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カジヤノキヤクビト 作者:No.

工房日誌 2017.7~

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7月16日回想 『白金色1名』 その参

「新しい魔獣が来――――」

 全身の感覚がない。血の臭いだけがする。爆音と獣の音、人の声が聞こえる。
 たぶん、俺は死ぬのだろう。

「下がってろっ! 『リュウオウ郭――――……』」

 音が途切れる。大きな音は、魔法というやつなのだろうか。

「死人は数えるなっ!! 生存者を探せっ!!」

 枯れた男の声がして、足音がこちらへと向かって来た。男はカルラを見つけると、覆い被さるような体勢で屈む。

「おい、小僧っ! 聞こ――――寝るなっ! しっ――――……」

 耳が遠くなる。口が動かない。体が冷たい。意識がぼんやりと、死のうとしているのが分かる。
 不思議なことに、あまり苦しくは無かった。

 数秒のように思えた無音の後、次に聞こえたのは二人の声だった。

「――――だ? 治りそうか?」
「無理に決まってんだろぅ~? 腕が取れてんだからなぁ」
「それくらい、何とかならねぇ――――……」

 また、意識が切れた。瞬くような間隔で、時間が過ぎていく。
 僅かに動く瞼を動かして、薄く目を開けると、そこはどこかの治療室のようだった。

 今度は男女。片方は先程の会話をしていた男で、もう片方は知らない。しかし、二人とも、マスクと白衣を身につけているのだから、おそらくは医者なのだろう。

「あ~、面倒くせ」
「良いから治せ。二度と手術をさせないぞ?」
「……チッ。縫うのは嫌いなんだがな――――……」

 そこで、意識は長めに消えた。

 次に目を覚ますと、白いベッドの上に、カルラは寝そべっていた。目を開き、視線だけで周囲を見回すと、自分と同じくらいの少年が見えた。

「母上、患者が起きたみたいだぞ」
「ん、そうか」

 少年に言われ、白衣を着た女が顔を見せる。マスクを取ってはいるが、その目は少し前に見たものと同じだった。
 彼女は優しい声色で尋ねる。

「おい、私が見えるか?」
「……あ、あ」

 絞り出した声は、何年ぶりかと思わせるほど懐かしく、自分の生存を証明していた。
 唾を飲み込み、肺を動かし、拙く聞こえる言葉をようやく紡ぐ。

「ここは、どこだ……?」

 それを聞いて、安心した様子で彼女は微笑んだ。

「病院だ。酷い傷だったが、なんとか治せそうだ。……ああ、右腕は動かすなよ? と言っても、まだ神経が繋がっていないか」

 首を傾けると、変わらず付いている右腕には、縫合の跡が残っていた。朧気な記憶を辿ってみると、右腕が食いちぎられたような気もする。

「ユリ……いや、街の人間は?」

 個人の名前なんて分かるとは思えない。そう思って言い直すと、彼女は表情を曇らせる。
 そして、ゆっくりと首を横に振った。

「残念ながら、今のところ生存者は君だけだ。あの屋敷の、魔獣対策の罠が役に立ったようだな」

 大切なものを一つも守れなかった癖に、自分の命ばかりは守りやがった。カルラは歯を食い縛る。

「誰も、か……。誰も……」

 言葉の意味を繰り返し、ようやく理解する。

「全治は一年だ。それまでに、見つかることを祈ろう」
「くっ……うぅ……」

 右腕は動かず、流れた涙を拭うことさえ不便だった。

  ■■■

「誰も、居ないな」

 悪い冗談のように、丸い石ころが死んだ人間の数だけ、街から少し離れた丘の上に並べられている。その前に、カルラは立っていた。

 右腕が固定され、不自由なカルラに変わって、傘を差す看護婦のシリが口を開いた。

「すまんな。遺体は、ほとんど食われてしまって、骨を見つけるのも大変だったんだ」
「別に、誰も責めていないから、大丈夫だ」

 大丈夫ではないが、責めるつもりはない。
 雨が鬱陶しく降り続いている。肌に張り付くような、気持ちの悪い感触が衣服に定着して離れない。
 カルラは真っ直ぐ、墓場を見ながらシリに言った。

「先生、少しだけ一人にさせてくれ」

 持たされた花束を握りしめて、カルラがそう言うと、差し出した傘を引いてシリは後ろに下がった。

「……五分だけだ。それ以上は、風邪をひく」

 シリの姿が見えなくなると、カルラは墓標も、遺体もないその場所に、独り語り始めた。

「ユリ、皆は誰も悪くはないって言ってた。その通りだと思う。……悪いのは、もう俺だけだから。逃げてばかりで、面倒を避けて、好きなことにすらも、目を背けた。だから、見失ったんだろうな」

 自嘲気味に、カルラは口元に笑みを浮かべる。

「あの事すらも、時間が経てば忘れる。だから、その前に誓っておく。どうせ死人は口も聞けないから……」

 雨が体を叩く。枯れてしまった涙の代わりに、頬を濡らしていく。

「……俺は、誰にも殺されない。一生、忘れちまったことを覚えて生きてやるから」

 カルラは左手に持っていた花束を、墓場の中央に投げ捨てた。冒涜と、文句を言いたいのならば、言いに来ればいい。
 それが出来ないから、人は死ぬ。

「それが償いになるとは思わないが、どうせ死人に言うんだ。何だって同じだ」

 遺体もなく、死に際も知らないけれど、生きたことを覚えている。

「俺はもう行く。……まあ、また会えたら会おう。じゃあな、ユリ……――――」

 別れを告げて、カルラは振り返り、歩き始めた。
 独り始めた恋愛なんてものを、つまらない理由で閉じた。そんな、一幕はこうして終わる。
カルラ・フリーダム(6)
種族……人間
備考……その後、父親の死を通達され、母親の姓であるピースメーカーに改名する。13歳になるまで、レ・マット家の孤児院で育つ。
孤児院でも何回か死にかけた。
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