9・命の代償
残された葵はもやもやとした気持ちのまま、とにかく自分のマンションへと歩く。 が、気持ちはどっぷりと底なし沼に落ちたように沈んでいた。
――わたしがいけなかったの? そりゃあ貫太郎の言いつけには背いたかもしれないけど。 でも、その代わりに人助けができたんだよ。 良くやったと褒めてもらえると思っていたのに。 あいつはやっぱり死神だから人の生き死になんてどうでもいいんだ。
そう、思って軽蔑してやろうとしてもなぜか悲しくて、葵はずっと涙がとまらなかった。
歩いていると、前方の交差点近くに人が集まって車が渋滞している。 葵は気になって、家とは反対になる側に向きを変えた。
救急車とパトカーのサイレンの音が聞こえ、交通事故らしいと葵は見当をつける。 野次馬に声をかけていると、一人のおばさんが振り返って葵に応えてくれた。 おばさんは痛ましそうな顔を見せながらも、いっきに喋り出す。
「軽トラックの前にあの女の人が飛び出したんですって。自殺かしらねえ。それならトラックの人は巻き添えになったってことでしょう? 死ぬんなら自分一人でいけばいいのに。女の人を轢いたトラックは、急ハンドルを切って街路樹にぶつかっちまって運転手もすごい怪我だよ、まったく」
何て酷いことに――と見ている葵は、救急車に載せられる女の人の胸元が青く光るのを見つけて胸が詰まった。
――ああ、あの人は助からない。
そこへ一羽の鴉が舞い降りて、女の人の胸元から何かをすくうと飛び上がった。
「貫太郎!」
「お母さん!」
自分と同時に声が聞こえて声のほうへ顔を向けた葵は、愕然と救急車に駆け寄る高校生を見つめた。 それは葵が助けた松島学本人だった。
――なぜ、どういうこと? これは偶然なのか……。
マンションの屋上で待つ事一時間あまり。 膝を抱えて座る葵は自分の足元の数歩先に舞い降りた靴先を認めて、顔を上げた。
「どういうことなの?」
「言いたくない」
小さい子どもみたいな言い方に葵は不覚にも口元を一瞬ゆるめたが、聞かないわけにもいかない。
「そんなのだめだよ。ちゃんと教えてくれなきゃあ」
「指名された人間の魂を招魂できない場合は、他の魂を招魂することになる。その場合初めのときより悲惨になることが多い」
台本の台詞のように一本調子で早口に貫太郎は言って横を向く。
「そんな……」
――だって生きるって言ったのに。 前島君の魂はあんなに暖かい色で輝いていたんだよ。 だけどだめなの? わたしのせいで前島君のお母さんが死んじゃうなんて、あんまりだ。
そこで葵はびくりと冷たいもので背中を撫でられたように貫太郎を見た。
「わたしの魂を招魂しようとしてたんだよね、貫太郎。だったらわたしが死なないのなら一体誰の魂を持っていくつもりだったの?」
「……それは」
「それは、何よ」
貫太郎は、いらいらと靴の先でセメントの床を蹴り付けながら落としてしまった言葉を捜すように首を左右に振った。
「だから葵を仲間に引き入れたんだよ」
あーあ言ってしまったと言いながら貫太郎は、葵の前を通り過ぎて屋上の際に立つ。
「おれも葵と同じことをしてしまったって事。だけどそのせいで、おまえの家族や他の人間が死ぬのも見たくなかったんだよなあ、おれって本当にお人好しだあ」
「って、どういうこと?」
「回収できない魂分働かなきゃならないってことだよ。葵もおれも。魂一人分っていっても罰分が加算されているからな。結構大変なんだ」
――そういうことだったのか。 わたしは自分が生きる為、自分の命の代償と懲罰分を働かなくてはならないのだ。 そして働きが悪かった場合はそのまま招魂されるということなのか。 貫太郎は運命共同体であると同時に最悪、死刑執行人の役目を果たす役割をもっている。
「まあ、なんだ。どうせだめなら振り出しに戻るけど、さくっと招魂してやるから」
「それ、なぐさめになってないよ、貫太郎」
「うーっ」
うなる貫太郎の手をがしりと掴んで引き寄せると葵は抱きついた。 驚く貫太郎を見上げて葵は笑顔を見せる。
「ありがとう。わたしにがんばれる余地を残してくれて。自分次第で生きる事が出来るかもしれないんだったら、わたしはがんばっちゃうよ。わたしの命が助かっても他の誰かが死んじゃうなんてまっぴらだからね。わたしが自分でやらかした事の始末はやっぱり自分でつけなくちゃあ。それよりわたしの分、貫太郎にも追加されてるんでしょう? ごめんね」
「えっと、それよりこの状況のほうがおれにはきついんですけど。やっぱり女の子に抱かれるより、抱きたいっていうか……」
貫太郎の言葉に、自分がかなり大胆なことをしていたことに葵は気付いて慌てて手を離す。 耳がかあっと熱くなって頬に触ると、そこもかしこも熱くなっていて。 もしかして自分は真っ赤なんだろうかと思ってまた熱くなってしまった。
「何やってんの、帰ろうぜ」
貫太郎に手を掴まれながら暴風の中、でもやっぱりこれは嫌だと葵は叫ぶ。 貫太郎は空高く飛び上がったところで止まり、ぶつぶつと何かを呟く。 するとそこへ、巨岩を彫って造られたような扉が現れて開く。
「これって地獄門?」
「地獄っちゃ地獄だけど天国でもあるんだって。回収した魂を提出しなきゃなんないし、今日は疲れたし。現世じゃおれたち熟睡は無理なんだよ。とにかく枕が替わるとおれ、寝られないんだ」
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