を!」

 放っておくと傷口がどんどん開くぞ。
 部屋を見回すとなぜかハルシューゲ先生がいない。
 こんなときにどこいった?!

 監督役のグレンキース・サウザンドも、20番診察台いる重篤患者に白魔法を唱えている最中だ。
 他の白魔法師もすべて別の対応をしている。

 こうなったら患者のためだ。仕方ない。

「私がやるわ」
「か、勝手にこちらに来ないでちょうだいエリィ・ゴールデン!」
「じゃあ早く治してあげて。すごく辛そうよ」
「7番はわたくしの担当よ! 来ないでったら来ないで!」
「おだまりっ!!!」

 俺とエリィは聞き分けの悪いスカーレットを一喝した。

「できないならできないとはっきり言いなさい!」
「う、う、う、うるさいぃぃっ!」

 追い詰められたスカーレットが持っていた杖を振りかぶって殴りかかってきた。魔力切れ寸前でふらふらの状態だ。

 右手で受け止め、杖を取り上げた。
 その反動でべしゃりとスカーレットが崩れ落ちた。

 内股の女の子座りになり、彼女はそれでもエリィが憎たらしいのか目を赤くさせ睨んでくる。

「あんたなんか……あんたなんかいつだって、グズでノロマのブスなのよ!」
「………レディがこの状況で言う言葉とは思えないわ」

 取り上げた杖をスカーレットの膝の上へ置く。

 患者に向き直り、すぐさま“癒発光キュアライト”を行使した。
 みるみるうちに青年が回復し、血色がよくなった。

「か、母さんは?」

 青年が開口一番で母の心配をする。
 ご婦人が息子に駆け寄り、「我慢もほどほどにしなさい」と叱って抱きしめた。

「お嬢さん、ありがとうございます」
「さすがグレイフナーの生徒だねぇ」

 青年とご婦人が何度も頭を下げて部屋から出ていった。
 スカーレットは座り込んだまま、うつむいてぶるぶる震えている。

 今の行動はさすがにいただけないぞ。子どものわがままで済む問題じゃない。あれ以上時間が経っていたら白魔法が必要になっていたところだ。自分で解決できないなら、すぐに別の魔法使いを呼ぶべきだった。

 壁際のソファに座るクラスメイト全員が、俺とスカーレットのやり取りを見ていた。みな、不快な顔や、複雑な表情を浮かべている。
 スカーレットは顔を上げてみんなの様子を窺うと、びくっと肩を震わせて下を向いた。

「エリィ君はいるか?!」

 ドアを勢いよく開けてハルシューゲ先生が戻ってきた。
 ハルシューゲ先生は副担任と一緒におり、二人はなぜかマダムボリスを挟むようにして抱えていた。

「マダムボリスが鍵保管棚の解錠に失敗して呪われた! 先ほど学校から連絡を受けてここまでお連れしたんだ!」

 部屋にいるクラスメイト、白魔法師、患者の視線が一斉にぐったりしているマダムボリスへ集まった。

 治療が終わったらしいグレンキース・サウザンドがすぐさま駆け寄り、副担任に代わってマダムボリスを抱え、近くの1番診察台に寝かせた。

 三十代後半、パーマヘアーの女教師マダムボリスはトレードマークの緑ローブをはだけさせ、虚ろな目で口をぱくぱく開閉させる。

 そしてとんでもなく大きな声でこう叫んだ。


「ヤッピーチャッピーお尻ピチィィィッ!!!」


 ……これはあかんやつだ。


 身体を仰け反らせて、自分のお尻をビシビシ叩いている。
 ハルシューゲ先生が「いかん!」と叫んでマダムボリスの両手を押さえた。
 グレンキースもあわててマダムボリスの両足をつかむ。

 猫人の受付嬢が声に驚いて「ギニャア!」と尻尾と耳を伸ばした。
 クラスメイトが呆気にとられる。

「こういう恐ろしい呪いなんだ!」

 ハルシューゲ先生が額から冷や汗を流して叫んだ。

 な、なんてこった。
 これが職員室にあった鍵保管棚の呪いか。
 解錠に失敗するとこうなるなんてひどい。ひどすぎる。

「グレンキース・サウザンドさん! あなた、浄化魔法は?!」
「残念ながら習得しておりません!」
「ヒーホーヒーホーお尻ピチィィィッ!!!」
「まずいぞこれは! 早く浄化しないと一週間はこのままになってしまう!」

 お尻ピチィで一週間とかリアルにやばい。

「やはりエリィ君しかいない! 生徒を頼るのは教師として誠に不甲斐ないがお願いしてもいいかい?!」
「で、でも……!」

 クラスメイトの前で浄化魔法を唱えるのは、さすがに目立ちすぎる。

「君しかいないんだ! 浄化魔法を使える白魔法師が出払ってしまっている! これは協会のミスだ! 申し訳ない!」

 グレンキースが悔しげに頭を下げる。
 プライドが高そうなサウザンド家の男がここまで頼み込んでいるんだ。これで応えないのはエリィじゃねえな。

「分かりましたわ!」

 1番診察台に駆け寄り、マダムボリスに向かって両手をかざした。念のため杖もどきは持っておく。

「下級の浄化魔法“聖光ホーリー”で解呪できる。落ち着いて唱えるんだ。心を強く持たないと君に呪いが飛び火する。いいね」

 ハルシューゲ先生が額にきらりと汗を輝かせながら真剣な顔で言う。

「それがいいだろう。生徒達に中級浄化魔法を見せるべきではない」

 グレンキース・サウザンドもうなずく。

「イケメンタベタイお尻ピチィィィッ!!!」

 マダムボリスのセリフがだんだんと悪化している。

「分かりましたわ。いきます」

 深呼吸して魔力を循環させる。
 下級浄化魔法“聖光ホーリー”は中級“純潔なる聖光(ピュアリーホーリー)”より難易度はぐっと下がる。問題ない。楽勝だ。

「貴方に慈しみと大いなる愛を……“聖光ホーリー”!!」

 派手な魔法陣が燦然とエリィの足元に広がり、ブルーの星屑が円を描いてマダムボリスへと吸い込まれていく。脳内に呪いのイメージが断続的に流れ込んできた。

 目の前に無数の尻が現れては消えていく。
 ひどい呪いだ。

 魔力を強めるとその映像が蒸発し、診察台の上にいるマダムボリスがびくびくと痙攣して静かになった。

 おそらく解呪できた。
 念には念を入れ、十秒ほど多めに魔法を行使し、それから“聖光ホーリー”を切った。

「すぅ……すぅ……」

 マダムボリスが心地よさげな寝息を立てて眠った。
 はだけたトレードマークのローブをなおしてやり、ふうと息を吐いた。

「先生、解呪されたと思います。ご確認を」
「あ……ああ、そうだな」

 ハルシューゲ先生がマダムボリスのおでこに手を当て、首を縦に振った。

「無事解呪されている。ありがとうエリィ君……素晴らしい浄化魔法だった。我々教師でも習得できない浄化魔法を私の教え子が習得している。そう思うと本当に鼻が高い。……不甲斐ない担任ですまないね。ありがとう」
「いいえ。先生は素敵な魔法使いですわ」

 お嬢様らしくレディの礼を取ると、グレンキース・サウザンド、白魔法師達、受付の猫娘、患者から拍手が起こった。

「君はグレイフナーの誇りだ!」
「その歳で浄化魔法を習得しているとは才能に嫉妬するなぁ!」
「やはり女神!」
「美人の浄化魔法たまらん!」
「すごいニャ! 浄化の女神ニャ!」
「ご利益が! 十歳若返った気がするぅ!」

 そんな周囲の反応に、クラスメイトは驚きを隠せず全員が口を開けている。

 誰しもが習得を目指す上位の白魔法。
 そのさらに上の浄化魔法を習得したエリィを見て、目を点にし、愕然としていた。魔力枯渇寸前の青い顔でそんな表情をしているから、何か悪い病気になったのかと一瞬心配してしまう。

 しばらくすると白魔法師が治療を再開し、ジェニピーとハーベストちゃんがソファに座ったまま目を輝かせてこちらを見つめてきた。

 ボブと子分は悔しそうに下を向き、他のクラスメイトは羨望の眼差しを向け、スカーレットの取り巻き連中はハンカチを噛んで引っ張ったりスカートを握りしめたりしている。

 ゾーイは青い顔をさらに青くさせ、自分とエリィの間に開いた技術の差を見せつけられて奈落へと転落していくような悲痛な表情を浮かべた。


 そしてスカーレットは——


 ぎりぎりと下唇を噛み、口から血をにじませ、どうやってもエリィに勝てないと認めたくないのか顔中に皺を寄せて涙を堪えている。両手で何度も制服のブレザーを握り、今にも叫び出しそうなほど喉を震わせた。誰が見てもその顔には敗北の二文字が書かれていた。

 クラスメイトは先ほどの言動や行動を思い出すのか、気づかれないようにスカーレットへ白い目を向ける。

「許さない………許さない………」

 6番診察台へ戻ると、ぼそぼそとスカーレットのつぶやく声が聞こえた。

 ソファで休んでいたジェニピーが立ち上がり、追い打ちをかけるようにハルシューゲ先生を呼んだ。

「先生、質問がございますわ」
「なんだいジェニファー君」
「スカーレット・サークレットさんが先ほど魔力ポーションを飲んでいる姿をわたくし見ました。ポーションの持ち込みは許されておりますのでしょうか?」
「この実習では生徒諸君に限界へ挑戦してもらうことをテーマにしている。当然、許可されていない。……スカーレット君、それは本当かい?」

 ハルシューゲ先生に猜疑の目を向けられ、スカーレットは肩を震わせた。

 クラスメイトはジェニピーの言葉を聞いて衝撃を受けたのか、隣にいる者と「嘘だろ?」「ありえねえ……」「卑怯者」など感じた想いを言葉にする。別の班だった取り巻き連中も、これには驚いて言葉を失っていた。

「そ、そんなことは……ございませんわ」
「そうか。それならいいんだ」

 近くまで来たハルシューゲ先生がじっとスカーレットを見つめる。

「え、ええ……」

 スカーレットは眉をハの字にし、唇を前歯で噛み締めて鼻に皺を寄せ、屈辱を耐えて小さなうめき声を漏らしている。目は充血して今にも流れそうな涙を懸命に堪えていた。
 先生は証拠不十分と結論付けたのかジェニピーへ視線を向けた。

「ジェニファー君。君の見間違いかもしれないね」
「おかしいですわ。わたくし先ほど見たんですのよ。先生、スカーレットさんのポケットに空き瓶が入っていると思いますわ」
「———っひ!!!?」

 スカーレットは小さな悲鳴を上げて座ったまま飛び上がりそうになった。
 あわてて自分のポケットの上を押さえると、空き瓶が入っていることを確認して顔中が絶望に染まった。

「スカーレット君?」

 ハルシューゲ先生がブレザーのポケットへ視線を注ぐ。

「あ………あ………」

 言い訳を目まぐるしく考えるスカーレット。
 クラスメイト達が固唾を呑んで成り行きを見守る。

「どうしたんだい? ポケットの中を見せてくれたまえ」
「あ…………あの…………」

 疑惑が膨張し、ソファに座るクラスメイト、スカーレット、ハルシューゲ先生、ジェニピーの間に漂う空気が冷たくなっていく。

「さあ」
「………」

 ハルシューゲ先生は優しい顔を引き締め、右手をスカーレットの前へ差し出した。
 スカーレットが何度も生唾を飲み込み、呼吸を荒くして、胸元を小刻みに震わせる。先生の右手を見ては虚空へ視線を彷徨わせ、懸命に言葉を探す。


 ハルシューゲ先生が再度口を開いたそのときだった。


「先生、違います」


 張りつめた空気を破ったのはゾーイだった。


「スカーレットさんは昨日から頭が痛いと仰っていました。空き瓶は頭痛薬です。私も今朝から頭が痛かったので一本もらったんです。ジェニファーさんの勘違いですよ」

 いかにも優等生といった笑顔をハルシューゲ先生とジェニピーに向けるゾーイ。こういうときは平凡な顔が活きるな。

 スカーレットは崖っぷちにかけていた手を引っ張ってもらったような生き返った表情になり、空き瓶をポケットから取り出した。中から試験管と同じ形をしたガラス瓶を取り出して先生に見せた。

「そ、そうなんですの! わたくし朝から頭が痛くて……」
「ふむ。見ればずいぶん顔色が悪い。魔力枯渇のせいもあると思うが……今日はこれ以上魔法を使ってはいけないよ」
「お気遣い、ああ、あ、ありがとうございますわ」

 スカーレットはどうにか立ち上がって仰々しくレディの礼を取り、ゆっくりと壁際のソファへ歩いて行く。

「ジェニファー君、そういうことだ。あまりクラスメイトを疑ってはいけないよ」
「先生、申し訳ございません。スカーレットさん、お許しくださいませ」

 ジェニピーが先生にレディの礼をし、スカーレットへ向き直ってそちらにも礼を取った。しかし、彼女の顔はスカーレットを黒だと確信した鉄仮面みたいな無表情だった。

 スカーレットはジェニピーを見て悔しげにうつむき、すぐに顔を上げて「いいんですのよ、ジェニファーさん」と余裕ありげな言い方で返す。

 疑惑は晴れたかのように見えた。

 しかしクラスメイトの猜疑心は膨れ上がっており、彼女を見る目は今まで家名の威光で畏怖を多く含んでいたが、今はそれも消え、軽蔑を帯びた熱を絡ませていた。

 魔力切れ寸前の身体でふらつくスカーレットに視線が集中する。
 ソファに辿り着くまで耐えきれなかった彼女は、キッと全員を睨みつけた。

「なんですの!? わたくしを見ないでくださいます!?」

 クラスメイトは目を逸らした。
 彼女を怒らせ、自分の家に被害が及ぶのはいただけない。
 だが、スカーレットの威光は確実に衰えていた。グレイフナー王国民は卑怯者を極度に嫌う。日頃の行いもあるのか、全員彼女の言葉を信じられない。

 権力を笠にきていじめをするのも不愉快なのに、不正をして成績を上げようなど看過できるわけがない。彼らの目が雄弁にそれを物語っていた。

「この患者さんで終わりですニャ」

 受付の猫人娘が最後の患者を白魔法師のところへ誘導した。
 それをタイミングにハルシューゲ先生が声を上げた。

「では本日の実習はここまでとしよう。最後まで魔力枯渇を起こさず残っていたのはエリィ・ゴールデン君だ。まずは彼女の健闘と勇姿を讃えようじゃないか」

 先生が拍手を始めると室内の全員がそれに続き、あっという間に拍手の音に包まれた。

 クラスメイト、白魔法師、受付猫娘、治療の終わった患者さんも手を叩く。
 ジェニピーが痛いほど手を強く合わせて「素敵ですわ!」とコールし、ハーベストちゃんが「拍手したいけど魔力がなくてへろへろなんですよぅ」と言って周囲の笑いを誘う。

 先ほどの悪い空気が飛び、和やかなムードが戻ってきた。

 エリィの顔が途端に熱くなる。
 まー恥ずかしがっちゃってもー。

「実はね、エリィ・ゴールデン嬢は我々白魔法師の間で有名人なんだ」

 グレンキース・サウザンドがハルシューゲ先生の隣に並び、爽やかな笑顔を浮かべた。
 拍手が一斉に止む。


 え、そうなの? なんで?


「初めて彼女の浄化魔法見たときは心の底から驚いたよ。四年生で浄化魔法を習得したのは王国広しといえど、彼女だけだろう。なんたって噂が二週間で白魔法師全体に広がったぐらいだからね。信じていない連中は今日の実習で起きた出来事を聞き、本当のことだと理解するはずだ」

 そういうことか。
 マザーが怒ったときにいた白魔法師が噂を広めたんだな。アホたれ。
 情報操作もっとしっかりしろやグレンフィディックのじじい。

 まあでも……可愛い子が魔法上手い、ってなったら世間話の話題にしたくなる気持ちは分かる。人の口に戸は立てられないって言うし、中級浄化魔法を使えることは伏せているから軽いおしおきで済ましてやろう。電気バリバリかお尻ピチィの刑だな。

「彼女が同じクラスにいることは類稀なる幸運だ。いい見本にして、今後の勉学により一層励むことを私は推奨する!」

 グレンキース・サウザンドが本当に羨ましそうな顔でクラスメイト達へ告げた。
 また拍手が巻き起こる。
 いよいよもってクラスメイトのエリィを見る目が変わってきた。

 苦い顔をしているのはボブとスカーレット、取巻き連中だ。
 あれだけエリィをバカにしていた手前、どう反応していいのか分からないらしい。
 また、ボブやスカーレットがエリィをいじめている際、一緒に愛想笑いをしていたクラスメイトも微妙な表情を作っている。エリィと仲良くしたいけど自分たちもいじめに加担した、という罪悪感があるんだろう。

 一つ言えることは、どれだけ懇願されても俺はお前らに手は差し伸べないってことだ。エリィが教えたがっても俺が許せん。いや、許さん。

 とりあえずね、顔がめちゃくちゃ熱いよ。
 サウナ入ってんのっていうぐらい熱い。

 エリィ、いい加減慣れてくれ。
 恥ずかしい気持ちは理解するが俺のキャラじゃないんだ。

 あーもう足をもじもじさせない!
 上目遣いでクラスメイトを見ない!
 スカートの裾をぎゅっとつかまない!

 もっと堂々としてくれー頼むからーっ。

「では各自、歩けるようになった者から解散としよう!」

 ハルシューゲ先生が笑顔で宣言し、一日がかりの白魔法師協会実習が終了した。


    ◯


 あのあと、すぐにジェニピーとハーベストちゃんが近寄ってきて、三人で帰路についた。
 他のクラスメイトが数名「ごきげんよう!」とか「すごかったぜ!」など去り際に挨拶してくれ、また顔が熱くなる。

 二人にどうやって白魔法を習得したのか、根掘り葉掘り聞かれたのは言うまでもない。

 スカーレットはかなり追い詰められているな、とぼんやり考えつつ、帰り道のガールズトークを楽しむことにした。

 計画は順調だ。
 残されたイベントは雑誌発売と、魔導研究所見学会の二つか。

 二人と別れ、ゴールデン家に辿り着く頃には周囲は暗くなっていた。
 今日は疲れたから早く寝るとしよう。

 はち切れんばかりの笑顔で出迎えてくれたクラリスにエリィスマイルを向け、帰宅しただけで泣きそうになるバリーを宥め、学生鞄を渡し、ゴールデン家の玄関をくぐった。
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