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エリィ・ゴールデン ~ブスでデブでもイケメンエリート~ 作者:四葉夕卜/よだ

第二章 異世界ダイエット

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第4話 学校とイケメンエリート

後書きに、イケメンエリートがメモした『かんたん魔法早見表』を載せました。


魔法の話が頻繁に出てくるので参考にしてください。
「いいなーエリィはライトレイズクラスで」

 エイミーは学校指定の鞄を両手で前に持ち、こちらを上目遣いで見てくる。

 いま通学路をエイミーと二人で歩いていた。姉妹はだいたいこうして、いつも一緒に登校しているみたいだ。玄関でエイミーが待っていて自然と一緒に登校することになった。

「私も適性テストで光にならないかしら」
「そんなに光がいいの?」
「もちろん! なんたって大冒険者ユキムラ・セキノと同じ適性よ!」
「姉様も好きなんですね…」

 クラリスといいバリーといい、みんな大冒険者とやらが大好きみたいだ。

「エリィも好きでしょう」
「もちろんです姉様」

 俺はとりあえず深く同意しておいた。

「エリィは特別よ。ゴールデン家は代々、「水」か「土」に適性があるからね」
「姉様のクラスで適性の変わった人っている?」
「いないわ。滅多にそんなこと起こらないよ」
「でも姉様は“ヘキサゴン”でしょ? そっちの方が羨ましい」

 エイミーは六系統の魔法を使用できる凄腕魔法使いだ。すでに国の研究機関からお声がかかっている。
 使える魔法は下位魔法「土」「水」「風」「火」「光」、上位魔法の「木」で、適性の「土」と上位魔法の「木」が得意だ。魔闘会個人の部では、この「木」魔法で十位入賞を果たした。これは俺が昨日エイミーの部屋に行って根掘り葉掘り聞きまくった情報だ。恥ずかしそうにしながら話すエイミーはたまらなく可愛くて、男ならほっとかねえ、と何度も思った。

「私はエリィがいつかすごい魔法使いになると思うんだけどなあ…」
「ははは…頑張るよ」

 口が裂けても落雷サンダーボルトがぶっ放せるなんて言えねえ。

 学校に近づくにつれて制服姿が多くなってくる。

 制服は紺のブレザー、シャツ、男はズボン、女は膝下スカート、という平凡な制服だ。ローブを羽織っている生徒が半分ぐらいいる。その辺の服屋で売っている物より倍ぐらい質感のいい制服だ。

 エイミーを二度見し、鼻の下をのばす男子が後を絶たない。そして俺を見て、ぷっ、と笑う輩も後を絶たない。バカ共のケツに雷を落としたい衝動を堪えつつ、エイミーと楽しく雑談する。

 校門のところで黒髪の和風顔をした女子生徒とエイミーが合流したので、俺は一人で校内へ入った。適性テスト、という看板の案内に向かって進んでいく。
きょろきょろとせわしなく顔を動かしているあどけない生徒はきっと一年生だろう。皆、一様に緊張した面持ちだ。

 人の流れにまかせて進み、適性テストの会場であるグラウンドに入った。

 生徒の行列ができていて、とび出るウサギ耳、猫耳の生徒、エメラルドグリーンの髪、身長三メートルの男子、後ろ姿を見ているだけでも全然飽きない。やべえ、超楽しい。俺デブだけど、すげえおもしれえ。俺、デブで女だけど!

 グラウンドには天幕が張ってあり、暗幕で三十個ほどに区切られている。高校文化祭のお化け屋敷みたいだな、と一瞬思った。生徒は次々と暗幕で区切られた適性テスト部屋へと入っていく。

 受付で名前を言うと、個人情報の書かれた茶色の羊皮紙を渡された。
 きた羊皮紙!
 ファンタジーの定番ッ。
 ファンタジー映画通の俺、テンション上がるー。デブだけど!

―――――――――――――――――――――――――――――――
グレイフナー魔法学校 200期生

エリィ・ゴールデン

適性魔法「光」

習得魔法「光」
下級・「ライト」
中級・「ライトアロー」

一年生「ライトレイズ」
二年生「ライトレイズ」
三年生
四年生
五年生
六年生
―――――――――――――――――――――――――――――――

 空白が目立つ。卒業までこの用紙に情報を追加して使うんだろうな。

 しばらく書類を見ていると、前方の列から「エリィ!」と声がして顔を上げた。
エイミーが可愛らしく手を振ってくる。

 美人のくせに、妙に子どもっぽいというギャップに負け、俺は頬が緩むのも構わず手を振り返した。しばらくして、彼女の入った天幕の奥から、巨大な大木が幕を突き破って生えてきた。そしてパッと消える。

 並んでいる生徒から「おおおお」という声が上がり、口々にしゃべり出す。

「木だぜ。すげえ」「上位魔法適性かよ」「半端ねぇ」「つーか可愛いな」「はぁはぁ…たまらん!」「エイミー様!」「お姉様!」「私たちのお姉様!」「今年こそお近づきに!」「拙者のエイミーラヴレター手裏剣をみよ」「この腕に彼女を…!」「せめて近づいてにほひを嗅ぎたい!」「俺はエイミー様のにほひを収集し大量生成するッ…」「くんっふはぁ!」

 すげえ人気だ。
 そして危険な人気だ。なんだよにほひって。

 あれだけ美女で魔法も得意、優しくて人情に厚くて面倒見もいい。人気が出るのは無理もない。「エリィ!」と、天幕から出てきてぶんぶん手を振るエイミーは何も気づいていない。たぶん天然だな。ど、の付く天然だ。俺は苦笑いして手を振り返す。

 それを見た俺へのひそひそ話も聞こえる。

「あれがエイミーお姉様の妹?」「ペットの間違いではなくって?」「すげえデブ」「末っ子だけブスとかまじないわー」「しかもシングルらしい」「え、シングル」「っぷぷ」「お前あれとつきあえよ。一万ロンやるから」「一分も無理!」「いや、にほひを嗅いでから判断だ」「贅肉魔神だ」「ピッグーじゃねえのか?」「姉妹とかありえない」

 俺は顔面に青筋が浮き立つ感覚をひさびさに覚え、くそったれ共に裁きの雷を落としたい願望を不動の精神力で脳内に留めて、無表情で順番を待った。

「書類を渡しなさい」

 順番が来ると、白衣を着た神経質そうなメガネのおっさんがこちらを見もせずに手を出す。光り輝く額が気になる。ハゲだな。おっさんは書類を見ると、ああ、エリィ君か、と言って、ようやく顔を上げた。どうやら知り合いのようだ。たぶん教師だろう。

 天幕に入ると、でかいテーブルに魔法陣が書かれ、その奥に六個の水晶玉が並んでいた。

 ハゲメガネのおっさんと、三十代後半の緑色のローブを着た化粧っ気のまったくない女が、テーブルの前に来なさいと促す。

「エリィ君、お姉さんはすごいね。適性テストで天幕を突き破ったのは初めて見たよ」
「私もびっくりしました」
「君だって数少ない光適性者だからね。それだけでも胸を張っていいよ」
「はい」

 続いて冴えない緑ローブの女がにこりと笑う。

「エリィさん、あなたの努力は素晴らしいです。図書館に籠もって書籍を読んでいるところを何度も拝見致しました。わたくしも若い頃苦労しましたの。ええ、それはもう恋なんかせずに勉学と魔法に打ち込んでようやくグレイフナー魔法学校の教員になることができました。そう、あなたも負けないでちょうだい。恋なんていいのよ。魔法が人生のすべて! 魔法こそが、すべて、なのです!」
「…マダムボリス?」

 ハゲメガネはどうどうと宥めるが、マダムボリスと呼ばれた緑ローブは聞いていない。エリィを見て何かしらのスイッチが入ってしまったらしい。

「思えば始まりは入学の時でした。ライトレイズになったことが嬉しく私は友人とふたりで必死に勉強しました。そして四年生に上がる頃にはスクウェア、卒業してすぐに「白」を習得。でも、友人はわたくしを裏切った。そう、わたくしの知らないところで男といちゃいちゃしていたのです。しかもイケメン。性格がよくて逞しい人。思えばあの六年生のとき、わたくしを慕ってくれたあの人とお付き合いしていれば今頃こんなことには…」
「マダムボリス、それくらいにしてください、後が詰まって――」
「おだまりくださいハルシューゲ先生! わたくしはこの健気なエリィ嬢に話をしているのです!」
「いや、しかし時間が…」
「時間!? ええ時間が戻るならわたくしも戻りたいです! 過去に! 学生時代に!」

 冴えない女教師マダムボリスは、俺の太い肩をつかんで熱っぽい目で見つめた。

「負けちゃ駄目よエリィ嬢! いいわね!」
「え、ええ」
「……いい加減よろしいですかな?」

 ハルシューゲ、略してハゲ先生がため息をつく。マダムボリスは、きっと睨むと、一拍置いてうなずいた。

 ハゲ先生はやれやれといった風にうなずくと、「両手を魔法陣に」と言った。俺は言われるがまま両手をのせる。

「では集中して…」

 オッケー集中。

「魔力を高めて」

 オッケー、魔力を……どうやんだ。
 へその辺りが熱くなるあの感じを高めればいいのか。

「いいですよ。そのまま全開にしてください」

 よーし。
 全開ね。

 すると魔法陣が青白く光り輝く。

 俺はへそから湧き上がる力を、腹筋に力を込める要領で高め、熱くなった魔力を両手に注いだ。どんどん魔力が魔法陣に吸い込まれていく。ハゲ先生の言うとおり、俺はさらに力を込めた。

 魔法陣から突き刺すような光が漏れる。
 天幕内が光り一色で塗りつぶされ、俺はあまりの眩しさに目をきつく閉じる。

「エリィ君…?」

 ハゲ先生が訝しげな声を出す。
 これ、なんか…

「ちょとエリィ君?」

 ハゲ先生が近づいてくる。
 ちょっと、これ、やばい?

「エエエ、エリィ君!?」

 うおおお、なんかやべえぞこれ!?

「まだ限界じゃないのかね!?!?」
「ハハハハ、ハゲ先生ッ!!!?」

 俺は強引に魔力注入を遮断した。

 ピカッ!
 バリバリバリバリバリィィン!
 ドッガァァァン、ブシャーン、メキャキャキャ、ギュブオゥ、ブゥゥゥン!
 ヒヒーン!
 キャアアアア!
 ドガラガラガッシャーン!
 ヒーホーヒーホー
 ビリビリビリビリ
 ブシュワー

 魔法陣から閃光が放たれると六個の水晶がすべて割れ、部屋の天幕が大爆発を起こして大量の水が落ち、地面が五メートル隆起したと思うと、強烈な風が巻き起こって空間が一瞬闇に包まれ、学校外にいた馬が暴走して女が悲鳴を上げ、何かが盛大に転倒し、臆病者のヒーホー鳥が驚愕でヒーホーヒーホーと呼吸困難に陥り、テスト会場の天幕が横倒しになって暗幕が破れた。

 最後にグラウンドから十メートルほどの綺麗な放物線を描いて温泉が湧き出した。

 俺とハゲ先生とマダムボリスは、爆発コントのオチみたいに、髪の毛が逆立って顔が真っ黒になり、服がところどころやぶけた。

 会場中が吸い寄せられるようにこちらへ視線を投げる。

 これは……あかん。

「エリィ君」
「は、はい」
「適性テストとハゲ先生と言った件で話があります。あとで職員室に来なさい」

 ハルシューゲ先生が額の黒ずみを白衣でぬぐって、そう言った。


   ○


 職員室でハルシューゲ先生にこってりと怒られ、いかにして自分が毛根を守ってきたのかの戦歴を聞かされる。頭皮への水魔法、毛根への光治癒魔法、保温はどうかと暖房魔道具の使用、毛むくじゃらな魔物の生き血を頭にぶっかける、などなど。現在、顔の横に残っている毛を維持する消耗戦が繰り広げられている、とのことで、毛根活性剤があればすぐにでも買うそうだ。

 原因不明の爆発事件に、校長までやってきて校長室に連行された。校長は男のエルフだった。細い銀髪にとんがった耳、怜悧な目、均衡の取れた顔をしている。

「エリィ君、もう一度適性テストを行います」

 エルフ校長はそう言うと、重厚なテーブルに置かれた魔法陣と六個の水晶を杖で指した。

「校長!?」

 ハルシューゲ先生がテカテカの額から冷や汗を流す。

「魔法陣の一部が消えて誤作動したのでしょう。さあエリィ君」

 俺は校長とハルシューゲ先生、マダムボリスがじっと見る中、魔法陣に手を置いた。
 今度は手加減して魔力を流す。
 すると水晶玉のひとつが綺麗に光った。

 魔力注入をやめると、ピカッ、と激しく光ってすぐに消えた。
 俺はハルシューゲ先生の額をチラッと見、すぐ視線を水晶に戻した。
水晶は元の無色透明に戻っている。

 安堵のため息を漏らすと、エルフ校長が意味深に目を細め、俺を見てから口を開いた。

「ふむ、よろしい。エリィ君はライトレイズクラスだ。いいねハルシューゲ先生」
「校長、先ほどのテストはやはり魔法陣の故障でよろしいのですね?」
「全魔法に適性がある、そんな人間はどこにもいませんよ」

 校長は思慮深く微笑むと杖を取り出して、指揮者がタクトを振るように、優雅に一振りした。

 俺の太い体が黄色く光ると、綺麗に制服と髪型が元通りになった。
 ハルシューゲ先生とマダムボリスも元通りになる。校長の魔法で衣服が修復されている最中、光り輝くハゲ先生の額を全員が見ていたのは気のせいだ、ということにしておいた。


   ○


 ハルシューゲ先生と教室に入ると、クラスメイトが一斉にこちらを見た。好奇の目を気にせず、俺は先生の指定した教卓の真ん前の席へ座る。

 俺は表情を消し、怒りを胸に秘め、座る直前にざっと教室を見回した。

 どいつだ!
 どいつがリッキー家のボブだ!
 うちのエリィ泣かしといてタダですむと思うなよアァ゛?!

 教室は半円の段々になって、後の席に行くほど高く、教卓を見下ろす形になる。
 その教室の奥、一番後ろの席に座っていた、くすんだ茶色の髪をモヒカンカットにした男子生徒が、俺をバカにしたような目で見ていた。たぶんあいつだな。

「三年ライトレイズ担当のハルシューゲだ。といっても一人もクラス変更になった生徒はいないようだな。ではせっかくなので新学期ということで一人ずつ挨拶をしていこう」

 簡単なクラスメイトの自己紹介がはじまった。
 これは非常にありがたい。とりあえず顔と名前ぐらいは一致するようにしておこう。

 すでに三年目、同じクラスメイト、ということで随分砕けた挨拶が多かった。途中でお調子者の挨拶で笑いが起こったりする。

 いやぁまさかまた学生になるとはな。青春だな。早く日本に帰りたい気持ちは大きいものの、このファンタジーを堪能してからでもいいんじゃないかと思えてくる。俺は信じてるぜ、守護の魔法があることを、浮遊の魔法があることを、武器無効化の魔法があることを、そして丸めがねで額に稲妻の傷跡がある生徒が箒で飛び回っていることを!

 一番後ろのモヒカン男子生徒が立ち上がった。

「ボブ・リッキーだ。このあいだ「火」を習得してトライアングルになった」

 偉そうにボブはのけぞると、クラスの半分ぐらいが「おお」と歓声を上げた。よく見れば、濃いまゆげにくっきりした目、口元には余裕の笑みをこぼし、クラスに一人はいる悪い系男子生徒そのものだった。まあ悪くない顔だ。女子が何名か、きゃあきゃあ言っている。それに気をよくしたのか、ボブはさらに、にやっと笑った。

「今年は上位魔法を習得することが目標だ。よろしく」

 かっこつけて座ると、女子がまたきゃぴきゃぴやり出した。
 いや、全然かっこよくねえよ?

 俺が半ば呆れたように見ていると、ボブは視線に気づいたのか
「見るんじゃねえよデブの分際で」と平然と言った。

 くそ…。
 許さねえよ。

 エリィをデブって言っていいのはな、エリィと俺だけなんだよ。つーか俺だけなんだよ。

 視線を教卓へと戻すと、きゃあきゃあ言っていた女子が俺を見て「ほんとブス」「ボブ様みてんじゃねえよ」「きもい」など呟いてやがる。

 取り巻き女子の中心人物は日記にも出てきた、サークレット家のスカーレットという女子生徒だった。やけに目立つ黄色に近い金色の髪を、耳元で縦巻きにしている。いかにも金持ちでわがままで気位が高そうな、生意気な顔をしていた。

 つんと顎を上げて偉そうに挨拶をする。

「わたくしは皆さんのお役に立てるようがんばりますわ」

 などほざいてやがる。
 今すぐにでも落雷サンダーボルトをぶっ放して縦ロールを横ロールにしてやりたいところだったが、まだどれほどの実害があるのか検証が済んでいない。プラスして、どのくらいエリィをいじめていたかで制裁のレベルを決めてやろう。

 ボブはもうまったなしだな。
 陰湿ないじめを繰り返し、エリィのような弱者を弄んで悦び、孤児院を壊滅させた原因の一端に担っている。あの感じじゃ、どうせ性根も腐っているだろう。

 孤児院の子ども達の行方は気になるところだが、情報もない、金もない、力もない、こんな状態で捜索に行けるとは到底思えない。ひとまずはこの世界のルールやら状況を知って準備が整ってから、行動を開始しようと思っている。

 ボブには苦い経験をさせてやろう。
 精神的に、肉体的に、社会的に、経済的に、徹底的に制裁を加えてやるとするか。

 いや、懐かしいね。うちの後輩に取り入って誤情報を流し、会社の利益と信用、情報を根こそぎ持って行き、挙げ句の果てに純朴なあいつを手玉にとって、ゴミのように捨てた女。

 あれは大変だった。でもやりがいのある制裁だった。俺と俺の大事な人間に手を出したらどうなるかわかってなかったな。

 まず興信所に女の素行調査を依頼、行動パターンを把握し、好青年を装って俺自ら親しくなる。うちの強みである財閥関連会社のコネをフルに使い、女の会社の業績、戦略、戦術、指揮系統、体質など弱点を徹底分析。俺は女と恋人関係になり、女の担当していた資料をこっそりと改ざんし、失敗を繰り返させ、さらに裏では社内営業を行い女の会社を吸収合併させる。コネで合併会社に口添えし、女の築いた地位を剥奪して給与を下げ、プライベートで俺に泣きつくあいつをボロ雑巾のように捨ててやった。最後に後輩の名前を出したら、目を見開いていたな。バカは死んでも治らない、という言葉を残した先人は本当に人間の本質を分かってらっしゃる。
 女が自分のやったことに苦悩しているなら許してやるつもりだったが、あいつは手柄話のように、後輩を罵って自身の能力を誇っていた。情状酌量の余地なし、と俺は判断した。

 俺は別に他人を痛めつけることに快楽を求めたりしないし、楽しくもない。ただやられっぱなしは許せない質だ。敵意を持ち、尚且つ心底許せない奴はすり潰す。ある意味、性格が悪い、いい性格してる、と言える。多分、というか十中八九、他人に報復の件を話したら引かれると思うので、誰にも話していない。他の連中には、俺が頑張って営業成績を稼いでいたように見えていただろう。

 やるなら徹底的にやれ、やらないなら意地でもやるな、決めたことは貫き通す。

 情に厚く、敵には容赦しない。

 俺が一流と言われている財閥系企業に就職し、数々の欲望や失敗を目の当たりにしながら自分の中に芽生えさせた、自分自身の掟のようなもの。

 エリィの涙を思い出し、ボブのふざけた面を見ていると『敵には容赦しない』という思いが胸の内側を貫いて、のどから怒りが湧き上がる。

 とは言っても今は何もできない。気持ちの整理を瞬時にして、俺はそんなことを考えている、なんておくびにも出さずに、すまし顔でハルシューゲ先生の言葉を聞いていた。

――リーンリーンリーン

 甲高い鈴の音のような、授業終了のチャイムが鳴り響いた。
 生徒達は鞄を持って帰路へとつこうとしている。どうやら今日は簡単なホームルームだけで終了のようだ。

「おいデブ」

 俺が鞄を取って教室を出ようとすると、剣呑な声色で呼び止められた。
 無視して出て行こうとすると肩をつかまれた。

 振り返るとボブ・リッキーがにやついた表情で俺を見下ろしていた。後ろには取り巻きが三人いる。そばかす、デブ、真四角メガネの粋がった男子生徒だ。わざと制服をだらしなく着ている姿は、ガキだな、と笑いが漏れそうになる。

「聞いてんのかよ」

 思わず「ハァ?」とメンチを切りそうになるが、黙ってボブを見た。

「明日からお前学校に来んなよ。ブスデブが同じ空間にいると気分が悪くなるんだよ」

 とりまきの三人組が「ぎゃははは」と笑う。おいデブ! てめえもデブだろうが!

「あなたが来なければいいでしょう」
「ハァッ!? デブの分際で何言ってんだ?」
「だから、あなたが来なければいいじゃない」
「んん? きこえねえなぁ。人語で話してくれよ」

 また三人組が「ぎゃはははは」と笑う。

 これは相手にしてらねえ、と思いさっさと教室を出て行こうとする。
 ボブと三人組は無視されたのが気にくわなかったのか、さらに何か言おうと詰め寄ってきた。そこで気の抜けた可愛らしい声が俺を呼んだ。

「エリィ~いる~?」

 ひょこっと教室に顔を出したのは愛するエイミー姉様だった。

「あ、姉様!」

 すぐに重たい体でエイミーに駆け寄る。

 ちらっとボブ達を見ると、惚けて、顔を赤くしながらバツが悪そうに目を背けた。ボブだけはすぐに目線を戻し、エイミーを食い入るように見つめはじめた。

 はっはあん。エイミーのこと好きらしいな。
 だが残念。お前には高嶺の花だよ。

「あらお友達?」

 何も知らずにエイミーは首をかしげる。細い金髪がさらりと肩から落ちる。つい俺も見惚れてしまう。

「ただのクラスメイト」
「そうなの? これから用事はない? ないなら一緒に帰りましょ」

 エイミーは軽く会釈をする。ボブ達もあわてて首を下げる。

「行きましょ、姉様」

 俺は一瞥もせずにエイミーの手を取ってさっさと教室を後にした。

 いじめを察してかどうなのかは分からないが、エイミーが歩きながら心配そうにこちらを覗き込んでくる。俺はとぼけて「どうしたの」と聞いてみる。すると彼女は「ううん。なんでもないの」と、はにかんだ。くそ、可愛いな! 俺、妹だけどエイミー可愛いッ!

 校門には馬車で帰る生徒もいるようで、グレイフナー魔法学校の入り口周辺は帰宅ラッシュでごったがえしている。そんな光景を見て、俺は一つ重大な疑問を持った。まさかとは思うが、ファンタジーな世界のくせして、魔法が使える異世界のくせして、アレ、が存在しない、なんてことないよな。本当に、まさか、とは思う。俺はおずおずとエイミーに尋ねた。

「あのーエイミー姉様。ひとつ質問があるんだけど…」
「なあに?」
「みんな歩いて帰る、んだよね?」
「そうねえ。全員が馬車だと大通りの邪魔になるからね」
「じゃあ、どうしてみんな空を飛んで帰らないの? ほら……箒にまたがったりして」
「え??」
「あ、あれ?」
「箒に?」
「そうそう。箒にまたがって、ふわーっと飛んでいったりしないのかなって…」
「エリィ、大丈夫?」

 エイミーは俺のおでこに手をあてた。

「熱は……ないみたいね」

 その反応に俺はショックを隠しきれなかった。
 空が飛べない! 箒もない! なんてことだ! ジィィザスッ!

「どうしたの急に両手を空に広げて…」
「姉様、魔法で空は飛べないの?」
「私には無理だよ~」

 笑いながら顔の前で右手をちょいちょいっと横に振って否定するエイミー可愛いッ。って言ってる場合じゃねえ。

「飛べる人はいるみたいだけどすんごい難しいんだよねあの魔法」
「どのくらい難しいの?」
「ええっとね、浮遊レビテーションっていう魔法で「風」の上位である「空」魔法よ。ふわふわ浮くの」
「じゃあびゅーんって飛んだりは…?」
「できないよ」

 エイミーはあっさりと否定した。

「がーん」
「……エリィ。がーんって何?」
「ショックだったときの音」
「ぷっ」

 あははっ、と可愛らしくエイミーは笑う。

「それ面白い! 確かにショックだったとき、がーん、って感じになっちゃうかも!」
「そうでしょ」
「エリィやっぱり変わったね。前よりずっと明るくなったよ」
「前はそんなに暗かった?」

 俺は両手で自分の顔を挟み込んだ。

「がーん」
「ぷっ」

 またエイミーが黄色い声を上げて笑う。自然な笑顔が実に健康的で可愛らしい。

 俺たちがきゃいきゃいしていると校門に軽い人だかりができており、「エイミー様が笑っている」「お姉さまが微笑んでいる」「カワイイッッ」「癒される~」と口ぐちに言いながら食い入るようにこっちを見ている。なんか追っかけアイドルの出待ちみたいだな。

「あら皆さん。さようならー」

 にこやかに手を振るエイミーに、全員顔面を赤くし、溶けかけたゼリーのように頬を緩ませて手を振り返す。

 あれは、重症だ…。

「姉様すごい人気だね」
「みんな私のことからかってるだけ」

 エイミーはぷくっと頬を膨らませる。見た目が美女とのギャップがたまらん。

「違うと思うよ?」
「そんなに私ってからかいがいがあるかなぁ。エリィひどいんだよ、サツキちゃんも私のことからかうの。今日だって新しい魔法の呪文が“我、好きな食べ物、アップルパイ”って言うから私何度も詠唱しちゃったんだよ。クラスのみんながくすくす笑っておかしいな、何か変かなーって思ってたら、その呪文まちがってるよって。もー恥ずかしかったんだから」

 とりあえずエイミーが相当な天然だということは分かった。ぷりぷり怒っている様は可愛さを波動のようにまき散らすだけで、友人のサツキちゃんとやらはエイミーのこれが見たいだけなんだろう、ということが手に取るようにわかった。サツキちゃんとはいい友達になれそうだ。

「エリィ、あれクラリスじゃない?」

 砂埃を上げて猛ダッシュしてくるオバハンメイドは間違いなくクラリスだった。世界陸上顔負けの見事な走りっぷり。彼女は俺とエイミーの前で急停止すると、恭しく一礼して、もう我慢できないとばかりに聞いてきた。

「エリィお嬢様! 適性テストはどうでございましたか?」
「…クラリス、まさかそれだけのために走ってきたの?」
「お嬢様! どうだったのでございますか?!」
「話聞いてる?」
「聞いていますとも! で、で、どうでした?」
「………光、だけど」
「おおおおお!」

 ありがたや、と言わんばかりの勢いでクラリスは胸の前で手を組み、祈りを捧げる。

「やはりお嬢様は天才でございますね! あの大冒険者ユキムラ・セキノと同じ適性!」
「一年生から光でしょうに」
「いえいえ専属メイドとしては初テスト! これが興奮せずにはいられますかッ」

 あっ、とエイミーが声にならない声を上げて、俺の顔を急にぺたぺたと触りだした。

「姉様、なに?」
「エリィの魔法陣大爆発したんでしょ?!」
「ああ……それなら何ともないよ」
「お嬢様! いまなんとおっしゃいました!?」
「顔が近いわクラリス」

 マッハで飛ぶ戦闘機が急旋回するようにクラリスが顔を近づける。
 クラリスを静かにどかして、エイミーは俺から離れた。

「エリィの適性テストで魔法陣が大爆発したのよ。すごかったんだからー。眩しいぐらい光ったあと爆発して風が吹いて水が飛び出て暗くなって地面がもりもりもりーってせり上がったのよ!」

 エイミーが息継ぎなして言いきると、クラリスが全身を震えさせて膝をついた。

「大冒険者……逸話と同じでございます…」
「ああっ! そういえば…」
「そうですエイミーお嬢様。大冒険者の適性テストもすべての魔法が放出されたと、とある伝記に記されております……。ああっ! やはりお嬢様は、天才!!」
「すごいすごい! エリィすごい!」

 あれは単なる事故だったんだよね、と手を取り合って飛び跳ねる二人には申し訳なくて真実を言えない。これは黙ってイエスともノーとも言わないでおこう。しばらく夢を見せてあげるってのも男の役割というもんだ。

 ひとしきり二人は盛り上がると、ゴールデン家の馬車がこっちに向かってくるのが見えた。

 御者をしているのはクラリスの旦那バリーであった。
 道が混んでいるのが余程イラつくのか、トロい馬車に「てめえの持ってるのは鞭だろうがぁ? 鞭は何のためにある? ああん?」とひたすらメンチを切っている。

 怖いからやめてあげて。
 ヤのつく怖い職業の人に見えるから。
 ほらお隣さんの乗客がバリーの頬の傷と狂犬のような表情を見て、顔を引き攣らせてるから。

 彼はこちらに気づくと、馬の手綱を放り投げて猛ダッシュしてきた。

「で、で、お嬢様、適性テストの結果は?!」
「近い。近いわバリー」
「申し訳ございませんつい。それで結果は?」
「……闇よ」
「………………………………へっ?」
「だから闇よ」

 バリーは、あと五分でこの世の終わりです、と言われたかのような苦渋に歪む顔で地面に片膝をついて慟哭した。

「ま、まさか……我らのエリィお嬢様が闇!?」

 ずん、と地面に拳をめり込ませる。

「清廉潔白で才色兼備なエリィお嬢様が やみぃッ!?!?」

 バリーは両手でうおおおお、と叫びながら地面を叩きまくった。

「偽り神ワシャシールめぇ! お嬢様の光を返せええええ!!」

 地面が徐々に陥没していく。

「お嬢様! 再試験を! 再試験を具申致しますッ!!」

 今にもグレイフナー魔法学校へ突撃しそうだったので、バリーの肩に手を置いた。そろそろ止めないと周りの目が痛い。へこんだ地面も痛い。

「……嘘よ」
「ふぁっ!?」
「冗談よ」
「………お嬢様!?」
「あんたバカね。我らがエリィお嬢様が闇魔法適性のはずないでしょ!」

 クラリスはバリーの肩をばしんと叩いた。

「うおおおお、お嬢様。よかった、よかった、光でよかった…」

 なぜか男泣きするバリーに「もう二度と中途半端な冗談は言わないわ」と謝罪する。

 驚いて、わたわたしているエイミーに癒されながら、クラリス、バリーと馬車へ戻る。
 クラリスが迎えに来たのは他にも用事がある為のようだ。

「お嬢様、ミラーズの店主が本日どうしても会いたいとのことですのでお迎えに上がりました。ご予定はよろしいですか?」
「ええ、かまわないわ。姉様も一緒にいく?」
「どこにいくの?」
「服屋よ」
「いくっ!」

 ようやく穏やかな顔に戻ったバリーの運転する馬車は、グレイフナー大通りへと向かった。
 かぽかぽ、と蹄を鳴らして馬車は進む。
 何の用があるのか大体の見当をつけ、ゆっくり流れる窓外の景色をエイミーと二人で眺める。美人で天然の姉が近くにいる、という現実も捉えようによっては悪くないな、と俺は思った。

エリィ 身長160㎝・体重106㎏(-1kg)


『かんたん魔法早見表』

      炎
白     |     木
  \   火   /
   光     土
      ○
   風     闇
  /   水   \
空     |     黒
      氷

下位魔法「光」「闇」「火」「水」「風」「土」
 下級→初歩
 中級→ふつう
 上級→けっこーすごい
上位魔法「白」「黒」「炎」「氷」「空」「木」
 下級→かなりすごい
 中級→やべえ
 上級→できたら天才
 超級→崇められるレベル
上位複合魔法
 下級・中級・上級・超級複合→神クラス
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