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カジヤノキヤクビト 作者:No.

工房日誌 2017.8~

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8月27日霧 『戦闘開始』その2

「うおぉぉぉ、新しい攻撃が来るぞーーーーッ!!」
「『我求むるは風、"(マウント)(ウィンド)"』」

 馬を走らせて数十分ほどが経ったのだが、やはり無謀な作戦であるためか、既に何度も死にかけている。

 タコの脚が飛んで来る度に、シュラが魔法で防ぐ。その行動をこれまで数百回と繰り返しているため、カルラの背中から回している腕の力も、徐々に弱くなり、命綱がなければ振り落とされてしまいそうなほどだった。

 手綱に力を入れて、誘導のために大きな声でカルラは嘆く。

「クッソ! こんなことなら、馬に鎧を付けて重戦車にしてやるんだった!!」
「主、それでは速度が足りぬでありまする」
「分かってる! 言ってみただけだっ!」

 カルラは、刀に変化しているクリョクに向かってそう言った。

 クラーケンは事前に予測していた道を大きく外れていた。人間の臭いを嗅ぎ付けたのか、それは定かではないのだが、罠を張った場所を変えることは出来なかった。

 なるべく離し過ぎないように注意しながら走行していると、背後で索敵と防衛魔法を使い続けていたシュラの腕に、僅かな緊張が走る。

「……っ!!」
「シュラ、どうした?」

 それを察したカルラは前を見ながら尋ねると、シュラは風の音に負けないように大きな声で答えた。

「クラーケンの魔力が突然消えました!」

 消えた……?

「あの巨体で、仮にもドラゴンだろ!? 急に消えるわけがねぇっ! もっと集中すんだっ!」
「は、はい!」

 馬を止め、それでも見つからず、クラーケンが逃げたのかと考え始めたそのとき、クリョクが鞘を震わせて、何かを知らせ始める。

「主、地中で何かが動く音がしたでありまする……」

 小石が揺れ、草木が震える。僅かに上下する地表に気がつき、カルラは手綱を振るった。

「馬、走――――」

 バゴォンとか、ドカァンとか、そんな言葉では形容できなかった。吹き飛ばされた肉体の感覚は麻痺して、音も臭いも、光さえも見失う。

 そして、カルラは立ち上がり、湿り気で引きちぎれた綱を見て、周囲を確認する。

「――――……ッテテ。おい、怪我はねぇか?」
「私は、大丈夫です」
「拙者もでありまする」

 幸い、全員かすり傷のようだった。ただ一名を除いては。

「しかし、うま殿はもう……」

 もう、逃げるための足はない。少なくとも、誘導に徹する余裕など在りはしなかった。

「逃げられねぇ。あと少しだってのに、これじゃあ」
「私達の存在は既に見つかっています。しかし、迎え撃つのは難しいですね」
「これだから、冒険者なんて嫌なんだ……」

 冒険者という職業ならば、たとえ位階が低い依頼であろうとも、この程度の身の危険はある。改めて噛み締めていると、再び地面が揺れ始める。

 ボコッ、ボコッ、と土が砕け、大地から顔を出したのは、巨大な化け物の顔だった。

『グァァァァァ』

 低いうなり声を上げ、クラーケンは巨大な4つの目をこちらに向けている。霧の中の森に、腐敗臭が立ち込めていた。

 そして、巨大な肉体が歪み、遠方で風切り音が響く。霧を抜けて触手が現れらのを確認したときには、目の前まで迫っていたため、避けることは出来なかった。

 巨木のようなその腕が、振り抜かれる。

 バリンッ!

 しかし、その攻撃は和服を着た少女の姿に変化した、クリョクによって防がれた。

「主達は、拙者が守るでゃりゃましゅる!」
「格好良いのが台無しだな」

 どうやら、また何かの能力を身に付けていたらしい。得意気に、自信を含んだ声が聞こえる。

「あと、24回ほど障壁で耐えられるでありまする! その間に詠しょ――――」

 ――――……ババババババババババババババババババババババババリンッ!!

 言い終える前に、触手は素早くそれ察知したのか、削るように、削り取るような動きでクリョクを攻撃して、静止した。

 クリョクは泣き出しそうな顔で振り返る。

「……24連撃でありまする」
「あの早さ、化け物だな」

 遊び飽きたのか、クラーケンは巨体を四本の、爬虫類の脚で持ち上げて、こちらを見下すような体勢になる。大きく、筋肉が種子萎縮する音が木々に、大地に反響していた。

『ガアアァァァァァァ』
「伏せろ!」

 大きく捻ったクラーケンの巨体は回転し、振り回された触手が森を跳ねていた。ようやく止まったことを確認して顔を上げると、見える範囲の森は、拓けた場所に変貌している。

 シュラは愕然として呟く。

「木が……」
「さすがに伝説の怪物だ。島のひとつも落とせるってのは本当らしい」

 もう、笑うしかない。これほどまでに絶望的な戦場も、他には無いだろう。勝機は一つしかなく、残された手段も一つしかない。選択のために用意する時間は無駄であった。
 カルラはそっと立ち上がり、落ちていた棒切れを手に取ると、一歩、クラーケンに向かって前進する。

「ここは俺が時間を稼ぐ。お前らは向こうで、誘導をしてくれりゃ何とかしてくれる手筈だ」

 信じがたい言動に、シュラもクリョクも暫くの間黙り込む。ようやく理解してから、シュラは恐怖で震えた声で言った。

「それでは、カルラさんが……」
「良いんだよ。どうせ、今は冒険者。命懸けで戦うのが仕事だ」

 ふざけて言う。心配させまいとする心が、シュラには判った。聞きたくない言葉は、予想通りで、カルラの口から優しく溢れた。

「その、なんだ? もし死んだら、お前にまだ教えられてないこと、墓の中で謝らせてくれ」
「ダメです、カルラさん」

 止めどなく、涙となって目から流れ出す。伸ばした小さな手は、カルラの背中を引き止めることは出来ない。
 衝撃でボロボロとなって横たわるシュラを、妖刀クリョクは背負う。僅かな抵抗を感じながら、その足は定められた場所へと向いた。

「シュラ殿っ! 拙者が運ぶでありまするからっ! 主の……命令でありまするからぁ……お願いでありまする……」
「嫌です! 私は、カルラさん以外には……」

 以前、話してくれたことを思い出す。口にしなかった後悔が、喉に焼け付くような痛みと共に張り付いた。霧の向こうに消え去ったあの背中を、もう一度見ることは叶わない。

「……さん」

 地面を濡らす滴。雨ではなく、霜でもなく、霧でもなく、塩分を含んだその水は、誰かを想って流れた。

「カルラさァァーーんッ!!」

 大きな叫び声が、深い霧の中に響く。僅かに見えた黒い大きな影が、自分達の居た場所目掛けて飛んでいく。
 遠目には遅く、狂った時計の針のように、感覚を歪めながら確実に獲物を追い掛けて、ぶつかっていく。

 グシャリと、鈍い音が地面を沈ませた。







 霧は晴れていない。天国ではなく、地獄であるのなら清々しい場所である。どこか、先程と全く変わりのない空が天井を飾っていた。

 どこか、聞いたような声が聞こえている

「ねえねえ、ドラゴンに殺され掛けた気分はどう?」
「……最悪、だな。泣くかと思ったぜ」

 カルラはそう言って、まだ動く体を持ち上げる。五体満足であることを確認してから後、その人物を見た。
 いつかの客、ヤマト・クラシナはとても楽しそうに笑っている。

「思ったより、元気そうじゃあねぇかぁ」

 枯らした声を響かせて、現れた男は修行僧らしくもない身なりで、ひび割れた唇に笑みを浮かべた。
 "酩酊僧侶"ライ・ライオットは、いつものように酒で赤く染めた頬を掻く。

 どうやら、この二人が助けてくれたらしい。カルラは落ち着いて、汚れた衣服を払いながら起き上がる。

「ライ……。テメェら何でこんなところに居やがんだよ?」
「おいおい、せっかく助けてやったのによぉ」
「金の時に助けてくれりゃ、感謝してた」

 普段通りのカルラを見て、ライは一息吐いた。そして、ヤマトの頭を撫でながら、ふざけたような口振りで質問に答える。

「仕方ねぇだろ。精霊の嬢ちゃんが、弟子達の危機だって言うんだからなぁ……」

 たとえ、そんな理由であろうとも、情けを掛けるような人間では無かったはずだ。カルラは怪訝な表情でライを見る。

「お前が人助けねぇ」
「女子供の頼みは断れねぇんだよ。なんたって坊主だからなぁ」

 高笑いをするライ。その音に気がついたクラーケンは、大きな影を揺らしながら近づいてくるのが見えた。大きな足音で地響きを起こしたかと思えば、次の瞬間、憤怒に強めた触手が降り注ぐ。

 衝撃に備えたが、その心配は無いようで、脚は軽く空中で静止していた。

「呑気に会話を楽しまないでよ。子供とはいえ、竜を相手にしてるんだからさぁ」

 体から光輝く聖霊魔法を放ちながら、ヤマトは口尖らせて注意をする。
 それに反応して、ライは肩を竦めて、手に持っていた錫杖をカルラに手渡した。

「ほらカルラ、杖を貸してやる。丈夫だぞ?」
「俺が作ってやったんだ。当たり前だろうが」

 とにかく丈夫。そう注文を受けて払われていないツケを思い出し、長い魔導師用の棒切れを握りしめてカルラは前を見据える。

 それを確認したヤマトは、山のように大きな影に向かって告げた。

「では、竜狩りと行こう」

 8つに増えた目玉は、獲物を見つける。
ヤマト・クラシナ(57)
特技……聖霊魔法
備考……クラーケンの出現で駆けつけた聖霊魔法使い。聖霊に認められた存在であるため、汎用性の高い豊富な種類の魔法を扱える。

ライ・ライオット(50)
特技……法典魔法。体術。
備考……道中で道に迷っていた少女のために、クラーケンまで案内する親切な僧侶。報酬に酒を貰ったことは秘密である。
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