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カジヤノキヤクビト 作者:No.

工房日誌 2017.7~

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7月28日曇り 『液体一匹』

「新しいヤツ、来たぞー」


 深い洞窟の奥、松明片手にカルラがそう言うと、出口も分からない暗い道は、呼吸までもを大きく響かせた。カルラが指し示す方向に居た障害物を、妖刀クリョクは体当たりで追い払う。


 そして、ぺたりと洞窟の岩肌に座り込んだ。


「……主、拙者はお願いがありまする」

「暇だから聞いてやる。なんだ?」

「拙者だけに戦わせないで欲しいでありまするぅぅ……」


 こちらを振り返り、クリョクは涙を溜めた目でカルラの顔を見ている。何が恐ろしいのか、なんとなく分かっている。


「大丈夫だ。相手はスライムで、体当たりしてりゃ追い返せるくらいの雑魚モンスターだ。命に関わる怪我はしないはずだ」


 その言葉を聞いて、クリョクの松明の淡い光を反射させながら、大きな声で反論する。


「それならば、主がやるでありまするっ!」

「嫌に決まってんだろっ!? 服が汚れるじゃねぇかっ!」

「拙者が汚れてるのでありまするよっ!?」


 綺麗な子供用の和服は、スライムの身体を構成していた粘液で覆われていて、無機物のように光沢を帯びていた。


「拙者、もうベトベトは嫌でありまするぅぅ。あぁ、もう、主に汚されたぁ……」

「人聞きの悪いこと言うんじゃねぇよっ!」


 誰も通らない洞窟で、カルラの声は響く。響いた言葉が、誰にも聞かれていないことを祈りながら、カルラは頭を掻いて、今にも泣き出しそうなクリョクを慰めた。


「……それに、汚れたって言っても、和服のガキが粘液でベトベトになる姿にだって、需要はあるかも知れねぇだろ? 人気者じゃねぇか?」

「それ、一般的な層の需要ではないでありまするっ!」


 まあ、そうだな。

 そんな会話をしていると、再び大きな水分の塊が蠢き、こちらに向かってくるのが見えてくる。


「ほら、また来たぞ」

「うぅ~……あぅ……うやぁぁ~っ!」

『グチュッ、ペチャッ』


 嫌々ながら、自慢の怪力でクリョクが、スライムに突っ込むと、その姿は散り散りとなって動かなくなる。

 心に傷を負ったクリョクも、身体中を粘液まみれにしながら動かなくなったとき、松明の光を遮る者がこちらに気が付いた。


「皆さん、こちらに居ましたか! 無事みたいで――――」


 弟子のシュラは喜びの表情から一変、粘液に汚れたクリョクの姿を見て歩みを止めた。鼻が慣れてしまって分からないが、どうやら生臭いらしい。


 シュラは鼻を摘まみながら、二人の顔を見比べる。


「あの、何故クリョクさんは濡れているのでしょうか?」

「聞かないで欲しいでありまする……」


 いつも元気なクリョクは、力なくそう言うと、再び静寂の中で黙り込んでしまう。

 代わりに、カルラは頭を掻きながら、溜め息混じりに答えた。


「スライムだよ、知ってんだろ? この辺りに生息してるって、シュラが言ってたんだろうが?」

「それは解っていますが……」


 シュラはカルラの持っている物を指差して、小さく首を傾けた。


「スライムは炎が苦手なので、わざわざ体当たりしなくても、松明で撃退できたはずですよね?」


 馬車での会話を思い出す。この洞窟では、スライムが大量発生していることは、前々から聞いていたため、そのことをシュラに話したのだ。そのとき、いくつかの対処法を教えられていた。

 スライムは、松明を近づければ、逃げ出す。


「……あっ」

「主ぃっ!?」


 クリョクの叫びは、洞窟内を駆け巡る。

スライム

……アメーバの魔獣で、基本的に弱い。細菌やウイルスによる感染がなければ、特に人を害することもないが、身体に付着すると不快。

死んだ魚を食べるため、臭い。

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