特攻ノ夜縦書き表示RDF


この作品はフィクションです。作中で描かれていることは事実ではありません。実は、歴史(戦争)ものは初挑戦です。所々調査不足なところがありますが、あくまでフィクションですので気にしないで楽しんで頂ければと思っている次第です。
特攻ノ夜
作:猫小判


 目の前に広がる満天の星空。貧しくてひもじくてどうしようもなかった子供時代の私は、天上に無数に散りばめられた小さな光をいつか訪れる輝かしい日々の欠片のようなものなのだと思っていた。
 青年時代の私はあの光こそが、自分の家族を飢えから解放する希望に見えて仕方が無かった。
 そして今。満天の儚い輝きは、私の知らないところで命を落とした軍人達であり、私の隣で死んでいった戦友であり、私や戦友達が殺した敵兵達の命の輝きであった。
 そんなことを考えながら滑走路のど真ん中に仰向けに転がって眺めていると、またたく星が私を手招きしているようで恐ろしくなる。死神に魅入られないように、自分の心が折れないようにそっと空から目を逸らした。普段は過去なんて振り返ることはないのだが。そして自分に言い聞かせるようにしてぼそりと呟く。
「ああ、そうだ。サイパンの空は余りにも故郷くにの空に似すぎてるんだ」
だからこんな愚にもつかない想像をしてしまうのだろう。私はそう結論付けてまた星を眺め始める。頭が冷えたからだろうか。私の目は誰もが美しいと感じる満天の星空を素直に捉えている。私はいつもの静かな感覚が戻って来るのを感じて、ゆったりと瞼を下ろしていく。自分の心を水面のように平らに保つ為、死の恐怖に足が竦まないように暗示をかけるため。
「やはりここにいたか、曹長」
私は突然頭の上から降ってきた慣れ親しんだ低い声に我に返り、すぐさま立ち上がり彼に敬礼をする。
「お疲れ様です。少佐殿は、何故このようなところへ?」
彼は私の問いには答えずその場にどっかりと腰を下ろした。私がどうしたものか迷っていると、彼は地面をぽんぽんと叩く。
「まあ、座ってくれ」
「あ、はい……」
私は彼に言われた通りに横に腰を下ろす。彼は隣に座った私を見て満足そうに頷いて天を仰いだ。私も彼にならって星を見つめる。長い沈黙が訪れたがそれは不思議と不快ではなく、むしろ安心感さえ感じるようだ。
 しばらく沈黙が続き、彼が重い口を開いた。
「長い間、本当に世話になったな」
「そんな、とんでもない! お世話になっているのは私の方です」
私は慌てて首を横に振った。
 事実、彼の指揮下に入ってからの私は彼のお荷物だった。戦闘機乗りのくせに機銃を撃つのが恐ろしくて一度の撃墜経験もなく、そのくせ逃げ足だけは早い。私は軍の恥晒しのような存在なのだ。しかし、それも今日で終わり。陛下のために、お国のために、故郷にいる許嫁のために、今晩私は特攻する。
「……いいのか?」
彼はおもむろに切り出す。たった一言ではあるがその意味は痛いほどに伝わってきた。
「……私は、自分自身でそうすると決めたんです。私が見殺しにしてきた戦友や故郷で戦火に怯えている許嫁、そしてお国を護るためにこの命を捧げると……」
「それは本心からか?」
彼は私の瞳をじっと見つめる。年齢に似合わぬ雲の上に広がる青空のように澄み切った曇りのない瞳。私はその視線をしっかりと受け止めた。
「はい。本心からの言葉です」
「そう、か。お前がそう言うのなら、私からは何も言えん」
彼はため息混じりにそう零して、立ち上がった。そして私に背を向ける。「曹長、出撃準備だ。……幸運を祈る」
「はい」
そのやりとりを合図に私と彼の関係は、親しい戦友からただの上官とありふれた部下の関係に戻ったのだった。


 発動機を始動すると、辺りは発動機の放つ轟音と推進機が風を切り裂く音に支配された。私は計器類を丹念に確認する。計器類に異常はない。後は、離陸して敵空母に突っ込むだけだ。そこでふと思い出す。この機も私と運命を共にするということを。
「そういえば、お前もこれが最後の任務か……」
そう口にして後悔した。脚ががくがくと震えだしたのだ。体が死を恐れているかのように。それでも私は飛ばなくてはならない。
「くそっ、私の人生最初で最後の見せ場なんだ! 最後までしっかり仕事をしてくれ!」
自身を叱責し、励ましながら発動機の回転数を上げた。爆弾を大量に抱えた機体はまるで私の気分のように重い。しかし、それでも機体はそろそろと動き出した。震えは収まることなく、むしろだんだんと酷くなっていくような気さえする。
 それでも私は飛ばなければならない。恐怖で命令を利かなくなっている体をただ屈強な意志と悲壮とも言える使命感だけで突き動かし、どうにか機体を空に持ち上げることに成功した。
 飛び立ってしまった。死への恐怖は今も私の体を這いずり回っているというのに。
 飛び立ってしまった。たった一度の私の見せ場と私の死の揺りかごとなるだろう海域に向けて。もう後戻りは出来ない。
 落ちつけ、どうにか落ち着くんだ。こんな状態で敵の銃撃をかいくぐって敵空母に爆弾を届けることなんて到底出来ないぞ。それこそ末代までの恥となる。
 私は大きく、深く深く深呼吸し恐怖を押し込めようとして見てしまった、天頂を埋め尽くす優しい光の粒を。護るべき我が国の温かい街並みを。星の数ほどの未来ある日本国民の命を。
 気が付けば震えは自然と収まり、神経は針のように研ぎ澄まされていた。これなら私は、最後の一花を咲かせることが出来るだろう。ただ残念なことは、この心に響く星空を他の人々に伝えることが出来ないこと……。そして同時に願う。全世界の人々が、私の見た星空を見ることが出来るようになることを……。
 私は今から死ぬだなんて信じられない程に清々しい気分で死地へと乗り込んでいった。


辛口でも甘口でも酸っぱくても構いません。是非評価と感想をお願いします。













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